2006年01月12日

スポーツ小説第2

ふと市内の中心地に目をやると、夜空に光の輪が膨張している。
原爆ドームのほぼ向かいに広島市民球場は位置している。ドーム球場主流の今、貴重な屋根なし球場。外野の芝は所々ハゲていて、鳩がのどかに闊歩する、そんな球場だ。

しかし、今その場所は首位の中日と2ゲーム差で首位を追う広島との熱戦が繰り広げられている。
光の輪の中のファンの歓声や選手達が放つ熱気が離れていても伝わってくるように感じられる。
今、僕は東京にいるが郷里に戻れば、やはり広島カープが気になるし、少年時代と同じようにあの光の輪の中に身を置きたくなってしまう・・・
「そうだ、オレは今日広島に帰ってきたんだった」
まだ僕の体には新幹線に長時間揺られてきた疲労がかすかにくすぶっている。


家に戻ると、野球好きの父親がナイター中継を見ていた。試合は九回になり依然として3対2で広島がリードしていた。
「さっき、美味しいラーメン食ってきたで」僕が声を掛けると、父親はチラリとこちらを向き
「どこのラーメン屋さんや?」場所を説明すると、
「あぁ、ヨシさんのお店にいったんか。ヨシさんは美味しいよのぉ。お前は気付かんかったんか?」と父親は答える。
「ああ、確かにお客さんがヨシさんって呼んどったわ。そのヨシさんを知っとるん?」
「山田良男で、もとカープにおった・・・」

山田良男・・・そうだったんだ。確かにあの男は山田だよ。長く心の中で燻っていた謎が一瞬のうちに解けたのだ。僕の脳裏の中で今はっきりと男の顔をとらえることができた。それは風船の中に詰め込まれた空気が、小さな針穴を開けられる事で、一気に爆発するように・・・

白に赤いカープの文字のユニホームの背番号は26。相手打者を鋭く睨み付けるサウスポーが大歓声の中、ゆっくりしたモーションで振りかぶっている姿が僕の意識下から突然現れ、僕のイメージスクリーンを覆い尽くしたのだ。

カクテル光線に彩られたマウンドに流れ落ちる汗・・・
孤独なマウンドに立つその男はボールに自分の全エネルギーを注ぎ込み、左腕を思い切り振り下ろす・・・白球は男の野球人生を含有し指先から放たれる。

イメージの世界の中で僕の目の前にいる男は、ラーメン屋のヨシさんではなく、カープのリリーフ投手の山田良男。僕の、いやカープファン全てのヒーローだった。
男の鞭のようにしなる左腕から投げられた白球には僕達カープファンの夢も乗せられていたはずだ。
そのファンの夢もその小さな体、小さな背中に一人で背負い、孤独なマウンドに佇む・・・
posted by Takahata at 03:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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