2019年12月31日

誇りとは

誇れる何かを持つという言葉をよく耳にする。時々、誰に対して誇るんだろう?と思ってしまう。世間に対して?多くの人に対して?僕は、そんなことより、自分が自分自身に対して誇れる何かを持てればいいのではないかな、と思う。誰かに見せつけるための誇りではなく、自分が自分自身と懸命に戦い抜いてきた過程そのものが誇りだと思う。何を?手にしたかではなく、それを手にするに至るまでの妥協を許さずに懸命に歩んできた道のりそのものが自分自身の誇りなのではないかと思うのだ。何を?なんてさほど重要だとも感じない。その人のそこまでの人生の生き方、向き合い方そのものを、自分が誇れればそれでいいんだと。自分が自分自身に負けない生き方をしていければ。
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2019年12月30日

踏ん張る

試合でも人生でも必ず踏ん張りどころというものがある。ギリギリの瀬戸際で、流れが変わっても、マイナスな流れに流されていくのではなく、流されないようにしっかりと踏ん張り、またプラスの流れに変わるのをじっくりと待つ。踏ん張る時に必要になるのが安易に身を任せない、絶対に諦めて自らを投げ出さないこと。踏ん張ることをやめれば一瞬は楽になる。しかしその先には自分が求めるような結果はついてはこないだろう。踏ん張ることはとても辛くてしんどいこと。しかし要所要所の瀬戸際で踏ん張り切り、マイナスに流されずブラスだけをとらえて前進していけば、その先には自分が求めるものへと近づいていることだろう。踏ん張るというのは、忍耐力でもある。堪えて堪えて堪え抜く。これは日々の訓練がどうしても必要になってくる。
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2019年12月29日

未来を描く

過去は書棚、未来は映画館。過去には自分が経験した様々な知恵が大切に保存されている。未来には自分が主人公の夢の映画を観ることができる。過去の知恵を生かしながら、自分の未来を夢見て今を熱く全力で生きていかなくてはいけない。そんな本気で全力な今を過ごすからこそ、今という時間が過去になった時に、かけがえのない知恵が書棚にストックされていくのだ。筋書きを懸命に探して描いていく。上手くいかなかったり、失敗しても描き続けるからこそ、それは自分自身の知恵になっていくのだ。夢は生きていく原動力になる。夢は遥か壮大なものでなくてもいい。自分が生きたい人生の方向性のようなものだ。夢には感動が伴う。映画館を出た後にも感動が残り、映画に感化されて自分も動きたくなるように。感動とは感じて動くこと。感動すれば人は自然に動きたくなる。無理矢理やらせても人は動くがすぐに嫌になる。恐怖で人は簡単に動くがそれは長続きはしない。上手に感動を与えて自分が強くやりたくなるようにしていくこと。恐怖ではなく、強い喜びや深い楽しみを感じさせていく。やらされ感ではなく、やりたい感を大切にしていく。
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2019年12月28日

チャンス

チャンスは焦り過ぎると掴み損ねる。チャンスはボケッとしていると気づきもしない。チャンスはのろのろとのんびりしていると通り過ぎてしまう。チャンスは時にピンチの顔をしてやってくる。時にチャンスが怖くて逃げ出したいような心境になることがある。時にチャンスは逃した後にチャンスだったんだと気づかされることがある。チャンスはラッキーとは違う。ラッキーは運かもしれないが、チャンスはしっかりと準備をして実力を高めた者にしか訪れない。チャンスは実力を備え、チャンスをチャンスだと認識して、絶妙なタイミングで掴もうとしなければモノにできない。
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2019年12月27日

