2017年07月31日

あっ!という間

過ぎ去れば、あっ!という間に感じる時間も一日、一日はもがきながら生きて長く感じることだろう。そんな日々のもがきが過ぎてみると自分の力や強さになっていたりする。ふと、振り返った時に懸命の時間を生きてきたなぁ、と感じられるのが幸せなのかもしれない。時間密度と時間の熱感を大切に。人生には大切な時間だと思う。そつなくスイスイ生きるのもいいが、やはりもがき苦しんだことは振り返るとやはり大きな力になっていたりする。人生の中にどのような時間を刻み込んでいくのかはまさしくその人次第。きっと人生なんて最期の瞬間にも、人生はあっ!という間だったなぁ…と感じるのではないかと思う。自分は人生を通して自分を進化させてこれたなぁ…と感じられたら幸せではないかと思ったりもする。
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2017年07月30日

徹底的に任せ切る

任せると決めたなら、中途半端に口出しせずに任せ切る。任せたら、自分の目を信じて任せた相手を信じて口出ししたくても我慢する。相手の力が思い通り発揮できる環境だけは整えてあげる。任せるというのは同時に育てるということでもある。中途半端な任せ方は逆に相手を潰してしまうことになりやすい。責任感。任せた相手には自己責任を持って遂行してもらわなくてはいけない。あれこれ口出しをするということは相手が自分の責任感を見失うことでもあるし、同時に相手が自分に対して依存させていくことにもなる。任せ切るというのは突き放すということではない。求められればアドバイスやフォローもいとわない。ただし求められれば…主体は任せた時点から自分ではなくなり任せた相手に変わるのだから。だからこそ、任せるには覚悟が必要になる。
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2017年07月29日

言葉の限界

コミュニケーションで大切なのは、単に言葉をやり取りすることではなく、お互いがお互いに関心を持ち、相手に何かを伝えたい、相手の何かを知りたいという想いの強さだ。言葉はそれを繋ぐ一つの道具でしかない。言葉の巧みさがコミュニケーションの巧さではない。コミュニケーションは心でするものだ。人間には非言語的なコミュニケーションがある。それを昔から察するという表現をする。何の言葉がなくても相手の心のうちを感じ取っていく力だ。相手に対して何の興味関心もなければ、いくら無数を言葉を並べ立てて話をしてみても、何一つ相手の心には届かなかったりもするということだ。それは相手が聴く気がないからいけないと相手を責めるのではなく、自分が逆に相手に対して興味関心をしっかりと持てているのかを問い直してみることが大切になる。言葉がなくても理解し合える、言葉を尽くしても理解し合えない。それはある意味で言葉の持つ限界を示しているとも言えるだろう。
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2017年07月28日

人に

人に何かを期待するよりも、人のために何ができるのかを考えることができる自分に期待していく。見返りを期待するのではなく、誰かの力になれた自分自身に喜びを感じていく。人の幸せというのは、自分という小さな存在が、誰かに必要とされることなのかもしれない。誰かの喜びや笑顔や感動を自分自身の喜びに感じられる心。誰かの心の痛みや辛さを自分自身のことのように感じられる心。
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2017年07月27日

将来への階段

過去しか見ない人もあれば、将来を見据える人もある。過去ばかり見て将来にも悲観するのか…将来を見据えられる人は現状の問題点と将来に向けての具体的な解決案を持っている。過去しか見えない人は過去の呪縛に縛られて過去から何も学べてはいない。人は将来への階段を上がらなくてはいけない。
過去の時間は取り戻せないが、将来への階段は自分が引いていける。過去に足踏みしていても先には一歩も進んではいけない。適切な階段を引いていくためには問題発見力と問題解決力が求められる。冷静な頭脳と前に進んでいこうとする前向きな情熱とがなければならない。過去に縛られて過去に振り回されていては明確な将来を築いていくのは難しくなる。やればできる、やらなければできない。過去から将来を切り拓くのは他でもない自分自身。
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2017年07月26日

バランス感覚

人は一人では生きてはいけない。でもだからといって人に気ばかり遣って生きていれば自分らしい生き方をしていけない。人間社会を生きる上で最低限の約束事さえ守っていれば、あとは自分らしく生きていけば、それが個性というものだろう。一人で自分勝手にというのも違うし、無理して何もかも周りに合わせようというのも違う気がする。その辺りの絶妙のバランス感覚が大切になるような気がする。
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2017年07月25日

