2019年11月23日

持ち味を生かす

自分の持ち味は何か?持ち味を生かすのはどんなプレーなのか?その持ち味を最大限に生かせる状況はどうか?周りの観察を詳細にして、自らがそのような状況をどう作り上げていけるか?その持ち味を恐れずに発揮していくか?勇気と覚悟を自信をもって定められるか?その時に持ち味は最大の武器になる。持ち味は持っているだけでは単なる宝の持ち腐れ。生かし使ってこそその持ち味は輝きを増していく。持ち味は個性であり、自分を最大限に生かす武器だろう。どれだけそれをしっかりと理解できているのかによってそれは全然変わってくる。せっかくの持ち味があるのにそれを発揮しないことほど勿体ないことはないだろう。それは持ち味を錆びさせていってしまう。磨いて磨いて磨き上げて完璧な武器にまで仕上げていきたいものだ。光輝く自分だけの武器に。
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2019年11月22日

素直に

白紙には何でも書ける。過去も書けるし、未来も書ける。文字も書けるし、絵も描ける。写真だってプリントできる。好きな色だってつけていける。白紙は無ではなく実は無限の可能性を秘めているものなんだろう。しかも規定されずに自由自在に自分を表現していくための。恐らく心が素直な時は自分に対しても人に対しても白紙の状態で接することができるのだろう。何にも妨げられることなく、心のノートにありのままを刻み込んでいけるのだから。そのためには常に心の中をクリアーにしておかなくてはいけないだろう。
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2019年11月21日

選ぶということ

選ぶという字は、己と己という二人の己が共に道を進むと書く。一人の人間の中には相反する二人の己がいる。やる、やらない。進む、下がる。などなど極論すれば二つの選択肢に葛藤する。選ぶというのは簡単なことではない。それは人間が正確に未来を予測することができないから。未来という未知なことに対する不安のようなものが己の中で生まれ、どちらを選択しようがそこに不安が付きまとうから。人間である以上は、二人の己の間を心は揺れ動く。二人の己は切っても切り離せない。人生の中で絶対的な正解なんてないのかもしれない。二人の己の中で覚悟を決めて選択したのであれば、時に心は二つの己を行き来こそすれ、その選択を己の正解にしていくために全力を尽くすしかないのだろう。
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2019年11月20日

大切な思いを

チームの中で、誰かが代表して見本を見せるような場面で、その選手が巧くできなかったり、ミスしたりした時にみんなで茶化して笑ったり、口々に否定的な言葉を口にしたりするような場面に出くわすと、とても厳しく注意をする。自分の中でそれが一番許せないことだから。その選手だってみんなの前に出たい訳ではないだろう。それでも勇気を振り絞ってそこに立っている。本人だって巧くやりたいはずだし、ミスして恥ずかしく悔しい思いを誰よりもしているだろう。そんなチームの仲間に対して、そんな言動をすることに対しては一人の大人として教えなければならないと感じる。その選手の気持ちを思いやり、励まして応援してやるのが仲間だろう。もし、自分がその選手と同じ立場ならどう思うのか?自分が同じ立場なら仲間からどうされたいのか?想像してほしい。自分じゃなきゃいいのか?と。仲間の心が傷ついてもいいのか?と。茶化すことと盛り上げることとは違うし、意識して傷つけるつもりがなかったとしても人の心を傷つけて許される言葉なんてないのだから。言葉は仲間を助けたり元気や勇気を持てるように使いたいね、とこれから先も教えていきたいと思っている。
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2019年11月19日

心の状態を

時々、自分自身の心の状態を風景で置き換えて見つめるような時がある。嬉しい気持ちの時には、青空の中で海を見つめていながら、そこにやわらかな優しい風が吹いていて、穏やかな時間に包まれて自分自身が笑顔でいるような風景。悲しい気持ちの時は、空が曇天で木枯らしが吹く都会の殺伐とした中で、道に迷い、道ゆく人々が無関心に急ぎ足で通りすぎていくような風景だったり。そのイメージはかなり明確で、その風景の中に置かれている自分を凄くリアルに感じたりする。実際にはそんな場所や風景の中にいる訳でもないのだが……そして、自分がイメージの中にいる自分自身に語りかけてあげる(笑)こんなことを書くと何か変わり者のようにも思えてくるが(笑)嬉しい時は共に喜び、悲しい時にはそっと寄り添い励ましていく。風景は別に具体的な場所でもないし、単なる空想なので実に様々なイメージになるのだが。
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2019年11月18日

