2015年12月31日

執念

最初から無理、とか不可能とか、できないよ、とか口にはしたくない。どんな苦しい状況に置いても、そこから何とかしてやる!という気持ちは持っていたい。解決の出口がないような時でも、変な話、虫眼鏡を使ってでも小さな解決の穴を探して少しずつこじ開けていく。今にも切れそうな細い糸でも探し出して、それを手繰り寄せたりしていく。それを執念というのかもしれない。不可能を可能にするためにはどこまでも絶対に何とかしてやるんだ!という執念が大切になるような気がする。ちょっとやってすぐに諦めて投げ出すようなつまらないことはしたくはないと思う。
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2015年12月30日

固定観念を破る

固定観念は怖い。自分が意識してなくても、知らないうちに〜でなければならない、〜しなければならない、という考えに縛られたりしてしまっている。そうすると自分は狭い世界に押し込まれてしまう。固定観念に常に疑問を投げかける習慣を大切にしたい。本当に〜でなければいけないのか?〜しなければいけないのか?自分が目指している事に対してそれらが本当に必要なのか?もっと違うやり方はないのか?周りがそうしているから自分も同じようにしている必要があるのか?固定観念を打ち破ればその外側には広い世界が広がっている。広い世界には様々な可能性が広がっている。こうでなければならないという頭の中に常に疑問を投げかけてみよう。
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2015年12月29日

楽しむ!!

周りが何を言おうが、いかに評価しようが、その時間を楽しんだ者勝ち。とことんアホに楽しんだ者勝ち。周りを気にし始めた途端に人は純粋に楽しめなくなる。せっかく与えられた時間を他人の目を気にしてしまうと、自分のための時間というよりも他人のための時間という感じになってしまう。自分が最大限に自分に与えられた事を、与えられた時間を真剣に楽しめばいい。最大限に楽しめばいい。楽しい時間の中で思い切り自分を躍動させていけばいい。それが好きなことなら尚更。好きなことに没頭して全力で楽しめばいい。アホみたいに楽しむ!!それでいいじゃないか。
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2015年12月28日

諦めない

諦めたらそこで終わる。諦めようが、諦めなかろうが結果が出る。結果が出た時点で本当に終わる。どうせどこかで終わるなら、そこまではギリギリまで諦めずに足掻いてみたらいい。しぶとく喰らいついてみたらいい。終わってもいないのに、自分で勝手に幕を引く必要なんてない。何が起こるか分からないのだから。諦めないでいくのは、時に正直しんどかったりする。諦めた方が楽だというような時はある。でも最後の最後まで自分が自分自身に諦めさせないでいく。それくらいの諦めない執念は大事だと思う。
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2015年12月27日

同じ??

毎日同じ練習の繰り返し…毎日同じ注意の繰り返し…昨日も今日も明日もかわりばえしないと感じていたとしよう。でも、同じに見えることでも自分の意識で毎日違う内容にしていける。メニューは同じでも、自分の意識が違えば、あるいは自分の課題やテーマが明確ならば決して同じにはならない。同じ注意の繰り返しをされていれば、内容がどうこうではなく、あくまで自分が現時点から前進できていないということ。練習の内容はもちろんだが、それ以上に自分自身の取り組みの内容をしっかりと省みることも大切なのではないかと思う。
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2015年12月26日

自分

勝っても負けても、自分は胸を張って全力を尽くしたと言い切れるくらいの毎日を過ごしてほしい。勝っても負けても、そこに明確な意味を持てるくらい真剣に向き合ってほしい。勝っても負けても相手を尊敬し大切に思える人間性を養っていきたい。試合に負けても人間的に負けたくはない。勝って驕り威張り散らすような人間でいたくない。試合の結果でしか、自分自身を、自分が積み重ねてきたものを図れないような競技人生にはしたくはない。揺るぎない信念を持って試合に挑み、試合の結果を受け止めていきたい。そのためにも日々にどれだけ自分自身を育てあげられるか、自分がどれだけのものを積み上げていけるかが重要になる。
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2015年12月25日

時間を生かす

試合時間は生きている、動いている。だからこそ、どれだけ点差が開こうが絶対に諦めたくない。試合という限られた時間くらい最後まで喰らいついていきたい。勝敗以上にそんな姿勢が次に繋がっていく。投げ出した者には時間は絶対に味方してはくれない。全力を尽くして自分の時間を最後まで生かしていこう。諦める、投げ出すという行為は自分に与えられている時間を殺しているようなもの。そんな者には時間を支配して時間を自分のために動かしていくことはできないだろう。目の前の点差に気を奪われるのではなく、目の前に与えられた時間に自分の全力を尽くしていく。
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2015年12月24日

たった一つだけ

できない言い訳、どうにもならない言い訳を並べるくらいなら、何か一つでもいいできる何かをやってみたらいい。何一つもできない訳ではないはず。あれもこれもとたくさんのことを求めず、一つでいいから責任を持ってやるべきだろう。曖昧なまま言い訳していても何も始まらない。前には進めない。言い訳並べてうなだれていても何一つ先には進んでいけない。迷走していくだけのこと。原因はいくつもあるだろう…しかし原因が分かったとしてもすぐには修正できないこともたくさんある。たった一つでいい、その一つは確実にできるようにして波を作っていかなくてはいけない。調子の悪い時にあれもこれも思い通りにいく訳がない。たくさんのものを求めれば求めるだけ窒息しそうになるだけだ。波を作りながら修正を重ねつつ、できることを一つから二つ、三つと増やしていくしかない。地道なことだが、地道に乗り越えていくしか道はない。焦らず慌てずじっくりといくしかない。
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2015年12月23日

哲学

武道とは相手と戦う前に自分自身との戦い。武道を通して自分自身の生き方と真摯に向き合い、自分自身の生き方を探求していく。そんな取り組みこそが『道』なのではないだろうか。元来、武道にはそのような精神が宿っていたのではないかと感じる。相手と近距離で対峙して相手の息づかいを感じる。相手の力を直接的に自分の身体を通して感じる。そこには鍛練を積み重ねてきた人間と人間との真摯な向き合う姿勢があったのではないだろうか。真剣勝負とは文字通り、昔は刀でお互いの命を懸けての勝負。命という人生の最大の命題を前にして自分が生きたいという欲求とも戦い、相手の命を終わらせてしまうという恐怖とも戦い、そんな中で自分自身の生死観や人生哲学や勝負哲学も形成されていったのではないかと考える。それは単純な勝った負けたという話ではなかったことだろう。もちろん、命を懸けた戦いではないにしても、武道の先には必ずその命題に行き着く道があったはずだ。だからこそ、稽古でも勝って悩み、負けて苦しみ、自分のことだけではなく、常に相手の存在も
大きくのしかかってきた。武道は礼に始まり礼に終わると言われるのも、それは元来、命という大きなものをお互いが懸けることに対する深い人間愛と畏敬の念とがあればこそ、自然に姿になって表れたもののはずだ。
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2015年12月22日

時間の薬

中島みゆきさんの『時代』の中に「そんな時代もあったねといつか話せる日がくるわ。あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ。」この歌詞の前の節に、今はこんなに悲しくて、涙も枯れ果てて、もう二度と笑顔にはなれそうもないけど…とある。誰もそんな時はある。絶望感に打ちひしがれて、立ち上がることもできないような。この世の中にこんなにも辛く悲しいことがあるんだという思いに打ちのめされるような。ある方が、時間の薬と言われていた。時間という薬は心に深く負った傷を回復させていくものだと思う。誰もが時間の薬を持っている。だから傷ついても人はその先もずっと生き続けられるし、いつか普通に話せる時が来るのだと思う。
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2015年12月21日

学びと練習

スポーツは練習と学びの連続。例えるなら体と頭の両面から練習することが大切になる。体を動かしているだけでは、単なる肉体労働になる。頭だけでは頭でっかちの知的労働になる。そもそもスポーツとは限りない知的労働で、それを身体を用いて肉体で表現するもの。頭と体の融合がなければなかなか技術向上できない。頭で探求して、体を研ぎ澄ましていく。謙虚な姿勢で学び、学んだことを自分の頭の中で噛み砕き、消化して練習で体を使って表現してみる。分からなければ、何が分からないのかを自分の中で整理してみて質問してみる。さらに頭の理解度を上げていく。学びと練習の連続。
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2015年12月20日

人生のハシゴ

人生を高みに上っていくための一本のハシゴだと考えてみよう。高みに手を伸ばしてハシゴの段をつかんでいくのは大事なこと。しかし現状を否定して、自分自身を否定して、だから上の段に手を伸ばしていると、今自分が足を掛けている段を無いものにして壊しているようなもの。そうやって今いる段を否定して壊してしまうと、立ち止まった時に足を掛ける場所がないため、下へと落下していってしまう。段を失わないためにも、現状、今の自分を否定することなく肯定した上で、しっかりとした足場がある上で、上を目指して手を伸ばしていくことが大切だと思う。
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2015年12月19日

近未来

苦しいことをやり抜ける選手というのは、先を見据えて理解できている選手。この先の達成感溢れる自分の姿、成長した自分の姿を苦しさの先に見れる選手。目の前の苦しさしか見えなければ、すぐにでも辞めたくなる。近未来のワクワクする自分に出会うために、今の自分は踏ん張る。自分が自分自身と喜びを感動を分かち合うために自分に鞭を打つ。目先の苦しさから逃げた自分にガッカリしたくない。どうせやらなければならないなら、やはり先を見据えて自分が自分自身に期待感や希望を抱いて乗り越えていきたいものだ。その方が楽しいに違いない。
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2015年12月18日

葛藤

人という字は…なんて昔の金八先生みたいだが…でも人という字を見ると、二つのノが左右でバランスを取っている。つまり一人の人の中に二人の自分がいて、絶妙なバランスで成り立っている。二人の自分。例えば弱い自分と強い自分。長所の自分と短所の自分。それを併せ持つのが人間なんだろうと思う。どちらかしかない人はいない。まあ、コンピューターの文字の人という字は左右対称に見えるが、実際字を書く時には左側が7、右側が3くらいのバランスになる。左側が強い自分、長所の自分だとして、右側が弱い自分、短所の自分だとするなら、それくらいの比率で自分の中の二人の自分のバランスを取ることで、本当の人になれるような気がする。葛藤に打ち克っていく中で人は磨かれていくように感じる。
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2015年12月17日

心の平静

池に石を投げれば波紋が広がる。人間の心が池だとすると、石、つまり何事かが起こると心に波紋が広がる。取るに足らないくらいの些細な小石であれば、波紋も小さくすぐに消えてしまう。しかし大事という大きな石だと波紋も大きくしばらくは消えない。ポイントはどちらの波紋もやがては静まるということ。慌てふためいてバタバタしてしまうと余計な波紋や波を次々に生んでしまい、波紋や波が複雑に混ざりあってごちゃごちゃになる。極力平静を保ち、石(何事か)が起こした波紋が一つ消えて静まるまで待ってみるのもいいと思う。波紋を静観してみる心の平静さは必要だと思う。
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2015年12月16日

尊いこと

大きなことが尊いのではなく、尊いことが大きいのだとつくづく感じる。多くの人は大きなことを成し遂げようと懸命になる。大きなことを成し遂げれば周りの評価を高くしていける。得られるものも大きくなる。周りから尊敬の眼差しで見られる。でも実はそうではないのではないかと感じる。自分が自分自身に、自分の取り組んでいることに対して真剣に誇りを持って取り組んでいれば、それが大きかろうが小さかろうが、関係ない。自分が自分自身を尊敬できる生き方こそが大きなことなのではないかと感じる。周りからの尊敬ではなく、自分からの尊敬。これに勝る大きなことはないような気がする。それが結果的に大きなことに繋がるも良しかなと。
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2015年12月15日

足踏み

足場をしっかり固めることなく、どんどん先々に進んでしまうと、積み上げたものが足場から崩れてしまう。それは勉強でもスポーツでも同じ。教わったことをその都度、しっかり足踏みして固めてから次に向かうといい。この足踏みは先に進めないでいる足踏みとは違い、先にしっかり向かうための地固めの足踏み。先を急ぎ過ぎてしまうと、緩い箇所ができてしまう。すると緩い箇所から全体に歪みが出てくる。踏めば踏むだけ足場は固まっていく。しっかりとした先に進むためにも欠かせない作業。勉強でもスポーツでも分からなくなるのは、足踏みの反復なく先々にどんどん進んでいってしまうから。
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2015年12月14日

何とかする

小さい身体を悩むくらいなら、小さな身体だからできることを考えてみたらいい。小さな身体を恨んだり、悩んでもどうにもならないどころか、そんな自分が次第に嫌になっていく。であるなら、大きな身体の選手にはできない、小さな利点を考えてみたらいい。小さい人が大きくなれないように、大きい人も小さくはなれない。小さいからできるプレーというのは必ずある。欠点を利点に変えていく。そんな発想の転換が必要に思う。何とかなることは身体的に、練習やトレーニングで何とかしていけばいい。何ともできないことは、頭脳的にアイデアや発想で何とかしていけばいい。
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2015年12月13日

混沌

人生とスポーツはよく重ねて例えられる。上手にプレーできない、飽きた、つまらなくなった、思い通りにいかない…そんなことで途中で投げ出してやめてしまうのが一番つまらない。どんなに上手くできなくても、とりあえず最後まで始めたことはやり抜く。まさに人生も同じだろう。生まれてきたからには死を迎える最期まで生を全うする。そうやってプレーした競技人生も、そうやって生きてきた人生も、振り返ってみたらきっと、どれもみんな味わいがあるし、様々な思い出が運ばれてきたりする。良いことも悪いことも、喜怒哀楽も全てが混沌としているのが競技人生であり、人生であるのだから。
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2015年12月12日

セルフイメージを打ち破れ

人間にはできることはたくさんある。自分でセルフイメージの線を引き輪郭を作る。その時点でその輪郭の枠内の自分しか見えなくなる。枠内のことはできる、枠外はできない…人間の可能性を考える時、中途半端なセルフイメージを持ってしまうのはもったいないように感じる。人生は可能性を広げる旅。自分はせいぜいこんなもんだよ…なんて言葉は聞きたくはない。常に自分はまだまだこんなもんじゃない!と口にできる人間でありたいものだ。こんなものという余計なセルフイメージの枠組みなんていらない。枠の外にはまだまだ自分を待ち受けてくれている可能性が無限にあるのだから。小さくまとまってしまったら人生はもったいない。今までの自分はこうやって生きてきたから、ここから先もこの程度…、ではなく、今までは今まで、今からは今から。自分の中にある無限の可能性を信じれる生き方をしていきたいものだ。そこにこそ、長いような短いような人生を生きていく楽しみがあるように思うのだが。
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2015年12月11日

意味

今は過去の積み重ね。未来は今という時間の積み重ね。そう考えれば、今も未来も悲観する必要もない。人は今と照らし合わせて過去から多くを学び、その学びを今に生かして行動に移せば、未来を切り拓いていくことができる。人は過去も未来も生きれない。生きれるのは今という時間だけなのだから。過去を悔やむ必要もなければ、未来を不安に感じて憂う必要もない。悔やんだり、不安を感じるくらいなら何を学び何を生かして今を生きるかを真剣に考えた方が遥かに意味がある。そして今に全力を注ぎ込んでいくこと。人にできるのはそれだけのこと。
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2015年12月10日

大切な今を

人生は何度でもやり直せる。しかし、やり直しできないこともある。学校生活、スポーツの現役など。限られた期間しかない。まだまだ時間はあると思っていても、過ぎればあっ!という間。だからこそ、今しかできないことに全力を注いでいきたい。未来も大切だがそれ以上に今という一瞬が大切な時期もある。先ばかり考えて、不安になっている暇はない。しっかりとした今を全力で打ち込み、そんな今を積み重ねていけばいい。そんな今を過ごしていれば未来は結果的に自然に拓けていくだろう。やり直しができない時間は本当に大切に過ごしていかなくてはならない。
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2015年12月09日

茹で蛙

茹で蛙という言葉がある。鍋に水を張って、その中に蛙を入れて火で鍋を焚くと、ゆるやかに水温が上昇していくため、変化に気づかず蛙は茹で上がってしまうということ。最初から熱湯に入れると急激な温度の変化に気づき、驚いた蛙は飛び出てしまう。人間も同じで緩やかな変化には徐々に慣れが生じて気づいた時には大事になっていたりする。急な変化には敏感でも、緩やかな変化には鈍感なものだ。だからこそ、意識して変化に気づくように心掛けなくてはならない。蛙のように手遅れになって悔やんでも時すでに遅し…そして変化にいち早く対応していける行動力を大切にしていきたいものだ。
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2015年12月08日

形を変えるのと、形を崩すのとは違う。一見すると今までとはどちらも違って見えるが変えるのと崩すのは異なる。基本という枠組みの中では変える。基本から完全にはみ出してしまうのが崩す。スポーツでもフォームという形を変えていくのは良いが、フォームという形が崩れてしまうのは良くない。崩れてしまうと基本からどんどん外れていくので、何が何だか分からなくなっていく。どんなことにも基本という本質がある。崩れるというのは、本質が完全に失われた単なる形だけのものになる。基本から自分流に変えていくのは、本質があった上での自分の形ということ。
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2015年12月07日

苦しみの先に

苦しさを楽しめる人もいる。それは苦しさを乗り越えた先の自分の進化した姿が想像できるから。苦しさが楽しみなのではなく、進化した自分に出会える楽しみ。苦しさを単なる苦しみと捉えるのではなく、自分自身の糧として捉える。そんな人は苦しさとの勝負ではなく、弱い自分と真正面から勝負できる。苦しさから逃げるのではなく、しっかりと立ち向かえる。楽をすることが楽しいのではらく、自分自身の進化を楽しむ。そのための今の苦しみだとしっかりと認識できている。だからこその苦しみを楽しむことができている。
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2015年12月06日

グランド

ある意味、グランドには宝物がたくさん落ちている。どんな映画にも優る情熱的な感動。一生付き合っていける大切な仲間。大きな夢…宝物を掴み取れるかは自分次第。本当の宝物はお金では買えない。自分が打ち込む気持ちが返してくれるのが本当の宝物。さらにはグランドは自分を進化させてくれる。弱い自分に打ち克つ力を、自分の目標に地道に歩んでいく忍耐力を、どんな場面でも自分の力を発揮していける力を…グランドは生き方を教えてくれる。自分という一人の人間を磨いてくれる。それは誰かが手取り足取り教えてくれるものではない。自分が掴み取りに行って初めて力になる。意志あるからこそグランドは多くの宝物を与えてくれ、たくさんのことを教えてくれる。
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2015年12月05日

唯一無二

やるかやらないかは自由。やれるかやれないかは決意。人は何かに取り組む時に自由の中で選択する。ここの段階はある程度気楽なもの。選択の先に決意が必要になる。やるとやれるの間には極めて厳しい壁がある。さらには、やれるとやり続けるにはさらに厳しい壁がある。やり続けるためには強い意志が必要になる。これは本当に簡単なことではない。そんな壁を一つ一つ乗り越えた先に人は初めて何かをしっかりと身につけていくことができる。世の中には簡単にやることは無数にあるが、やり続けていけることは唯一無二。意志のないところには道は拓けないと感じる。
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2015年12月04日

優勝

優勝。優しく勝つ。優しさとは相手と本気で向き合うこと。相手に手を抜かないこと。相手に圧倒的に勝つこと。それは厳しいことのように感じるかもしれない。でも優しさとは、相手を尊敬し絶対に失礼なことをしないこと。中途半端な憐れみをかけることほど、勝負の世界で屈辱的なことはないのだから。相手が心底納得がいくまでの負けを与えてあげること。こいつに負けたんなら仕方ないとグーの音も出ないくらいの。あんまり相手は強くはないしと心の中では軽視し、あんまり圧勝したら可哀想だから、ちょっと軽めに手を抜いてなんてこと程、相手を愚弄していることはないだろう。そんなものは優しさでもなんでもない。そんなことで中途半端な惜しい試合にしたところで、相手は屈辱しか感じないだろう。勝負の世界は真剣勝負。そこは徹底的に両者がお互いの持てる力を全て出し切りぶつけ合う場所。優勝する人には圧倒的な力の差を見せて優しく勝ってもらいたい。人間の尊厳を大切にした思いやりのある戦いを。
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2015年12月03日

じっくりと

人は階段を一気に駆け上がろうとする。人は一段飛ばして上がろうとする。何でもそうだが、何かを成し遂げるためには一歩一歩着実に積み上げた方が実力はついていく。やはり、簡単に身につけたことは簡単に崩れていく。楽をしないこと。面倒でも、焦って先を急ぎたくなっても、辛くて楽したくなっても地道に一歩一歩を積み上げていく。丁寧に積み上げていく。先ばかり見て急ぎ足になりがちな自分をいさめながらじっくりと取り組んでいきたいものだ。安定した実力を段階的に手に入れるために。
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2015年12月02日

新たな一歩を

やり直しはきかない。でも一歩足を踏み出すことはできる。今いる場所から先に進むことはできる。今いる場所は過去の自分が選択し進んできた場所。もし、今の自分のいる場所に自分が納得できないのであれば、やり直しはできないけど、過去の歩みは振り返ることができる。その歩みの中で今いる場所に何故辿り着いたのかを模索することができる。今の場所に納得いかずにもがいて足踏みしているよりは、目線を変えてやり直しのきかない過去を悔やまずに新たな一歩を踏み出すようにしていけばいいと思う。未来の場所は今日からの一歩一歩が導いていくものなのだから。
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2015年12月01日

原点

子どもの頃、スポーツをやって楽しかった。楽しくて仕方なかった。楽しすぎて何時間でも無我夢中で没頭した。ご飯を食べるのを忘れて没頭した。上手かろうが下手だろうが誰もが本気でボールを追いかけ、泥だらけだった。みんな真っ直ぐな目でボールを追いかけ、いくら汗をかいても疲れたなんて誰も口にしなかった。誰もが自分がスター選手になり切れて、ただの草っ原や空き地がスタジアムだった。スポーツを純粋に楽しんでいた。勝っても負けても次の日にまた試合をするのが楽しみだった。そんな原点は決して忘れてはいけないだろう。
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