2022年11月27日

遊び心を

僕は本やプロジェクトの企画などを考える時は、誰かと飲んでいたり、外の空間で自然を感じながら頭の中を遊ばせながら考えていたりする。誰かとバカ話をしながら頭の中を柔軟にしていく。周りの動きを楽しく観察しながら頭を楽しい方向に持っていく。会議室のような狭い空間で真面目ぶって考えるのが好きではない。周りが壁で仕切られているのも、さあ!考えるぞ!と改まるのも好きになれない。僕にとっての仕事の基本は『大人が本気で遊べばそれが仕事になる』というもの。まずは企画というのは、自分にとって本気で情熱を傾けて遊べるものでなくてはならない。子どもの頃に無我夢中で遊んでいたように。どれだけ本気で没頭できるのか。遊びだって中途半端な遊びなんて心底から楽しめない。今と違って、僕の子どもの頃には色々遊び場所や道具があった訳ではない。近所の空き地や山や川…遊び道具はそこら辺に転がっているものだったり。そんな中でどうやってみんなで楽しく遊びを創り出せるかを考えたものだ。目一杯、想像力を働かせて遊びを創造していた。何かなくても、自分の頭の中で何かを作り出して楽しい時間を過ごした。大人になった今もどこかそんな感覚を自分の中で大切にしている。何もないところから何か新しい企画を創造する楽しさ。頭の中で想像力を膨らませて遊ばせていく。自分が本気になってワクワクして遊べることを本気で探求していけば、そこには新たな企画が生まれていたりする。子どもの頃と違うのは、大人になると楽しい時間に+αを付加させていけること。
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2022年11月26日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2022年11月25日

潔さ

空振り三振をして、バッターボックスで、いくらもう一球打ちたいと要求しても無理なものは無理。いくら諦めきれなくても諦めるしかない。どれだけ打てなかったことを悔いても仕方がないし、どうにもできない。せめて、三回は自分らしく全力を出し切ってバットをフルスイングできたことを自分が自分自身に認めるしかないだろう。同じ三振でも迷いや不安や、あらゆるネガティブな要因で躊躇して三球見逃しの三振をするよりはいいのだろう。想いを込めて自分らしいスイングができたのなら。潔く諦めるのも、場合によっては前向きなことなのかもしれない。きっとそうなのだろう。目の前の相手の投手と真剣勝負をして敗れたなら、それはそれで潔く受け入れる。中途半端に当てにいって中途半端なスイングになってアウトになるより、自分らしいフルスイングができたのならそれでいいのだろう。ふと、昔考えたことを思い出した。
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2022年11月24日

情熱を燃やす

情熱というのは、生きる熱感。情熱を傾ければ人生が熱を帯びてくる。生きている実感を強く感じられる。時間を消費して生きるのではなく、時間を燃やして生きていきたいものだ。損得なんて関係ない。自分の中の何かに思い切り情熱を傾けてみる。生きてるぞ!!と叫びたくなるような時間を刻みたい。今の時代は社会に熱感を感じない。それは社会を構成する一人一人の熱感の問題でもある。夢なんて描くより、現実を見ろみたいな。もちろん、現実は大切だ。しかし夢の一つも描けない、夢をバカにされるような社会であってはいけないように感じる。漠然と生きる、のではなく、自分自身を生かし切って生きていく。自分に自分がやろうとしている何かに全力で情熱を傾けて、情熱を燃やしていきていきたいものだ。その積み重ねの時間こそが夢への真っ直ぐな道のりのように思う。情熱とは生きる心のエネルギー。誰の心の中にも情熱は秘められているはずだ。それを燃やすか、燻らせるか、消してしまうかはまさしく自分次第。
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2022年11月23日

どこまでも……

どんなことも、永遠に分かることはないのだろう……自分が分かったと決めた瞬間が、ある意味で終わりとも言える。分かるということは、同時に分からないことも分かるということなのだと思う。分かるということは追い求めていけば、終わりがないこと。人はどこかで分かったつもりというキリをつけて生きているのかもしれない。人に対しても知識などにしても。そのキリのつけ方が浅いのか深いのかの違いはあるだろうが。全てに深くはいけないだろう。でも、せめて人でも知識でも、一つくらいは永遠に追い求めるものがあってもいいような気はする。終わりなき探求。分からないことの面白さ、分からないことの苦しさ。。。それこそが人生そのものなのかもしれない。
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2022年11月22日

感じる力を

見えないものを見ようとする。伝えたいことを理解しようとする。これをできるのは、もはや目でもなければ、耳でもない。目では見えるものしか見れないし、耳では入ってくる言葉しかとらえられない。心でいかに感じ取れるか。感受性の豊かさによるものが大きいように感じる。そしてそれが何よりも大切なことなんだと感じる。表面的な見えるものだけで見ようとするのか、目には見えないもっと深い部分を感じるのか。表面的に耳に入る言葉を額面通りに聞くのか、その言葉の奥にある想いをどれだけ感じるのか。感じる力を大切にしていきたいものだ。
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2022年11月21日

怖い存在こそ

自分が怖いと思う人こそ大切にするようにと子どもの頃から親に教えられた。今の時代は怖い存在というのは悪人のように受け取られがちな世の中の風潮がある。怖いは、優しいなんだと思う。自分に興味があるからこそ本気で叱ってくれるし、自分を何とかモノにしてやりたいと思うからこそ情熱的に向き合ってくれるのだから。それはとてもエネルギーの要することでもあるのだ。逆に『いいんじゃない? 気にしなくてもいいよ』なんて優しいことを言っている人の方が、実は別の意味で怖かったりもする。当たり障りのない言葉はそのまま相手にとって自分が当たり障りのない存在でしかないということ。自分のことに興味がないから、いざとなったら黙ってバッサリ切られて見捨てられる可能性があるからだ。だから子どもの頃から誰かに本気で怒られたら『ごめんなさい』と『ありがとうございます』が習慣化している。人生を通して本気で向き合ってくれる相手なんてそんなに多くはないのだから。
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2022年11月20日

手離さないで

説明するまでもないのだが、ある重いモノを手に持ち、それを持ち上げようとするとなかなか持ち上がらないし、持ち上げても腕がしんどくなってくる。そして、そのしんどさや苦しさからそのモノを手から離すと一瞬のうちに落下していく。手や腕は楽になるが、手にしていたものは地面の上。自分が自分自身をあるステージにまで運び上げていったり、何かを成し遂げようとするというのは、まさにそれに似たような感覚がある。途中、苦しくてしんどくて、何度も手離せば楽になるのが分かっていても、手を離さない。それは手を離せば一瞬のうちに自分が堕落していくのが分かるから。あれだけ持ち上げるのは大変なのに落ちる時はいとも簡単に一瞬のこと。そんな自分の姿を自分自身が見たくはないだろう。だからこそ、人は懸命に踏ん張り抜くのだろう。
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2022年11月19日

継続していく

生け花の花。その花の色は花瓶の中にあっても、大地に根差して咲いていても色そのものはそう変わらないだろう。そしてやがてはどちらの花もいずれは散ってしまう。花瓶の花はそこで終わり。しかし大地に根差した花は結実して新しく芽吹く。今だけの成功なのか、未来に繋がる成功なのか。目先だけを見れば同じように見える物事でも、それが未来にしっかりと続いていく形なのか、ほんの一時の形なのか。。。仕事というのは、一時的なブームとかではなくしっかりと未来に続いていく形を模索していかなくてはならないと感じる。
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2022年11月18日

引率か自律か

自分が率先して人にカツを入れて相手を引っ張っていくことも大切な時もある。同時にいかにして相手が自らの意志で動きたくなるかを考えて自律を促していくことが大切な時もある。前者が他力なのに対して後者は自力。しかし、そこに共通しているのは相手が心の中で発奮するということ。その発奮に火を着けるのが他人によるものか、自力によるものかという違いがあるだけ。相手の心の中に発奮の火種があるのかどうなのかの見極め。あるいは同じ人間であっても心の中は変化していく。今の心の中に発奮の火種があるタイミングなのかの見極め。火種があるのに引っ張っていこうとするとそれは邪魔になるし、火種がないのに相手の自主性に任せても少しも燃えてこなかったりする。見極めと適切な手段があってこそ、相手の発奮を促していくことが可能になるように感じる。
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