2011年05月31日

じっくりと

今の時代は流れも速ければ、人の生き方も速い。スピードを求めていくと、過程が軽率なうわべだけのものになっていきます。じっくりと取り組んでいく意識が欠けていきます。そして早く結果を出すことばかりに意識が向いてしまいます。簡単に出た結果に人は一喜一憂してしまう。そして簡単に出した結果には永続性はなかなか持てないんですね。こんな時代だからこそ、僕はじっくりと行きたいというか、敢えてじっくりと丁寧に過程を積み上げていくことを意識しています。生まれては消え、生まれては消え…こんな一過性のものの繰り返しではなく、生み出してじっくりと育て上げていけるようなスタンスで取り組みたいんですね。そして消えるのではなく、次世代に大切に残していってあげたい。作り手の想いや魂が感じられるようなものを。今の世の中のスピード感は肌でしかと感じながらも、焦らず慌てずにじっくりと育てあげていこうと考えています。今の自分自身もそうやって育ててきたんですから。
------------------------------------------------今夜は、中島みゆきさんの『悪女』と『誘惑』確か、中学の頃に中島みゆきさんを聴くきっかけになった曲です。ラジオから流れてきて最初はメロディーが心の中にスーと入ってきました。今では歌詞の世界も分かるような気もしますね。
posted by Takahata at 00:33| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

真っ直ぐな心を

子どもの頃のような真っ直ぐな心でありたい。浴衣を着てホタルを眺めたキラメクような感動を。クリスマスの夜にドキドキしてサンタを信じた夢見る心を。大好きだった運動会の前日のワクワクした胸踊る心を。そう、ときめくような心を。きらめくような好奇心を。そんな心を大人になっても持ち続けたい。何だか毎日がキラキラしたような時間を過ごした子ども時代。生きていることを強く実感できた。できないこと、やってはいけないこと、そんなことばかりだったけど、でも毎日を輝きながら生きていた。美しいものを恥ずかしげもなく美しいと言え、悲しければ自然に涙が溢れて、嬉しかったり楽しかったらゲラゲラ笑顔で大笑いして。僕ら大人もそうですが、今回の震災で親を失った子ども達、友を失った子ども達、そんな子ども達の心に大人である僕達ができることは何なのか…常に考えさせられます。埼玉の避難所に何人かの選手を連れて簡単なスポーツをした時の子ども達のはじけるような笑顔、絵本をプレゼントした時のニコニコした笑顔が。そんな子ども達の笑顔をたくさ
ん広げていきたいですよね。
------------------------------------------------今夜は松山千春さんの『人生(たび)の空から』でいこう。中学の頃に松山千春さんの曲をよく聴いていました。どの曲も北海道の悠然とした感じが伝わります。ちなみに中学時代の林間学校で朝の体操に松山千春さんの『季節の中で』をかけて体育委員長の僕が体操したのを思い出しました。
posted by Takahata at 00:43| Comment(21) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

エール!!

ほんの少しの勇気を持ってみようよ。小さくもいい一歩踏み出す勇気をね。弱くてもいい誰かに寄り添える勇気をね。いいんだよ、それがすぐに何かをもたらさなくても。でもいつか気づく日が来るかもしれない。その少しの勇気の大きさを。たくさんの不安や悲しみの中で絞り出した、その少しの勇気が自分の心に、人の心に勇気の種を撒いたことを。その勇気の種は必ず芽を出して大きく育っていくはずだから。勇気はね、強い人だけが持っているんじゃない。誰の心の中にもあるんだよ。勇気はね、単に勇ましいだけじゃないんだよ。優しくて温かくて穏やかな勇気だって勇気なんだ。勇気は誰かを傷つけるためにあるんじゃない、本当は自分を、人を労るためにあるんだよ。だからね、自分に、人に深い愛情を注げる者こそが本当の勇気を持てる。だからね、ほんの少しでいい、心にある勇気を信じて前に進んでみようよ。誰かの傍に寄り添ってみようよ。君がね、君らしくあるために。
------------------------------------------------今夜はスピッツの『ロビンソン』にしよう。この曲を聴くと心の中が大きく広がっていくような感覚になれるんです。
posted by Takahata at 00:28| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

価値観を明確に

大学を卒業して以来、この仕事をしてきた僕ですが、起業には二つの道があります。一つはとことんまで自分の好きな道を進む。二つはとことんまでお金を稼ぐ。実はサラリーマンではどちらも無理なんですね。その代わりに安定がある。要は自分の価値観がどこにあり、何を選択するかなんですよね。僕は自分の好きを選択しました。知ってる人は知ってますが、僕は本当にほとんど物欲ってないんですよね(笑)夏なんてポロシャツ二枚くらいあればいいくらいの男ですから(笑)だから、いくらお金が儲かる方法があろうが興味はなくて、それよりも人生の時間を自分の好きなことに無我夢中で没頭できているのが幸せなんです。これはあくまで僕の価値観ですからそうでなければいけないという話ではないですよ。大切なのは自分の価値観を明確にして、それを自分自身が知り、その価値観を貫いていくことなんだと思います。するといつしか価値観は人生を生きる信念になっていきます。僕は自分の信念に真っ直ぐに生きている自信はあります。
------------------------------------------------今夜は大学時代にカラオケでよく歌っていた徳永英明さんの『壊れかけのRadio』と『レイニーブルー』にしよう。昔、僕はラジオを聴きながら受験勉強?してました。思春期の頃の自分の様々な想いが思い出されます。
posted by Takahata at 00:07| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