真の実力を

富士の裾野を見て改めて感じる。誰もが高い頂上を目指すが、見せかけだけの高さはすぐに崩れてしまう。富士山はあれだけの広い裾野という土台があるからこそ、あれだけの高さを維持していける。そういう意味では高さが実力ではなく、裾野という土台こそがその人の実力なのだと思う。どれだけ安定感のある実力を兼ね備えているのか。広い裾野のような実力は一朝一夕では作られていかない。長い年月をかけて地道に実力を蓄積していくしかない。高い頂上を持つためには、それこそ、いかに高く見せるかというテクニックに走るのではなく、地道に実力をつけていくことこそが時間はかかっても安定した高さを持つことができるのだろうと考える。
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2019年12月26日

困難こそ

困難というと多くの人は嫌がるのだろうが、僕は困難な方が好きなんだろうという気がする。困難だからこそ、どうすれば乗り切れるか頭をフル回転させていける。困難だからこそ、それを解決していくためのアイデアや知恵といった発想力が強く刺激される。困難だからこそ、それに向き合う自分自身の能力が最大限に問われる。誰かに困難の乗り切り方や解決法を教わるのではなく、自分なりに、もがいて、自分の方法を作り上げていく楽しさがある。自分の道を開拓していきたいと思ってしまう。何ともならないと思うような困難を何とかしていく醍醐味。簡単なことは楽だが楽しいとは思えない。時が過ぎても記憶にも残っていない。困難を乗り切ろうと格闘した日々というのは鮮やかに記憶されている。人生のアルバムの中にそんな記憶をたくさん残していけるといいなと感じる。
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2019年12月25日

道に迷っても

道に迷った時には目指すべき方向さえ見失わなければ、道は意外に繋がっているものだ。方向を見失ってしまうと全く見当違いの方に進んでしまうが。もちろん、目指すところにいち早く着きたいところだが、道に迷って途方に暮れたり、余計な回り道をしたと後悔するよりも、方向を目指して道を歩み続けていくことが大切な気がする。歩くのを放棄しなければ、道はその目指すべきところに繋がっていくのだから。行き止まりなら一度来た道を戻ればいい。方向を見失ったなら誰かに聞いてアドバイスを求めればいい。諦めなければ、どれだけ時間がかかろうが、道は続いている。最短ルートを見失っても、また途中で最短ルートに戻ればいい。人生は短いようであって、長くもあるのだから。諦めないこと。
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2019年12月24日

坂道を乗り切る

坂道は上りも下りも別の意味でしんどいものだ。上りは前に体重をかけていないと転げ落ちる。下りは後ろに体重をかけていないと転げ落ちる。上りは足を蹴り上げなければならないし、下りは足にブレーキをかけなければならない。同じ人生の坂道でも、どのような心持ちで進んでいくかは変わっていく。上りは頂上という希望を目指す坂。下りは崖下という絶望を避けていく坂。人生には様々な坂道がある。希望がモチベーションになる場合もあれば、絶望がいい意味でモチベーションになる場合もある。そのためにも、今の自分が上りなのか、下りなのかを見極める必要がある。漠然と坂道は辛いなぁ〜では進み方を誤る危険性がある。
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2019年12月23日

大胆かつ繊細に

心の風船を膨らませると、やがて破裂する。破裂することを恐れていては、まだまだ余力を残してしまう。調子に乗ってまだまだ大丈夫だと思っていると限界を超えて破裂してしまう。風船の弾力性によっても限界は変わっていく。心の柔軟性がなければ早く限界を迎えてしまう。周りの環境によっても変わってくる。周りが温かく応援してくれていれば、心の風船は柔軟性が生まれるし、冷たくされれば心の柔軟性が失われていく。限界が近づいてきているのを気づかずに無理をすると破裂してしまう。だからこそ、限界が近づいてきたと感じた時には、より繊細に自分の心の風船の様子を見て、感じて、意識していかなくてはならない。少し時間を置けば、風船がだんだん萎んでいくように、限界ギリギリまで自分を追い込んでも少し休みを入れれば、また挑んでいけるだろう。無理をしなければ、限界に近づいていけないが、無理をし続けると破裂してしまう。心は大胆かつ繊細に取り組んでいかなくてはならない。
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2019年12月22日

