2019年12月09日

苦しみの先に

苦しい練習が好きだ!という選手はあまりいないだろう…苦しいだけなら逃げたいだろう。しかし、苦しくてもその練習の内容の意味を正確に理解できていれば。苦しくてもその先に上達して活躍できている自分の姿がしっかり見えれば。苦しさの感じ方は変わってくる。意義や未来のない苦しみは苦しみでしかない。要は見返りのない苦しみは苦しい損をしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。昔は苦しさの先に何かがある!という抽象的なものでも良かったのかもしれないが…今は時代も変わり、苦しみを超えるには明確なビジョンが必要なのかもしれない。
posted by Takahata at 00:30| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そう思う。明確なビジョンが無いと向かっていけない選手が多いかもしれない。冷静で現実的な見方ができていると言われればそうだが、何だか物足りなさを感じる。競技への面白さや楽しさ、好きな気持ちがどう技術に反映されているのかを指導者や周りが理解するのは難しいように思う。重さならば、フットワークは軽くありたいが、考えるのは重くしっかりとしていたいと思う。
Posted by スポG at 2019年12月09日 20:54
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