2020年10月31日

輝きながら

スポーツの場面で輝きを放つ選手がいる。持っている技術もさることながら、誰よりもその競技を愛し、チームを愛する。試合での一瞬一瞬を慈しむように真剣に全力で楽しむ。ここが自分が生きている証であるかのように。技術を超えるものがあることを自分が自分自身に証明するかのように。輝きを増す。勝ったから輝く、上手だから輝くというのではなく、もっと本質的な部分からの沸き上がるような輝き。そんな選手でありチームでありたい。そんな輝きの中で誰かの心に何かを伝えられていけたらいい。
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2020年10月29日

最大限の方策

やることをやったけど、駄目でした…そう口にする前に、本当にそのやり方で良かったのか?他にやり方はなかったのか?やり方にもっと工夫できなかったのか?と自問自答してみた方がいい。やることをやって駄目だったけど、自分はやることをやったから満足…では勝負事ではもの足りない。どうすれば勝ちを引き寄せられるのか、そのための最大限の方策を考え抜いたのか?考えたのか?と問われれば、誰もが考えたと口にするだろう。そのレベルの考えたという言い訳はいらない。勝ち負けはある。しかし、同じ負けにもその過程の中に、どれだけ最大限の方策を考え抜いて臨んだのかという姿勢は見て取れる。結果にこだわるというのは、結果をどうこう一喜一憂することではなく、結果を出すためにどれだけ最大限の方策を導き出せるかどうかにある。
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2020年10月28日

ミスの過程

結果ミスなら、過程も全部悪いかと言えば必ずしもそうとは言えない。結果だけ見て全てを否定してはいけない。それをしてしまうと積極性が消えたり、結果良ければ全て良しという選手になっていきがちになる。罪を憎んで人を憎まずではないが、ミスを全面否定するのではなく、一連の流れを分析してミスの起きた場面の原因を冷静に考えることは大切だろう。過程が良かったのであれば、逆に誉めてあげる。ミスをする怖さを解消してあげる。人間がやることには必ずミスは伴う。本人の中でミスしても平気、ミスしたいなんて考えている人間なんて一人もいないのだから。誰もが何とかしたいと思っているのだから。
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2020年10月27日

耐える力

耐える力。ギリギリの状況や苦しくて投げ出したいような状態の時でも、耐えてグッと踏ん張り切る力。誰でも余裕がある時にはいろいろなことはしていける。しかし、肉体的にも精神的にも追い込まれた時にでも、諦めず投げ出さず立ち向かっていける力。そのギリギリの状況やそれに伴う苦しみや辛さが一時的なものではなく、長く続こうが耐え続けていける力。何事も一筋縄ではいかない。耐えて耐えて耐えながら、それでも今よりも一歩でもいいから前進していけていればいいんだと感じる。
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2020年10月26日

心豊かに

まだできないプレーに絶望ではなく希望を持てる心を。少しだけできるようになったプレーに情けなさではなく喜びを感じられる心を。失敗したプレーに落ち込むのではなく、次こそ成功させてやるという前向きな心を。心が豊かにならないと、やればやるだけ辛くなる。誰にも無限の可能性があるのだから。自分が自分自身を見限ってはいけない。今日より明日、ほんの少しでもプレーが上達していれば幸せなことなのだから。そんな自分自身に喜びや希望、感動を感じられる心を失ってほしくはない。心豊かな競技生活を送ってほしいと思う。小さな自分が少しずつでも大きくなる過程を喜びに変えていってほしいと思う。
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2020年10月25日

準備をして待ち構える

試合に出ていなくても、試合に出ている気持ちでいなければいけない。試合に出ていなくても、自分はこのチームにとって必要な一員であることを自覚していなくてはいけない。試合に出ていなくても、必ず出るチャンスがあるという前向きな気持ちを忘れてはいけない。諦めて投げ出した瞬間に自分がやるべき準備はできなくなってしまう。どうせ自分なんて…と腐ってしまった瞬間からチャンスすら巡ってこなくなってしまう。何で?あいつらばっかり試合に出るんだよ?と不平不満ばかり抱えているとチームの仲間との絆は薄れていってしまう。今の自分をしっかりと受け止めて認めた上で、そんな今の自分ができることを懸命に積み重ねて、しっかりといつでも試合に出れるように待ち構えておくことが大切になる。
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2020年10月24日

練習の成果

練習の成果を計るのは、苦しかったかどうかではない。与えられたメニューをこなせたかどうかではない。叱られたかどうかでもない。当たり前だが、上達したのかどうか。この当たり前を見失うと、やって満足の練習になる危険がある。自分のためではなく、他人を満足させる練習になる。練習は他ならない自分のためにやるもの。「苦しい中、与えたメニューをよくこなせたぞ!」という誉め言葉をもらうためにやるものではない。逆に他人からは評価されなくても、自分が「今日は自分の中で何かを掴んだ!」と納得できる練習をしていきたいものだ。
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2020年10月23日

矛盾

どんどん挑戦しろ!と言いながら、失敗したら何をやってるんだ!とか、失敗は許さない!と言う…今の日本の社会はそんな矛盾の中にあるように感じる。失敗しないように小さくなる。それをもっと大きく動けと…挑戦に失敗は付き物。失敗をある程度は許容できる社会でなければ、挑戦すらできないのかも…挑戦しないと文句を言われ、失敗しないように強く釘をさされたら、若い人達はどうやって動いていけばいいのだろう。辛いだろうな…と感じる。どんどん失敗をしてもいいから積極的に挑戦していいよ、という社会にならないと日本の社会はどんどん縮小傾向に向かうような気がしてしまう。
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2020年10月22日

足るを知る

ふと思うことがある。もし、今が日本の戦国時代だとして自分が日本全土を手にしたとしても、所詮は住む場所というのは日本全土の点にしかならないくらいのお城だろうし、広いお城に住んだとしても気に入って時間を過ごすのはどこかのこれまたお城全体で見たら点に過ぎない一室だったりするのだろうと思う。突き詰めれば、人はどれだけのモノを手にしたところで、人が生きるというのは点くらいのささやかなモノの中で生活をするということなのかもしれないなと思う。立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半という言葉が思い出される。『人間一人に必要なスペースは、座っている時に半畳、寝ている時に一畳だけ。いくら天下を取ったって、一日に二合半以上のお米は食べきれない』という意味。つまり、必要以上のものを欲しがったり手に入れたりしても使い切れないのだから仕方がないという言葉だ。『足るを知る』ということもとても大切なのではないかと考えさせられる。
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2020年10月21日

生かし合う選択

昔流行った究極の選択。海で漂流した時に、自分ともう一人の人とがいて、掴まって浮いていられる木片が一つしかない。あなたならどうする?というような究極の選択だったような気がする。要は自分が死ぬか、相手が死ぬか?という問いだった。この時に思ったのが、二つ。一つはもし、どちらかが犠牲になって生き延びても、生き延びた方も一生涯に渡って苦しむことになるのではないだろうか?ということ。二つ目は、もしそうなら二人とも生き延びる方法はないのか?ということだった。二人とも泳げるなら交代で木片に掴まるとか、木片を半分に折って二人が使うとか。。。これは極端な究極の選択だが、何事においてもオールオアナッシングではなく、どちらも生かしていけるような方法を探ることは大切だと思う。何かを大きく犠牲にした上に成り立つことは長くは続いていかないように感じる。そのための方法を思考を凝らせて考えていくことが、これからの時代は大きく求められていくような気がする。みんなが本当の意味で生かし合っていけるような方法を。
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2020年10月19日

