2019年05月19日

願望を確信に

〜したいっていう願望を、〜できるという確信に導くために必要なのは、バカみたいに自分が自分自身を信じる力と、バカみたいに自分がやろうとしていることを信じる力。まさに夢を叶えるバカヂカラ。それがあれば願望という青写真に繋がる具体的な道筋をつけていける思考力が活発に働き始める。自分が自分を疑い、自分がやろうとしていることを疑えば、青写真はどんどんと霞んだものになり、しばらくすると消え去ってしまうことだろう。実現不可能なものになってしまう。せっかくの願望なら確信を持って実現させていきたいものだ。願望が湧くということは、自分の心が求めていることなのだから。挑戦してあげないと自分の心が可哀想だと思う。
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2019年05月18日

適度な追い込み

無理をしないことと、妥協とは違う。無理をしないことは心身の悲鳴に耳を傾けること。妥協は心身の甘えに流されて逃げてしまうこと。選手は妥協してはいけないが、無理をしてはいけない。妥協してばかりでは人間的にダメになる。無理ばかりしていると心身がダメになる。自分自身を追い込んでいく力も大切だが、同時に自分自身を許し認めていく力も大切になる。どちらもできないと、妥協人間になるか、崩壊人間になってしまう。このバランス感覚を持てることがとても重要になってくる。言葉にすると適度な追い込みということになるだろう。
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2019年05月17日

組織力

改めて思う。チームスポーツでの負けは、誰か一人のせいではないということ。チームの全員一人一人が、一つずつでも何とかできていれば違ってくる。目に見えるミス、目立つミスだけが原因ではない。誰もが全力でプレーしている。その中で生まれる小さなミスをどれだけ減らしていけるのか。これはスポーツに限らずあらゆる組織でも同じこと。上手く成果に結びつけられない時に誰かに責任を押しつけている限りは組織は強くはなっていかない。一人一人が胸に手を当てて考えれば100満点の人なんていないだろう…個々で90点、80点、60点と様々だろうが、個々がそれぞれ91点、85点、70点にできていくだけでも組織全体の成果は全然違ってくるのだから。60点の人だけを責めるのは組織力を低下させていってしまう。仲間のため、チームのために自分のできることを一つでも増やし、ミスを一つでも減らしていく。その個々の積み重ねの集積が大切になっていくのだ。
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2019年05月16日

誰のために

誰のためにスポーツをするのか?それは自分が好きで選んだこと。それは他ならぬ自分自身のため。ただし、共にプレーする仲間、応援してくれる家族などへの感謝の気持ちは忘れてはいけない。自分のために好きなことをやるためには周りの協力なくしてはできないのだから。感謝はしても誰かのためと背負う荷物が重くなると苦しくなる。自分らしく溌剌と全力でプレーする姿を見せることこそ、感謝の恩返し。応援する側も過度な見返りを求めて応援するのは違うと思う。もちろん勝利は結果として最高の恩返しにはなるだろうが、負けたからダメとか負けたから応援してきたことが無駄だったとかは関係ない。選手が試合の場で全力を尽くしたなら全力の拍手を返していきたいものだ。プレーする側も応援する側も無駄なんて何もない。お互いができることを全力でやり、お互いが感謝できたら素晴らしいこと。
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2019年05月14日

結果は

『そうなる』ことと『そうする』こととは違う。流れの中で偶然に結果としてそうなったのか、その結果を出すために主体的に意図したのか。例え結果は同じでも過程はまるで違ってくる。偶然の結果は次の偶然の結果を待つしかないが、過程が明確なことは再現性高く次なる結果も出していける。スポーツでも仕事でも、よく『結果にこだわる』という言葉を耳にする。結果にこだわるということを突き詰めていけば、過程にこだわりを持つということになると思うのだが、先々の結果ばかりに目が向き、過程がおざなりになり、結果という『そうなる』ことばかりを期待して待っている人をよく見かける。『そうする』がない『そうなる』ことほど目先では結果オーライかもしれないが先々を考えるとこんな不安なこともないのではないかと思うのだが……『結果は出る』ものではなく『結果は出すもの』だと思う。出すためにどれだけ考え抜けるのか、それがとても大切になってくる。
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2019年05月13日

人生を生きる

人生は誰かが生きるのではなく、生きるのは自分自身。人生は誰かが作ってくれるのではなく、作るのも自分自身。何もせずにただ待っていても何も変わらない。受け身ではなく、どんどん自らの手で切り拓いていきたい。良いことないな…楽しいことないな…ではなく自らの手で良くし楽しくしていくこと。人生には確かに運不運もあるだろう。でも、ただ運のせいにしたくはない。運さえ自らの手で引き寄せてくるくらいの生き方をしていきたいものだ。自分の人生の主役は誰でも自分自身であるはずだ。主役であるということは主体であり、主体が動かない限りは周りもどうしようもないはずだ。それを運のせい、周りのせいにして愚痴をこぼしながら生きていくのは本当に嫌だなと感じる。自分の人生を何か任せ、誰か任せにするくらいなら、自分が全ての責任を背負って自分の力で全力で切り拓いていけるようでありたいと思う。誰か任せの恨み節な人生には絶対にしたくはない。自分の人生を真摯に生きるとはそういうことなんだろうと思う。
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2019年05月12日

練習の流れ

練習の始まりの最初と最後の10分は大切。最初の10分でいかに心身共に波に乗っていけるか。最後の10分でいかに良いイメージで締め括れるか。本当は最初に得意な練習→苦手な練習→得意な練習でやれるとモチベーションが変わってくる。今日もやれる!と今日もやれた!という気持ちは大切。なかなか全体で動く練習の流れでは個々に応じるのは難しいだろうが。工夫次第ではできなくもないだろう。練習は日々のこと。最初から波に乗れないのも辛いし、最後に駄目な印象で終わるとその日一日の全体の印象も悪くなって終わってしまう。練習の流れを少しでも工夫することで練習のモチベーションが変化するなら取り入れてもいいような気がする。
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2019年05月11日

凛と

どんなに悔しい敗戦であっても凛とした姿勢を大切にしたい。対戦相手に尊厳のある気持ちとひとときの時間を共に戦えた感謝の念を大切にしたい。苛ついたり落ち込んでいたとしても、きっちりとした礼節を忘れずにいたい。敗戦で人間的に敗者にはなりたくはない。名選手である前に真の人間でありたい。ある競技をひたむきに続けていき、その中で単に競技だけ上達するのではなく人間的にも磨かれていきたいものだ。試合に勝とうが負けようが人間としては常に凛とした自分自身でありたいと思う。人間として大切なものを自分自身の中でしっかりと守り抜いていきたいものだ。勝った負けたでは人間の価値は図れないのだから。
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2019年05月10日

練習の成果

練習の成果を計るのは、苦しかったかどうかではない。与えられたメニューをこなせたかどうかではない。叱られたかどうかでもない。当たり前だが、上達したのかどうか。この当たり前を見失うと、やって満足の練習になる危険がある。自分のためではなく、他人を満足させる練習になる。練習は他ならない自分のためにやるもの。「苦しい中、与えたメニューをよくこなせたぞ!」という誉め言葉をもらうためにやるものではない。逆に他人からは評価されなくても、自分が「今日は自分の中で何かを掴んだ!」と納得できる練習をしていきたいものだ。
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2019年05月09日

団結力

チームはほんのちょっとのことで乱れる。でもちょっとのことでまとまってもいける。そんなこんなを繰り返し、少しずつ団結力がついていく。仲良しごっこの集団より、ぶつかり合ってその中でお互いを解り合った集団の方が最終的には強固な団結力を発揮することが多い。雨降って地を固めていける強さ。言いたいことも言わず、表面的に争いをさけて当たり障りなく付き合っていても相互に本当の意味では理解し合ってはいけない。仲良い振りをしながらも逆にストレスを抱えていく。当然チームの中で主張をし合っていけば、相互にぶつかり合いは生まれる。しかしお互いが腹の底から話し合えば、解り合える部分も出てくる。そんなことを繰り返していく中でだんだんとまとまりが生まれ、それが団結力へと繋がっていく。そんな過程を踏んで生まれた団結力はそうそう簡単には壊れたりはしないだろう。団結力は個々がかなりのエネルギーを注いでいかなければ作られるものではない。
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