2017年10月19日

旅立ち

何かを終える、退くというのはとても寂しいことだし、時に辛いことのような気もする。しかし、それは同時に次に何かを始めるための新たな旅立ち。可能性を探す旅立ち。自分自身の力を試していく旅立ち。前にやってき続けた何かを通して身につけてきた力を次なる何かに発揮していく旅立ち。その何かしかないというのも素晴らしいことだが、自分はこれから先も何をやっても力強く生きていけるというのも素晴らしいこと。人には無限の可能性はある。それは年齢にも関係しない。自分が新たに始めると決意した瞬間から新たなスタートを切る。スタートしたら過去に振り回されることなく、新たなことに全力投球していけばいい。新たなスタートに輝きと幸あれ。
posted by Takahata at 03:03| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

夢に向かって

もし君の描いた夢が叶わなかったとしても…夢を追いかけて真剣に流した汗に嘘はない。仲間達と交わした夢の話が夢で終わっても…真剣に語り合った仲間達との絆はこれから先の人生でも大切にしてほしい。限られた時間の中で夢を持って情熱を注いだかけがえのない日々を、これから先の人生を生きる糧にしてほしい。夢は叶わなかったとしても、決して嘘にはならない。そこには夢に向かった明確な日々があったんだから。そんな夢なんて…と誰かが笑ったとしても、自分は描いた夢に胸を張って生きればいい。そこには恥じることなんて何一つない。
posted by Takahata at 00:56| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

自らの手で

嫉妬か羨望か。嫉妬は人の足を引っ張ろうとする。羨望はその人に一歩でも近づこうとする。どうせ他人を羨むなら追いつけ追い越せでいきたい。単にひがんでいても何一つ始まらない。自分が汗を流す。相手を引き摺り降ろすのではなく、自分が相手を越えていく。仮にどうしてもかなわないなら、角度を変えてその相手にはない部分をどんどん伸ばして互角に勝負していけるようにしていく。無いものを妬んでも始まらない。有るものを磨いていけばいい。勝負は総合力。例えば誰もが150キロのボールを投げれる訳ではない。であるなら、変化球をとことん磨くとか、球の出所が分からないようなフォームにして球を速く見せるとか…要はバットを打ち取れればいいのだから。150キロの投手に嫉妬していても何も始まらない。自分が工夫し汗して追いつき追い越す。そこにこそ生きる楽しさ、勝負の楽しさがあるように感じる。
posted by Takahata at 00:58| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

苦しみの先に

試合中に苦しくなったら、今までどれだけそれ以上の苦しい練習を積み重ねてきたかを思い出してみる。共に乗り越えてきた仲間達の顔を見渡してみる。今の苦しみの先にある仲間達と共に味わう勝利の歓喜を想像してみる。苦しいのは自分だけじゃない、だからこそ仲間達と共に笑顔で乗り越えていこう。苦しみを乗り越えていける自分を信じて、共に戦う仲間を信じて。勝つことは簡単なことではない。その過程の中には様々な苦しみもあるだろう。それを一つ一つ乗り越えていこう。自分のために、共に戦う仲間のために。全ては今という一瞬のために。強く深く信じ抜きながら前を向いて乗り越えていく。
posted by Takahata at 00:26| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

石段

よく目にする山寺などにある何百段もある石段。下から見上げると登り切る気持ちが萎えたりする。しかし、上は見ずに目の前の一段一段を見て一歩一歩登っていけば、ふと気づくと中腹くらいにはなっている。そこで頂上ではなく周りの景色を眺めてみる。すると見える世界が違っていることに気づく。そこから、また一歩一歩…何かを目指すとはそういうことなのではないかとも思う。余りにも遥か先ばかり見てばかりいると果てしない気持ちになる。石段のように、自分の目指すゴールへの道筋さえしっかりと定めれば、あとは目の前のことに一歩一歩全力で打ち込めばいいのではないかと思う。そうすれば、萎えることなく、ふと気づけば目指すべき地点に辿り着けていたりするものだ。
posted by Takahata at 00:47| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

