2018年05月24日

やらないことと、やることの間には大きな差がある。しかし、ただやることと一生懸命にやることは違う。しかし、この先にも、ただ一生懸命にやるのと、頭を使って一生懸命にやることとの差がある。頭を使っての先にも、頭の使い方の差がある。やるかやらないかの差は大きいが、その先は大きな差というよりは小さな差が積み重なっていく。スポーツには、限られた時間というものがある。その限られた時間の中で成果を残していくためには、汗を流すのは当然。それ以上にいかに効果的に汗を流していくかが重要になる。一生懸命に無駄な汗を流していくことほど虚しいことはない。流した汗の分だけ、大きな喜びに行き着きたいものだ。そのためにもとことんまで頭の使い抜き、使い続けていかなくてはいけないだろう。
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2018年05月23日

流れを掴む

ギリギリの接戦の試合では、流れがどちらに転ぶかは分からない。しかも大きな流れではなく小さな流れが行ったり来たりする。ミスとも呼べないくらいのミスで簡単に流れが変わる。戦いにくい試合。こんな試合は一瞬も気を抜けないし緩められない。ほんの僅かでも気持ちを切らせないように引っ張り続けなくてはいけない。スポーツに限らずとも人生や仕事にも流れはある。大きな分かりやすい流れもあれば、小さな流れが交錯するような分かりづらい流れもある。緊迫した場面では一瞬足りとも気を抜けない。神経を研ぎ澄ませ、感覚を敏感にして動物的な臭覚で流れを嗅ぎとっていかなくてはならない。勝負勘のようなものは、スポーツでも人生でも大切なもの。流れを読み違えると小さな流れを一気に大きな流れに変えて相手に持っていかれてしまう。流れは目では見えない。空気や風の動きのように感じ取るしかないもの。だからこそ誰よりも自分自身が鋭敏になるしかないのだ。一気に流れを手繰り寄せるために。
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2018年05月22日

キッカケ

今勝ったから次も必ず勝てるというものでもないし、今負けたから次も必ず負けるというものでもない。勝負の世界とはそういうもの。実力が拮抗している勝負では、ほんの小さなキッカケが勝敗を分ける。キッカケは偶然ではなく必然。勝ちにも負けにも偶然はない。必然的に勝ちのキッカケを掴みにいった方に勝ちは傾き、必然的に負けのキッカケを掴まされた方に負けは傾く。確かに勝負に運不運はあるが、キッカケには必然しかない。必然には必ず明確な意図があるはずだ。あとはキッカケを必然的に手繰り寄せる執念のようなもの。キッカケなんてその瞬間は勝負を決定付けるほどの大きなものではなく小さなもの。だが、その小さなキッカケが後々じわりじわりと大きく広がり勝利の扉を開いていく。運不運は自分自身ではコントロールできないが、キッカケ作りはコントロールしていける。できることをしっかりと確実にしていくことが勝利への一番の近道だろう。自分から流れを作り出していかなくてはいけない。
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2018年05月21日

戦術

スポーツの戦術はあくまで絵に描いた餅。やるのは人間であることを忘れてはいけない。また相手がいることも。思い通りにいかないのが戦術だという前提を持てていないと、自分の立てた戦術に逆に自分自身が追い込まれていってしまう。戦術に溺れ、戦術にイライラして、戦術に潰れてはいけない。ミスすることもあれば、相手が予想に反することもある。戦術に確信をもって依存してしまえばしまうほど、様々な要因によって思い通りにはいかないことに苛立ちを覚えていくことだろう。そして最後には自滅していってしまう。立てた戦術に自ら足を掬われてしまうことほど悲しいことはない。そもそも人間同士がやること。考えた通りにはいくものではないという前提に立って戦術を捉えた方がいい。しかし…時にスパッと戦術がはまり、戦術の快感に溺れてしまいそうになるのもまた人間というもの。面白いものだ。戦術は立てながらも、戦術はあくまで想像で現実ではないことをしっかり認識しておきたいものだ。
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2018年05月20日

準備の基本

練習前の準備の基本。自分は何ができないのかを明確にする。それが何故できないのかを分析する。その何故をどのように解決するかを考える。それを解決するためにはいかなる手段を用いるかを考える。せめてそれくらいは練習前に考えておかなくては、練習を意味あるものにはできない。曖昧な練習は自分をさらに曖昧にしていく。毎日、毎日、漠然と練習していてもなかなか上達していかない。意識を持って練習に取り組むためには、せめてこれくらいの段階は考えておかなくては、課題さえ持てずに終わってしまうことになりかねない。この辺りは準備の基本中の基本だろう。
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2018年05月19日

不安に打ち克つ

試合に勝てるかどうかなんて分からない。明日の命だって分からない。分からないから不安とも言えるが、分からないからこそ楽しみとも言える。結果が約束された試合に、寿命が予め分かる人生に何の楽しみがあるだろう?分からないからこそ未来に希望を抱いて今を全力で生きられるのではないか。分からないことへの不安を楽しみに変えていけるのかどうか。未来は約束された決められているものと考えるのではなく、未来は今の自分の生き方が積み上がり作り上げられていくものだと考えていく。分からないからこそ、夢も描いていけるし情熱も燃やしていくことができる。不安な気持ちに打ちのめされるのではなく、それに打ち克って前に未来に向かって突き進んでいけることは実は苦しみではなく楽しみなのだ。そのことに気づけるかどうかは人生を生きていく上では大きい。明日どころか数秒先さえ分からないのが人生なのだから。
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2018年05月18日

存在意義

自分の存在が強く必要とされている、自分の存在が強く求められているというのは、実は何よりのモチベーション。自分の存在が誰かの力になれているというのは最高の感動になる。誰かの笑顔が最高の喜びになる。誰かのありがとうの一言が最高の報酬になる。誰かの感謝に自分も感謝したくなる。お金や地位や名誉なんかより、自分の存在意義を強く感じられることほど強いモチベーションはないだろうと思う。誰でも代わりが効く存在ではなく、自分でなければいけない存在意義。誰かにとってオンリーワンの存在であれることに対する喜び。最大限に力になれることの喜び、自分が最大限に誰かの中で生かされたことへの幸せは本当に何物にも代えがたいものがあると感じる。世の中、人は一人では生きてはいけない。そんな存在を持てることも、そんな存在になれることも最高に幸福なことなのだろうと実感する。人生で本当に大切なものは、まさしくプライスレスなものなんだろう。
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2018年05月17日

組織力

改めて思う。チームスポーツでの負けは、誰か一人のせいではないということ。チームの全員一人一人が、一つずつでも何とかできていれば違ってくる。目に見えるミス、目立つミスだけが原因ではない。誰もが全力でプレーしている。その中で生まれる小さなミスをどれだけ減らしていけるのか。これはスポーツに限らずあらゆる組織でも同じこと。上手く成果に結びつけられない時に誰かに責任を押しつけている限りは組織は強くはなっていかない。一人一人が胸に手を当てて考えれば100満点の人なんていないだろう…個々で90点、80点、60点と様々だろうが、個々がそれぞれ91点、85点、70点にできていくだけでも組織全体の成果は全然違ってくるのだから。60点の人だけを責めるのは組織力を低下させていってしまう。仲間のため、チームのために自分のできることを一つでも増やし、ミスを一つでも減らしていく。その個々の積み重ねの集積が大切になっていくのだ。
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2018年05月16日

一発勝負

強豪チームが一発勝負で番狂わせで負けてしまうことがある。一発勝負。これは何が起こるか分からない。これがリーグ戦のように十回くらい戦えば、八回か九回は強豪チームが勝つだろう。でも勝負事は一回くらいは負けてしまうことがある。一発勝負でその一回が出てしまうことがある。原因はいろいろあるだろう…しかし、やはり運不運も含めて様々な原因が同時に重なり合うことがあるのが勝負の世界。だから勝負は面白いとも言える。だから弱小といわれるチームでも一発勝負なら最後まで諦めずに挑んでいってもらいたいものだ。やる前から気持ちで負けずに何が起こるか分からないことを信じて戦い抜いてほしいと思う。
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2018年05月15日

大切なこと

モノを使ったら使いっぱなしという選手はいけない。使ったら手入れをする、使ったら片づけるというのはモノも知識も身体も同じ。身体もモノも雑に扱えば消耗は激しくなる。モノが整理整頓できない選手はいけない。モノも教わった知識も同じ。どこにあるのか、どこにいったか分からないではないのと一緒のこと。結局はせっかくの知識も使えないまま終わってしまう。共通するのは全てを大切に感謝していくという当たり前の姿勢。言葉にするのは簡単だが実に難しいことでもある。
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2018年05月14日

絶対性の崩壊

絶対なんてどこにもない。何が起こるか分からない。大切なのは絶対性が崩れる何かが起こった時にいかに素早く対処していけるかだ。絶対を信じ過ぎてしまうと崩れ始めても気づけなかったり対処が遅れたりする。今までは絶対的であったから、今も未来も絶対なんか有り得ない。絶対と油断は背中合わせ。あるいは絶対と怖さは隣り合わせ。絶対性を作り上げたのが人間ならば、その絶対性を崩し去るのもまた人間。いつの日にはその日が来ることは頭の中では理解できていても、人はついついその絶対性に無意識のうちに依存してしまう。ついつい大丈夫だろう…と考えてしまうもの。絶対を崩された方のショックは想像以上に大きい。反対に絶対を崩した方の勢いは高まる。しかし、崩された方は上手くすれば開き直り攻めの姿勢に転じることができる。崩した方には逆に失う恐さが生まれ守りの心理に陥りやすい。どちらに転ぶかで勝負の流れは一転する。それもまた勝負の楽しみ方の一つと言えるだろう。
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2018年05月13日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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2018年05月12日

自分の価値観で

子どもの頃、まさに大人から見たら何の価値もないようなガラクタが宝物だった。高価とかブランドなんて関係なかった。ただのガラクタでも自分自身には何物にも変えがたい宝物だった。人や世間の価値ではなく自分自身の価値観。時間だって子どもの頃には濃い時間の凝縮された宝物のような時間だった気がする。大人から見たら、何か凄いことをした訳でも、凄く貴重な体験をした訳でもないが、子どもの心で素直に感じたり、感動したことは素晴らしい宝物の時間になっている。本当は大人、子どもなんて関係なく、人は自分自身の宝物や宝物の時間をその価値観で持つべきものなのかもしれない。
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2018年05月11日

実力を出し切る

競技によっては、数秒の競技もあれば、長くても数時間。その本番には、それこそその選手の人生のほぼ全ての時間が凝縮されている。勝ち負け以上に、その僅かな時間で人生を懸けて積み上げてきた実力を全て出し切ってほしい。競技を通して磨かれた自分自身を表現し切ってほしい。最高の舞台で最高の自己表現を。その先に結果としての勝ち負けがあるだけ。勝負事は相手もあること、運不運もある。実力を出し切ったからといって必ず勝てるとは限らない。しかし、自分の実力を何一つ発揮できずに終わってしまうと、人生を懸けて積み上げてきたものを無為にしてしまうことになる。勝ち負け以上にそんな残念なことはないと思う。力を出し切って負けた負けは次に向けて実力を上げていけばいい。しかし実力を出し切れなければ、なかなか前には進んでいけない。また、新たに積み上げ続けていっても、また次の本番で実力を出し切れなかったら…という不安に常にとらわれていってしまう。
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2018年05月10日

引退

少なくても引退の時に幸せという言葉を口にできる選手は、試合に出る前の苦しい準備を妥協せずにしっかり積み重ねてこれた選手。さらには試合で積み重ねてきたことを全て出し切ってこれた選手。あとは、そんな試合を素晴らしい最高の仲間達と共に戦ってこれた選手。最後に感謝の心を大切にできてる選手。幸せは自分が感じるものとは言うが、やることもやらず、必要な時に自分の力を出し切れず…では幸せを感じるのは難しいような気がする。引退の瞬間にそれまでの自分自身の時間を幸せにできるのは、有限な時間をいかに自分が過ごしてきたのかに他ならない。そんな選手が一人でも増えていくように僕は僕で与えられた役割に尽力するだけ。選手の幸せが僕にも幸せを与えてくれるから。幸せを掴み取れる選手、人が笑顔で引退できるように。
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2018年05月09日

今の時代の上下関係

先輩後輩の節度ある関係は大切。でも練習を手伝ってくれた後輩にありがとうと素直に口にできたり、苦しくて辛そうな後輩を笑顔で励ませたりできる先輩でいたい。威張ったり虚勢を張らなくても、誰よりも真剣に練習に取り組む姿勢と思いやりを持って後輩に対していれば、自然に後輩はそんな先輩を尊敬する。なあなあの上下関係もどうかと思うが、昔ながらの軍隊のような上下関係も今の時代の選手達には馴染めないのではないかと思う。であるなら人間と人間とが真摯に向き合える節度ある上下関係が今の時代には適しているように感じる。
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2018年05月08日

夢を追いかける

夢を描いて夢を追いかける。夢は叶わなかったかもしれない…でも夢を追いかける時間は苦しくても辛くても充実して生き生きしていたはず。叶う叶わない以上にそんな時間を過ごせたことに感謝しよう。だから次も夢を追いかけていける。生きてるぞ!という自分を強く実感できる時間。それは夢が実現した方がいいに決まっている。でも実現しないくらいなら最初からやらない、とか、現実にできそうなことをやればいいじゃないか、となるのは寂しいような気がする。もちろん、無理なく実現はできることだろう。でも、僕はやはり夢を追いかけていきたい。実現したかしないかはあくまで結果であって、夢を描くワクワク感。夢に向かう高揚感、そして何より自分は今ここに確かに生きてるぞ!という強い実感。そしてそれらがあるから苦しくても辛くても夢に向かって乗り越えていける。そんなハードルさえも夢をより楽しいものにしてくれる。アホじゃない?と言われようが自分の人生を夢を持って生きていけたら最高ではないかと思う。
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2018年05月07日

アップの重要性

ウォーミングアップをいい加減にダラダラやってしまうと、そのダラダラした動きに合わせて気持ちもダラけてしまう。身体も技術練習になってもダラダラ感が続く。しっかりと意識してキビキビとやりたい。アップと練習を切り分けるのではなく、アップから練習は始まっているという明確な自覚を持ちたい。もしかするとウォーミングアップという言葉のニュアンスが何となく緩さを喚起してしまうのかもしれない。これはスポーツに限らず、仕事でも何でもそうだがウォーミングアップはとても重要な意味を持つ。下手なアップをして大事な場面で心身共にダラけて乗り切れなければマイナスにしかならないのだから。
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2018年05月06日

指導者の心得

才能の差と言ってしまえば、それは先天的なものだよね、で話は終わってしまう。才覚。才を覚醒させる。才を覚えさせる。これは後天的に身につけていけるもの。スポーツの指導者は才能という言葉に逃げずに、いかにすれば才を開花させるかに頭を転化していかなくてはいけない。才を眠らせたままでは勿体ない。「何で言ったことができないんだ!」と叱るのは簡単だが、選手は言われたことを懸命にやろうとしている。でも、できない…そんな時に、どうやって教えたら選手はできるようになるのか自問自答、試行錯誤を繰り返す。誰よりも選手はできない自分が悔しい。できるようになりたい。その力になるのが指導者。言ったことがすぐにできる選手は才能があって、できない選手は才能がないと切り分けるのは指導者の努力不足のような気がしてならない。何かをやれ!と言うだけなら簡単なこと。できないを少しでもできるに変えていくことにこそ指導者としての楽しみがあるような気がしてならない。
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2018年05月05日

期待に…

期待を寄せるのはいい。でも勝手に期待を押しつけて期待通りの結果が出せなければ手の平を返したような対応をするのは良くないと思う。期待を寄せたのであれば、どんな結果でも受け止めて温かく応援を続けていきたいものだ。誰よりもみんなの期待に応えたいと全力を尽くそうとしたのだから。期待は時に大きなプレッシャーになったことだろう。しかし、その期待に感謝して懸命にそれに応えようと懸命に取り組んできたことだろう。そんな姿を見たり、せめて想像できれば手の平を返したような冷たい仕打ちはできないと思う。期待を寄せられ苦しくても苦しいと口にできず健気に黙々と取り組んできた想いを感じてみよう。冷たい対応をされても自分が期待に応えられなかったからだ…と自分が自分自身を責めてしまう辛さを感じてみよう。選手は誰もが真剣に戦っている。
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競い合い

争うのと違って、競い合うのがスポーツ。争いからは傷しか生まれないが、競い合う中では切磋琢磨して進化が生まれるかもしれない。争いはルールや手段を選ばないが、競い合いにはお互いを同じ土俵に立たせるルールがある。色々な見方はあるだろうが、スポーツが競い合いではなく、争いになってはいけないと感じる。争いになると、相手に対する尊敬も感謝も心の通い合いもなくなってしまい、ただ相手を倒すことだけになってしまう。これは綺麗事かもしれないが、スポーツに限らず企業の集団の中でも出世争いではなく、出世競い合いができたなら、お互いが刺激し合えていいような気がする。
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2018年05月04日

人生には

悲しいという字は、考えてみたら心が非ずと書くんだな。心ここに非ず。本当に悲しい時というのは、心はどこかをフラフラとさ迷っている感じがするものだ。心を取り戻そうとしても、自分が自分自身でないような、確固とした自己を持てていないような感じがする。哀しさ。これは口に衣を着せると書く。哀しさを感じた時というのは、そのことを口でベラベラとは話せないものだ。心の中にそっとしまいこんで、そっと蓋をする。喜怒哀楽と人生を生きていれば、様々な感情と共に生きていかなくてはならないが、当然だが哀しみ、悲しみはとても辛いものだと感じる。人生には大切な命との別れがある。それを含めての人生なのだろうが……
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2018年05月03日

最後の一瞬まで

野球でいくら内野ゴロを打っても審判のコールがあるまで自分の勝手な判断で走るのを諦めてはいけない。エラー、悪送球、一塁手のポロリ…何が起こるか分からない。日頃の練習のダッシュだって、ゴールラインまで力を緩めたくない。諦めて緩めた先には可能性すら失われるのだから。ほぼほぼ無理だと思うことであっても、最後の最後にどうなるかは誰にも分からない。人間のできることは結果が出るまで、最後の一瞬まで手を抜かずに自分のできることに全力と最善を尽くすことしかない。自ら可能性を断ち切ってしまうような生き方だけはしたくないと思う。
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2018年05月02日

真っ直ぐな想いで

いつしか、余計なものを背負い過ぎていないだろうか?好きな真っ直ぐな想いを見失ってないだろうか?初めてボールに触れた時に周りの目なんて気にしてただろうか?ミスするのが怖かっただろうか?できないことより、できるようになったことが楽しくて仕方なかったのではないか?大人になればなるほど、技術は巧くはなっただろうが、心はつまらない選手になってはいないだろうか?真っ直ぐな目で純粋にボールを追いかけていたあの頃。一つでも上達することが楽しくて仕方なかったあの頃。大好きで大好きで早くボールを持って練習に行きたかったあの頃。いつまでもそんな自分の原点を忘れたくない。
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2018年05月01日

乗り越えた先に

知らない強さの先に、知るからこそ生まれる弱さが出てくる。しかし、その弱さを克服する術を身につければ、知らない強さ以上の強さを身につけていける。怖さ知らずが怖さを知り、怖さをコントロールして怖さを乗り越えていける。知らない強さの勢いのままには続いてはいかない。知らないうちは、怖いもの知らずの勢いでどんどん行ける。新人選手が勢いのまま行けることはよくある。しかし、試合の中で様々な怖さを知り、しばらくすると大きな恐怖の壁にぶつかる。ここを乗り越えていけるかいけないかでその選手のその先はずいぶん変わっていく。一度乗り越えれば終わりかというと、そうではない。県の中の経験する怖さ、全国、アジア、世界…と段階が上がれば上がった怖さを経験して様々なことを知っていくが故の弱さが出てくる。これを一つ一つ乗り越えていかなくてはいけない。そのための術をしっかりと身につけていかなくてはいけない。怖さ、弱さは人間誰しもが持つ。そこをいかに乗り越えていくかの術が何よりも重要だ。
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