僕が僕であるために

僕が僕であるために、立ち続けなきゃならない。正しいことは何なのか、それがこの胸に解るまで♪♪尾崎豊さんの歌の歌詞の一節だ。人はついつい社会に呑み込まれたり、社会の流れに流されていったりしてしまう。社会の考える正しいレールに乗っかって。僕が僕であるためには、そんな社会の様々な巨大な流れに、しっかりと踏ん張って流されないように立ち続けなければならない。社会の決める正しさではなく、自分が正しいと信じる生き方を探し求めて。これはとても苦しくて辛いことでもある。ある意味で流されていれば楽でもある。社会の単なる一部になるのか、僕が僕で唯一無二の存在でいるのか。そして、い続けていくのか。時に社会という圧倒的な数に突っ張っていかなくてはならなくもある。強いから、強くありたいから踏ん張るのではなく、ただただ自分が自分らしくありたいから踏ん張って生きる。ふと、時々、自分自身の生き方と照らしてみたりする。僕は僕であり続けているのだろうか……と。
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2019年12月21日

豊かさ

目を奪われるものは世の中には溢れている。モノも情報もそれこそ、溢れるくらいみちみちている。人は目にとまる何かに飛びつき、すぐに飽きて、また次に目にとまった何かに飛びついていく。これこそ、物質的豊かさなのだろう。何かを手にする満足感。それに対して心を奪われるものとなると、そんなに多くはないだろう。心が豊かになったり、幸せを感じたり、強く感動したり、強く心を揺さぶられたり……目先の欲ではなく、心の奥底から強く求めるもの。目移りして飽くことなく、ずっと大切にしていきたいもの。それこそが精神的な豊かさなのではないかと感じる。もしかすると、ものが溢れる社会だからこそ、物質的豊かさに満ちている社会だからこそ、余計に精神的な豊かさを人生の中で求められるかで、人生の色彩が変わっていくのかもしれない。
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2019年12月20日

広く大きく

小さなカップの中の水に絵の具をたらしたら、あっ!という間に絵の具の色に染まってしまう。しかし海に絵の具をたらしても、海の色は染まらない。絵の具の色が悩みや苦しみなどだとして、心がカップや海だとする。心の広さや大きさがあれば、悩みや苦しみなども自然に心の中に呑み込まれていく。反対に心が狭く小さければ、悩みや苦しみに心全体が支配されてしまう。狭く小さな中で考え事をしていても、悩みや苦しみに支配されてしまうと、透明なシンプルな状態で考えることができなくなる。そうすると悩みの課題に対して客観視して考えられない。心は広く大きなものに育てていきたいものだ。
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2019年12月19日

浪人時代に

浪人時代をふと思い出す時がある。勉強してこなかった過去を悔い、かといってあまりの学力の足りなさに合格する未来を描くこともできず……当時は八方塞がりで何をどうすればいいのか分からず、足を踏み出すための足踏みさえできずにいた。目指す大学までの道のりが遠すぎて呆然として。投げだしたいけど、投げたしたくなくて。覚悟を決めて、一年間一日も欠かさず、毎日八時間勉強することに決めた。やれるかやれないかではなく、とにかくやる!!と。そして、一年間欠かすことなくやり抜いた。自分が自分自身に課したことをやり抜いた時に思ったこと。現役の頃に毎日一時間でもいいから勉強を欠かさずやり続けていれば、こんな苦労もなかったのに、、、と。やり抜けた自分を知ったからこそ、後から思うことではあるが。
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2019年12月18日

思いに対して

相手の思いに対して自分の思いで応える。相手の精一杯に対して自分の精一杯で応える。これは自分が一番大切にしていること。相手が自分をどれだけ必要としているのかで、〜でいいや、なのか〜でなければいけないのか、が違ってくる。それによって思いも当然変わっていく。相手の精一杯は相手の様々な状況によって変わっていく。相手が置かれている状況の中で、相手ができる精一杯で求められれば、それには自分も精一杯に取り組んでいきたいと思う。小学生の精一杯と大人の精一杯は違って当然。でも、小学生が自分のできる精一杯で自分を求めてくれれば、それには全力で向き合っていく。自分というのはそういう人間なんだなぁ、と改めて実感する。要は気持ちを大切にしたいし、気持ちで動いていける人間であり続けたいなぁ、と思う。
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2019年12月17日

