2016年08月29日

心の法廷速度

車のスピードを上げていくと、視野が狭くなり、近くが見えにくくなる。同じように人は感情を高ぶらせてしまうと視野は狭くなってしまう。感情のアクセルを踏みすぎてしまうと、知らない間に焦って心のスピードが勝手に上がってしまう。周りを見る余裕が失われていく。そうすると大切なことを見落として大きなミスをしてしまうだろう。道に法廷速度があるのは、その速度の範疇なら、その道ならその速度で走る限りは適正な余裕を持って冷静にいられるということだろう。人間も同じような気がする。取り組む物事を進めていく道で、適した感情や心のスピードというものがあるように思う。狭く入りくんだような物事を進めていくような状況で感情を高ぶらせて心のスピードを上げても結果として当然のように事故を起こしてしまうだけだろう。物事を進めるに当たっては自分の心の法廷速度を定めておくことが大切になる。それをオーバーしないように常に意識をしておくこと。ある程度自分自身を抑制しておけるようにすること。
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2016年08月28日

気づく力を

何かに気づく力というのはとても大切なものだ。何かを見たり聞いたりしても、全員が同じように見えたり聞こえていたりする訳ではない。個々が自分のフィルターを通して見たり聞いたりしている。気づきというのは、引っ掛かりとも言えるかもしれない。頭の中を流れる時に何か気になる。何かを感じる。これがなければ、それこそ右から左へと流れて終わってしまう。つまり何も残らない。気づく力は疑問に思う力でもある。だから、気づける人は必ず質問することができる。疑問を持つということは常日頃から好奇心を持って他や自分を見つめていけている人でもある。そして、自ら考えようとしている人だ。気づく力のある人は物事をどんどん吸収していけるだろう。同じ時間同じように見たり聞いたりしても差がうまれてくる。その差が日々積み重なっていく。人は気づかなければ何も変わらない。変えようもない。ただ毎日様々な情報が頭の中を素通りしていくだけ。気づく力を大切に伸ばしていきたいものだ。
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2016年08月27日

集団

おでん。小さな鍋の中で様々な具材が一緒に煮込まれている。その中で誰が一番人気ある具材なのかを競い合う。たかだか小さな鍋の中の話なのに。しかし、どの具材も実はメインになりうる。こんにゃくは味噌田楽では主役だし、卵は目玉焼きで。個々でも単独に生きていける者達が集まって鍋という組織の中にいるからこそ美味しくなるのだろう。そんな中で小さな競い合いをするくらいなら、自分の持ち味を最大限に出し切って、鍋の中全体をさらに美味しくしていけばいい。個々が出した旨味が全体に融合して全体の旨味になり、全体の旨味がさらに個々の旨味を引立てていくような循環。それこそがまさしくお互いを生かし生かされることのような気もする。ただし、人気競争でなく、自分自身の旨味を常に高めていかなくてはならない。全体の一部だからいいやっていう個が集まっても意味はないのだから。個でも主役に立てるだけの自分だからこそ。
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2016年08月26日

やる!

まあ、できるかできないかは分からないが、少なくてもやることはできるはずだ。やってみてできないなら仕方ない。しかし、やる前から、自分の中でどうせできないんだから、やってもやるだけ無駄とやらないのはもったいないと思う。最初からできそうな計算が立つことばかりやっていたのでは限界を打ち破るどころか、自分の力は退化していくだろう。計算という予測は時に大切になるが、反対に時にはそんな計算なんかせずにアホみたいに、まずはやってみるという挑戦も大切になるのではないかと思う。この踏ん切りを持てるかどうか。できた?できなかった?の二分法ではなく、今の自分はここまではできた!でいいんだと思う。やった時点でもはやゼロではないんだから。後はやり続けて、できたの量や精度を高めていけばいいんだから。
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2016年08月25日

折れ線グラフ

簡単にはいかない。なかなか思い通りにいかなかったり、うまくいきそうになったり、伸び悩んだりを繰り返していくものだ。右肩上がりに進んでいけばいいが、まずそんなことはない。折れ線グラフみたいなもの。大切なのは、全体的に見て今はどの段階にあるのかを冷静に分析すること。そして何故そうなっているのかを原因を分析していくことだろう。そうしなければ、うまくいっている時は浮かれ、うまくいかない時には凹んでしまうだけになってしまう。過去があるから今がある、今があるから未来がある。それが折れ線グラフのように途切れることなく続いているのだから。簡単にはいかない。しかし、その折れ線グラフの中には数々のヒントが隠されいる。それが分かっていれば、一喜一憂せずに冷静に更なる高見を目指して進んでいけるように思う。物事には因果があるのだから。
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2016年08月24日

