あまりの唐突でストレートな話の切り出し方に、正直僕は背中に冷や汗をかいた・・・
彼は吉田君。野球部分裂の一番の原因を作った子だ。
「野球は趣味程度にやって、気持ち良く汗かくくらいでいいんよ」最初に話した時の彼の言葉が甦った・・・
市総体準決勝で破れた9回に代打に送り出した。彼は決して上手い打者ではなかったが、バットにボールを当ててボテボテのゴロを打ち、一塁にヘッドスライディング・・・無常にも審判の右手は上がりゲームセット。一塁にうずくまったままの彼。
怪我をしたのか心配して近寄った僕は思わず足を止めた。彼の背中が小刻みに震えていたのだ・・・両腕でベースを力強く握り締めながら・・・起き上がった彼の顔は泥と涙でぐしゃぐしゃだった。
仲間達が駆け寄り肩を貸す。
「何で負けたんじゃろ、ワシらの野球もう終わりなんじゃね・・・もうこのメンバーで野球やれんのんじゃね・・・」その時に彼はポツリと誰にという訳もなく呟いたのだ。
僕の口癖だった・・・ミーティングの度に「何かの縁で今このグランドに集まっている仲間に感謝しよう。このメンバーで野球をやれる数か月の一瞬一瞬に心を込めよう」彼はいつの間にか、誇り高き野球部の部員に変身していた。
彼が「僕ら中学の野球部の部員なんですけど・・・」と胸を張って、元プロ野球の投手であるあの男に話の口火を切れた事を僕は嬉しく感じた。冷や汗は一瞬だった・・・そうだ・・・こいつらは胸を張って、あの男と野球を語り合う資格をこの数か月で身につけたのだ。
人と人とは言葉以上の何か、そう第六感のようなモノでお互いに感じ合う瞬間がある。あの男が静かに口を開いた。「何年生なんや」
元キャプテンの宮田君が「ここに来とるのは、みんな中3です」と答えた。
「そうかぁ・・・じゃ負けて引退したんじゃのう。ワシも野球を引退したんよ」あの男は優しい眼差しをあの子達に向けて、ふと目線を外し遠くを見つめるような視線になった・・・まさに、この瞬間にあの男のストーリーが始まることになったのだ。
2006年01月18日
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