2020年06月30日

自分自身の戦い

運命…そんな言葉があるなら、それを呪いたくなるような時もあるだろう。でも、そんな状況下にあっても投げやりになる者もあれば、それを受け止めながらも前向きに今目の前にあることに全力を注いでいける者もある。前向きに!なんて言葉にすれば簡単な言葉。でも、そこに行動を伴わせていくとなると決して簡単なことではないはずだ。人間なんて強いようで弱いもの。心は常に揺れ動く。そこからは自分自身との戦いになる。弱い自分自身との戦い。それは他の誰にも見えない自分の心の中での戦い。勝ったのか、負けたのかは、スポーツの試合のようには誰にも分からない。分かるのは自分だけ。そんな戦いに一つ一つ勝って積み重ねていくことでしか得ることができないものもあるだろう。
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2020年06月29日

石段

よく目にする山寺などにある何百段もある石段。下から見上げると登り切る気持ちが萎えたりする。しかし、上は見ずに目の前の一段一段を見て一歩一歩登っていけば、ふと気づくと中腹くらいにはなっている。そこで頂上ではなく周りの景色を眺めてみる。すると見える世界が違っていることに気づく。そこから、また一歩一歩…何かを目指すとはそういうことなのではないかとも思う。余りにも遥か先ばかり見てばかりいると果てしない気持ちになる。石段のように、自分の目指すゴールへの道筋さえしっかりと定めれば、あとは目の前のことに一歩一歩全力で打ち込めばいいのではないかと思う。そうすれば、萎えることなく、ふと気づけば目指すべき地点に辿り着けていたりするものだ。
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2020年06月28日

白紙の先に

出来上がった物を見たり、読んだりして、あれこれ言う人はたくさんいるものだ。では、そう口にする人に白紙を渡してみたらどうなるのだろうか…果たしてそのうちの何人が白紙をしっかりと埋めていけるものなのだろうか…その白紙を埋めるための空想力、発想力、創造力、企画力。白紙を持て余してしまうのに、誰かが白紙から完成させた物にあれこれ口にするのはどうなんだろうか?と思う。何事においてもそうなのだろうが、批判ばかりを口にする人間ではいたくないと思っている。自分はやりもしないで、やった人や結果を云々したくはない。今までの自分自身の人生は白紙に懸命に絵を描いてきた人生だったなと感じる。白紙は苦しくもあるが、そこには何物にも変えがたい楽しみもあったような気がする。
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2020年06月27日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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2020年06月26日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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真っ直ぐな気持ちで

真っ直ぐな想いを持つ選手達と触れると、凄く幸せな気持ちになれる。競技が好きなんだって想い、もっと上達したいんだという情熱が強く伝わってくる。そんな好きな競技に打ち込めている環境に感謝して、一日ちょっとでも上達していける自分に喜びや楽しみを感じながら真っ直ぐに取り組んでもらいたい。人生の中でも本当にかけがえのない時間、自分が自分であれる時間、そんな時間を確実に生きている今この瞬間を大切にしていってもらいたい。誰のためでもない他ならぬ自分自身のために。
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2020年06月25日

どちらの手でも

最善の手を尽くして勝つべきだと。対して人間は必ず過ちを犯す動物だから、良い手を指さなくても相手の悪手を待っていればいい、自分が悪手さえ指さなければ勝てるものなんだと。どちらも真実のような気はする。要は生き方の問題、自分自身の勝負哲学の問題なのだろうと思う。それによって勝負の仕方が変わってくるだけのような気がする。そこに人間対人間の勝負の面白さがあるのではないかと感じる。テニスや卓球だって常に攻撃的に攻める選手もいれば、ひたすらボールを拾いまくって相手がミスをするのを丁寧に待つ選手もいる。どちらが強いとも言えない。ただ中途半端な者は結局は途中で迷い、とっちつかずになり、中途半端な手しか打てずに破れてしまう確率は高いのではないかと思う。自分が決めた道を信じ抜いてひたすら貫いていくことの強さのようなものが、勝負所で強さとなって表れてくるのではないだろうか。
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2020年06月24日

宝探し

グランドでの宝探し。練習で何か一つでもいい、何か自分の競技向上のための宝物を拾ってやるんだ!という気持ちで臨みたい。グランドにはお金が落ちているみたいなことを口にされた元プロ野球選手がいたが、グランドには競技向上のためのヒントが転がっている。練習中に漫然と過ごしていては気づかずに素通りしてしまうようなことでも、一つでも何かを拾ってやる!という意識で執念で探せば必ず見つかるものだ。そう、宝探しのような楽しい気持ちで、あっ!いいヒント見っけ!という感じで練習に臨めば練習も楽しくなっていくように感じる。
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2020年06月23日

3つのルール

この世の中には3つのルールがあると思う。1つ目は法律などで明文化されたもの。2つ目は一般社会に暗黙に存在する通念的なもの。常識や道徳など。3つ目は自分の中に持っている自分のためだけのルール。自分の中の絶対的な約束事。1つ目は破れば刑罰がある。2つ目は従わなければひんしゅくや非難を受ける。しかし…3つ目は破ろうが従わなかろうが何もない。だからこそ、自分の中のルールを守り続けて生きていくのは本当に難しいことだと感じる。しかし、自分が自分らしく生きるために、そして自分が自分自身の個性を輝かせていくためには必要なもの。そして何よりも自分が自分自身を制約することができなければ、そこにどんな自由が与えられても、ただの何でもありになってしまう。誰にも分からないが、自分が何よりも大切にしなくてはいけないのが3つ目のルールなんだろうという気がしている。
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2020年06月22日

時間の流れ

ネットやテレビで言葉や写真で見るものと、実際に見て体験するものとでは大違いなものだ。それらで知ることができるのは、物事の表面的かつ断片的なだけの世界。そこには時間の流れというものが欠如している。時間の流れの中で物事と一緒に過ごさなければ、本当の何たるかは見えてこないのではないだろうか。それこそが経験するということ。時間の流れということこそが、人間が生きている一つの証明でもあるのだから。時間の流れが止まるということはそこが最期ということにもなる。ネット社会になって、知ってるつもりが増えていくような気がする。知ってるつもりと知っているとは大違いだと改めて実感する。時間をかけて体験してきたものに優るものはないように感じる。生きるというのは時間を共にすること。その共にする物事は何なのか?その共にしながら感じたり考えたりすることは何なのか?そんなことで人生の豊かさも変わっていくような気もしてくる。
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2020年06月21日

動機と結果との間に

動機と結果があまりにも短絡的すぎてしまうと、そこに決定的な何かが欠けてしまう。動機と結果との間に葛藤や逡巡や洞察といったものが欠けていると、一時的には物事は上手くいくことはあっても、長続きしたり、上手くいく確率を上げていくことはできないだろう。その繋ぎの部分を大切にしていかなければ、何事も物凄くイージーでライトなものになってしまう。ここをどれだけ考え抜いていけるのか、どれだけもがけるのかで同じ動機で同じ結果でも、そのどちらに対しても深みが全然違ってくる。その深みこそが結果を出し続けていくための安定感のようなものに繋がっていくように感じる。
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2020年06月20日

基本

地味な練習はつまらなく感じる選手は多い。でもその地味なことが何より大切だったりする。地味なことを飽きることなく地道に積み上げていく。そこに基本は作られていく。そのためにも地味な練習をする真の意味を理解しておかなくてはいけない。意味を見出だせていない地道なことは三日坊主に終わる。誰もが面白い練習をしたいし、やった!感を持てる練習をしたいと思うだろう。しかし、それでは満足感を得るためだけの練習になってしまう。地味なことを丁寧に地道に続けていくことほど難しいことはない。基本は大事なんて誰もが口にするが、基本ほど本当の意味で習得するのは難しい。
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2020年06月19日

重い腰が

やりたくないなぁ〜と思うようなことでも、いざ!重い腰を上げて取り組み始めると僕の場合は凝り性のせいか、徹底的にやってしまいたい衝動に突き動かされてしまう。やりたくないなぁ〜と思っている時に自分が自分自身にするできない言い訳が、その時には既にどうやって工夫したらできるのか?と頭の中はアイデアや発想に溢れている。今日はここまで!と決めて終えたとしても、頭の中に生れたアイデアや発想に突き動かされて、もう少しやってみよう!となっていく。あと、目に見えて少しずつ先に進んでいくのも大きいことのような気がする。最初に始める前には膨大にある作業量が、少しずつ減っていくのが案外気持ちが良かったりするのだ。『重い腰 一度上がると 軽い腰』しかし、やる気になれば人はどんな困難でも楽しんで乗り越えていけるのかもしれない。
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2020年06月18日

