2017年09月26日

本当の強さは

自分をしっかり持てているということと、他人の話に耳を傾けず拒否することとは違う。本当に自分を確立できていると自分に自信を持てているので、逆に人の話を素直に聞けるようになる。そして他人の話を上手に取り入れて更に自分を確立していける。他人の話で簡単に自分の軸がブレない強さがある。自分に自信がなければ、他人の言葉で余計に自分が壊れたり、余計に迷ったりすることを恐れて他人に対してかたくなになる。自分の小さな世界観の中だけで小さな自分を懸命に守りすがりついて生きていく。それは外見は強そうに見えて、中身は本当に脆い。他人の話にすぐに流され右往左往するのは困ったことだが、しっかりとした自分を持てていれば、流されることなく話の本質を素直に受け止めることができるだろう。
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2017年09月25日

プライド

他人の目に怯えて恥をかかないように体裁を整えるのがプライドではない。プライドとは人の目なんか気にならないくらい這いつくばってでもしがみついてでも自分が自分自身であり続けること。諦めずにがむしