2018年07月22日

役割は変わる

昨日の続きだが…例えば高級和紙であっても、ゴミになり再利用されてトイレットペーパーになるかもしれない。これは人間でも一生何か一つの役割とは限らない。人の役割に優劣なんて本来はない訳だが、高級和紙の役割からトイレットペーパーの役割になったら多くの人は格落ちしたような感覚にとらわれたりする。それは他人の評価によるものかもしれないし、自分の価値観かもしれないし…しかし昨日も伝えたように、今の自分に与えられた役割にベストを尽くしていけばたくさんの人に役立つことだってある。役割に不平不満をできる限り持たずに誰かの役に立てることに喜びを感じながら全うしていける人生を送りたいと思う。
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2018年07月21日

役割

たぶん、トイレットペーパーと聞くと世の中にある紙の中で一番汚ない紙と答える人は多いのではないだろうか。でも、日常生活の中で一番なくてはならない紙でもあるだろう。昔、親から教えられた言葉を思い出した。親は役割と感謝を教えたかったのだろう。人には高級和紙のような役割からトイレットペーパーのような役割まで幅広くある。誰もが高級和紙に憧れたりしがちだが…でも、嫌われ役だったり、地味で汚れ役という役割にも深い意味があり、それは実はとても欠かせない役割だったりすることも多い。逆にそんな当たり前になりつつある役割、あるいは役割を果たしてくださっている人に対して深く感謝していくことも大切なことだと思う。どんな役割にもそれぞれに深いものであり、実は役割に優劣なんてない。その役割に誇りをもって全力で全うすれば必要としている人の役に立っていける。そんなことを教えてくれた親に感謝したい。
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2018年07月20日

考え方の素振り

野球選手が何万回も素振りをするのは何故だろう?それは繰り返したフォームが完全にクセづき、いざ!ボールが来た瞬間に反射的にそのクセが出るようにするためだ。体に覚え込ませるという、まさに表現がピッタリだ。では、考え方はどのように身につければいいのか。まさに考え方の素振りが大切になる。考え方の文章を日々何度も何度も書き写す。何度も何度も考え方の文章について自分の中で考え抜いてみる。まさに単語の暗記のように紙に書きまくり、口に出して何度も言葉にしまくり、考え方の素振りを繰り返す。そのうちにいざ!という瞬間にも自分が繰り返してきた考え方が反射的にできるようになる。心技体全て繰り返したことは自分の中に染み付いていくものだ。
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2018年07月19日

未来に

今は部活の辛い経験も将来は笑い話に変わるかもしれない。今は怖い監督も将来は感謝に変わるかもしれない。厳しかった先輩も将来は共に酒を汲み交わせる関係になるかもしれない。苦しかった練習も甘酸っぱい思い出になるかもしれない。今は分からなくても、苦しみを乗り越えた先には何かが変わる。それは乗り越えた者に与えられるプライスレスな贈り物かもしれない。乗り越えた者にしか与えられない楽しみ。何だってその渦中にいれば苦しかったり辛かったりする。それを将来に笑顔で楽しく語れるように今を踏ん張り乗り越えていこう!!
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2018年07月18日

状況判断

スポーツも人生もそうだが常に未来の展開は予想がつかない。結果論でああだこうだとはいくらでも言えるし言っても仕方ないこと。その都度、自分が精一杯考えて出した状況判断と選択を受け止めていくしかない。結果がどうあれ。だからこそ余計に過程における状況判断と選択だけは後悔しないように覚悟を決めて決断をしたいものだ。結果ばかりを見ていると、ついつい選択に迷ったり、決断が鈍ったりしてしまいがちだ。結果はあくまで、その都度、その都度の状況での選択の積み重ねでしかない。その状況の中で自分自身を信じて選んだ選択ならば、例え悪い結果になっても静かに耐えて受け止めていく。その強さがなければ本当の意味での自分が信じる選択はしてはいけないだろう。結果論では絶対に語りたくはない。そんなゴールから辿っていけばいくらでもああだ、こうだは言えるのだから。先の分からない未来に対して責任ある選択を自信を持ってしたのならいいではないか、と思う。試合で完全な力負けであるなら、例え大敗したとしても立ち直りやすい。しかし細かなミスが連鎖しての自滅的な負けは惜敗だろうが大敗だろうが引きずってしまいがちだ。人間はミスはしてしまう。大切なのはミスの連鎖をさせないで連鎖を断ち切ること。ミスをカバーする前向きなプレーをすること。細かなプレーに手を抜かず一手間かけること。この前向きで一手間をかけることが状況判断にはとても大切になってくる。ミスをすれば消極的になっていく。さらに行動が小さくなりミスを生みやすくしてしまう。慣れてくるといつもしていることが当たり前になり、変な慣れや手抜きが起こってくる。知らず知らずのうちに丁寧さが欠けていく。すると状況判断とそれに伴う行動がどんどん雑になっていく。そうなるとミスが起こる可能性は高くなっていく。絶対にミスの連鎖は起こさないように気をつけていきたい。単発なミスなら大丈夫、それは誰でもすること。大切なのは連鎖させないこと。そのためにも、いつも初心に帰り一手間を惜しまない状況判断と行動を心がけていきたいものだ。さらに試合を例にして言えば、ギリギリの接戦の試合では、流れがどちらに転ぶかは分からない。しかも大きな流れではなく小さな流れが行ったり来たりする。ミスとも呼べないくらいのミスで簡単に流れが変わる。戦いにくい試合。こんな試合は一瞬も気を抜けないし緩められない。ほんの僅かでも気持ちを切らせないように引っ張り続けなくてはいけない。大きな分かりやすい流れもあれば、小さな流れが交錯するような分かりづらい流れもある。慎重に考えながら状況判断をしていかなくてはならない。緊迫した場面では一瞬足りとも気を抜けない。神経を研ぎ澄ませ、感覚を敏感にして動物的な臭覚で流れを嗅ぎとっていかなくてはならない。勝負勘のようなものは、スポーツでは大切なもの。流れを読み違えると小さな流れを一気に大きな流れに変えて相手に持っていかれてしまう。流れは目では見えない。空気や風の動きのように感じ取るしかないもの。だからこそ誰よりも自分自身が鋭敏になるしかないのだ。一気に流れを手繰り寄せるために。諦めた瞬間から全ては終わる。辛くても苦しくても諦めずに前向きな気持ちを大切にする。どうでもいいって思った瞬間から全ての手抜きが始まる。投げ出しそうになっても踏ん張り何とかしてやるぞ!という気持ちを大切にする。最後の最後の一瞬まで。気持ちで負けてはいけない。どんな結果になろうが自分自身に胸を張れるように。試合の局面によっては諦めればいっそ楽になるだろう、どうでもいいって思えば楽できるだろう、という時は必ずある。そんな時にその甘い誘惑を断ち切り、敢えて自分に打ち克っていくのはキツいことだろう。でも最後までその姿勢を真っ向から貫いていくことができたなら、それは自分が今までの自分を乗り越えた瞬間でもあるのだ。結果は負けたとしても自分には常に勝ち続けていきたいと思う。それを続けていれば、結果として勝つことも多くなっていくはずだ。諦めない投げ出さない、最後まで喰らいつく。簡単にはいかないが、だからこそ人間が磨かれていくと思う。状況判断を下す時に大切なのは柔軟な発想力だ。四角四面の頭では、トップ選手にまでは登りつめていけない。固定観念や常識に縛られていては、その他大勢の並みの選手で終わってしまう。柔軟な頭脳と、ヒラメキ、アイデアや発想が泉のようにどんどん湧き上がる頭脳にしていく。基礎となるものと、その独自性の融合。そこに無限の可能性が生まれる。四角四面の箱の中にいると、その箱の中の世界が世界の全てになってしまう。箱の外にはまだまだ無限の世界が広がっているのに。たくさんの可能性に目を塞ぎ、箱の壁に記されていることだけを頭に入れる…ではなく、箱を飛び出して頭を動かしてみる。発想を変えれば見える世界は広がっていく。アイデアがあれば様々な絵を描いていける。ヒラメキはたくさんの指南を与えてくれる。頭の柔軟性。これはとても大切にしていきたい要素の一つである。今回のドリルを実践していく上でも、最後まで諦めずにチームメイトと柔軟な発想で状況判断力をしっかりと身につけていってもらいたいと思う。
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2018年07月17日

一点差

一点差の僅差でのゲーム。点差が強さを示す一つの指標であることは事実。得点と失点の差であるから。得点力と非失点力が高ければ点差は開く。しかし…一点差を守り切って勝ち切るというのは心理的な強さを感じる。負けていれば、まずは同点、そしてその先の一点。勝っていれば相手からじわじわと詰め寄られながらも守り切らなければならない一点。たかだか一点だが、されど一点。この一点が勝者と敗者を分ける大きな一点。この一点は諦めない力、踏ん張り抜く力、喰らいつく力、信じる力…こういった心理的な力が大きく関わっているような気がする。強いチームにはこの一点を攻守に渡り何とかしていける強さがある。
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2018年07月16日

ミスした直後に

ミスした選手に、さっさと交代を告げて、罰として走ってろ!と試合中に延々と走らせる…走ることにミスを解決する答えがあるならいいが、苦しませることが目的なら、これはもはや見せしめになってしまう。それなら、まだ何故ミスしたのかを考えさせたり、こう動けばミスはなかったという動きを反復させた方が効果的な気がする。指導者も選手もそうだが、これは何を目的にやるのか?を常に考えていたい。ましてや、ミスした直後は自分の中でも後悔や悲しさがピーク。ここで、罰を与えてしまうと選手の中にミスしたら罰せられるという恐怖心が強く植え付けられてしまう。その恐怖心で選手はさらに萎縮する。ミスした直後こそ、前向きにこうすればミスはなかった、この動きができれば次はミスしないという心のコントロールが大切に感じる。
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2018年07月15日

進化

とにかく頭を使う。人間が動物と大きく違うのが頭。頭を使えば、月にだって降り立つことができる。何千メートルの海底にだって辿り着くことができる。人間の頭は不可能を可能にしてきた。人類の歴史は不可能を可能をする進化の歴史。スポーツは身体を使って表現する。しかし頭を使わなければ進化はしない。自分ではこんなプレーはできない、こんな相手には勝てないでは進化はない。できないなら、どうすればできるようになるか?とことん頭を使って考えてみる。頭の中でイメージを膨らませて想像してみる。自分を進化させるために不可能を可能にしていく。それをするからこそスポーツのみならず何事も楽しい。
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2018年07月14日

大切に

PIC0000E7.JPGモノが溢れかえる世の中にあって、『モノを大切にする』ということはよく言われること。ボールの手当。酷使したモノを労る気持ち。モノを大切にすることは自分自身を大切にすることに繋がるような気がする。モノを大切にすることはケチなことではなく、心の贅沢、いや、心の豊かさのように思う。モノを丁寧に扱っていると、自然にそのモノに対しての愛情が深まっていくだろう。自然にありがとうの気持ちが湧き上がってくることだろう。人間だって誰かに酷使されて、ボロボロになったら放っておかれたら辛いだろう。でも、ありがとう!と言われて労をねぎらってもらえれば嬉しいだろう。


今日が大切な試合の方。試合をできることに感謝して、全力で好きな競技を真剣に楽しみ尽くしてきてほしいと思います。
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2018年07月13日

同窓会

DSC_0257.JPG広島市立皆実小学校の友達に38年振りに再会した。一瞬にして小学校時代に戻れる。竹馬之友とよく言うが、38年全く会うこともなかったのに、一瞬にしてあの頃に戻れる幸せを感じる。童心に帰れる喜びと同時に、今の彼らがそれぞれの道で成功をおさめてることに友達としての誇りと喜びを感じる。無邪気に遊んだり、たくさんイタズラしたり、先生にこずかれたり怒られたり。あの頃の思い出と共にあの頃の感情や様々な情景、時代の匂いみたいなものも感じることができた。単純にこんな友達と小学校時代を過ごせたことを幸せに感じる。今はそれぞれの道で頑張ってるけど、でも会えば何もかも取っ払って素の自分で話せる大事な友達だ!!
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2018年07月12日

マニアかつ哲学者

僕は選手にはマニアになってほしい。オタクでもいい(笑)自分がやっている競技をとことんまで追求し、探求する姿勢。メンタル的には選手には哲学者になってほしい。とことんまで一つのことを深く深く考え続け、自分の中に揺るぎない信念を作り上げていってほしい。練習をする、これは競技者にとってはやって当たり前の範囲。練習をやって満足する。これでは、それ以上にはなかなかなれないだろう。競技を考える、これは人間誰もが考えない人間なんていない。何かしら考えている。それで自分は十分に考えているつもりになって満足する。これでは揺るぎない自分を作り上げていくことはできない。マニアであり、哲学者。そんな自分が競技をやっていけば、いくらでも進化していけるだろう。
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2018年07月11日

選手は職人

どこの料理職人が自分の包丁を弟子に研がせるか…自分の持ち場を弟子に片付けさせるか…選手も同じ。自分の道具は自分が念入りに整え、自分のグランドは自分が率先して丹念に整備する。何かあっても自己責任。選手はプレーをする職人。最高のプレーをする環境は自分が整えて準備する意識が大切。ボールがイレギュラーなバウンドをしたとする。それは、自分の場を整える意識が足りなかった証。ボールがポロリとグラブからこぼれたとする。それは、自分の道具を整え切れなかった証。それくらいの意識で自分の身の回りを整えてこその職人。もちろん、全てがそれが原因という訳ではないが、何らかのことが起きた時にそれくらいの意識を持っていたいものだ。職人は決して言い訳はしない。
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2018年07月10日

意識を捨てる

よく、人は人に対して「あの人は凄い!」なんて口にするが、僕個人は世の中に凄い人も凄くない人もいないと思っている。人は個々で何かをしている。その何かにマスメディアが光を当てれば、それが凄く映るだけのこと。サッカーのJリーグだって、プロ化する前の昔は光が当たらず、観客なんてほとんどいなかった…自分は特別なんだ!という意識は人の目を気にさせたり、要らない重荷をどんどん背負うことになっていく。サッカーでいうなら今も昔もサッカーはサッカーだし、サッカーをするということそのものも今も昔も変わらない。サッカーが好きなら光が当たろうが当たるまいが、好きなサッカーを全力でやればいい。ただそれだけのこと。特別な意識なんて必要ない。
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2018年07月09日

一瞬の夏

夏に輝く。たくさん流した汗、涙…そんな全てが一瞬に集約される夏。勝っても負けても…人生を時に振り返る時、そこには輝く夏があるだろう。一途に真っ直ぐに向き合った日々。夢を語り合った日々。自分と戦ってきた日々。そんな日々の積み重ねを夏の一瞬の時間の中で全てを出し切って輝いてほしい。人生の中できっと後にも先にも、ここまで情熱のほとばしる夏はないだろう。ここまで勝負に打ち込める夏もないだろう。勝っても負けても…君達が打ち込んできた日々、輝いた夏には決して嘘はない。心の中に深く刻まれた一瞬の夏は永遠の夏に変わる。胸を張って戦い抜いてほしい。
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2018年07月08日

球道

球汚れなく道険し。球道。恐らく真っ直ぐに好きという純粋な想いを持ち続け、好きなことをどこまでも探求し続けることこそが球道なのではないかと思う。野球に限らず、どんなことでも探求心を持ち続ける限りは、簡単には答えは出ないだろう。まさに険しい道のり。でも…だからこそ面白い。険しい道を傷つきながらも一歩一歩、好きな想いに駆り立てられるように進んでいく。自分の答えを見出だしていく。ひたむきに真っ直ぐに。それは好きなことだからこそ進んでいける道なのかもしれない。簡単に諦めない。簡単に分かった気にならない。簡単に答えを求めない。
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2018年07月07日

受け止め方ひとつ

練習で叱られたら、監督からそれだけ期待されてるんだと受け止めよう。試合のメンバーから外されたら、監督はこの悔しさをバネに這い上がってくるのを待ってるんだと受け止めよう。厳しい練習を課されたら、これだけのことを自分はできると認められてるんだと受け止めよう。受け取り方で変わる。叱られて自分はダメなんだ、監督から嫌われてるんだ…試合のメンバーから外されて監督はどこ見てるんだよとイライラし…厳しい練習を課されて、これは単なるシゴキだろ…なんて受け止めていたら、練習はストレスだらけの場所になってしまうだろう。自分にプラスになる受け止め方をした方がいいのではないかと思う。
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2018年07月06日

言葉を力に

「同じことを何度も聞くな。俺が一度言ったことは百回言われたことだと思いなさい。そうすれば一日を百日分に生かせるだろう」情報が手軽に入る、溢れる時代においては、言葉も一期一会という意識で胸に刻んでいかなくてはいけない気がする。毎日溢れんばかりの情報に囲まれ、右から左へと流れていく。それでは意識も低下していってしまうだろう。自分が大切だと思うことは意識に深く刻まれるだろうし、深く意識して過ごした一日はかなり有意義な一日にしていけるはずだろう。言葉の一期一会。言葉を耳ではなく、心で頭で聞くことがとても大事なのではないかと思う。感じて聞く、考えて聞くことができなければ、情報なんてあっ!という間にどこかに吹き飛んでしまうことだろう。情報は触れるだけでいいものもあれば、力に変えていかなくてはならないものもある。言葉に力を、言葉を力にだ。
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2018年07月05日

笑顔

笑顔は人の心を明るくしてくれる。微笑みは人の心を温かくしてくれる。爆笑は人の心を元気にしてくれる。笑いって心の特効薬だなって思う。人と人との心がたくさんの笑いで繋がるといいのに。でも、作り笑いなんかいらない。素直な心からの笑いでお互いの心が癒されていくのがいい。いつも世界中が笑顔に溢れたらいいのに、と願う。笑顔でお互いが幸せを分かち合えればいいのに、と。人生なんて長いようで短い。そんな人生をたくさんの笑顔で送れたらいいのにと思う。笑顔は笑顔を作り、笑顔は笑顔を呼び寄せる。笑顔が人の悲しみを癒し、辛さを乗り越えさせ、苦しみを和らげてくれたらな、と。ほんのささやかな笑顔、満面の笑顔、、、笑顔と共に元気で明るくエネルギーに溢れた社会になればいいと。人は笑顔だけでは生きてはいけない。だからこそ余計に大切にしていきたいものである。たくさん笑顔でいられるように。たくさんの笑顔を作っていけるように。笑顔を笑顔を繋げるように。
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2018年07月04日

考え方

スポーツ界では優しい選手は大成しないとか、性格が悪くないと大成しないとか耳にする。選手である前に一人の人間。優しさや思いやりを持てる人間でありたい。そんな自分の性格を否定なんかしなくていい。ただ、スポーツをする時に選手としての考え方をすればいいだけのこと。持って生まれた優しさとか、築き上げてきた良い人間性は大切にしていった方がいい。ただ勝負に挑む時には勝負に挑む考え方を持てばいいということ。性格は変えようとしてもなかなか変えられないが、考え方はこのように考えていくんだ!と決めた瞬間から変えていける。考え方は勉強などの問題の解き方に似ている。このように考えていけばいいんだ!という考え方の道筋を勉強の問題を解くように覚えていけばいいのだから。
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2018年07月03日

過程

その瞬間、瞬間で出た結果は過ぎれば過去になる。でも、結果に至るまでに自分自身が取り組んできた過程は必ず未来に繋がっていく。結果は様々な要素によって左右されることもあるが、取り組む過程はあくまでも自分自身の意志一つ。結果に振り回されない地に足をつけた過程を歩んでいけば、着実に実力をつけていき必ず未来には大輪の花を咲かせていけるだろう。それに過程は人生の生き方や生き様を形成していく。しっかりとした人生の歩みをしていくためにも、目の前の過程に対していかに取り組んでいけるのかを意識していきたいものだ。人生において華やかな結果よりも地道な過程こそが豊かな人生を作り上げていけるのを強く実感させられる。
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2018年07月02日

最後の負け

最後の負け。3年間、4年間たくさんの勝ちや負けを繰り返してきたことだろう…負けても明日を信じて苦しい練習を乗り越えてきたはず。でもこの夏に最後の負けを経験することになる。次のない負け。きっと最後の負けを経験した時、競技に対して費やした3年間、4年間という年月に対して喜びと悲しみの二つの思いに激しく揺れ動くだろう。無理して懸命にそこに意味を求めようとするかもしれない。無理することはない。喜びも悲しみも受け入れていけばいい。時を経たら自然にそのことの意味は見えてくる。競技も人生も終わりじゃない。自然に意味が見えてくれば、次のステージでまた新たに続けていけばいい。最後の負けは終わりじゃない。費やした3年間、4年間は絶対に何らかの大きな意味を持って答えてくれることだろう。それでいいんじゃないかと思う。注いだ情熱も、流した汗や涙も、仲間と分かち合った笑顔も全部本物なんだから。今は喜びも悲しみも心の中で静かに受け止めていけばいいじゃないか。
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2018年07月01日

負けを乗り越える

負けることより悔しいのは同じ負け方を繰り返すこと。反省をしているのではなく、うなだれて落ち込んでいることを周りにアピールしていること。自分で負けに向き合うのではなく、周りから慰めてもらうのを待っていること。そんな人の負けても次があるという言葉には真実味を感じない。それが悔しい。スポーツに限らず勝負事には必ず勝敗がつきまとう。負けは必ずあるし、しばしばあるだろう。ただ、負けた時に何を感じたり考えたりするのか…が次への勝負に生かされていかなければ負けは何の意味も持たないだろう。同じような負け方を繰り返していてもそこには何の進歩もない。ただ負けを積み重ねているだけのこと。一度経験した負けは次には乗り越えていきたいものだ。越えるためには考え抜いて、そのための準備を徹底的にやり抜いていかなくてはいけない。次は負けない、同じような負け方はしないという覚悟をどれだけ持てるかだろう。曖昧な気持ちでは全てが中途半端になり同じ過ちを繰り返すことになってしまう。負けることを乗り越える力を大切にしていきたいものだ。
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