2006年01月15日

スポーツ小説6

野球は僕達に何を教えてくれたのだろう・・・
野球はあのラーメン屋の男に何を教えたのであろうか・・・野球道。
「球けがれなく、道けわし・・・」僕は静かに口に出してみる。
きっと本当の答えなどないのだろう。

野球に限らず、真の楽しみとは各々が自分の人生を通して作り上げていかなくてはならない哲学のような気もする。だからこそ、野球人生という一つの人生を終えたあの男なりの野球哲学に触れてみたいのだ。
まだまだ野球人生を歩き始めたばかりのあの子達もそれぞれがやがては終焉の時を迎える・・・
その最後の一瞬まで考え抜いていかなくてはならない大きな宿題なのかもしれない。

僕とあの子達はお昼の混雑する時間を避けて、昨日と同じラーメン屋の空間の中に身を置いた。
何がどうなるのかは僕にもさっぱり分からない。もしかして、あの男が昨日、お客さんに対して口にした「昔の事」という一言で全ては片付いてしまうのかもしれない。

自転車でそのラーメン屋に向かうまでの間、僕は色々考えていた。もちろん、子ども達は僕の心の中には気付かず、元カープの選手と話ができるのを単純に喜んでいる様子。
今日の待ち合わせ場所に着いた時に、僕は「昨日のラーメン屋のご主人は、実は元カープのなんたよ」と伝えたのだ。
「何で、お店の中に何も飾っとらんのじゃろう?全然分からんよね。」子ども達の一人が口にした。
確かに。普通、プロ野球でもプロボクシングでも、引退後にお店をしようとした時に、自分の現役時代を象徴するような品々を飾ってるものだ。あの男であれば、グラブなりユニホーム、キャップ、獲得したトロフィーや記念品・・・何でもあるだろう。

あの山田良男のラーメン屋とすぐに分かるお店。少なくともあの男にはそのようなお店にする資格はあった。何せカープのストッパーを努めた男なのだから。しかし、あえてあの男はそれをしなかった。それは、プロ野球選手のお店ではなく、美味しいラーメンのお店にしたいというあの男のプライドなのか・・・それとも、しなかったのではなく、それが出来なかったのだろうか・・・

そのうち、自転車の群れはラーメン屋の前に着き、昨日と同じように今僕達はその空間の中にいる。
僕は今まさに、どのように話を切り出そうかと思案しているのだ。期待と不安の入り交じった複雑な思いで。誰にでも話したくない話題はある。僕は何にも現役時代を象徴するモノが飾られていない殺風景な店内をもう一度見渡す。

もう昔の事・・・あの男の言葉を僕も自分の心の中で静かに呟いてみる・・・
無理強いだけはしないようにしよう。お店のドアを開ける時に自分に課した約束事を気持ちの中で再度確認する。突然、子どもの一人が唐突に切り出した。
「僕らは中学の野球部です。元カープのピッチャーだったんですよね?」
posted by Takahata at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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