2018年11月18日

ルート

正面突破だけがルートではない。正面突破しなければ卑怯という訳でもない。目標に到達するためには、今の自分が目を閉ざしていたり、気づけずにいたりする様々なルートがある。そのルートをどれだけ思いつけるかによって結果もずいぶん変わっていくだろう。不可能を可能にするというのはそういう要素も含まれてくるはずだ。正面突破できているうちは単に可能なことを可能なようにやっているだけのことだと感じる。どうにもこうにもルートがないと感じる中で、懸命にルートを探し続けていく。何も見えないと感じる中で何かしらのルートがあるはずだと信じ続けること。簡単ではないからこそルートを見つけた時の喜びも大きいだろう。
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2018年11月17日

キッカケ

今勝ったから次も必ず勝てるというものでもないし、今負けたから次も必ず負けるというものでもない。勝負の世界とはそういうもの。実力が拮抗している勝負では、ほんの小さなキッカケが勝敗を分ける。キッカケは偶然ではなく必然。勝ちにも負けにも偶然はない。必然的に勝ちのキッカケを掴みにいった方に勝ちは傾き、必然的に負けのキッカケを掴まされた方に負けは傾く。確かに勝負に運不運はあるが、キッカケには必然しかない。必然には必ず明確な意図があるはずだ。あとはキッカケを必然的に手繰り寄せる執念のようなもの。キッカケなんてその瞬間は勝負を決定付けるほどの大きなものではなく小さなもの。だが、その小さなキッカケが後々じわりじわりと大きく広がり勝利の扉を開いていく。運不運は自分自身ではコントロールできないが、キッカケ作りはコントロールしていける。できることをしっかりと確実にしていくことが勝利への一番の近道だろう。自分から流れを作り出していかなくてはいけない。
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2018年11月16日

習慣化

練習をするという事が日々のルーティンのように定着することはいいこと。しかし、練習内容や練習に取り組む意識がルーティン化してはいけない。ここを明確に区別しておかなくては、練習が単なる惰性的習慣の連続になってしまう。新鮮な刺激と高い意識で取り組んでいきたいものだ。行動が習慣化していくと、やるのが当たり前になり、無意識の行動が多くなっていく。そうなると意識のレベルや内容が低下しがちになる。これはスポーツだけの話ではない。仕事であれ日常生活であれ、全てに共通して言えることだ。条件反射のように反応しているだけでは、質はどんどん低下していき、ただ反応してやっているだけのことになってしまう。それを防ぐためにも常に好奇心や探求心を持てているようにしなくてはいけない。それがあれば日々の日常の中にも次々に新しい発見や新しい発想が出てくるはずだ。どこまでもそんな気持ちは大切にしながら、やることが当たり前になるくらいまでやることを習慣化できればいいと思う。
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2018年11月15日

遅咲きでも

花にも早咲きも遅咲きもあるように、人にも個々に花開くタイミングみたいなものがあるのかな。大切なのは蕾の時期。しっかりエネルギーを蓄えてタイミングを待つ。諦めることなく、花を全開にできるようにその準備には念を入れたいもの。蕾を腐らせないように。花開く自分を信じて。焦って無理に花を開かせても中途半端な開花なら輝きは失われてしまう。人間も全く同じだと感じる。周りが開化したからと焦ったり諦めたりせずに、じっくりと準備をしておくこと。遅咲きだって構わない。しっかりと力をつけて自分なりの全開の花を咲かせられるなら。周りに振り回されずに自分に対してしっかりとした意志を持ってタイミングを待つこと。誰もが同じではない。個々の花、個々のタイミングがある。チャンスは機が熟した時にふいに巡ってくる。そのチャンスに開花できる準備だけは決して怠らないこと。
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2018年11月14日

許す

自分を甘やかすのではなく、自分を許してあげることを覚えていきたい。許してあげられるからこそ、自分自身を認めてもいける。厳しさに立ち向かえる強さで挑戦しても失敗することもある。失敗した自分を甘やかすのではなく、許してあげて次に厳しく挑戦していけばいい。自分が自分自身をしっかり認めていきい。失敗した自分を許せずに責め続けてしまうと自分自身が消耗していってしまう。そうしたら次への挑戦にも自信を持って臨めなくなってしまう。自分を甘やかして楽な方へ楽な方へと流れてしまうのは危険だが、真剣に自分が立ち向かったのであれば、結果は失敗であってもその結果と自分自身を許してあげる強さも必要な気がする。
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2018年11月13日

シンプルに

プレーを難しくしているのも自分なら、自分がプレーをシンプルにしていけばいい。難しく考え過ぎてプレーしていたら、瞬間的に身体は素直に反応してくれない。難しく考え過ぎてしまうと身体の動きはバラバラになってしまう。考えるのは練習の時に。試合は練習でやってきたことを素直に表現していく。あれこれ悩むのは練習。試合の場に立てば、シンプルに反応させていけばいい。それを難しくしているのは他でもない自分自身。考えなくてはならない練習であまり考えずにいて、考えても仕方ない試合であれこれ複雑に考えていったら、迷路に迷い込んだまま試合に臨まなくてはならなくなってしまう。考え抜いてきた練習を信じて、シンプルにプレーしてみることが大切になってくる。
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2018年11月12日

時間を使う

例え練習時間が限られた二時間であったとしても、効率的に時間を活用したり、練習前に準備をしっかりしたりすることで、時間以上の成果をあげていける。さらには頭を使い考えた練習を出来ればさらに大きな成果をあげていける。要は時間の長短ではなく、時間の密度と内容の濃さ。時間を上手に作り出すことも大切だが、物理的に難しい場合にその短さを嘆いていても何も始まらない。そうであるなら、限られた時間をいかに使うかという時間の使い方がより大切になっていく。短いから駄目だという発想ではなく、短いからこそ有益に使っていこうという発想への転換が大切になっていく。長い時間があろうが、ダラダラ過ごしてしまったり実のない過ごし方をしてしまえば無駄に時間を過ごしたことと、無駄に汗を流した疲労感が残るだけだろう。短いからこそ大切にしていこうというプラスの転換をしていけるといいだろう。
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2018年11月11日

過程や内容を

結果良ければ全て良し、これも時に大事だが、やはり過程や内容にしっかりとした確信や根拠がなければ、それはたまたま結果が良かったということで終わってしまいかねない。それでは次に繋がらない、その時だけの結果で終わってしまう。それでは安定した結果は残していけない。結果が良かったからと言って浮かれてしまい大切な過程や内容から決して目を背けてはいけない。過程や内容はいくらでも改善していけるのだから。結果ばかりを求めすぎて過程や内容を突き詰めていけなければ、全ての結果が行き当たりバッタリになってしまうだろう。



今日も怪我で身動き取れず。ただ、忙しく動き回る時よりもじっくりと自分自身や自分のやってきたことなどとゆっくりと向き合える。マイナスには捉えず、この機会を生かしてさらに自分自身や自分の仕事を深めていこう。また、こういう時に人の温かさや優しさに触れて感謝の想いも大きくなる。
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2018年11月10日

ここから!

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2018年11月09日

トレーニング

トレーニングとはトレイン(列車)の進行形。トレーニングとはやみくもにやるものではなく、ある目的駅(目的や目標)に向かって線路(計画)を引いて、列車のようにしっかりと進んでいくこと。しっかりやって途中駅で休息を入れて、またしっかりやって…を計画的に地道に繰り返していくこと。
行き当たりバッタリのトレーニングをしてもその場限りのやった感はあっても、意味のある効果は導き出してはいけない。ただ、がむしゃらに走り続けても休息がなければ効果は半減するし、列車はオーバーヒート(オーバーワーク)になってしまうだろう。目的駅に向かってできるだけ最短の線を引いていかなくてはいけない。右往左往して様々な迂回を繰り返していると時間的にもエネルギー的にも大きなロスが生まれてしまう。簡単にトレーニングと口にする人は多いが、しっかりと練られたものでなければ意味がなくなってしまう。目的駅まで無事に辿り着けるトレーニングをしていきたいものだ。
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2018年11月08日

じわじわと

雨粒は岩をも砕く。そんな戦い方はいいなと感じる。小さな力でも、一粒一粒がじわりじわりと意味を持って当たっていけば強い相手にも立ち向かっていける。爆発力もいいが、一粒一粒が地道に自分の意味と役割を積み重ねていく戦い方。小さなプレーの集結が大きな勝ちを呼び寄せていく。そのためには、一人一人が一プレー、一プレーの意味を深く理解していかなくてはいけない。単発の雨粒では砕くほどの意味は持たないのだから。一試合で自分一人ができるプレーの数には限りがある。その中でどれだけ意味のあるプレーをしていけるのか。直接的に目に見えるナイスプレーだけでなく、影に隠れたナイスプレーを含めて。雨粒は決してダイナマイトではないが、それでも集結すれば岩を砕ける。起死回生の…なんてそうそう起こるものでもない。小さな積み重ねは誰もができること。一人一人ができる最大限の一プレー、一プレーを積み重ねていくしかない。
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2018年11月07日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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2018年11月06日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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希望の光

どんなに絶望的な状況にあっても希望の光を失ってはいけない。希望の光は外にあるのではなく、自分自身の内にある。もう全てダメだ…と考えた瞬間に光は消えてしまう。何とかしていける!と考えて諦めない限りは僅かな光であっても輝いて見える。光を眺めているのではなく、光に一歩ずつでも意志して歩み寄っていこうとする姿勢を大切にすること。希望の光を外に求めている限りは他力本願。本当に自分を何とかしていけるのは自分一人でしかない。その自分が自分の心を真っ暗闇にしてしまったら先に何の希望も見えなくなってしまう。僅かな光でもいい、絶対に自らが吹き消すような真似はやめよう。僅かな光が灯っているから安心して何の行動も起こさないでいると希望の光はしばらくしたら消えてしまう。見えているうちにどんどん近づいていくことが大切になる。絶望の状態を打ち破っていけるのは自分の心と行動力に他ならない。諦めないというのは自分が思う以上に大事なこと。
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2018年11月05日

言葉を伝える

好きな食べ物でも、満腹の時には食べたくはないし、誰かから無理矢理食べろよと強要されても嫌々食べることになる。場合によっては嘔吐するかもしれないし、好きな食べ物でも大嫌いになるかもしれない。言葉も同じ。どんな素敵な言葉でも、聞く相手の背景や置かれている状況、相手の気持ちや気分、聞く立場などによって受け止め方は大きく変わっていくだろう。聞きたくないと思っているなら、どうしたら聞きたくなるかを考えて伝えてみるなどの工夫が大切になる。自分を知り、相手を知り、初めて伝えたいことが相手に素直に伝わる。食べ物も言葉も消化されてこそ心身の血肉になる。伝えるというのは言葉を投げることではなく、言葉を消化させることのように感じている。
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2018年11月04日

物事にはセオリーがあり、セオリーを知ったうえで勘を働かせることが重要なのであって、ただ勘に頼ったのでは結果が出ないことが多いように思う。セオリーを正確に追っていくと、大きな流れのようなものは外さない。その大枠の流れをさらに細かく様々な角度から分析していくと、こうなっていくだろうというのがより明確に見えてくる。この先は感性を鋭く磨いていき、感性を研ぎ澄まして物事を見ていけば、ほぼこうなる!という結果が見えてくる。ただ思いつきの勘では当たるか当たらないかというものでしかない。そんな勘は単なるギャンブルになってしまう。とことんまで綿密に詳細に多角的かつ理論的に物事を分析してこそ初めて根拠のある勘になるのではないだろうか。
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2018年11月03日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
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2018年11月02日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
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2018年11月01日

挑み続けていく

失敗することが格好悪いのではなく、失敗を恐れて何もせずに逃げている方が遥かに格好悪い。失敗せずにスマートに生きているように見せてその実はいつもビクビク弱気に生きている。それなら、がむしゃらに結果を恐れずに挑んでいく方が遥かに自分の人生を生きていると言えるのではないだろうか。例え失敗しようが…成功も失敗も自らが行動を起こさなければ、出てこない結果だ。だからこそ全力で全身全霊を傾けて挑戦していけばいい。失敗しようが自分がそれを本気で掴み取りたいと思ったなら、掴み取る行動をしていけることが自分の人生を生きることであり、人生を生きる意味だと思う。失敗を恐れてビクビクしていては何一つ自分が求めることへ挑戦をしていけなくなってしまう。たった一度きりの人生。ビクビクして何もできずに終わる時間にはしたくはない。可能な限りは挑戦を繰り広げていける人生にしていきたいものだ。誰がバカにしようが、自分の人生は自分が生き切るしかないのだから。
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