2020年07月31日

言葉の

言葉。。。この仕事をしていて言葉の重要性を認識させられる。言葉というのは人と人とがコミュニケーションをする上での共通のツールである。確かに言葉というのは事実を伝えるには適しているだろう。しかし時に心の中を表現するには不十分なこともある。口に出して表現しようとすればするほど、その努力の甲斐なく、相手に誤解を与えたり、残酷な追い討ちをかけてしまう結果になることもある。心の中を想いや感情をいかに相手に正しく伝わる表現力、つまり言葉を持てるかどうかは大切だと思う。それがどうしても難しいような時には、敢えて言葉にしないということも必要な場合があるように感じる。言葉が逆に邪魔になるような。言葉に絡まれているような。言葉に振り回されているような。そんな時には、無言の空気を通じて念ずるかのように伝える労りや優しさや思い遣りの方が遥かに心の中の真実を伝えられたりするのかもしれないと感じる。
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2020年07月30日

いつの日にか

いつの日にか誰もが誰かの元から巣立っていく。その巣立つ日まで、どれだけの生きる力をつけてやれるのか。どれだけ自信を持って送り出していけるのか。巣立つ側は自分自身を信じて自分の羽を広げて飛び立っていく。きっと、送り出す側は心配が残るような気もするし、どこまで力をつけさせてもまだ足りないと思ってしまうのだろう。それでも巣立ちの日を迎えた時には、巣立つ側は教えてもらった力を信じて、送り出す側も教え込んだ力を信じて背中を押してあげるのだろうと思う。最後は優しく静かな微笑みで。大丈夫だよって。人生なんていうのは、出会いと別れを繰り返していく。人生が永遠でないのと同様に人との永遠もない。だからこそ、人との与えられた時間を大切にしたいと思う。人に対して今の自分のできること、教えられることに全力を尽くしたいと思う。
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2020年07月29日

頭の中の整理

頭の中を整理しようとする時に、感情的な視点でとらえた様々な事実を、時系列的に線の上に並べていくと不思議とそれらが客観的な色あいを帯びて見えてくるものだ。感情的になっている時には見えなかった事実と事実の繋がりや相関関係が明確になっていく。引き出しの中に何でもかんでも思いのままにモノを放り込んでいるとゴチャゴチャして何が入っているのか分からなくなる。そして何が必要なモノで何が不必要なモノなのかも。しかし、一度それらのモノを目に見える形で整理整頓すれば何が不必要なモノなのか?などが見えてくる。感情というのはモヤモヤグチャグチャしている。それを引き出しの中に順番に並べていくように、感情的な視点でとらえていた事実を時系列的に並べてみるということ。そうすると単発的に見えて事実が他の単発的な事実と繋がっていることが分かったり、事実と思っていたことが客観的な視点で見たら別の事実に見えたりもしてくるものだ。頭の中の整理をするというのはとても大切だと思う。
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2020年07月28日

意識と無意識

バランスを敢えて崩すことで、逆にバランスを保てるということがある。意識的にバランスを保とうとすると手動化した動きになり、こぢんまりとしてしまうが故に逆にバランスを取りづらくなったりすることもある。そんな時に敢えて意識的に大きくバランスを崩すことで無意識下でその崩れを補正しようという自動化された働きが生まれてバランスが保たれたりする。意識するというのが手動であるとすれば、無意識は自動化。意識すると行動になるが、無意識は反応を引き出す。意識的にバランスを崩せば、無意識にバランスは保たれる。この相反する働き。この辺りのことが心身ともに自分の研究テーマにもなっていたりする。人間の面白さでもある。
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2020年07月27日

情熱を燃やす

情熱というのは、生きる熱感。情熱を傾ければ人生が熱を帯びてくる。生きている実感を強く感じられる。時間を消費して生きるのではなく、時間を燃やして生きていきたいものだ。損得なんて関係ない。自分の中の何かに思い切り情熱を傾けてみる。生きてるぞ!!と叫びたくなるような時間を刻みたい。今の時代は社会に熱感を感じない。それは社会を構成する一人一人の熱感の問題でもある。夢なんて描くより、現実を見ろみたいな。もちろん、現実は大切だ。しかし夢の一つも描けない、夢をバカにされるような社会であってはいけないように感じる。漠然と生きる、のではなく、自分自身を生かし切って生きていく。自分に自分がやろうとしている何かに全力で情熱を傾けて、情熱を燃やしていきていきたいものだ。その積み重ねの時間こそが夢への真っ直ぐな道のりのように思う。情熱とは生きる心のエネルギー。誰の心の中にも情熱は秘められているはずだ。それを燃やすか、燻らせるか、消してしまうかはまさしく自分次第。
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2020年07月26日

選手と指導者

選手たちを見ていると指導者からかけられているの愛情や想いの深さのようなものを感じ取れるものです。そうした一朝一夕では作り上げられないもの、表面的ではなく深い部分で根づいているもの。それらを感じられるとこの選手たちは幸せな子たちだなと感じます。中学校や高校の時というのは、深く接することのできる大人の範囲というのは限られるものです。せいぜい、親族か学校の先生です。だからこそ、大人の役割や責任の大きさを感じます。大人への階段を上る彼らに大人として何を教え、何を育てていくのか。それはメンタルトレーナーとして子どもたちと接する自分自身にも言い聞かせていることでもあります。大人である普段接するプロ野球選手やオリンピック選手たちとは違う子どもたちだからこその何かをしっかりと自分の中で改めて自覚させられます。最近は『教育』とは何かをよく問われる中で、教師ばかりが増えて育師が減ってきたということを耳にします。教えることばかりで、育てるのが苦手という方々が増えていると……教育というのは教えることと同時に育てていくことでもあります。教えるだけでは人は育っていきません。深い愛情や想いでどれだけ真正面から本気で向き合っていけるのか。どれだけ失敗しても見離さずに信じてもらえるのか。なかなか期待通りに成長できなくても長い目で見守ってもらえるのか。大人のそういった様々な心があってこそ、子どもたちは安心して育っていくことができるのではないでしょうか。教えるだけなら知識さえあれば誰もが教えることだけはできるし、下手をすればマニュアルさえ作れば済むことかもしれません。しかし、育てるというのは人の愛情という手の平によって大切に包み込まなければできないこと。監督の方々からそれを強く感じることができる。それは一大人としてとても幸せな気持ちになれます。子どもたちにも、そんな大人(監督)と濃い時間を過ごせて幸せなんだよと伝えてあげたいと思うのです。だからこそ、メンタルトレーナーとしてメンタルを教えるだけではなく、メンタルを大切に育てていきたいと思うのです。
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2020年07月25日

大切な何か…

例え、思い描いた結果に至らなかったとしても、本気で思い描いた情熱、本気で流した汗、地道に積み重ねてきた年月は誰よりも自分自身がこれから先を生きていく力になるはず。苦しみもあったろう…流した涙もあるだろう…それらを乗り越えて自分を信じて舞台に立った力は図り知れない。もちろん、結果は大切だし、誰もが結果を残していきたいと考えていることだろう。しかし、結果では見えない数多くのことが本人の中に深く刻まれているはずだ。数字では表せない本人にしか分からない大切なことが。それは挑み続けた者にしか分からない大切な生きる力というかけがえのない財産だと思う。敢えて言おう。繰り返すが結果は大切、でもそれ以上に大切なものが絶対にある。人が人生を生きていく上で絶対に大切なものが。
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2020年07月24日

団結力

チームはほんのちょっとのことで乱れる。でもちょっとのことでまとまってもいける。そんなこんなを繰り返し、少しずつ団結力がついていく。仲良しごっこの集団より、ぶつかり合ってその中でお互いを解り合った集団の方が最終的には強固な団結力を発揮することが多い。雨降って地を固めていける強さ。言いたいことも言わず、表面的に争いをさけて当たり障りなく付き合っていても相互に本当の意味では理解し合ってはいけない。仲良い振りをしながらも逆にストレスを抱えていく。当然チームの中で主張をし合っていけば、相互にぶつかり合いは生まれる。しかしお互いが腹の底から話し合えば、解り合える部分も出てくる。そんなことを繰り返していく中でだんだんとまとまりが生まれ、それが団結力へと繋がっていく。そんな過程を踏んで生まれた団結力はそうそう簡単には壊れたりはしないだろう。団結力は個々がかなりのエネルギーを注いでいかなければ作られるものではない。
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2020年07月23日

楽と楽しい

楽という字と楽しいという字は同じ字を書く。自分の可能な範疇でする勝負は先も読めるし手馴れていてとても楽々できてしまう。では、楽だから楽しいのか?と問われれば、ほぼ予想通りの結果に導いていけるので楽しくもなんともない。いわゆる楽勝というやつだ。しかし、敢えて自分の可能な範疇を飛び出して難題に挑むと苦しい。やり方も分からなければ、自分ができるのかどうかの予想も立てられない。でも、そんな中で新しいアイデアや発想、新たな方法論などが閃いた時にはこの上なく楽しくて仕方ない。できることをやることは楽、できないことに挑みできた時は心の底から楽しい。字は同じでも楽を続けているとどんどん楽しくなくなっていくから不思議だ。物事に取り組む際には敢えて楽を断ち切り真の楽しさを追求していく方が最終的には心からやりがいを感じていけるのではないかと思う。
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2020年07月22日

過程を

いかなる結果だろうが、結果以上に次に繋がる過程をしっかりと踏んでいければいいと思う。結果はいつも理想とするものにはならないかもしれないが、過程は自分の意識や意志でコントロールしていけるのだから。次に繋がる課題やヒントを見つけていければ、過程の精度は高まり、結果もついてきやすくなる。過程の精度が高まれば自ずと技術は進化しているはずだから。そのためには、やはり考える力が大切になる。過程に向けての準備にしろ、過程を終えての分析にしろ、漠然としていては力はついていかない。考えて考えて考え抜くこと。それを積み重ねていくこと。
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2020年07月21日

決して諦めず

勝利には喰らいついて喰らいついて、必死で掴み取りにいかなければ辿りつけない。それでも辿り着けないこともある。敗北には諦めたら一瞬で手から落ちていく。掴み取るのは死ぬほど苦しく難しい。手放すのはいとも楽で簡単。だからこそ勝利の喜びは大きい。ギリギリの所で絶対手を離さない強さは大切。中途半端に諦めムードで計算して、勝手に自分の中で負けそうかも…と判断して、どんどん試合へのモチベーションが低下していって雑になっていってはそれこそ負けるべくして負けたということになる。結果として敗北を喫したとしても…最後の最後まで諦めることなく喰らいついていく戦い方をできたらいいと思う。そんな気持ちは次なる戦いへと繋がっていくのだから。さらには勝負の舞台に立つ自分自身を自分が裏切らないために。最後の一瞬まで喰らいついていきたいものだ。
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2020年07月20日

バランス

多くの人のためにと最先端の科学技術を追い求める余り、そのことに躍起になって、自然を破壊したとする。すると、その破壊が多くの人を苦しめることになる。そうなると本末転倒ということになってしまう。多くの人のためにという気持ちが、多くの人を苦しめる結果になる。何かをする時に一番必要なのはバランスかもしれない。目先だけではなく、何手か先を見ていくこと。その先を見据えた時にどこまで手をつければ、今よりも科学が進化しながらも無理なく自然を守っていけるのか。場合によっては、追求を妥協しても守らなければならない時もあるのかもしれない。それこそ本末転倒にならないようにすることも大切なのかもしれない。どれだけ進化しようが、その進化でバランスが崩れて多くの人を苦しめる結果になるなら、それこそ何のための進化だったのか?ということにもなってしまう。何事もそうだが、全てのモノはバランスの上に成り立っていることを考えると、このバランス感覚を失った進化は大変なことになってしまうような気がする。植木の剪定と同じで1つの枝に集中して切って、今度は離れて客観的に全体を見る。そんな進め方が今後の世界の中で必要とされていくのではないだろうか。
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2020年07月19日

自己開発

自己開発。自分の可能性を信じて自分の実力を切り拓いていく。そのためにはチャレンジが大切なのだが……しかし、「チョロっと新たなことでもかじってみるか!」と中途半端に新たなチャレンジを始めるのは良くないような気がする。。そんな発想でいると好調の時には甘えが出て自分が調子いいからやらない、不調の時には、切羽詰まって自分が大変だからやらない、となり、いつまでたってもやらないことになってしまう。それでも、やろうとなった時には自分が良いからその余力でやるだろうし、あるいは自分が悪いからやむなくリスキーなものに手を出してしまうだろう。自己開発はやってもやらなくてもいいものではないし、中途半端にやるものでもないだろう。やるなら地道に本気で全力で取り組んでいかなくてはならない。自己として将来に向けて更なる発展していくために本気で取り組んでいかなくてはならないのが自己開発なのだと思う。
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2020年07月18日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
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2020年07月17日

言葉の裏側には

忙しいと口にする裏側の心の中には充実した心がある。暇だと言える心の内にある余裕の心。悲しいと口にする裏側には素直な心がある。もうダメだと言う裏側には潔い心がある。ネガティブに見える言葉の裏側には、また別のポジティブな感情や心があるかもしれない。もちろん、忙しいと言う代わりに充実していると言葉にすればいいし、暇だという代わりに余裕を持ってると言葉にすればいいのだが。あるいは、その逆も然りで、ポジティブな言葉の裏側にネガティブな感情がある場合もあるだろう。人間というのは言葉と心とが裏腹だったりすることも多い。本音と建前とで違ったりもする。だからこそ、人の言葉面に単純に惑わされることなく、その心の内を感じ取る感性のようなものが大切になっていくような気がする。本当の心を知らなければ、あるいは気づけなければ、その相手の真に求めるものに応えていくこともできないのではないだろうか。
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2020年07月16日

朝令暮改

朝令暮改というのは悪い意味で使われる言葉だ。命令や政令などが頻繁に変更されて、一定しないこと。朝出した命令が夕方にはもう改められるという意からきている。確かに平時においては、これでは困ってしまうだろう。しかし…事態が刻々と変化する緊急時には、逆に自分が出した指令にこだわりすぎて変えることをしなければ、変化に対応できずに逆にマイナスに作用してしまうこともあるのではないかと思う。状況の変化によってベストな対応策は変化して当然のこと。一度口にしてしまったから引っ込めるのは…とか一度出した命令はどんなことがあっても最後まで貫かなくては…と思いすぎてしまうと柔軟性や臨機応変さが失われてしまう。意味のない朝令暮改なのか、しっかりとした意味を持つ朝令暮改なのかは指令を出す側も、そして出される側もしっかりと理解をしておかなくてはならないだろう。
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2020年07月15日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
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2020年07月14日

ストーリー

人生というのはそれぞれの人にそれぞれのストーリーがある。どのストーリーが正解かではなく、自分が自分自身に対して納得できたらそれこそが正解なのだろうと思う。その自分の人生のストーリーの中では誰もが自分が主役であり、そのストーリーの脚本を書き上げていくのも自分。長いようできっと校了する時には短かかったような気もするのだろうと想像する。この世の中には価値観も違えば、目指すものも違う様々なストーリーが交錯している。そんな中で人は、そしてその人が書いていくストーリーは、誰かとその誰かが書くストーリーと接したり離れていったりを繰り返していく。誰もが自分の正解を求めて。ストーリーって素晴らしいと思う。受け身ではなく、自らが能動的に書き上げていくものなのだから。そんな風に考えたら人生がより心豊かなものに思えてくる。
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2020年07月13日

