2019年06月30日

あの頃のように

雨が続きます。ふと思い出すと小学校の頃は雨が降って校庭に水溜まりができてると、みんなで夢中になってその水溜まりから川を掘ってどこまで長い川を作れるかなんて遊んでいたなぁ〜と。小学生の頃は何がなくても、どんな状況でも、その中で柔軟に楽しいことを見つけて、夢中で楽しんでいたものだ。楽しむことの天才。そこに損得計算なんかなく素直に楽しむ。遊びなんかの定義はなく、自分達で遊びを創造していく。楽しいという結果を求めたり、楽しもう!と意気込んで遊ぶのではなく、目の前のことを後先考えずに夢中でやった結果として楽しかった!!みたいな。大人になって仕事を100%あの頃のようにはいかないだろうが、それでもあの頃の気持ちは失いたくはないなと感じる。どんな状況でも目の前に何かを創造して、目の前のそれに無我夢中になれる少年の頃の自分は残しておきたいと。
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2019年06月29日

生きる醍醐味

何でスマートにやろうとするのだろう。生きるってもっと泥臭いものだろう。何で醒めてやろうとするのだろう。生きるってもっと熱い熱感を伴ったものだろう。何で失敗を恐れるのだろう。生きるって失敗だらけで、でも挑戦することに面白さがあるのではないだろうか。もっとがむしゃらに汗を流してもいいんじゃない。遠慮なく悔し涙や歓喜の笑顔を見せてもいいんじゃない。それは生きてる証なんだと思う。受け身ではない人生。人生を自らの手で切り拓いていく。そこに生きる醍醐味があるんじゃない。人生は誰のものでもない自分自身に与えられた限られた時間なんだから。
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2019年06月28日

謙虚で素直に

余裕がある時に、傲慢になる人と謙虚になれる人がいる。傲慢になると今の自分に満足して退化して、今ある余裕を食い潰していってしまう。謙虚になると素直になり、自分を進化させて更なる余裕を作り出していける。一杯一杯になった時に何とかしようとしても時遅しの場合が多い。やはり準備は余裕のある時にしておいた方がいい。謙虚で素直さが欠けてしまうと、新しい力を吸収して自分のものにしていけない。自分の世界に慢心できている余裕なんてほんの一時期のこと。今だけを見るのではなく、未来を見据え、未来に対しての意識が強ければ、傲慢になどなれるはずはない。自信を持つことと傲慢になることとは明らかに違うものだ。
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2019年06月27日

心の中の自然は

時に海のように生き物を包み込み、空のようにどこまでも無限の広がりを持ち、雑草のようにアスファルトを突き破って生き抜く強さを持ち、花のように人の心に優しさを届け、、、そんな人間でありたいなと感じることがある。心に在り方を自問自答する。今の自分はどうなのだろうか?と。自分の心の中の自然はどんな状態になっているのか?と。そんなことはおかまいなしに、自分自身のエゴだけで心の中の自然を破壊していってはいないだろうか?と。心の中の自然が破壊されていては、その心で接していると恐らく人も殺伐としたものを感じ取ってしまうことだろう。心の中の海が美しく、空は無限に澄み渡り。美しく草木が生きられていると、人は潤いや豊かさを感じることだろう。理想かもしれないが、そんな心でいられたらと強く感じたりする。
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2019年06月26日

上達への足取り

何事も一気に上達はしない。ゆっくり少しずつ。一進一退を繰り返しながら自分の力になっていく。少し上達して油断してはいけない。なかなか上達しないことにイライラしてはいけない。自分の信じる上達への道を迷わずに一歩一歩。そうやって身につけた上達は揺るぎないものになる。腹を決めて地道に練習を繰り返していく。たゆまぬ足取りで一歩一歩。上達に簡単な道のりはない。簡単に身につけたことなんかは簡単に崩れ失ってしまう。小さなことの積み重ね、小さい進歩の積み重ね…それができてこそ本物の上達へと辿り着いていける。
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2019年06月25日

理想に

いきなり理想の百点でなくてもいい。いつも百点でなくてもいい。行きつ戻りつしながらでも、一歩一歩自分の求める理想に近づいていければいい。百点取れないなら最初からやらずに逃げ出そうではなく、挑戦して今の自分のベストを尽くして、次に向けて新たに一歩ずつ力をつけていければいい。簡単に理想に近づいては面白くもなんともない。でも理想に向かって踏み出した一歩は何よりも大きな一歩だと思う。踏み出さなければ理想の百点でもない代わりに、ゼロ点、いや逃げ出したことでマイナス点にしかならない。結果なんか恐れずに今の自分のベストを尽くすことと、今の自分の実力を高めていくことを並行していけば必ずや理想に近づいていくはずだ。その踏み出した一歩は凄く偉大だ。
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2019年06月24日

目に見えないミス

表示されるエラーはミスによるもので、どんな一流選手でも必ずミスはある。これは人間である以上仕方がない。問題は表示されないエラー。ヒットの表示になる。これは選手の実力の問題になる。ヒット性をどれだけ潰してアウトにできるのか…ここはミスではない分だけ一朝一夕にいかない難しさがある。ミスに見えないミス(実力)ほど怖いものはない。下手をすると本人もそのことに気づけずに流してしまう可能性もある。気づけなければそこで満足してしまい、自分の実力の範疇でミスがないことで自分は優れているんだと勘違いを起こしてしまいがちになる。ある意味目に見えるミスは分かりやすくていい。満足することなく自分自身をどこまでも高めていきたいものだ。
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2019年06月23日

ミスへの対処

ミスはしないものではなく人間である以上はいくら練習を積んでもミスはしてしまう。大切なのはミスをしないことではなく、ミスした後にすぐに対処できるか、気持ちを切り換えて次に向かっていけるか。ミスに慌てたり、落ち込んでミスの傷口を広げたり、二次的三次的なミスの連鎖に繋がることを防ぐことが大切。そもそも、誰一人自分はミスをしてやろうとしてミスを犯す者はいない。逆にミスしないように、ミスをしないように慎重になり過ぎる。それが余計に萎縮させたりしてしまう。それよりは思いっきり全力でやるだけのことはやって、ミスをしたら最小限度で押さえていけばいいんだと考えた方が伸び伸びできて逆にミスは減っていく。機械ではなく人間である以上はミスとは上手に付き合っていかなくてはいけない。ミスとは友達にならなくてもいいが、必要以上に毛嫌いすることもない。したらしたで冷静に対処していけばいいだけのことだから。慌てず焦らず冷静に。
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2019年06月22日

見極め

過保護や甘やかしはいけないが、保護していかないと崩壊する。誰が守ってくれる訳でもない。自分が自分自身の身体としっかり対話しなくてはいけない。アスリートは自分自身を鍛えていくのと同時に自分自身を守ってもいかなくてはいけない。このバランス感覚がなければ、自分自身が壊れてしまいかねない。ギリギリまで自分を追い込みながらも、ある一線は越えないように守ってあげる。過保護すぎると単なる甘ったれの自分になるし、保護しなければ心身共に崩壊してしまう。そのギリギリのバランスを保ちながら自分を鍛え上げていかなくてはならない。その見極めがとても重要になるのだ。
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2019年06月21日

真っ直ぐに

人生は時には、戦わなければならない時もあるだろう。それは時にひどく大きなものかもしれない。つかみどころのない社会というものかもしれない。何のために戦うのか…それは自分が自分自身であるためかもしれない。社会に上手に呑み込まれた方が楽に生きられることもあるだろう。適当に自分を誤魔化しながら生きた方が生きやすいこともあるだろう。社会や時代に逆流して進んでいくことは苦しくて辛くて孤独を感じることもあるだろう。でも自分が自分自身であるために敢えてその逆流に突っ込んでいかなくてはならない時もあるかもしれない。自分の生きる道を真っ直ぐに真っ直ぐに突き進んでいく。周りからは無器用と笑われるかもしれない。周りから批判や非難を受けるかもしれない。それでも自分自身を貫いていく生き方。自分が自分自身を裏切らない生き方。そんな生き方もあるように感じる。
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2019年06月20日

