2021年01月31日

やり続ける

明日やればいいという先延ばしは、やるんだ!という真の決意が足りない。何をやればいいのか分からないというのは、正確な自己分析が足りない。やっても結果がすぐに出ないとボヤくのは忍耐が足りない。三日坊主で終わるというのは、自分の明確な未来予想図が足りない。自分が自分自身を育てていくためにする自分が自分自身に投資するのが継続。人間はやらなければ何事も成せない。チョロッとやって大事は成せない。ひたむきにやり続けることで、ふと気づいた時には大きな力が身についているものなのではないだろうか。
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2021年01月30日

生きた教材

挫折したら、そこから再びスタートを切ればいい。そこが終わりではないのだから。挫折の分析をして、二度と同じ過ちを繰り返さないように決意する。足りないものを身につけていく決意をする。挫折を挫折という傷で終わらせないように超回復をさせていく。何の改善も課題もない前進は次なる挫折の種。
そう考えると中途半端な喉もと過ぎれば熱さ忘れるみたいな挫折よりは、大きくて強い痛みを感じる挫折の方が人生を切り拓いていける機会になるような気がする。みんな挫折を恐れて中途半端に逃げたりしてしまう。ダメなら徹底的にダメな方が自省も学びも気づきも多くなる。それに乗り越えた時の強さも…挫折は自分自身を真剣に見つめ直せる最大の生きた教材なのだから。
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2021年01月29日

やる

やるだけなら誰でもできる。自分の意志を明確に持ってやり続けていくこと。やりたくない時でも弱気な自分に打ち克ってやり続けていくこと。ただ言われたからやるのではなく、自分でやることの目的や意味をしっかり理解してやること。言われたことだけをやるのではなく、プラスαを加えたり修正を加えて自分独自のやるに昇華させていくこと。やるという行為を単に単発の行為で終わらせるのではなく、どれだけの付加価値を持たせていけるのか。どれだけ意味のあるやると積み上げて継続していけるのか。そしてやるということを日々進化させていけるのか。日々の小さなやるという行為の積み重ねがが未来に大きな花を咲かせられるように。
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2021年01月28日

希望の光

どんなに絶望的な状況にあっても希望の光を失ってはいけない。希望の光は外にあるのではなく、自分自身の内にある。もう全てダメだ…と考えた瞬間に光は消えてしまう。何とかしていける!と考えて諦めない限りは僅かな光であっても輝いて見える。光を眺めているのではなく、光に一歩ずつでも意志して歩み寄っていこうとする姿勢を大切にすること。希望の光を外に求めているうちは本当の希望の光は見えないだろう。自分が自分の心を真っ暗闇にしてしまったら先に何の希望も見えなくなってしまう。僅かな光でもいい、絶対に自らが吹き消すような真似はやめよう。僅かな光が灯っているから安心して何の行動も起こさないでいると希望の光はしばらくしたら消えてしまう。見えているうちにどんどん近づいていくことが大切になる。絶望の状態を打ち破っていけるのは自分の心と行動力に他ならない。諦めないというのは自分が思う以上に大事なこと。
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2021年01月27日

人生を通して

苦しさや辛さを乗り越えた時、人は一段階強くなっていく。問題を解決した時、人は一つ知恵を身につけていく。悩み抜いた時、人は自分の生き方の軸を発見する。悲しみを乗り越えた時、人は思いやりや優しさを身につけていく。人生で起こる様々な苦悩は自分自身を育てていく糧になる。だからこそ逃げ出さずに向き合っていきたい。全力で向き合ってもがいていきたい。必ずやそれが後々の大きな力になるはずだから。人間としての生きる力は人生を通して磨き上げていく。そんな人生にしていきたいと常々考えている。人生は全てが思い通りにはいかないし、でも…だからこそ人を育ててくれるのだとも思う。
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2021年01月26日

追い込み&解放

自分をどんどん追い込む術と同様に、どんどん解放していく術も大切。練習では自分を追い込み、試合では解放していく。それができなければ、練習では妥協の連続になったり、試合で自分が自分自身を追い詰め過ぎて自滅してしまったりしてしまう。練習で苦しみ試合で伸びやかに。日本人は追い込むことばかりを美徳のようにして文化を育んできた。修行的な文化。だから、大切な時に自分自身を解放しようとすることに悪のような意識が働いてしまう。試合は苦しんでこそ意味があるみたいな…練習は準備。試合は本番。お祭りだって、お祭りの準備期間は忙しいし、楽しいなんて言っている余裕はない。落ち度がないように詳細に渡って準備を欠かさない。だけど本番は一気に爆発させてお祭りを誰よりも楽しむ。大変な準備があったからこそ、本気で心底から楽しむ。お祭りの本番が苦しくて辛いものなら誰も準備だってしたくなくなるだろう。追い込む時は徹底的に追い込み、解放する時はバカになれるくらい溌剌と解き放つ。この両面が大切なように感じる。


自分自身の83冊目になる著書『不安定な世の中を生きる7つのヒント〜心を強くする小さな習慣』が2月18日にザメディアジョンプレスより刊行されます。

https://www.amazon.co.jp/dp/4862506968/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E4%B8%8D%E5%AE%89%E5%AE%9A%E3%81%AA%E4%B8%96%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%82%92%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B&qid=1611203522&sr=8-1
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2021年01月25日

打たれ強さ

勝ち抜く粘り強さも大事だが、負けて立ち直る強さはもっと大事。勝負は勝ったり負けたりの繰り返し…その中で負けて立ち直れなければ負けが続いてしまう。打たれ強さ。踏まれても踏まれても葉を伸ばして花を咲かせる雑草のような強さ。負けてなお、なにくそ!と更なる高みを目指せる強さ。そもそも、勝負事というのは互角の実力を持った者同士であれば大きな連敗や連勝なんてないものだ。基本は勝ったり負けたりの繰り返し…負けて凹んで次も負けてさらに凹んで…を繰り返していては勝負にはならなくなる。負けてなお、自分自身の中に揺るぎない自信を持って立ち向かっていける強さは本当に大切だなと感じる。負けても負けても次には胸を張って立ち向かっていける強さ。そんな強さを心の根幹に作り上げていく。負けたから終わりでもなければ、勝っても終わりではない。生きている限りは勝負の連続なのだから。
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2021年01月24日

応援

人が人を応援するというのは、定点観測みたいなもののような気もする。雨の日、嵐の日、曇天の日でも、その上にある太陽を信じて、気持ちを乱さずに見続けていくことのように思う。いかなる状況に置かれようが変わらずに応援していく。状況に振り回されて応援する相手を見失わないようにしていく。相手の存在が置かれている状況によっては十分に見えなかったりする時でも、その相手をとことんまで信じ抜いて、応援し続けていく。自分の都合で応援したりしなかったりするのではなく変わらずに応援を続けていく。真っ直ぐに応援していく。相手の調子がいい時には拍手を送り、相手が不調な時は全力で声援を送り支えていく。本気で応援すればするだけ自分自身が苦しくてたまらなくなることもあるだろう。そんな姿は相手には見せずにひたむきに応援していく。応援するというのは軽く口にできる言葉ではない。覚悟のいることだ。でもその覚悟の決まった応援であれば、必ずその想いは相手には届くはずだ。応援て本当に凄いことだ。
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2021年01月23日

成果

成果とは質×量。つまり質がマイナスであれば、量をやればやるだけマイナスは大きくなる。これでは、流した汗に平気で裏切られてしまう。反対に質がプラスで質が高ければ高いほど、×量のプラスは大きくなる。質は頭を使い、量は身体を使う。そのどちらも活用できなければ成果は上がらない。流した汗を成果へと繋げていくためには、それこそどれだけ頭を使って質を高めていくのかに関わってくる。日本的には人よりもたくさん量をやれば上達するという思考が強く、いまだに身をすり減らして量をやろうとするが…質を問わず量ばかりに意識が向くとやればやるだけマイナスが倍速していく危険が高まっていく。本当にどれだけ丁寧に質を高めていけるのかはとても重要な要素になってくる。せっかく流した汗を無駄にしないためにも、身体にかけた負担を成果に結びつけていくためにも頭をフルに活用していかなくてはならないだろう。どうせやるなら成果に繋げていきたいものだ。
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2021年01月22日

夢半ばで

夢半ばで倒れようが、自分の夢を決して恥じる必要なんてない。夢を捨てる必要もない。夢を持ち続ける限り、また立ち上がり突き進んでいけばいい。夢は時に自分を苦しめる。しかし同時に夢は未来に突き進む希望にもなる。簡単には辿り着かせてはくれない。だからこそ夢なのかもしれない…誰が何と言おうが、自分の夢は自分の夢。途中倒れたからといってそれで終わりではない。自分で自分の夢を卑下したり、否定したり、諦めたりせずに、夢に到着するまで胸を張って突き進めばいい。それでも辿り着けないかもしれない。でも夢を描いてそのために全力を注いできた時間は人生の中のかけがえのない輝いた貴重な時間として胸に刻まれていくはずだ。そう、倒れても倒れても立ち上がり前を向いて進んでいかなければ夢には近づいてはいけない。
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2021年01月21日

精密機械と人間

10割の精密機械を目指して日々の練習は精進を重ねていく。しかし結果としては7割失敗をする人間としての自分自身を愛しんであげる。10割を目指していけば7割の失敗は何よりも生きた学びになる。そうすれば一分でも一厘でも、7割の失敗を減らしていける。最初から3割の成功を目指して7割失敗する人間としての自分自身を否定し憎んでいたら、7割の失敗は一分、一厘と増えていくかもしれない。人間は失敗する生き物。そんな自分自身を愛していきながらも、10割を目指して日々真剣に精進していくこと。7割の失敗をどのように見ていくか。それらの失敗を成功に繋げるか、さらなる失敗を繰り返していけるのかは自分自身の捉え方の問題になる。3割を目指しても3割を割っていくだろうし、7割の失敗をする自分を憎み否定をしても3割は割っていくような気がする。高みを目指しながら、人間を慈しむ心も大切になってくるように感じる。
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2021年01月20日

情熱を燃やす

情熱というのは、生きる熱感。情熱を傾ければ人生が熱を帯びてくる。生きている実感を強く感じられる。時間を消費して生きるのではなく、時間を燃やして生きていきたいものだ。損得なんて関係ない。自分の中の何かに思い切り情熱を傾けてみる。生きてるぞ!!と叫びたくなるような時間を刻みたい。今の時代は社会に熱感を感じない。それは社会を構成する一人一人の熱感の問題でもある。夢なんて描くより、現実を見ろみたいな。もちろん、現実は大切だ。しかし夢の一つも描けない、夢をバカにされるような社会であってはいけないように感じる。漠然と生きる、のではなく、自分自身を生かし切って生きていく。自分に自分がやろうとしている何かに全力で情熱を傾けて、情熱を燃やしていきていきたいものだ。その積み重ねの時間こそが夢への真っ直ぐな道のりのように思う。情熱とは生きる心のエネルギー。誰の心の中にも情熱は秘められているはずだ。それを燃やすか、燻らせるか、消してしまうかはまさしく自分次第。
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2021年01月18日

シンプルに

生い茂っていた葉を綺麗さっぱり落としてしまうと、大きく見えた木も小さくシンプルに見える。物事も人も余分なモノを削ぎ落としていけばどんどんシンプルに身軽になっていく。等身大の自分で、等身大に様々な物事を見ていけたらいいと思う。大きく見せる必要もなければ、大きく見る必要もない。極力シンプルな自分でシンプルに物事に臨んでいければと思う。大きく見せて大きいなんて評価されたとしても、所詮は自分は自分自身でしかない。見栄を張る必要もなければ格好つける必要もない、権力をかざして強く見せる必要もない。そこに一生懸命になっていても、木々と同じでいつの日にか葉は落ちていく。その時に堂々とこれが自分自身なんだと胸を張って生きていける方が余程いい。生きてきた年輪をさらした幹を晒して生きていけばいい。いつも身軽な自分でいたいと思う。どう見せるかではなく、どう余分なモノを捨てていくのかを考えながら生きていたいと思っている。
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2021年01月17日

流した汗

流した汗が必ずしも今すぐに報われるとは言い切れないが…ただ、流すことができた汗の量の分だけは自分はやれることを知れる。やれる自分自身を自分が知ることは、ある意味で目先の結果よりも将来的には大きなことかもしれない。人はいずれにせよ、やれない限りは何も始まらないのだから。先々のことに対して無思考であることは危険であるが、かといって臆病であったらそれこそ何一つ前には進んでいけないだろう。計算ばかりしても、計算通りにはいかないのが人生。分からないのが人生。ビクビクして生きていても何も楽しくなんてない。前を向いてたくさん全力の汗を流して生きていきたいと感じる。例えすぐには結果として表れなくても、汗を流せた自分の自力だけは本物なんだから。自信を忘れずに生きていこう!!
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2021年01月16日

話す=放す

話す=放す。人は自分の心の中に様々な感情を抱えて生きている。その感情を手放そうとした時に、それを言葉にして話す。一人で抱えていては重くて仕方なくなる。時に信頼できる誰かに話すことで、心の中は放たれ少しだけ軽くなるかもしれない。だから、聞き手もしっかり受け止めていきたいものだ。時に辛くて悲しい時もあるだろう。そんな時に話せば半減するかもしれない。嬉しくて楽しい時は二倍になるかもしれない。想いを言葉に乗せて伝えていくというのは本当に大切なことだと感じる。お互いが話し合えば、それは放し合いになる。お互いの心の中を放し合う。そこには、一人ではない新しい物事の考え方、感じ方が生まれてくるかもしれない。だからこそ、相手が真剣に何かを放そうとして話している時には、自分自身も心を開いて真剣に受け止めて自らも放していきたいと強く思う。そんな話をできる時間は結果としては話して良かったと強く感じられる時間になることだろうと思う。
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2021年01月15日

誇りをもって

見栄や賛美な評価とか関係なく、自分自身、そして自分のやっていること自体に誇りを持てる生き方をできると幸せなことだろう。自分に誇りを持ちながら、他人に対しても優しさや思いやりや尊厳を持てる生き方。

自分に誇りを持てるためには、自分が自分に負けない生き方をしていかなくてはならない。いくら外面を見せかけて周りから賛辞を受けようが、自分が自分を認められなければ本当の誇りは持てないような気がする。

自分の見栄や外聞を満たすために他人を誤魔化して生きていても、そこには心の幸せはないような気がする。自分の苦しみを真っ直ぐに乗り越えて、その乗り越えた強さを他人への思いやりや優しさにして生きていきたいと感じる。
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2021年01月14日

温かいチーム

温かなチームはいい。決して甘えたり妥協したりという緩さではなく、切磋琢磨の厳しさの中にもチームメイトに対して許せたり、励ませたり、勇気づけられたり、そして思いやりや労りを持てるチーム。プレーではとことん競い合っても、お互い人間的に深い絆を持てるチーム。お互いが認め合えて、本気でぶつかり合っていけるチーム。そんなチームの中でなら人は思い切り自分の持てる力を発揮してくれることだろう。時間をかけてそんなチームに熟成させていきたいものだ。
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2021年01月13日

愛情あるキャプテン

先日の全国大学ラグビー選手権の決勝戦。早稲田大学を破り見事に優勝を果たした天理大学。その天理大学のキャプテンから人としての深い愛情を感じた。

優勝を果たしてのインタビューの間、涙ながらに語るスタンドにいる控え選手に対しての愛情のこもった労いの言葉に心を打たれた。格好つけた飾られた言葉ではなく、心から素直に突き上げてくる言葉。照れもなく感情をありのままに晒して、仲間達にありがとうという言葉を何度も口にする。

たった一度も試合に出た自分も含めて選手達のことを口にすることはなかった。試合に出ることができずにスタンドで応援することしかできなかった仲間達に対する深い愛情と心からの感謝の想い。そんな仲間達の悔しさや辛さや悲しみなどが入り混ざった複雑な思いを誰よりも感じていたのだろう。

言葉というのは単なる意味を共有する一つのツールでしかない。そのツールには使い手の心が表れる。あるいはそのツールにどれだけ自分の心の想いを込めて使えるのか。言葉としての言葉で終わるのか、言葉に愛情が込められているのか。

22才の若者の言葉。その言葉を聞きながら、もし自分が若返れるなら、もう一度このようなキャプテンの元でスポーツに打ち込んでみたいと感じた。愛情のあるキャプテンの元には愛情のあるチームが作られていく。
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2021年01月12日

安易や諦めからの卒業を

今までの経験の中で学ばされたこと。「まっ!いっか!」という安易な考えと選択。「まあ、こんなもんだろう」という諦めと選択。この二つから絶対に良い結果は生まれない。

何かを選択する際には、「何が何でもこうしたい」「何が何でも何かを掴みたい」という何かに対するこだわりと、何が何でもという諦めない気持ちが大切になる。

ボクシングで相手に倒された時には、一瞬意識も朦朧となり、恐怖心は大きくなり、戦意も一瞬喪失しそうになるそうだ。ここで立つか、そのまま倒れるか。。。

目の前にどうしても手にしたいものがあるならば、どれだけ打ち砕かれようが、それを手にするために立ち上がる。諦めずに挑戦していくことが大切になる。

絶対に妥協できない自分が大切に思うものがあるなら、立ち上がってもうひと踏ん張りしてみるといい。諦めの先には諦めの未来しかない。その未来は他の誰でもない自分が作り上げたもの。

格好悪くてもいい、不器用でもいい、諦めないことはできる。自分にとって絶対に譲れない大切なものであるならば、立ち上がって掴み取ろうとする気持ちが必要だと感じる。
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2021年01月11日

陰の力

本当に凄い実績を残す選手は地味なことを地道に継続できている。競技の練習をするのは当たり前で、それを支える地味なことにしっかりと意識を払いながら、大切に継続できている。他人の目に決して触れることのないこと。それを自分のために欠かさず続ける強さ。これが選手の底力を支える。派手な練習、好きな練習は楽しいだけでもやっていける。しかもやった!感がある。地道なことはそれ自体は何も楽しくはない。しかも特別にやった!感はない。それでも地道に続けていける強さこそ大きな力になっていくものだろう。実績の大きさとは、それ自体が目に見える氷山の一角でしかない。それを支える大部分は陰に隠れているのかもしれない。地味なことはバカにできない。それこそが技術的な土台、人間的な土台になるのだから。それができるかできないかで未来は大きく変わることだろう。
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2021年01月10日

苦しさの先に

乗り越えていく力。落ちるのは何の労力もいらない。しかし乗り越えていくにはもの凄い労力を要する。自分の中にある弱気を断ち切って立ち向かっていかなくてはいけない。人間は基本弱いもの。でも自分次第でいくらでも強さを培っていける。苦しい時に敢えてより苦しい選択をしていける強さ。苦しさから逃げるのではなく苦しさに真正面から対峙して立ち向かう強さ。その中で人間の強さが鍛え上げられていく。苦しさが好きな人はそんなにいないだろう。しかし苦しさを乗り越えた先の強さを信じることができれば、苦しさは好きではないが嫌いなものにもならないだろう。自分の強さを培ってくれる貴重な材料だから。人生を真正面から生きていくためにはこの強さがどうしても必要になる。逃げれば逃げるだけ身につくのは弱さや卑屈さだけになる。乗り越えた先に初めて見える世界があるし、自分自身の姿がある。目先の楽さを選択するのではなく、そんな未来の自分の姿を楽しみながら苦しさを選択してみるのもいいと思う。
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2021年01月09日

言葉と拳

言葉は人を癒す、勇気づけるために使えたらいい。手は人を支え、そっと手を添えていくために使えたらいい。言葉も手も使い方を間違えると人を心身共に深く傷つけてしまう。言葉も手も心の在り方の表れ。心を愛情や温かさで満たしていければ、それは言葉と手を通してたくさんの人へと広がっていく。せちがない、自分勝手な自分さえ良ければみたいな殺伐とした社会にあって、心の中にほんの少しでも愛情や温かさを。そしてそれを人へと繋げていけたらと思ったりもする。一人の人の心がたくさんの人の心へと。それがどんどんさらに人から人へと広がっていく。心ある人が適切に言葉や手を生かしていってほしいと願う。言葉や手で人を傷つけても、その先には殺伐としたものしか残らないんだから。人が人を大切にしていける社会にしていかなくてはいけないだろう。
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2021年01月08日

もがき、あがく、

もがき苦しむ…それ以上に苦しい時間はないだろう。懸命に浮上しようともがく。何とかしようと懸命にあがく。ギリギリの気持ちの中の戦い。もがき、あがくことを諦めた瞬間に一気に沈んでしまう。でも、あがく中で掴めたものは、その後に突き進む大きな原動力になる。踏ん張って踏ん張り抜く。必死にあがき、もがくがどんどんと裏目に出る。やればやるだけ嫌になる。もう!どうでもいいや!と諦めて投げ出したくなるギリギリの所でグッと堪えながら、さらにあがいていく。藁をも掴む思いで。簡単にはいかない。やればやるだけ難しくなるような気もしていく。それでも、あがきもがくことを止めなかった人だけが掴み取れるものが必ずある。苦しみ抜いた者にしか辿り着き見ることができない世界が必ずある。それは諦めずにやり抜いた者にしか与えられない最高の勲章。耐えて耐えてとことんまで耐え抜いてみることも時にはとても大切なこと。中途半端ではなく、徹底的に本気であがきもがけば、必ず本当の答えが見つかるものだ。
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2021年01月07日

シンプルに

生い茂っていた葉を綺麗さっぱり落としてしまうと、大きく見えた木も小さくシンプルに見える。物事も人も余分なモノを削ぎ落としていけばどんどんシンプルに身軽になっていく。等身大の自分で、等身大に様々な物事を見ていけたらいいと思う。大きく見せる必要もなければ、大きく見る必要もない。極力シンプルな自分でシンプルに物事に臨んでいければと思う。大きく見せて大きいなんて評価されたとしても、所詮は自分は自分自身でしかない。見栄を張る必要もなければ格好つける必要もない、権力をかざして強く見せる必要もない。そこに一生懸命になっていても、木々と同じでいつの日にか葉は落ちていく。その時に堂々とこれが自分自身なんだと胸を張って生きていける方が余程いい。生きてきた年輪をさらした幹を晒して生きていけばいい。いつも身軽な自分でいたいと思う。どう見せるかではなく、どう余分なモノを捨てていくのかを考えながら生きていたいと思っている。
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2021年01月06日

愛情を大切に

誰かが苦しい思いをしていたらそっとさりげなく手を貸して。辛い思いをしていたら温かな笑顔を向けて。悲しい思いをしていたら、共に涙して。人間の心は自分だけのものじゃない。誰かの心を癒し助けることだってできる。誰かが元気になって笑顔に戻れば、自分の心も幸せの笑顔で包まれる。人間には二つの手がある。一つは自分のために、もう一つは自分以外の人のために。こういう詩がある。それは心にも言えるはずだ。自分自身の小さな勇気が相手を思いやる行動を生み出すことができる。自分自身の幸せも大切。でも自分だけの幸せよりも周りに幸せの輪が広がる方がもっと幸せに感じるだろう。周りに笑顔が広がればこんな喜びはないだろう。人間の心の中には愛情というかけがえのない大切なものがある。愛情を大切にして生きていけば人間は一番幸せに生きていけるように感じる。ほんの少しでいい、周りを見渡してみる余裕を持ってみよう。きっと心の中で声にならない叫び声で助けを求めている人がいるはずだ。一人の力は小さい、でも同時に一人の力はとてつもなく大きい。
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2021年01月05日

心の窓を

窓にカーテンを引いたままであれば、太陽の光も届かないし、外の景色も見ることができない。

窓が曇っていては太陽の光も雲って届くし、外の景色も雲って見える。

窓が歪んでいると太陽の光も歪んで届くし、外の景色も歪んで見える。

心の窓はどのような状態なのか。心を閉ざしているのか、心が曇っているのか、心が歪んでいるのか。それによって人からの愛情の受け止め方や、人や社会の見方が変わっていくのではないかと思う。

同じものでも、どのような心の窓を通して見るのかで全く違ったものになってしまう。見え方や捉え方が変わってしまえば当然、感じ方も変わっていく。

心の窓が小さければ、そこから見える景色は全体の一部でしかなくなる。心の窓が大きければ全体を見渡すことができる。


素直でいられるためには、いつも心の窓を拭いて透明感を保っていなくてはならない。そして、人や社会を正確に見るためには心の窓を大きくしていかなくてはならない。
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2021年01月04日

一人じゃなければ

人としても心から尊敬できる方から大切な言葉を気づかされた。一人じゃないという言葉。人は時に孤独になる。人は時に孤独に人生の中で頑張り続けなくてはならない。人は一人としか思えない時に、自分自身を本当には大切にできなくなるかもしれない。一人で全てが完結する世界の中に生きていると何を成しても、何を手にしても虚しいように感じる。そうなると、自分の心の叫び、自分の心の涙、そうしたものを心の奥に封じ込めて、それを無いものにしようとしてしまうかもしれない。それは自分を大切にできていることなのだろうか。。。もし、自分が一人じゃなければ、自分のことを本気で解ろうとしてくれる人がいれば、時に心の叫びを口にしてもいいのだろうし、心の涙を瞳から流してもいいのだろうと思う。どんな自分でも受け止めて包み込んでもらえるという心の底からの安心感。一人ではないというだけで誰かと喜びも悲しみも分かち合える。それは生きている実感を強く持てることなのかもしれない。その誰かだけは普遍的に変わらずに自分を見続けてくれるという安心感。そうすると人はもっとありのままの自分を認めていけるし、安心して物事に向かっていけるように感じる。
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2021年01月03日

数年間

たった数年しか本気でできないのなら、その数年はがむしゃらに取り組んでいきたいものだ。数年なんて過ぎたらあっ!という間の時間。しかも手を抜いた過ぎた時間は大きな後悔を残す。できる時にやらないで、いつやるのか…過ぎたらやりたくてもできないのだから。日々全力で取り組んでいきたい。数年…一日一日は長いだろうし、数年先を考えると苦しかったり辛かったり、あまりに長い気がして漠然としてしまったりするかもしれない。そんな中では、あまり先々を見たり考えたりせずに、その日一日をいかに充実したものにできるかを考えた方がいい。そんな一日一日を積み重ねて数年を過ごしていけば、密度の濃い充実した数年を過ごしていけることになるだろう。
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2021年01月02日

過去からの学び

過去は人を縛る。今まで上手くいかなかったらもうダメだと思うのは過去への執着。過去の経験を生かすためには、いかなる過去も肯定も否定もせず単なる事実として受け入れること。そうすれば過去は糧になる。事実は冷静にたくさんの学びを与えてくれる。正当化も過小評価もせずに一つの経験として捉えていくようにする。事実をありのままに見て分析していく視点が必要になる。できる限り主観を排除していけるようにする。過去は過去。たとえ、たくさんの過ちを犯したとしても、過ちが去ったからこそ過去。過ちを学び糧にできたら、過去にダメだったから今も未来もダメということにはならないはずだ。逆に過去を生かせなければ今も未来も同じ過ちの繰り返しになる。今を生きることで過去を乗り越えていきたいものだ。
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2021年01月01日

人間て…

いつも、やる気に充ち溢れて練習できる訳はない。いつも万全で全力を出し切って練習できる訳でもない。それが人間。でも…どんな状態でも、今の自分にできることはしっかりやっていこう。完璧にはできなくても、やることは欠かさない。それができるのも人間。自分を許し、同時に自分を叱咤激励する。いつもいつも同じならもはや人間ではなくロボットだろう。その日その日によって違うからこそ、それが人間の面白味でもあるだろう。いかなる時でも自分が自分自身をコントロールしていけるように精進するからこそ、それが日々を生きる醍醐味でもあるような気がする。
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