うまくいかないというのは

プレーがうまくいかないことと、限界とは同じではない。選手によってはプレーがうまく進まなかったり、行き詰まったりすると、これが自分の限界だと決めつけてしまったりする。うまくいかないことの原因は何なのかをまずは分析してみる。それが自分の実力によるものなのか、それとも他の何らかの要因によるものなのか。限界とはいうのは、全くやりようがゼロ。道がそこで断たれていること。うまくいかないというのは、道は先にも続いているのに靄がかかって先が見えなかったり、立ち止まってしまったりしているだけのこと。原因の分析で実力が足りないなら、実力を高めるために何をすればいいのかを考え抜けばいい。その他の要因にあるなら、それらの要因を取り除くためにどんな手を打てばいいのかを考え抜けばいい。限界と決めることは、本来は続いている道を自らが断ち切るということ。うまくいかない時こそ、どうするかを前向きに考えていきたいものだ。
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2019年12月16日

青春の仲間達

大学時代。もうあれから早いもので、約30年近くの時を経たんだな……今から30年後となると……そう考えると自分は生きているのかどうか。だからこそ仲間達とこうして元気に会える時間を大切にしていかなくてはならないなと強く実感する。青春時代。あの多感な時代に僅か四年間。それぞれの地方から上京して集り散じた仲間達。お金もなく、誰かのアパートにみんなが泊まって夜通し語り合ったり。誰かが失恋とかしたら車2台くらいで湘南まで飛ばして夜通しみんなで浜辺で励ましたり。学食で授業の合間に語り合ったり。何か凄く楽しいことをやったのか??と問われたら特に凄く楽しいイベントがあった訳でもない。思い出すのはいつも仲間達みんなで集まっては色々語り合ってたなという思い出。仲間達とただただ語り合う時間そのものが楽しかった。部活の悩み、恋の悩み、単位を落とした悩み、将来への悩み、人生の悩み……みんな熱く語ってるようで大半は何かの悩み事。本気でもがき迷走していた時代だったのかもしれない。答えの出ないことを何時間も語り合ってたなぁ。そんな青春時代の仲間達。
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2019年12月15日

打ち破る

自分にとって耳が痛い聞きたくない話ほど、自分の心を素直にして聞いた方がいい。耳が痛い話ほど、自分の問題点だったりする。自分にとって辛くキツい時ほど、自分を奮い立たせてあと一踏ん張りした方がいい。そこでの踏ん張りが自分の限界を打ち破ってくれる。苦から逃げては自分の進化なし。今の自分を誤魔化していては進化はない。向き合って自分の限界点を心身共に打ち破っていかなくてはいけない。
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2019年12月14日

筋書き

勝負事はなかなか頭の中で描いた筋書き通りにはいかない。そこが難しさであると同時に面白さでもある。筋書き通りに進めば楽だが…勝負事は楽をしたい人には向かない。筋書きを裏切られ裏切られしながらも、悩み苦しみながら次の筋書きを描き続けていかなくてはならないのだから。途中で描くのを放棄して諦めて投げ出してしまうとそこで全ては終ってしまう。勝負事はこのような中でそれこそ勝ったり負けたりを繰り返していくのだ。実はこれはスポーツにだけ言えることではない。人生も日々が様々な勝負事の連続だ。上手く運ぶことは言うまでもないが、上手くいかない時でもその状況を打破していく筋書きを書くことを楽しめる選手であり人でありたいと思う。
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2019年12月13日

