2019年07月14日

情緒の繊細さ

日本語には微妙な変化を繊細に表現する言葉が多い。雨ひとつでさえ、五月雨、夕立、神立、白驟雨、伊勢清めの雨、秋霖、村時雨、片時雨、月時雨、山茶花時雨、解霜雨、氷雨、凍雨、寒九の雨…まだまだ無数にある。言葉というのは心の変化や情緒を表している。心をアバウトに表現するのではなく、繊細に表現できるというのは、自分自身が心と向き合う時にはとても大切なことのような気がする。ただ悔しいです、嬉しいです、と言葉にするのか、もっと繊細に心の内を表現していけるのか。日本人のメンタルに関わる仕事をする以上は言葉を今まで以上に大切にしていかなくてはならないと感じている。今、心に降っている雨は夕立のような感じですなのか、梅雨のような感じですなのか?同じ心の悲しみも印象がまるで変わってくる。日本人は情緒豊かな民族だと思うので、心を情緒的に表現できることは、心に取り組む者として忘れてはいけないことなのだろうと痛感させられる。
posted by Takahata at 01:26| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
言葉一つで相手の伝わり方は大きく変わる。感じ方は人それぞれだが言葉の選び方は大切だ。自分にその気はなくても相手を傷つけてしまうこともあるし逆に幸せに気持ちにさせることもできる。
Posted by つちー at 2019年07月15日 09:54
気持ちを適切な言葉を通じて人に伝えていきたいと感じている。言葉の捉え方は人それぞれで、言葉やニュアンスで誤解が生じることも多い。相手に理解をしてほしいと感じるならば、相手が理解できるような言葉で伝えていかなくてはいけないと感じている。
Posted by スポG at 2019年07月19日 15:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。