2021年10月17日

練習の意味

部活の練習時間の長さだが、工夫次第でいくらでも効率的に短縮していけるように感じる。練習時間の長さで競っているのでないなら、ダラダラ無駄に長く練習するより短く集中して心身の疲労を次の日に残さない方がいいように思う。短縮化していく中で、練習の意味や質も考えていける。以前に栄養士さんに聞いた話だが、栄養のあるものを美味しく腹八分の食事がいいらしい。これはそのまま練習にも当てはまるような気がする。満腹にすることを目的にして無駄なものまで無理矢理詰め込んで膨満感にしてしまったら、次の食事は苦痛でしかなくなるし、何せ消化に悪い。やはり大切なのは質の高い練習を生き生きと腹八分というのがいいような気がする。次の練習が苦痛になるのではなく楽しみになるような。そろそろ練習の意味や在り方を考えていかなくてはならない段階に来ていると思う。これはスポーツに限らず何事にも言えると思うが…時間だけ縛ってやらせた感、やった感を感じるのはあまりに非効率的な気がしてならない。
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2021年10月16日

肯定と否定

多くの人は自由を求めるが、全くの自由を手にすると人はどうしていいのか途方に暮れる。規制があるからこそ自由を自覚できるし自由を求めていける。規制は不便を生むが、全くの自由も何でもあり過ぎて不便を生み、だんだんあれだけ嫌っていた規制を求め始める。人間とは何とも面白い生き物だ。これは比較ではなく対比。人間は対比がなければ実感を持てない生き物なのかもしれない。悪の規定があるからこそ善を自覚できる。全てはこの両極端の中での自分に適したバランスの中で生きていくのかもしれない。そう考えると否定しているものがなければ、何かを肯定していくこともできないということになる。実はその時点で人間は無意識のうちに否定していることを肯定してしまっているのかもしれない。つまり両方があるからこそ片側を初めて実感できる。こう考えること自体が実に不思議な感覚がある。やはり世の中は不思議なものだ。その不思議さに気づくと世の中の全てのことに感謝の気持ちが湧いてきたりする。
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2021年10月15日

結果

多くが結果を求める。結果に左右される。しかし結果を求めるあまり、結果が出なかったらどうしようと不安になったり、逆に結果を出したい思いが強すぎて無駄な力が入り過ぎたりする。結果はあくまでも自分が踏むべき過程をしっかり踏んだ先にあるもの。まさに人事を尽くして天命を待つ。結果ばかり気にしてしまうと今自分がやるべきことへの意識が薄れてしまう。あくまでも結果を出すために過程はあるが、自分がやれることは過程をしっかりと踏むこと以外にはない。結果ばかり気にしてやるべきことをやれずに終わったり、不安や力みに潰されてしまったらまさしく本末転倒になってしまう。
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2021年10月14日

学生時代

たった一度きりの学生時代をいかに生きるか…人生の中で唯一取り戻すことのできない時間…本当なら人生で一番夢を持てて、熱い想いで本気の情熱を注げる時間。ダラダラと醒めた気持ちで過ごしてたらもったいない。何でもいい、何か一つでいいから本気で打ち込んでみたらいいと思う。時に夢は残酷かもしれない。時に流した汗、注いだ情熱に裏切られるかもしれない。でも、その限られた時間の中で夢を描き本気で生きたという事実だけは自分自身の中に刻まれる。それはこれから先を強く生き抜く原点になっていくことだろう。失敗を許される時期に失敗を恐れずにがむしゃらに立ち向かえる大切な時間。それが学生時代のような気がする。
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2021年10月13日

自分自身との戦い

『このくらいで充分』から『まだまだもっとやれるはず』まで引き上げるには、並大抵のエネルギーではない。自分が漠然と引いている自己満足を壁を自分が打ち破っていかなくてはいけない。周りと比較しても自分はやっている方だ、そこそこそれなりの成果が出ている、周りはそれなりに評価してくれている…などなど、自己満足を助長させてくれる要素は身の回りに溢れていたりする。そんな中で、まだ!まだ!と自分が自分自身に鞭を打つのはしんどいことだったりする。今のままで充分じゃない?と自分を甘やかしたくなったりすることもあるだろう。満足して止まってしまったら、そこから先の自分自身の進化はない。苦しくても辛くても、まだまだな自分を信じて、まだまだやっていきたいものだ。人間はまだまだこんなもんじゃない!自分自身との戦いに勝ち抜いていこう!
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2021年10月12日

謙虚で素直に

余裕がある時に、傲慢になる人と謙虚になれる人がいる。傲慢になると今の自分に満足して退化して、今ある余裕を食い潰していってしまう。謙虚になると素直になり、自分を進化させて更なる余裕を作り出していける。一杯一杯になった時に何とかしようとしても時遅しの場合が多い。やはり準備は余裕のある時にしておいた方がいい。謙虚で素直さが欠けてしまうと、新しい力を吸収して自分のものにしていけない。自分の世界に慢心できている余裕なんてほんの一時期のこと。今だけを見るのではなく、未来を見据え、未来に対しての意識が強ければ、傲慢になどなれるはずはない。自信を持つことと傲慢になることとは明らかに違うものだ。
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2021年10月11日

ドンマイ

ドンマイ!ドンマイ!という言葉。それがお前のミスを許したんだから、俺がミスした時にも許してくれよな、という、もたれ合いの依存関係になると困ったことになる。ドンマイ!を口にする時には、お前のミスは俺がここからカバーしてやるよ!くらいの思いやりと覚悟と責任を持っていきたい。ドンマイ!は自分がミスをした時にかけておくべき保険の言葉ではない。相手には思いやりを持ちながらも、同時に自己には責任を負う言葉。仲間がミスして苦しい状況で自分自身が仲間を助けてやれるだけの力が必要になる。言葉だけのドンマイは下手をするとチーム全体のミスの連鎖を招きかねない。許し合うことは大切だが、一歩かけちがうと両者の関係をナアナアにしてしまう。責任のある許し合いが重要になるだろう。
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2021年10月10日

答えは…

学生時代の勉強の答えは、誰もが同じ一つの答え。解き方を教わり、誰もが一つの答えに辿り着こうとする。しかし、勉強とは違い、スポーツは誰もが同じ解き方、同じ答えを求めることはできない。自分なりの理論や感覚、自分なりの役割を見つけ出していかなくてはいけない。勉強は教えてもらえるが、スポーツは自らが自分なりの答えを作り上げていかなくてはいけない。だからこそ難しくもあり楽しくもある。スポーツに限らず人生の答えも同じ、自らが作り上げていかなくてはいけない。まさしく模索の道。スポーツを続ける以上、人生を生きる以上、常に絶え間なく自分自身の答えを探し、作り上げていかなくてはならない。それをどれだけ楽しんでいけるか。
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2021年10月09日

変化を

小さな変化に気づけるのか?誰でも大きな変化には気づける。しかし…大きな変化の前には小さな変化が続く。より早い段階で気づける方が、良い変化には自信を持って進んでいけるし、悪い変化にはいち早く改善の道を模索していける。漠然としていると、やり過ごしてしまう小さな変化を敏感に感じてみよう。そしてただ感じるのではなく、気づいた変化を考え抜くこと。変化は要は変化でしかない。変化が意味するものは何かをしっかりと考えていけなければ変化が単なる変化として自分の中で流されていってしまう。こんな勿体ないことはない。変化は一つの道しるべなのだから。変化の意味するところをしっかりと考えて読み解いていかなくてはならない。
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2021年10月08日

長い旅路

人生、全てが順風満帆に真っ直ぐ進んでいける訳ではない。つまずいたり転んだり、傷ついたり泣いたり…時に大きく挫折したり…それでも自分を信じ抜き、自分の道を懸命に模索する。自分が自分を見限らない限りは自分の道を作っていける。そんな中で紆余曲折も自分の力になっていく。思い描いた通りに全てが理想通りには進んではいかない。だから人はいつも懸命に生きていけるのかもしれない。理想に一歩でも近づこうともがく。だから人生は熱感を帯びたものになっていく。苦しみに顔を歪めて心で悲鳴を上げながらも、一歩でもより良い方向に向かおうと踏ん張っていけるのかもしれない。人生は右往左往しながらも、自分の生き方を見失うことなく、自分の道を切り拓いていく長い旅路のような気がすることがある。
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