人への思い

この仕事をしていて思うのは、やはり自分は人が好きで、人とのふれあいの時間が好きなんだということ。もちろん、行く先々で美しい景色にも出会う。でも、それ以上にその土地に生活されている方々との心のふれあいが自分には大切なのだと。一期一会という言葉がある。人と人との出会いとはそういう部分もあるだろうことは理解はできる。でも……やはり、一期一会に寂しさも感じる。人と人とが縁で出会い、お互いを(立場とか仕事とか関係なく)さらけ出してふれあい、心が通い合って温かな気持ちになる。そんな方々とは一期一会で終わらせたくないなと思ってしまう。また再会できると心の中で思ってしまう。
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2019年12月12日

楕円球

ラグビーの楕円球というのは改めて考えてみると面白いと感じる。楕円であるが故にどう転がるのか分からない。勝手に予測して思い込みでプレーするとミスをしてボールを手にすることができない。ボールを手にする最後の一瞬まで諦めずに追いかけていかなくてはならない。まるで人生のようなボールだなと感じる。人生でおかしてしまいそうな注意事項があのボールに集約されている。思い込みと諦め。人生の中で大敵な二つの要素が含まれている。ただ、ラインを割ってしまえば、どれだけ追いかけてもどうにもならない。ラインを割ってしまえば、どれだけ追いかけてもそのボールはマイボールにはできない。
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2019年12月11日

チャンスの扱い

小さな田んぼで、小さいから、それを補ってたくさん米を収穫したいからと欲張って、キュウキュウに稲を植えても、どの稲も充分な実りをせずに結果として収穫が普通に植えるよりも減ってしまうということはある。与えられたチャンスの大きさを冷静に判断することが大切になる。チャンスの大きさ以上の欲を出してしまうと、下手をするとチャンスすら台無しにしてしまうことになりかねない。チャンスを見極めるのも大事だがチャンスをどう生かし切るかというのも大切。チャンスにも分相応というものがある。余計なことをし過ぎてしまうとチャンスは逆にピンチに変わってしまう。それくらいチャンスというものは、扱いの難しいものだと感じる。
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2019年12月10日

結果へのコース取り

自分の持ち味の一つとして求める結果(ゴール)に至るために、現在地から、どういった道筋を辿っていけば最短で到達できるかが瞬時に分かるというところがある。これは昔から得意としている。やはり、アスリートは結果をいち早く出していかなければ、場合によっては選手としての寿命が終わってしまう。無駄道を歩いて進んでいく余裕はなかったりする。でも、最近は現在地からゴールまでの直線だけではなく、オーバーには膨らまないがほんの少し膨らんだ曲線やコースを微妙に変えてみたりすることも多くなった。それは、直線で辿る時に見える一面的なゴールの姿が、微妙に曲線だったり微妙にコースが違ったりすることで、違う角度からゴールが見えて、より客観的に全体像を掴みやすくなるからだ。もちろん、直線で走らなければならないケースでは直線。でも、少し余裕がある時には、そうすることで、そのゴールが本当に自分が求めているものなのかの判断をしていけるから。求めているものと違って見えれば、そこから早い段階でゴールの設定を変えていけばいいのだから。曲線に膨らむタイミングやコースを微妙にズラすタイミングはとても大切になるが。ロスをしない範囲でのラインが重要になる。
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2019年12月09日

苦しみの先に

苦しい練習が好きだ!という選手はあまりいないだろう…苦しいだけなら逃げたいだろう。しかし、苦しくてもその練習の内容の意味を正確に理解できていれば。苦しくてもその先に上達して活躍できている自分の姿がしっかり見えれば。苦しさの感じ方は変わってくる。意義や未来のない苦しみは苦しみでしかない。要は見返りのない苦しみは苦しい損をしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。昔は苦しさの先に何かがある!という抽象的なものでも良かったのかもしれないが…今は時代も変わり、苦しみを超えるには明確なビジョンが必要なのかもしれない。
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2019年12月08日

解決と解答

解決と解答。同じ問題という言葉でもでも、人生の問題は解決するといい、勉強の問題は解答するという。勉強の解答で答と使うのは、勉強には絶対に唯一の答えがあるからなのだろう。それに対して人生の問題には唯一の答えは存在しない。言ってみれば答えは個々によって違ってくる。だから、人生の問題に対して、例えば人それぞれどんな答えであっても、その人にとって正解と思えるなら、それが本人の正解となる。人生の問題は決めることに意味があるのだろう。問題に直面して懸命に解いて、自分なりの正解の答えを決めていく。正解などない問題には、自分が自分の正解を決めていくしかない。勉強の問題は答えを導きだし、人生の問題は決断を導きだす。
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2019年12月07日

戦いに向けて

どんな戦い方をするかは、とことん考えて悩んだらいい。しかし、こうと決めたら迷わずに戦っていく。ろくに考えもせず、悩みもせず簡単に出したことを土壇場であれこれと迷いながらするのは良くない。迷いが中途半端なプレーに繋がってしまう。自分がしっかり悩んで出した答えを信じ抜いてみることも大切。戦いの前にはとことん考えて悩み抜く。戦いが始まったら迷わずに自分の出した答えをとことん信じ抜く。戦いの中での中途半端な迷いほど質の悪いものはない。最後は自分さえも信じられなくさせてしまう。いかなる結果になろうが、そんな戦い方ほど残念なことはない。戦うのは自分自身なのだから。
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2019年12月06日

上手くいった時こそ

上手くいった時ほど、自分はさらなる高みを目指して変わらなければ!と感じる。上手くいった時ほどホッとしやすく、そこで安心してしまいがちになる。そこで満足してしまうと、そこで止まってしまう。そしてそれはいつしかルーティーンになっていってしまう。一歩でも自分自身を高みに運んでみたい。誰かの評価を得るためではなく、自分が自分自身を評価して進化できていると実感するために。自分が自分自身に対して認識している期待値をさらに超えていける自分自身でありたいと思う。そうすれば、結果として自然に誰か他の人達の期待値にも応えていけているだろうから。常に自分は自分自身との競争であり戦いだと感じて日々を生きている。だからこそ、上手くいった時こそまだまだ自分を変えて進化させていきたいと強く思っている。
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2019年12月05日

人生の長距離走を

人生という長距離走をどのように走り切るかを考えることがある。ひたむきに前だけを見て懸命に走るのか、ゆっくりと周りの景色を眺めながら走るのか、はたまた疲れてもなお自分自身に鞭を打って走り続けるのか、疲れたら休息を取りながらマイペースを崩さず走るのか。最初からゴールを意識してペース配分を考えて走るのか、全速力で走り続けられるところまで走るのか。人生の長距離走はその走る距離は人によってそれぞれ。走り方も人それぞれ。どれが正しいとかはないのだろう……それぞれが自分の考えを持って自分の走りをしていくしかない。人生のゴールは恐らく突然に訪れるのだろう。その時に後悔するような生き方だけはしたくないなと強く思う。だからこそ考える。自分の走りはどうなのか?と。ここまでは、前だけを見据えて全速力で休むこともせず、走り続けてきたような気がする。ここまでの走りに後悔はない。でも、ここから先は?このまま今までと変わらず走るのがいいのか?を考える。考えの答えは出ていないが(笑)少し位は自分に優しい走り、周りの景色を楽しむような走りをしてもいいのかもしれないな……とも感じる自分もいたりする。
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2019年12月04日

