2009年07月06日

安定した想い

人生において本当に大切なものを見つけられた人は強さを持つと思います。それは形どられた目で見えるものではないんだと思います。それは想いです。しかも浅いものではなく深い部分での想いです。深い想いは決して揺らぎません。海で例えるなら海面は小さな風でもすぐに波立ちます。もう少し深い部分でも台風のような強い風がくれば大きく波立ちます。しかし深い海底は海上でどんな状況が起ころうが静かに揺らぎませんよね。深い想いはこれに似ていてとても静かな落ち着いた想いなんですね。上ついた想いには一見した激しさはあっても本当の力強さはありません。それは単に他のものによって突き動かされているだけで自力の力強さではないんですね。深い想いには他のものによってまるで影響を受けない安定した力強さがあるんですね。上ついた見せかけの激しさというのは逆に言えば弱さなんですね。静かさという安定したものこそが本当の強さなのではないかと思います。いついかなる状況にあろうが変わることなく安定した想いを持てれば人は揺れることなく安定した力を
出していけるのだと思いますよ。
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2009年07月05日

人生は実験

何故、ロータリーで車は左回りなのに、スポーツの陸上のトラックや野球のベースは右回りなんだろう?とふと疑問に思いました。デパートなどのフロアの構造は左回りのようです。でもプールの流れるプールは右回り・・・何かあるんでしょうね。何となくあくまでも推論。運動は右脳を使うから、右回りの方がいいのかな?と。反対に車の運転は右回りだと感覚的すぎて事故が起きやすくなるので、慎重にさせるためにあえて左回りにしているのかな?と。最近、僕の中でいろいろと試しています。頭の中での思考の回転を右回りと左回りにしてみています。論理的なことを考えるときは左回りに、イメージや感覚で考えるときは右回りにを意識しながら考えています。何となくはいろいろと掴めてきていますが、このように実験をしてみる感覚を何事においてもしていきたいものですよね。疑問を持ち、仮説を立てて実験をして検証して考察をしていってみる。そこに新たな自分だけの発見があるかもしれないですからね。僕はそんな毎日の連続です(笑)
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2009年07月04日

蟻の世界

蟻が地面を忙しそうに動き回っています。宇宙から地球を眺めると人も蟻のようなものなんだろうなぁ〜なんて思います。そんな感覚でいると、実はこの世の中、凄い物事も、凄い人もないような気がしてきませんか。蟻を見て、この蟻は凄いことをしているとも、この蟻は凄い蟻だとも思いませんよね。蟻は蟻であり、蟻の動きで動き回っているだけです。もしかすると人もそうなのではないかと。人間社会の中で見れば、まあ、色々とありますが、より大きな社会から見れば人も単なる人であり、人としての生活の営みを行っているだけなんですよね。もしかすると、蟻の社会には様々な立場や凄い蟻もいるのかもしれませんが。でも人から見ればどんな蟻も同じに感じるようなものです。そう考えてみると、何だか人はちっぽけなことに迷ったり苦しんだりしているなぁ〜なんていう気分になりませんか(笑)一匹の蟻に自分を投影しながら、見ていると、なあ、お前、そんなに忙しそうに動かずにのんびり行こうぜ!と心の声が。それは蟻に言いながら僕自身への言葉なのかもし
れませんね。
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2009年07月03日

出窓という空間

出窓。以前はありませんでしたが、これを考えた人は凄いですよね。空間という有限に可能性を示唆した訳ですからね。空間を広げていく。空間を固定観念として、それをそこまでだとそのまま受け入れるか、何とかして少しでも広げていこうとするのかです。そこには何ともならないと思うことを、何とかできないかという発想に立っていくことが必要になってくると思います。そこで生まれるのが「はみだす」という感覚だったんだと思います。有限の空間を広げるためにははみだすしかありません。日本人は固定観念からはみだすことが苦手なような気がします。はみだすことを怖がる限りはそれ以上にはなりえない気がしますね。僕ははみだすのが好きというか、はみだしてばかりです(笑)何ともならないだろうということを、何とかしていくのも好きなんです。たまに僕の観念は出窓だらけなんではないかと思ったりもします。一般的な固定観念は基本的には持ちつつも、出窓部分の空間が僕のオリジナルな観念だったりするのかもしれませんね。
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2009年07月02日

ところ変われば

今、みなさんが縄文時代にタイムスリップしたとしたら、生きていけますか?まず住むための家はどうやって作りますか?電動ノコギリもなければ何一つないんです。木を一本伐採するのも大変です。食べ物は?今のようにお店もない。川や海に食べ物を見つけに行こうとしても乗り物はなし。当時の人達は生き延びるための頭脳を持っていたんですね。生きる知恵ですね。今の時代はあらゆる面で便利になり、本当の意味で生き延びるためにどうするかという根本的な知恵が鈍ってきているように思います。あとは僕たちは縄文時代にタイムスリップしたら、何もないことがストレスになるような気がします。しかし縄文人が現代にタイムスリップしてきたら何でもありすぎることがストレスになるような気がします。そう考えると人は今いる環境にストレスを感じてるなどとボヤキがちですが、環境が変わったら変わったで違う大きなストレスを感じるものかもしれませんよ。
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2009年07月01日

賛成派vs反対派

僕は自分の中で閃いたアイデアや発想を強く信じています。その信じる力は誰にも負けないくらい強いものなんですね。それが自分の中の一人の自分。それだけではいけないんですね。僕の中のもう一人の自分にそのアイデアや発想をとことんまで否定させたり、疑問をぶつけたりさせます。頭の中ではそのアイデアや発想の賛成派の自分と反対派の自分とが激しく議論を重ねていきます。まさしく一人会議です(笑)その過程の中で反対派が勝てば保留。賛成派が勝てば採択。決して却下はしません。それはアイデアや発想に対しての自己信頼度が高いからです。後日にまた一人会議です(笑)基本的には賛成派に勝たせたいのですが、反対派にも絶対に妥協はさせません。その会議の過程の中で最初は単なる閃きだったものが、筋道や理論や具体的な方法論を持ち始めるんですね。反対派に負けてたまるか!と賛成派が必死で知恵を出してくれるんですね。その知恵に反対派は喰らいつく。それに対して賛成派はさらに知恵を出す。その繰り返しをやっていくと明確になっ
ていくんですね。僕は賛成派も反対派も大好きです。共にバランスが取れた自分自身ですからね。
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2009年06月30日

できない?無理?

自分にはできないから無理です!、これはよく耳にする言葉です。できないから?無理?と思ってしまいます。もし僕なら、完璧にはできないかもしれませんが、今の自分にできる精一杯のことを出し惜しみせずに出し切ります。完璧にはできないなら、せめて今の自分にできることをいっさい手を抜かずにやります。最初からできないからと逃げていたら、いつになったらできるの?と聞きたくなります。今の自分は全力でここまでできた。明日の自分が今の自分よりも少しでもできるようにしていきます。そうやっていくからこそ、人は最後には自信を持ってできるようになるんだと思います。できないから無理と口にしている限りは永遠にできるようにはならないでしょう。無理と端から諦めていたら残るのは無力感だけのような気がします。できないと口にするのであれば、どうすれば少しでもできるようになるかを考えた方が前向きに生きていけるような気がします。できないから、無理は、自分で自分自身の成長の芽を摘みとっているように感じてしまいます。
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2009年06月29日

心のレンゲ畑

心の中が殺伐としていると虚しくなりますよね。心の中が荒れていると気持ちがささくれだってきますよね。心の中が潤っていなければ淋しいですよね。心の中が憎しみに満ちていたら愛情は持てませんよね。心の中に小さくてもいい、たった一輪でもいい花を咲かせられるといいですよね。きっとその花を咲かせるために心の中はとても素敵な状態になっているはずです。心の大地を耕し、愛情に溢れて、育てる心を学ぶ。そしてありふれた一輪の花でも咲かせた達成感を味わえ、咲いた花を見て静かな幸せを感じられる。何も美しい花やきらびやかな花なんかでなくてもいいんです。自分だけがじっくりと感じられるちっぽけな花でもいいんです。そしてその花を見つめながら、花とたくさん語り合ってみる。一緒に精一杯やってきたよね!と。人生を通してたくさん心の中に花を咲かせていき、僕が子どもの頃に見たレンゲ畑のようにできたら、それを見つめているだけで幸せな優しさを持てるような気がしています。
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2009年06月28日

中心と回りの区分を!

心の中心が穏やかならば、それ以外のことは嫌なことがあろうがさほど気にはなりませんよね。何だかふと、台風の目が思い浮かびました。回りは強風が荒れ狂っていようが、目は無風で穏やかな晴天ですよね。だから、僕は心の中心に置いている事には一番神経を使います。中心が荒れ狂ってしまうと、回りで晴天でもそれどころではなくなってしまいますからね。中心が乱れると、いくら良いことが起ころうが意識がそこに向かないから何もかもが上手くいっていないように感じてしまう人が多いんですね。本当は中心以外は全て順調であるのに、全てが絶不調に感じていきスランプへと突入していくんですね。僕は中心と回りとを冷静に区分しているので共倒れはしません。仮に中心が不調なら全てを混同したりせずに、中心の調子を戻すことだけに全力を注ぎます。回りの出来事が調子良いなら、なおさら中心に力を注げますからね。中心と回りとが共に良くなるならいいですが、共倒れにしてしまうと何もかもひっくるめて生きることそのもののスランプに陥りやすいので気を付けていき
ましょう。
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2009年06月27日

掛け算

0にいくつ掛けても、0は0のままですよね。0×10日=0ですよね。つまり頭の中にないものは、10日過ごしてもないままなんです。では頭の中がマイナス思考ならどうでしょうか。−1×10日=−10になります。マイナス思考で10日過ごすくらいなら思考力なしで10日過ごす方が害は少ないですよね。1×10日=10になりますよね。プラス思考で10日過ごすと大きなプラスになりますよね。プラスに物事を考える考え方を1から、少しでも増やしていき例えば100に増えたとすると、100×10日=1000になります。これが10日どころか一年間と考えれば×365日となりますからね。この差はどんどんと広がっていきます。マイナスの思考の人には、思考の癖は既にあるので少しでもプラスの習慣をつけてもらいます。ゼロの思考の人は、まずは思考の癖をつけてもらいます。こうして思考を改造してもらいながら、毎日を積み重ねていってもらえば、正しい思考習慣も身についていくので、積み上げていくと大きな力に変わっていくんで
すね。
posted by Takahata at 01:19| Comment(44) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする