2018年11月29日

足るを知る

好きな事をできていても、時に不満やスランプなどによって、モチベーションが低下することもあるだろう。そんな時に、その好きな事を失ったりできなくなった時のことを想像してみよう。それを辛く悲しく感じるなら、せっかくそれをできている今に感謝して、最大限に全力で楽しみたいものだ。人間の慣れとはある意味怖いものだ。慣れるとそこが基準になり当たり前になりがちだ。するとそれが満足の基準になりもっともっととなる…それが実現しなければやれている幸せよりも、できない不満や不安が大きくなる。上を求めることは大切。しかし今の状況に感謝の気持ちを忘れないことはもっと大切。足るを知るということ。これは足りているからそこで満足しようということではない。足るを知るというのは常に足りている今に感謝しながら上を目指していこうということ。不満ばかり口にしていても絶対にプラスには働いていかないのだから。足りてることに感謝を忘れなければモチベーションは保てていける。
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2018年11月28日

勇気と無謀

似て非なるもの。勇気と無謀は違う。無謀とは何も考えずにただ突っ込んでいく愚かな行為。勇気にはその先に希望がある。自分の望みが叶いそうだという見通しがあって初めて出てくるのが勇気。勇気には明確な道筋があり、冷静な行動力が伴う。無闇やたらと思いつきだけで動くのが無謀。無謀だと道筋もなければ行動も単なる行き当たりバッタリになってしまいがちだ。また途中から一か八かの自棄な行動にもなりがちだ。勇気を持つには未来に明るい希望を描けなければいけない。暗闇の中では目指すべき方向性すら見えてこないだろう。真の勇気を持てた時には必ずや自らの手で自らの将来を切り拓いていくことができるだろう。
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2018年11月27日

選手の前に人として

名選手である前に名人間になる。その人間がスポーツする時には選手をするだけ。スポーツから離れた日常での意識や生活も大切。日常がそのまま試合に出てくる。そう考えれば練習時間だけが練習ではなく24時間練習になる。選手として身体をハードに動かすだけが練習ではない。人間としての練習も大切。仕事も同じだ。仕事をしている時間だけが仕事ではない。人間として生きていく練習が大切になる。人間を磨き、その輝きのある自分が仕事をしたり、選手をやるだけのことだ。
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2018年11月26日

大筋を見失わない

小さなことにクヨクヨしている暇があったら、大きな流れを見てみよう。枝葉を見て幹を見ずではいけない。枝葉は折れたり散ったりしても幹がしっかりしていれば、また新しい枝葉が作られる。幹のように堂々と構えていればいい。そうすれば小さなことはいくらでも挽回していける。小さなことに意識を奪われてしまうと大筋を見失いがちになる。大切なのは常に大の中で小を見て、小にとらわれすぎないようにしていくことだ。
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2018年11月25日

引っ張り上げる

人間誰もがいつも調子がいいということはない。また誰もがいつも調子が悪いということもない。調子の悪さというマイナスのエネルギーは仲間をその渦に引き込んでいきやすい。だからこそ、調子の良い人は必要以上にプラスのエネルギーで仲間を引き上げていく姿勢を示さなくてはいけない。ましてやそもそも影響力のある人間の不調の時のマイナスエネルギーはかなり大きなものがある。そのマイナスの連鎖に引き込まれてしまわないように調子の良い人は必死にプラス方向に引っ張っていかなくてはいけない。その先に調子が良い人も不調になる時がある。その時には今不調で苦しんでいる人が立ち直って、今度は逆に好調のプラスエネルギーでグイグイ引っ張る。組織内でこのように交互に助け合っていかなくては、みんながマイナスに陥り不調の伝染が起こってしまう。プラスに引っ張るのは大変だが、それは好調の誰かが先陣を切ってグイグイいくしかない。元気と明るさで。
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2018年11月24日

幸とは

辛いという字の上の部分に一を加えると幸せになる。辛さと幸せは紙一重なのかもしれない。その一は、誰かの力だったり一押しだったり、本人の一踏ん張りだったり一工夫だったり…何かの一が加わると幸せに変わるかも。辛い時に辛いから諦めて投げ出すのではなく、その一を見つけてみたらいい。一は自分自身の中にあるかもしれないし、自分の周りにあるかもしれない。その一がないんだと決めつけた人には絶対に見つけることができない。だからこそ、幸せを感じるために懸命に探してみよう。たったの一だが、それは辛いが幸せに変わる大きな一なのだから。
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2018年11月23日