道を外れて

僕は大学卒業の時に企業に就職を内定させていた。就職をするという世間の常識とか世間の考える当たり前の流れのようなものに自然に従おうとしていた。でも、自分には好きなことがあった。それが今の道なのだが……この道を進むことを決断した当時は誰一人、この道に進むことに賛同してくれる人も応援してくれる人もいなかった。世間から外れてしまった孤独感や、これからどうなるんだろう?という不安感で一杯だった。普通に就職していれば、こんなに世間から疑問視されることもなく普通でいれたのに……と思ったこともあった。人生にもし?なんてないが、もし就職していたら?そこそこ頑張って出世もしたかもしれない。でも、そんなことよりも自分の好きな道を一人孤独に歩む道を選んだ。人生の成功って何だろう?と考えた当時に僕の出した結論は常識や世間の皆さんが考える一般的な成功というものではない、自分が一度きりの人生を自分らしく好きなことを徹底的に極めていける時間にしたいという自分の求める成功だった。成功か失敗かなんて他人が決めるものではなく、自分が自分自身に対して人生の時間を自分が納得のいく素晴らしい時間を過ごせたなと感じられて生きることこそが、あくまでも自分にとっての成功かもな……と。それでここまで地道に人生の時間を積み重ねてきた。世間に認められようが認められなかろうが、僕はそんなに価値は感じない。ただ、人生の時間を好きなことに打ち込んでこられたのは自分にとってはとても幸せな価値あるものだったと今は感じられている。
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2019年12月03日

人の心って

人の心って、面倒な面もあるけど、幸せな面もたくさんある。人と人とが心が通い合えば喜びが大きくなる。人と人とが心がふれ合えば温かい気持ちになる。人と人とが思いやりを持てれば、そこに優しさが広がる。人と人とが愛情を持てれば、そこに愛しさが深まっていく。人と人とが大切に思えれば、そこに勇気が強くなっていく。心の思いのキャッチボール。人は突き詰めれば一人孤独な存在なのだろう。でも、一人でどんな心を持とうとも、そこで完結してしまえば寂しいものなのだろうと思う。人と一緒に心のキャッチボールができてこそ、心の繋がりや絆が強くなっていくものなのかもしれない。思いを伝えて、思いを受け取る。それを繰り返していく。これからも、人を大切にしていける自分でいたいなと感じる。
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2019年12月02日

負けに打ち克て

誰も全力でプレーしている。誰も負けたいなんて思っていない。それでも負けが続くことはある。負けても戦い続けていかなくてはいけない。負けに慣れるのではなく、負けに強くなりたい。負けを恐れるのではなく、逃げずに立ち向かっていきたい。結果は負けでも全力を尽くしているなら胸を張っていたい。手抜きをして、惰性でやっているなら結果はどうあれ恥ずべきこと。それは他人がどうこうではなく、自分が自分自身を裏切っていること。そうでないなら小さくビクビクしている必要なんてない。確かに負けが続けば辛い。心身が余計に疲労していく。それに打ち克つ強さを持ててこそ、負けない強さを身につけていける。負けるから弱いのではない。負けることに怯える自分自身が弱いのだ。自分が自分自身に問うて、恥ずべき姿勢でやっていない限りは、また勝利を喜べる日は必ず来る。それを信じて今日も全力で挑んでいけばそれでいいではないか。絶対に自分自身に負けるな。負けることを恐れるな。
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2019年12月01日

心の故郷

昔、実家の広島にいた頃、悩みがあると近所の宇品港に海を眺めに行っていたのを思い出す。夕日に赤く色づく海や海に浮かぶ瀬戸の島々を見つめていると自分の悩みなんて凄く小さなもののような気がしたものだ。大学受験に失敗し浪人が決まった後に、静かに海を見ながら自問自答した時の情景は今でもはっきり覚えている。港を出発するフェリーがどんどん小さくなっていくのを見ながら、何か自分も誰も自分のことを知らない、知らない土地にフェリーで運んでいってもらいたい…と思う反面、自分はこの場所で現実に向き合いながら現実に立ち向かっていかなくてはならないんだ、と強い決意を固めたのを覚えている。海はいつもと変わらない。海を見つめる自分や自分の心は変わる。久々に広島の海に立った時に、この場所は小さな頃から僕を見守ってくれた心の故郷だなと感じた。誰にもこんな故郷はあるのだろう…
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