視野が広がる

何かを掘り下げていくということは、視野をある狭い範囲に集中させて、それ以外のことには目もくれず、そこを掘っていくことだと昔は考えていました。しかし、今は掘り下げるというのは逆で視野を広げていくことなんだと感じています。掘り下げていき、ある物事の本質を掴むと、その本質の地下水は、それ以外の物事の本質であったりもします。表面的には全く別物に見えることが本質的な部分では同じだったりするんですね。ですから、掘り下げた本質から逆に別地点で地上に上がってみたら、この物事も同じだったんだ、と。つまり結果として見れる視野がどんどんと広がっていくんですね。こうなってくると自分の表面的には知らない物事でも、本質的には知っている訳で、あまり抵抗感がなくなって取り組みやすくなっていくんですね。取り組み方も本質的な部分から表面的に上がっていくので、道筋が見えやすくなっていくという感覚が出てきます。何かを掘り下げて本質を探っていくというのはとても楽しいことなんですよ。
------------------------------------------------今夜は、中山美穂さんの『You're my only shinin'star』にしよう!月が波間に浮かぶと、やわらかな光が忍んでくる♪♪沈む夕闇に瞳わざとそらしたまま打ち明けた♪♪
posted by Takahata at 02:08| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

労を惜しまない

少しの労を惜しむようでは、大きなことはできないし、ましてや人のために尽くすことなどできない。僕も完璧とは言えませんが、でも手を抜いてしまいそうなことにほど、意識を払ってできる限り労を惜しまないようにしています。少しの労で済むことなんだから、労を惜しまなければいいのに、人はついつい少しの労を惜しんでしまうんですよね。少しの労=小さいこと。このように考えてしまうんでしょうね。しかし、大きなことは、小さいことの集合体だし、少しの労が必ずしも小さいこととも限らなかったりするんですよね。だから、できるだけ意識をして見過ごさないようには気をつけています。その生き方が丁寧な人生も作り上げていけるような気もします。人を生かし、人に生かされる人生のようにも感じます。雑に生きていては、その雑なところからほころびが生じてくるのではないかとも考えています。小さなことにもコツコツと労を惜しむどころか、労を注ぎ込んでいきたいと僕は考えていますね。
------------------------------------------------今夜は『蘇州夜曲』でいこう。たぶん、僕が生まれる前の歌かもしれません。でもこの曲を耳にすると、中国の蘇州がテーマの歌にも関わらず、僕の子どもの頃を思い出させるようなメロディーなんですね…何だか昭和40年代の頃の広島。なんか不思議ですけど…
posted by Takahata at 00:05| Comment(19) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

いかに目的に向かうか

渋谷のスクランブル交差点。人の波はあちらこちらから押し寄せてくる。一人一人が急ぎ足で。どこか目的を目指して。ぶつかり、すり抜けながら、我先にと人を追い越しながら一目散に。僕は思う。みんな何でそんなに急ぐの?と。みんなそこまで急ぐ目的があるの?と。無駄に時間を過ごすことはないとは思うけど、そこまで急ぐ必要もあるのだろうか、と。人にぶつかっても謝りもしないでプイと通り過ぎていく。人と人との僅かな隙間を切り裂くように通り過ぎていく。目的に向かうのも大切だけど、脇目も振らず心のゆとりを失ってはいけませんよね。人生はそこまで長くもありませんが、そこまで短くもありませんからね。自分を傷つけ、人を傷つけてまで向かわなければならない目的なんてないような気がします。時間は大切にしながらも、人としての生き方も大切にした進み方で目的に向かっていきたいですよね。人も世間も心にゆとりがなくなると、せちがなくなってきますからね。
------------------------------------------------今日は浜田省吾さんの『悲しみは雪のように』これは大学時代に見ていた「愛という名のもとに」というドラマの主題歌でした。体育会をテーマにしたドラマで大学卒業した後にも続く仲間の絆を描いたものでした。僕も部活の仲間達との時間を静かに思い出します。
posted by Takahata at 01:04| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月24日

真のつっぱりは、真の哲学者

僕たちが中学や高校の頃は全国的に荒れてる時代。まさしく日本全国がビーバップハイスクール。スクールウォーズ。つっぱること。これは世の中に反発してことごとく逆らうことではないんですよね。自分の生き方の軸があり、哲学があり、だから故にしっかりとした自分の意見がある。つっぱることは容姿を奇抜にすることでもない。暴力、暴言をすることでもない。礼儀作法を無視することでもない。社会を敵視することでもない。自分の信念を貫いていくことなんだと思うんです。貫く中で社会に迎合できないこともある。自分を貫くことが、端から見たらつっぱっているように映るかもしれない。本人からしたら真っ直ぐに生きているだけなんでしょう。反発するためにつっぱるのは違う気がします。自分の中に明確なものがないのに、単に反発するのは我儘なんでしょうね。大切なのは反発や敵視ではなく、自分自身の確立なんだと思います。それこそが真のつっぱりではないでしょうか。真のつっぱりは、暴れん坊なんかではなく、本当は静かな真の哲学者なんだと僕は思っています

------------------------------------------------今夜はさてと、全く季節外れですが、オフコースの『秋の気配』にしよう。中学、高校の頃はオフコースが好きでよく聴いてました。まだレコードの時代。針を落とす時のドキドキ感を思い出します。少し背伸びして大人の恋みたいなものに憧れてたような気もします。
posted by Takahata at 01:09| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

素直に

スポーツ魂テンツのFacebookのいいね!お願いします。また皆さんのお知り合いの方でFacebookやられてる方がいらっしゃればお願いしていただいてもよろしいでしょうか。僕の生涯をかけてスポーツ界に、次世代の子ども達に素晴らしい財産を残してあげたいと考えています。どうか皆様の力で盛り上げてください。よろしくお願いします。
------------------------------------------------大人になって失うもの、その一番がやはり素直さのような気がします。子どもはその時々を素直に受け止め、素直に受け入れ、素直に感じて、素直に行動する。大人は、事実から目をそらせ、自分の感情を誤魔化して、自分の理屈をこねくり回して自分を正当化させていく。子どもは自分の知らない世界に好奇心を駆り立てられてその世界に素直に踏み込んでいく。大人は自分の知っている世界の中で安楽を感じその世界にしがみつこうとする。そして知らない世界を否定することで自分の知っている世界を必死で肯定しようとする。子どもは思ったことを素直に口にする、分からないことは素直に分からないと。大人は必死で振りをする。自分はこんなに凄いんだ!と必死で自分を作ろうとする。素直な人は心の豊かな人だと僕は思います。昔、僕が書いた本に子ども脳の大人になろうっていうのがありましたが、素直さっていうのは凄く大切だと思います。感覚的には子どもの素直な心を感じて、大人の頭脳で考える。僕は常に自分の中では
そうありたいと思っています。
------------------------------------------------さあて、と!今夜のリクエストは松任谷由実さんの『卒業写真』でいこう!今日昼間に、僅かな時間ですが、広島時代の母校の先輩とお会いしました。懐かしさと熱い当時の想いを語り合いながら素敵な時を過ごせました。
posted by Takahata at 00:17| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

アホな想い、でも熱い想い

大学時代に失恋した仲間を含めて10人で2台の車を飛ばして湘南に向かったのをふと思い出しました。しかも深夜に突然。仲間が失恋したんなら、海行くしかないだろみたいな。仲間が運転する車の中で、サザンをかけてみんなで大声で歌いながら。湘南に着いて、みんなで浜辺で夜空を見ながら寝っ転がり、世の中彼女だけが女じゃない、いくらでもいるんだ、みたいな慰めにもならないようなことを口々に言い合いながら。海に向かって叫ぶしかないんじゃん!とか。海で悲しみを洗い流せ!みたいにみんなで夜の海に駆け込んだり。みんな、次の日はそれぞれの部活があって大変なのに夜通し徹夜で恋について語り合ったり。今思い返せば、なんの計画性もなければ、なんの慰めにも励ましにもならなければ、コテコテにアナログ的かつ短絡的で陳腐なことなんです。でも、その時はみんな仲間として本気でそいつのことを想い、何とかしてやりたいと考えたんですね。アホ臭いと言われようが、今思っても凄く温かいなぁ、て思います。みんな、ただただ、そいつの傍にいてやりたい!っ
て深夜に寝てたのに急に集まって。アホみたいな行動だったけど、アホみたいに温かかった。
------------------------------------------------今夜はサザンオールスターズの『希望の轍』でいこう!いつの日にか、あのメンバーで湘南で夜明けまで語り明かすのもいいような気がする。アホみたいに熱く語り合う。車の中はもちろんサザンをガンガンで。
posted by Takahata at 01:14| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

いかに長所を…

僕は長所を伸ばすことは大切だし、大賛成なのですが、全体のバランスを無視して長所を伸ばし過ぎてしまうと、その長所がバランスの足を引っ張ってしまい、大きく崩れてしまう危険性もはらんでいると思っています。僕がメンタルを指導する際にもこの全体のバランスを意識した長所の伸ばし方、伸ばすタイミング、どのような段階を踏ませて伸ばしていくのかを熟考します。この地球もそうですが、自然と文明のバランスを崩してしまうと、そこには大きな歪みが生まれます。現代社会においては最新工業科学は一つの長所です。次々に科学という長所を伸ばすことだけにみんな注力してきました。しかし、バランスを崩すとその長所すら短所になりかねないんです。これは人も同じなんですね。人は一個人が小宇宙です。その中でいかに長所を伸ばしていくのか。何でもそうですが、ただいいことだから、やみくもにやればいいということでもないんですね。大切なことだからこそ逆に慎重にバランスを意識しながらやっていかなくてはならないこともあるんですね。
------------------------------------------------『恋はみずいろ』誰かは忘れましたが…ポール・モーリア・オーケストラだったような…小学校の頃に受験勉強しながらよく聴いてましたね。中学受験の当日の朝も聴いた覚えがあります。懐かしいなぁ…どうしても行きたい中学だったので、リトルリーグで野球を続けながらも懸命に勉強もしたのを思い出します。
posted by Takahata at 00:59| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

自分を貫く

今日は最初に一冊の本を紹介させてください!一人の熱い想いをもった福島県の女性から。福島県飯館村にみる一人一人が幸せになる力『までいの力』SEED出版。¥2500(本の販売収益はすべて飯館村の復興のために役立てられます)福島県飯館村。この村は牛をはじめとした畜産と農業をベースにした村です。どぶろくや凍み餅をこしらえる農家レストランがあり、間伐材のチップボイラーを村の施設に導入するなど原発依存とは全く対極の村づくりを進めてきました。3月11日の大震災の時には、沿岸部の被災者の受け入れをしていました。しかし福島第一原発の事故による放射能汚染によって計画的避難区域に指定され、今、村の人たちは家畜と共に村を離れるかどうかの瀬戸際に立たされています。僕からも全国の皆様にお願いです。どうか本を購入していただき、飯館村の皆さんのご支援をどうかよろしくお願いします。
------------------------------------------------人は何も持たずに産まれてきて、何も持たずにこの世を去る。改めて思うと、人はこの生を受けて生きる数十年という期間の中でいろいろなつまらないモノに振り回されているんだなぁ…と実感します。永遠を想い今を学び、明日の終わりを想い今を生きる。学びは最期の最期までしていきたいと僕は思っています。しかし生き方はどんどんシンプルにしていきたいんですね。余計なつまらないモノはどんどん削ぎ落としながら。自然を通して、社会を通して、人を通して自分を学びます。そしてそんな自分をシンプルに生かしていく。人に、社会に、自然に、生かして返していく。自分なりの生き方の中で。つまらないモノに振り回されるのではなく、自分をブラさずに自分自身をしっかりと育てあげていく。数十年という長いような、短いような期間の中で。優劣なんかではなく、自分の中での充実感を求めていく。他でもない一度きりの自分自身の人生なんだから。始まりも終わりも決められずに産まれてきたが、生きている期間だけは自
分の意志で生きていけるのだから。
------------------------------------------------今夜は音楽ではなく、この『までいの力』を読ませていただきながら休みます。皆さん、どうかお力をよろしくお願いします。
posted by Takahata at 00:14| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月19日

技術は…

技術はテクニックとかスキルと言われます。英語と日本語の技とは少し違うような気もしています。技は手で支える。つまり熟練した手や腕によって支えられるものなんです。マニュアル化したテクニックやスキルなんかとは違うような気がするんです。職人的な技が日本的な技術のような感じがするんですよね。機械でも分からないコンマ何ミリのズレさえも指先で感じ取ったりみたいな。そんなことはノウハウなんかでは一朝一夕には伝えられません。だから修行を積み重ねていく。そんな先にあるものを僕は技と呼びたいような気がします。今の時代、ちょこっと何かを学んで技を身につけたような気になっている人はたくさんいます。それは英語のスキルやテクニックを学んだくらいのことのように思えます。日本の技はそんなに容易いものではないのではないでしょうか。技を教える側も学ぶ側も腹を決めてじっくりと修行をしていかなければ手に染み込んではこないように感じます。世の中全体が英語のイージーやライトな感覚になってきているのかもしれませんが、技は守り抜いてい
かなくてはならないものではないかと思います。
------------------------------------------------今夜は徳永英明さんの『壊れかけのRadio』でいこう!実は、浪人時代によくラジオを聴きながら勉強していました。その時のパーソナリティーの一文字弥太郎さんが温かかった。僕もそんなラジオを作りたいと広島のラジオ局も考えたことがありました。思春期の様々な想いや、ラジオから聴こえてきた一文字さんの声がほんわかと甦ってきます。
posted by Takahata at 01:09| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月18日

制約を越えて

制約のない人生などありません。生きるということは制約でもあります。そもそも人は自分の肉体という制約を持っているんです。僕は制約を嘆いたり、制約に反発したりするのではなく、まずはその制約を受け止めてその制約を熟知することが大切だと思います。そしてその制約とどのように付き合っていくのか、そこにこそ自由があり、発想もあるように思います。スポーツでも制約がなければ好き勝手にやることになります。しかし、ルールを熟知した中で戦術や戦略を自由に発想して駆使するのは自由なんですね。制約は諦めることではないと思います。僕は逆にヒントだと捉えているんですね。制約の中で何をどのように最大限まで世界を広げていけるのか。人の体だってそうですよね。体には関節の可動域という制約があります。ですが、そこで初めて思い通りにいかないから、どのように体を使うかという発想が広がるんです。こうだからダメだと諦めるのではなく、こうなんだったらその中でもっとこうできるんじゃないかと可能性を信じる生き方をしていきたいと思いませんか。
------------------------------------------------------------------------今夜のリクエストは爆風スランプさんの『大きな玉ねぎの下で』です。男女の文通をテーマにした曲です。大きな玉ねぎとは、日本武道館。屋根が玉ねぎみたいなんです。文通していた二人が初めて武道館のコンサートで逢うはずだったのに…メロディーも歌詞もせつなくなります。大学の時によくカラオケで歌ってました。
posted by Takahata at 01:11| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月17日

ボウズ頭くんへ

スポーツ魂テンツのFacebookというのがあるのですが、僕も全然Facebookに詳しくなくて申し訳ないのですが、もしFacebookやられてる方がいらっしゃいましたら、ご覧いただき、もしいいな!とと思っていただけたら、いいなボタンをお願いします!
------------------------------------------------中学のボウズ頭の野球部員が、練習中に校庭を走っているテニス部員の初恋の子を目で探している。いいとこ見せようと、力み過ぎてボテボテの内野ゴロ…一塁まで走りながら、凄く格好悪いとこ見られたと深く落ち込む。でも、その子はそんなボウズ頭なんて見てない、見てない。練習が終わって、もしかしたら学食前の自動販売機の前で一緒になれるかもとドキドキする。何と偶然にも一緒に。でも近くにいながら、名前も呼べなければ、目も合わせられず…息が止まるくらいの息苦しさを感じる。テニス部のその子はジュースを飲んで仲間とさっさと教室に…息苦しさから解放されたのに、その場に残されたボウズ頭は野球部の仲間との喧騒の中で、一人大きな淋しさを感じて、その子が立ち去る後ろ姿を追っている…とらわれた心にどうしていいのかも分からず…何だか泣きたいくらい大好きなのに、ただその届かない想いを胸に抱くことしかできない。可哀想なボウズ頭くん(笑)たった一言話しかける勇気さえなかったん
だね。でも、それが初恋ってものかもしれないね。
------------------------------------------------------------------------今夜の一曲は、村下孝蔵さんの『初恋』です。亡くなられましたが、村下さんの歌はすごく好きでした。忘れていた心の情緒を思い起こしてくれます。僕は村下さんの曲も歌詞も含めての世界観がすごく好きなんです。『かざぐるま』『松山行きフェリー』『少女』『ゆうこ』などなどいろいろです。
posted by Takahata at 00:49| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月16日

大切に

先日、被災地の家も船も失った漁師の方が家族のために自らの命を断ったという話を聞きました。テレビでは復興に向けて!という空気ですが、皆さんはどう思われますか?僕はこの話を聞いて、どうにもこうにもやりきれない思いになります。命が助かってなお、自らの命を断たなくてはならない現状。以前にも農家の方が風評被害で命を断たれましたよね。僕たちには、まだまだできることはあるはずです。どうか他人事にはしないでください。どのような思いで彼らが、せっかく助かった命を断たなくてはならなかったのかに思いを寄せてみてください。僕はどうしても、自分がなんともなければそれでいいとは思えません。いくら大変になったとしても、僕たちには働く場所も、住む家も食べる物も当たり前のようにあるんです。僕も含めて皆さんもどうか、被災地を遠い場所、被災者の方々を他人ごとに思うことだけはしないようにしていきましょう。僕も微力ながらこれからも継続してできる限りのことをしていきます。どうかお互いに人の痛みを感じられる心を、人のことを大切に想
える心をずっと抱いていきましょう。
------------------------------------------------------------------------今夜は平原綾香さんの『ジュピター』にしよう。しみじみと聴いてみよう。歌詞を噛み締めながら聴いてみよう。
posted by Takahata at 00:44| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月15日

一期一会

最近、つくづく一期一会の言葉が身にしみます。つい、また会えるのだろうか…と考えてしまう自分がいます。人の最期は本当に分からないですよね。それは自分自身も相手も。だから、人との縁や人との時間を大切にしたいですよね。文字にすると当たり前の陳腐な表現になりますが、年を追うごとに人に対して愛しさが湧きます。例え二度と会えなかったとしても、相手が元気に生き生きと生きていてくれたら、この上なく幸せを感じます。だから、僕も相手にそう感じてもらえるような生き方をしていこうと思うんです。これまで生きてきた中で人の中にある汚さや醜さもたくさん見てきました。でも僕はこの頃、そんなことも含めて人を自然体で見つめて、たまらなく愛しさを感じるんです。だから、人とのさよならの瞬間にたまらなく悲しさや淋しさを感じます。昔の歌にあった、さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束。いい歌詞です。遠い約束でも、また、お互いが元気に会えたらいいなって思います。約束が実現するかしないかは分かりませんが、そう信じて今
を生きていきたいですね。本当に人を時間を大切に生きていきたいとつくづく感じます。
------------------------------------------------うん、そうだ、今夜は来生たかおさんの懐かしの『夢の途中』にしよう。前に雑誌の対談で来生さんとご一緒させていただいた時、素敵な方でした。薬師丸ひろこさんも歌われてた映画の主題歌でした。歌詞の最初の部分の、さよならは別れの言葉じゃなくて、ふたたび会うまでの遠い約束…
posted by Takahata at 00:17| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

走ろう!

走る、走る、走る、悪くない。辛いと思ってれば、歩いてたって、ただ立ってたって辛い。楽しく思ってれば、動きたくなる、じっとしてられなくなる。そう走りたくなる。走ってると風を感じる。風が生まれる。楽しければ、その風が心地いい爽快感を運んでくる。疲れれば、束の間休めばいい。そして、また走る、走る、走る。疲れるのと辛いのとは違う。疲れるのは肉体。辛いのは心。肉体は回復する。心はなかなか回復しない。走るのが辛いのではなく、走ってる自分の心の問題。嫌々やれば何だって辛い。やらされれば何だって辛い。走りたいから走る。誰かのためとかでなく自分が走りたいから走る。それは辛いことではなく、心の充足になる。ダラダラ歩くのが楽か…それは余計に疲れたり辛かったりする。心にいい汗を流しながら人生のロードを走る。生き急いでいるのではなく、限られた時間の中で、自分自身の可能性を模索したいから。まだ走れる情熱を失いたくないから。人生にまだまだ楽しみを見出だせる自分でありたいから。だから、走る、走る、走る…まあ、周りの景
色を眺めながら、何かを感じたり、考えたりもしながら。そんな心の余裕も大切にしながら、楽しく心地よく走ろう!
------------------------------------------------今夜はいつの時代に戻ろうかな…そうだ、石川ひとみさんの『まちぶせ』だ。これは中1の時の夏の猛烈に暑い日。部活の練習に行きたくなくて、一日くらいいいかっ!と練習サボッて家で冷房かけて聴いてた。そしたら、先輩に呼び出され、グランドを何時間も走らされた…マジで震えるほど怖かった。最近、卒業以来にお会いしてかなり面白く優しい人だと知る(笑)僕を走らせたことは見事に忘れてた〜(笑)まちぶせの歌詞にあるような感じが懐かしい…
posted by Takahata at 01:33| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

虹色の想い

虹色の想い。なんか自分の中で空想が広がる。赤の想いは情熱の想い。橙の想いは温かな想い。黄の想いは幸せな想い。緑の想いは穏やかな想い。青の想いは澄んだ想い。籃の想いは深い想い。紫の想いは高貴な想い。名づけて七色の想い。でも虹が人の心を惹き付けるように、この虹色の想いがあると自分の周りの人を幸せな気持ちにしていけるのかもしれませんね。人々が涙という心の雨を降らせた後に、心の空間にそっとかかる虹のように…何をするでもなく静かにその空間に佇む虹のように…虹の七色の想いが人の心を開かせるように。作られた美しさではない、自然の美しさで。そんな想いを大切にしていける自分でありたい。虹は自然に消えていく。でもその時には涙を流した人も心を回復して日常に帰していく。押しつけではない想い。さりげない想いが想い遣りを生むような…そんな社会ならいいなぁ。まずは自分が目指してみよう。空想の中の虹色の想い。今、気づいた。空想は空を想うと書くんだな。心の空を見上げて想う時間。
------------------------------------------------今夜はミニー・リパートンの『Loving you』にしよう!大学時代に日本代表としてハワイ遠征した際に、よく流れていた曲。ハワイの美しさ、チームの仲間のこと、ハワイに生きる日系人の想い、試合のこと、あらゆることがこの一曲で思い出される。ちなみにハワイと言えば虹。あの虹がハワイの澄んだ空に広がる。
posted by Takahata at 00:34| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

新しい自己

過去の自分を断ち切る。過去の自分を否定できる。苦しくて無力感、絶望感にとらわれる。しかし断ち切ることで、そこから新しい自己が形成されていく。否定することで新しい自己を模索していく。ズルズルとナアナアにダメダメな過去の自分を捨てきれずに固執していっても、これから先にあるのはもっとダメダメな自己があるだけ。人は一度きりの人生の中で何度か再生する機会というものがある。これは誰にもある。その時に本当にこれまでの生き方で正しいのだろうか?と自分自身に問いかけてみる。見て見ぬ振りをすればそのダメダメが相変わらず今後も続いていくだけ。新しい自己を再生させ育て上げていく。大切なのは勇気を出して断ち切ること、自信を持って再生させていくこと。人生には様々な節目がある。その節目をピンチと捉えるか、チャンスと捉えるか。僕は自分を大きく成長させていくチャンスにしていきたい。新しい自分に出会えるチャンスと考えて。人間は気づいた時こそ変わっていけるチャンスなのだから。
------------------------------------------------さてと、今夜は何にしよ〜そうだ!高田みづえさんの『潮騒のメロディー』にしよう!みんな知らないだろうなぁ…中学1年の頃に、この曲聴きながら、好きだった子を片想いで想ったものだ。キュンとせつなく…
posted by Takahata at 00:31| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

無我夢中

人の目を気にしたり、人からの言葉に一喜一憂したり、人からの評価で自分自身の優劣を決めているうちは、きっと無我夢中にはなれていないんだと思います。我を無くして夢の中。自分の夢に向かって無我夢中になってる時は、人がどうこう、自分がどうこうとか心に引っ掛かってもこないものです。我が無くなれば他も無くなります。無我夢中になっている時は、まさにそんな感覚のような気がします。僕は20代の前半から40歳前半の今まで、振り返れば20年という無我夢中の時間を過ごしてきました。まさに一夜の夢のような一瞬の時間でした。他人の目や評価など気にもならないくらい濃い時間を過ごしてこれたと思っています。他人にも自分自身にも振り乱されずに、前だけを向いて突き進んできた日々でしたね。無我夢中になれることがあった幸せと、無我夢中の時間を過ごせた幸せと。進んできたこれまでの道のりを振り返ってみた時に改めて感じます。進んでいる最中には、そんなことすら感じないくらい無我夢中ですから。
------------------------------------------------だんだん寝る前の一曲がクセに(笑)その曲、その曲にその当時の自分の状況や、心情などが甦ります。今夜は尾崎亜美さんの『オリビアを聴きながら』にしよう。大学時代に、練馬のアパートで夜寝る前に、お酒飲みながら一人で聴いてたのを思い出します。曲とは意味はありませんが、大学の部活で辛かったこととか、苦しかったことなどが思い出されます。
posted by Takahata at 01:06| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

規制と上手に付き合う

自由の中にある規制と、規制の中にある自由。僕は自由の中にある規制が好きなんですが、それさえも大きな視点から見たら、日本の社会の中で規制されたことの中にある自由の中で動き回っているということです。その中の自由を享受しながらも、その自由の中で自らが規制していく。社会の規制を社会規制とするなら、自分で規制していくのは自主規制。社会規制は強制。自主規制は任意。社会規制はルールの中で、自主規制は自らの価値観の中で制限されていきます。一人の人間が形成されていくというのはそのような中で、いかなる自分を作り上げていくのかという事なんだと思います。ちょっとした匙加減でも変わってくるんですよね。自分の中でこの二つの規制がどのようなバランスになっているのかをしっかり知っておくことは大切です。それによって自分の行動も変化するからです。案外、自分で気づかないところで心の中で様々な規制が行動にブレーキをかけていることもあるので。規制に縛られるのではなく、上手にコントロールしていきたいものですよね。
------------------------------------------------今夜は浜田朱里さんの『想い出のセレナーデ』でいきましょう。確かこの何ともせつないメロディーに誘われてレコードを買った記憶が。いくつになっても心に残る曲です。最近、偶然にもこの曲を編曲された若草恵さんと仲良くさせていただいています。小田辺さん、奥田民夫さんもいいですけど、吉田拓郎さんという流れもありますよ〜拓郎さんの『夏休み』なんて本当に子どもの頃の広島の夏を思い出します。
posted by Takahata at 00:27| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

