2017年06月30日

一つ

たった一つのコツを掴む。一つのキッカケを掴む。この一つが大きく飛躍したり、長年やれる要因になったりする。しかし一つと言ってもその一つを掴むまでには無数の試行錯誤の連続がある。途中で諦めたり投げ出せば、その一つには巡り合えない。その一つには無限の可能性が秘められている。ゼロから一を産み出していく。ゼロはいくら積み上げても、掛け合わせてもゼロだが一はどんどん積み上がり広がりを持っていく。たかが一つと思わずに、懸命に一を追い求めてみればいいと思う。
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2017年06月29日

悔しさの先に

流した涙の先の笑顔を見られるか、流した汗の先の歓喜を見られるか。今の先をどれだけ自分の中で思い描けるのか。その場限りの涙や汗を流して終わりにしてはいけない。それらは先に繋がるものでなくてはいけない。涙や汗は他人に見せるためのものではなく、自分自身の心に強く刻むもの。他人のためのものではなく、あくまでも自分自身のもの。悔しさをバネに…なんて言うが、単に悔しさだけではバネになんかならない。卑屈になるだけ。やはり悔しさの先に明るい未来を思い描けてこそ、そこに向かうためのエネルギーに変えることができる。悔しさを腐らせてはいけない。過去の悔しさを未来の喜びへと繋げるために人は今を生きている。悔しくて涙が溢れて膨大な汗を流す、これは相当大きなエネルギー。そのエネルギーのベクトルを上向きに変えてこそ、上にある明るい未来を見れてこそ大きなバネになるのではないだろうか。悔しさを悔しいままで終わらせてはいけない。
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2017年06月28日

団結力

チームはほんのちょっとのことで乱れる。でもちょっとのことでまとまってもいける。そんなこんなを繰り返し、少しずつ団結力がついていく。仲良しごっこの集団より、ぶつかり合ってその中でお互いを解り合った集団の方が最終的には強固な団結力を発揮することが多い。雨降って地を固めていける強さ。言いたいことも言わず、表面的に争いをさけて当たり障りなく付き合っていても相互に本当の意味では理解し合ってはいけない。仲良い振りをしながらも逆にストレスを抱えていく。当然チームの中で主張をし合っていけば、相互にぶつかり合いは生まれる。しかしお互いが腹の底から話し合えば、解り合える部分も出てくる。そんなことを繰り返していく中でだんだんとまとまりが生まれ、それが団結力へと繋がっていく。そんな過程を踏んで生まれた団結力はそうそう簡単には壊れたりはしないだろう。団結力は個々がかなりのエネルギーを注いでいかなければ作られるものではない。
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2017年06月27日

勇気と無謀

似て非なるもの。勇気と無謀は違う。無謀とは何も考えずにただ突っ込んでいく愚かな行為。勇気にはその先に希望がある。自分の望みが叶いそうだという見通しがあって初めて出てくるのが勇気。勇気には明確な道筋があり、冷静な行動力が伴う。無闇やたらと思いつきだけで動くのが無謀。無謀だと道筋もなければ行動も単なる行き当たりバッタリになってしまいがちだ。また途中から一か八かの自棄な行動にもなりがちだ。勇気を持つには未来に明るい希望を描けなければいけない。暗闇の中では目指すべき方向性すら見えてこないだろう。真の勇気を持てた時には必ずや自らの手で自らの将来を切り拓いていくことができるだろう。
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2017年06月26日

過去も大切に

前に進むことは大切。でも時には後退ではなく、後ろを振り返ってみることも大切。自分に厳しい気持ちで前に進むが、時にそこまで歩んできた自分自身を誉めてあげることも大切。前には未知が広がるが、後ろには英知が蓄積されている。前進!前進!で疲れた心を過去の思い出で癒してあげる時間も大切。後退したり過去に縛られたり、過去で立ち止まったり、過去の栄光に生きるというのはいいとは思わないが、過去を振り返るのは必要なことだと感じる。失敗も成功も、喜びも悲しみも全ては自分自身が生きてきた証なのだから。過去は無理に否定するものでも肯定するものでもないと思う。ありのままに振り返ればいいんだと思う。全力で生きれば生きるだけ過去は素晴らしいものになっていく。時に思い出に心和ませる時間も素敵な今を生きる術のような気もする。
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2017年06月25日

追い込み&解放

自分をどんどん追い込む術と同様に、どんどん解放していく術も大切。練習では自分を追い込み、試合では解放していく。それができなければ、練習では妥協の連続になったり、試合で自分が自分自身を追い詰め過ぎて自滅してしまったりしてしまう。練習で苦しみ試合で伸びやかに。日本人は追い込むことばかりを美徳のようにして文化を育んできた。修行的な文化。だから、大切な時に自分自身を解放しようとすることに悪のような意識が働いてしまう。試合は苦しんでこそ意味があるみたいな…練習は準備。試合は本番。お祭りだって、お祭りの準備期間は忙しいし、楽しいなんて言っている余裕はない。落ち度がないように詳細に渡って準備を欠かさない。だけど本番は一気に爆発させてお祭りを誰よりも楽しむ。大変な準備があったからこそ、本気で心底から楽しむ。お祭りの本番が苦しくて辛いものなら誰も準備だってしたくなくなるだろう。追い込む時は徹底的に追い込み、解放する時はバカになれるくらい溌剌と解き放つ。この両面が大切なように感じる。
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2017年06月24日

好きなことを全力で

好きなことを今やれてるなら、思い切り全力で感謝して楽しみたい。そして、もっともっと好きになっていきたいものだ。好きなことをやれてるのに、日々愚痴だらけ、どんどん好きな気持ちを見失い、嫌いになっていくのは、あまりにもったいない。好きな想いにシンプルに向き合ってみよう。好きなことで人生勝負できているのは幸せなことだし、幸せな時間のはず。それなのに勝負でビクビクするのはもったいないこと。負けることを怖がったり、恥ずかしいと思わず、挑戦すること、勝負に挑めることを楽しもう!勝負に挑む限りは負けは必ずついてまわる。負けるのを恐れて逃げ回るよりも、勝負の舞台に立てている自分自身を楽しもう!勝負できているスリリングな最高の時間を真剣に全力で楽しもう!好きなことをやれてる今を大切に全身全霊で向き合っていきたいものだ。今、目の前には好きなことに向き合う自分と時間が存在しているのだから。思う存分にやればいいだけのこと。
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2017年06月23日

もがき、あがく、

もがき苦しむ…それ以上に苦しい時間はないだろう。懸命に浮上しようともがく。何とかしようと懸命にあがく。ギリギリの気持ちの中の戦い。もがき、あがくことを諦めた瞬間に一気に沈んでしまう。でも、あがく中で掴めたものは、その後に突き進む大きな原動力になる。踏ん張って踏ん張り抜く。必死にあがき、もがくがどんどんと裏目に出る。やればやるだけ嫌になる。もう!どうでもいいや!と諦めて投げ出したくなるギリギリの所でグッと堪えながら、さらにあがいていく。藁をも掴む思いで。簡単にはいかない。やればやるだけ難しくなるような気もしていく。それでも、あがきもがくことを止めなかった人だけが掴み取れるものが必ずある。苦しみ抜いた者にしか辿り着き見ることができない世界が必ずある。それは諦めずにやり抜いた者にしか与えられない最高の勲章。耐えて耐えてとことんまで耐え抜いてみることも時にはとても大切なこと。中途半端ではなく、徹底的に本気であがきもがけば、必ず本当の答えが見つかるものだ。
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2017年06月22日

自分自身との戦い

『このくらいで充分』から『まだまだもっとやれるはず』まで引き上げるには、並大抵のエネルギーではない。自分が漠然と引いている自己満足を壁を自分が打ち破っていかなくてはいけない。周りと比較しても自分はやっている方だ、そこそこそれなりの成果が出ている、周りはそれなりに評価してくれている…などなど、自己満足を助長させてくれる要素は身の回りに溢れていたりする。そんな中で、まだ!まだ!と自分が自分自身に鞭を打つのはしんどいことだったりする。今のままで充分じゃない?と自分を甘やかしたくなったりすることもあるだろう。満足して止まってしまったら、そこから先の自分自身の進化はない。苦しくても辛くても、まだまだな自分を信じて、まだまだやっていきたいものだ。人間はまだまだこんなもんじゃない!自分自身との戦いに勝ち抜いていこう!
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2017年06月21日

ベストを尽くす

ベストを尽くしてもミスをした時、選手は傷つき消耗する。そこから立ち直るために必要なのは自分がいかにプレーしたのかを冷静に見つめ直すこと。それをせず次のプレーに向き合おうとしても不安に押し潰される。ミスをしたとしても、ベストを尽くしたと信じられることが、その後のプレーの支えになる。自分のベストを尽くしたからと言って、毎回最高の結果を手にできるということはないだろう…ミスをしてただ感情的に落ち込んでいても決して気持ちは前には進んでいってはくれないだろう。自分にできるのは、自分がコントロールしていけることに対して常にベストを尽くしていくだけのこと。そんなプレーを一つ一つ積み上げていきたいものだ。
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2017年06月20日

身軽に!

身軽になって試合しようよ!いっぱい、たくさんのものを背負ってたら、重くて動けないよ。苦しくなって息切れしちゃうよ。下ろせるものは下ろして、身軽に全力を出し切っていこうよ!伸び伸び溌剌と明るくね!試合の前には身軽になってね!大事だって思って背負ってしまってる重荷のせいで、逆に本当に大事なものを見失ってないだろうか?重荷を下ろせばシンプルに見えてくるものがあるのに。スポーツって本当は凄く凄く楽しいし、試合は心が凄くワクワクするものなんだよ。大事なものを見失って、余計なものをいっぱい背負い込んで不安や恐怖、プレッシャーに押し潰されそうになりながら、自分達らしくプレーできないことほど残念なことはない。身軽になろう!できる限り身軽になろう!
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2017年06月19日

心の空

一点の雲もない晴れ渡った青空のような心で物事に臨めれば理想だが…心の中に浮かぶ雲は、実際に空に浮かぶ雲と同じように気にせず放っておけば自然に消えていたり、どこかに流れていく。雲に気を取られて意識しすぎると心は乱されていく。雑念は雲のようなもの。執着せずに流れに任せるのも一つ。雑念なんて雲のように次々に現れ、次々に形を変えて、次々に消えていく。もちろん曇天や雨雲が広がらないような心の状態にはしておかなければならないのは当然だが、まっさらな雲一つない青空のような心なんて人間が生きている上ではそうそうないだろう。雑念なんて消そうとすればするだけ、どんどん気になって仕方なくなる。あー、空に一つ雲が浮かんでるなぁー、くらいに漠然と雑念を捉えているくらいで丁度いい。あって当たり前の雑念。消そう、消そうと躍起になる必要はない。それくらいの感覚を大切にしていきたいものだ。あるに任せる自在な心の空のような状態でいたいものだ。
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2017年06月18日

波を作り出す

波に乗れないような時こそ、個々が平均的なことをやろうとするのではなく、個の持ち味、長所、特技を最大限に生かしたプレーを心がける。チームの一つのパーツとしての意識ではなく、個々の個性的な色合いのパーツの集合体がチームという意識。個を生かし、集団を生かす。これが大切になる。日本的な発想から考えると、集団に合うように自分を変えたり、自分を殺したりという考え方になりやすい。そうなると伸び伸びさが失われて、だんだん個が集団に対して萎縮していってしまう。集団が波に乗れている時は、それが集団的なまとまりに見える。また、波に乗っているから機能しやすい。しかし、波に乗れていない時は、何をしても機能したり裏目裏目に出てしまうので、集団全体が暗くなっていきがちだ。そんな時はどんどん個を輝かせて個の特徴や長所などを思い切り打ち出して個をノリノリにさせていくのも一つの方法だ。その個の波を集団の波へとまとめ上げていく。
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2017年06月17日

あと一歩から

あと一歩…そこで満足するのか、その一歩にこだわり伸ばそうとするのか。その一歩は選手それぞれに何か?は違う。その何か?にこだわる力。その何か?に気づける力。見出だしたその何かを身につけるための継続していく力。それが無ければ永遠にあと一歩の選手で終わってしまう。センスという言葉の先のあと一歩…その何か?を探す探求心があるのかないのか?より高い世界に上がれば上がるだけ、センス溢れると称される集団が形成される。その集団に埋没してしまえば芽が出ずに終わってしまう。しかし、そこから頭一つ抜け出すためには、まさに頭をいかに使っていくのかという世界に入っていく。漠然と練習していたり、心身に意識を払えなかったり…さらには自分のセンスに溺れてしまったり…高い世界になればなるほど生き残りのための、あと一歩の戦いになっていく。あと一歩はだからこそ難しくもあり面白くもある。あと一歩が人生を大きく変えていく可能性を秘めているのだから。
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2017年06月16日

自分自身

戦う前に負けるな!戦ってる途中に負けるな!戦った後に負けるな!途中は相手だが突き詰めれば自分自身、前後は完全に自分自身の中の問題。まだ見えない相手に脅えるな!どんな相手だろうが逃げずに立ち向かえ!敗戦という結果に打ちひしがれるな!究極、弱気という最大の敵は自分の中にいる。その敵に打ち克てるのは他でもない自分自身でしかない。弱気がいつも優勢ではそもそもそこに勝ち目なんてない。弱気な自分を常に凌駕していける自分自身を作り育てていかなくてはいけない。それをできるのも、これまた自分自身。苦しくても辛くても目をそらさずに立ち向かっていこう!一つ一つ!越えていこう!それこそが自分に負けないための一番の近道だろう。自分というのは弱いものでもあり強いものでもある。その比重を日々の中で少しずつでも変化させていけばいい。自分自身を甘やかせた先にあるのは弱気に満ちた自分の姿。自分に厳しく立ち向かった先にあるのは自信溢れる自分の姿。
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2017年06月15日

できるかどうかは…

やるかどうかは自分次第。できるようになるかどうかは指導者次第…ではなく、これもあくまで自分次第。そこを指導者次第だと逃げている時点で、なかなかできるようにはならないし、本気でやるんだというモードに入れていない。人が何とかしてくれるのではなく、自分が何とかしてやる!という覚悟が大切。相性が合わない、教え方が上手くない、指導者として尊敬も納得もできない…など様々な理由を挙げて、できるようにならない自分を肯定していく限りは、自分の理想とする指導者には巡り会えない。そんなことを理由にしている限りは、やはり本人の中でやっているとは思っていても本気ではやれてはいない。できないのは人のせいではなく、あくまでも自分のせいだという責任感をどれだけしっかり持てているのかというのが重要になってくる。やるんだ!という本気と責任を持てば、極端に言えば指導者なんかいなくても自力でできるようにしていけるものだということを胸に刻んでおきたいものだ。
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2017年06月14日

遅咲きでも

早咲きの桜が。花にも早咲きも遅咲きもあるように、人にも個々に花開くタイミングみたいなものがあるのかな。大切なのは蕾の時期。しっかりエネルギーを蓄えてタイミングを待つ。諦めることなく、花を全開にできるようにその準備には念を入れたいもの。蕾を腐らせないように。花開く自分を信じて。焦って無理に花を開かせても中途半端な開花なら輝きは失われてしまう。人間も全く同じだと感じる。周りが開化したからと焦ったり諦めたりせずに、じっくりと準備をしておくこと。遅咲きだって構わない。しっかりと力をつけて自分なりの全開の花を咲かせられるなら。周りに振り回されずに自分に対してしっかりとした意志を持ってタイミングを待つこと。誰もが同じではない。個々の花、個々のタイミングがある。チャンスは機が熟した時にふいに巡ってくる。そのチャンスに開花できる準備だけは決して怠らないこと。
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2017年06月13日

長所?短所?

人の長所と自分の短所を比較して劣等感、無力感、絶望感に苛まれるくらいなら、自分にしかない長所を探してそれを徹底的に磨き上げればいい。これしかないという長所でも、それに徹すればその人にしか出せない持ち味になる。不器用でもいい一つでいい、これは自分の持ち味というものを持てればいい。そもそも言うなら長所も短所もない。あるのは個々の様々な部分というだけ。それを世間や自分自身が長所だ、短所だと決めつけているだけ。長所と短所なんて表裏一体。見方を変えれば長所にも短所にもとれる。思い込まされた決めつけの土俵で比較して優劣なんて決める必要はない。自分をもっと大切にしていけばいい。短所ばかり見て自分自身を否定しながら生きていても楽しくもなんともないし、自信だってなくなっていってしまうだろう。自分はこの世の中に唯一無二の存在として生きているのだから。誰の中にもかけがえのない大切なものがたくさんあるように感じる。自分自身に愛情と笑顔を向けてあげよう。
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2017年06月12日

限界を超えて

どこまで上達できるか?どこまで強くなれるか?どこまで限界を打ち破れるか?全ては今日の自分が自分自身に叩きつける挑戦状。一歩一歩自分に負けずに飽くなき挑戦を続けた者だけが進化した明日の自分に出会える。一気に何事もいかない。自分に打ち克つ地道な積み重ねが未来の輝かしい自分を作り上げる。
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2017年06月11日

無限の可能性

失敗には無限の可能性がある。しかし失敗をそのままにしていたら可能性は秘めたままで終わってしまう。可能性を切り拓き現実のさらなる成功に繋げていけるかどうかは、失敗と仲良くすること。友達になってはいけないけど(笑)失敗にそっぽを向くのではなく真正面なら向き合い語り合わないといけない。失敗を恐れてはいけない。だって仲良しだから。失敗と語り合えば失敗はいっぱい可能性を示唆してくれるんだから。失敗と成功とは隣り合わせなんだから。ほんのちょっとした差でしかない。失敗から目をそらせて自分自身を誤魔化していても何も始まらない。失敗は人生の中で何度も経験する。失敗とさよなら!なんてことは一生ないだろう。だからこそ仲良くした方がいいに決まっている。そうすれば失敗の数だけ可能性も広がっていくんだから。毛嫌いしなければ失敗は経験の先生として自分自身に様々なことを教え気づかせてくれるはずだから。失敗することにビクビクするな。
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2017年06月10日

話す=放す

話す=放す。人は自分の心の中に様々な感情を抱えて生きている。その感情を手放そうとした時に、それを言葉にして話す。一人で抱えていては重くて仕方なくなる。時に信頼できる誰かに話すことで、心の中は放たれ少しだけ軽くなるかもしれない。だから、聞き手もしっかり受け止めていきたいものだ。時に辛くて悲しい時もあるだろう。そんな時に話せば半減するかもしれない。嬉しくて楽しい時は二倍になるかもしれない。想いを言葉に乗せて伝えていくというのは本当に大切なことだと感じる。お互いが話し合えば、それは放し合いになる。お互いの心の中を放し合う。そこには、一人ではない新しい物事の考え方、感じ方が生まれてくるかもしれない。だからこそ、相手が真剣に何かを放そうとして話している時には、自分自身も心を開いて真剣に受け止めて自らも放していきたいと強く思う。そんな話をできる時間は結果としては話して良かったと強く感じられる時間になることだろうと思う。
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2017年06月09日

夢に向かう道

夢は実現できた方がいいに決まってるけど、仮に実現しなくてもそこに向かって費やしてきた本気の時間は絶対に意味を持つ。絶対に無駄にはならないと思う。その時間は自分自身を鍛え磨き上げてくれたはずだから。実現できなかったから無駄という考えは、夢を描くことを放棄させ、挑戦する気持ちを奪っていく。夢ってワクワクする。いくつになってもそんな夢を持っていたいって思う。この年でそんな夢なんて言ってるとアホっぽいですけど(笑)でもいくつになっても、誰に何を言われようが自分の夢は描き続けていきたいと感じる。それが僕にとっては生きている実感になる。そこに向けている情熱が生きていることの熱感になる。自分が人生を通して自分自身を強く実感していたいと感じる。生きてるんだ!と。夢は僕を突き動かす原動力になっている。もちろん、実現するために最大限全力を注ぐが、もっと言えば実現するかしないかより、そこに向かう時間の過ごし方が好きなのだろう。
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2017年06月08日

意味ある練習を

できないことを少しでもできるようにするために練習はするものであって、やったことに満足をするためのものではない。漠然とした意識での練習では、漠然とした結果にしかならない。目的意識をしっかり持って取り組んでいきたい。その一歩として正確に自分自身の実力の分析把握が必要になる。何となく自分はこれくらいの実力かな?くらいの曖昧な実力の判断では、練習でもどこにポイントを置いて取り組めばいいのかが見えてはこないだろう。具体的に道筋の見えてこない練習を繰り返しても、それでは練習のための練習で終わってしまうだろう。やはり練習をするからには上達していくための練習をしていきたいものだ。誰にでも限られた時間しか与えられていないのだから。有効な時間にしていかなくてはならないだろう。
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2017年06月07日

練習の意味

部活の練習時間の長さだが、工夫次第でいくらでも効率的に短縮していけるように感じる。練習時間の長さで競っているのでないなら、ダラダラ無駄に長く練習するより短く集中して心身の疲労を次の日に残さない方がいいように思う。短縮化していく中で、練習の意味や質も考えていける。以前に栄養士さんに聞いた話だが、栄養のあるものを美味しく腹八分の食事がいいらしい。これはそのまま練習にも当てはまるような気がする。満腹にすることを目的にして無駄なものまで無理矢理詰め込んで膨満感にしてしまったら、次の食事は苦痛でしかなくなるし、何せ消化に悪い。やはり大切なのは質の高い練習を生き生きと腹八分というのがいいような気がする。次の練習が苦痛になるのではなく楽しみになるような。そろそろ練習の意味や在り方を考えていかなくてはならない段階に来ていると思う。これはスポーツに限らず何事にも言えると思うが…時間だけ縛ってやらせた感、やった感を感じるのはあまりに非効率的な気がしてならない。
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2017年06月06日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2017年06月05日

いかにやるか

何をやるか以上に、いかにやるかが大切。チームで全員で同じようにやっている練習でも本人の意識や取り組み方で大きな差が生まれてくる。そこにこそ練習の質がある。やっていることの見かけは誰もが同じように見えても、中身は個々の意識で全く違っていたりするものだ。量の積み重ね以上に意識の積み重ねが大切になる。意識は目に見えない。しかし同じように練習している選手達を詳細に観察していると意識はその個々の動きの中に表現されているものだ。質の低い練習は単なる肉体の酷使でしかない。やはりどれだけ自分自身の頭を使って練習に取り組んでいけるかが大きな鍵になっていくことだろう。練習は巧くなっていくためにするものなのだから。
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2017年06月04日

輝きながら

スポーツの場面で輝きを放つ選手がいる。持っている技術もさることながら、誰よりもその競技を愛し、チームを愛する。試合での一瞬一瞬を慈しむように真剣に全力で楽しむ。ここが自分が生きている証であるかのように。技術を超えるものがあることを自分が自分自身に証明するかのように。輝きを増す。勝ったから輝く、上手だから輝くというのではなく、もっと本質的な部分からの沸き上がるような輝き。そんな選手でありチームでありたい。そんな輝きの中で誰かの心に何かを伝えられていけたらいい。
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2017年06月03日

苦しさを乗り越えて

苦しい時こそ、いつも以上に動くようにする。苦しい時にはついつい後先を考えて手を緩めたくなる。もう駄目だと諦めて立ち止まりたくなる。だからこそ、自分が自分自身に鞭を打って動いて動いて動きまくる。グッと歯をくいしばり、まだまだやれる自分自身を信じ抜く。苦しくない時にやれるのは当たり前。真価は苦しい時にこそ試される。動いたことで何かが僅かでも変わるかもしれない。自分自身の気持ちが僅かでも変化するかもしれない。苦しい時こそ、折れそうになる自分を奮い立たせていこう。動くのをやめなければ必ずその先に何らかの光明が見出だしていけるだろう。
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2017年06月02日

冷静に検討

ダメだから試合に使わない!もっと練習して力をつけてこい!と言われても、選手は時に、何がどう悪いのか?何をどのように練習していけばいいのか?を解らない場合が多い。方向性や道筋の解らない檄は、時に選手を余計に迷走させてしまうことになる。冷静で具体的な指示が大切な場合もあるだろう。選手本人が指導者の求める意図を明確に理解していない、もっともっとの練習は場合によっては徒労に終わってしまうこともある。指導者自身も時に何となくダメだ、よく分からないけど練習が足りないんじゃないかという漠然とした感覚で檄を飛ばしてしまうこともあるだろう。指導者も選手も共に一緒に冷静に課題を検討していくことが大切なように感じる。
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2017年06月01日

変わる!

変わる必要性を強く感じたら、そこから変えていけばいい。変えることは崩壊ではなく新たな構築。過去の否定ではなく未来の自分への肯定。変わる不安より変わるワクワク感を大切に。変わらないことに執着するよりも、変わることに柔軟になる。自分は変わるんだ!と決断した瞬間から人は変わっていける。変わることは苦しさもともなうかもしれないが、大きな楽しみでもある。変わることは違和感をともなうかもしれないが、とても気持ちいいことでもある。変わることへの扉を頑なに閉じているよりも、パーンと扉を開け放って新たな自分への道を歩き始めてみたらいい。新鮮な気持ちで、その道の先にいる大きく変わった未来の自分に出会うのを熱望しながら。今までこうだったではなく、これからはこうなんだ!と自分自身に言い聞かせながら進んでいけばそれでいい。
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