絶対性の崩壊

絶対なんてどこにもない。何が起こるか分からない。大切なのは絶対性が崩れる何かが起こった時にいかに素早く対処していけるかだ。絶対を信じ過ぎてしまうと崩れ始めても気づけなかったり対処が遅れたりする。今までは絶対的であったから、今も未来も絶対なんか有り得ない。絶対と油断は背中合わせ。あるいは絶対と怖さは隣り合わせ。絶対性を作り上げたのが人間ならば、その絶対性を崩し去るのもまた人間。いつの日にはその日が来ることは頭の中では理解できていても、人はついついその絶対性に無意識のうちに依存してしまう。ついつい大丈夫だろう…と考えてしまうもの。絶対を崩された方のショックは想像以上に大きい。反対に絶対を崩した方の勢いは高まる。しかし、崩された方は上手くすれば開き直り攻めの姿勢に転じることができる。崩した方には逆に失う恐さが生まれ守りの心理に陥りやすい。どちらに転ぶかで勝負の流れは一転する。それもまた勝負の楽しみ方の一つと言えるだろう。
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2020年07月12日

正しい過程を

例え自分が失敗したボールを投げても、対戦相手が失敗したら、それは結果としての成功になる。でも、そんなのは一時的な成功だろう。結果オーライの成功。自力ではない他力によってもたらされた成功。根拠のない偶発的な成功。どんなに過程が正しくても結果は失敗に終わることもある。上記のように過程は間違っていても結果は成功することもある。しかし、結果というのは実に様々な要因の影響を受けるため目先では成功したり失敗したりしたとしても、やはり正しい過程をしっかりと踏んでいけば成功する確率は確実に上がるはずだ。目先の結果に振り回されずに、とにかく正しい過程を毎回しっかりと踏んでいく。成功の確率を上げるのはそれしかないように思う。
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2020年07月11日

満足と足る

腹八分の満足。これも時には大切なのではないかと感じる。人間は欲深い生き物でもあり、ついついもっと、もっとと求めてしまう。果てしない理想を追い求めていくことは決して悪いことではなく、むしろ大切なことなのだと思う。しかし、もっと!もっと!九分!十分!と求める中で欲をかきすぎて失敗したという人をたくさん見てきた。足るを知ることができる人と、欲の塊のようになりどこまでいっても足るを知ることができない人と。中には、腹十分を超えてもまだ十二分、十五分と…そのような方の反省の弁として「あそこまでは上手くいってたのに…」「欲を出しすぎて無理しすぎた」「終わってみれば、あそこで満足だったのに…」みたいな感じだ。理想を探求するのと、何かの欲を追いかけるのとではきっと違うのだろうと思う。
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2020年07月10日

心のフィルター

意志(いし)も濁れば意地(いじ)になる。口(くち)も濁れば愚痴(ぐち)になる。徳(とく)も濁れば毒(どく)になる。という言葉がある。なかなか言い得ているように感じる。自分自身の心の奥底にあるものが例え清廉潔白な美しいものであったとしても、それがアウトプットされる途中経過のどこかで、自分自身の心が濁ってしまえば、もともとの想いが違う形になって表れてしまうということになるのだろう。確かに意志と意地は紙一重だし、親切とお節介も紙一重だなと感じる。優しさと馴れ合いだってそうだろう。本当にほんの些細な濁点があるかないかの差なのかもしれない。清濁あわせ持つという言葉もあるが、人間なんていうのは清だけの人もいないし、濁だけの人もいない。どちらも持ちながらも、どちらの色が色濃く出ているかということなのかもしれないなと思う。自分中心になれば濁が混ざり始めていくものなのかもしれない。
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2020年07月09日

