2018年02月28日

人間

人間て人の間でぶつかりながら磨かれていく。人の間で様々なことを学んでいく。人の間で悩み、苦しみ、泣き、笑い、喜び、感動する。人間は人の間に在って初めて人間になるのかもしれない。そう考えれば、どんな人も全て自分の生きた教材になる。全ての人が自分に何かを教えてくれている。合う人、合わない人。理解できる人、理解できない人…人は人生を通して本当に様々な人と出会っていく。できれば、人との関係をあっさりとスルーするのではなく、いいことばかりじゃなく、嫌なこともあるとは思うが本気でぶつかっていきたい。全ては人間として成長していくために。
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2018年02月27日

その先に

時に裏切られた気持ちになることもあるだろう…時に苦しかったり、辛かったりもするだろう…もういいや!と投げやりになりそうな時もあるだろう…それでも好きなスポーツを続けていけるのは、そのスポーツが根本で好きだから。好きだからこそ、もう無理!から、踏み止まりあと一歩を踏み出していける。そして、そこから先の道も進んでいける。好きなことだから迷い悩みながらも、もがいていける。引退の時を迎えた時に自分自身の歩んできた道のりを振り返った際、好きなことだったからこそ、そうした辛かったり苦しかったことも含めて愛しく感じるのかもしれない。
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2018年02月26日

敵を知る

積み重ねた瓦や板を割ることができる空手家でも、スポンジを割ることはできない。瓦や板はちぎれないけれど、スポンジは簡単にちぎれる。対戦相手を知るとはそういうこと。戦い方の方法が違えば、単なる労力の無駄遣いで終わる。相手を知らなければ、自分のいつもの戦い方をするしかない。剛には剛への戦い方、柔には柔への戦い方があるということ。
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2018年02月25日

覚悟を決める

戦いの場で躊躇することは、自分の命を捨て去ることと同意だ。命を恐れる余り、あれこれと思い悩み、慎重にビクビク脅えながら走っていると余計に危険度は高まる。行くと決めたら腹を決めて思い切り走らなければならない。これはスポーツでも同じだろう。躊躇したら余計にミスしやすくなる。覚悟のプレー。覚悟を決めたら迷わず進む。覚悟を決める前にはあらゆるシュミレーションをした上で自分の中でベストの選択をする。選択したら躊躇なく突き進むことも大切な気がする。
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2018年02月24日

編み込む

縄は細い糸を編んで、それをさらに編んで、またさらに編んでを繰り返していく中で出来上がる。細い糸ならいとも簡単に切れてしまうのに、その集合体になると何と丈夫なことだろう。じゃあ、単に細い糸の集合体なら強いかというと、そうでもない。大事なのは編み込んであることだろう。よく、大丈夫!!大丈夫!!なんて簡単に口にするが、大丈夫って、最大に丈夫なこと。事の一つ一つを丁寧に考えて、事の数々を丁寧に編集(編み込む)をするからこそ、初めて大丈夫になるのではないだろうか??根拠のない大丈夫ほど、逆に言われて不安になることもある。根拠となる理屈は考え抜いてしっかり編み出されたものでなければならない。何がどうでどうだからこそ大丈夫!と言われて初めて納得して大丈夫と思えるのではないだろうか。
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2018年02月23日

表現

金魚すくいってしたことがあるだろうか?金魚すくいの紙の網?で金魚を水ごとすくってしまうとすぐに破れてしまう。あれを上手にやるためには、網の端っこに金魚を引っ掛ける感じにしなくてはならない。だから、本来の名称は金魚すくいではなく、金魚引っ掛けなんだろうと思う。逆に言えば、金魚すくいという名称だから初心者はすくってしまうのだろう。引っ掛けるという動作を、すくうという動詞で表現する中で、間違いが生じる。スポーツでも微妙に違う動作をある動詞で呼んでしまうことで初心者は勘違いしてしまうこともあるような気がする。表現一つで受ける印象がまるで違う。バッティングもボールを打つのか、ボールを運ぶのか、ボールを弾くのか、ボールを押し込むのか…などで違ってくる。表現はとても大切なものだなと改めて感じさせられる。
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2018年02月22日

効果

厳しさが糧になる選手もいる、厳しさで潰れてしまう選手もいる。練習の量が糧になる時期もあれば、練習の質が糧になる時期もある。助言を与えることが糧になるタイミングもあれば、選手に何も与えずにもがき考えさせることが糧になるタイミングもある。糧にならなければ、練習や指導が逆効果になることがある。何でもそうだが、やればいいというものではない。やるならやるで、やった先に予測しうる効果を見据えていかなくてはならないだろう。
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2018年02月21日

腹八分

もうちょっとやりたいな…くらいで練習を終えられるといい。腹八分の練習。満腹になる練習だと、練習内容を消化できる余裕もなければ、また練習したいという練習欲も削がれてしまうかもしれない。1日だけ満腹になっても練習成果が上がる訳でもない。毎日の意欲や成果を考えても腹八分が丁度いいかも。ただただ、与えられたものを考えるでもなくこなしていくだけでは、どこかのタイミングで練習の成果は頭打ちに来るだろう。消化するというのは頭をしっかり使って理解を深めていくこと。それをするためにも腹八分の練習がいいだろう。満腹の練習では消化不良を起こしてしまう。それでは、せっかくやった練習がもったいないような気がする。
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2018年02月20日

緊迫感

攻守の噛み合わせというものはある。攻守で共にしのぎを削るような緊迫した試合展開をしていると自然に集中力は高まる。どちらかが崩れてしまうと噛み合わせが悪くなり集中力が切れて全体的に崩れていってしまう。攻守のリズム。これは集中力のリズムでもある。試合に対する集中力の低下が個々のプレーの精度を低下させていく。試合が壊れるというのはそういうこと。試合を作るというのは攻守共に相手側としのぎを削って際どい試合をしていけるということ。勝てるかもしれないという希望は集中力を高めるし、勝てる見込みはないや…となると自然にプレーは雑になっていきやすい。試合というのはできる限り良い緊迫状態を攻守で作り上げていかなくてはならない。
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可能性の扉

天才と呼ばれてる選手の多くは天才なんかではない。誰よりも高い意識を持ち、誰よりも練習もしている。「あいつは天才だから自分とは違うんだよ」と自分に言い訳をしている選手は自分が自分自身の可能性を閉ざしている。結果ではなく取り組む過程をよく観察した方がいい。可能性は誰もが無限大。スポーツだって、勉強だって、仕事だって同じこと。自分で自分自身の可能性に蓋をしてしまっている人は多い。でも、天才的に見える人はやはりかなりのことを積み重ねている。頭も体も誰よりも働かせている。自分はそこそこしかしていないで、優れた人を見て天才と決めつけて、できない自分自身を正当化する。そんなことをしていて自分が力をつけていけるはずはない。自分自身を信じて誰よりも頭も体も汗していかなくてはいけない。そこでこそ、誰もが自分自身の可能性という扉を開くことができるのだ。扉は誰かが開いてくれるものではない。自分自身が自分の意志で開いていくものだ。
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2018年02月19日

長所を伸ばす

短所を嫌な思いをして四苦八苦して懸命に並みレベルにする労力を考えたら、長所を生き生き前向きに伸ばしていけば、長所はグングン伸びて目立った持ち味になる。そうすると、それが自信になり余裕も生まれて短所も自然に並みレベルになっているということはよくある。長所には無限の可能性がある。短所にしろ長所にしろ、見つけようとすればいくらでも見つけ出していけるだろう。あれもダメ、これもダメ、これまたダメ…と短所ばかり見つけ出しても自分自身の自信を失うばかりだろう。それを懸命に直したところで並みレベル、つまり平均くらいでしかないのなら、長所をとことんまで伸ばして、こいつにはこの部分では絶対に勝てない…と周りに感じさせるくらいまで伸ばしていきたいものだ。満遍なく平均的にできることも大切だが、これからの時代は何か一芸、長所に秀でた者が力強く生きていける時代にあるように思う。中途半端なそこそこでは、自分が生きていく上でも何者かさえ見失っていくような気がしてならない。
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2018年02月18日

強い組織論

偏らずに公平にチャンスを与える。そのチャンスを逃しても、はい!終わり!ではなく、しばらくしてまたチャンスを与える。それにより、チームは変な嫉妬や確執なく良い意味で仲良く競い合える。フォアザチームを意識できる。チャンスは個々の状態を見ながら絶妙なタイミングで与える。競争がなければ組織は停滞して淀んでいってしまう。しかし、変な競争やえこひいきは組織を歪ませ、個々の精神も歪ませていってしまう。健全な競争と、一回の競争の結果だけで判断して烙印を押さないこと。全員に平等にチャンスを与えることで生まれる全員で戦っている強い意識付け。個々の旬を見て一番良いタイミングでチャンスを与えていく。組織をじわりじわりと強化して強固なものにしていく。個を窒息させることなく、組織をどんどん活性化させていく。個を生き生きさせて、組織を明るくしていく。そんな組織だと個々はモチベーションを保ちやりがいを感じながら働いていける。
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2018年02月17日

まだまだ!!

「もう…」からは何も生まれない。「まだまだ〜」に切り替えていこう。頭の中に「もう…」が占領していくと全てがマイナスに見えてくる。諦めが広がっていく。しぶとい執念で「まだまだ…」と喰らいつく。まだまだ!は未来を切り拓き、未来を作り出していく。決着がつく最後の最後まではまだまだ!!でいきたいものだ。終わりは終わってから考えればいいこと。終わってもいないうちから、自分の中で勝手に終わりを作り出してはいけない。喰らいつけるうちは、しぶとく粘り強くやり抜いていけばいい。終わりなんて微塵も感じないくらいの強さで挑んでいきたいものだ。下手な計算なんていらない。ただ真っ直ぐにまだまだ!!と突き進んでいけばいい。もう…なんていらない。最後の最後まで何が起こるかは誰にも分からないのだから。悲観することも諦めることも必要ない。最後の最後まで自分のやるべき事に自分の全力で挑むことのみ。
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2018年02月16日

一粒魂

一粒魂。茶碗に盛られたたくさんの米粒。その一粒を残すのではなく感謝して食べ切る。もし一粒の米粒しかなければ、何度も噛み締めながら大切に味わうだろう。これは投球やパスなどの一つ一つのプレーに丁寧に感謝して、無駄で無意味なことをしないことにも通じる。一粒、一球、一蹴を大切に。米粒がここに並ぶまでに稲の命、農家の方々がどれだけの手をかけて育ててきたのか…その後も様々な人々のお陰。同じくこの一球、一蹴にかけてきた仲間の想い、仲間が繋いできた過程を真に理解できていれば一球たりとも無駄な無意味なことはできないはずだ。一粒魂。たくさん投げるから、たくさんパスするからとそれぞれの一球一蹴がワンオブゼムになってはいけない。それぞれがオンリーワンなのだと理解していきたいものだ。決してたくさんの中の一つをバカにしてはいけない。大切に大切にしていかなくてはならないものなのだ。一粒まで感謝して大切に食べ切る意識をしっかり持っていたいものだ。
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2018年02月15日

箱を打ち破る

四角四面の頭では、トップ選手にまでは登りつめていけない。固定観念や常識や思い込みに縛られていては、その他大勢の並みの選手で終わってしまう。柔軟な頭脳と、ヒラメキ、アイデアや発想が泉のようにどんどん湧き上がる頭脳にしていく。基礎となるものと、その独自性の融合。そこに無限の可能性が生まれる。四角四面の箱の中にいると、その箱の中の世界が世界の全てになってしまう。箱の外にはまだまだ無限の世界が広がっているのに。たくさんの可能性に目を塞ぎ、箱の壁に記されていることだけを頭に入れる…ではなく、箱を飛び出して頭を動かしてみる。発想を変えれば見える世界は広がっていく。アイデアがあれば様々な絵を描いていける。ヒラメキはたくさんの指南を与えてくれる。頭の柔軟性。これはとても大切にしていきたい要素の一つである。
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2018年02月14日

集団と個

仲間に何かを求めるのではなく、少しでも仲間の負担を減らしてやろうと考えてプレーしていかなくてはいけない。お互いに相手が何とかしてくれるだろうと依存し合っていると、お互いが潰し合いになる。それではチームは機能しなくなる。苦しい時こそ、個々の自立と自覚が問われる。個々が汗すること。苦しい時、どうにもならない時に、仲間ありきの自分ではなく、自分ありきの仲間でなくてはいけない。個々が何をやるべきかを明確に持つ。どうにもならない、と漠然と現状を捉えるのではなく、個々の特徴や持ち味を最大限に生かして何が何でも何とかしてやる!と自覚を強く持つ。個々の何とかしてやるという喰らいつく姿勢が集結してこそ、チームは初めて機能していく。相互依存ばかりしていると共倒れしていってしまう。苦しみを分け合うのではなく、一人の個として最大限に活躍していかなくてはいけない。誰か、ではなく自分が粘り強く切り拓く強さが求められる。チームはあくまで個の集合体なのだから。
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2018年02月13日

時間を使う

例え練習時間が限られた二時間であったとしても、効率的に時間を活用したり、練習前に準備をしっかりしたりすることで、時間以上の成果をあげていける。さらには頭を使い考えた練習を出来ればさらに大きな成果をあげていける。要は時間の長短ではなく、時間の密度と内容の濃さ。時間を上手に作り出すことも大切だが、物理的に難しい場合にその短さを嘆いていても何も始まらない。そうであるなら、限られた時間をいかに使うかという時間の使い方がより大切になっていく。短いから駄目だという発想ではなく、短いからこそ有益に使っていこうという発想への転換が大切になっていく。長い時間があろうが、ダラダラ過ごしてしまったり実のない過ごし方をしてしまえば無駄に時間を過ごしたことと、無駄に汗を流した疲労感が残るだけだろう。短いからこそ大切にしていこうというプラスの転換をしていけるといいだろう。
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2018年02月12日

プレーの危機感

ミスの連鎖は不意に起こる。普通に何てことのないプレーに対して当人も、周りの選手も一瞬気が緩んだりする。頭ではいかなる状況に対してもフォローアップしようと準備はしている。しかし、普通の何てことはないプレーでミスが生まれてしまうと、他の選手も一瞬思考が固まってしまう。そして急にフォローの役割が回ってくると急に焦ってしまう。するとそこでもミスが起こり、さらに後になるほど焦りは大きくなりミスの連鎖に繋がっていってしまう。プレーに絶対はないし、プレーが安全なんてない。だからこそ常に何が起きても対処していける危機感は大切に持っていたい。
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2018年02月11日

頭脳

人間なんて宇宙の中で見れば、本当にちっぽけな存在だなぁ、と感じる。しかし、同時にそのちっぽけな存在の頭脳の中には宇宙並みの無限の可能性を秘めているんだなぁ、とも感じる。人間なんて他の動物と比べても身体能力は低いなぁ、と感じる。しかし、同時に他の動物よりも優れた頭脳により鳥よりも高く飛び、魚よりも深く潜り、チーターよりも速く進めるものを生み出してきた。そう、まさに頭脳はドラえもんのポケット。頭脳の中には本気で考えれば、どんなことも実現していける方法が秘められているのだろう。僕というちっぽけな人間の中の無限の頭脳で、何を生み出して不可能を可能にしていけるのか。人間として生まれてきたからには、人間の最高の武器である頭脳を自分自身の力でとことん磨き上げていきたいと思う。ドラえもんのポケットのように!!
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2018年02月10日

好奇心

進化は好奇心から生まれる。現状に満足するのではなく、未知なる世界を見ようとする好奇心。池に住む魚が、水の中の世界ではなく地上の世界に飛び出してみるような。水の中で生きている限りは安心安全。池の中という限られた狭い世界の中で生きていくのか、未知なる地上の広い世界に飛び出すのか。知らないことに対して知らないと目を閉じて耳を塞いでおくことは簡単なことだ。知らなかったことに好奇心を持って、新たな世界を貪欲に知ろうとする好奇心があれば、自分自身を進化させていける。ただし、そこには苦痛は伴うだろう。魚が地上に飛び出せば呼吸が苦しい。そこに耐えれば適応し、やがてはエラ呼吸が肺呼吸へと進化していくだろう。そうなった時に一つの進化が達成される。
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2018年02月09日

限界の先に

自分の限界だと思う地点にまで立つことは、ある意味で大切なことだと思う。それは限界だと思った先にこそ可能性が広がっているから。限界だと思うまで行けていないと、まだまだやるべきことが残っている。自分の中でやり尽くしたと考えられた先に、それまでとは違う考え方が生まれるかもしれない。思考には限界はない。だから従来の思考でやれるところまでやって、限界にぶち当たることで、従来までとは違う思考で何とかしていけないものかと考える。こうでなければならないという思い込みの思考から、こうでなくてもいいんだという新たな思考こそが可能性への第一歩になる。その意味では、自分なりの限界だと思う地点に立つことは大切なのかもしれない。
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2018年02月08日

思考の式

数学は式が重要になる。式というのは問題を解決に導くための考え方。大切なのはその考え方で、それをしっかり理解すること。仮に途中でミスして答えが間違っていても、式さえ正しければ大きな失敗ではない。根本の考え方さえ違っていなければ、次にミスさえしなければ正解を導いていける。これは心の問題に関しても言える部分があるように感じる。問題解決に導くための思考の方程式やフローのようなものだ。単なる偶然の正解は、次の偶然に頼るしかない。反対に途中で考え方のケアレスミスをして不正解であったとしても、式という考え方の組み立てに間違いがなければ、次回以降は正解を必然的に永続的に導き出していける。だからこそ、思考の組み立てやフローは詳細に吟味して検討をしていかなくてはならない。
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2018年02月07日

ぶつかり合い

仲良しというのは、仲間同士で喧嘩しないことではなく、喧嘩しても仲直りできる関係のことのように感じる。時に激しくぶつかっても、お互いを大切に思う気持ちがあれば仲直りできる。そんな中でお互いをより理解できたりもする。表面的な付き合いではぶつかり合いもないが、真の仲間になりづらい。思い遣りを持つことは当然大切。ただのワガママのぶつかり合いではなく、相手が大切だからこそのぶつかり合いならいいと思う。本心の心と心のぶつかり合いなら。魂と魂のぶつかり合いなら。ぶつかることを怖がって相手に言いたいこともろくに言えないで仲いい振りをすることが仲間ではない。ぶつかっても相手を尊重して大切に思えることこそが仲間だと感じる。心と心がふれあうからこそぶつかりも生まれる。でもそれはお互いが心をさらけ出している証でもあるのだから。
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2018年02月06日

環境を越えて

地方の人って、その与えられた環境下で、人は大きな不満も口にせず、上手にその環境に適応して楽しめてる感じがする。それって素晴らしいこと。厳しい環境にあっても工夫してその厳しさを乗り越えていく。環境が恵まれている都会は、少し環境に不具合が生じてしまうと不平不満が出てきやすい感じがする。恵まれていることに慣れてしまい当たり前になり過ぎているのかもしれない…スポーツも同じ。競技環境に恵まれているチームもあれば、恵まれていないチームもある。恵まれていなくても、そこで不平不満を口にするのではなく、その環境を受け入れて創意工夫をしていけば、競技を楽しんだり、上達していくことも可能だと感じる。環境は変わらなくても、自分自身が変われば環境をより良くしていけることだろう。
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2018年02月05日

練習は

毎日の練習はどんな好きな競技でも飽きがきやすい。そもそも人は同じ刺激が続くと飽きる生き物だから。だからこそ練習の内容や練習に取り組む意識が大切になる。漠然としたものをどんどん明確化させていく。また巧くならないと嫌になるのも人間。そのためには巧くなれる意味ある練習をしていくこと。漫然と長く続けていく中で飽きてきて、さらには苦しいだけで巧くなれないとしたら、そりゃあ、競技をやめたくなってしまうかもしれない。だからこそ、本当に日々やっている練習の一つ一つを見つめ直していくことは本当に大切なことだと感じる。今までこうやってきたから、とか、練習とはこういうもんだという思い込みを一回壊して、改めて考え直していくのもいいのかもしれない。
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2018年02月04日

視点を変える

苦しみや辛さは人の心を萎縮させる。本来人間の想像力は長期的でいくらでも無限のはずなのに、心が萎縮すると身の回りの近視眼的なことしか考えられなくなってしまいがちだ。目の前のことが長期的な視点の中でどのような位置付けにあるのか、どのような意味があるのかを冷静に見れなくなってしまうのだ。そうなると目の前の物事で目一杯になり、逃げ出したくなってしまったりする。この苦しみや辛さの先に繋がる何も見えなければ、目の前にあることは単なる苦しみや辛さでしかなくなってしまうからだ。苦しい時こそ、意識して長期的な視点の中で今という時間を捉えていきたいものだ。
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2018年02月03日

人生の調味料

勝つ喜びがあるから、負けてもなお立ち上がれる。負ける悔しさがあるから、勝ってもなお精進を積んでいける。どうなるか分からない。だから勝負をし続けることができる。実力以外の様々な要素が絡むからこそ勝負は面白味を増していく。これは何もスポーツだけの話ではない。人生はそんなことの連続だ。人生なんて勝ったり負けたり勝ったり負けたり…時には連敗もあるだろう。それでも前を向いて挑んでいきたいものだ。悔しさも喜びも人生の彩り、調味料のようなもの。約束された約束通りの人生なら、もはや生きている意味すら分からなくなる。明日すら分からないからワクワクしたり不安になったりもする。それもまた人生の調味料。味わいのある人生とは喜怒哀楽があればこそだと思う。全てをありのまま受け止めて、誤魔化さずに自分の中で消化して前に進み続けていけばいい。負けて腐らず、勝って浮かれず、それを前向きに繋げていけばいいだけのこと。死んでしまえば今生での悔しさも喜びを味わうことはもうできないのだから。
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2018年02月02日

思いやりのズレ

思いやりと一言でいうのは簡単。誰もが自分基準の思いやりを持つ。お互いがお互いを大切に思いやる。でもその基準が自分と相手の中で少しでもズレてしまうと、思いやりは時に相手にとってお節介になったり負担になったりする。思いやりを持つことはとても大切だが、同時にとても難しいことでもある。相手の立場に立って考えることが思いやりの第一歩であることは間違いない。しかし、お互いがお互いの立場に立って考えてしまうと、お互いが譲り合いのような形になってしまうことがある。自分のために相手に迷惑をかけられないとお互いが思いやれば少しずつズレが生じていってしまう。世の中にはお互いが良かれと思って行う思いやりが裏目裏目に出てしまうことがあったりする。お互いが思いやりの心を強く持てているが故のすれ違い。これはお互いの単なる我が儘のぶつかり合いよりも厄介なものだ。だからこそ、余計に思いやりというものを今一度しっかりと考えていかなくてはならないのだろうと思う。
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2018年02月01日

冬には

人間も動物。本来は寒い季節は冬眠の季節。寒い中でスポーツをしようとすると心身に強いストレスを感じる。こんな時期には通常よりも長い時間をアップに費やして心身を覚醒させてからスポーツをするようにしよう。また寒い季節は筋肉も過度に緊張しているので温めて緊張を緩和していきたい。スポーツに限らずビジネスマンにとっても冬場はどうしても心身の覚醒水準は低くなってしまう。冬場は駅までの道のりを乗り物などを使わずに歩いて心身を目覚めさせていくのも一つの方法だろう。暖房で身体を温めるのではなく、身体を活動させる中で芯から温かくなる方がいい。
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