2018年06月30日

プロとは

好きなことをとことんまで極めていこうとする姿勢にこそプロを感じる。知らないことを知り、とことんまで学び続けている姿に意欲を感じる。できないことを認め、とことんまでできるようになろうとする姿に本気を感じる。プロの道はその旅を終えるまで、探求と行動の日々のように感じる。プロと呼ばれる世界の中にもアマチュアみたいな人も多くいる。反対にアマチュアと呼ばれる世界の中にもプロのような人も多くいる。僕の考えるプロとはプロという形ではなく、プロとしての意識をどれだけ持てているのか。どれだけ、そのことに没頭して惜しみない汗を流していけるのか。ここにあるような気がする。そんなプロと接しているとプロとしての自分自身もさらに奮い立たされる。
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2018年06月29日

濃い時間を

必死にがむしゃらにやるのはいいじゃない。恥ずかしいことでもなんでもない。好きなことをやってるんなら、熱い気持ちでやればいいじゃない。バカにされるようなことではない。好きなことを本気で好きだって素直に言葉にできるのって本当にいいな!と思う。誰かのためではなく、自分の思いに素直に従って自分のためにやるんだから。人目なんか気にしなくたっていいんじゃない。そんな真っ直ぐなひたむきな思いと無我夢中な行動力。僕は凄くいいな!と思う。人生の中でそんな濃い時間を過ごせるって最高じゃない。後にも先にも残らないような曖昧な薄い時間を過ごすより。本気で生きてる時間を大切にしていこうよ!!
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2018年06月28日

平和

わずか70年前。僕が生まれたたったの23年前。この国は戦争の渦中だった。僕が生まれた広島は原爆で焼け野原だった。海原で、ジャングルで、人知れず亡くなられた無数の人…数多くの若者は将来の夢を語ることも許されず短い命を終えていった。スポーツに夢中になっていた若者も、たった一枚の召集令状で戦地に駆り出された。ボールを手榴弾に変え…スパイクを軍靴に変え…スポーツをする、そんな当たり前のことさえ許されなかった時代がほんの僅か前にあった。どれだけ悔しかったろう。どれだけ悲しかったろう。平和な世の中だからこそ、スポーツだってできる。多くの犠牲の上に築かれたこの平和な社会をみんなで守り抜いていかなくてはいけない。当たり前に思わず感謝の念を忘れずに。
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2018年06月27日

進化

一・五流になるためには、人一倍ひたすら練習に励めばいい。一流になるためには身体以上に頭を働かせていかなくてはいけない。超一流になるためには技術以上に人間を磨いていかなくてはいけない。二流三流でいいなら、今のままで充分。より上の壁を越えていくためには、今のままという発想を捨てて新たなことを取り入れていかなくてはいけない。今のままでいいという発想がある限りはどこまで行ってもその枠組みから一段上に上がっていくことはできないだろう。せいぜいが現状維持。そこを打ち破るためには新たな取り組みがどうしても必要になる。そこに気づけるかどうかは大きい。気づいて取り組んでいけるかどうかはさらに大きい。決して簡単には行かない。しかし、せっかく何かに取り組むならそこそこの現状維持で終わってしまっては面白くない。できるなら超一流の領域にまで足を踏み入れてみたいと思う。そこに自分自身の進化を感じるために。自分自身をより高みへと高めていくために。
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2018年06月26日

やる気

いつもやる気満々なんてことはない。「やる気あるのか!!」と叱られると、まるでやる気がないように感じる。やる気がなければ練習には来ていない…やる気が余計に削がれるかもしれない…「今日はどうした?」と尋ねてみてはどうだろう。個々がやる気が低下している原因を自問自答することが大切。やる気があるのか、ないのか?の問いに人はあります!と答えるに決まっている。そんなイエスノーの二分法ではなく、何故?今日はいつもよりやる気が低下してるんだろう?と考えて理由を探り、その理由を解決していくための手段まで考えた方が遥かに意味があることになる。そのようにしていってこそ初めて自分が自分自身のやる気を高めていける。理由を曖昧にボヤかしてやる気はあります!と口先だけで答えさせたところで大した意味は持たないだろう。怒鳴ったりして、やる気は高まるものではない。根本からやる気を考えていきたいものだ。
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2018年06月25日

言葉の合図

「よし!次!」試合の時、ミスした時にあれこれ考える前に、直後に口にしてみる。「まだまだ元気!」練習で疲れた時にどんどん嫌になる前に口にしてみる。そんな言葉を口にする習慣をつけていく。するとそれが合図になって、気持ちが切り替わりやすくなる。そんな自分なりの言葉を持つといい。落ち込んだり、沈み込んだり、イライラする前に先手を打って自分が自分自身に言葉をかけていく。深みにはまる前がいい。人は後ろに時間は生きてはいけない。人は前に時間を生きていく。前に向かうために必要な言葉を探してみよう。取り返せない時間をウジウジ過ごすより、これからの時間を前向きに取り戻していく方が遥かにいい。
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2018年06月24日

感謝

もし…スポーツというものが存在していなければ、自分の人生はずいぶん色褪せていたものになっていただろう…と感じる。悔しさや辛さや悲しみ、喜びや感動や歓喜。様々な感情が突き動かされる。スポーツと関わりながら人生を送ってこれた幸せを感じる。選手として、そして選手を支える側の仕事として。役割は変われどスポーツは自分の人生に様々な彩りを与えてくれて、心を豊かにしてくれる。生きている実感を強く与えてくれる。上手くいかないこともあれば、上手くできることもある。負けることもあれば勝つこともある。それがスポーツ。もし…スポーツがなかったら…そう考えるとスポーツに本気になってプレーしてきたことも、本気で仕事できている今も感謝の想いでいっぱいになる。
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2018年06月23日

飛び出して!

選手はどうしても井の中の蛙になりがち。狭い世界で自分自身を評価してしまう。世界は広いし、上には上がいるものだ。自分自身を狭い基準、低い基準に当てはめた時から、選手としての自己満足が始まり、実力もそこ止まりになってしまう。狭い井戸の中で活躍すれば安心かもしれないが、進化はない。進化していくためには、敢えて自分が今、通用しない世界に飛び込んでいくのもいいと思う。それには勇気と真の意味での自分自身に対する自己信頼感が必要になる。一番でいられる世界から飛び出してうくのだから。進化していくというのは、決して楽なことではない。しかし、自分自身の進化した姿は無限の喜びがあることだろう。
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2018年06月22日

流れ

試合の流れというものを運と捉えるか、人間の心理の心理の変化と捉えるか。どちらもあるだろう。しかし運と捉えるだけだと、自分ではどうしようもなくなる。心理と捉えると自分で意識して対処していける。流れを受け身なものにするか自分がコントロールしていこうとするか。後者の方が試合をコントロールしやすくなる。もちろん運はあると思う。でも大切なのは全てを運のせいにしてしまわない姿勢。自分の心理次第である程度、流れを手繰り寄せることも、流れを逃がさないようにすることもできる。流れをある程度支配できるようになると試合運びも楽になっていく。そのためにも自分自身の心理のコントロールをできるようにしていくことが大切になる。
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2018年06月21日

舞台に

夢への舞台。誰もが立つことが許されない舞台。多くの者が夢を描き、その舞台に立つために懸命に時間もエネルギーも費やして臨む。もちろん夢の舞台に立てることは素晴らしいが、夢の舞台に立てずに終わることが意味のない時間だったとは思わない。今の時代、どれだけの人間が本気になって夢を描いて、そこに膨大な情熱を注いでいけているだろうか…そんな時間を過ごせた日々こそとてもかけがえのない大切な時間だと思う。熱く本気の時間。夢を持てる自分を誇りに思えばいい。夢が叶わなかったからと言って恥じることも下を向くこともない。夢の舞台は立った者にとっても、立てなかった者にとっても、かけがえのない時間を与えてくれる。
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2018年06月20日

安定した自分で

一度の敗北や失敗で絶望する選手は、一度の勝利や成功だけで、全てに成功したと自惚れる選手と同じだ。勝っても負けても、しっかりとしたブレない自分自身を持っていたいものだ。結果に一喜一憂せずに常に自分の実力をしっかりと認識して勝って尚謙虚に、負けて尚希望を抱いていける自分自身でありたいものだ。勝とうが負けようが、自分の実力には変わりはない。大切なのは勝とうが負けようが自分の実力を地道に上げていくことだけ。勝ち負けに振り回されて自分の実力を正確に評価できずに右往左往していると自分自身を見失ってしまうことが出てくる。
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2018年06月19日

喜び

選手達を支えたり、指導する中で選手達からも多くの勇気や希望というプレゼントをもらえている。激闘の中の一つ一つのプレーには選手達の想いがこもっている。スポーツはその想いがいつも結果として報われる訳ではないが、それでも次に向かって立ち向かう姿に僕も心でいつも感謝している。選手達はいつも全力を出し切ってプレーしたいと考えている。そのためにもがくこともあるだろう。そのために迷ったり悩んだりもするだろう。そうやって一つ一つを乗り切っていく場面に立ち合える幸せは何とも言えないものだ。そして一つ乗り切る度に進化するその姿に、選手として、人間としての可能性を感じさせてもらえる。
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2018年06月18日

長い旅路を

これまでの人生を今の自分の人生に生かして、結果としてそれが人生に自分自身が生かされていくというのは本当に素晴らしいと感じる。人はそれぞれ個々の人生を歩いていく。それぞれの人生を通して様々なことや人に出会い、様々なことを体験したり感じたり考えたりすることで今の自分が作り上げられていく。人がそれぞれ唯一無二の存在であるのと同様に、個々の中に蓄えられてきたものも唯一無二である。それを自分の人生という唯一無二な道の中で、生かし生かされていく。人は自分の中に蓄えられてきたものを通して人生を歩みながら人生の風景を見ていくのだろう。そして人生の長い旅路の意味を自分なりに考えていくのだろう。
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2018年06月17日

ブレずに貫く

ブレずに貫く。結果が思わしくない時、指導者から〜するようにアドバイスされた時、自分の中でもがき迷う時…選手はともすると、自分が信じる道からブレてしまいそうになる。意地を張ったり、拒否するために貫くというのではなく、何故自分はその道を選択したのかの理論を明確に持てていれば自然に貫ける。そもそも、自分が何らかの道の選択をする際に、大して考えもせずに漠然と選んでしまうと、それはもはや理論も根拠もない道だから、いとも簡単にブレてしまうだろう。まさしく根なし草のようにプカプカと流されていく。だからこそ、どんな道を選択する際にも、周りから言われたからやる、とか単に手当たり次第にやる、という適当な選択はやめておいた方が良いと思う。
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2018年06月16日

練習後に

練習が終わって、はい!終わり!にするのではなく、練習後の30分がとても貴重な時間。それは、身体活動後30分〜1時間は身体を動かした感覚や記憶がまだ明確に残っているから。それは時間の経過と共に記憶から消えていく。だからこそ練習後にしっかり自分のプレーを見つめ直す時間を大切にしたい。せっかく練習をしても、振り返ることなく流してしまっては勿体ない。感覚が薄れてしまってから、見つめ直しても正確に自分のプレーを理解していけなくなる。練習時間も大切だが、終わった直後もとても大切なことを忘れないようにしていきたい。
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2018年06月15日

目標達成のためには

目的地に行くためには、道順や乗り物の手段、タイムテーブルなど明確にして最短で最速のスケジュールを綿密に組む。目標も同じ。目標が曖昧なのは論外として、どれだけ目標までの道筋をつけられるか、そのために必要な具体策を明確にできるかで目標を最短で最速で達成できるかどうかが決まってくる。何となくの目標は逆に自分自身を更に曖昧にするし、道筋が見えなければグダグダと無駄な寄り道ばかりしてなかなか目標には近づいていけない。方法論が分からなかったら何をどのようにしたら進んでいけるのかも分からず無駄な意味のないエネルギーを浪費しかねない。立てたなら達成してこそ目標の意味が出てくる。
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2018年06月14日

できるように!

できない、できない…とボヤくくらいなら、どうやったらできるか?と一人言を言った方がいい。できないからやらない…と投げ出すくらいなら、まずは何からやろうか?と小さな一歩でも踏み出した方がいい。できない自分はダメだと暗くなるくらいなら、これができれば自分はもっと伸びると明るく考えた方がいい。心で諦めてしまうと、言葉は悲観的になり、行動は逃げの姿勢になっていく。それでは、いつまで経ってもできない…はできないままで終わってしまう。できないことが少しずつでもできるようになる喜びは大きい。慌てなくていい。じっくりと前に向かって進んでいける人間でありたいものだ。
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2018年06月13日

今だからこそ

試合に出れないなら、出れないことをクヨクヨ考えるのではなく、出れないという現実と向き合ってみる。そこで試合に出れないから自分はダメだと自己否定に走るのではなく、試合に出ていない今だからこそ、試合に出た時に大活躍できる自分をしっかりと作り上げるチャンスと考えてみよう。そこそこで試合に出て、そこそこの活躍をするくらいなら、今はしっかりと実力を蓄えていく時期だと捉えていく。そして試合に出た時には蓄えた実力を大爆発させる。試合に出ていてはできないこともあるだろう。出ていないからできることもある。そこを見極めて今だからこそ、できることを積み上げていこう。
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2018年06月12日

時間を生かす

試合時間は生きている、動いている。だからこそ、どれだけ点差が開こうが絶対に諦めたくない。試合という限られた時間くらい最後まで喰らいついていきたい。勝敗以上にそんな姿勢が次に繋がっていく。投げ出した者には時間は絶対に味方してはくれない。全力を尽くして自分の時間を最後まで生かしていこう。諦める、投げ出すという行為は自分に与えられている時間を殺しているようなもの。そんな者には時間を支配して時間を自分のために動かしていくことはできないだろう。目の前の点差に気を奪われるのではなく、目の前に与えられた時間に自分の全力を尽くしていく。
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2018年06月11日

青春のアルバム

負けたからといって、今までやってきたことは無駄になんかならない。負けたからといって、駄目なチームなんかではない。負けたからといって、全てを失う訳ではない。最高の仲間達と夢を真剣に追いかけた日々。流してきた汗。ひたむきに練習してきた情熱。そこに無駄や駄目なんてないよ。試合には負けても、君には大切な仲間や費やしてきた日々を決して失うことはないだろう。自分を、仲間達を否定することなく、嘘のない費やしてきた日々に胸を張っていてほしい。バカみたいに熱い情熱を傾けた時を過ぎた時に懐かしく思い出す日があるだろう。君の心のアルバムには青春のかけがえのない思い出が深く刻まれていることだろう。
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2018年06月10日

悔しさの先に

悔しかったら、悔しさを晴らすしかない。そのためには、誰よりも頭を使い、誰よりも汗を流さなくてはならない。それができない悔しさなら、それは悔しさではなく負け惜しみ。負け惜しみをいくら口にしても、何も解決はしない。悔しさをバネにするのか、打ちひしがれるのか。言い訳なんていらない。そんなことを口にしてる暇があるなら、次の悔しさを味あわないために、悔しさを晴らすために何をすべきかを考えて黙々と前に進んでいく方が遥かにいい。悔しさは自分の背中を強く押してくれる。妥協しそうな自分を叱咤激励してくれる。もうあんな悔しさを二度と味あうことのないように前に進め!と。
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2018年06月09日

準備をして待ち構える

試合に出ていなくても、試合に出ている気持ちでいなければいけない。試合に出ていなくても、自分はこのチームにとって必要な一員であることを自覚していなくてはいけない。試合に出ていなくても、必ず出るチャンスがあるという前向きな気持ちを忘れてはいけない。諦めて投げ出した瞬間に自分がやるべき準備はできなくなってしまう。どうせ自分なんて…と腐ってしまった瞬間からチャンスすら巡ってこなくなってしまう。何で?あいつらばっかり試合に出るんだよ?と不平不満ばかり抱えているとチームの仲間との絆は薄れていってしまう。今の自分をしっかりと受け止めて認めた上で、そんな今の自分ができることを懸命に積み重ねて、しっかりといつでも試合に出れるように待ち構えておくことが大切になる。
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2018年06月08日

我慢

我慢は大切。でも、我慢しすぎてしまうと、小さな痛みや小さな弱音を吐けなくなる。すると大事に至るまで自分でも気づけなくなる。まだ平気だよ、まだ耐えていけるよ、で受け流してしまう。我慢強さは両刃の剣。自分への厳しさと優しさを兼ね備えた我慢ならいいのだが。愛情のある我慢。闇雲に我慢に我慢を重ねてしまえば、下手をすると人の心身は悲鳴を上げて潰れてしまうかもしれない。そこで潰れて大事に至ってしまって取り返しがつかないことになってしまうのはとても残念なことだ。我慢することはむやみやたらに自分自身を追い詰めることではない。時に立ち止まって安らぐ、息をつくという時間も大切なような気がする。自分を守ってあげられるのも他でもない自分自身でしかないのだから。我慢できなければ何事も成せない、でも我慢ばかりだと人生の真の豊かさや安らぎを見出だせなくなっていってしまうかもしれない。上手に我慢はしていかなくてはいけない。
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2018年06月07日

ライバルに感謝する

ライバルを妬んだり、ひがんだり、足を引っ張ったりしない。そんな労力を使うより、その労力を自分自身に使おう。自分自身をより輝かせ高めていくために。相手が落ちてきて、自分が上に上がるのでは何の意味もない。人は人、自分は自分。自分自身が力をつけていくことに意識を集中させていく。力があれば自然にライバルとは気持ち良く切磋琢磨していけるだろう。一番にいることに意味があるのではない。実力があることにこそ意味がある。指をくわえて、後ろ向きに相手を羨んでいたところで自分には何の実力もついてはいかない。ライバルとはどんどんと実力の差が開いていくだけのこと。もっと自分自身に意識とエネルギーを注いでいかなくてはいけない。それができた時にライバルには深い感謝の念が生まれる。気持ち良く正々堂々と競い合える存在が嬉しくなっていくことだろう。そのことはいかなる時でも絶対に忘れてないけないことだと思う。ライバルに感謝できている時は、自分の実力も高まっているはずだ。
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2018年06月06日

量と質の問題

量か質かという問いがあるが。たくさんの量の蓄積がなければ質へと転換するのは難しい。その量も正誤織り交ぜて。間違いを知るから正解を知れる。正解を知るから間違いとの誤差を知れる。こうした経験を踏まえてこそ質を追求していくことに繋がっていく。あまり失敗や誤りを恐れずに経験を積み重ねる時間も大切なもの。今の時代は間違うことをやる前から恐れすぎる。それでは経験数が減っていってしまう。簡単に質の探求というが、経験もないのに質なんか求めようがない。質は正解と間違いとの誤差を知り、その誤差を埋め合わせていくために緻密に分析したり、熟考したりする中で練られていくものだ。マイナスを経験的に知ることは決して悪いことではない。マイナスをマイナスで終わらせなければいいだけのこと。質を高めていくことは絶対に必要不可欠。しかし質を高めるためには多くの間違いを含めた試行錯誤もまた必要不可欠ということを忘れてはいけないと思う。
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2018年06月05日

ノーアタック・ノーチャンス

『ノーアタック・ノーチャンス』何事もそうだが、積極的に攻めればそこには危険が伴っていく。しかし安全策をしている限りはチャンスすら巡ってはこない。チャンスを掴み取るためには敢えて攻めを仕掛けていかなくてはならない時もある。人生を切り拓いていけるのは自分自身でしかない。待っていても何もチャンスからは歩み寄ってきてはくれない。攻めれば危険と隣り合わせ。攻めればこその多くの失敗の上に生まれるいくつかの大きなチャンス。失敗を恐れるのか、チャンスを楽しむのか…しかし、その攻めも無茶苦茶ではなく計算された冷静な攻め。攻めるには勇気と覚悟がいる。不安を振り切る勇気と失敗を受け止めるだけの覚悟。それがなければ思い切ったアタックはしていけない。ビクビクしながら攻めるのではなく、勇敢に攻めていく。人生を切り拓いていけるのは自分自身でしかないのだから。自分を信じて突き進む。
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2018年06月04日

未来の安定??

明日が決まっている人生、十年後、さらにその先も決まっている人生を人は安定と呼ぶのだろう。僕は感覚が逆なんだろう…そんな先々まで予約のある人生に退屈になってしまう。明日は何が起こるんだろう?十年後はどうなっているんだろう?ということを不安ではなく楽しみに感じる。何か何が起こるか?どんな人生なんだろう?という未知を楽しんでいる自分自身を心の中でいつも感じている。そもそも、将来の安定なんていうのも未来予想図でしかない。今いる会社が倒産するかもしれないし、どんな災害があるかもしれないし…だからこそ、今という時間に全力を尽くしたい。全力を積み上げていけば、自然に自分自身の生きる力や仕事の力は向上していく。そんな自分の持てる実力こそが未来を、いかなる未来であろうが生きていく安定なのではないかと考えている。日々、自分の中で力試しをしながら今を未来に繋げていければいいと考えている。
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2018年06月03日

悔しさを糧に

悔しさがそのまま心を腐らせていってしまうのか、悔しさを糧にしてエネルギーに変えていけるのか。悔しさを経験して弱くなるのか強くなるのか。勝負をしていれば悔しさの連続。心の在り方一つで、悔しさはプラスにもマイナスにもなる。悔しさは成長するために活かしていきたいものだ。勝負して負ければ誰だって悔しい。それでいじけて腐っていけば、その先には何も生まれてはこない。前向きな気持ちを持つとはそういうこと。誰だって調子のいい時には前向きなのは当たり前。しかし心を揺さぶられるような悔しさの中でどれだけ前向きに捉えていけるのか。前向きに考え悔しさを糧にできた者だけがリベンジを許される。悔しさをバネにして一回りも二回りも大きな人間になっていきたいものだ。悔しさを悔しいままで終わらせない前向きさを常に忘れずに持っていたいものだ。負けっぱなしじゃ何一つ始まらない。その先を突き抜けていかなくてはならない。その時に初めて悔しさに感謝もできる。
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2018年06月02日

セルフイメージを打ち破れ

人間にはできることはたくさんある。自分でセルフイメージの線を引き輪郭を作る。その時点でその輪郭の枠内の自分しか見えなくなる。枠内のことはできる、枠外はできない…人間の可能性を考える時、中途半端なセルフイメージを持ってしまうのはもったいないように感じる。人生は可能性を広げる旅。自分はせいぜいこんなもんだよ…なんて言葉は聞きたくはない。常に自分はまだまだこんなもんじゃない!と口にできる人間でありたいものだ。こんなものという余計なセルフイメージの枠組みなんていらない。枠の外にはまだまだ自分を待ち受けてくれている可能性が無限にあるのだから。小さくまとまってしまったら人生はもったいない。今までの自分はこうやって生きてきたから、ここから先もこの程度…、ではなく、今までは今まで、今からは今から。自分の中にある無限の可能性を信じれる生き方をしていきたいものだ。そこにこそ、長いような短いような人生を生きていく楽しみがあるように思うのだが。
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2018年06月01日

相互理解

相互理解がしっかりできているチームはチーム内でお互いに任せると決めたなら、中途半端に口出しせずに任せ切れる。任せたら、自分の目を信じて任せた相手を信じて口出ししたくても我慢する。相手の力が思い通り発揮できる環境だけは整えてあげる。任せるというのは同時に育てるということでもある。相互理解とは相互の育て合いとも言えるだろう。中途半端な任せ方は逆に相手を潰してしまうことになりやすい。責任感。任せた相手には自己責任を持って遂行してもらわなくてはいけない。あれこれ口出しをするということは相手が自分の責任感を見失うことでもあるし、同時に相手に自分に対して依存させていくことにもなる。任せ切るというのは突き放すということではない。求められればアドバイスやフォローもいとわない。ただし求められれば…主体は任せた時点から自分ではなくなり任せた相手に変わるのだから。だからこそ、任せるには覚悟が必要になる。覚悟はチーム内でお互いに真に相互理解できていなければ持てるものではない。相互理解の根底にはやっている競技に対する想いの強さが必要になる。想いの強さは、どんな絶望の淵にあっても、そこに希望の光を与えてくれる。想いの強さは、どんなに困難な状況にあっても、踏ん張り抜く底力を与えてくれる。想いの強さは、孤独な戦いの中でも、想いを共有できる大切な仲間を与えてくれる。想いは時に打ち砕かれそうになる。それを建て直してくれるのも、また想い。想いは想いで乗り越えていく。決して諦めることなく、投げ出すことなく、地道に進んでいく。それを支えるものこそ想いの強さと言えるだろう。何が何でも何とかしてやろうという想いの強さ。想いとは中途半端なものとは違う。心が根底から求めているもの。それ以外は考えられないというくらいの想い。決して揺らぐことのない一途な想い。それがあれば大抵の物事は成し遂げていけるはずだ。想いはとてつもなく大きな力だと実感させられる。競技に対しての想いが強ければ強いほど、共に想いを共有するチームメイトを理解したくなるし、理解しやすくもなるのだ。チームメイトと相互理解するためには仲間が何故?と理解をしようとする姿勢が求められる。負けたら「勝つ気あるのか」ミスしたら「気合い入ってんのか」…勝たなくてはと強く思ってるからこそ反転で負けることが極度に怖くなる。気合いが入り過ぎてるから無駄に力みが生まれてしまうこともある。勝つ気のない、ミスしてもいいなんて思ってる仲間はいない。そんな言葉で切り捨てないでほしい。やる気はあるのか?真剣にやってるのか?結果が悪ければ全てその類いの言葉を吐き捨てるようにして言い、原因をそこに結びつけていく。やる気がなければ、その場になんて立ってはいないし、真剣にミスしないようにやっている。それでもミスはするし、負けもする。それがスポーツだ。もっと深い部分まで仲間を知ろう、理解しようとする姿勢を持たなければ本当の原因は見出だしてはいけないだろう。大抵の原因はそんな簡単な言葉で切り捨てられるような部分にはないのだから。勝ったり負けたり…抜きつ抜かれつしたり…凄いプレーができたり何でもないミスをしたり…急に成長したり突然の不調になったり…そんなことが人間という生き物がやるスポーツ。スポーツも人生も良かったり悪かったり。そういうものだろう。その都度、全力で真剣に取り組んでいくだけのこと。目先の良いことに浮かれるでもなく、目先の悪いことに落ち込むでもなく、ただ地道に自分のできる全力を尽くしていく。人間ができることはそれが精一杯。ただ、昨日より今日、今日より明日、自分が進化した自分自身と仲間に出会いたい。だからどんな結果になろうが前を向いて進んでいく。ただそれだけのこと。泣いたり笑ったりを繰り返すのがスポーツ。地に足を着けて常にブレない揺るぎない自分自身でありたいと思う。物事は簡単には上達しない。相互理解するためには幾度となく壁にぶつかる。それを嫌だと考えるか、難しいからこそ楽しいと考えるか…難しいからこそ、一つ一つの壁を乗り越え段階が上がった時にお互いをより理解できた達成感や喜びも湧いてくる。簡単にできることは、楽かもしれないが、楽しくはないように思う。楽をして何かを手にしてもすぐに飽きてつまらなく感じてしまうと思う。苦しくて辛くても地道に一歩一歩積み上げていく中で手にしたことは喜びもひとしおであろう。相互理解への道筋とはまさしくそんな感じだろう。壁にぶつかれば、時に苦しさを投げ出したくなったり、面倒に感じたり、自信を失ったりしてしまうかもしれない。それでも相手を理解したいその想いで地道に積み重ねていく。部活を通してそんな楽しさを感じられたらいいと思う。人が人を相互理解するというのは、定点観測みたいなもののような気もする。雨の日、嵐の日、曇天の日でも、その上にある太陽を信じて、気持ちを乱さずに見続けていくことのように思う。いかなる状況に置かれようが変わらずに理解しようとしていく。状況に振り回されて理解しようとする相手を見失わないようにしていく。相手の存在が置かれている状況によっては十分に見えなかったりする時でも、その相手をとことんまで信じ抜いて、理解し続けていく。自分の都合で理解したりしなかったりするのではなく変わらずに理解を続けていく。真っ直ぐに理解していく。相手の調子がいい時には拍手を送り、相手が不調な時は全力で声援を送り支えていく。本気で理解しようとすればするだけ自分自身が苦しくてたまらなくなることもあるだろう。そんな姿は相手には見せずにひたむきに理解していく。相互理解するというのは軽く口にできる言葉ではない。覚悟のいることだ。でもその覚悟の決まった相互理解であれば、必ずその想いは相手には届くはずだ。
posted by Takahata at 08:32| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする