2016年08月31日

掴み取る

何かを掴み取るというのは、並大抵のことではない。どれだけの汗を流さなければならないのか。どれだけの苦しみや辛さを乗り越えなければならないのか。どれだけのことを犠牲にしなければならなかったのか。人の多くは何かを掴み取った人を羨み、あの人は特別なんだ、あの人には才能があったんだ、と他人事のように妬む。そんなことに何の意味があるんだろうか。その人の流した汗を、苦しみや辛さを僅かでも想像できるなら、そんなことにはならないだろう。そんな人を見て、自分の足りない部分に気づく方が可能性を切り拓いていけるだろう。もっと汗を流そう、あと一歩でも乗り越えてみよう、少しでも犠牲にしてみよう、と意識を他人事ではなく、自分自身に向けていければ、何かが変わっていくだろう。何かを掴み取るという陰にどれだけのものがあるのかを真に理解をしていないと、ただ指をくわえて他人の幸運だけを羨むような生き方になってしまうだろう。掴むの自分だし、掴み取るのも自分なんだから。
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2016年08月30日

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今のうちに苦しんで、悩んで、泣いて、傷ついてもいい。その現実から逃げ出さなければ、それは後々にきっと自分自身の財産になっていくだろう。しかし、現実に負けてしまえば、マイナスの傷後になってしまうだろう。自分に負けたら本当の敗者になって、現実以上に心の敗者になってしまう。戦いに破れて、心まで敗者になってほしくはない。全力で戦ったなら、現実にどれだけ打ちのめされようが、現実から苦しみや辛さや悲しさを与えられようが、向き合って乗り越えていきたいものだ。自分自身を転落させていくのではなく、喰らいついてでも這いつくばり踏ん張り、現実を乗り越えていく。それは、きっと今突きつけられている現実以上に後々に自分の中に刻まれていくことだろう。受け止めた自分。向き合った自分。立ち向かった自分。乗り越えた自分。戦いに破れても最後には胸を張れた自分。どれもこれも、後々にはかけがえのない自分だけの財産になっているはずだから。
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2016年08月29日

心の法廷速度

車のスピードを上げていくと、視野が狭くなり、近くが見えにくくなる。同じように人は感情を高ぶらせてしまうと視野は狭くなってしまう。感情のアクセルを踏みすぎてしまうと、知らない間に焦って心のスピードが勝手に上がってしまう。周りを見る余裕が失われていく。そうすると大切なことを見落として大きなミスをしてしまうだろう。道に法廷速度があるのは、その速度の範疇なら、その道ならその速度で走る限りは適正な余裕を持って冷静にいられるということだろう。人間も同じような気がする。取り組む物事を進めていく道で、適した感情や心のスピードというものがあるように思う。狭く入りくんだような物事を進めていくような状況で感情を高ぶらせて心のスピードを上げても結果として当然のように事故を起こしてしまうだけだろう。物事を進めるに当たっては自分の心の法廷速度を定めておくことが大切になる。それをオーバーしないように常に意識をしておくこと。ある程度自分自身を抑制しておけるようにすること。
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2016年08月28日

気づく力を

何かに気づく力というのはとても大切なものだ。何かを見たり聞いたりしても、全員が同じように見えたり聞こえていたりする訳ではない。個々が自分のフィルターを通して見たり聞いたりしている。気づきというのは、引っ掛かりとも言えるかもしれない。頭の中を流れる時に何か気になる。何かを感じる。これがなければ、それこそ右から左へと流れて終わってしまう。つまり何も残らない。気づく力は疑問に思う力でもある。だから、気づける人は必ず質問することができる。疑問を持つということは常日頃から好奇心を持って他や自分を見つめていけている人でもある。そして、自ら考えようとしている人だ。気づく力のある人は物事をどんどん吸収していけるだろう。同じ時間同じように見たり聞いたりしても差がうまれてくる。その差が日々積み重なっていく。人は気づかなければ何も変わらない。変えようもない。ただ毎日様々な情報が頭の中を素通りしていくだけ。気づく力を大切に伸ばしていきたいものだ。
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2016年08月27日