過去の再生

時間というのは不思議なものだ。あれだけ苦しかったり辛かったりした過去も思い出に変わり、いつの日にか笑って話せる時が来る。失敗や挫折も生かされて今を生きる知恵に変わる。時間は過去を熟成してくれる。どのような熟成をするかは自分の生き方次第なのかもしれない。日々を後ろ向きにネガティブに生きていくのか、前向きにポジティブに生きていくのか。過去を否定して生きていくのか、過去を受け止めた上で過去を教材にして生きていくのか。過去の涙を未来の笑顔に繋げるために今を全力で生きていきたいものだ。未来を作ることは過去の再生でもあるのかもしれない。
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2020年10月18日

アイデアを出す

逃げ道を断ってこそアイデアは見つかる。切羽詰まれば苦しくてたまらなくなる。そのギリギリのラインでもがき抜く。先に何も見えない。先が暗闇のように見える中で懸命に一筋の光を探し出していく。切羽詰まったら知識では通用しなくなる。懸命に知恵を使うようになる。最初は一筋のほんの小さなアイデアかもしれない。でも、それをどんどん広げて大きく育てていく。アイデアを育てそれをどんどん実践へと移していく。それがダメなら、また次のアイデア、次のアイデア…それを逃げずに繰り返していく。そのうちに打破できるものに出会えることだろう。
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2020年10月17日

未来を描く

過去は書棚、未来は映画館。過去には自分が経験した様々な知恵が大切に保存されている。未来には自分が主人公の夢の映画を観ることができる。過去の知恵を生かしながら、自分の未来を夢見て今を熱く全力で生きていかなくてはいけない。そんな本気で全力な今を過ごすからこそ、今という時間が過去になった時に、かけがえのない知恵が書棚にストックされていくのだ。筋書きを懸命に探して描いていく。上手くいかなかったり、失敗しても描き続けるからこそ、それは自分自身の知恵になっていくのだ。夢は生きていく原動力になる。夢は遥か壮大なものでなくてもいい。自分が生きたい人生の方向性のようなものだ。夢には感動が伴う。映画館を出た後にも感動が残り、映画に感化されて自分も動きたくなるように。感動とは感じて動くこと。感動すれば人は自然に動きたくなる。無理矢理やらせても人は動くがすぐに嫌になる。恐怖で人は簡単に動くがそれは長続きはしない。上手に感動を与えて自分が強くやりたくなるようにしていくこと。恐怖ではなく、強い喜びや深い楽しみを感じさせていく。やらされ感ではなく、やりたい感を大切にしていく。
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2020年10月16日

発想を変えれば

逆転の発想をどれだけ持てるかで、自分自身の行動も変わっていくように感じる。行き詰まった時に人は進むのを躊躇する。しかし、行き詰まっているように感じるだけで、発想を変えれば大きく開けて見えることもある。ピンチに見えていることが大きなチャンスに見えてくることもある。行動していくためには、やはり視界良好にしておかなくてはならない。見ている世界と現実の世界は違っていたりする。見方の問題だったりする。見方を変えていくためにも今までとは逆転の発想を持つことがとても大切になってくる。
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2020年10月15日

究極の戦い

投げ出せば全て楽になるかもしれない…逃げ出せば全ての責任を回避できるかもしれない…自分には無理と言えば全てから解放されるかもしれない…そんなことを感じる時は誰にでもあるだろう。そんなギリギリの時に諦めて逃げてしまう人間もいれば、踏ん張り抜く人間もいる。苦しくても耐えて何とかしてやる!と喰らいつく人間。そんな人間は苦しさを越えた先に、さらなる強さを身につけた人間になる。自分に負けない自分。自分を乗り越えていける自分。傷つき窒息しそうなくらい苦しくても立ち向かえる自分。投げ出したい思いと、実際に投げ出す行動とは違う。その瀬戸際での究極の自分との戦いにに打ち克つ。
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2020年10月14日

一歩先の自分を

上ばかり見て、今の自分との実力差を見て、無力感や絶望感を感じるよりも、今の自分の実力を冷静に受け止めて、少しずつでも上を目指して一歩ずつ実力を高めていけばいい。もちろん競争はある。しかし、究極は誰かと競争するにも、やれることは一歩ずつ自分の実力を高めていくことだけ。上にいようが、下にいようが常に自分の実力を高めていけること。そして実力がつけば、気づけば上にいたという感じ。上で傲慢になっているのも違うし、下で絶望しているのも違う。やれること、やることは他の誰かれに関係なく自分の実力を高めることだけ。常に一歩先の自分を追いかけていくのも道だろう。
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2020年10月13日

流れ

試合の流れというものを運と捉えるか、人間の心理の心理の変化と捉えるか。どちらもあるだろう。しかし運と捉えるだけだと、自分ではどうしようもなくなる。心理と捉えると自分で意識して対処していける。流れを受け身なものにするか自分がコントロールしていこうとするか。後者の方が試合をコントロールしやすくなる。もちろん運はあると思う。でも大切なのは全てを運のせいにしてしまわない姿勢。自分の心理次第である程度、流れを手繰り寄せることも、流れを逃がさないようにすることもできる。流れをある程度支配できるようになると試合運びも楽になっていく。そのためにも自分自身の心理のコントロールをできるようにしていくことが大切になる。
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2020年10月12日

遊び心を

僕は本やプロジェクトの企画などを考える時は、誰かと飲んでいたり、外の空間で自然を感じながら頭の中を遊ばせながら考えていたりする。誰かとバカ話をしながら頭の中を柔軟にしていく。周りの動きを楽しく観察しながら頭を楽しい方向に持っていく。会議室のような狭い空間で真面目ぶって考えるのが好きではない。周りが壁で仕切られているのも、さあ!考えるぞ!と改まるのも好きになれない。僕にとっての仕事の基本は『大人が本気で遊べばそれが仕事になる』というもの。まずは企画というのは、自分にとって本気で情熱を傾けて遊べるものでなくてはならない。子どもの頃に無我夢中で遊んでいたように。どれだけ本気で没頭できるのか。遊びだって中途半端な遊びなんて心底から楽しめない。今と違って、僕の子どもの頃には色々遊び場所や道具があった訳ではない。近所の空き地や山や川…遊び道具はそこら辺に転がっているものだったり。そんな中でどうやってみんなで楽しく遊びを創り出せるかを考えたものだ。目一杯、想像力を働かせて遊びを創造していた。何かなくても、自分の頭の中で何かを作り出して楽しい時間を過ごした。大人になった今もどこかそんな感覚を自分の中で大切にしている。何もないところから何か新しい企画を創造する楽しさ。頭の中で想像力を膨らませて遊ばせていく。自分が本気になってワクワクして遊べることを本気で探求していけば、そこには新たな企画が生まれていたりする。子どもの頃と違うのは、大人になると楽しい時間に+αを付加させていけること。
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2020年10月11日

考え方

スポーツ界では優しい選手は大成しないとか、性格が悪くないと大成しないとか耳にする。選手である前に一人の人間。優しさや思いやりを持てる人間でありたい。そんな自分の性格を否定なんかしなくていい。ただ、スポーツをする時に選手としての考え方をすればいいだけのこと。持って生まれた優しさとか、築き上げてきた良い人間性は大切にしていった方がいい。ただ勝負に挑む時には勝負に挑む考え方を持てばいいということ。性格は変えようとしてもなかなか変えられないが、考え方はこのように考えていくんだ!と決めた瞬間から変えていける。考え方は勉強などの問題の解き方に似ている。このように考えていけばいいんだ!という考え方の道筋を勉強の問題を解くように覚えていけばいいのだから。
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2020年10月10日

もう一息

もう一息からが長い…それが練習かもしれない。できそうでいてできなかったり、昨日はできたのに今日はできなかったり。そんな自分がもどかしかったり、腹立たしかったり。それでも自分を信じて少しでももう一息の距離を縮めていく。掴めそうで掴み切れないからこそ練習を続けられるのかもしれない。確かにまるで先が見えなければ、やる気を失ってしまうかもしれない。かと言って簡単にできるようになってしまうと飽きてつまらなくなってしまうかもしれない。練習というのは絶妙なバランス感覚の中でやるからモチベーションは上がっていくのかもしれない。
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2020年10月09日

何を成し遂げていくか

成し遂げてきたことよりも、これから何を成し遂げていけるのかに。成し遂げてきたことなど過去に過ぎない。人は過去に向かっては生きていけない。未来に向かって生きている。その未来に何を成し遂げていけるのか。そこに自分の力をどれだけ発揮していけるのか。力試し。何を成し遂げようがそれは全てが過去に流れていく。そうだとするなら、未来に繋がる今という時間の力試し。通用すればまだまだ力に余力があり、通用しなければ力が足りないということ。それを知りまた力を蓄えていく。人生はその繰り返しかもしれない。いつも、だからこそギリギリの力試しをしていきたい。それによって何を成し遂げていくかの何が変わっていく。
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2020年10月08日

バランスを

人は科学から生まれたものではない。しかし、科学は人から生まれたものだ。科学の発展は様々な利便性や効率化をもたらしてきた。それによって人の生活もうわべは豊かになったようにも見えるだろう。では、それで人が本当に幸せになったのだろうか。。。生活に不可欠なものが溢れ返り、人が科学の恩恵を受ける中で、同時に人にとって本当に必要な何かが失われていった面もあるのではないかと感じる。最近それをすごく感じる。科学は人によってコントロールされるべきものであると思うのだが、人が科学に振り回されているような気がしなくもない。何かを手に入れるということは何かを失うことでもあるのかもしれない。人が生きる中でこのバランスをいかに保っていくのか。ここは今後のとても大きな課題のような気がする。
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2020年10月07日

一つ一つを

勝って当たり前の相手も、負けて当たり前の相手もいない。勝負はやってみて結果を見ない限りは最後までわからない。勝負は何が起こるかわからない。だからこそ自分ができることは、目の前の一つ一つのプレーに全力を尽くし、自分がやれることを積み上げていくことだけ。結果を考えても心乱れるだけ。勝って当たり前に思えば、余計に負ける怖さにとらわれてプレッシャーに潰されるかもしれない。負けて当たり前と思えば、試合に対してのモチベーションも上がらなければ、試合途中で諦めてやる気すら失ってしまうかもしれない。試合は常に五分五分の意識で最後まで目の前の一つ一つのプレーを丁寧に積み上げていくのがいい。
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2020年10月06日

想いを形に

想いを何らかの形にしていくというのは楽しいこと。想いを自分の中だけに抱えていてもそれは誰にも伝わらない。しかし何らかの形にできれば、それはその形にしたものを通して人に伝わっていく。積もり積もった想いを全身全霊を込めてその形にぶつけていけばいい。それが形になった時にはその人にしか作り上げられないものになるだろう。そこには限りない創造性が含まれている。完成した時をワクワク楽しみにしながら、全力で作り上げていければいいと思う。
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2020年10月05日

ふれあい

人とのふれあい。コロナで改めてそのことの大切さを感じさせられます。人とのふれあいは決して良いことばかりではありません。もちろん、面倒なこともたくさんあることでしょう。でも、人は人の中で生きていきます。人は人によって傷つくこともあります。でもその傷を癒してくれるのも人だったりします。人は人とぶつかることもあります。でも、そのぶつかり合いを越えた先にその人との間にさらなる深まりが生まれたりもします。そんな何気ないふれあいがあってこその人の中で生きるということなのでしょう。その中で人を知り、自分自身を知っていく。人の温もりにふれ思い遣りを学び、人の笑顔にふれ穏やかさを学び、人の涙にふれ慈しみを学び……人と人。本当に人は人それぞれではありますが、そのそれぞれを繋ぎ合わせていくものこそ、人と自分自身に対する愛情なのだろうと思います。その愛情があるからこそ人は様々なことがあっても、人と共存していけるのでしょう。
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2020年10月04日

