2006年01月14日

スポーツ小説5

今は初秋。かすかに暑さは残るものの、ずいぶん涼しさは増してきた。
そう、あの時に比べれば・・・

場所は広島のM中学校。試合後にあの子達はあふれ出る涙を拭おうともせず嗚咽をもらしていた。コーチである僕もまた流れる涙を止められなかった。
市総体の準決勝だ。僕が初めてあの子達と出会ったのが、僕が教育実習で母校に戻った時。今思い出しても、このチームはここまで勝ち残れるような力はなかった・・・というよりも完全に崩壊していたのだ。

勝ちたい、強くなりたいと思う派と、楽しく気持ち良く野球をやりたい派との対立。
チームとしての機能が完全に欠けていた。
「野球の楽しさの本当の意味をオレとみんなで探そうや」
本当の意味・・・僕にも答えは分からなかった。ただ今の現状の先には、決して楽しさはないだろう。ミーティングに次ぐミーティングを重ねた。

何事も本気で取り組まなければ真の楽しさは見つからないのではないだろうか・・・
「オレの実習期間の二週間でええけぇ、オレを信じてボロボロになるまでみんなで練習してみようや」
僕も例えどんなに忙しくても必ずグランドで手に血豆ができるまでノックをした。それがあの子達と交わした約束だから。

僕もあの子達と一緒に必死になって答えを見つけようとしたのだろう。あの子達はよく付いてきてくれた。チーム内の確執も少しづつ氷解してきた。みんな口々に「これだけ練習やったんじゃけえ、勝ちたいよね」と。二週間の青春だった。練習後は僕も、あの子達も熱く語り合った。

そして別れの時に市総体で再会する事を約束した。僕が東京に戻ってからも、あの子達から毎日電話がかかってきた。チームのベクトルは市総体優勝に完全にむかっているのが離れていても、電話口の声からひしひしと伝わってくる。

雨降って地固まるではないが、あの確執さえもこの今の状況においてはプラスに作用しているように僕には感じられた。
「オレがお前らを優勝させちゃるけえ」

迎えた準決勝。気が付けば、あの子達は破れ去っていた。涙に濡れた泥だらけの顔で僕に抱きついてくる、あいつらの顔を見ていると僕も腹の底から涙があふれ出てくるように感じられた。これが、みんなで本気になって探し求めた野球の本当の楽しさなんだろうか・・・
大きなモノを得たような気もするし、大きなモノをうしなったような気もする・・・
だけどあの数か月は確かにどの中学生よりも本気でボロボロになるまで野球をやったと胸を張れるだけのモノは強く残ったであろう。

しかし、それが答えなのかどうかは、やはり僕には分からなかった・・・
きっとあの子達もそうかもしれない・・・
あの市総体で敗北した日から僕は毎日のように自問自答を繰り返してきた。分からない答えを懸命に探そうとして。

だからこそ、僕はあのラーメン屋のあの男、かつては広島カープのストッパーとして活躍した山田佳男とあの子達と野球について語り合わせたいと考えたのだ。もしかすると、その中に僕達の答え、そう僕だけでなく、あの子達の答えを見つけだす僅かなヒントがあるかもしれないから・・・
posted by Takahata at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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