2017年04月28日

自らの志で

やらされるからやる…ではなく、自らの意志でやろう!と思わなければ本当には力にはならない。やろう!と思うからにはその目的ややる意義が分かっているということ。志のある理想を描けているということ。目指す理想に向かって自分が自分自身に打ち克てるということ。形ではなく中身こそが大切。言われたことをやっている振りをすることは簡単。言われたことを単にやっていても、ある程度まではできるようにはなる。しかし絶対にある程度以上にはいかない。さらには長くは続けてはいけないだろう。言われたことを表面的にこなしているだけでは必ず飽きがくるからだ。探求心がなければやることへの面白味が湧いてくるはずはない。やっていることの発展性が見えないのに続けていくのは難しい。今の自分がどんな姿勢で取り組んでいるのかをしっかりと省みることはとても大切だ。常に意識しておかなければついついルーティン作業になってしまうからだ。常に意義や目的や志を自問自答していこう。
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2017年04月27日

上手な付き合い

できないプレーがあるのは、悲観的なことではない。できるようにしていけることを楽しめばいいし、できないことは自分の伸びシロでもあると期待感を持てばいい。競技を続けていけばどこまで行っても、次々にできないことだらけなんだから。自分の中で成長を楽しんで競技に取り組んでほしい。できない、できないと悲観的になっていたら、どんどん嫌になるし、やる気もなくなっていってしまうだろう。下手をすると自分は向いていないんじゃないかと自分が自分自身を疑い始めてしまう。スポーツに限らず人間なんて生きてる限りはできないことの連続。できないことは次々に出てきて、できないということとは永遠の付き合いなんだから、楽しく付き合っていった方が遥かに前向きだと思う。
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2017年04月26日

信頼

仲間を信頼してプレーするというのは、信じて頼む部分も必要ということ。依存して寄りかかるのではなく、自分がやるべきプレーをした先には仲間に頼み託す。頼むことができなければ、何もかも自分がやろうとして失敗してしまう。苦楽を共にした仲間を信頼しよう。仲間を信頼できなければ独りよがりのプレーになっていく。スポーツに限らず人を信頼できるというのは大切なことだ。
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2017年04月25日

悔しさの先に

負けて悔しがることは誰でもできる。その場だけの悔しさで終わらせるのか…悔しさを未来の笑顔に繋げていくのか…悔しさをポジティブなエネルギーに変えて、悔しさを地道な行動力に変えていかなくてはならない。悔しさを味わうだけでは何一つ変わらない。このままで終わらないという覚悟を持てるのか…人間なんて少し時間が経てば喉元過ぎたら熱さを忘れる生き物。余程の意志がなければ経験を自分のものとして活かしてはいけなかったりする。同じ悔しさを毎回経験していても何の進歩もない。悔しさは自分の力で乗り越えていきたいものだ。
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2017年04月24日

夢の先に

夢を描くのは素敵なこと。しかし夢に向かって今の自分にできることを地道に積み重ねていかなくては夢は夢のままで終わる。夢にワクワクできるなら、今やるべきことは地道でつまらなく感じることでも夢に近づく階段だと思えば嫌々ではなく前向きに取り組んでいけるだろう。地道さは素晴らしいこと。地道さの欠けた夢なんて、それこそ単なる夢物語、夢想でしかない。夢を下から支えるものは地味で地道なものばかり。それを一つ一つ積み上げて夢を現実化していくことはとても幸せなことではないだろうか。夢は人の可能性を広げてくれ、夢に近づく地道な階段は人を鍛え上げてくれる。夢がなければ人は進化しないし、夢だけ見ていても人は進化していかない。
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2017年04月23日

相互理解

打者は四打席で一本、二本安打を打てば、残りの打席は凡打でも評価される。投手は百球中、九十九球好投しても、たった一球の失投で批判を受けたりする。打者にはミスを取り戻すチャンスはあるが、投手はミスを抱えながら辛抱強く投げ抜いていかなくていけない。投手と野手とで野球観が違うのも当然かもしれない。同じ競技でありながら、ミスをするにしても立場が違えば印象はまるで違ってくる。野手は9人で点を取るので、点が取れなくても責任の所在が不明瞭だったりもするが、投手は点を取られれば責任の所在は明確になる。野球に限らず、仕事などでも同じように同じ職場だから同じだよとはならない。立場や役割で見え方は全然違ってきたりする。相手の立場に他立って考えていける目線も大切になっていく。そうでなければ相互理解はできないだろう。
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2017年04月22日

上達への道

物事は簡単には上達しない。上達するためには幾度となく壁にぶつかる。それを嫌だと考えるか、難しいからこそ楽しいと考えるか…難しいからこそ、一つ一つの壁を乗り越え段階が上がった時に達成感や喜びも湧いてくる。簡単にできることは、楽かもしれないが、楽しくはないように思う。楽をして何かを手にしてもすぐに飽きてつまらなく感じてしまうと思う。苦しくて辛くても地道に一歩一歩積み上げていく中で手にしたことは喜びもひとしおであろう。上達への道筋とはまさしくそんな感じだろう。壁にぶつかれば、時に苦しさを投げ出したくなったり、面倒に感じたり、自信を失ったりしてしまうかもしれない。それでも上達したいその想いで、上達への道筋を地道に積み重ねていく。人生を通してそんな楽しさを感じられたらいいと思う。それぞれの段階で喜びや楽しさは一瞬で、また上達への道をさらに高みに上がっていこうとすれば苦しみや辛さと向き合っていかなくてはならないが。それを支えるだけの楽しさが上達への道筋には存在するのは確かなような気がする。
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2017年04月21日

温かな社会を

ありがとうもごめんねもお疲れさまも…何かを感じる感受性があるから言えるんだと思う。素直な心があるから口にできるんだと思う。社会が効率化しすぎて、大切なものを忘れがちになってる気がする…そう、器用に世渡り上手な人がスイスイと効率的に生きてく。でもね…その場ではそう見えても、心が温かい方が最後は幸せに感じて生きていけると思う。ほんとにそう…もう少し温かい社会になるといいのにと感じる。同情とかいらないけど、人と人とが相手の気持ちを受け止めてそっと寄り添って生きていけるような社会。そんな社会を社会の一員として、大人の一人として次世代に残していけるように。
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2017年04月20日

メモ

練習時にメモを取る習慣があるかどうか?仮に記憶には残しておく自信はあっても、次々に過多な情報が入ると雑多な記憶の中に埋没する危険性もある。また何より、メモしたことはその時々の自分の状態によって読み方、、理解度、感じ方、考え方も変わる。足掛かりとしてのメモは大切。メモをキーワードに自分自身の考え方の整理や思考の発展もさせていける。確かにいちいちメモを取るのは面倒臭いかもしれない。でもその場、その瞬間ではメモを取ろうが取るまいが大して差はないように感じることでも、時間の経過と共に意味合いが大きく変わっていく。何事もその場限りにしてしまうと発展性は生まれない。
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2017年04月19日

ダメだの先に

もうダメだ…の先に新たな可能性があるし、そこからもうひと踏ん張りすることで力もつけていける。余力のある時はできるのは当たり前。もうダメだという心理的な限界値を打ち破った先に、今まで気づかなかった新たな自分を発見できる。それを打ち破れるのは最終的には自分自身でしかない。
ダメと決めつけてしまうと不思議なもので、どんどんダメな理由が浮かんできてダメに押し潰されてしまいそうになるもの。まだまだいけると自分自身を奮い立たせて自分が自分自身をさらに追い込んでいけるかどうか。スポーツではもうダメだからが練習と言われる。それは自分でダメから諦めに繋げないため。ギリギリまで追い込んでいく中でこそ今まで見えなかった新たな境地に辿り着いていける。
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2017年04月18日

漠然とした時間は…

ただ漠然と何かをやっていても、漠然とした時間が過ぎて終わってしまう。本人はこんなにやってきたのに…と進化しきれない自分自身に苛立ちを感じるかもしれない。スポーツであれば漠然と練習するのか、そもそも練習とは何か?を考え、何を目的にどのような手段でどれくらいの適量をやるのか?を徹底的に考えて準備をしっかりして練習に臨むのかでは明らかに成果は変わっていく。漠然と何かをやるって本当に勿体ない。どうせやるなら、どうせ時間を費やすのなら、少しでも進化していくための時間にしていきたいものだ。それが自分自身の自信にも繋がっていくはずだ。
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2017年04月17日

純粋に

部活で試合に出れようが出れなかろうが、その競技が純粋に好きであり続けられて、ずっとやり続けていけるのって素敵なことだなって感じる。その競技に携われる純粋な想い。ボールに触れる純粋な喜び。下手でも懸命に打ち込む純粋な情熱。そんな競技に出会うことができた純粋な幸せをいつまでも大切に!どんな形であれ、不平不満を口にせずにその競技に没頭できたらどんなに素晴らしいだろう。勝っても負けても、変わらずにずっと好きでいられる幸せに勝るものはないだろう。苦しかろうが辛かろうが、そんなことより好きって気持ちが勝るのって本当に幸せなことだろう。だから、せっかく出会った競技をいつまでも、いつまでも好きでい続けてほしい!!
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2017年04月16日

ミスへの対処

ミスはしないものではなく人間である以上はいくら練習を積んでもミスはしてしまう。大切なのはミスをしないことではなく、ミスした後にすぐに対処できるか、気持ちを切り換えて次に向かっていけるか。ミスに慌てたり、落ち込んでミスの傷口を広げたり、二次的三次的なミスの連鎖に繋がることを防ぐことが大切。そもそも、誰一人自分はミスをしてやろうとしてミスを犯す者はいない。逆にミスしないように、ミスをしないように慎重になり過ぎる。それが余計に萎縮させたりしてしまう。それよりは思いっきり全力でやるだけのことはやって、ミスをしたら最小限度で押さえていけばいいんだと考えた方が伸び伸びできて逆にミスは減っていく。機械ではなく人間である以上はミスとは上手に付き合っていかなくてはいけない。ミスとは友達にならなくてもいいが、必要以上に毛嫌いすることもない。したらしたで冷静に対処していけばいいだけのことだから。慌てず焦らず冷静に。
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2017年04月15日

練習の成果

練習の成果を計るのは量ではない。何がどれくらいできるようになったか。漠然と量をこなすのではなく、今日の練習では何をどのくらいできるようにするのかの目標を立てて、そのためにどのような内容にするかの手段を明確にすること。そして練習後に目標と実際の間に見える化された課題を見出だすこと。漠然と量をやっているだけでは、成果も漠然としたものにしかならない。残るのはあれだけ量をこなしてきたのだから、という自己満足感だけだ。練習とはやって満足するものではなく、できるようになって自信を深めていくもの。そこを勘違いしてはいけない。
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2017年04月14日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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2017年04月13日

自分を信じる

できるか、できないかを決めてるのも自分。やるか、やらないかを決めてるのも自分。もっと自分自身の持つ可能性を信じてもいいように感じる。挑戦する自分自身を応援してもいいように感じる。自分を作り上げているのは他でもない自分自身だから。自分が自分自身を信じないで誰が信じるのか…可能性を他でもない自分自身が潰してしまっていないか?やりもしないで最初から投げ出したりしていないか?誰が可哀想って自分自身が一番可哀想だ。やはり自分の人生は自分が自分自身の力を信じて切り拓いていくしかないものだ。周りがどれだけ助けてくれたり、力を貸してくれたとしても、自分の人生の主体はあくまでも自分自身なのだから。
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2017年04月12日

希望を

希望…これを失ってしまうと人は前に進んでいくエネルギーを大きく削がれていってしまう。暗闇のようなトンネルの中でも、どんなに小さな希望でも灯りが見えればそこに向かって歩みを進めていける。暗闇の中をどこまでも全く何の灯りも見えなければ、最初は歩けても次第に歩くことの意味さえ自分の中で疑ってしまうことだろう。実際に報われる、理想の結果を手にできるかは分からないが、しかし自分がやってきたことが報われるかもしれないという希望だけは、絶対に奪ってはいけないことのような気がする。絶望からは何も生まれない。だから人は人に対して絶対に絶望を与えてはいけないし、自分自身もどんな状況にあっても希望の灯りを見出だしていけるようにしていきたいものだ。
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2017年04月11日

シンプルに

難しいことをいかに簡単にやれるか。面倒くさいことをいかに効率的にやれるか。嫌なことでもいかに楽しくやれるか。しかもそれらをいかに地道に継続していけるか。大切なことは、いかに物事の本質を見抜けるかにあるような気がする。表面的な部分に惑わされて本質を見抜けなければ、物事はどんどん複雑に難しくなっていくだろう。本質を見抜ければ物事はどんどんシンプルに簡単になっていく。そうすればやるべき事も明瞭化されていく。


今日は身体を少し怪我して無理な体勢なので短めで終わりにします。皆さんもくれぐれもお身体を後自愛ください。
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2017年04月10日

理想に

いきなり理想の百点でなくてもいい。いつも百点でなくてもいい。行きつ戻りつしながらでも、一歩一歩自分の求める理想に近づいていければいい。百点取れないなら最初からやらずに逃げ出そうではなく、挑戦して今の自分のベストを尽くして、次に向けて新たに一歩ずつ力をつけていければいい。簡単に理想に近づいては面白くもなんともない。でも理想に向かって踏み出した一歩は何よりも大きな一歩だと思う。踏み出さなければ理想の百点でもない代わりに、ゼロ点、いや逃げ出したことでマイナス点にしかならない。結果なんか恐れずに今の自分のベストを尽くすことと、今の自分の実力を高めていくことを並行していけば必ずや理想に近づいていくはずだ。その踏み出した一歩は凄く偉大だ。
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2017年04月09日

感じる

自分達のチームが負けたから終わりではなく、共に学び共に汗を流した仲間のチームが試合をしているのを応援しに行けるのは素晴らしいと感じる。また、その仲間の選手達もやるせない敗戦の中で、しっかり感謝を伝えられるのも、また素晴らしい。そんなお互いを感じ合えるのも財産となる瞬間。自分のこと、自分達のことしか考えられないとしたら残念なことだし、勝った負けたということでしか価値観を見出だせないとしたらそれも残念だ。選手である前に一人の人間としての在り方が問われると思う。そういうことをしっかりと実行していける選手は、例え何らかのスポーツを終えた後も人間として愛される人間として生きていけるだろう。
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2017年04月08日

試練の先に

試練…苦しい状況にあって人は試されているのかもしれない。諦めるか、ギリギリでも喰らいついていくのか。時には自分だけではどうしようもできない試練もある。しかし、それでも諦めずに自分にできることを真摯に全力で打ち込めばチャンスは巡ってくると信じたい。試練を肥やしにできると信じたい。僕は神頼みの人間ではないが、でも諦めることなく懸命に試練を乗り越えようとする者を神は見離さずに見てチャンスがあることを信じたい。神ではなくても、そんなひたむきな姿を誰かが必ず見ていると信じたい。試練を乗り越えた先に一回りも二回りも大きくなった姿を見てみたいと強く願う。試練を乗り越えていける力があると強く信じたい。
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2017年04月07日

一日一日

一日一日は長い。しかし過ぎて振り返れば、あっ!という間の一瞬。一日一日はキツいし辛い。しかし過ぎてみれば、ずいぶんタフになったと実感する。一日一日は監督の怒声に包まれ、最後の一日に改めて監督の愛情を感じる。そんな一日一日を積み重ね、一日一日を乗り越えた自信を胸に。部活なんてそんな感じかもしれない。でも過ぎてしまえばどうしようもないくらいの懐かしさに包まれる。今の自分があるのは、あんな一日一日を積み重ねてきたからと感謝の念に包まれる。それこそ限られた時間であり、二度と戻れない時間。だからこそ最後の一日を迎えるその時まで喰らいついていってほしいと願う。
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2017年04月06日

好きなことを

何で好きで始めたスポーツなのに嫌いになって終わらなきゃいけないのだろう…何で好きなスポーツをするのに笑顔でやっちゃいけないのだろう…せっかく初めて始めた頃より上達したのに挫折感を感じなきゃいけないのだろう…いつの日か大切な初心を忘れてはいないだろうか。それを忘れてやればやるだけ、どんどん自分自身を変な方向へと追い込んで燃え尽きたり、ドロップアウトしたりしては凄くもったいない気がする。誰のためでもない、自分が好きで続けたいと選択した道なのだから。だから、いつまでも好きな気持ちを持ち続けてほしい。好きなスポーツで一つの自己実現をしていってほしいと思う。さらには競技者として終わった後にも生涯スポーツとして続けていけたら幸せなことだと感じる。
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2017年04月05日

思いやり

思いやりのあるプレー。自分が楽をするのではなく、あえて自分が苦しい、大変な思いをしても、その分、仲間の負担を減らしてやろうというプレー。また自分の考えるベストではなく、仲間が求めるベストを感じ取り、そこにベストを尽くすプレー。自分本位ではなく仲間に余裕と安心を与えられるプレー。個人スポーツならとことん自分だけのことを考えてプレーしていけばいい。しかし集団スポーツはそうはいかない。集団は個々の考え、また得手不得手もある。自分が楽や安全策を考えてしまうと、仲間に苦や危険の負担を背負わせてしまうケースもある。仲間を大切に自分も仲間も生かし生かされるプレーを心がけていきたいものだ。そのためにも自らを犠牲にしたり、自らが仲間の負担を逆に背負うことも大切になってくる。
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2017年04月04日

心豊かに

まだできないプレーに絶望ではなく希望を持てる心を。少しだけできるようになったプレーに情けなさではなく喜びを感じられる心を。失敗したプレーに落ち込むのではなく、次こそ成功させてやるという前向きな心を。心が豊かにならないと、やればやるだけ辛くなる。誰にも無限の可能性があるのだから。自分が自分自身を見限ってはいけない。今日より明日、ほんの少しでもプレーが上達していれば幸せなことなのだから。そんな自分自身に喜びや希望、感動を感じられる心を失ってほしくはない。心豊かな競技生活を送ってほしいと思う。小さな自分が少しずつでも大きくなる過程を喜びに変えていってほしいと思う。
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2017年04月03日

KK

重苦しい雰囲気をぶっ壊せる君でいよう!緩んだ雰囲気を一言で引き締める君でいよう!辛い時に誰よりも明るく元気を振りまける君でいよう!チームにはそんな誰かが必要だ。空気を読めないのではなく、空気を読みながら空気を壊せる誰か。KYではなくKKな誰か。KKをさらにKTに変えていける誰か。そう新しい空気を作り出していける誰か。誰かに任せていては駄目。自分こそそんな役割を担ってやるんだという心意気が大切になる。それくらいチームの全体の雰囲気を変えていくのはしんどいことなんだから。そんな誰かがいるチームは強い。どんな場面でもチームの雰囲気をガラッと変えていけるのだから。そんな誰かになってみないか?
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2017年04月02日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
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2017年04月01日

同じミスでも

同じように見えるミスでも、守りの気持ちに入って小さなぎこちない動きになってするミスと、攻めの気持ちでいったけど少し焦りすぎて起こるミスがある。気持ちが先走るミス。もちろん、ミスは取り戻せないが攻めの気持ちでしたミスの方がまだ救われる。次に向けて繋げていけるミスもある。ビクビクしてする消極的なミスは引きずってしまう。しかも気持ちが先に向かっていきづらい。これはスポーツに限らずどんなことにも言える。守りに入ってしまうと、いつもマイナス思考から始まりマイナス思考で終わってしまう。ミスを恐れずに攻めの気持ちで挑戦していくスピリットは僕も常に大切にしている。もちろん、それでミスをしたら次から気をつけていけばいいだけのこと。攻められなくなったらどんどん自分自身も小さくなっていく。逆にミスを恐れずどんどん自分の所に何でも来い!!と呼び寄せる。その方が何をやっても面白いし、やっていても気持ちが乗っていく。守りから逃げの姿勢になると絶対にチャンスも掴み取ってはいけない。
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