感じる力を

見えないものを見ようとする。伝えたいことを理解しようとする。これをできるのは、もはや目でもなければ、耳でもない。目では見えるものしか見れないし、耳では入ってくる言葉しかとらえられない。心でいかに感じ取れるか。感受性の豊かさによるものが大きいように感じる。そしてそれが何よりも大切なことなんだと感じる。表面的な見えるものだけで見ようとするのか、目には見えないもっと深い部分を感じるのか。表面的に耳に入る言葉を額面通りに聞くのか、その言葉の奥にある想いをどれだけ感じるのか。感じる力を大切にしていきたいものだ。
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2020年10月03日

日常全てに

立ってるのも練習、歩いているのも練習…練習とは意識をどれだけ持てているか。他の競技を観て様々な動きを参考にするのも練習。練習とは観察眼をどれだけ持てているか。勉強をする中で考え方を身につけて競技を考え抜くのも練習。練習とは思考力をどれだけ持てているか。練習場だけが練習の場ではない。別に片時も忘れずに…とまでは言わないが…しかし練習外で意識がまるで欠けていては上達に大きな差が出てきてしまうだろう。そのような気持ちを持っていれば、ふと日常の何気ないことと競技とが頭の中でリンクしてアイデアや発想も浮かんでくるはずだ。日常の全てが練習になれば一回り大きくなれるような気がする。
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2020年10月02日

競う

争うことと競うこととは少し意味合いが違うのでないかと感じる。相手に打ち勝つのが争いなら、競うというのは相手を生かしながら切磋琢磨していく印象がある。争うというのが結果としての勝ちを念頭に置いているのに対して、競うというのは過程としての切磋琢磨を念頭に置いているような。人と人、組織と組織は争うのではなく、競うと良いのではないかと感じる。一人勝ちした先に、なかなか進歩は望めないが、競り合った先には両者ともに進歩をしていけるように感じる。相手を潰すのではなく、相手を生かして自分と競わせることで自分も共に生かされていくような感じ。こんな関係こそがライバルなのだろうと思う。争走ではなく、競争でもなく、競走。勝ち負け以上に最後まで競り合った過程は自分の中に残るものは大きいように感じる。
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2020年10月01日

一人旅

人生の一人旅。何か最近この言葉がよく心に浮かびます。その旅路の中でたくさんの方々と出会い、ふれあいを重ねてきました。そんな皆さんには心から感謝しています。大学を卒業して、この道を選択した遥か30年くらい前に自分の中に最初に浮かんだのが『ここからは人生の一人旅』という言葉でした。大学を卒業したばかりの社会が何たるものかすら分からない若者が、誰も知り合いすらいない東京で、訳の分からないことをいきなり始める。企業人という団体旅行の旅を自ら断って、一人旅を選んだものの……希望を抱える一方で、ここからは一人の力で人生の旅路を一人ぼっちで旅を続けていかなくてはならない……という漠然とした途方もない寂しさを感じたのを思い出します。元来みんなとワイワイしているのが好きな自分の中での決断と覚悟。何か社会から一人切り離されたような孤独感、途中でのたれ死んでしまうのではないかという恐怖感、初めて感じた生きるということのプレッシャー、自分で選んだことに対しての様々な苦悩……誰かに頼ることも、誰かに甘えることもできずに来た一人旅。いつしか自分の中で、もがきながら自分一人で考え抜き一人で解決する自己完結の自分が出来上がりました。それは強さでありながらも、同時に寂しさでもあるのかもしれません……そんな寂しさも一人旅の中で出会う様々な方々のお陰で多くの楽しく濃い時間を過ごさせていただいて心より感謝の気持ちで一杯です。その時々で一期一会の出会いもたくさんありました。そんな中で出会うことのできた皆さんにありがとうございましたとお伝えできればと思います。
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