2018年01月31日

時間の有益性

お金があったら何でもできるなんていうけど、失った時間を取り戻すことはできない。どんなお金持ちでも若い頃に戻るのは不可能だ。その点、時間さえ無限になったら何でもできる。人間が文明を築けたのも、お金の力以上に長い悠久の時間の力だ。しかし人間の持つ時間には限りがある。しかも同じ時間でも若い頃の一時間と老人の一時間では価値や意味合いは大きく変わってくる。この世の中で時間は最も価値のあるもののように感じる。お金は使えばなくなるが、時間を有益に使えば使うだけそこから生まれる価値も大きく増えていくのだから。
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2018年01月30日

意識を大切に

仮に練習の開始にあたり、グランドに何時に集合という約束事がなかったとしたら、いつグランドに足を運ぶだろう?遅刻は論外として、開始ギリギリに行くのか、早めに行くのか。早めに行ったとして、仲間達とベラベラ話しているのか、黙々と練習前の心身の準備をするのか。その意識の差は大きい。確かに遅刻はしなければ約束事自体は守れてはいるが、それは決められたことを守っているだけで、自分の中に練習に対する特別な意識は感じられない。練習時間を最大限に生かそうという意識があれば練習の前から自然にそんな姿勢が表れるはずだ。いつ?、何をするか?どのようにするか?をいつも意識の中に留めておきたいものだ。
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2018年01月29日

基本

地味な練習はつまらなく感じる選手は多い。でもその地味なことが何より大切だったりする。地味なことを飽きることなく地道に積み上げていく。そこに基本は作られていく。そのためにも地味な練習をする真の意味を理解しておかなくてはいけない。意味を見出だせていない地道なことは三日坊主に終わる。誰もが面白い練習をしたいし、やった!感を持てる練習をしたいと思うだろう。しかし、それでは満足感を得るためだけの練習になってしまう。地味なことを丁寧に地道に続けていくことほど難しいことはない。基本は大事なんて誰もが口にするが、基本ほど本当の意味で習得するのは難しい。
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2018年01月28日

気持ちの整理

学生時代は、ほんのちょっとした出来事や心配事やトラブルでも気持ちを大きく揺さぶるものだ。それが練習のモチベーションにも影響を与えてしまう。だからこそ練習前の時間は大切。問題の解決まではすぐにはできなくても、できるだけ気持ちを落ち着けたり整理するようにしていきたい。モヤモヤが最大の状態で練習に入ってしまうと、練習に集中できないので練習効率が悪いだけではなく、下手をすると怪我をしてしまう恐れがある。同じモヤモヤでも少しでも整理しておけば軽くなるかもしれない。そんな意味でもどういう気持ちで練習に日々入っていくかはとても重要になってくる。
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2018年01月27日

職人気質を

どこの料理職人が自分の大切にしている包丁を弟子に研がせるか…自分の持ち場を弟子に片付けさせるか…選手も同じ。自分の道具は自分が念入りに整え、自分のグランドは自分が率先して丹念に整備する。何かあっても自己責任。選手はプレーをする職人。最高のプレーをする環境は自分が整えて準備する意識が大切。やらされるからやるのでも、やらなければいけないからやるのでも、やるように教わってきたからやるでもない。大切にしている物だし場所だからこそ、やりたいからやる!!これなんだと思う。職人としての自分自身が輝きたいからこそやる。選手はもっと自分自身が職人である意識を高めていきたいものだ。
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2018年01月26日

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どこの料理職人が自分の大切にしている包丁を弟子に研がせるか…自分の持ち場を弟子に片付けさせるか…選手も同じ。自分の道具は自分が念入りに整え、自分のグランドは自分が率先して丹念に整備する。何かあっても自己責任。選手はプレーをする職人。最高のプレーをする環境は自分が整えて準備する意識が大切。やらされるからやるのでも、やらなければいけないからやるのでも、やるように教わってきたからやるでもない。大切にしている物だし場所だからこそ、やりたいからやる!!これなんだと思う。職人としての自分自身が輝きたいからこそやる。選手はもっと自分自身が職人である意識を高めていきたいものだ。
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誇りを胸に

誰よりも試合に出たいだろう…でも例え試合に出れなくても、誰よりも早くグランドに来て、いつも誰かの練習の手伝いをして、誰よりも大きく元気な声を出して盛り上げる。試合は一人ではできない。自分の役割を見出だして、全力を注ぐ。試合に出れなくても競技を愛し仲間を愛する。誇れることだと思う。もちろん、試合に出ることを諦めた訳ではない。誰よりもその想いは強いだろう。だからこそ、常にどんな事に対して全力を出し切っていく。ふて腐れる訳ではなく前向きに取り組んでいける。それでも最後までその夢は叶わないかもしれない……それでも、君は胸を張って愛する競技を愛する仲間と共に全力で全うしたという誇りが胸に刻まれていくことだろう。
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2018年01月25日

声を出す

声出しは大切。でも、どんな言葉の声出しをしているかはもっと大切。さらには何のために声を出すのかを理解しているかどうかは重要。声を出せと言われるから出したり、型通りの言葉を口にしたり…声出しは自分のためであり、仲間のため。適切な意味のある言葉になっているのか?自分や仲間を勇気づける言葉になっているのか?言葉に心が込められているのか?しっかりと明確な指示を伝える言葉になっているのか?チームの一人一人がしっかりと考えていかなくてはならない課題だろう。声出しは何よりも大切なコミュニケーションでもあるのだから。
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2018年01月24日

無限の

「スカイ・イズ・ザ・リミット」素敵な言葉だなぁ!空が限界。つまりはどこまで突き進んでも限界はない。空を見上げて、雲が浮かぶ場所が空だと思っていても、飛行機で雲の上にいけば、その上には更なる空が広がる。ロケットでさらにその先まで行こうが、さらなる無限の空間が広がる。その場所に行かなければ見えないし、知ることもできない世界。終わりのない世界。競技を続けていく中で、選手である限りは、その競技を終えるその瞬間まで、スカイ・ イズ ・ ザ・ リミットなのだろう。さらには人生すら人間である限りはその生を終える瞬間までそうなのだろう。そう考えると、どこまでも終わることのない世界を有限な時間の中で行けるところまで、とことん行ってやろう!!というワクワク感が湧き上がってくる。
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2018年01月23日

青春の日々

部活って何で、こうも一日一日の練習時間は長いのに過ぎてしまうとあっ!という間に感じるのだろう。毎日早く引退したいと思うのに、引退すると寂しくなるのだろう。その時々は打ちのめされるくらい辛かった経験がいつしか笑い話に変わるのだろう。やっぱり、それが紛れもなく充実した時間だったから。部活をやっている時には、ムカムカしていた監督も、時が経ってみると感謝に変わる。イヤイヤしていた練習も懐かしさに変わる。クヨクヨしていた失敗も笑いに変わる。ドキドキした試合もガックリした敗戦も青春の1ページに変わる。取り戻せない時。全てはやがてかけがえのない青春の思い出に。将来、社会人になって部活の仲間達と飲む時に。練習が厳しかった程、お酒が美味しい。ミスしたことや怒られたことは美味しいつまみになる。怖かった監督や先輩は笑いのネタになる。試合の内容なんてみんな記憶が違い。でも…でも…酔うほどにみんなで過ごしたあの頃にたまらなく戻りたくなる。
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2018年01月22日

練習を

上達したければ練習は大切。でも何となく練習してるのか、意識を高く練習しているのか?自分では考えて練習してるつもりでも、自分の中だけの狭い範囲で考えているのか、たくさん学び、自分の枠を広げた上で考えているのか?学んだことをただ実践するのか、自分の中で何かの気づきを得て実践するのか?気づきをそのままやり過ごしてしまうのか、それを自分の中での新たな課題にまで発展させられるのか?課題に対して三日坊主で飽きてしまうのか、できるようになるまで地道にやり続けていけるのか?確かに練習は大切だ。でも、それ以上に大切なのはいかに練習に取り組んでいけるかだろう。今の練習をやって満足しているのか、練習をすればするだけより高みを求めた練習を追究していけるのか??
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2018年01月21日

スローガン

@無理しない(怪我などの防止)A無駄はしない(練習の効率化を追究していく)B無知にならない(学びの姿勢を大切にしていく)C無責任なことはしない(チームワークの強化)D無気力な時を過ごさない(モチベーションを高く)E無礼はしない(感謝と礼儀を大切に)F無関心にならない(何事に対してもしっかりと好奇心を持って取り組んでいく)G無難に終わらせない(常に挑戦者の気持ちを忘れずに果敢に挑戦していく)H無情にならない(選手である前に人間としての情を失わないようにする)I無茶はしない(どんな状況下にあっても冷静な分析、冷静な判断、冷静な思考力を大切にしていく)
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2018年01月20日

練習の目的

上達することが練習の目的であって、苦しむことが練習の目的ではない。苦しんだからイコール上達するという訳ではない。だからこそ、上達するための練習をしなくてはいけない。そんな練習なら練習過程で苦しんでも結果上達することで、苦しさも報われる。報われないただの苦しみの連続ではモチベーションが持続しない。苦しさを乗り越えた先にある大きな喜びや感動があるからこそ、その苦しさにも立ち向かっていける。練習は理にかなった上達するためのものにできるように練習をすること以上に、練習を熟考することがとても重要だ。習慣化しているだけの練習を見つめ直してみることが大切になる。
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2018年01月19日

思考力と感受性

本や人の話などもそうだが、頭で考えて読み取るものもあるし、心で感じて読み取るものもある。思考力と感受性。このどちらの力も大切だと思う。時には、このどちらの力も交互に使うこともあるだろう。感じたことを、じっくりと考えたり…考えたことを十分に感じてみたり…この作業をすることで、思考力や感受性はどんどん発展性が生まれてくる。本にしても、人の話にしても、単に言葉を字ずらを追いかけているだけでは、何も生まれてこない。それでは、一を聞いて一を知るで終わってしまうだろう。一を聞いて十を悟る。言葉から何を考えるか、感じるかで差は出てくる。
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2018年01月18日

サボりと休み

練習を休むというのは妥協とは区別しなくてはいけない。サボりと休むは違う。妥協はいけないが、身体の悲鳴に耳を傾けなければいけない。無理を続けて怪我をしたら練習の意味さえ分からなくなる。休むのは悪という考えからの脱却は大切。限界を越えるというのは無茶を重ねることではないはずだ。日本はどうしても休むという言葉に罪悪感が伴いがちだ。やる時にはやる、休む時には休むというのが大事になるのだが…心の甘えと心身をリフレッシュさせることは違う。その辺りの意識を大事にしていきたいものだ。
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2018年01月17日

応援

人が人を応援するというのは、定点観測みたいなもののような気もする。雨の日、嵐の日、曇天の日でも、その上にある太陽を信じて、気持ちを乱さずに見続けていくことのように思う。いかなる状況に置かれようが変わらずに応援していく。状況に振り回されて応援する相手を見失わないようにしていく。相手の存在が置かれている状況によっては十分に見えなかったりする時でも、その相手をとことんまで信じ抜いて、応援し続けていく。自分の都合で応援したりしなかったりするのではなく変わらずに応援を続けていく。真っ直ぐに応援していく。相手の調子がいい時には拍手を送り、相手が不調な時は全力で声援を送り支えていく。本気で応援すればするだけ自分自身が苦しくてたまらなくなることもあるだろう。そんな姿は相手には見せずにひたむきに応援していく。応援するというのは軽く口にできる言葉ではない。覚悟のいることだ。でもその覚悟の決まった応援であれば、必ずその想いは相手には届くはずだ。応援て本当に凄いことだ。
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2018年01月16日

坂道を

坂道って、高い場所に行こうとしなければ、絶対に通る必要のない道だろう。現在の高さの位置でいいや、と思えば、ずっと平地を歩いていればいいのだから。より高い所に行こうとすればするだけ傾斜は厳しい坂道になっていく。それは心身ともにキツイことでもある。高みに上っても、頂点で気を緩めてしまえば、反対に下り坂で一気に下まで落ちていってしまう。だから、高みを目指すというのは、上っても上っても、さらなる高みを目指して坂道を上り続けていかなくてはならないということ。一歩一歩を確実に坂道に刻み込んでいくこと。全く楽ではないが、高みから見える世界は平地とは明らかに違う。
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2018年01月15日

様々な可能性を

ある一つの競技をやっているだけでは気づかない、見落としてしまう個々の隠れた能力がある。オフ期間は様々なことをやらせてみる。そこで新たな能力を発掘する。その能力を個々に還元して、その競技に結びつけていく。マイナスの部分の強化と併せて隠れたプラスの発見をするとモチベーションは上がる。さすがに苦手な克服ばかりだとオフ期間は辛くなるだろう。好き嫌いと向き不向きとは違うような気がする。さらには合う合わないは違うように思う。好き嫌いは感情、向き不向きは性格、合う合わないは感性のような気がする。本人が好きで、本人に向いて、本人に合うことというのはある意味で奇跡的なのかもしれないような気がする。違う競技をしてみることで今まで上記のフィルターがかかってやりもしなかったことの中に新たな能力が隠されているということはあるものだ。自分の可能性を大きく切り拓いていけるのもオフ期間なのかもしれない。嫌いだから、向いてないから、合わないから、と逃げてばかりいると可能性の芽を摘んでしまっているのかもしれない。
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2018年01月14日

次に!

起こったことをクヨクヨ悔やんでいても、何も始まらない。起こったことに対してどうしていくのか?こそを大切にしたい。起こったことを起点に過去を見るのではなく、未来を見ていく。未来に向けての解決策を徹底的に考える。言うまでもないことだが、過去は変えられないが、未来は変えていけるのだから。起こったことは仕方ない。起こったことの次にすぐに意識を向けていけるかが重要になる。人間だから、起こったときには必ず感情の揺れは起こるだろう。それは人間だから。でも感情の揺れを素早く立て直して、これをいかに何とか解決してやろう!という風には持っていくことはできる。
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2018年01月13日

健康に

怪我には気をつけてプレーしていきたい。勝っても負けても次の試合に向かっていけるし健康ならスポーツを続けていける。しかし大きな怪我をしてしまうと…だからこそ練習前であれ試合前であれ、さらに普段から自分の身体としっかり向き合いたい。後悔しないためにも、好きなスポーツを続けるためにも。心もそうだが身体の健康も一日してならず。好きなことが身体の不具合で奪われてしまうことほど残念なことはないのだから。選手の将来を考えるなら、勝敗以上に一年でも一日も長くプレーを続けていける幸せを噛み締めてほしいと思う。
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2018年01月12日

厳しさが糧になる選手もいる、厳しさで潰れてしまう選手もいる。練習の量が糧になる時期もあれば、練習の質が糧になる時期もある。糧にならなければ、練習や指導が逆効果になることがある。選手個人で見ても、その時期やタイミングなどで糧になるものが変わっていくものだと思う。その辺りの見極めが指導や練習における大切なポイントになる。言葉もそうだが、選手に理解されてこそ言葉は糧になる。だから、一つの事を伝えるにしても、たくさんの表現方法を持てるといいと思う。糧。それは人間の成長を促していくもの。だから、練習や指導は自己満足で終わってはいけないのだと改めて考えさせられる。それは、あくまでも選手が成長をしていく場面に当たるのだから。
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2018年01月11日

最初の一歩

一歩目。スポーツはもちろん全てにおいて一歩目は大切。一歩を踏み出す時に迷いや不安を感じて躊躇してしまうと勢い良く飛び出せない。リズムも崩れてしまう。波に乗るためにも、この一歩目はとても重要。そのためには、実際に一歩目を踏み出す前の心身の準備と覚悟を整えておかなくてはいけない。一歩目を踏み出すには思い切りも大切。考えなくてはいけないが、考え過ぎてしまうと動けなくなって固まってしまう。そうなると全てが後々に詰まっていき後手後手に回ってしまうことになってしまう。一歩目を踏み出す時には踏み出す前に感覚的に心身ともに既に数歩先を走り出していなくてはいけない。それこそがまさしく心身の準備になる。一歩目を恐れてはいけない。大胆かつ繊細に。そしてリズミカルに。軽快なステップを踏み出そう。その一歩を踏み出せば後は流れに乗って走り出せる。一歩を踏み出すというのは目的のゴールへと近づくためのまさしく一歩。それが遠かろうが近かろうが少なくても一歩分は間違いなく近づいているのだから。
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2018年01月10日

指導者はファンではない

怒鳴り散らしても選手の心には届かないことが多い。それは指導者のイライラを選手にぶつけているから。指導者はファンではない。怒鳴る前に、何故?できるように教えられなかったのか?どのように教えたらできるようになるのか?を熟考して、選手が理解できる形で伝えていかなくてはならないのだろう。選手がミスして「おい!おい!何やってんだよ!」とファンは怒鳴るかもしれない。しかし指導者はそれではいけない。伝えなくてはいけないのは怒りではなく、選手を上達させていくための具体的な方法なのだから。選手は自分自身を映す鏡なのだから。
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2018年01月09日

負け

本当の負けっていうのは…試合に出れないことでも、試合で負けることでもないような気がする。自分がやってる種目から自分自身を投げ出してしまうこと。自分が自分自身を裏切ってしまうこと。最後の最後まで自分がやってきた種目を、自分自身を、大切にして真摯に向き合っていけたらいい。目に見える負けは、分かりやすいが、それは結果という一点だけでの評価。しかし、目に見えない負けは過程という線の中での負けになる。自分が自分自身に負けることなく、常に乗り越えていけるような取り組み方をしていきたいものだ。例え試合で負けたとしてと、自分の取り組んできた過程を、やってきた種目を誇りに胸を張れるような取り組み方を。
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2018年01月08日

切り拓いて

誰もが強豪校でやれる訳ではないし、恵まれた環境でやれる訳ではない。ないない尽くしの中にあって、様々な『ない』を理由に無理と諦めたくはない。ないならないなりに発想を変えたり、工夫したりしていきたい。ないなら、言い訳をするより、代わる何かを積極的に生み出していきたい。そりゃあ、あるある尽くしの方が目指す目標への近道の可能性が高いことは言うまでもないだろう。しかし、近道に乗れなかったから目指す目標に絶対に届かないとも言えない。遠回りになるかもしれないし、道なき所に新たな道を作っていかなくてはならないかもしれない。今、自分が身を置いている環境の中で諦めずに切り拓いていくことが大切になるだろう。少なくてもその環境を選択したのは他でもない自分自身なのだから。
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2018年01月07日

難題

平等という言葉は難しいし、平等な指導というのも難しい。そもそも平等の定義を何を以て平等というのか、何を平等の目的にするのかでも違ってくる。あらゆる選手に最低限の能力や技術を身につけさせるのが、仮に指導者としての役割だとするならば、基礎的な部分に欠落がある選手がいたなら、その選手に特別に時間と手間をかけるのは、贔屓でも何でもないと思う。そうやって、本当に実力が拮抗した平等を作るためには、全員一律の指導カリキュラムだと全然不十分になってしまう。たぶん、これが実力の底上げの平等になるのだろう。しかし、指導者に手間ひまかけてもらえるという点では時間もエネルギーも不平等になってしまうだろう。仮に指導者が誰に対しても平等に時間とエネルギーを注いだら、できるようになる選手は伸びて、そうでない選手は伸びないという実力の格差という不平等が生まれてしまうのだろう。一言で平等といっても非常に難しい。一方の平等を取れば、もう一方には不平等という結果があるのだから。
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2018年01月06日

積み重ね

5時間睡眠と8時間睡眠とでは、仮に75歳まで生きたとしたら、起きている時間が14年間も違ってくるという事実に驚かされる。1日でみたら僅かな時間の差も積み重なると大きさを実感する…睡眠に限らず、ちょっとした時間の積み重ねは大きな事を成すには充分過ぎる時間になる。たかだか、ほんの僅かな時間と漠然とやり過ごしている時間の中の少しの時間でも意図して地道に積み重ねていけばそれはかなり意味のある大きな時間になっていく。1日の単位では大差のない時間でも積み重なった時の大差には唖然とさせられる。コツコツやることの意味はここにある。1日の内のほんの数時間、あるいは数分でも毎日欠かさずに積み上げていける根気を持てているかどうか。それは先々で大きく違っていくものだろう。
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2018年01月05日

楽しもうとする心

人生の時間をどうせなら少しでも楽しい時間にするために積極的に楽しいと思えることに時間を使う。とは言え…そればかりもできない。そこで大切なのが、目の前に起こることを楽しもうとする心。楽しいと思うことをやるのはもちろん、どんなことでも楽しもうとする心は大切。人生、自分が楽しいと思うことばかりはできないが、楽しもうとすることはいついかなる時でもしていける。つまらない…つまらない…とボヤいていても何一つ楽しいことなんてありゃしない。どうせなら、楽しい!楽しい!を口癖にして、いかに楽しもうとしようかを考えた方が良いように思う。何か?より、いかに?が大切。どうせ同じ時間を過ごすから少しでも楽しんだ者勝ち。誰かが楽しませてくれる訳でもない。楽しいことがいつも与えられる訳でもない。どんな時でも楽しむのは他でもない自分自身。楽しければワクワクしながら取り組んでいける。そしてそこには受け身ではない積極性が生まれてくる。
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2018年01月04日

ありがとう

感謝って、何かを感じて謝ると書く。日頃から、「〜してもらって悪いね」と口にするくらいなら、「〜してくれてありがとうね」と口にしていきたい。その方が両者にとって心が幸せになれるように感じる。謝りたい気持ちをありがとうの言葉に変えて伝えていけたらいい。ありがとうの一言は幸せを運ぶ。ごめんね、という言葉はもちろん大切だし、ごめんねという言葉にしかできないこともある。でも、やはり人はごめんねという言葉を伝えたり伝えられたりするよりも、ありがとうの言葉を伝えたり伝えられたりした方が心が温かくなったり、幸せを感じたりできるような気がする。言葉って本当に不思議だ。同じような心を言葉にしても感じ取れる意味合いが全然変わっていく。どうせなら幸せな言葉を使ってみてはどうだろうか。ありがとうの感謝の言葉はいくら口にしても磨り減るどころか、どんどんと心は豊かになっていくのだから。
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2018年01月03日

勝負の世界

実力をつけることと実力を出し切ることとはイコールではない。実力を出し切ることと勝利することともイコールではない。実力があって、実力を出し切れても必ずしも勝てるとも限らない。勝負の運不運も確実にある。簡単に勝った負けたと言うが、勝利とはそれくらい難しいものだ。しかし、実力がなければ勝負の土俵に上がることはできない。勝負の世界は厳しい世界だと日々実感する。しかしだからこそ勝負の世界は面白い。簡単には勝てないからこそ、そこにやりがいを感じる。小手先では絶対に通用しない世界。その中で懸命に勝利を手繰り寄せる感覚がいい。どこまで行ってもやれることに限りがない。勝負の舞台に上がるとはそういう覚悟をどれだけ持てているのかが問われる。
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2018年01月02日

精密機械と人間

10割の精密機械を目指して日々の練習は精進を重ねていく。しかし結果としては7割失敗をする人間としての自分自身を愛しんであげる。10割を目指していけば7割の失敗は何よりも生きた学びになる。そうすれば一分でも一厘でも、7割の失敗を減らしていける。最初から3割の成功を目指して7割失敗する人間としての自分自身を否定し憎んでいたら、7割の失敗は一分、一厘と増えていくかもしれない。人間は失敗する生き物。そんな自分自身を愛していきながらも、10割を目指して日々真剣に精進していくこと。7割の失敗をどのように見ていくか。それらの失敗を成功に繋げるか、さらなる失敗を繰り返していけるのかは自分自身の捉え方の問題になる。3割を目指しても3割を割っていくだろうし、7割の失敗をする自分を憎み否定をしても3割は割っていくような気がする。高みを目指しながら、人間を慈しむ心も大切になってくるように感じる。
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