越える

どんな形であれ、いままで自分の中でできない、やりたくない、と逃げ回っていたことに取り組んで自分の中の壁を乗り越えた時、凄い爽快感があるものだ。誰かに言われたからとか、誰かのためとか、誰かを見返すためとか、そんなことではなく、あくまでも自分のために。自分が心から手にしたいことのために。それから逃げ回っていたら、何も手にできないことを本当に自覚すること。楽をして何かなんて絶対に手にすることなんてできない。妥協すれば妥協した結果に甘んじるしかないのだから。越えないうちは、自分の中にある壁はとてつもなく大きなものに見える。とても越えられないように見える。しかし、どんな形であれ一歩を踏み出し、やることに決めた瞬間からもはや壁ですらなくなる。逃げ出さずに一歩という行動に変わったのだから。突き進んでいくしかないのだから。そして最後までやり切った時に出逢える新たな自分に爽快感や幸せを感じられることだろう。実は何かを手に入れることより、そんな自分の中での心の充足感の方がかけがえのないものだったりする。
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2016年08月23日

固定観念を破る

固定観念は怖い。自分が意識してなくても、知らないうちに〜でなければならない、〜しなければならない、という考えに縛られたりしてしまっている。そうすると自分は狭い世界に押し込まれてしまう。固定観念に常に疑問を投げかける習慣を大切にしたい。本当に〜でなければいけないのか?〜しなければいけないのか?自分が目指している事に対してそれらが本当に必要なのか?もっと違うやり方はないのか?周りがそうしているから自分も同じようにしている必要があるのか?固定観念を打ち破ればその外側には広い世界が広がっている。広い世界には様々な可能性が広がっている。こうでなければならないという頭の中に常に疑問を投げかけてみよう。
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2016年08月22日

未来を描く

過去は書棚、未来は映画館。過去には自分が経験した様々な知恵が大切に保存されている。未来には自分が主人公の夢の映画を観ることができる。過去の知恵を生かしながら、自分の未来を夢見て今を熱く全力で生きていかなくてはいけない。そんな本気で全力な今を過ごすからこそ、今という時間が過去になった時に、かけがえのない知恵が書棚にストックされていくのだ。筋書きを懸命に探して描いていく。上手くいかなかったり、失敗しても描き続けるからこそ、それは自分自身の知恵になっていくのだ。夢は生きていく原動力になる。夢は遥か壮大なものでなくてもいい。自分が生きたい人生の方向性のようなものだ。夢には感動が伴う。映画館を出た後にも感動が残り、映画に感化されて自分も動きたくなるように。感動とは感じて動くこと。感動すれば人は自然に動きたくなる。無理矢理やらせても人は動くがすぐに嫌になる。恐怖で人は簡単に動くがそれは長続きはしない。上手に感動を与えて自分が強くやりたくなるようにしていくこと。恐怖ではなく、強い喜びや深い楽しみを感じさせていく。やらされ感ではなく、やりたい感を大切にしていく。
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2016年08月21日

今だからこそ

やっている今は苦しいこと、辛いこともたくさんあるだろう。しかし引退したらそんな苦しさや辛ささえ感じることができなくなる。本気でやっている今だからこそ真剣に苦しさや辛さも感じる。引退直後は解放感もあるだろう。しかし…すぐに苦しかったこと、辛かったことがとてもかけがえのないものだったことに気づくだろう。現役の今でしか味わえない苦しみ、辛さがある。だからこそ逃げずに真正面から向き合っていきたい。それは自分が何より本気で情熱を注いでいるからこそ感じることだし、大好きなことに真剣に打ち込んでいるからこそ感じることなのだから。逆に簡単ならつまらないだろう。簡単にはいかないからこそ本気で打ち込めたのかもしれない。
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2016年08月20日

進化

いまの形でいいんだ、ではなく常に模索を続けていきたいものだ。そうすれば、まだまだ形は進化していく。いまの形が不満だからというのではなく、まだまだ理想を求めていけると考えていく。そうすれば、慢心なく模索を続けていけるだろう。これでいいや!と思った瞬間から人の進化は止まってしまう。進化は可能性。もちろん、現状維持から模索に入ることで結果が悪くなってしまうこともあるかもしれない。それは決して退化ではなく、進化するための一つの過程と考えていけるかどうか。それを恐れたり不安に感じている時には模索ができなくなっていく。進化はそれこそ三歩進んで二歩下がるようなもの。それを繰り返しながら小さな一歩を積み重ねていくようなもの。決して簡単なものではない。また、模索というのは、答えがあるものではなく、自分自身が答えを作り上げいかなくてはならないもの。こうすればいいという道筋がある訳ではなく、こうしてみよう、ああしてみようと自分自身が道筋を引いていかなくてはならない。そうやって形はより進化していくのだろう。
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