2021年02月26日

練習を

やらされる練習ではなく自らがやる練習をしよう。やって満足の練習ではなく意味のある練習をしよう。量を競う練習ではなく質を探求する練習をしよう。周りの目を気にする練習ではなく、しっかりと自分の心身に意識を集中させた練習をしよう。全ては練習は消化するためにあるのではなく上達するためにあるのだから。練習はノルマではない。上達したいから、自分自身を成長させていきたいからやるもの。練習を楽しく意味あるものにするためには、自主性や考える力が求められる。自分が求めるものを追い続ける探求心。練習は毎日のことだから余計に大切に過ごしていかなくてはならない。
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2021年02月25日

苦しい時こそ

苦しい時に、そのままヘタリ込んでしまうか、自分に鞭打って踏ん張り一歩前に進むか…苦しい時にこそ自分自身の真価が問われる。もう無理かも、から、まだやれるかもへ。そんな自分への厳しさと踏み出した一歩が困難にへこたれない自分を育てていく。小さな決意は大きな自信を育てていく。自分とは自らを分けると書く。苦しい時こそ、未来の自分を分けていく分岐点のように感じる。究極は自分を育てられるのは自分自身。やればやっただけのことは必ずあるはずだ。苦しくても立ち向かえれば未来の笑顔の自分に出会えることだろう。
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2021年02月24日

地道な積み重ね

地道に地道にやっていけばそれは大きな力になる。一気に大きな力を手に入れようと欲張っても、そんな旨い話はなかなかないだろう。地道なことは時に飽きてきたり、つまらなくなったり、やる気がなくなったりしてしまいがちだ。そんな状態の中でも淡々と地道に積み重ねていった力こそが本当に自分の力になっていく。地道さ。派手なことや光が当たるようなことは誰でもやりたがるし、やっていても楽しかったりする。地道さなんてとても地味なことの繰り返し…力をつけるのに一気もなければ近道もない。一歩一歩の積み重ねでしか身についていかない。簡単そうでとても難しいこと、それが地道さではないだろうかと感じる。長く続けてこそ初めて地道さが持つ本当の凄さを実感できるのではないだろうか。
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2021年02月23日

小さな原因

スランプや上達を妨げている要因は、意外にほんの小さなこと。小さいからこそなかなか気づけない。ここが厄介な点。小さな原因は身体の動きの最終段階では大きなプレーの差を生み出す。大味な原因分析では見えてこない。緻密な原因分析が求められる。自分自身に対する細やかな観察眼が重要になる。出てきた結果としての大きな誤差だけを見ていては原因はなかなか見出だしてはいけないだろう。過程を細かく分析して一つ一つの小さな動きやその連動性を見ていかなければならない。一見すると同じように見える動きでも、ほんの少し身体の使い方が変わるとまるで違った動きになってしまう。
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2021年02月22日

人間て…

いつも、やる気に充ち溢れて練習できる訳はない。いつも万全で全力を出し切って練習できる訳でもない。それが人間。でも…どんな状態でも、今の自分にできることはしっかりやっていこう。完璧にはできなくても、やることは欠かさない。それができるのも人間。自分を許し、同時に自分を叱咤激励する。いつもいつも同じならもはや人間ではなくロボットだろう。その日その日によって違うからこそ、それが人間の面白味でもあるだろう。いかなる時でも自分が自分自身をコントロールしていけるように精進するからこそ、それが日々を生きる醍醐味でもあるような気がする。
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2021年02月21日

一歩先に導いていく

未知なる一歩先の自分に導いてあげてほしいと願います。選手は今の自分しか見えません。しかし指導者は選手の一歩先の姿を想像して、その想像する姿へとどのように導いていけば良いのかを考えていく。選手には見えない姿を指導者が見えるかどうか。現状を選手と同じ目線で見れば、両者で選手自身の実力の足りなさを共通認識するだけになる。指導とはその一歩先を選手に指し示して、そこの場所に選手を導いていくのがその役割なのだから。足りないことを否定するのてはなく、何故足りないのか、どうやったら補っていけるのかをとことんまで考え抜いていくこと。指導者はそれができるからこそ必要とされているのだから。
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2021年02月20日

仲間との絆

練習で苦しい時に耳を澄ませてみよう。仲間達の苦しい息づかいを感じるだろう。苦しいのは自分だけじゃない。一人じゃない。そんな時に弱音を吐かずに、みんなで一緒に乗り越えよう!と声を出してみよう。一緒に乗り越える。それは魔法の言葉のように、踏ん張り抜く力を与えてくれるだろう。それはスポーツだけでなく何事にも言えるように感じる。どうにもこうにも一人で耐えきれなくなりそうな時に、共に乗り越えようとしている仲間を感じられることは心強い。自分のみならず、仲間の誰一人欠けることなくやり抜いていきたい。共に乗り越えた先の達成感を仲間みんなで喜んで分かち合いたい。それは勇気や希望を与えてくれるだろう。その力は想像以上に大きい。そうやって積み重ねていきながら仲間との絆は深まっていくような気がする。
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2021年02月19日

限界を超えて

どこまで上達できるか?どこまで強くなれるか?どこまで限界を打ち破れるか?全ては今日の自分が自分自身に叩きつける挑戦状。一歩一歩自分に負けずに飽くなき挑戦を続けた者だけが進化した明日の自分に出会える。一気に何事もいかない。自分に打ち克つ地道な積み重ねが未来の輝かしい自分を作り上げる。
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2021年02月18日

人生の落し穴をどうするか?

落し穴というのは、分からないように隠しているから落し穴になりうる。目で穴が開いているのが分かってる時点でそれはもはや落とし穴でもなければ、誰もわざわざそこに落ちようともしないだろう。人生の落し穴という言葉を使う人は多い。それは事前に分からないで落ちるのだろう。そう考えたら落ちるのは恐くないというか、落ちるのは致し方ないとも思えてくる。落ちない方法としては慎重に一歩一歩確認して穴がないかを手探りで進むのが一番。しかし、そんな悠長なスピードで人生の時間を生きてはいけなかったりする。大切なのは落とし穴への落ち方や落ちた場合の穴からの這い出方なのかもしれない。落ち方を誤ると怪我をして出れなくなるかもしれない。這い出方を知らなければ穴に落ちたままになる。落ちたら落ちたでダメージを最小限に押さえて上手に這い出ることができれば落とし穴は大して怖いものでもなくなる。
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2021年02月16日

困難は楽しい??

自分は人生の困難を謎なぞやトンチだと考えるようにしている。困難を難問だと身構えていても自分の頭の中はどんどん固まっていく。簡単な謎なぞやトンチは楽しいか?と問われたら簡単すぎて何も楽しくはないだろう。人生の困難もそう考えたら難しそうなものほど楽しいとも言える。その難問をいかに自分の頭の中の柔軟性や発想力や創造力を駆使して解決していくのか。そこに楽しみがあるのかもしれない。今、コマーシャルでやっている一休さんの『このはしを渡るべからず』本来ならこの橋を端と捉えて橋の真ん中を歩いて渡るというのが答え。まさに苦境を頭一つで乗り越えていく楽しさやユニークさを持つことができれば、人生の困難に直面した時にも捉え方が少し変わっていくのではないかと感じる。
posted by Takahata at 01:06| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする