2006年01月26日

スポーツ小説8

僕の心の中は、いまだ完全にはヒーローであった過去の男と目の前に前掛けをしてラーメンを作っている現在の男とがストレートに結び付いていない・・・
まるで、それは憧れていた品物がいとも簡単に手に入った時の拍子抜けしたような感じと、ヒーローはヒーローのままでいてほしかったような寂廖感とが混ざり合って心の中に存在していた。遥か遠くフェンス越しからしか見れなかった男の顔が今僕の目の前にある。そして男は僕達のラーメンを作ってくれている・・・

ふと気付くと子ども達は、あの男に最後の市総体の準決勝の試合の話を口々にしている。あの男は黙って話を聞きながら再び遠くに視線を向けた。
「野球ねぇ・・・」
顔は山田良男、そうかつてのストッパーの頃の顔になった。確かに年令を重ねてはいるが、目は死んではいなかった・・・

山田は三人兄弟の長男だ。彼が育ったのは鳥取県の中でも山間部に位置する片田舎の町だ。遊びと言えば野球しかなかった。まさしく草野球、校庭や雑草の生い茂る草っ原で野球と出会う。
「実はね・・・ワシは野球がめちゃくちゃ下手じゃったんよ」彼は照れ臭そうに話す。
仲間からも下手クソ呼ばわりされ、なかなか仲間にも入れてもらえなかった・・・

僕達はプロ野球選手の幼少期を勝手に想像していた。リトルリーグの強豪チームのエースで4番。
山田から語られた言葉に僕達は絶句し、口をポカンと開けた状態になる。そんな僕達の様子を楽しそうに眺めながら、彼は「ホントなんで。並の下手さじゃなかったんじゃけえ。」と呟くのだ。

そんな小学生時代を経て山田は地元の中学校に進学する。
「下手じゃったけど、何かしらんけど野球が好きじゃったんよ。じゃけえ、野球部に入ろう思うたんよ」と彼は語る。
そんな当時の山田に父親は「お前なんか下手なんじゃけえ、野球部なんか入ってもつまらん。どうせ続きゃあせんのじゃけえ、やめろ、やめろ」と口にした。

しかし山田は何故か野球への執着を捨てきれなかった。野球部への入部の思いは日毎にふくらんでいく。その思いは、ついには感極まり、母親に絶対に頑張るからグローブを買ってくれるように泣きながら土下座して頼み続けたのだ。
町でも下手クソで有名だった野球少年は、何故こうまで野球にしがみついたのだろうか・・・
posted by Takahata at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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