2009年09月19日
全体の中の一部
今の時代は物事がどんどんと細分化されていきます。そしてみんな、その細分化された分野でその専門性を身につけていきます。狭い範囲でのことばかりになり全体が見えないんですね。例えば、スポーツであれば心技体と言われますが、その全ての全体像を知った上での心なのか、技体はまるで知らない心なのかでは全然違うのではないかと思います。ビジネスであれば経営力や営業力や企画力を持てた上での心であるべきではないかという気がします。医学でも内科も外科もそれ以外の科も知った上での内科であるべきでしょう。僕は野球やサッカーもそうですが、本当にその競技を理解するためには一通り全部のポジションを経験しておくのは悪くないと思っています。細分化された狭い世界の中だけでは見えないこと気づけないことはたくさんあるんですね。全体を知り、全体に関心を持ちながらも、専門を探求していくことがとても大切な気がしますね。全体なくして一部はあり得ないというのが僕のスタンスです。
この記事へのトラックバック
狭い世界で一つを追求するよりも 広い世界を知り自分が追求する物を極めたいですね。
そう思うと まだまだ目を向けて行かなければならない事が沢山あります。この課題を大変だと思わずに 楽しんでいこうという気持ちを高めて行きたいですね。
本質をつかんだうえでの専門性。これですね。
また、様々な分野があるなかでメンタルというか心の部分というのは全ててにつながり、必要です。もしかして一番難しい問題に取り組んでいるいるのかもしれませんね。
バランスよく学んでいくぞ
仕事でも、異動により内勤を経験してから営業に戻したら、大活躍してくれた社員がいました。いつも同じことをやっていれば詳しくはなりますが、視点を変えることにより得られるものは沢山ありますね。
個人的には、「木を見て森をみない」のような人にならないことかなと、ちょっと視点が違うかもしれませんが、そんな風に感じました。
僕はセカンドをしていますが、色々なポジションでノックをうけています。
色々なポジションでうける事でたくさん学ぶ事が出来ます。
その中で難しいこともたくさんありました。
なんとなくポジションの気持ちも予測ですがわかります。
今度はキャッチャーの視線でノックをうけようと思います。
全てを知りつくしたいです!
自分の技(能力)を知って心を磨くか、自分のことがわからなくて心を磨いたらだいぶ差が開くと思います。自分は投手以外は得意ではありませんが全てやったことがあります!
やはり全体を守ると全体に気を配れるような気がします。
競技の技術は大切だけど、どんなにセンスがあっても、栄養、休養、身体の仕組みなんかを知っているのと知らななければパフォーマンスは向上しないと思います。
昔、手術をして3か月位、トレーニングから離れた時があったのですが、その3か月間みんなの練習を見てたり、セコンドについたり、人の試合を見たりと違う角度から、格闘技に触れていたからか、なにか自分の中での進化を感じます。
不思議なことにトレーニングを再開した時にスタミナこそは落ちてますが、スパーリングをした時に、調子がよかったりします。
今の僕はどうしても、お客さんや会長の目ばかりを気にしてしまうのが課題なので、自分がお客さんになったり、会長的な立場になることを想像して、格闘技に触れてみたいと思いました。
お客の立場になって試合をみると、どんなに応援してる選手が負けても、その選手に強い恨みを持つこともなければ僕の生活になんの影響もないんですよね。
視野を広めて一つのことをあらゆる角度から視ることで、どんな局面に立たされても対応できる力が持てるようになると思います。
専門性は非常に大切ではあるのですが、まずは全体の業務を把握すること。その一部の事象に対する解決策の一つとして、自分の専門性を手段として使うということでしょうか。以前、業務関連の講習会で「ある分野だけ100点で他は0点を取るよりも、全分野で70点取るように」と言われたのを思い出しました。もちろん100点の分野があるのは強みであると思いますが、それを活かすにも70点の土台がないと独りよがりになってしまいそうですね。
遅くなってしまいすみませんです。
今の高校のことを思いました。
どんどん早くから進路決定をしなくては行けなくなって来て、受験の為の勉強?のような気がします。
もっと全体的な、子供が自分の興味が持てるものが探せる場が必要な気がします。
相反するかもしれないですが、逆に一見嫌い、苦手と思われるものも勉強する時期は必要だと思います。案外そこに自分が求めているものがあったりすることもあるからです。
身体の治療においても、怪我をしている部分だけを治しても完全になおるということはできません。その原因を全体を把握して、その人の生活まで考えていくことも大切です。