ささやかな時間

コロナの影響で、本当にリアルで会って話したりということは自分の中ではかなり減少したように感じる。僕のような人好きでアナログ人間にはこれはなかなか辛いことでもある。そんな中で、今日は地元のラーメン屋さんにお邪魔した。初めて伺ったお店だが、大将がここにお店を開いて40年ということだった。とにかく話好きの大将で、水槽に飼っている淡水海老の話から、中学卒業してからすぐに働き始めてこの道一筋でやってきたことなどなどラーメンを食べ終わってからもしばらくの時間話をした。ささやかな笑い話だったり、一つの道を歩んできた大将の想いだったり。そんな今までなら当たり前だった時間がとても楽しく幸せに感じる時間だった。仕事なんかとは違う、取り立てて重要な話でもなければ、今すぐにしなければならないというものでもないが、そんな当たり前の雑談がとても楽しく心踊る時間だった。人と人はこうして自然に会話をして、人は人に包まれて生きていくのがいいなと感じる。そんな中で感じる人の温かさや優しさに自然に幸せな時間だったと感じられる。それこそが自然なことなんだなぁと改めて実感させられた。
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2020年07月08日

事実

事実は事実として結果だけを見れば、それが事実になる。しかし、その事実が生じるに至るまでの背景にある経緯によって、事実の見え方は変わってくる。表面的に見ると、見えなかった世界が、裏面的に見ると違って見えてきたりする。どちらが事実なのか?と問われれば、ある側面ではどちらも事実と言えるだろう。本当の事実というのは、そのように多面的に肉づけされたものなのではないだろうか。だからこそ、事実はあらゆるものが絡み合ってできているとも言える。時に絡まりすぎて分かりづらくなるからこそ、肉を削ぎ落としていくことも必要なのだろうが…事実の捉え方を自分自身ももっとより深めていきたいなと感じる。
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2020年07月07日

人の温かさ

今日、地元で財布を落としてしまいました。現金以上に運転免許や健康保険、クレジットカード、銀行のキャッシュカードなどなど。。。もう見つからないだろうと諦めて交番に行くと、届けられていました。拾っていただいた方はお礼もいらないし、名前も伏せておいてくださいとのこと。お礼をしたくてもどうしてもできませんでした。派出所勤務の警察官の方もとても素晴らしい方でした。「日頃の行いがいいから、それがこうして返ってくるんですよ」と笑顔で仰ってくださいました。拾っていただいた方、この警察官の方、とても温かい人と人との繋がりを感じられました。コロナで人と人との関係が希薄になりつつある側面もあるでしょう。でも、そんな最中に人の心の優しさ、思いやり、温かさにふれ、自分自身の中にもそんな想いが膨れ上がりました。人の幸せなんて、本当にこんな人と人との心のふれあいから生まれるものだと思います。人は人に傷つけられたり、裏切られたりすることもあります。人から辛い思いや悲しい思いになることもあります。でも、人からたくさんの温かさや優しさや思いやりももらえます。こんな時に人間に生まれて本当に良かったと感じます。名前も知らない誰か、そしてこの警察官の方のこれから先の幸せを心からお祈りします。お財布に入っていたお金より遥か以上のものを届けていただき、受け渡していただけたと深く感謝しています。この想いが届くといいな。
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2020年07月06日

三位一体

一本足で立つよりは、二本足で立つ方が当然安定する。しかし、二本足よりは三本足の方が絶対的な安定感が生まれる。よく自立という言葉が使われるが、自立するためには何が必要なのか。まさにこの三本の足。心技体なのではないかと改めて思う。スポーツに限らず、人間が何をするにも、この三つは欠くことのできない要素になる。そのうちのいくつを自分が持てているかによって、自分が自立する上での安定感が違ってくるのだろうと思う。それが足りない時には、その部分を親や大人の誰かが担ってくれたり助けてくれたりする。しかし、本当の意味で自立していくためには、この三つを自分がしっかりと育てていかなくてはならない。何事をするにしろ、何事を成し遂げていくにしろ、この三つが三位一体となった時にこそ自分自身を最大限に発揮していけるのだから。
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2020年07月05日

