2018年04月14日

苦しみと上達

上手くなるために苦しむことはあるだろうが、苦しいことをしたら上手くなるというのは違うように思う。練習は苦行ではない。練習は上達するためのもの。ここを勘違いしてしまうと苦しい練習をして満足して終わってしまう。苦行には、やった感が強くあるから。苦しんでなんぼではなく、上達してなんぼ。スポーツの練習に限らずこれは何事にも言える。日本人には基本的に修行や精神性に比重を置く傾向にある。修行には苦行が伴う。そんなことから無意識のうちに日本人には苦しみが人間を高めてくれるという思いが刷り込まれているような気がする。もちろん、苦しみを越えた先には気持ちの強さは身についていたりする。しかし技術の習得に関しては苦しみ=上達とは言い切れないように思う。やはりそこははっきりと区別していかなくてはいけないように感じる。そうしなければ苦しい課題ばかり強いられた結果、何も上達していないという悲惨なことになってしまう。上手くなるために苦しみを味あわなければならない時はあるが、苦しみが上手くさせることはないと思う。
posted by Takahata at 02:15| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
上手くなるために苦しむことはあるが苦しむことが上手くなることではない。好きだからやるし上手くなるために苦しいことは避けて通れない。だから自ら飛び込んでいく。
Posted by つちー at 2018年04月14日 08:08
しっかりと自分の意志を持って練習に取り組みたい。苦しみのない上達は無いが、苦しいことだけやってる自分に酔ってはいけない。まだ時間はあるから、自分の課題と向き合い、うまくなろう。できないことは自分が一番分かっていて耳の痛い話だろう。見ているこっちももどかしいが、成長を見守って上達により期待したいと思う。
Posted by スポG at 2018年04月14日 13:52
苦しまなくでも上達はできる。上達のため自分を追い込むことを苦しいと考えるのではなく楽しいと考えればいい。上達に必要なプロセスを実行できているのだから。
Posted by kuma at 2018年04月15日 20:39
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