2018年04月23日

純粋な想いを

いつしか忘れてしまってた日々…初めてボールに触れて無我夢中で目を輝かせて寝食も忘れて没頭していた少年時代。そのスポーツの原点を忘れるな。好きで好きで仕方なくって好きだから巧くなりたくて…しかし、巧くなればなるほど結果ばかり気にして…あの頃の小僧の輝く瞳を取り戻せ!好きなんだろ!小さな子どもが、無駄に、でも、ひたむきに真っ直ぐに諦めずにボールを追いかける姿には心打たれる。巧い下手とか関係ない。そのがむしゃらさを忘れないで。評価がどうこうではなく、ボールをとれなければ悔しくて泣き、とれたら嬉しくて満面の笑顔。そんな純粋な想いを残してスポーツを続けてほしい。何事も同じ。何かを始めた頃の真っ直ぐな想い、好きという純粋な気持ちから、どれだけ離れることなく続けていけるのかが大切になる。その芯をブラすことなく続けていけるのが一番の幸せだろう。いつまでもいつまでもそんな想いを大切にしていきたいものだ。
posted by Takahata at 00:25| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
野球をやり続けていることは幸せなことだ。でもやればやるほど大切なことから遠ざかってしまっているのかもしれない。そしてそれに気付けずに終わってしまう人ってたくさんいるような気がする。始めたころ楽しくて楽しく仕方なかった。捕ったり、投げたり、打ったり毎日野球をしていた。社会人になった今でも少年のように楽しむべきだし楽しみ方を見出すべきだ。それはやらされるのでなく自らやることだ。
Posted by つちー at 2018年04月23日 07:15
そう思う。がむしゃらさは、内から突き動かされる本能的なもの。それを自分で消したり抑えたりせず、楽しんで欲しい。がむしゃらさが変化してしまうのは外的要因である自分が変化させてしまうものだということも理解しておくべきに思う。
Posted by スポG at 2018年04月23日 22:12
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