2018年08月22日

一つ一つ

慌てて何もかにも一気に身につけようとしても、何も身につかない。その中で優先順位をつけて、一つ一つ身につけていくこと。最初は一つのことを身につけるのに時間がかかるが、一つ身につく度に次の一つを身につける時間が短くなる。それは物事を身につけるという行動のコツが分かってくるから。急がば回れではないが、急いでいるからこその一歩一歩の積み重ねが大切になると思う。中途半端な何もかもより、確実に身についた一つの方が確実に武器にもなっていく。
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2018年08月21日

積み重ね

5時間睡眠と8時間睡眠とでは、仮に75歳まで生きたとしたら、起きている時間が14年間も違ってくるという事実に驚かされる。1日でみたら僅かな時間の差も積み重なると大きさを実感する…睡眠に限らず、ちょっとした時間の積み重ねは大きな事を成すには充分過ぎる時間になる。たかだか、ほんの僅かな時間と漠然とやり過ごしている時間の中の少しの時間でも意図して地道に積み重ねていけばそれはかなり意味のある大きな時間になっていく。1日の単位では大差のない時間でも積み重なった時の大差には唖然とさせられる。コツコツやることの意味はここにある。1日の内のほんの数時間、あるいは数分でも毎日欠かさずに積み上げていける根気を持てているかどうか。それは先々で大きく違っていくものだろう。
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2018年08月20日

強い組織論

偏らずに公平にチャンスを与える。そのチャンスを逃しても、はい!終わり!ではなく、しばらくしてまたチャンスを与える。それにより、チームは変な嫉妬や確執なく良い意味で仲良く競い合える。フォアザチームを意識できる。チャンスは個々の状態を見ながら絶妙なタイミングで与える。競争がなければ組織は停滞して淀んでいってしまう。しかし、変な競争やえこひいきは組織を歪ませ、個々の精神も歪ませていってしまう。健全な競争と、一回の競争の結果だけで判断して烙印を押さないこと。全員に平等にチャンスを与えることで生まれる全員で戦っている強い意識付け。個々の旬を見て一番良いタイミングでチャンスを与えていく。組織をじわりじわりと強化して強固なものにしていく。個を窒息させることなく、組織をどんどん活性化させていく。個を生き生きさせて、組織を明るくしていく。そんな組織だと個々はモチベーションを保ちやりがいを感じながら働いていける。
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2018年08月19日

時代の指導者

指導者の厳しさとは、選手を伸ばすためのもので選手を潰すものであってはいけない。指導とは自分のエゴの押しつけで選手を追い詰めることではない。指導の根本は単なる経験則だけではなく、しっかりとした理論の構築が成されていなくてはいけない。指導者は選手を選べるが逆はできないのだから。やはり選手以上に指導者の資質は問われなければいけないと感じる。自分の言った通りにしなければ試合では使わないと言われれば選手はそれに従うしかない。やはり選手は言われたことに真から納得がいかなければ本気では取り組んでいけないだろう。そのためには選手にしっかりと説明して理解をさせていく理論も確立させていかなくてはならなくなる。昔はこうだったんだ、こうやってたんだ、だから余計な口を聞かずに言われた通りにやればいいんだ、では通用しない時代に来ている。指導者としての立ち位置をしっかりと自覚していかなくてはならない時代にある。誰よりも指導者自身が学び続けていかなくてはならない時代に。
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2018年08月18日

悔しさを糧に

悔しさがそのまま心を腐らせていってしまうのか、悔しさを糧にしてエネルギーに変えていけるのか。悔しさを経験して弱くなるのか強くなるのか。勝負をしていれば悔しさの連続。心の在り方一つで、悔しさはプラスにもマイナスにもなる。悔しさは成長するために活かしていきたいものだ。勝負して負ければ誰だって悔しい。それでいじけて腐っていけば、その先には何も生まれてはこない。前向きな気持ちを持つとはそういうこと。誰だって調子のいい時には前向きなのは当たり前。しかし心を揺さぶられるような悔しさの中でどれだけ前向きに捉えていけるのか。前向きに考え悔しさを糧にできた者だけがリベンジを許される。悔しさをバネにして一回りも二回りも大きな人間になっていきたいものだ。悔しさを悔しいままで終わらせない前向きさを常に忘れずに持っていたいものだ。負けっぱなしじゃ何一つ始まらない。その先を突き抜けていかなくてはならない。その時に初めて悔しさに感謝もできる。
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2018年08月17日

分からないから面白い

何が起こるか分からない。だからこそ人生もスポーツも面白い。全てが分かっていたら安心はあっても面白くはないだろう…分からないことを不安に感じ始めると、考えても分からない近未来のことで頭が一杯になる。大切なのは分からない未来を面白がり、与えられた今をいかに全力で生きれるか。人生もスポーツも最初から全ての筋書、結果が決められていて、それを自分が知っていたらどうだろうか…不安はないかもしれないが、そこには何の楽しみも面白さもないのではないだろうか。分からないから面白い。だから人は分からないことに立ち向かっていけるし、生きている今を未来に結びつけるために全力で生きていけるのではないだろうか。
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2018年08月16日

意味ある練習を

できないことを少しでもできるようにするために練習はするものであって、やったことに満足をするためのものではない。漠然とした意識での練習では、漠然とした結果にしかならない。目的意識をしっかり持って取り組んでいきたい。その一歩として正確に自分自身の実力の分析把握が必要になる。何となく自分はこれくらいの実力かな?くらいの曖昧な実力の判断では、練習でもどこにポイントを置いて取り組めばいいのかが見えてはこないだろう。具体的に道筋の見えてこない練習を繰り返しても、それでは練習のための練習で終わってしまうだろう。やはり練習をするからには上達していくための練習をしていきたいものだ。誰にでも限られた時間しか与えられていないのだから。有効な時間にしていかなくてはならないだろう。
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2018年08月15日

根拠ある自信を

根拠のない自信も大切だが、その自信を裏付けていく根拠のある自信はもっと大切。自分はやれる!から自分は何故?やれるのか?の根拠を明確に持てるようにどこかで自信のモデルチェンジをしていかなくてはいけない。根拠のない自信が崩れる前に、根拠を構築していくこと。根拠のない自信が崩れ去ってしまうと、なかなか根拠ある自信も積み上げていきづらくなる。根拠のない自信は量でも補っていけるが、根拠ある自信は質でしか積み上げていけない。漠然としたものの積み重ねでは根拠は持てない。根拠は頭に汗して考え抜いていかなくては手にすることはできない。何故?何故?の探求する姿勢こそが根拠をより明確にさせていってくれる。何となくやれる気がするという漠然とした自信では、何となくできない気がするという大きな不安を抱える日も近いだろう。何故自分はやれるのかという明確な自信を身につけていきたいものだ。
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2018年08月14日

失敗に挑む

誰だって勝ちたい、誰だって勝ちに行く。しかし、いつも勝てる訳ではない。大切なのは負け方であり、負けの受け止め方。負けを勝ちに繋げていける前向きさ。うなだれていては、次の一歩を踏み出せない。負けから目を背けたり逃げてはいけない。真正面から向き合う。負けは人生の負けではないのだから。失敗や負けを単に悔しいで終わらせるのか、それを前向きに自分の進化の糧や教材にしていけるのか。この差は大きい。打ちひしがれていても時間ばかりが過ぎていく。時間が過ぎればそれはもはや教材にはならない。単にマイナスの印象が強く残るだけになってしまう。それは前に進めるどころか、その印象にいつまでも引きずられてしまい後ろ向きになってしまいかねない。人生なんて負けや失敗の方が多いんだから。後ろ向きになっていたら人生は本当に勿体ないと思う。最高の教材にしてやるぞ!!くらいの気持ちで挑んでいきたいものだ。負けや失敗を胸を張って受け止めていけばいいと思う。
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2018年08月13日

誇り

見栄や賛美な評価とか関係なく、自分自身、そして自分のやっていること自体に誇りを持てる生き方をできると幸せなことだろう。自分に誇りを持ちながら、他人に対しても優しさや思いやりや尊厳を持てる生き方。自分に誇りを持てるためには、自分が自分に負けない生き方をしといかなくてはならない。いくら外面を見せかけて周りから賛辞を受けようが、自分が自分を認められなければ本当の誇りは持てないような気がする。自分の見栄や外聞を満たすために他人を利用したり、排除したり、犠牲にしたりして平気な顔をして生きていても、それは心の幸せはないような気がする。自分の苦しみを真っ直ぐに乗り越えて、その乗り越えた強さを他人への思いやりや優しさにして生きていきたいと感じる。
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