槍投げと投げ槍

槍投げなのか、投げ槍なのか…同じ槍を投げるにも違うような気がしますね。手を離れた槍はもはや自分自身ではコントロールは不可能です。要は槍が手を離れるまでの意識の問題なのでしょう。ある明確な意識で明確な意志のもとに槍を投げるのか。それとも、とりあえず手にしている槍を投げて手放せばいいのか。槍投げは槍をどうするのか、というのが目的。投げ槍は単に投げることが目的。端から見たら、同じように槍を投げているように見えるだろうし、手から離れた槍はもういかようにもできません。しかし、決して同じではないんですね。明らかに結果が違ってくるんです。何でもそうですが、物事を投げ遣りにしたり、投げ遣りな言動をしないようにしなくてはいけませんよね。そこには、ある明確な目的に向かうための意識、意志、意図などが必要になるということです。それがなければ出てきた結果に後悔することになってしまいます。単に投げるだけなら、誰でもできることですから。違いは槍が手を離れるまでの過程にあるということでしょう。その過程に奥深いものがあ
るのだと感じます。
------------------------------------------------今日から寝る時に、携帯でYouTubeから懐かしの曲を聴いて静かな気持ちで寝ようと思います。毎晩違う曲で。今夜は久保田利伸さんのmissingにしよう。大学時代によくカラオケで歌ってました。歌詞が身にしみます。
posted by Takahata at 01:01| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

巡り合い

人は人と巡り合い、人の心の世界を旅して巡る。人の数だけ心の世界はある。その世界の中で人は、人は愛や喜び、悲しみ、苦しみを知る。感動することもあれば、傷つくこともあるだろう…笑顔もあれば、涙もあるんだろうな…時にはもがき苦しむことも。でも人は自分の心の中の世界だけには生きていない。人は人と巡り合う。助けられることも裏切られることもあるだろう…満たされることも虚しさに打ちのめされることもあるだろう…それでも人は人と巡り合う。何で巡り合うのだろうか。そうして人は人を知り、自分を知っていくのかもしれない。その旅の中で、人は途方に暮れることもあるかもしれない。知らなかった自分、知りたくなかった自分を知ってしまい戸惑う。でも、それでも人は人を愛し、そして自分自身を愛することの大切さを知る。それでいいのかもしれない。巡り合いを繰り返す中で、人は人にとって一番大切なことに気づけるのなら。旅の途中でいろいろな体験をし感じることでそのことに気づけるのなら。人が生きるというのはそういうことかもしれない。
posted by Takahata at 00:16| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

伝統の遺伝子

伝統の重みと、それを背負う矜持。僕はそれを別に重圧とは感じません。しかしそこにあぐらをかいて、安穏としていたくはありません。伝統とは何代にも渡り受け継がれてきた文化的な遺伝子のようなもの。時代がいかに変わろうとも、そこは決して変わってはならないんだと思うんです。伝統は時代に合わせて変えるものではなく、伝統の本質部分は脈々とは流れながらも、時間の長い流れの中で進化を遂げていくもの。人も進化するように伝統も進化していく。それは学校でもスポーツのチームでも、会社なんかでも同じような気がします。進化のない伝統も困りものだし、単なる流行の変化のように伝統が断ち消えるのも困りものですよね。伝統の本質的な遺伝子は、変なプライドや重荷やプレッシャーになるどころか、しっかりと自分自身を根幹で支えてくれるものになると思います。僕の中にも学校の伝統や部活の伝統などの本質は流れています。それぞれの数年間で先輩から受け継ぎ、自分達で進化させて後輩へと引き継いできたように思います。というか、そうあってほしいと願い
ます。
posted by Takahata at 01:18| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

大人のお勉強

昔は、学校のお勉強は不出来でしたが…(苦笑)でも今から思えば、解き方も教わり、答えも一つの正解が決まっているなんて、えらく楽なことだったんだと思います。大人の世界には解き方はないし、答えもたくさんあるし、正解か不正解かすら分からず、解き方も教えてもらえない(笑)余程、大変で厄介なお勉強ですよね。子どもの頃には大人になったら勉強しなくていいんだ!いーなー!なんて思ってましたが、とんでもありません。学校時代の勉強の方が遥かに簡単。教わった通りに覚えて解いていけば確実に正解になるんですから。時々、もう一度学校時代に戻って勉強してみたくなります。大人の勉強の世界とは違って、すごく分かりやすい世界なんですよね、今思えば。あの頃に気づいていたらなぁ(笑)とは言いながら、僕は今やってる大人のお勉強が好きなんですね。全てが大変だけど、だから面白い。解き方も答えも自分で作り上げていくお勉強。こうしなさい、と言われるより、こうやりたいと考えて動く僕には適しているのかもしれませんね。
posted by Takahata at 05:19| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

人類の歴史の中で

人類誕生からの歴史を線にしたら、膨大な長さになります。そんな歴史の中にあっては、人の一生は気づかない点くらいのものです。そんな一生の中の一日は、その見えないくらいの点を顕微鏡で見なくては見えないくらいのものでしょう。しかし、例えその小さな点でも人生をどのように生かしていくかで、多少は後々に続いていくだろう歴史の線に影響を与えていくことはできるのかもしれません。どうせなら、少しでも良い影響を与えていける点にしていきたいものですよね。でも、そのように考えてみたら人生って小さな瞬間の出来事なんですね。そんな中で人は迷い苦しんで生きていく。そんなことすら、人類の歴史の中ではほんの些細なことなんでしょうね。でもそれが生きるということなのでしょう。過去の小さな点をそれぞれの過去の人々もそうやって生きてきたんでしょうね。僕たちは今、過去からの歴史の最先端に生きている。その最先端が今日のこの日であり、今というこの一瞬であることは自覚して生きたいですよね。
posted by Takahata at 00:35| Comment(16) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

おたがいさま

人と心が通い合って、お互いが相手を思い遣り、助け助けられて、お互いの心にほんのりと温かさがわきあがってくる。人の心の痛みを感じ合い、お互いが相手を労り、寄り添い寄り添われて、お互いの心が少しずつ癒されていく。人の喜びを自分のことのように感じ合い、相手と喜びを分かち合うことで、お互いの心が柔らかさに包まれる。人の悲しみをお互いに感じ合い、ただ何も語らず優しく包み込むことで、人の愛情の愛しさを知る。「おたがいさま」。僕が生きていて幸せを感じる時です。ギブアンドテイクなんかではない、「おたがいさま」。計算や取り引きみたいな頭で考える「おたがいさま」ではなくて、相手の、自分の心を強く感じて心の目で見つめ合うことから生まれる「おたがいさま」。言葉なんかいらないかもしれない。感じ合う心さえあれば。心と心とが響き合い、融け合い、お互いの心が一つになる。僕は人生の中にそんなに大それたものなんて求めてはいません。でもこんな小さな幸せをたくさん積み上げていきたいとは願っています。
posted by Takahata at 00:32| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

過程の進化

結果は過ぎれば過去。過程はしっかりと自分のものにできれば今後さらに進化を果たす。成功という結果が時が流れて過去になってもそこに執着してしか生きていけない人生なんて生きたくない。間違い、失敗を恐れて簡単な問題ばかり解決して成功を求めるよりも、一度きりの人生だから難問に挑戦して成否なんかにビクビクせず、自分のさらなる可能性を求めて過程を大切にしていける人生でありたい。そんな中で、今度は自らが自分自身に難問を作って与えてみて、どれだけ過程が安定しているのかをテストしてみる。これでもか!と難問を与える自分VSこれでもか!と難問の解決の過程にのめりこむ自分。そんな自分の中での戦いのせめぎ合いの中で進化は生まれてくる。頭に体に心に大汗をかいてもがき苦しむ中で、過程はさらなる進化を遂げていく。進化した過程はその根底部分の裾野が広がり安定感を増してくる。苦しみの先にある過程を導き出せた喜びは、その苦しみを凌駕するくらいに大きい。だから、やり続けていけるような気がする。
posted by Takahata at 00:41| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月02日

悲しみの先に

がんばりますさん、初のコメントをどうもありがとうございました。間違いは素直に認めます。間違いは間違いですからね。コメントのようにおっしゃっていただき嬉しかったですよ、これも素直に!ありがとうございました。--------------------------------------------------------------僕は苦しさや辛さは乗り越えていくものだと思うし、覚悟さえ決めればいくらでも乗り越えていけます。しかし悲しみは乗り越えるというよりは、やはり時を経て癒していくもののような気がします。何故、罪もない方々があんなに命を失わなければならなかったのか…何故、大切な人を一瞬のうちに失わなければならなかったのか…何故、傷ついた方々が風評被害などで今なお差別されて悲しい思いをしなくてはならないのか…何故、たくさんの命が今なお放置されているのか…たくさん、たくさん悲しみに溢れています。被災地以外の方々は次第に悲しみは薄れていくかもしれません。しかし現地の方々は今なお悲しみを深くしているかもしれません。悲しみを抱えながらも懸命に前を向いて
生きられているかもしれません。僕たちはそんな方々への思いを薄れさせてはいけないんだと感じます。悲しみが薄れるのと、悲しみが癒されるのとは同義ではないと思います。薄れることは忘れるに繋がります。癒されることは忘れることとは違うんです。心の中には残っていくんです。心の悲しみの傷は癒えても傷跡は残るんです。悲しみはそのようなもののような気がします。それを分かった上で人を励ましたり、力になっていけたらいいですよね。そして一時的にではなく継続的に。
posted by Takahata at 00:27| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月01日

素直さを取り戻せ!

つくづく素直であることは大切だと感じます。大人になって、分からず屋ではなく、物分かりのいい部分も身についてきます。心とは裏腹に素直になれずに、分かったような顔をする。今日の僕はダメダメでした…つまんない奴でしたね。もっと素直になればよかったと。相手はせっかく素直に精一杯伝えてくれたのに、僕は綺麗にまとめてしまいました。本当は僕も素直に伝えればよかったのに…例えるなら、夜空を見上げて、東京の空は雲に隠れて月は見えず…せっかく月を見たかったのに、見えなかったから拗ねてもう月なんて見ないよ!みたいな感じ。また明日、もしかしたら明後日、いつか雲が晴れる時も来るかもしれないのに。また月を見上げたい自分がいるのに。別に月は見たくないよ、みたいな。意地を張って分かった振りして格好悪いですね。そんな自分も好きではないし。嫌いですね。明日から、またいつもの素直さを取り戻したい。きっと大丈夫でしょう。やはり僕は夜空の月はこれから先も見続けていきたいから。素直さが僕の持ち味だから。まあ、メンタルトレーナーで
もそんな日もあるということで…メンタルトレーナーが何やってんだ〜!とヤジってください(^-^;
posted by Takahata at 00:29| Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする