2016年05月31日

覚悟

誰もが練習で真剣に汗を流す。勝ちたいと強く思う。本気でぶつかっていく。そんな中で勝つというのは本当に難しいこと。でも難しいからこそ喜びも大きい。たった一つの勝利がその瞬間に心を震わせて、生涯に渡って強く心に刻まれることがある。その勝利はどちらか一方しか手にできない酷なものだが…酷なものだが、勝者も敗者もたった一つ勝利のために勝負の舞台に立てるというのは素晴らしいこと。スポーツは答えが出る。答えを突きつけられる。そんな過酷で難しいことに挑んでいるという強い覚悟を持たなくてはいけない。
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2016年05月30日

楽しい

楽に勝てたら、楽にお金を稼げたら、楽に成功したら…本当に楽しいだろうか…大変だから、苦労したから、辛いことを乗り越えたから、必死で懸命に頭を振り絞ったから、一歩一歩継続してきたから喜びが何倍にも広がるし、大きな達成感も得られるのではないだろうか。楽して手にしたものに喜びはあるだろうか。どんなことも最終的には何を手にしたか以上に、自分がどれだけ磨かれていったかに大きな価値があるように感じる。苦難が多いほど僕は楽しみを感じる。突破しても突破しても次なる苦難にぶつかる。常に自分が試されている感覚。自分がそれに挑戦している時が一番楽しく感じる。
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2016年05月29日

期待に

人の期待に全て応えるのは難しいこと。期待に応えられないことも…でも全力で取り組むことはできる。手を抜かずに真剣に真摯な姿勢で取り組むことはできる。人の期待を感じたなら応えようとするよりも、自分自身に絶対に負けないように取り組むこと。それは期待してくれている人もまた感じ取れること。期待に応えたいとは誰もが思う。しかし期待が大きければ大きいほど期待に潰されてしまう人もまた多い。それよりも自分ができることに意識を向けて丁寧にしっかりと取り組んでいくこと。その真剣な姿は必ずや言葉なんてなくても伝わるものだ。期待する側だって全てが叶うなんて思ったりはしていない。ただ諦めたり投げ出したり、手を緩めたりすることには残念な思いをすることだろう。最後の最後まで決して諦めずに喰らいつく姿勢を見せていければ、それは人には伝わるはずだ。それが人間が人間に期待を寄せるということのような気がする。またそこに人間としての取り組む姿勢、生きる姿勢が見えてくるようにも感じてしまう。
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2016年05月28日

やる!

やることをやりもしないで、誰かのせいにしたり、周りのせいにしたり、運のせいにしたり…そんな自分自身と真正面から向き合うこともせず、目をそむけて言い訳を懸命に探す。やらなかった自分を省みるのではなく、目の前につきつけられた現実に唖然として弱い自分を懸命に守ろうとする。それでは、人は一歩も前には進んでいけない。やらなくてはいけない。そんなやったの積み重ねでしか人は前に進んではいけない。とにかく、地道にひたすら一途にやり続けていく。
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2016年05月27日

昔の船人は南十字星を頼りに、ただただ水平線しか見えない大海原を航海した。何も目印のない見渡す限り広がる海の上で、夜空に輝く星を頼りに自分が進む方向を決めていく。人生の旅路も自分の心の中にある、一つの指針を頼りにブレることなく進んでいけるといいようにも思う。常にある一点を見つめて、方向性を軌道修正していく。人生には様々なことが待ち受けている。時に道に迷いそうになることもある。海の流れのようにどこか違う方向に流され漂うようなこともあるかもしれない。そんな時に自分の今、自分の未来を明確に照らし出してくれるような心の中の南十字星。
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2016年05月26日

自身に

自分自身に対する期待感。自分自身に対する信頼感。自分自身に対する肯定感。自己投資できなければ期待感は生まれない。自分自身との約束事を守れなければ信頼感は生まれない。自分を冷静に評価できなければ肯定感は生まれない。でも一番大事なのは自分が自分自身を大切に育てていきたいという強い想いのように感じる。そして愛情を常に注いでいくこと。それを失ってしまえば土台から崩れてしまうように感じる。人間は完璧なものではない。長所も短所もある。それら清濁あわせて期待感、信頼感、肯定感を持てていなくてはならないように感じる。
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2016年05月25日

決断

決断。何かを決めて、何かを断つ。何かを明確にすれば必要なことと不必要なこととが見えてくる。必要なことは徹底的にやり、不必要なことは徹底的にやらない。だからこそ決断というのは難しいのだろう。人間は線引きが難しい生き物でもある。また何かを断つのも難しかったりする。それでゴチャゴチャズルズルしてしまったりする。でも、本気で決断すれば、必要なことだけに大きなエネルギーを注いでいけるので、何かを成し遂げていけるものだ。前進すると決めれば退路を断てばいい。決断というのは口にするほど簡単なことではない。
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2016年05月24日

波を作り出す

波に乗れないような時こそ、個々が平均的なことをやろうとするのではなく、個の持ち味、長所、特技を最大限に生かしたプレーを心がける。チームの一つのパーツとしての意識ではなく、個々の個性的な色合いのパーツの集合体がチームという意識。個を生かし、集団を生かす。これが大切になる。日本的な発想から考えると、集団に合うように自分を変えたり、自分を殺したりという考え方になりやすい。そうなると伸び伸びさが失われて、だんだん個が集団に対して萎縮していってしまう。集団が波に乗れている時は、それが集団的なまとまりに見える。また、波に乗っているから機能しやすい。しかし、波に乗れていない時は、何をしても機能したり裏目裏目に出てしまうので、集団全体が暗くなっていきがちだ。そんな時はどんどん個を輝かせて個の特徴や長所などを思い切り打ち出して個をノリノリにさせていくのも一つの方法だ。その個の波を集団の波へとまとめ上げていく。
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2016年05月23日

言葉

今日はマザー・テレさの詩をそのまま。『あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく善を行いなさい。目的を達成しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。善い行いをしても、恐らく次の日には忘られるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。あなたが作り上げたものが壊されるでしょう。気にすることなく作り続けなさい。助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく助け続けなさい。あなたの最良のものを世に与えなさい。蹴り返されるかもしれません。でも、気にすることなく最良のものを与え続けなさい。』
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2016年05月22日

我慢

やりたいことだけをやることは誰でもできる。例え、やりたくないことでも、どれだけ踏ん張ってやれるか、やり続けられるか。やりたくないことから逃げてばかりいては、結果としてやりたいことですら成功には導いてはいけない。やりたくないことからすぐに逃げてしまうという自分で自分自身を甘やかしてしまうような生き方を積み重ねていても、ここ一番という場面で全く踏ん張りのきかない人間になってしまう。そんな人間では何事も成してはいけないだろう。今のような時代だからこそ、我慢や忍耐といったことも凄く重要なのではないかと感じる。
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2016年05月21日

様子を見る

そりゃあ、どれだけ練習しようが、試合で負けたり、試合で望むようなプレーができなかったり、ということはあるだろう。試合には様々な要素が絡み合って成立する。負けたから、望むようなプレーができなかったからといって、目先の結果に振り回されてしまってはいけない。振り回されて今まで自分が積み重ねてきたことを否定してしまったり、自分自身を否定してしまうのは悲しいこと。大切なのは少し長い目で捉えること。何試合かしてみて悪い結果ばかり続くようなら何かが間違っているのだろうし、良かったり悪かったりなら、もうしばらく腰を据えて様子を見ることが必要な場合もある。
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2016年05月20日

極める

誰かを蹴落とそうではなく、誰かなんて関係なくて自分が好きな競技を少しでも上達していきたいという思いで、全力を注いでいき一歩ずつ上達していった結果としてレギュラーを掴めていたというのがいい。人間は上を見てもキリがないし、下を見てもキリがない。自分がこれまで辿って来た道をしっかり認めて、ただ自分が進む道を極めていこうとすればいい。誰かと比べて上だ下だと一喜一憂する必要なんてない。自分の力が高ければ、自然に高いステージに立っているだろう。好きな世界なんだからどこまでも最高の選手になるために極めていけばいい。
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2016年05月19日

今を

勝つか負けるかは最後の最後まで分からないし、予想はできても誰も結果は分からない。ただ、最後の最後まで勝つんだ!という執念は誰もが持てるし、最後まで諦めないでプレーすることもできる。選手ができるのは、いつも目の前のプレーに全力を尽くすことだけ。考えて分からないことを考えるのではなく、考えなくてはならないことだけを考えること。考えても仕方ないことを考えてしまうと、考えなくてはならないことを考えられなくなってしまう。目の前の一つ一つの積み重ね。
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2016年05月18日

人生のハシゴ

人生を高みに上っていくための一本のハシゴだと考えてみよう。高みに手を伸ばしてハシゴの段をつかんでいくのは大事なこと。しかし現状を否定して、自分自身を否定して、だから上の段に手を伸ばしていると、今自分が足を掛けている段を無いものにして壊しているようなもの。そうやって今いる段を否定して壊してしまうと、立ち止まった時に足を掛ける場所がないため、下へと落下していってしまう。段を失わないためにも、現状、今の自分を否定することなく肯定した上で、しっかりとした足場がある上で、上を目指して手を伸ばしていくことが大切だと思う。
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2016年05月17日

点ではなく線で

選手の結果は点で見てはいけない。やはり線で見なくてはいけないと思う。一度の結果で判断するのは危険だと思う。一度結果が良かっただけで良い選手とは言えないし、反対に一度悪かっただけで悪い選手とも言えない。線で追い続けて見ていかなくてはならない。スポーツなんて良かったり悪かったりの繰り返しだし、勝ったり負けたりの繰り返しだから。線で見ていく中で結果に至るまでの過程も深くまで見えてくる。フォームという結果に至るまでの理論という過程。何故?あのようなプレーをしたのかという結果に至るまでの思考の過程などなど…総合的に分析していかなくては本当の選手の姿は見えてはこないだろう。
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2016年05月16日

作戦

どんな作戦をやろうが、100%成功する作戦なんかない。監督も懸命に考え、選手も懸命にやろうとする。それでも失敗して裏目に出ることがある。結果論で作戦云々を語るのは、後だしじゃんけんみたいなもの。責められても気の毒になる。監督も選手も勝つために作戦を実行してるんだから。相手側も勝つために作戦を読み、さらに作戦を考えているんだから。絶対的な作戦があるなら、誰もがそれをやる。答えはない中で懸命に解き方を考えて実行しようとしている。監督も選手も目の前で選択した作戦を信じて貫き通してほしいと思う。
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2016年05月15日

笑顔

笑顔っていいな。ピンチになった時の笑顔は気持ちがリラックスするし、ピンチを乗り切った時の笑顔は勢いをつけてくれる。苦しい時の笑顔はまだまだやれる気持ちになるし、辛い時の笑顔は心に安らぎを運んでくれる。そんな笑顔を自分も仲間もできるといい。小さな笑顔の集合体は相互の力になっていく。何も口にしなくても笑顔に包まれれば、気持ちは前向きになっていく。楽しい気持ちにもなっていく。笑顔というのはヘラヘラ笑うのとは違う。真剣にやっていたって笑顔にはなれる。一生懸命に汗を流していても笑顔にはなれる。だったら笑顔をみんなで合言葉みたいにできたらいいと思う。
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2016年05月14日

選択肢

スポーツは小さな可能性の積み重ねでもある。狙い球を絞ってコツコツ進塁打を打ち、時にバントなども絡めていけば、全ての球をホームランにしようとバットやみくもに振り回すよりも確実に得点できるかもしれない。もちろん、ホームランは出れば大きな起爆剤にはあるのだが。人生も同じような気がする。日々の様々な選択肢。その選択の先は予想はできるが、絶対的な結果は誰にも分からない。分からない選択肢を選ぶ時に一発逆転の可能性の低い大博打を打つのか、より可能性の高い現実的な選択肢を選ぶのか。どちらも成功や勝利を目指しているのは同じ。そこへの道のりが違うだけ。どちらが正解とも言えないが、自分の選択肢に責任を持って結果を受け止めていかなくてはならないだろう。
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2016年05月13日

混沌

人生とスポーツはよく重ねて例えられる。上手にプレーできない、飽きた、つまらなくなった、思い通りにいかない…そんなことで途中で投げ出してやめてしまうのが一番つまらない。どんなに上手くできなくても、とりあえず最後まで始めたことはやり抜く。まさに人生も同じだろう。生まれてきたからには死を迎える最期まで生を全うする。そうやってプレーした競技人生も、そうやって生きてきた人生も、振り返ってみたらきっと、どれもみんな味わいがあるし、様々な思い出が運ばれてきたりする。良いことも悪いことも、喜怒哀楽も全てが混沌としているのが競技人生であり、人生であるのだから。
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2016年05月12日

楽しむ!!

周りが何を言おうが、いかに評価しようが、その時間を楽しんだ者勝ち。とことんアホに楽しんだ者勝ち。周りを気にし始めた途端に人は純粋に楽しめなくなる。せっかく与えられた時間を他人の目を気にしてしまうと、自分のための時間というよりも他人のための時間という感じになってしまう。自分が最大限に自分に与えられた事を、与えられた時間を真剣に楽しめばいい。最大限に楽しめばいい。楽しい時間の中で思い切り自分を躍動させていけばいい。それが好きなことなら尚更。好きなことに没頭して全力で楽しめばいい。アホみたいに楽しむ!!それでいいじゃないか。
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2016年05月11日

乗り越える

苦しい時、それを乗り越えた時の自分を想像してみよう。辛い時、流した涙以上に懸命の汗を流してみよう。悔しい時、その思いを次に向かうエネルギーに向けてみよう。自分の弱さから逃げるよりも立ち向かってみよう。自分の弱さを誤魔化すのではなく向き合ってみよう。少しずつでいいから。そう、少しずつでいいから立ち向かって乗り越える強さを身につけていければいい。逃げていても、似たような場面で、また逃げなくてはならなくなる。そんな未来の自分では嫌だろう。未来の輝く自分に出会うためには、今を懸命に乗り越えていくしかないのだから。
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2016年05月10日

苦しみや辛さ

苦しみや辛さは人それぞれで、他人のそれと比較することに意味はない。あくまでも本人の主観の問題だから。周りには、もっと苦しいことや辛いことを乗り越えている人がいるんだから、自分も我慢しなくては…という比較。苦しみや辛さに絶対的な基準はない。本人がどうしようもなく苦しく辛ければ、本人の主観では大きい。そこに他人との比較はできないということ。誰々に比べたらまだまだ楽なもん、とか誰々だったらこれくらいのことは簡単に乗り切る…と言われても自分は苦しくて辛いんだ!となってしまうだろう。その人にしか分からない苦しさや辛さはあるものだ。
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2016年05月09日

動き

人間だって外見で本当には判断できないように、スポーツだって動きを単に外見で捉えようとすると失敗する。人間の内面をしっかり見ようとするように、動きだってどんなメンタルの動きがあったのか?どんなフィジカルの使い方をしたのか?そこを見抜けなければ、それは表面的な動きの単なる真似で終わってしまう。スポーツ選手の動きは似て非なるものが非常に多い。真似をすることは大切でもあるが、真似を真似で終わらせてしまうと上達はない。人間の内面性を深く探ろうとするように、動きもどんどん探りを深めていかなくてはならない。そうしなければ、大切な様々な側面を見落とした真似で終わってしまう。動きは心技体総合的に理論的に見ていく必要があるだろう。
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2016年05月08日

練習

たいして上達もしない単に苦しいだけのことは、誰だってしたくはない。練習は上達するためにするもので、苦しむためにするものではない。だからこそ、練習を考える時に、何をどうすれば上達するかを真剣に考えるべきで、どれだけ苦しんだかは関係ない。苦しいから上達する訳ではないのだから。苦しいことをさせて満足、苦しいことをしたから満足というのはスタート地点が間違えている。上達するための練習をする過程の中で苦しさも伴うというのが正しいと思う。苦しさを上達の尺度にしてしまうと練習はただの拷問になってしまう。誰もが上達するから楽しいし、その楽しいことがあるから苦しさを乗り越えていけるのだから。
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2016年05月07日

知るということ

高い背丈の雑草が生い茂る中にある世界を外から見ていても、中の世界は見えない。外からはのどかな風景にしか映らない。しかし見えない中の世界は存在する。小さな雑草があり、たくさんの虫が動き回り、ボールなどが転がっているかもしれない。中を知ろうとすると雑草を掻き分けて踏み込まなくてはならない。危険かもしれないし、身体が痒くなるかもしれないし…知ろうとすることは、容易なことではないということ。中に踏み込んで知るためには覚悟が必要になる。反対に知らないで物事の外側で、のどかに生きる道もある。知るということは決して容易な道ではないことだけは確かだろう。
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2016年05月06日

すれ違い

やっと試合に出れて、やる気満々なのに、試合中にミスして、監督から「やる気あんのか?」と怒られ、それに萎縮して次のミスをして「何で何回もミスなんかするんだよ!」と怒られる。本人はやる気がない訳でもミスしようとしてしてる訳でもないのだろうが…指導者も発破をかけてるのだろうが…指導者と選手のすれ違い。指導者も期待してるし、本人も期待してるのは同じ思いなのだろうが…こんな光景を目にすると何だかせつなくなる。思いは同じはずなのにすれ違う。言葉と心のすれ違い。どちらも悪意がないから余計にせつない。何とかしてやりたいという指導者の思いと、何とかしたいという選手の思いのすれ違い。すれ違いを無くしていく言葉と心の交流が大切になる。
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2016年05月05日

植物

植物みたいな組織も面白いと思う。一本の木に対して枝葉は単なる全体の一部分としての役割。しかし、その枝葉を切って土の中に差していると枝は根を持ち始めて、根を張って枝は幹の役割を担うようになる。それは木という一つの組織の中で部分すら木としての役割を果たせるだけの遺伝子を持ちあわせているから。どんな末端の部分でもいざ!となれば全体を形成していける。末端部分が末端部分として終わるような組織は組織の遺伝子を全員が受け継げていない。組織遺伝子の共有ができているからこその強さがあるようにも感じる。
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2016年05月04日

自然

自然というのは、凄い組織だなと感じる。好き勝手に木々が生えて、様々な色の花が自由に咲き乱れている。しかし、そこに違和感がなく全体に調和している。どんな色の花が混在していても、お互いに殺し合わずに全体の美しさを保っている。これが人間が作った街はどうか?色々な色の看板の店や家が建ち並ぶとごちゃごちゃした、単に自分の所だけが目立てばいいみたいな不調和を感じてしまう。さらに言えばそれが人間の集団だとしたら、個々の個性の花を咲かせて、個々の主張を口にしていたらバラバラになるようにも思う。自然という組織に学ぶべき点があるように感じる。
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2016年05月03日

プロフェッショナル

何でもやればある程度まではできる。例えばボールを投げるというのも少しやれば投げられるようになる。しかし速いボールを投げる、コントロール良く投げるとなると技術をとことんまで探求しなくてはいけなくなる。生半可な気持ちでは中途半端で終わりになる。その探求の姿勢こそがプロフェッショナル。この探求が一番難しい。ある程度までは人が教えてくれる領域。答え、やり方は教えてもらえる。しかし…そこから先は自分一人での探求の旅が始まる。答え、やり方は自分で見つけて作り出していかなくてはならなくなる。どんな物事も探求していくと知れば知るほど、知らないことの多さに圧倒され、深く掘り下げれば下げるほど奥深さに途方に暮れたりしてしまう。それでも飽くなき探求心を持って先に先に進んでいけるのが本当のプロフェッショナルだと感じる。中途半端なものを増やしていくよりも、何か一つをとことんまで追いかけてみるのも楽しいと思う。プロフェッショナルとはどこまで行ってもゴールのない旅のような気がしてしまう。
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2016年05月02日

対応力

雨が降れば傘をさせばいい。暑ければ服を薄着に、寒ければ厚着にすればいい。要は自分はいつも同じようにする、ではなく、変化に応じて自分はいかようにも対応できるというのが、一番快適だということ。快適だから、快適なパフォーマンスを発揮していける。雨の日にずぶ濡れになってはいけないし、暑い日に厚着したら最悪だし。スポーツは環境も相手も変わる。変化に敏感に対応していける力が必要になる。あとは予測。今は雨は降ってないけど降りそうだな…今はそんなに暑くないけど暑くなりそうだな…とか。そんな予測も含めての対応力だ。
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2016年05月01日

頭脳

恐らく猿やゴリラは人間よりも身体能力は高いだろう。そして人間に一番近い生き物。でもスポーツはできない。まあ、やろうとしないのかもしれないが(笑)もし、やったとしても人間の方が巧いだろう。そんな気がする。そう考えるとスポーツを上達させるためには、頭をどれだけ使えるのかが重要な気がする。猿やゴリラよりもさらに優れた頭脳を持つ人間は、身体能力を凌駕していけるのではないか。そんな人間だけが持つ頭脳をもっともっと使わなければ、もったいない気がする。身体能力だけで、上達を諦める必要なまるでないと感じる。人間にはそれを補う優れた頭脳があるのだから。
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