組織のベクトル

人が組織に集まると、組織には様々な問題が生じてくる。その問題の多くは各々が描いている未来予想図のズレ、目指している目標のズレ、そこに所属する目的のズレ、などなど。もちろん、細かく見ていけば各々の性格や個性の違いみたいなものもあるのだろう。でも、個性や性格は違って当然だし、そこが大きなポイントにはならないのではないかと思う。やはり、冒頭に書いた通り、組織として向かうべきベクトルが不明確だと、各々がそれぞれの自分勝手に自分のベクトルを歩み始める。そうすると同じ組織にいても、向いている方向やベクトルがバラバラになっていってしまう。やはり、組織というのは集合体としてのベクトルを明確化して、そのベクトルには全員合わせて進んでいくようにしなくてはならない。そのベクトルと向かうべき未来予想図を共有さえできれば、そこからは各々がそれぞれの個性を発揮していけばいいのかなと思ったりする。
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2020年07月04日

広く大きく

小さなカップの中の水に絵の具をたらしたら、あっ!という間に絵の具の色に染まってしまう。しかし海に絵の具をたらしても、海の色は染まらない。絵の具の色が悩みや苦しみなどだとして、心がカップや海だとする。心の広さや大きさがあれば、悩みや苦しみなども自然に心の中に呑み込まれていく。反対に心が狭く小さければ、悩みや苦しみに心全体が支配されてしまう。狭く小さな中で考え事をしていても、悩みや苦しみに支配されてしまうと、透明なシンプルな状態で考えることができなくなる。そうすると悩みの課題に対して客観視して考えられない。心は広く大きなものに育てていきたいものだ。
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2020年07月03日

こだわらない勇気

どれだけ猛勉強しても、東京大学の入試で100点を取るのは無理だろう。一般的に入試の合格ラインは六割と言われている。でも小学校の足し算、引き算くらいならその時にしっかり勉強していれば100点は取れるはずだ。勉強はレベルが上がれば上がるだけ、どれだけ勉強しようが、合格ラインは下がる。これはスポーツでも同じだろう。小さな頃は試合の時にしっかり練習していればそれなりに満点近くできたプレーも、競技レベルが上がれば上がるだけ試合で満点は取りづらくなる。もちろん、目指すは満点で練習に取り組むが、高いレベルの試合では六割くらいできたら合格点なのかもしれない。完璧を目指しながらも、いざという時には完璧にこだわらない勇気。テストと同様にとれる問題は極力ミスをしないで確実に取りにいけるような確実性。できない問題は飛ばしたり後回しにしていける適切な判断。
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2020年07月02日

やってみよう!精神

自分の今までの生活の中に新たなハードルを取り入れるのに多くの人は抵抗を示す。たいしたハードルではなくても、今まではそれで良かったから、今までそんなことはしたことがないから、など理由をつけて飛び越えようとさえしなかったりする。面倒くさい、何か問題が起こると嫌だ、自分のリズムを崩したくない、など様々な感情や思考もまとわりつき、いよいよ人はハードルを回避しようとしがちだ。最初のハードルを思い切って飛び越えれば、後は普通に次々と難なく飛び続けていくのに。その最初の一飛びができるかどうかで、見える世界も、到達できる世界も変わっていくのに。まずは!一回やってみよう!精神は大切だと改めて感じる。
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2020年07月01日

思いやりのプレー

思いやりのあるプレーをできるか、どうか。どれだけ個人技に優れた選手でも、チームスポーツの場合、自分のワンプレーでは終わらない。野球であれば、送球したボールは相手が捕球しなくてはいけないし、サッカーであればパスしたボールを受ける相手がいる。自分が送球して自分の手からボールが離れたら終わりではない。自分がどんなに苦しい状況になろうが、受け取り手が受けやすいような送球やパスができるかどうか。常に自分がどうかではなく、相手はどうかに思いを寄せられる選手。自分がどれだけ巧みな送球をしたと思っても、相手がそれを捕りづらかったり、難しいと感じれば、それは単なるひとりよがりのプレー。常に相手が何を望んでいるのかを感じ取れる選手でありたいものだ。
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