同じ物でも

同じ二階の高さであっても、ベランダから見る周りの風景と木の上でのそれとは見え方が違って見える。それは普段見ることがない角度から物を見ることで同じ物を見ても見え方が違うのと同じかもしれない。それは普段見慣れた見る角度とは違うことで、新鮮な気持ちで物事を見ることができるからかもしれない。あとは、どのような角度で物事を見るかによって、見ている時の心の様が変わっているからとも言える。冒頭の話で言えば、ベランダからなら安心して風景を見られるし、木の上ではスリリングな気持ちで風景を見られる。そんな心の変化も物事を見る時には大切なのかもしれないと感じる。心が変われば、そこにまた新たな発見があるはずだから。それと見慣れた物事の見方しかしていないと、全てが当たり前になり、見ているようでいて、実際には見ていなかったり、漠然としか見ていなかったりするものだ。あらゆる角度から物事を見るのは、見え方も感じ方も考え方も違ってくる面白さを実感させられる。
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2020年06月17日

行動の習慣化

練習をするという事が日々のルーティンのように定着することはいいこと。しかし、練習内容や練習に取り組む意識がルーティン化してはいけない。ここを明確に区別しておかなくては、練習が単なる惰性的習慣の連続になってしまう。新鮮な刺激と高い意識で取り組んでいきたいものだ。行動が習慣化していくと、やるのが当たり前になり、無意識の行動が多くなっていく。そうなると意識のレベルや内容が低下しがちになる。これはスポーツだけの話ではない。仕事であれ日常生活であれ、全てに共通して言えることだ。条件反射のように反応しているだけでは、質はどんどん低下していき、ただ反応してやっているだけのことになってしまう。それを防ぐためにも常に好奇心や探求心を持てているようにしなくてはいけない。それがあれば日々の日常の中にも次々に新しい発見や新しい発想が出てくるはずだ。どこまでもそんな気持ちは大切にしながら、やることが当たり前になるくらいまでやることを習慣化できればいいと思う。
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2020年06月16日

分岐点

人生には様々な分岐点がある。どちらが正解かなんてわからない。どちらの道に進もうが大切なのは、進んだ道を正解にしていく自分自身の覚悟。正解にしていくための地道さ。分岐点は宝くじ的な運不運ではない。正解を作り出していけるのは他でもない自分自身でしかないのだから。自分を、自分が選んだ道を信じて。やり抜く自分を信じて。正解を作ってくれるのは運でも他人でもない。自分自身。大切なのは分岐点での選択ではないのかもしれない…どちらも自分次第で正解になるし、不正解にもなる。テストと違って一方が正解、不正解ではない。分岐点で選んだ選択肢を後になって後悔したり、運や誰かのせいにして言い訳するのは嫌だ。成功する人はどちらの道に進もうが成功すると思う。それはどちらを選択するかではなく、選択した道に自己責任と覚悟を持って後悔なく懸命に生きていける人だから。要はどんな道であれ自分次第でしかないということだ。道そのものには正解も不正解もないのではないかと感じる。
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2020年06月15日

練習の成果

練習の成果を計るのは量ではない。何がどれくらいできるようになったか。漠然と量をこなすのではなく、今日の練習では何をどのくらいできるようにするのかの目標を立てて、そのためにどのような内容にするかの手段を明確にすること。そして練習後に目標と実際の間に見える化された課題を見出だすこと。漠然と量をやっているだけでは、成果も漠然としたものにしかならない。残るのはあれだけ量をこなしてきたのだから、という自己満足感だけだ。練習とはやって満足するものではなく、できるようになって自信を深めていくもの。そこを勘違いしてはいけない。
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2020年06月14日

バリア

今回のコロナの対策として様々なお店にビニールシートで仕切ったり、テレビなどで居酒屋さんなども客席をビニールシートで覆っているのを見かけたりする。透明だし、相手も見える。相手との距離感も変わらない。しかし…にも関わらず、あの薄いビニールシートがあると何となく距離感を感じたり、閉塞感を感じたりしてしまう。何かそこで相手からバリアをされているような…(ウィルスを実際にバリアするためのものではあるのだが)人と人というのは、とても繊細なものなのだなと改めて実感した。人は実際のビニールシートでなくても、心にバリアをしたり、されたりすると感じたりするものなのだから。このバリアがあるかないかで、相手との物理的な距離は同じでも近く感じたり、遠く感じたりするものなのだろう。改めて人の大切さを気づかされる。
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2020年06月13日

磁石

目的とは磁石のようなもの。目的が明確になればなるだけ、磁力は増して、まるで膨大な砂場の中にある僅かな砂鉄だけを選別して自然に吸い寄せるように、目的に適した情報や手段をどんどん引き寄せていってくれる。目的はある見方をすれば、必要なものと不必要なものとを的確に区分するためのものでもある。目的が曖昧だと漠然とした何でもかんでもが集まって、さらに何がしたいのかが分からなくなっていく。漠然が漠然を集めさらに漠然となる感じ。自分の目的という磁石はいつも明確にブラッシュアップしておきたいものだ。それはとても大切なことのように感じる。
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2020年06月12日

言葉の合図

「よし!次!」試合の時、ミスした時にあれこれ考える前に、直後に口にしてみる。「まだまだ元気!」練習で疲れた時にどんどん嫌になる前に口にしてみる。そんな言葉を口にする習慣をつけていく。するとそれが合図になって、気持ちが切り替わりやすくなる。そんな自分なりの言葉を持つといい。落ち込んだり、沈み込んだり、イライラする前に先手を打って自分が自分自身に言葉をかけていく。深みにはまる前がいい。人は後ろに時間は生きてはいけない。人は前に時間を生きていく。前に向かうために必要な言葉を探してみよう。取り返せない時間をウジウジ過ごすより、これからの時間を前向きに取り戻していく方が遥かにいい。
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2020年06月11日

興味のある学び

昔は物理とか苦手で赤点ギリギリだったりしたものだ。分かる気も全くせずに、授業も上の空だったような記憶が……しかし、この年齢になり再度自分なりに勉強してみると難しいとは全く感じず、逆に楽しく感じたりする。何故?物理を?それは、選手達の動きを考える時に運動力学的にも考えているから。その運動力学の基本となるのが物理になる。大人になったから、少しは頭が良くなったのかな?と最初は思ったのだが、やはり興味があるか、ないかの違いだと気づいた。昔は勉強と捉えていたが、今は選手の動きに興味があるので、興味があれば楽しく学べるものなんだなぁ、と改めて実感した。本来、勉強なんて誰かと競って点取虫になることではない。知りたいことを興味を持って学んでこそ、学んだことが自分自身の血肉になっていく。その証拠に受験勉強であれだけやったことが今では頭の中にほとんど残っていない。いくつになっても興味のある学びは楽しいものだ。
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2020年06月10日

始めも終わりも楽しく

スポーツは楽しさから始まり楽しさで終われればいいのに…その時々で楽しさの種類は変わってはいくだろうが。引退する時にもう二度とスポーツはしたくないという感情ではなく、スポーツに仲間に周りの人達に感謝しながら、違う形でも生涯続けていきたいと感じられるように。好きなスポーツに出会えた感謝。それを共にやってきた仲間に感謝、それを応援してくれた周りに感謝。そんなスポーツなら素晴らしいと感じる。スポーツを通して自己を否定してしまったり、スポーツをしてきたことを後悔したり恨んだりしたりしてしまうのは寂しいことのように感じてしまう。楽しさの価値観や意味合いが変化していっても、その時々の楽しさに没頭していけるような取り組む姿勢を大切にしていきたいものだ。楽しいから好きだからこそ、そのスポーツに対して没頭できるはずだから。人生の中でそんな時間を過ごせる幸せはないだろう。
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2020年06月09日

下積みの時に

下積み時代に、何でこんなことばかりやらされるんだ、と不満に思い嫌々やるのか…どうせやるなら、これを何かに繋げてやる!と貪欲に何かを掴み取ろうとするのか…同じことでも気持ち一つで得られるものは変わる。今自分に与えられた環境は自分に何かを教えてくれようとしている。その意味はその時には理解できないかもしれないが…しかし時間が経つと、案外あの時にやっていたのはこういうことだったんだと腑に落ちることがある。しかし、その時に一生懸命にやっていなければ、その意味にさえ気づけずに過ぎていってしまうかもしれない。下積みの時だからこそ、謙虚に一つ一つの物事に真剣に取り組んでみるといいと思う。
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2020年06月08日

バランス

雨が続いた後の晴れの日は何故か気持ちが晴れやかになる。晴れが続いた後の雨の日は何か潤いを感じられる。晴れの日がいい訳でもなく、雨の日がいい訳でもなく、どちらも大切なんだと改めて気づかされる。気持ちだけではなく、晴ればかり続くと砂漠化するし、雨ばかり続くと洪水化してしまう。要はバランスなのだろう。自然の中で人間が暮らしていくというのは適切な自然のバランスを保てるようにすること。晴れが好き、雨は嫌いとかの好き嫌いの問題ではなく、バランスを好むということなのだろう。だから、どちらがマイナスプラスではなく、総合的に晴れにも雨にも感謝の気持ちを向けられる生き方なのだろうと思う。
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2020年06月07日

もう一息

もう一息からが長い…それが練習かもしれない。できそうでいてできなかったり、昨日はできたのに今日はできなかったり。そんな自分がもどかしかったり、腹立たしかったり。それでも自分を信じて少しでももう一息の距離を縮めていく。掴めそうで掴み切れないからこそ練習を続けられるのかもしれない。確かにまるで先が見えなければ、やる気を失ってしまうかもしれない。かと言って簡単にできるようになってしまうと飽きてつまらなくなってしまうかもしれない。練習というのは絶妙なバランス感覚の中でやるからモチベーションは上がっていくのかもしれない。
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2020年06月06日

球道

球汚れなく道険し。球道。恐らく真っ直ぐに好きという純粋な想いを持ち続け、好きなことをどこまでも探求し続けることこそが球道なのではないかと思う。野球に限らず、どんなことでも探求心を持ち続ける限りは、簡単には答えは出ないだろう。まさに険しい道のり。でも…だからこそ面白い。険しい道を傷つきながらも一歩一歩、好きな想いに駆り立てられるように進んでいく。自分の答えを見出だしていく。ひたむきに真っ直ぐに。それは好きなことだからこそ進んでいける道なのかもしれない。簡単に諦めない。簡単に分かった気にならない。簡単に答えを求めない。
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2020年06月05日

どんな練習??

ミスしないことは大切。でもミスはしてしまう。それを考えたらミスした後の対処法の練習もかなり大切。ミスしないことを目的に強調された練習ばかりしてしまうと、ミスした時に目的を果たせずに気持ちが切れて時間が止まってしまう。後が大事と頭では分かっていても「あ…やっちゃった…」とミスした事で思考が止まってしまい、それから対処しても遅れてしまったりする。大事なのはミスした直後の瞬間的な時間。ここでスムーズに対処できれば、ミスを挽回することだってできる。だからこそ、ミスを前提にした、ミスの対処法を明確に強調した目的の練習もやっておくことが大切になると感じる。
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2020年06月04日

人類は

人間は月にも行けるし、最速のリニアモーターカーを開発できたりして卓越した頭脳を保有しながらも、目に見えないコロナには対応できなかった。いや、時間をかければ対応はできていくのであろう。今を生きている僕たちは、今あるものを当たり前のように享受して生きているが、今あるものも長い時間をかけて開発されてきたものばかり。月を見上げて切望していた時代の人々からすれば、当時の憧れだったのだろうし、大した薬もない時代に多くの病で亡くなられた方々にとっても治療薬は喉から手が出るくらい欲していたものだったろう。人類はその頭脳で長い時間をかけてあらゆるものを開発し続けてきた。人類の叡智を驕ってはいけないが、同時に侮ってもいけない。それでもコロナの一日も早い終息を願わずにはいられない。
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2020年06月03日

戦いに向けて

どんな戦い方をするかは、とことん考えて悩んだらいい。しかし、こうと決めたら迷わずに戦っていく。ろくに考えもせず、悩みもせず簡単に出したことを土壇場であれこれと迷いながらするのは良くない。迷いが中途半端なプレーに繋がってしまう。自分がしっかり悩んで出した答えを信じ抜いてみることも大切。戦いの前にはとことん考えて悩み抜く。戦いが始まったら迷わずに自分の出した答えをとことん信じ抜く。戦いの中での中途半端な迷いほど質の悪いものはない。最後は自分さえも信じられなくさせてしまう。いかなる結果になろうが、そんな戦い方ほど残念なことはない。戦うのは自分自身なのだから。
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2020年06月02日

いかに

難しいことを、いかに簡単に見せてくれるか。大変なことを、いかに楽しみながらやらせてくれるか。なかなかできないことを、いかに少しずつでもできているように評価してくれるか。嫌いなことでも、いかに好きにしてくれるか。何よりも大切なことだと思う。きっと本質が分かっているからこそ、そのように教えることができるんだろうと理解できる。人は難しい、苦手だ、自分にはできないなんて感じてしまうと、やる気さえ起きない。できないと思ってることや苦手だと思ってることを一つずつ解きほぐしていけるかどうかなんだなと思う。できないことを一つずつできるようにさせていき、やる気を育てていく。
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2020年06月01日

見極め

過保護や甘やかしはいけないが、保護していかないと崩壊する。誰が守ってくれる訳でもない。自分が自分自身の身体としっかり対話しなくてはいけない。アスリートは自分自身を鍛えていくのと同時に自分自身を守ってもいかなくてはいけない。このバランス感覚がなければ、自分自身が壊れてしまいかねない。ギリギリまで自分を追い込みながらも、ある一線は越えないように守ってあげる。過保護すぎると単なる甘ったれの自分になるし、保護しなければ心身共に崩壊してしまう。そのギリギリのバランスを保ちながら自分を鍛え上げていかなくてはならない。その見極めがとても重要になるのだ。
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