言葉と拳

言葉は人を癒す、勇気づけるために使えたらいい。拳は人を支え、そっと手を添えていくために使えたらいい。言葉も拳も使い方を間違えると人を心身共に深く傷つけてしまう。言葉も拳も心の在り方の表れ。心を愛情や温かさで満たしていければ、それは言葉と拳を通してたくさんの人へと広がっていく。せちがない、自分勝手な自分さえ良ければみたいな殺伐とした社会にあって、心の中にほんの少しでも愛情や温かさを。そしてそれを人へと繋げていけたらと思ったりもする。一人の人の心がたくさんの人の心へと。それがどんどんさらに人から人へと広がっていく。心ある人が適切に言葉や拳を生かしていってほしいと願う。言葉や拳で人を傷つけても、その先には殺伐としたものしか残らないんだから。人が人を大切にしていける社会にしていかなくてはいけないだろう。
posted by Takahata at 00:03| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

チームワーク

チームワークとは仲良し集団でいることではない。チームワークとは独立、自立できた個々が与えられた役割を自分の持てる力を出し切って全うすること。強い個があればこそ。強い個をチームという集合体に一つに集約する求心力は『勝利のために』という想いの強さ。それがあればバラバラにはならない。勝利のために。誰一人負けることが好きな人間なんてその場にはいないだろう。勝負に挑んでいく以上は勝利を掴み取るためにやっているはずだ。本気で勝ちに行くためには、チームメイト同士がぶつかって喧嘩してもいい。お互いが仲良くしなきゃいけないと勘違いして、言いたいことも言わず妥協ばかりしていてチームワークなんて有り得ない。ベタベタと仲良しごっこから強いチームワークなんて生まれはしない。但し、ぶつかり合いは私心を捨てて、あくまでも公心を持ってやる。そんな中でチームの絆が生まれる。その絆が深まっていき初めてチームメイトは仲間になっていく。
posted by Takahata at 00:25| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

一つ一つを

勝って当たり前の相手も、負けて当たり前の相手もいない。勝負はやってみて結果を見ない限りは最後までわからない。勝負は何が起こるかわからない。だからこそ自分ができることは、目の前の一つ一つのプレーに全力を尽くし、自分がやれることを積み上げていくことだけ。結果を考えても心乱れるだけ。勝って当たり前に思えば、余計に負ける怖さにとらわれてプレッシャーに潰されるかもしれない。負けて当たり前と思えば、試合に対してのモチベーションも上がらなければ、試合途中で諦めてやる気すら失ってしまうかもしれない。試合は常に五分五分の意識で最後まで目の前の一つ一つのプレーを丁寧に積み上げていくのがいい。
posted by Takahata at 04:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

練習と試合

練習はできないことにどんどん挑戦して、無理なプレーでも可能性を広げていかなくてはいけない。しかし試合はできないことは制御して、できることを確実に堅実に積み上げていかなくてはいけない。練習はいくらでも失敗していいが、試合はできるだけ失敗をしないようにする。これが練習と試合の違い。練習は実力を高める場所であり、試合は実力を出し切る場所。試合で練習でできもせず、したこともないようなことをしようとしても、偶然の成功はあるかもしれないが…ほぼ失敗に終わるだろう。挑戦は練習でこそするべきだろう。練習で安全策ばかりしていて試合で冒険しようとしても上手くいくはずがない。この違いをしっかりと意識しておかなくてはいけない。
posted by Takahata at 00:29| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

かけがえのない時間

その渦中にいると忘れがちになるが、真剣に競技に打ち込める年数は限られている。勝った負けたで歓喜したり、涙を流したりできるような本気になれることは人生にはそんなに多くはない。熱く夢を語り合えたり、そこに向かってただひたむきになれるのも…だからこそ限られた時間の一瞬一瞬を大切にしてほしい。渦中にいるとなかなか気づけない。分かっていながら日々に流されてしまう。過ぎて後悔しても絶対に取り戻せない人生の中でも貴重な時間を今生きていることをしっかりと日々自分自身に言い聞かせて競技に取り組んでもらいたい。本当に過ぎてしまえば…あっ!という間の時間なのだから…
posted by Takahata at 00:04| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする