2006年02月08日

スポーツ小説11

中学2年になっても、山田少年の野球は全く芽が出なかった・・・
辞めるに辞めれず、続けている野球。みんなに負けないぞ!!という気持ちで毎日の練習に取り組んでいる野球。

僕は静かに聞きながら、その当時の山田少年の気持ちを考えていた。試合で投げる訳でもなく、したくもないピッチングを毎日ブルペンで投げ続ける日々。誰からも期待されず、自分ですら自分を評価できず、期待も抱けない日々。

男はそれでも今は笑いながらこう付け加える。「それでもさすがに中3になった時には、初めて試合で投げさせてもらったんよ・・・負け試合の二番手投手としてね。まぁ、敗戦処理ってやつじゃね。」目尻に刻まれた深い笑顔の皺を見ていて、僕は気付いた。
男はこの子ども達に野球の厳しさと同時に野球の優しさを伝えようとしている。厳しさと優しさは相反しているようでいて、実は共有しているものかもしれない・・・男の顔には、この二つが混在して刻み込まれている。

子ども達の一人、元キャプテンの宮田が口を開く。
「山田さんは、そのような中学時代にプロ野球選手になる夢を持っとったんですか?」
それを受けて男は答える。「小学生の子どもじゃないんじゃけぇ、どこをどう叩いてもプロのプの字も思わんかったよ・・・君はプロ野球選手を夢みとるん?」
「なれるんなら、カープの選手になりたい思うけど、どう考えても無理じゃ思います」宮田は目を伏せて、言葉が小さい。
「何で無理じゃ言うて決め付けるんや。人の将来なんて誰にも分からんじゃろ。ワシだって・・・」
男は最後の言葉を飲み込んでしまった。ワシだって・・・何だというのだろう。しかし尋ねさせない厳しさと拒絶を男は漂わせていた。

男は話題を変えるように「でもな、努力は裏切らんよ。下手は下手なりに、中1の時に比べりゃ、球のスピードは速くなったんで」コントロールは相変わらずどうしようもなかったが、スピードは速くなった。

「実はね・・・」と男は語り始める。山田少年は野球部員でありながら、実は得意だったのは水泳だった。特にバタフライが好きだった。しかし、水泳部の練習はとても厳しく辛そうに見えた。実は親に野球部への入部を反対された時に、一時水泳部でもいいかな・・・と思ったのだ。しかしその水泳部の練習を見て、やはり野球部にと決めたのだ。

人生に《もし・・・》は無いが、山田少年が、もし水泳部に入っていれば、今この場所にこの男はいないのだ。もし、水泳部の練習が楽そうだったら・・・僕は運命を考える。人生なんて、《もし》という名の運命の積み重ねなのかもしれない。

しかし山田少年は水泳は好きだったので自分で一人続けていったのだ。というよりも、野球では芽が出ない彼を支えたのが水泳だったのかもしれない・・・野球は下手でも、自分は水泳は上手というのが、中学生の少年にとって唯一の心のプライドだったのだろう。

「今になって思う事じゃけど、バタフライは背筋使うじゃろ。背筋が強くなったんよね。速いボール投げるには背筋が必要なんよ。そういう意味じゃあ、水泳がワシの野球に凄く役立ったんじゃ思うで」男はしみじみとした面持ちで一気に中学時代までの野球を語り終える。

人生に無駄なんて何もない。経験を意識的にしろ、無意識的にしろ生かせるかどうかなんだ・・・あるいは運命という偶然が山田少年のように生かしてくれることもある・・・確かな将来なんて何も無いのかもしれない。同時に将来を限定してしまう必要も無い。僕は静かに心の中で自問自答を繰り返す。
posted by Takahata at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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