2018年05月12日

自分の価値観で

子どもの頃、まさに大人から見たら何の価値もないようなガラクタが宝物だった。高価とかブランドなんて関係なかった。ただのガラクタでも自分自身には何物にも変えがたい宝物だった。人や世間の価値ではなく自分自身の価値観。時間だって子どもの頃には濃い時間の凝縮された宝物のような時間だった気がする。大人から見たら、何か凄いことをした訳でも、凄く貴重な体験をした訳でもないが、子どもの心で素直に感じたり、感動したことは素晴らしい宝物の時間になっている。本当は大人、子どもなんて関係なく、人は自分自身の宝物や宝物の時間をその価値観で持つべきものなのかもしれない。
posted by Takahata at 01:01| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする