2016年07月31日

いかにやるか

穴を掘って、掘った土を適当にばらまくのか、穴の周りに丁寧に積み重ねていくのか。丁寧に積み重ねれば、その盛られた分だけ穴は深くなる。穴を3メートル掘っても、盛り土がなければ単なる3メートルの穴だが、周りに土を1メートルの高さに盛れば、合計4メートルの穴になる。同じ労力を費やして穴を掘っても、その差はどんどん開いていってしまう。何事もやったらやりっ放しか、やったことを丁寧に進めて終えるのかの差。これだけのことが毎日のことになると…同じようにやってるのに?何で差がつくの?同じことも単にやるのか、頭を使ってやるのかで違ってくるということ。
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2016年07月30日

先の楽しみ

上り坂が苦しい時は、下りはどんなに楽かを考える。苦しい時に苦しい苦しいと考えていたら苦しさは何倍にも大きく感じる。今が苦しいなら、苦しさを乗り越えた先にある楽しさを考えていきたい。その楽しみがあるからこそ、今苦しくてもそれを楽しみに踏ん張っていけるだろう。しかし…その楽しみが本当に訪れるか分からない。その楽しみがいつ訪れるかも分からない。でも…その楽しみを自分の中で想像して苦しみを乗り越えていく。人間は永遠にただ苦しいだけのことなんてしたいはずはないのだから。単なる想像で終わるかもしれないが、楽しいことを想像することは人間だけに許された能力なのだから。
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2016年07月29日

風。夏の風はふと遠い過去に自分を運んでくれる。幼かった頃の自分。夏休みに小学校のプールで泳いで、家の縁側で蚊取り線香の匂いに包まれながら、昼寝している自分。近くの山や海に友達と遊びに行ってた時の自分。家の庭に咲いていた向日葵や亡くなった祖父母の映像なんかと共に鮮やかに思い出させてくれる。夏の風が何となく秋の風に近づいていく頃の何とも言えない物悲しい気持ち。昔も今も風は変わらずに吹く。あの頃から自分はずいぶん遠くまで来たなぁ…なんて思いながら。あの頃の自分は今ここにいる自分の姿なんて想像もできなかったなぁ…明日も夏の風は吹く。
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2016年07月28日

誇りを

試合に勝てたら勝てる方がいいだろう。試合に出れるなら出た方がいいだろう。では、勝てなければ、試合に出れなければ意味はないのか?そんなことは決してないと思う。本気で好きと言えることに出会えた幸せ。試合に負けようが、試合に出れなかろうが、好きだから最後まで続けて来られた幸せ。その時は悔しさや惨めさに打ちのめされるかもしれない…しかし意味がないなんてことはないと思う。凄く大きな意味があるんだよ。その意味を自分で気づいたり、考えたりすることがこの先の人生に大きく影響してくるんだから。自分が費やしてきた時間や情熱を誇りに思えばいいんだよ。
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2016年07月27日

必要な時に

猿に笹の葉をあげても喜ばない。笹の葉はパンダの食べ物。せっかく餌をあげたのに……猿がお腹一杯の時に今度はリンゴをあげる。でも猿は見向きもしない。だってお腹一杯だから。せっかく餌をあげたのに……猿が遊んでいる時に再びリンゴをあげる。しかし猿は遊びに夢中で気づきもしない。だって今は遊びが楽しくて食べる気なんてないんだから。せっかく餌をあげたのに……猿はお腹が空いてきたのに、もう食べるものはいらないのだろうと決めつけてリンゴをあげない。お腹が空いているのに。どうせあげても食べないんだろう……様子を観察していれば分かるはずなのに。不必要な時にあげても食べる訳はないし、必要な時にあげなければ飢えてしまう。必要なタイミングで、必要としているものをあげなければ善意も悪意になる。
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2016年07月26日

一滴

大河も源泉を辿れば湧き水の一滴から。そして二滴。それを絶えることなく湧き出していくこと。大河だけを見て大河に憧れても、源泉は小さな小さなもの。何かを成し遂げるというのは、そんな地味で目立たないことの積み重ねでしかないような気がする。最初から大河なんてない。そんな小さな一滴の集積が揺るぎない大河になっていく。大河になることが目的ではなく、あくまでも絶えることのない地道な積み重ねが結果として大河になる。それだけのこと。即席の大河を作れたとしても、源泉が枯渇してしまえば、河はやがて途絶えてしまう。あくまでも一瞬の一滴の結果としての大河ならそれは絶え間なく流れ続けていくだろう。
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2016年07月25日

青春時代

青春時代の特権として無償の情熱がある。大人になるって仕事になると、なかなか無償の情熱は持てなくなる人は多い。しかし、青春時代は損得なんか関係なく真っ直ぐに目の前のことに打ち込める。失敗しても失うものもなければ、成功しても物質的、金銭的に得るものもない。成功も失敗も刻まれるのは心の部分だけ。だからこそ、青春時代は恐れることなく全力で真っ直ぐに向き合ってほしいと思う。そうすれば成功しようが失敗しようが、心の中に様々な思いが刻まれるだろう。その刻まれた純粋なものが、社会に出てからも生かされていくはずだ。損得抜きにあれだけの情熱を注げた自分に、好きなことにただ全力を注げた自分に、人はこれから先を生きていくエネルギーをもらえるだろう。
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2016年07月24日

少しの一歩

あと一歩。あと少し。終わればそう思う。しかし、その一歩や少しは考える以上に遠かったりもする。それを超えるためには、遥かに多くの汗を流さなくてはならない。多くのことを積み重ねていかなくてはならない。近そうで遠く高い壁だったりする。高いレベルになればなるほど、一歩や少しが勝敗を分けていくことになるだろう。届きそうで届かないあと一歩や少し…だから、人は本気で打ち込めるのだと思う。そしてその遠く高い壁をどこまでも乗り越えていこうとするのだろう…だって、どこまで行っても常に目の前には自分にとっての一歩、少しが待ち受けているのだから。
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2016年07月23日

大切にする

人を大切にすることと、人に媚びを売ったり、八方美人になったり、心にもないうわべのお世辞を言ったりすることとは違うような気がする。人を大切にするというのは、ありのままの自分をさらけ出して、真剣に本気で相手に向き合うことのように思う。ぶつからずに丸く収めようとすることではなく、相手を本気で思うからこそ本音でぶつかり合えばいいのではないだろうか。そこに相手を大切に想う気持ちがあれば、必ず人と人とは通じ合えると信じたい。うわべだけの仲良しごっこでは、自分という人間を相手に伝えることもできないし、相手の人間も知ることはできない。
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2016年07月22日

結果として

両手で水をすくってバケツを一杯にしようとする。しかし両手で水をすくっても、その手からはたくさんの水が漏れる。水が漏れるのが気になり、水をこぼさないように時間をかけてゆっくりと慎重にやっても水は僅かに漏れる。その僅かな水漏れが気になり、どうすれば水漏れしないか悶々と考える。そんなことをするより、水が漏れようが関係なく両手をどんどん動かした方が結果として早くバケツは一杯になるだろう。人間、損をしないようにみみっちくなるよりも、多少の損をしようがおかまいなしに、たくさん汗を流した方が目的を達成できることもある。
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2016年07月21日

今を生きる

幼かった頃、明日のことなんか、ましてや一ヶ月、一年先のことなんて考えもしなかった。あるのは目の前の一瞬の時間。とにかく目の前のことだけに一生懸命だったような気がする。大人になると、何となく先を計算して見えるようになっていく。先も含めての今を生きるようになっていく。先に繋がるように今を生きるようになる。まあ、大人はそんな風でなければ生きれないのだろう。でも時々、今だけを見て今だけが全てだったような幼い頃の生き方が懐かしく思い出される。今しか見えない真っ直ぐな時間。幼い頃のままは生きられないが、そんな感覚も忘れずに心の中に残しておきたいものだ。
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2016年07月20日

今を

今しかできないことがある。後でやりたかった…と後悔しても、過ぎればできないことがある。今しかできないことが終わったら…寂しさと心の中にポッカリ穴が空いたような喪失感があるだろう。今しかできないことだから、もっともっと長くやりたかっただろう。少しでも長く。しかし、どんなことも終わりを迎える。その時に、それまでと同じように次なる今だけしかできない何かを見つけ出していけるかどうか。人生の時間は決して巻き戻せない。やり直せることは後でもできるが、やれる今は今しかない。それをできる幸せを全力で感じてほしいと思う。
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2016年07月19日

夢を見て、夢破れた時、そこに残るのは、夢を本気で追いかけてきた自分自身の姿だろう。夢なんて叶わないよって醒めて、本気になったり、熱くなったり、真剣になったりしても意味ないよって生きるより、限りなく遠い夢であっても、バカみたいに本気で夢を信じて、本気で全力でそれを追いかけられた自分は、夢破れても自分の中には、かけがえのない大切なものがたくさん残るのではないだろうか。夢を追いかけた日々には熱い想いが込められているはずだから。夢破れることより、夢すら描けないことの方が寂しいこてなのかもしれない。夢はいくつになっても持っていたいと思う。
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2016年07月18日

ベスト

ベストを尽くすと誰もが口にするが、自分のベストが何かを理解している人はどれくらいいるのだろう…つまり自分の実力を正確に把握していなければ、ベストが何か分からないし、ベストを尽くすこともできない。変にベストを尽くそうとして力み過ぎたり、やらなくていいことを無理してやってしまい自滅したりしてしまう。また、実力を自分で過大評価していると、できない自分に苛立ったりしてしまう。過小評価していると、これくらいが自分のベストだと満足してしまう。ベストを尽くすというのは、自分の実力を余すことなく発揮すること。つまり、常に自分の実力を客観的に把握できていなければいけない。
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2016年07月17日

優しさ

優しさっていうのは、人を甘やかすことでもなければ、人を恐れて嫌われないようにすることでもない。ましてや自分の中の弱さの表現でもない。人に対する同情や憐れみでもなければ、上から人を見下ろして優越感に浸ることでもない。計算しての打算的な取引でもないし、人に変に気を遣うことでもない。人は優しさっていうものをどう捉えているのだろうか?自分にとって心地いい自分に都合よく接してくれるのを優しさと捉えてはいないだろうか?相手を本気で思い、相手のために本気で厳しくすることも優しさだと思う。厳しいけれども、それはとても大きな優しさではないだろうか。
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2016年07月16日

明日は

明日は明日の風が吹く。それこそ人生なんて一年先どころか明日がどんな一日なのかを誰も分からない。〜だろうとは予想はできても誰も断定はできない。今日良くても明日は悪いかもしれないし、またその逆も然り。明日はそれこそ明日の風が吹く。投げ遣りのようだが、これを口にするためには、毎日いつもしっかりとした準備が必要になる。準備のない明日は明日の風が吹くは、単なる風任せになる。明日は明日の風が吹くは、準備をした者だけが持つ、今日は今日、明日は明日と一喜一憂せずに明日の風を冷静に受け止める覚悟のような気がする。明日どんな風が吹こうが、淡々と地道に準備を積み重ねていける力のことを言っているような気がする。運不運はあるが、それをも受け止めて自分の人生を切り拓いていくという覚悟。
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2016年07月15日

名もなき場所

甲子園を目指す球児達のほとんどが、それぞれの地方の名もない球場が最後の夏になる。甲子園には及ばない観客。対戦相手も同じ都道府県の相手。スコアボードには自分の名前さえ刻まれない。負けても甲子園のように砂をかき集める姿もない。でも…甲子園ではなくても、そこを目指す選手達にとっては、そこが最後の場所になる。憧れ続けた甲子園。でも、甲子園ではなくても選手達が全力で最後までプレーした、地方の名もない球場はやはり最高の場所だと感じる。そこには自分達の爪跡が残されているんだから。様々な思いが込められた場所なんだから。
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2016年07月14日

向き合う

苦しい時に、投げ出して逃げてしまうのはどうか?とは思う。しかし向き合うにしても、どう向き合うのか?は重要だと思う。真正面から向き合うにしても、自分の中に様々な角度から見れる視点は必要になるだろう。そうしなければ、ただ苦しみだけを受け止めて潰れてしまうかもしれない。向き合いながらも自分の糧にしていけるならいいが、自分を潰してしまったら元も子もない。真面目に向き合いながらも、それを遊び心というか余裕を持って自分の糧に繋げていける視点を持てるかどうか。要はいかに苦しさを受け止められるかなのだろうと思う。それによって苦しみは変わっていくだろう。
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2016年07月13日

最後の瞬間

試合の最後を告げるサイレンの音。ホイッスルの音。審判の声。きっと忘れることはないだろう。敗者には無情にも感じる終わりの宣告。時間の止まる感覚。もう二度と立つことを許されない場所。歓喜の中にポツリと残された感覚。仲間と二度とプレーできなくなる寂しさ。打ちのめされる無力感。思い出される積み重ねてきた年月。まだ戦いたいのに戦うことのできない悔しさ、無念さ。サイレンの音と共にそれら全てを思い切り受け止めたらいい。ごちゃ混ぜになった思いを思い切り噛み締めればいい。本気でやってきた者にしか分からない思いなのだから。この瞬間だけは涙を流してもいい。仲間に肩を借りてもいい。今しか感じられない様々な思いを胸に刻んでいけばいい。過ぎし日にそれは君の財産になってるはずだよ。
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2016年07月12日

深い意味

勝っても負けても…何かそれ以上のものがあるように感じる。本気で全力でプレーしたんだから。仲間を強く感じられたんだから。一切手抜きなんてしないで真っ直ぐにプレーしたんだから。それ以上にその場所に立つためにたくさんのことを積み重ねてきたんだから。仲間とぶつかったこともあっただろう…監督から怒鳴られたこともあっただろう…思い通りのプレーができずに苦しんだことも、怪我で辛い思いをしたこともあっただろう…そんな一日一日を何年間も地道に積み重ねてきたからこそ、今を瞬間を大切にできるんだから。負けて下を向くことなんてない、ダメな試合なんてない。負けても、自分がやってきたことに胸を張ってればいい。負けたら意味がないなんていうけど、そんなことはないと思う。負けたとしても、積み重ねてきた過程には深い意味があるんだよ。
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2016年07月11日

のらくら

のらりくらり。言葉の響きは悪いが、こんな戦い方もあるように思う。のらりくらりと相手をかわしながらも、自分のペースに相手を巻き込んでいく。相手はのらりくらりした展開だからいつでもチャンスはあると思う。緊張は緩みスキが生まれる。のらりくらりしている内に戦いの終盤に来る。今度は相手は焦りが生まれる。いつでもチャンスがあると思っていたのがズルズルと終盤に来たことで、焦りは余計に大きくなる。攻め切れそうで攻め切れない苛立ちが大きくなる。そうなると相手から自滅していき、自分達のチャンスが広がっていく。真正面から受けるのではなく、かわしてかわして、のらりくらりと運んでいく。
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2016年07月10日

心で

言葉は自分の心の中にある思いを伝える道具。でも時に言葉にできない思いがあったり、どんな言葉も微妙にニュアンスがズレてしまったりもする。思いとは裏腹に言葉だけが一人歩きして誤解を生んでしまうこともある。その逆で心の中を隠すための言葉のカムフラージュなんてのもあるだろう。人は言葉を通して人とコミュニケーションを図る。しかし言葉が邪魔になることもある。言葉に依存しすぎてしまうと大切な思いを見落としてしまうこともある。大事なのは耳で言葉を聞きながらも、心で相手の心の中の思いを感じ取ろうとすることのような気がする。
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2016年07月09日

強さ

強ければいいとは思えない。強ければ何をしても許されるとも思えない。強ければ人を傷つけたり踏みつけたりしていい訳ではない。強ければ、その力で他人を思いやり手を貸していきたいものだ。強いから人を苛めるのではなく、強いならそんな目にあっている人の力になっていきたいものだ。強いなら、そこから先は自分自身の心と戦っていきたいものだ。そして本当の強さって何かを探求していきたいものだ。強いなら、強い自分に懸命に喰らいついてくる相手の強さに気づけるはずだ。だから本当の強さがあれば傲慢にならないだろう。謙虚に自分の強さに向き合っていけるだろう。目に見える強さもあるが、目に見えない強さもある。
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2016年07月08日

向き合う

真っ直ぐに向き合う。人間は時に目をそらしたり、ひねくれてみたり、投げやりになったりしてしまうこともあるだろう。でも真っ直ぐに向き合う気持ちがあれば、持ち直していけるだろう。自分の中で真剣に大切に思う気持ち。方位磁石は微妙に動きながらも、必ず南北を指し示すように、気持ちは揺れながらも真っ直ぐに向き合っていけるだろう。素直な気持ちさえ失わなければ、揺れてもしっかり向き合っていけるだろう。素直に大切だと思えれば物事は凄くシンプルになっていくだろう。苦しかろうが辛かろうが、シンプルに真っ直ぐに向き合っていけるはずだ。
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2016年07月07日

ありのままに

心の空虚感。何かポッカリ穴が開いたような空虚感。どうしょうもない侘しさにとらわれる。自分が凄くちっぽけに思えて、存在感すら薄れていくような。虚像のような世界の中で虚像の自分がどこかをさ迷っているような実体感のなさによって自分が自分自身を見失う。そんな時があるだろう。ある方が言っていた。強くなくていいんだ、弱くてもいいんだ、全てをさらけ出していけばいいんだ、と。人間は強くもあり、弱くもあり、得意もあり苦手もあり。それを全て含めて人間。ありのままの自分をありのままに認めていく。そうすれば自分を愛しく感じるし大切にしていけるのだろう。そこにいるのは唯一無二の自分なんだから。
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2016年07月06日

育てる

人が人を育てるのって、言葉は悪いけど、美味しい作物を育てるのに似てるなと感じる。まずは、人の心の田畑を耕していかなくてはならない。荒れた田畑では実りはない。次に種を蒔かなくてはならない。それに農薬を使わない代わりに、汗を流して雑草を抜いたりしなくてはならない。作物の様子を見ながら、水をあげたり、あえて水を与えず過酷な環境に置いてやったりもする。余計な方向に枝葉が広がらないように、余分な枝葉を切り落とす。作物の苗が育つのを甘やかすでも、厳しくするでもなく、よく状態を観察しながら適切なことを施していく。一番必要なことを必要なタイミングで行っていく。
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2016年07月05日

二つの力

人間には二つの目がある。一つの目は厳しさや苦しさや辛さを真に見つめればいい。でも、もう一つの目は優しさや思いやりや喜びを見つめればいい。人間には二つの耳がある。一つの耳では他人の言葉を聞き、もう一つの耳で自分自身の心の声を聞けばいい。人間には二つの手がある。一つの手は自分自身の力に、もう一つの手は他人の力にしていけばいい。人間には二つの足がある。一つの足は自分を支えるために大地を踏ん張ればいい。もう一つの足は弱った人の心身を支えて踏ん張ればいい。人間には二つの力が自分の中にある。陰陽、清濁、自他を見つめていける力。
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2016年07月04日

夏に咲き続ける花もあれば、散りゆく花もある。でもどちらも花。夏に向けて、寒い冬に養分を蓄えて。咲く力をつけてきた花。散りゆく花は一瞬の生命の輝きかもしれないが、全力で花を開かせる。色々な種類の花があり、色々な育てられ方をした花がある。どれも花。散ったからと言って、全力で花を開かせた夏を胸に刻んで生きていってほしい。エネルギーをふり絞って自分の花を咲かせたことを誇りに感じて生きていってほしい。散ることは決して恥ずべきことではないのだから。散った花は大地に種を落とす。その種を次なる大地で芽吹かせていけばいい。咲き続ける花も、散りゆく花も、みんな真っ直ぐで美しい輝きを放った花だよ。この夏に立派な種をつけた実り多き花だよ。
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2016年07月03日

ささやかな

人間は自分の目線の高さでしか生きていかなければ、道に生えている芽を出したばかりの植物を踏み潰してしまうかもしれない。小さな生き物を平気で踏みつけてしまうかもしれない。道を歩いている小さな子どもを弾き飛ばしてしまうかもしれない。目に入らなかったからいいでは許されない。目に入らなかったから平然としていられる訳ではない。自分の痛みと同様に小さな命の痛みにも意識を向けて生きていきたい。自分の目線での狭い視野ではなく、少しでも広い視野で気づける人間でありたい。どんな立場になろうが、視野を広く持ち、ささやかなことにも意識を払える人間でいられたらいいと思う。
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2016年07月02日

道筋を

ダメな所をダメだとは誰でも言える。ダメな所を何とかしろ!とは誰でも言える。結果論であれがダメ、これがダメと非難することは誰でもできる。大切なのはダメ出しをすることではなく、ダメな部分をどうすれば改善していけるかということだ。その道筋、方法論がなければ、無責任に否定しているだけになる。ダメかダメじゃないか、ではなく、ダメをいかにダメじゃなくしていくか、その方が遥かに重要なことだろう。それを示さないダメ出しが世間には溢れかえっているように感じる。それが無ければ、いくらダメ出ししようが何も変わらないだろう。未来の希望に繋がる道筋があってこそ、人は失敗からも一歩を踏み出せる。
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2016年07月01日

ふれあい

心のふれあい。それは心を温めて幸せな気持ちにしてくれる。人と人としてのふれあい。肩書きとか職業とかは関係なく、一人の人と一人の人としてのふれあい。ありのままの姿を包み込むようなふれあい。悲しい時や虚しい時、辛い時や苦しい時に、ささやかなふれあいは優しく柔らかく包み込んでくれる。ささやかな笑顔やささやかな一言が人の孤独を癒していけることもある。時に人は強く、時に人は弱いものだ。だから、人はふれあいの中で生きていくのだろう。ふれあいの中で人を自分自身を理解していくのだろう。
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