集団

おでん。小さな鍋の中で様々な具材が一緒に煮込まれている。その中で誰が一番人気ある具材なのかを競い合う。たかだか小さな鍋の中の話なのに。しかし、どの具材も実はメインになりうる。こんにゃくは味噌田楽では主役だし、卵は目玉焼きで。個々でも単独に生きていける者達が集まって鍋という組織の中にいるからこそ美味しくなるのだろう。そんな中で小さな競い合いをするくらいなら、自分の持ち味を最大限に出し切って、鍋の中全体をさらに美味しくしていけばいい。個々が出した旨味が全体に融合して全体の旨味になり、全体の旨味がさらに個々の旨味を引立てていくような循環。それこそがまさしくお互いを生かし生かされることのような気もする。ただし、人気競争でなく、自分自身の旨味を常に高めていかなくてはならない。全体の一部だからいいやっていう個が集まっても意味はないのだから。個でも主役に立てるだけの自分だからこそ。
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2016年08月26日

やる!

まあ、できるかできないかは分からないが、少なくてもやることはできるはずだ。やってみてできないなら仕方ない。しかし、やる前から、自分の中でどうせできないんだから、やってもやるだけ無駄とやらないのはもったいないと思う。最初からできそうな計算が立つことばかりやっていたのでは限界を打ち破るどころか、自分の力は退化していくだろう。計算という予測は時に大切になるが、反対に時にはそんな計算なんかせずにアホみたいに、まずはやってみるという挑戦も大切になるのではないかと思う。この踏ん切りを持てるかどうか。できた?できなかった?の二分法ではなく、今の自分はここまではできた!でいいんだと思う。やった時点でもはやゼロではないんだから。後はやり続けて、できたの量や精度を高めていけばいいんだから。
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2016年08月25日

折れ線グラフ

簡単にはいかない。なかなか思い通りにいかなかったり、うまくいきそうになったり、伸び悩んだりを繰り返していくものだ。右肩上がりに進んでいけばいいが、まずそんなことはない。折れ線グラフみたいなもの。大切なのは、全体的に見て今はどの段階にあるのかを冷静に分析すること。そして何故そうなっているのかを原因を分析していくことだろう。そうしなければ、うまくいっている時は浮かれ、うまくいかない時には凹んでしまうだけになってしまう。過去があるから今がある、今があるから未来がある。それが折れ線グラフのように途切れることなく続いているのだから。簡単にはいかない。しかし、その折れ線グラフの中には数々のヒントが隠されいる。それが分かっていれば、一喜一憂せずに冷静に更なる高見を目指して進んでいけるように思う。物事には因果があるのだから。
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2016年08月24日

越える

どんな形であれ、いままで自分の中でできない、やりたくない、と逃げ回っていたことに取り組んで自分の中の壁を乗り越えた時、凄い爽快感があるものだ。誰かに言われたからとか、誰かのためとか、誰かを見返すためとか、そんなことではなく、あくまでも自分のために。自分が心から手にしたいことのために。それから逃げ回っていたら、何も手にできないことを本当に自覚すること。楽をして何かなんて絶対に手にすることなんてできない。妥協すれば妥協した結果に甘んじるしかないのだから。越えないうちは、自分の中にある壁はとてつもなく大きなものに見える。とても越えられないように見える。しかし、どんな形であれ一歩を踏み出し、やることに決めた瞬間からもはや壁ですらなくなる。逃げ出さずに一歩という行動に変わったのだから。突き進んでいくしかないのだから。そして最後までやり切った時に出逢える新たな自分に爽快感や幸せを感じられることだろう。実は何かを手に入れることより、そんな自分の中での心の充足感の方がかけがえのないものだったりする。
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2016年08月23日

固定観念を破る

固定観念は怖い。自分が意識してなくても、知らないうちに〜でなければならない、〜しなければならない、という考えに縛られたりしてしまっている。そうすると自分は狭い世界に押し込まれてしまう。固定観念に常に疑問を投げかける習慣を大切にしたい。本当に〜でなければいけないのか?〜しなければいけないのか?自分が目指している事に対してそれらが本当に必要なのか?もっと違うやり方はないのか?周りがそうしているから自分も同じようにしている必要があるのか?固定観念を打ち破ればその外側には広い世界が広がっている。広い世界には様々な可能性が広がっている。こうでなければならないという頭の中に常に疑問を投げかけてみよう。
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2016年08月22日