ボスとリーダー

ボスは部下を追い立てるが、リーダーは人を導いていく。ボスは権威に頼るが、リーダーは志・善意に頼る。ボスは恐怖を吹き込むが、リーダーは熱意を吹き込む。ボスは時間通りに来いと言うが、リーダーは時間前にやってくる。ボスは失敗の責任をおわせるが、リーダーは黙って失敗を処理する。ボスはやれ!と押しつけるが、リーダーはやり方を丁寧に教える。ボスは仕事を苦役に変えるが、リーダーは仕事に楽しさを与えていく。ボスは自慢話をして惹き付けるが、リーダーは人の得意なところを引き出して個を輝かせる。ボスは自分を生かすために人を利用するが、リーダーは人を生かすために自分を犠牲にしていける。ボスは人を萎縮させるが、リーダーは人を伸び伸びと動かせていける。
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2019年11月17日

何事もそうだが、ギリギリまでは決して諦めることなく執念で食い下がることは大切だと思う。しかし、それが終われば、絶対に念を残さない潔さもそれ以上に大切なことなのではないかと思う。念とはとても強い人間の心。ベストを尽くしてやりきった先に出た結果に対しては潔く受け止める。念とは強い力を持つため、過程においてはそれが諦めない気持ちを掻き立ててくれたりもするが、マイナスの結果に対して念を残してしまえばそれは大きなマイナスのエネルギーとして自他共に深く傷つけてしまうことにも繋りかねない。怨念なんてまさしくその例なのではないかと感じる。そんなものを残して生きていたくはない。常に人間は目の前の過程には尽力できるが、最終的な結果まではどうにもできないのだから。やれることはやりきる。結果が出てしまえば、出た結果はどうにも変えられないのだか潔く受け止める。それでいいのではないかと考えて生きている。
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2019年11月16日

自分を育てる

勝っても負けても、自分は胸を張って全力を尽くしたと言い切れるくらいの毎日を過ごしてほしい。勝っても負けても、そこに明確な意味を持てるくらい真剣に向き合ってほしい。勝っても負けても相手を尊敬し大切に思える人間性を養っていきたい。試合に負けても人間的に負けたくはない。勝って驕り威張り散らすような人間でいたくない。試合の結果でしか、自分自身や自分が積み重ねてきたものを図れないような競技人生にはしたくはない。揺るぎない信念を持って試合に挑み、試合の結果を受け止めていきたい。そのためにも日々にどれだけ自分自身を育てあげられるか、自分がどれだけのものを積み上げていけるかが重要になる。
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2019年11月15日

人が人を

人の厳しさが人を鍛えあげ、人の優しさが人を育てあげる。その根底にあるのは人を大切にしたいという深い愛情。人の本気が人の厳しさを育み、人の思いやりが人の優しさを育む。時代が人を育て、文化が人を作るような側面はあるが、それでも人が人を育て作り上げていくという根底は揺るがない。人と人との関わり合いが希薄になりつつある昨今にあっても、やはりこの人と人との基本を失ってはいけないと切に感じる。時代や文化は進化しても、人間としての退化や人間としての資質の喪失はあってはならないと思う。人は人で育て作り磨かれていく。時代や文化が主体ではなく、あくまでも主体は人間でなくてはならない。そうしなければ、やはり人間の心は作られてはいかないと思う。人と人とが本気で向き合い関わっていくことでしか人は成長はしていけないのではないかと改めて考えさせられる昨今である。
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2019年11月14日

プライド

他人の目に怯えて恥をかかないように体裁を整えるのがプライドではない。プライドとは人の目なんか気にならないくらい這いつくばってでもしがみついてでも自分が自分自身であり続けること。諦めずにがむしゃらに喰らいつくこと。プライドを傷つけるのは他人じゃない、逃げ回る弱い自分自身。格好ばかり、表面的な部分を取り繕ってそれらしく他人に装う。そして諦めて逃げている内面の自分自身を誤魔化して生きている。こんな人は必ず他人によって自分のプライドが傷つけられたとぼやく。他人なんかどうだっていい、いついかなる時も自分が自分自身を見つめているはずだ。他人に体裁を整え、自分自身は誤魔化していく。自分の人生を自分が生きるという主体性を持てていなければ真のプライドなんて持てるはずがない。もっと真っ直ぐに自分の人生と自分自身とを見て生きていくのがいい。それができれば自分らしい生き方に根差したプライドを持って生きていけるはずだ。
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