2019年02月21日

監督

監督からの荒治療で発奮する選手もいるし、逆に荒治療によって潰れてしまう選手もいる。落として伸びる選手もいれば、使い続けることで活躍したり伸びる選手もいる。適材適所はもちろんだが、個々の選手の適材適使や適材適育もとても大切な要素になっていくはずだ。同じようには絶対にいかない。また、同じ監督と一言で言っても選手を上手に育てる役割の監督と、選手を上手に使う役割の監督とがいる。適性はやはり違いがある。前者は長期的なスパンで選手を捉えじっくりと時間をかけて育てていかなくてはいけないし、後者は目先の試合に勝つために選手の旬を見極める短期的な視点が必要になる。どちらも選手を最大限に生かしたいという想いは変わらないが、求められるものが違う。監督とは本当に難しい仕事だと感じる。それはスポーツに限らず、あらゆる場所で指導的な立場に立つ人には求められる力でもある。指導的な立場になればなるだけ自らを探求していかなくてはならない難しさがある。
posted by Takahata at 02:00| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その人に合ったベストを探すことは大切なことだ。その人にに合った伸ばし方って絶対あると思う。同じ伸ばし方しかないとしたら同じような人ばっかり育ってしまいつまらない。
Posted by つちー at 2019年02月21日 07:13
監督や一番上の立場の人が下を育てようとする時、上手く自分を捨てなくてはならない。『教えてあげてる』『これをやればいい』という自分の言い方ではなく、相手に合わせた指導者が必要だ。多くの現場において、下が育たないと投げている人達を見ると、何故自分に否があることに気付かないのだろう‥と疑問に思う。経験値やプライドを保ち示している限り、下には違った形で写ることを認識してほしいと感じる。
Posted by スポG at 2019年02月21日 09:51
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