未来を描く

過去は書棚、未来は映画館。過去には自分が経験した様々な知恵が大切に保存されている。未来には自分が主人公の夢の映画を観ることができる。過去の知恵を生かしながら、自分の未来を夢見て今を熱く全力で生きていかなくてはいけない。そんな本気で全力な今を過ごすからこそ、今という時間が過去になった時に、かけがえのない知恵が書棚にストックされていくのだ。筋書きを懸命に探して描いていく。上手くいかなかったり、失敗しても描き続けるからこそ、それは自分自身の知恵になっていくのだ。夢は生きていく原動力になる。夢は遥か壮大なものでなくてもいい。自分が生きたい人生の方向性のようなものだ。夢には感動が伴う。映画館を出た後にも感動が残り、映画に感化されて自分も動きたくなるように。感動とは感じて動くこと。感動すれば人は自然に動きたくなる。無理矢理やらせても人は動くがすぐに嫌になる。恐怖で人は簡単に動くがそれは長続きはしない。上手に感動を与えて自分が強くやりたくなるようにしていくこと。恐怖ではなく、強い喜びや深い楽しみを感じさせていく。やらされ感ではなく、やりたい感を大切にしていく。
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2016年08月21日

今だからこそ

やっている今は苦しいこと、辛いこともたくさんあるだろう。しかし引退したらそんな苦しさや辛ささえ感じることができなくなる。本気でやっている今だからこそ真剣に苦しさや辛さも感じる。引退直後は解放感もあるだろう。しかし…すぐに苦しかったこと、辛かったことがとてもかけがえのないものだったことに気づくだろう。現役の今でしか味わえない苦しみ、辛さがある。だからこそ逃げずに真正面から向き合っていきたい。それは自分が何より本気で情熱を注いでいるからこそ感じることだし、大好きなことに真剣に打ち込んでいるからこそ感じることなのだから。逆に簡単ならつまらないだろう。簡単にはいかないからこそ本気で打ち込めたのかもしれない。
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2016年08月20日

進化

いまの形でいいんだ、ではなく常に模索を続けていきたいものだ。そうすれば、まだまだ形は進化していく。いまの形が不満だからというのではなく、まだまだ理想を求めていけると考えていく。そうすれば、慢心なく模索を続けていけるだろう。これでいいや!と思った瞬間から人の進化は止まってしまう。進化は可能性。もちろん、現状維持から模索に入ることで結果が悪くなってしまうこともあるかもしれない。それは決して退化ではなく、進化するための一つの過程と考えていけるかどうか。それを恐れたり不安に感じている時には模索ができなくなっていく。進化はそれこそ三歩進んで二歩下がるようなもの。それを繰り返しながら小さな一歩を積み重ねていくようなもの。決して簡単なものではない。また、模索というのは、答えがあるものではなく、自分自身が答えを作り上げいかなくてはならないもの。こうすればいいという道筋がある訳ではなく、こうしてみよう、ああしてみようと自分自身が道筋を引いていかなくてはならない。そうやって形はより進化していくのだろう。
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2016年08月19日

自分との戦い

自分自身を裏切ることのない生き方をしていきたいものだ。仮に他人は誤魔化せても自分の心はいつも正直に自分自身を見つめている。いくら他人にはもっともらしい言い訳を並べられても、その言い訳は自分自身には本当には通用はしない。妥協しない為にも常に自分が自分自身を観察する意識を大切にしていきたいものだ。常に自分が自分自身に負けない生き方をしていきたいと思う。そうすることで、自分自身に対する自己信頼感は強くなっていくだろう。そうやって積み重ねていくからこそ自分が積み上げたものに自信を持てるのだと思う。自分自身を誤魔化して得た偶然的な成功は逆に不安をもたらすような気がする。他人ではなく、自分自身に負けないで自分自身と真正面から厳しく向き合える戦いをしていきたいものだ。
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2016年08月18日

鉄の意志

やる!と決めたらやればいい。やり続ける!と決めたら意地でもやり続ければいい。鉄の覚悟と鉄の意志。僕は中途半端は嫌いなので、例えどんな困難があろうがやるし、やり続ける。そのためには、やる明確な理由が大切になる。理由が漠然としていると意味を見出だせなくなる。すると続かない。しかし、明確な理由があってやる!やり続ける!と覚悟を決めたことに対しては一切の言い訳を自分自身に許さずに立ち向かう。どんな状況にあろうが、ひたすらやり続けていく。やらない、やれない、なんていう選択肢は自分の中には一切なくなる。そうするともはやゴールなんて必要なくなる。
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2016年08月17日

習慣

何かを習慣づけるのは、意外に大変なこと。いきなり大きな目標を立てて、挫折してやめてしまうくらいなら、5分でもできる小さな目標を立てて継続できる達成感や自信をつけていくようにしたいものだ。習慣づけという習慣から手をつけていくこと。毎日の積み重ね。途中でやめてしまっては習慣にはならない。習慣づけができてくると、小さな目標を少しずつ大きくしていけばいい。習慣は他人に厳しく管理されるものと、自主的に自分で管理するものがある。やはり自分のことなんだから、自分でコントロールして自分の習慣を作り上げていきたいものだ。
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2016年08月16日

結果論では語れない

スポーツも人生もそうだが常に未来の展開は予想がつかない。結果論でああだこうだとはいくらでも言えるし言っても仕方ないこと。その都度、自分が精一杯考えて出した選択を受け止めていくしかない。結果がどうあれ。だからこそ余計に過程における選択だけは後悔しないように覚悟を決めて決断をしたいものだ。結果ばかりを見ていると、ついつい選択に迷ったり、決断が鈍ったりしてしまいがちだ。結果はあくまで、その都度、その都度の状況での選択の積み重ねでしかない。その状況の中で自分自身を信じて選んだ選択ならば、例え悪い結果になっても静かに耐えて受け止めていく。その強さがなければ本当の意味での自分が信じる選択はしてはいけないだろう。結果論では絶対に語りたくはない。そんなゴールから辿っていけばいくらでもああだ、こうだは言えるのだから。先の分からない未来に対して責任ある選択を自信を持ってしたのならいいではないか、と思う。どんな時にも自分は批評家にはならないようにしたいと思う。
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2016年08月15日

無理からの一歩

もう無理からのあと一歩…この一歩はかなり苦しい。しかしこの一歩は大きい。限界は自分が作り上げた世界。それを打ち破れるのも他でもない自分。究極の自分自身との戦い。一歩は小さいが、自分に打ち克った大きな一歩。そんな一歩を積み重ねていくことで、自分に負けない強さが築かれていく。もう無理という弱音に負けているようでは自分が作った限界の世界から一歩も踏み出してはいけない。それどころか、無理、無理と自分を甘やかしていると限界値はどんどんと狭くなっていってしまうだろう。そして無理と口にすることが習慣になっていく。すると人生は妥協の連続になっていく。それでは人生も自分自身もどんどんと小ぢんまりとしていくことだろう。豊かな人生、人間形成をしていくためにも、今よりも一歩でも二歩でも前進して進化していける生き方をしていきたいと思う。一歩、たったの一歩踏み出しただけでも、その分だけは限界値は広がっているのだから。
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2016年08月14日

好奇心

僕は小学校の頃に地球は丸くて、何で海の水は宇宙に流れ出さずに地球の中に収まっているのだろう?と考えたのを覚えている。だったら、同じ地球にいるのにバケツに入れた水は逆さまにしたら、何で溢れるのだろう?と(笑)他には、仮に地球を地球儀のようにグルグルと早回しできたとしたら、同じ時間でも地球の回る時間が早い分だけ、時間の感覚が変わり、人は一気に年を取るのかな?とか(笑)好奇心がさらなる好奇心を生み、さらに様々な想像力を生み出していく。当たり前で終わらせてもつまらない。当たり前に対して好奇心を膨らませていく。
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2016年08月13日

思いやり

思い遣りのあるチームっていいな。仲間の立場に立って、仲間の気持ちに寄り添い、仲間に力を与えていけるチーム。仲間がミスして落ち込んでいる時に、追い討ちをかけるように全く何やってんだよ!という顔や態度を示すのではなく、自分がそいつの立場ならどう感じるだろうか?と相手の立場に立って考えて、心から励まし合えるチーム。誰かを心理的に孤独にさせないチーム。誰かが苦しい時に笑顔を振りまけるチーム。それがチームへの愛情であり、仲間への愛情なんだと思う。そんな心を一人一人が育んでいきたいものだ。それが結集してチームの心になっていくのだろう。
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2016年08月12日

足し算引き算

世の中はほぼ全てのことが足し算、引き算で成り立っているように感じる。経済は収入という足し算と、支出という引き算。体型は摂取という足し算と消費という引き算(ダイエットは別)。スポーツは得点という足し算と失点という引き算。意外と単純。ここで思うのが、足し算が得意な人と、引き算を押さえるのが得意な人がいるということ。足し算型の人は多少の引き算があっても、それ以上の足し算ができてプラスに転じる。引き算押さえ型の人は足し算があまりなくても、引き算を押さえることでプラスに転じる。もちろん、足し算も強く、引き算を押さえるのが得意なのが一番なのだが…
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2016年08月11日

可能性

大木の下にある小さな小さな植物は、普通にしていれば大木の日陰になって育つための戦いに敗れてしまう。しかし、日陰なら日陰で生きるための特性を身につけたり、大木と同じように上に育つのではなく、敢えて横に育ち大木の日陰から脱しようとしたり、大木の枝葉の僅かな隙間から漏れる光を狙っていくなどすれば生き残る活路が見えてくるだろう。大木に対して大木と同じような戦い方をしても勝ち目がないなら、どうすればいいのかを考えてみる。置かれた状況を悲観的に捉えるのではなく、それを受け止め、その上でいかに自分の戦い方、生き方を見出だしていくのか。
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2016年08月10日

勝負勘

勝負(勘)(感)というのは勘ではなく感なのだと思う。試合の全体を感じ、流れを感じ、雰囲気を感じ、相手選手を感じ…みたいな感性が大切になるように思う。多くの要素を正しく感じて、それらの情報を総合的に判断する。感性が鈍っていたり、正しい感性でなかったりしてしまうと結果として勝負勘は間違ってしまうのだろう。後は自分の思考が邪魔をする場合もある。ここは押すべきだ!と感じても、思考がネガティブになりすぎていると、積極的になりきれなかったりしてしまう。感を裏づけられる思考も大切になる。感と思考が相反してしまうと、人間は思考で感を封じ込めてしまいがちだから。
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2016年08月09日

時間

時間とは不思議なものだ。例えば、広島に行こうとする。新幹線で行けば3時間50分かかる。飛行機で行けば1時間30分で行ける。しかし飛行機は羽田空港まで行く時間、広島空港から市内まで行く時間を合算すると2時間は要する。さらに飛行機は突然の遅れや欠航もある。そうすると新幹線とそれほど変わらなくなる。何事もメインに要する時間だけを考えてしまって逆に非効率になることがある。時間を総合的にとらえれば、時に急がば回れみたいなことがある。短絡的に効率化していけばいいというものでもない。時間がかかりそうなことこそ、始める前にどんな手段を選択するかを考える必要がある。
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2016年08月08日

落とし物

人間は何かをする時に必ず何か落とし物をするものだ。その落とし物に気づかなかったり、まあいいか…と拾うことなく先に進んでいくとだんだん自分が薄くなっていく。例えたいしたことのない落とし物でも、丁寧に拾い上げて大切にしていく必要がある。何かをした後に、何か自分は落として先に行こうとしていないだろうかと自らを振り返ってみる。反省するのとは少しニュアンスが違う。あっ!今の自分は何かを落としてしまったと気づける感性。それを拾う余裕。この二つが大切になる。それをしないと人間は大事なものが自分の中から失われていってしまう。
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2016年08月07日

前に

色々な負けがあると思う。競って競って競り負ける。自分の実力を出し切れずに負ける。ミスで自滅して負ける。実力の差で完膚なきまでに完敗する。あと何か一つ足りなくてあと一歩で負ける。グダグダの試合展開で負ける。負けたという事実だけを取り上げれば、どんな負けだろうが負けは負けで終わってしまう。しかし、それを言ってしまえば身も蓋もなくなってしまう。勝つことを追い求めることは大切だが、負けを冷静に評価していく目も同じくらい大切なような気がする。それもなければ、人は負けて絶望感や無力感ばかりを感じて前に全力で進んでいけなくなる。
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2016年08月06日

クリエイティブ

これまで書籍を80冊書いてきた。書籍を書く際に自分は著者になる訳だが、書籍を作るには編集者やカメラマン、イラストレーター、デザイナーなど様々な方々が関わっていく。関わる方々は出版社によっても違うし、実際は一冊一冊違う。自分はその時々のチームで書籍という一冊にどれだけ本気で楽しめるか?を考えている。自分の頭の中にある無形の様々なアイデアや発想を、無から有にしていく。この過程を本気で全力で楽しめるのか?それをチームの一人一人がやれるかどうか。書籍の一番最初の読者はチームの一人一人なんだから。クリエイティブは心底から楽しめることで生まれてくるように感じる。
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2016年08月05日

卵は外から見たら、白い殻の卵だ。しかし、同じように見える白い卵でも、中は茹で卵かもしれないし、腐ってるかもしれないし、ヒヨコの原形になってるかもしれないし、中の黄身がないかもしれないし…外から見ただけでは中の様子までは分からない。多くの人は自分の回りを固い殻で覆い隠していたりする。人を知るということは、あたかも卵の殻と殻とをぶつけ合いお互いの殻を割って中身を見せ合うことのようにも思えてくる。だから、人を本当に知るためには自分も相手もぶつけ合う痛みも伴うのかもしれないと思う。殻にこもっている限りは、人間は誰もが白い卵のようなものなのかもしれない。
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2016年08月04日

痛みに

痛みというのは嫌なものだが…しかし、痛みがなければ何も気づかずどんどん悪化していくだろう。痛みがあるからこそ異変に気づける。原因のないところに痛みは生まれない。身体の痛みにしろ、心の痛みにしろ、人が自分自身を見つめ、原因に気づくとても大切なものなのだろう。最初の微少な痛み。これは我慢ができる分だけ耐えてしまう。しかし、痛みを発する原因はそのまま残る。我慢するだけ原因を悪化させているのかもしれない。そして悪化して激痛になった時に、これは何かおかしい?という風になる。そこで向き合うより、微少な痛みの段階の方が治療修正は楽だったりする。我慢強さが逆に仇になる時があるように感じる。
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2016年08月03日

波を作り出す

波に乗れてる時というのは、やることなすこと上手くいったりするものだ。波が順調に物事を運んでくれるような感覚がある。しかし人間はいつも波に乗れる訳ではないし、逆の波に押し戻されてもがけばもがくほど、やることなすこと上手くいかなかったり…あるいは全く波が立たずに乗れる乗れない以前の問題のような時もある。自分の波をいかに作り出していけるか?波任せにするのではなく、自分が乗りやすい波を自分が作り出していくことが必要になる。そのためにはいきなり大きな波を作ろうとせず、小さな成功の波をいくつか立てながら、それを大きな波に繋げていくことが重要だ。
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2016年08月02日

冷静に

池に大量に小石を投げると、いくつもの波紋が広がりどれがどの波紋かわからなくなり、ごちゃごちゃしてくる。池が心で、石が問題事だとしたら、心の中に様々な波紋が広がり、心の中は様々な感情や思考が入り交じり複雑になる。そんな時に何か解決策をと考えても何が何だかわからなかったりする。問題事が一つなら分かりやすいが。複数同時に来るとわかり辛い。そんな時は波紋が静まるまで余計なことは考えずに時間を置くのもいいような気がする。少し時間が経てば小石、つまり小さな問題の波紋は消えて心が整理される。ごちゃごちゃしてるのを下手にいじると余計にぐちゃぐちゃになる。冷静になる時間を置くのも一つだろう。
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2016年08月01日

素直さ

素直さ。自分だけの型に固執してしまうと他人の教えが受け入れられなくなってしまう。他人の教えが全て正しい訳ではないが、それと同時に自分の考えが全て正しい訳でもないだろう。それでも、自分の型に固執するのは、それを貫く強さというよりは、他人の教えを受け入れることが不安で仕方ないのだろう。素直さを持つためには、自分の中に自信が、勇気が、柔軟性が必要になってくる。型に固執していては、それ以上にはなれないだろう。素直に聞いて、素直に実践して、素直に自分に必要なものは吸収して、素直に不必要なものは流していく。素直さは自分を育てていく原点のように感じる。
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