追い込んで

試合で一球に泣きたくなければ、練習の時から一球を大切に取り組まなくてはいけない。練習でできないことを試合でやろうとすると余計に無茶苦茶になってしまう。練習の時から、ああダメだと妥協したり、まっ!練習だから仕方ないと諦めたりするのではなく、一球に泣くくらいの真剣勝負で取り組みたい。そうすればいい意味で練習にも緊張感が生まれてくるだろう。練習で自分に甘く、試合でその甘さを後悔するくらいなら練習で自分を追い込めるだけ追い込んでいきたいものだ。試合で笑顔になるためには練習でたくさん泣けばいい。
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2018年11月22日

応援って??

頑張れ!頑張れ!と励ましや応援の意味を込めて人は口にするのだが…時にその言葉が積み重なると、本人には無意識のうちに大きな重石になることがある。誰よりも本人は頑張ろうとしている。頑張ります!と答えながら、その言葉がどんどん自分を追い詰めているような苦しみを感じることもある。じわりじわり息苦しさを感じる。応援してもらえることに感謝をしながらも、これ以上に自分を追い詰めないでくれ!と叫び出したくなることもあるだろう。自分は自分にできる限り精一杯にやるからそっとしておいて欲しいと感じることもあるだろう。頑張れ!頑張れ!と伝えた側も無意識のうちに相手が頑張ります!と返答することを想定しているだろう。それを分かるからこそ本人も頑張ります!としか答えようのない循環。辛くても苦しくても笑顔で無理してでも頑張ります!としか答えようのないさらなる辛さ。時には無言の応援というのもありなのかもしれない。笑顔を向けるだけの応援もありかもしれない。言葉が伝え手の意思とは違う方向にいかないためにも。
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2018年11月21日

絶対性の崩壊

絶対なんてどこにもない。何が起こるか分からない。大切なのは絶対性が崩れる何かが起こった時にいかに素早く対処していけるかだ。絶対を信じ過ぎてしまうと崩れ始めても気づけなかったり対処が遅れたりする。今までは絶対的であったから、今も未来も絶対なんか有り得ない。絶対と油断は背中合わせ。あるいは絶対と怖さは隣り合わせ。絶対性を作り上げたのが人間ならば、その絶対性を崩し去るのもまた人間。いつの日にはその日が来ることは頭の中では理解できていても、人はついついその絶対性に無意識のうちに依存してしまう。ついつい大丈夫だろう…と考えてしまうもの。絶対を崩された方のショックは想像以上に大きい。反対に絶対を崩した方の勢いは高まる。しかし、崩された方は上手くすれば開き直り攻めの姿勢に転じることができる。崩した方には逆に失う恐さが生まれ守りの心理に陥りやすい。どちらに転ぶかで勝負の流れは一転する。それもまた勝負の楽しみ方の一つと言えるだろう。
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2018年11月20日

千の言葉より

received_1861434087306360.jpegreceived_332342757594084.jpegreceived_497516547400093.jpegreceived_303223913851983.jpeg今日は皆実小学校の同級生の岡田治久くんに誘われて、宇品にある、これまた同級生の北中明くんが開いている格闘技ジムのスピリットに行きました。北中くんには格闘技を体験することを通して、言葉ではない身体を通しての会話で、大事なことをたくさん教えてもらいました。小学校の1年からの竹馬の友で一緒にいっぱい遊んだ北中くんと向き合った時には、僕にとっては偉大なる先生という不思議な感覚がありました。千の言葉より、身体を通して北中くんの38年間の生きざまや生きる哲学などが伝わってくるようでした。メンタルトレーナーという仕事をしている僕に、改めて様々なことを考えさせてくれました。格闘技のド素人の僕にも本当に真摯に真剣に向き合ってくれました。北中、本当にありがとうございます。言葉では会話できない深くて大切な会話ができたと思います。岡田、今日は誘ってくれてありがとうございます。
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2018年11月19日

本当の強さは

自分をしっかり持てているということと、他人の話に耳を傾けず拒否することとは違う。本当に自分を確立できていると自分に自信を持てているので、逆に人の話を素直に聞けるようになる。そして他人の話を上手に取り入れて更に自分を確立していける。他人の話で簡単に自分の軸がブレない強さがある。自分に自信がなければ、他人の言葉で余計に自分が壊れたり、余計に迷ったりすることを恐れて他人に対してかたくなになる。自分の小さな世界観の中だけで小さな自分を懸命に守りすがりついて生きていく。それは外見は強そうに見えて、中身は本当に脆い。他人の話にすぐに流され右往左往するのは困ったことだが、しっかりとした自分を持てていれば、流されることなく話の本質を素直に受け止めることができるだろう。
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2018年11月18日

ルート

正面突破だけがルートではない。正面突破しなければ卑怯という訳でもない。目標に到達するためには、今の自分が目を閉ざしていたり、気づけずにいたりする様々なルートがある。そのルートをどれだけ思いつけるかによって結果もずいぶん変わっていくだろう。不可能を可能にするというのはそういう要素も含まれてくるはずだ。正面突破できているうちは単に可能なことを可能なようにやっているだけのことだと感じる。どうにもこうにもルートがないと感じる中で、懸命にルートを探し続けていく。何も見えないと感じる中で何かしらのルートがあるはずだと信じ続けること。簡単ではないからこそルートを見つけた時の喜びも大きいだろう。
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2018年11月17日

キッカケ

今勝ったから次も必ず勝てるというものでもないし、今負けたから次も必ず負けるというものでもない。勝負の世界とはそういうもの。実力が拮抗している勝負では、ほんの小さなキッカケが勝敗を分ける。キッカケは偶然ではなく必然。勝ちにも負けにも偶然はない。必然的に勝ちのキッカケを掴みにいった方に勝ちは傾き、必然的に負けのキッカケを掴まされた方に負けは傾く。確かに勝負に運不運はあるが、キッカケには必然しかない。必然には必ず明確な意図があるはずだ。あとはキッカケを必然的に手繰り寄せる執念のようなもの。キッカケなんてその瞬間は勝負を決定付けるほどの大きなものではなく小さなもの。だが、その小さなキッカケが後々じわりじわりと大きく広がり勝利の扉を開いていく。運不運は自分自身ではコントロールできないが、キッカケ作りはコントロールしていける。できることをしっかりと確実にしていくことが勝利への一番の近道だろう。自分から流れを作り出していかなくてはいけない。
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2018年11月16日

習慣化

練習をするという事が日々のルーティンのように定着することはいいこと。しかし、練習内容や練習に取り組む意識がルーティン化してはいけない。ここを明確に区別しておかなくては、練習が単なる惰性的習慣の連続になってしまう。新鮮な刺激と高い意識で取り組んでいきたいものだ。行動が習慣化していくと、やるのが当たり前になり、無意識の行動が多くなっていく。そうなると意識のレベルや内容が低下しがちになる。これはスポーツだけの話ではない。仕事であれ日常生活であれ、全てに共通して言えることだ。条件反射のように反応しているだけでは、質はどんどん低下していき、ただ反応してやっているだけのことになってしまう。それを防ぐためにも常に好奇心や探求心を持てているようにしなくてはいけない。それがあれば日々の日常の中にも次々に新しい発見や新しい発想が出てくるはずだ。どこまでもそんな気持ちは大切にしながら、やることが当たり前になるくらいまでやることを習慣化できればいいと思う。
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2018年11月15日

遅咲きでも

花にも早咲きも遅咲きもあるように、人にも個々に花開くタイミングみたいなものがあるのかな。大切なのは蕾の時期。しっかりエネルギーを蓄えてタイミングを待つ。諦めることなく、花を全開にできるようにその準備には念を入れたいもの。蕾を腐らせないように。花開く自分を信じて。焦って無理に花を開かせても中途半端な開花なら輝きは失われてしまう。人間も全く同じだと感じる。周りが開化したからと焦ったり諦めたりせずに、じっくりと準備をしておくこと。遅咲きだって構わない。しっかりと力をつけて自分なりの全開の花を咲かせられるなら。周りに振り回されずに自分に対してしっかりとした意志を持ってタイミングを待つこと。誰もが同じではない。個々の花、個々のタイミングがある。チャンスは機が熟した時にふいに巡ってくる。そのチャンスに開花できる準備だけは決して怠らないこと。
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2018年11月14日

許す

自分を甘やかすのではなく、自分を許してあげることを覚えていきたい。許してあげられるからこそ、自分自身を認めてもいける。厳しさに立ち向かえる強さで挑戦しても失敗することもある。失敗した自分を甘やかすのではなく、許してあげて次に厳しく挑戦していけばいい。自分が自分自身をしっかり認めていきい。失敗した自分を許せずに責め続けてしまうと自分自身が消耗していってしまう。そうしたら次への挑戦にも自信を持って臨めなくなってしまう。自分を甘やかして楽な方へ楽な方へと流れてしまうのは危険だが、真剣に自分が立ち向かったのであれば、結果は失敗であってもその結果と自分自身を許してあげる強さも必要な気がする。
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2018年11月13日

シンプルに

プレーを難しくしているのも自分なら、自分がプレーをシンプルにしていけばいい。難しく考え過ぎてプレーしていたら、瞬間的に身体は素直に反応してくれない。難しく考え過ぎてしまうと身体の動きはバラバラになってしまう。考えるのは練習の時に。試合は練習でやってきたことを素直に表現していく。あれこれ悩むのは練習。試合の場に立てば、シンプルに反応させていけばいい。それを難しくしているのは他でもない自分自身。考えなくてはならない練習であまり考えずにいて、考えても仕方ない試合であれこれ複雑に考えていったら、迷路に迷い込んだまま試合に臨まなくてはならなくなってしまう。考え抜いてきた練習を信じて、シンプルにプレーしてみることが大切になってくる。
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2018年11月12日

時間を使う

例え練習時間が限られた二時間であったとしても、効率的に時間を活用したり、練習前に準備をしっかりしたりすることで、時間以上の成果をあげていける。さらには頭を使い考えた練習を出来ればさらに大きな成果をあげていける。要は時間の長短ではなく、時間の密度と内容の濃さ。時間を上手に作り出すことも大切だが、物理的に難しい場合にその短さを嘆いていても何も始まらない。そうであるなら、限られた時間をいかに使うかという時間の使い方がより大切になっていく。短いから駄目だという発想ではなく、短いからこそ有益に使っていこうという発想への転換が大切になっていく。長い時間があろうが、ダラダラ過ごしてしまったり実のない過ごし方をしてしまえば無駄に時間を過ごしたことと、無駄に汗を流した疲労感が残るだけだろう。短いからこそ大切にしていこうというプラスの転換をしていけるといいだろう。
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2018年11月11日

過程や内容を

結果良ければ全て良し、これも時に大事だが、やはり過程や内容にしっかりとした確信や根拠がなければ、それはたまたま結果が良かったということで終わってしまいかねない。それでは次に繋がらない、その時だけの結果で終わってしまう。それでは安定した結果は残していけない。結果が良かったからと言って浮かれてしまい大切な過程や内容から決して目を背けてはいけない。過程や内容はいくらでも改善していけるのだから。結果ばかりを求めすぎて過程や内容を突き詰めていけなければ、全ての結果が行き当たりバッタリになってしまうだろう。



今日も怪我で身動き取れず。ただ、忙しく動き回る時よりもじっくりと自分自身や自分のやってきたことなどとゆっくりと向き合える。マイナスには捉えず、この機会を生かしてさらに自分自身や自分の仕事を深めていこう。また、こういう時に人の温かさや優しさに触れて感謝の想いも大きくなる。
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2018年11月10日

ここから!

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2018年11月09日

トレーニング

トレーニングとはトレイン(列車)の進行形。トレーニングとはやみくもにやるものではなく、ある目的駅(目的や目標)に向かって線路(計画)を引いて、列車のようにしっかりと進んでいくこと。しっかりやって途中駅で休息を入れて、またしっかりやって…を計画的に地道に繰り返していくこと。
行き当たりバッタリのトレーニングをしてもその場限りのやった感はあっても、意味のある効果は導き出してはいけない。ただ、がむしゃらに走り続けても休息がなければ効果は半減するし、列車はオーバーヒート(オーバーワーク)になってしまうだろう。目的駅に向かってできるだけ最短の線を引いていかなくてはいけない。右往左往して様々な迂回を繰り返していると時間的にもエネルギー的にも大きなロスが生まれてしまう。簡単にトレーニングと口にする人は多いが、しっかりと練られたものでなければ意味がなくなってしまう。目的駅まで無事に辿り着けるトレーニングをしていきたいものだ。
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2018年11月08日

じわじわと

雨粒は岩をも砕く。そんな戦い方はいいなと感じる。小さな力でも、一粒一粒がじわりじわりと意味を持って当たっていけば強い相手にも立ち向かっていける。爆発力もいいが、一粒一粒が地道に自分の意味と役割を積み重ねていく戦い方。小さなプレーの集結が大きな勝ちを呼び寄せていく。そのためには、一人一人が一プレー、一プレーの意味を深く理解していかなくてはいけない。単発の雨粒では砕くほどの意味は持たないのだから。一試合で自分一人ができるプレーの数には限りがある。その中でどれだけ意味のあるプレーをしていけるのか。直接的に目に見えるナイスプレーだけでなく、影に隠れたナイスプレーを含めて。雨粒は決してダイナマイトではないが、それでも集結すれば岩を砕ける。起死回生の…なんてそうそう起こるものでもない。小さな積み重ねは誰もができること。一人一人ができる最大限の一プレー、一プレーを積み重ねていくしかない。
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2018年11月07日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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2018年11月06日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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希望の光

どんなに絶望的な状況にあっても希望の光を失ってはいけない。希望の光は外にあるのではなく、自分自身の内にある。もう全てダメだ…と考えた瞬間に光は消えてしまう。何とかしていける!と考えて諦めない限りは僅かな光であっても輝いて見える。光を眺めているのではなく、光に一歩ずつでも意志して歩み寄っていこうとする姿勢を大切にすること。希望の光を外に求めている限りは他力本願。本当に自分を何とかしていけるのは自分一人でしかない。その自分が自分の心を真っ暗闇にしてしまったら先に何の希望も見えなくなってしまう。僅かな光でもいい、絶対に自らが吹き消すような真似はやめよう。僅かな光が灯っているから安心して何の行動も起こさないでいると希望の光はしばらくしたら消えてしまう。見えているうちにどんどん近づいていくことが大切になる。絶望の状態を打ち破っていけるのは自分の心と行動力に他ならない。諦めないというのは自分が思う以上に大事なこと。
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2018年11月05日

言葉を伝える

好きな食べ物でも、満腹の時には食べたくはないし、誰かから無理矢理食べろよと強要されても嫌々食べることになる。場合によっては嘔吐するかもしれないし、好きな食べ物でも大嫌いになるかもしれない。言葉も同じ。どんな素敵な言葉でも、聞く相手の背景や置かれている状況、相手の気持ちや気分、聞く立場などによって受け止め方は大きく変わっていくだろう。聞きたくないと思っているなら、どうしたら聞きたくなるかを考えて伝えてみるなどの工夫が大切になる。自分を知り、相手を知り、初めて伝えたいことが相手に素直に伝わる。食べ物も言葉も消化されてこそ心身の血肉になる。伝えるというのは言葉を投げることではなく、言葉を消化させることのように感じている。
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2018年11月04日

物事にはセオリーがあり、セオリーを知ったうえで勘を働かせることが重要なのであって、ただ勘に頼ったのでは結果が出ないことが多いように思う。セオリーを正確に追っていくと、大きな流れのようなものは外さない。その大枠の流れをさらに細かく様々な角度から分析していくと、こうなっていくだろうというのがより明確に見えてくる。この先は感性を鋭く磨いていき、感性を研ぎ澄まして物事を見ていけば、ほぼこうなる!という結果が見えてくる。ただ思いつきの勘では当たるか当たらないかというものでしかない。そんな勘は単なるギャンブルになってしまう。とことんまで綿密に詳細に多角的かつ理論的に物事を分析してこそ初めて根拠のある勘になるのではないだろうか。
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2018年11月03日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
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2018年11月02日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
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2018年11月01日

挑み続けていく

失敗することが格好悪いのではなく、失敗を恐れて何もせずに逃げている方が遥かに格好悪い。失敗せずにスマートに生きているように見せてその実はいつもビクビク弱気に生きている。それなら、がむしゃらに結果を恐れずに挑んでいく方が遥かに自分の人生を生きていると言えるのではないだろうか。例え失敗しようが…成功も失敗も自らが行動を起こさなければ、出てこない結果だ。だからこそ全力で全身全霊を傾けて挑戦していけばいい。失敗しようが自分がそれを本気で掴み取りたいと思ったなら、掴み取る行動をしていけることが自分の人生を生きることであり、人生を生きる意味だと思う。失敗を恐れてビクビクしていては何一つ自分が求めることへ挑戦をしていけなくなってしまう。たった一度きりの人生。ビクビクして何もできずに終わる時間にはしたくはない。可能な限りは挑戦を繰り広げていける人生にしていきたいものだ。誰がバカにしようが、自分の人生は自分が生き切るしかないのだから。
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