旅立ち

何かを終える、退くというのはとても寂しいことだし、時に辛いことのような気もする。しかし、それは同時に次に何かを始めるための新たな旅立ち。可能性を探す旅立ち。自分自身の力を試していく旅立ち。前にやってき続けた何かを通して身につけてきた力を次なる何かに発揮していく旅立ち。その何かしかないというのも素晴らしいことだが、自分はこれから先も何をやっても力強く生きていけるというのも素晴らしいこと。人には無限の可能性はある。それは年齢にも関係しない。自分が新たに始めると決意した瞬間から新たなスタートを切る。スタートしたら過去に振り回されることなく、新たなことに全力投球していけばいい。新たなスタートに輝きと幸あれ。
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2019年06月19日

何を大切にするのか?

禺者は称賛で天に上り、批判で地に落ちる。誰かと比較して優れていれば優越感に浸り、劣っていれば劣等感に苛まれる。賢者は称賛で自分自身を自省と自制し、批判で自分自身を奮い立たせ自己肯定感を高める。他人ではなく自分自身の進化に意識を置く。周りに振り回されずに自分を一定に保てる強さは大切。周りに振り回されて等身大の自分自身を見失うことほど虚しいことはない。他人の評価でしか自分自身の価値を図れないことほど悲しいことはない。じっくりと自分を冷静に見つめる目はとても大切に感じる。
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2019年06月18日

余裕

ちょっとした余裕。誰もが必死になってプレーする。必死になってプレーしろ!と言う。しかし…必死には余裕を感じない。必死には苦しさや辛さがつきまとう。追い詰められた緊張感や何とかしなくてはという気持ちの空回りや固さも生まれる。当然、視野も発想も狭くなってしまう。そこには余裕というものが何もなくなってしまう。そういう時はミスプレーが生まれやすい。手を抜けという話ではない気持ちの余裕だけは持ちながら、プレーには全力を注いでいく。少しだけプレーに取り組む意識を変えるだけでも、プレーは全然変わっていくものだ。
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2019年06月17日

1の差

可能性が完全に0%なのか、僅かな1%なのか、このたった1の差は数字以上に大きい。0はどこまで行っても0だが、1は可能性はあり、やりようによって可能性を高めていける。可能性を探る時に、この境界線の見極めが大切。可能性が低いという一言で0と1を混同してはいけない。低いからと言って諦めていては可能性は単なる受け身になってしまう。可能性は他の誰でもなく自分自身が高めていくものだ。可能性があるなら高めていくやり方を考えていけばいい。不可能と可能の差はたった1の違いでもかなり大きい。無なのか有なのか。可能性があるならそこから切り拓いていきたいものだ。
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2019年06月16日

広く深い世界観

勝つ喜びがあるからスポーツを続けていける。負ける悔しさがあるから練習を続けていける。できないプレーをできるようになるから向上心を持ち続けていける。どれだけいってもできないプレーがあるから精進し続けていける。完璧もない変わりに完敗もない。だからこそ、自分が自分自身であり続けていける。これはスポーツに限らず全てのことに言えるように感じる。何かを続けていけばいくほど、何かを学べば学ぶほど、何かを経験すれば経験するほど…人はできる自分とできない自分を痛感させられる。知っている世界の狭さを知り無限に広がる世界の広さを知る。だからこそ物事に向き合い、自分自身に向き合うことができるのだろうと思う。成功したり失敗したりを繰り返しながら。だからこそ物事に真摯に真剣に取り組んでいけるのだろうとも思う。どこまで行っても完璧なんて終わりもなければ、全くダメなんて完敗なんて終わりもない。どこまでやっても、やればやるだけその世界の広さや深さを感じる
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2019年06月15日

自分自身との戦い

『このくらいで充分』から『まだまだもっとやれるはず』まで引き上げるには、並大抵のエネルギーではない。自分が漠然と引いている自己満足を壁を自分が打ち破っていかなくてはいけない。周りと比較しても自分はやっている方だ、そこそこそれなりの成果が出ている、周りはそれなりに評価してくれている…などなど、自己満足を助長させてくれる要素は身の回りに溢れていたりする。そんな中で、まだ!まだ!と自分が自分自身に鞭を打つのはしんどいことだったりする。今のままで充分じゃない?と自分を甘やかしたくなったりすることもあるだろう。満足して止まってしまったら、そこから先の自分自身の進化はない。苦しくても辛くても、まだまだな自分を信じて、まだまだやっていきたいものだ。人間はまだまだこんなもんじゃない!自分自身との戦いに勝ち抜いていこう!
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2019年06月14日

何とかする!!

どうにもならないと感じることを、いかに何とかしていけるか。そのためには、その取り組むことに執念を持てなくてはいけない。どうにもならないという思いを、どうにかしてやるという強い思いに変換していかなくてはいけない。そして最後の一瞬まで絶対に手を抜かずに手離さないこと。やり方も一つに限定せずに、やれる方法はいくらでも挑戦してみればいい。一つやってダメなら二つ、三つと。とことんまで喰らいついていかなくてはいけない。どんな状況になろうが決して諦めずに誰でもなく自分自身が何とかしてやるんだ!と。自分なら何とかできるんだ!という自信を持って取り組んでいけばいい。人生は諦めた瞬間から、諦めを覚えていく時から、どうしようもできないことが一つ一つ増えていく。人生はその逆で一つ一つ何とかできることを学んでいきたいものだ。
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2019年06月13日

健康に

怪我には気をつけてプレーしていきたい。勝っても負けても次の試合に向かっていけるし健康ならスポーツを続けていける。しかし大きな怪我をしてしまうと…だからこそ練習前であれ試合前であれ、さらに普段から自分の身体としっかり向き合いたい。後悔しないためにも、好きなスポーツを続けるためにも。心もそうだが身体の健康も一日してならず。好きなことが身体の不具合で奪われてしまうことほど残念なことはないのだから。選手の将来を考えるなら、勝敗以上に一年でも一日も長くプレーを続けていける幸せを噛み締めてほしいと思う。
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2019年06月12日

流れを逃がさない

試合中は自分が納得がいくプレーができずにふて腐れたり、イライラ苛ついたり、ミスプレーして落ち込んで暗い顔をしたりしないように心掛けたい。感情や雰囲気はチームに伝染する。そうすると流れが向こうに行ってしまう。流れはそんな些細なことで変わってしまう。悪い雰囲気は悪い流れを呼び寄せる。淀んだ雰囲気は流れを淀ませてしまう。自分一人でプレーする訳ではない。自分の感情のおもむくままに任せるのではなく、チームの一員である自覚をしっかりと持って自分の感情を上手にコントロールしていきたい。大切な流れをグッと自分達に引き寄せるためにも。
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2019年06月11日

言い訳

言い訳で終わるか、言い訳から始めるか。どちらもできないことを受け入れるという点では同じ。できない理由を探してブツブツ文句を言ってできないままで終わるのか、できない理由を受け止めた上でそこからどうしたらできるのか?を考えてスタートを切るのか。言い訳がないということは、言い訳もないくらい諦めたということ。言い訳できるということは、そこにまだ伸びシロがあるということでもある。言い訳がさらにできない理由になるのか、そこに可能性を見出だしてできる理由にしていけるのか。同じ言い訳でも本人のメンタル次第で大きく変わっていく。言い訳をプラスに可能性を実現していくために口にしていきたい。
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2019年06月10日

ある表現を

メンバーとメンバー外という使われ方をするが、、、チームに属している選手は全員がメンバーと言える。というより、どちらであろうが自分はこのチームのメンバーなんだという気持ちを持っていてほしい。メンバー外だから、もういいやという気持ちで最後を迎えてほしくない。せっかく好きで続けてきて、一生懸命にやってきたことの最後が、もういいや、ではあまりに自分自身が可哀相過ぎはしないだろうか。この区分けも工夫できないものだろうかと思う。メンバー全員とメンバー代表みたいな。やはり最後に言われる言葉メンバー外の外という表現を変えられないものだろうか。何だか蚊帳の外みたいな言葉を。最後まで自分はこのチームの一員だと胸を張っていられるような表現に変えていきたい。何といっても最後の締めくくりなのだから、心の底から全力でやり抜いたという想いを全員に持って臨んでいってもらいたいと感じる。
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2019年06月09日

流れから外れる

流れに乗るとか乗れないという表現をよく耳にするが、時には流れから外れるということも大切な気がする。特に逆流の時に懸命にもがくよりは、無理せずに一度今いる流れから外れて休憩して、冷静に流れの方向を見極める時間も必要なのはないかと。逆流の時に懸命に抗っても、心身ともに疲労し、またムキになりすぎて冷静な判断ができなくなる。場合によっては、今まで流れに乗ってきたのに、逆流に呑み込まれてかなり押し戻されてしまうかもしれない。流れから外れるのは勇気がいることかもしれない。逃げているように感じてしまうかもしれない。懸命さをやめることで終わってしまう怖さがあるかもしれない。でも、外れるというのは逃げることでも懸命さを捨てることでもない。捨てるというなら無駄を捨てるということ。逃げるというなら一休みするということ。逆流が変われば、そこを見極めて一気呵成に懸命になれば、無駄なく懸命にやればやるだけさらに流れに乗れるのだから。
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2019年06月08日

優しさとは

優しさとは強さだと思う。その強さも他人に対してではなく自分自身に対して。甘さと優しさは違う。弱さと優しさは違う。媚びを売ることと優しさは違う。好かれようとすることと優しさは違う。自分を守ろうとする行為と真剣に相手のためにする行為とは違う。作り物ではない真の優しさを育んでいきたい。優しさって定義が難しい。優しさという言葉と優柔不断という言葉も表裏一体、紙一重かもしれない。優しさという言葉と気の弱さという言葉もそうかもしれない。自分の中にある個々の考える優しさはあるだろう。しかし、強さのない優しさはないのではないだろうか。相手のことを大切に想う心が優しさかもしれない。それが厳しかろうが優しく見えようが。相手を本気で想っての言動が大切な気がする。
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2019年06月07日

哲学

哲学なんて聞くと、何だか重々しくて難解な感覚があるかと思いますが、自分の人生という航路を進んでいく上での指針と思えば、それがいかに大切なものかわかってくる。どんな時にもブレることなくその指針に照らし合わせながら進んでいく。上辺だけの指針なんかでは簡単にブレてしまうだろう。だからこそ、とことんまで掘り下げていかなくてはならない。それこそが哲学。時に自分の中で自問自答し、禅問答のようなことを繰り返し。また時には誰かと徹底的に話をする中で、それが一つの媒体になり掘り下げられていく。深く根幹にあるものは揺るぎない。揺るがないからこそブレることもない。掘り下げていく中で哲学が変わっていくこともあるかもしれない。もがきにもがいた先に、深堀りした先に変わるのであれば大丈夫。簡単にコロコロ変わってしまうのは考えたのではなく、単に時代や環境や人に影響されただけのこと。恐れずに面倒臭がらずに自分ととことん向き合っていく時間というものを、こんな時間や時流が早く流れる時代だからこそ、逆にじっくりと持てるといいのではないかと思う。人生哲学しかり、勝負哲学しかり。
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2019年06月05日

スペシャリストとゼネラリスト

これしかできないというのと、様々な選択肢の中からこれを選んだというのは違う。営業もできて、事務もできて、その上で商品開発を選ぶ。ここで商品開発のプロとなる訳だが、営業力、マーケティング力、事務力などが商品開発のプロとしての自分の背中を後押ししてくれる。何でもできるのがゼネラリスト、特化するのがスペシャリストだとすると、理想なのはゼネラリストの力をあくまでも兼ね備えたスペシャリストなのかもしれないと思ったりもする。世の中の全ての物事は単発ではなりたたない。様々な物事が折り重なり複合している。何かのプロになるということは、それ以外のこともある程度はできないと、一つのことを極めてはいけないのではないか?一つのことが世間離れした単なる自己満足で終わってしまうのではないか?と。日本の文学の世界は物理学者であったり、医師であるものが、素晴らしい小説を書き上げたり。最終的に小説家を選択したという例が多くある。何かに特化するにしてもそのバックグラウンドがどれくらい広い裾野かで積み上がる高さは違っていくような気がする。
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2019年06月04日

苦と楽

苦しいことほど楽しんでやりたい。苦しい、苦しいと愚痴をこぼしながらやれば、やればやるだけ苦しさが倍増していき、最後は本当に嫌になっていく。やらなくていいことなら、やめてもいいのだろうが……どうしてもやらなくてはならないのであれば、そんな中にも一縷の楽しみを見出だしていきたい。それを探し出せる心の目を持っていたい。その苦しさを越えた先にある楽しさを想像できる心の豊かさを持っていたい。苦しさは嫌なことという思い込みを取り払っていきたい。苦しさを乗り越えるからこそ、そこに一回り大きく強くなれた自分がいるのだから。楽は楽しいではない。人生、楽ばかりを選択して生きていると何一つ自分の進化を感じられない。それは極論すると退屈そのものかもしれない。そんな退屈な人生よりも、自分の進化を刺激にしていける人生の方を選びとっていきたいと思う。
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2019年06月03日

極める

極める。何かをとことんまで極めていくのが好きだ。何でもできるのも素晴らしい。でも、これは!というものを徹底的に極めるのも素晴らしいと感じる。極める過程において、ここで終わりというものはない。探求すれば探求するだけ、次々にさらなる深みが見えてくる。自分の中で懸命にもがく。懸命にあらがう。懸命に答えを見出だそうとする。答えが見出だせた途端に次の深みが見えてくる。この繰り返し。時々、もうこの辺りでいいんじゃない?という心の声が聞こえてくる。その甘い誘惑にまだ!まだ!とさらなる深みを探求していく。自分が取り組んでいることくらい、他の誰もが知ることのない本質的な答えに辿り着いてみたい。深海のような世界を一人潜り続けていくような。恐らく終わりのない探求なのだろう。人生を通して何かを極めていく。こんなテーマに出会えた自分は苦悩しながらも幸せを感じている。
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2019年06月02日

アイデアを出す

逃げ道を断ってこそアイデアは見つかる。切羽詰まれば苦しくてたまらなくなる。そのギリギリのラインでもがき抜く。先に何も見えない。先が暗闇のように見える中で懸命に一筋の光を探し出していく。切羽詰まったら知識では通用しなくなる。懸命に知恵を使うようになる。最初は一筋のほんの小さなアイデアかもしれない。でも、それをどんどん広げて大きく育てていく。アイデアを育てそれをどんどん実践へと移していく。それがダメなら、また次のアイデア、次のアイデア…それを逃げずに繰り返していく。そのうちに打破できるものに出会えることだろう。
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2019年06月01日

断定

願望から断定に変わった瞬間から全ての物事は、その断定に向かって見えない流れができていく。ただし、いかなる時も絶対にブレない芯の強さが大切。覚悟を定めていかなる状況でもその断定を引き寄せていく。手繰り寄せていく。諦めない、挫けない、投げ出さない、弱気にならない…真っ直ぐに貫く。貫き通した者だけが手にできる断定。人間は弱いものだから、ついつい様々なマイナス要因に引っ張られて、マイナスの心理状態に陥りやすくなってしまったりする。そんな時は懸命に踏み止まって、何度も断定を心の中で繰り返し言葉にしてみる。願望は願って終わり。叶えばラッキー。しかし断定は違う。未来の決定事項。必ずや実現させていかなくてはいけない。決まった未来に突き進む道。覚悟を決めて意地でも喰らいついてでも貫いて手繰り寄せていかなくてはいけない。それこそが断定。ガッツリと捕まえていく。どれだけの覚悟を持って断定できるかで、流れの大きさは変わっていくものだ。
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