2018年11月04日

物事にはセオリーがあり、セオリーを知ったうえで勘を働かせることが重要なのであって、ただ勘に頼ったのでは結果が出ないことが多いように思う。セオリーを正確に追っていくと、大きな流れのようなものは外さない。その大枠の流れをさらに細かく様々な角度から分析していくと、こうなっていくだろうというのがより明確に見えてくる。この先は感性を鋭く磨いていき、感性を研ぎ澄まして物事を見ていけば、ほぼこうなる!という結果が見えてくる。ただ思いつきの勘では当たるか当たらないかというものでしかない。そんな勘は単なるギャンブルになってしまう。とことんまで綿密に詳細に多角的かつ理論的に物事を分析してこそ初めて根拠のある勘になるのではないだろうか。
posted by Takahata at 00:05| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
確かに勘はセオリーの中にある。基本的な考えの中にふと何かが現れてそれを掴むような感じがする。
Posted by つちー at 2018年11月04日 05:04
そう思う。分析してそれを根拠のあるものとして『勘』に入れてもいいが、思いつきは先を見ていないので、失敗したりその場しのぎにしかならないと思う。言葉に出すというのも大事だが、言葉にしたことにより、周囲への影響なども踏まえていかなくてはならないと思う。
Posted by スポG at 2018年11月04日 09:05
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