恐れずに

そもそも負けてもいい、ミスしてもいいなんて気持ちで試合に臨む選手はいない。誰もが何とかして勝ちたいと全力を尽くす。同じレベル同士の戦いにおいてはそれでも負けてしまうことは多い。それくらい勝つというのは難しいこと。だからこそ勝った時の喜びも人一倍。負けることを恐れずに戦おう。負けることにビクビクして萎縮して力を出し切れずに負けることほど悔しいことはないだろう。その場でできるのは、自分の持てる力を全て出し切ることだけ。出し切って負けたのであれば、次に向けて自分の実力を高めていけばいいだけのこと。痺れるような戦いをできる自分自身を味わい楽しみ切る。その結果としての勝ち負けがあるだけのこと。目の前の一つ一つのプレーに自分のベストを積み上げていけばいい。
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2017年07月24日

満足な練習…??

練習を深くやればやるだけ自分に足りない部分がどんどん見つかっていく。どこまで行ってもゴールはない。満足いく練習なんてないのかもしれない。足りないからこそ、また次の日も新たな課題を持って取り組んでいける。できるようになったプラスの面には納得できても、満足とは違うような気がする。やればやり込むだけ満足からはどんどん離れていくように感じる。納得の積み重ねはあっても、満足は競技を続ける限り永遠にないのかもしれない。満足を感じた時点で終わりかもしれない。次の日からもうやるべき課題がなくなっているのだから。練習のための練習をして満足、たくさんの量をやったから満足…これでは練習が何のためのものなのか分からなくなる。できないことを一歩でも近づいてできるようになっていくためにこそ練習はあるのだから。その意識を常に忘れてはいけないように思う。何かはできても、人間はまだまだできないことは山のようにあるのだから。果てしない旅は続いていく。
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2017年07月23日

若い頃は…

若い頃なんて、転びそうになるくらい前のめりに進んでみるのもいい。転ぶ痛さよりも、前に突き進む感覚を大切にできたらいい。転んで痛みを知ってもさらに前のめりで進んでいく。転んだ痛みにも本当は耐えられるし、立ち上がり前に進む力が若さにはある。慎重にいくのは年を重ねてからでも充分かも…若いうちから失敗を恐れてビクビクして生きるのではなく、どんどんあらゆることに挑戦をしてほしいと思う。無茶するなよ、と言われるくらいにガツガツ進んでも面白い。小さくまとまる必要なんかない、それこそ若いうちは七転び八起きでいい。自分自身を大きくしていくためにも。
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2017年07月22日

まだまだ、もっと上手く

もうこれでいいや…と思った時に全ては終わる。好きなことなら、常にまだまだ!常にもっともっと全てにおいて上手くなりたいという気持ちを持ち続けること。上限を自分から作らなくていい。やれるところまで全力でやればいい。上手くなりたい気持ちがある以上は人はまだまだ伸びていけるはずだ。もうこれでいいや…で、全てに満足した瞬間から好きな気持ちは、マンネリ化した飽き飽きした気持ちに変わっていくだろう。ここまで来た自分自身は誉めてあげる。でも満足はしない。ここまで来れたんなら、まだまだいけるはず!常に上を求めていく生き方を積み重ねていきたいものだ。未知なる自分へ繋がる旅。旅を止めれば出逢えるであろう自分にも出逢えずに終わってしまう。人生は飽くなき挑戦の日々。そんな生き方をしていければ輝きある人生を送れるように感じる。まだまだ上手くなりたい、もっともっと上手くなりたい。そんな想いを忘れることなく持ち続けていたいと思う。
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2017年07月21日

大切な時間

当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。こんな風にして二度としない行為や二度と足を踏み入れない場所がいつの間にか自分の人生の後ろに積み重なっていく。何気ない風景がある日を境に切り取られてしまう。一時期とても親しくいつも一緒にいた仲間達が今はもう同じ場所にいない。いつも同じ場所で共に汗を流し笑い、そして涙した大切な仲間達。それはとても奇妙な感覚かもしれない。戻りたくても、戻したくても決して戻ってはこない時間…
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2017年07月20日

遅咲きでも

花にも早咲きも遅咲きもあるように、人にも個々に花開くタイミングみたいなものがあるのかな。大切なのは蕾の時期。しっかりエネルギーを蓄えてタイミングを待つ。諦めることなく、花を全開にできるようにその準備には念を入れたいもの。蕾を腐らせないように。花開く自分を信じて。焦って無理に花を開かせても中途半端な開花なら輝きは失われてしまう。人間も全く同じだと感じる。周りが開化したからと焦ったり諦めたりせずに、じっくりと準備をしておくこと。遅咲きだって構わない。しっかりと力をつけて自分なりの全開の花を咲かせられるなら。周りに振り回されずに自分に対してしっかりとした意志を持ってタイミングを待つこと。誰もが同じではない。個々の花、個々のタイミングがある。チャンスは機が熟した時にふいに巡ってくる。そのチャンスに開花できる準備だけは決して怠らないこと。
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2017年07月19日

悔しさと付き合う

負けて悔しいのは誰でもそう。負けてその悔しい想いを持続していけるだろうか?負けて本当に正確に敗因を分析できているだろうか?負けて次に向かうための課題や道筋が明確に見えているだろうか?負けた悔しさをプラスのエネルギーに変えて前に進む原動力にできてるだろうか?悔しいだけなら誰でも悔しい。悔しいなんて当たり前。悔しさをどう生かしていけるのかを口先だけではなく、心底から刻み込んで行動に移してこそそれは生かされていく。その時だけ流す悔し涙なんて、案外少し時間が過ぎればすっかり薄れてしまう。まさしく喉元過ぎれば熱さ忘れるという諺通りだろう。悔しさをバネにするためには、やはり悔しさと上手に付き合っていかなくてはならないだろう。
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2017年07月18日

熱い夏

悔し涙…最後の夏の熱戦を繰り広げた後の涙。今は何も考えられないかもしれない…しかし、三年間かけてきた情熱や描いた夢は決して色褪せないだろう。何年経っても暑い夏を迎えた時に、ふと熱い想いが甦る。遠い日の打球音、仲間達の大声が心の中で聞こえる。二度と戻れない夏。人生で一番熱かった夏。何故にあんなに夢中に懸命になれたのか…苦しくて辛い思いもさんざんしてきただろう。それでも大きな夢を胸に抱いて貫いた三年間。今は気づかないかもしれないが、後になってこの三年間が、共に過ごした仲間が、そして抱いた熱い想いがいかにかけがえのない人生の時間だったかがじわじわと分かってくる日が来ることだろう。
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2017年07月17日

誇り

見栄や賛美な評価とか関係なく、自分自身、そして自分のやっていること自体に誇りを持てる生き方をできると幸せなことだろう。自分に誇りを持ちながら、他人に対しても優しさや思いやりや尊厳を持てる生き方。自分に誇りを持てるためには、自分が自分に負けない生き方をしといかなくてはならない。いくら外面を見せかけて周りから賛辞を受けようが、自分が自分を認められなければ本当の誇りは持てないような気がする。自分の見栄や外聞を満たすために他人を利用したり、排除したり、犠牲にしたりして平気な顔をして生きていても、それは心の幸せはないような気がする。自分の苦しみを真っ直ぐに乗り越えて、その乗り越えた強さを他人への思いやりや優しさにして生きていきたいと感じる。
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2017年07月16日

堅実さ

華やかな好プレーよりも、地味でも確実なプレーを堅実に積み上げていけるチームは強い。さらに言えば、好プレーは確実なプレーの延長戦上にある。偶然の奇跡に期待するのではなく、必然の自分に与えられた役割、プレーを堅実にやれるチームには安定した強さがある。安定した強さ。できることをしっかり出し切り、堅実なものを積み重ねていく強さ。好プレーそのものを鍛えていくことはできないが、確実なプレーは鍛えていくことができる。偶然を待つだけではなく、必然を当たり前のように必然にしていく強さ。そんなチームになっていければ安定した戦いを続けていけるような気がする。
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2017年07月15日

一体感

点を取られてもいいなんて選手もいなければ、点を取れなくていいなんて選手もいない。試合に出るのに適当に準備をしている選手もいない。ましてや適当にプレーする選手もいない。誰もがチームの勝利のために懸命にプレーしている。誰かを責めるのではなく、誰かを助けるために力を合わせ一体になる。誰かを責めて、誰かに責任を押しつけてチームは勝利はできない。点を取れないなら、何とか点を取られないように踏ん張ればいい。点を取られたなら、何とかそれ以上に点を取ろうとすればいい。最後の最後まで。それでも思い通りにいかないのがスポーツであり、人生だろう。誰かを責めたり責任転嫁して自分だけを肯定するようなスポーツや人生を送りたくはない。勝利はみんなのために、みんなで手にするものだから。
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2017年07月14日

一踏ん張りと一手間

まっ!いっか…この手抜きが、妥協が、諦めが、後の後悔に繋がる。ほんの一手間を大切にしていけるかどうか。後一踏ん張りできるかどうか。周りは気づかないかもしれない。自分自身の中での戦い。ほんのちょっとも積み重なると大きい。後で後悔の涙を流すくらいなら、今この時に全力で汗を流した方がいいだろう。人間は弱いものだからついつい、そこそこで、まっ!いっか!と自分が自分自身に甘くなったりしてしまいがちだ。周りがもう充分じゃない?と言えば、周りもそう言ってるし、まっ!いっか!と流されてもしまいがちだ。ある程度から先のあと一歩。これは簡単そうでありながらとても難しいように感じる。常に自分が自分自身に、自分はまだまだやれることはあるんじゃない?と厳しく自問自答を繰り返していかなくてはいけない。最後のギリギリまで一踏ん張りして、一手間を惜しまずに取り組んでいくこと。これをやれるかどうかで後々の成果は大きく違ってくるように感じる。やり抜くとはそういうことなのではないだろうか。
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2017年07月13日

前を向いて

溢れる涙を無理に我慢することはない。ただ、流した涙以上に汗を流していくこと。今の悔しさを喜びに変えていくために。立ち止まりたい時は、しばし無理して進むこともない。ただしエネルギーを蓄積しておくこと。今の悔しさを大爆発させていくために。時が流れ、あの時があったから今の自分があると胸を張れるように。今悔しい思いをしたのなら、それをこれから先に活かしていかなくてはいけない。涙を流してもいいが流し続けた所で何も解決はしない。立ち止まってもいいが、そのまま立ちつくしていても何も始まらない。今は次に向かうための大切でかけがえのない貴重な時間。無駄にしてしまっては意味がない。いつも自分に鞭を打ち続ける必要はない。人間だから時に感情抑えきれない時もあるだろうし、エネルギーが消耗してしまうこともあるだろう。ただ、同時に視線だけは常に先を未来を見据えていたいものだ。そうしていればそのまま流されてしまうことはないだろう。
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2017年07月12日

希望の光

どんなに絶望的な状況にあっても希望の光を失ってはいけない。希望の光は外にあるのではなく、自分自身の内にある。もう全てダメだ…と考えた瞬間に光は消えてしまう。何とかしていける!と考えて諦めない限りは僅かな光であっても輝いて見える。光を眺めているのではなく、光に一歩ずつでも意志して歩み寄っていこうとする姿勢を大切にすること。希望の光を外に求めている限りは他力本願。本当に自分を何とかしていけるのは自分一人でしかない。その自分が自分の心を真っ暗闇にしてしまったら先に何の希望も見えなくなってしまう。僅かな光でもいい、絶対に自らが吹き消すような真似はやめよう。僅かな光が灯っているから安心して何の行動も起こさないでいると希望の光はしばらくしたら消えてしまう。見えているうちにどんどん近づいていくことが大切になる。絶望の状態を打ち破っていけるのは自分の心と行動力に他ならない。諦めないというのは自分が思う以上に大事なこと。
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2017年07月11日

やるべきベストを尽くす

日によって技術面の調子が変わる。これは体調と同じで変化する。大切なのは今日は調子が悪いと、投げやりになったり、焦ったりするのではなく、その日の調子のベストを出そうとすること。悪い、悪いと言っているとその日のベストさえ出せずに終わってしまう。今の自分ができる最大限のことをやろう!!いくら普段から繰り返し繰り返し練習していても、どうしても調子の波は出てくる。調子が良ければ良くて、悪ければ悪いではどうしようもない。悪い中で悪いなりのベストを尽くしていると、それで少しずつ波に乗って調子も上がっていくということがあったりもする。悪いから駄目なんだと自分が自分自身に言い訳をして気持ちを切らせてしまったら、それこそ終わってしまう。そんなことのないようにいかなる状況、調子でも自分が自分の力を出し切っていく習慣を身につけていけるように個々が意識して取り組んでいくことがとても大切なことになっていくだろう。
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2017年07月10日

結果論では語れない

スポーツも人生もそうだが常に未来の展開は予想がつかない。結果論でああだこうだとはいくらでも言えるし言っても仕方ないこと。その都度、自分が精一杯考えて出した選択を受け止めていくしかない。結果がどうあれ。だからこそ余計に過程における選択だけは後悔しないように覚悟を決めて決断をしたいものだ。結果ばかりを見ていると、ついつい選択に迷ったり、決断が鈍ったりしてしまいがちだ。結果はあくまで、その都度、その都度の状況での選択の積み重ねでしかない。その状況の中で自分自身を信じて選んだ選択ならば、例え悪い結果になっても静かに耐えて受け止めていく。その強さがなければ本当の意味での自分が信じる選択はしてはいけないだろう。結果論では絶対に語りたくはない。そんなゴールから辿っていけばいくらでもああだ、こうだは言えるのだから。先の分からない未来に対して責任ある選択を自信を持ってしたのならいいではないか、と思う。どんな時にも自分は批評家にはならないようにしたいと思う。
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2017年07月09日

人生を生きる

人生は誰かが生きるのではなく、生きるのは自分自身。人生は誰かが作ってくれるのではなく、作るのも自分自身。何もせずにただ待っていても何も変わらない。受け身ではなく、どんどん自らの手で切り拓いていきたい。良いことないな…楽しいことないな…ではなく自らの手で良くし楽しくしていくこと。人生には確かに運不運もあるだろう。でも、ただ運のせいにしたくはない。運さえ自らの手で引き寄せてくるくらいの生き方をしていきたいものだ。自分の人生の主役は誰でも自分自身であるはずだ。主役であるということは主体であり、主体が動かない限りは周りもどうしようもないはずだ。それを運のせい、周りのせいにして愚痴をこぼしながら生きていくのは本当に嫌だなと感じる。自分の人生を何か任せ、誰か任せにするくらいなら、自分が全ての責任を背負って自分の力で全力で切り拓いていけるようでありたいと思う。誰か任せの恨み節な人生には絶対にしたくはない。自分の人生を真摯に生きるとはそういうことなんだろうと思う。
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雰囲気

練習をしたくなる雰囲気、自主的に動きたくなる雰囲気、競技を好きになれる雰囲気…雰囲気とは非常に曖昧だが、その雰囲気をいかに作り上げていけるかは重要。怒声や懲罰で動かすことは簡単。雰囲気作りは難しいが、素晴らしい雰囲気の中では選手は言われなくても自ら率先して動きたくなるだろう。雰囲気とは空気感でありながら生き物のようなもの。常に雰囲気は変化していく。その雰囲気を上手にコントロールしていけるかどうか。雰囲気は何で作られるのか?それはその集合体を構成する個々の心理によって作り上げられていく。特に指導的立場、リーダー的立場の人間の心理や考え方が大きく反映されていく。その分だけ雰囲気を大きく動かしていくこともできるのだ。雰囲気はまた料理をするようなもの。ほんのちょっとの匙加減によって雰囲気も良くなったり悪くなったりしてしまう。この辺りは人間の妙のようなものをどれだけ知り感知していけるのかにも大きく関わってくるだろう。
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2017年07月07日

夏が来る。甲子園球場は夢の舞台。多くの球児が地方球場で引退していく。でも胸を張っていい。その球場もまた夢の舞台。三年間本気で打ち込んできた野球に誇りを持てれば地方球場も自分を輝かせてくれる大切な場所。球場の土に三年間の想いを刻み込んで。だからこそ、思う存分に溌剌とプレー!!青空、蒸せる土の臭い、打球音、全ては年月を経たら、かけがえのない記憶として刻まれているから。仲間の笑顔、泣き顔、大声、それは大切な思い出として刻まれるから。自分達の三年間を恐れずに全力を出し切っていこう!そう!球場は何も怖い場所じゃない!大好きな野球を思う存分にやれる場所!大事にしてきた野球を真剣に楽しめる場所!
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2017年07月06日

未来の自分に

昔、結果が出ず負けてしまったから、これから先も同じかと言ったらそうではない。未来は自分が作るもの。昔の積み重ねが今の自分を作っているのなら、今の自分が昔からの自分を打ち破って新たな自分を作り上げていく。それが未来の自分を作ることになる。人は本気で変わると決意すれば変われる。変われるかなぁ、変われたらいいなぁ、変わりたいなぁ、では変われない。過去を引きずって所詮自分はこんなもんだ…なんて思っていては今を生きる自分も過去の亡霊を背負い、そんな今を生きている自分がどんどん亡霊を大きくしていってしまうだろう。変わる!変える!という強い意志を持ち覚悟を決めてこそ今の自分が過去の自分と決別して、未来の望む自分に向けて新たな一歩を踏み出していかなくてはいけない。意志なき所に未来なし。誰かが、あるいは運命が自分を作ってくれるのではない。自分を作り上げていけるのは他でもない自分自身なんだという自覚を持って生きていきたいものだ。
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2017年07月05日

伝統との付き合い

伝統を大切にすることと、伝統に縛られることとは別の問題。過去にこだわって変化を拒絶していると、弊害ばかりが際立って時代から取り残されていく。伝統を守るために大切なのは、まさしく温故知新。伝統の本質は大切にしながらも時代に合わせて伝統も進化していかなくてはいけないだろう。伝統は重いものだが、過去にだけ縛られてしまうとその重さに押し潰されてしまいかねない。常にブラッシュアップして余計なものは削ぎ落としたり磨き上げたりしていかなくてはいけない。
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2017年07月04日

夢に向かう道

夢は実現できた方がいいに決まってるけど、仮に実現しなくてもそこに向かって費やしてきた本気の時間は絶対に意味を持つ。絶対に無駄にはならないと思う。その時間は自分自身を鍛え磨き上げてくれたはずだから。実現できなかったから無駄という考えは、夢を描くことを放棄させ、挑戦する気持ちを奪っていく。夢ってワクワクする。いくつになってもそんな夢を持っていたいって思う。この年でそんな夢なんて言ってるとアホっぽいですけど(笑)でもいくつになっても、誰に何を言われようが自分の夢は描き続けていきたいと感じる。それが僕にとっては生きている実感になる。そこに向けている情熱が生きていることの熱感になる。自分が人生を通して自分自身を強く実感していたいと感じる。生きてるんだ!と。夢は僕を突き動かす原動力になっている。もちろん、実現するために最大限全力を注ぐが、もっと言えば実現するかしないかより、そこに向かう時間の過ごし方が好きなのだろう。
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2017年07月03日

限界と可能性

できないことを限界と捉えるか、可能性と捉えるかで大きく違ってくる。そこで問われるのが自信。できないことをできるようにしていける自分自身をどこまで信じ切れるか。自分を信じる力こそ自分自身の未開拓な伸びシロを開拓してくれる。諦めるか信じ抜くか選ぶのは自分自身。これまでにもできなかったから、これから先もできないのか?これまではできなかったけど、これから先にできるようになるのか?できないからは何も生まれてはこない。可能性という伸びシロを伸ばしていかなくてはもったいなく終わってしまう。そんな自分自身こそ残念だ。自分に負けないように挑戦をしていきたいものだ。
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2017年07月02日

できないことを…

できないことがあるのを嘆く選手がいるが、できないことはその選手の伸びシロ。マイナスに捉えずにプラスに捉えていきたい。できないと嘆き、諦めてやろうとしないことこそが本当の意味で嘆くべきこと。まだできないことがあるからこそ練習に意味が生まれ、自分自身の上達にも期待を持てるのだから。そもそも簡単にできてしまうようなことには何の面白味もないだろう。簡単にできてしまうなら練習なんて全く必要でなくなる。難しいから面白い。難しいからなかなかできない。それをできるようにしていくのが練習だ。そんな気持ちがあれば、できなかったことが小さいことであってもできるようになることに楽しみや喜びを感じられることだろう。できないことがあるからこそ、人間はできるようになってみたいと思えるのだから。決してそれは悲観すべきことでは何もない。できないことがあるからこそ、人間はその何かをやり続けていくことができるのだから。大いに楽しんで挑んでいってほしい。
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2017年07月01日

大人の挑戦

子どもの頃は七転び八起き。失敗を恐れず立ち向かい、失敗してもすぐに挑戦する。悔し涙を流しながらもひたむきに立ち向かっていく。失敗する怖さより、成功する喜びが勝っている。というより、失敗なんて恐れてなかったはず。そんな子どもの頃の思いをいくつになっても大切にしていたい。大人になるというのは怖さを知ることだとよく言われるが…怖さばかりが先立ち身動き一つ取れなくなるような寂しい大人にはなりたくはないと感じる。子どもの頃のように失敗しようが次にまた平然と挑んでいけるような大人でいたいと思う。これは意識しておかなければ日常での様々な失敗から人はどんどん小さくなっていってしまう。身体ばかり大きくなるが、心はどんどん小さくなっていってしまう。それでは大人になることはつまらないことではないだろうか。大人になった今こそ、どんどん挑戦していけるのだから。
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