2019年11月07日

思いの純度

思いの純度ということを考えることがある。人間は何かをやろうとする時に様々な思考が混ざってしまうのは仕方がないとは思う。しかし、それをやろうと思う純粋な思いがどれくらいの純度なのかを自分自身で常に心に問いかけていきたいとは考えている。それに加えて様々な思考の雑念を取り除いて純度をさらに高めていきたいとも。そうしなければ、やろうとしていることに取り組んでいる時に雑念が邪魔したり、雑念が迷いを生じさせたりしてしまう。そうなると、やろうとしていることに真っ直ぐに向き合えなくなってしまう。思いの純度が高ければ、その思いに正直に向き合っていける。その思いだけを大切にしてそのことに取り組んでいける。素晴らしく見せることが大切なのではなく、思いの純度が高く強ければそれは自然に伝わっていくのではないかとも思ったりする。
posted by Takahata at 00:06| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
強く共感する。しなければならないとかやらないといけないと感じている物事は純度が低い。やりたいと感じたりよろうと思えることは純度が高い。今の自分は前者の物事が多い。逃げないけれど、やらなくていいならやりたくないと思ってしまうこともある。『逃げても成功は納められない、だから早く取り組みなさい』と自分に常々心で声かけをしている所だ。
Posted by スポG at 2019年11月07日 14:23
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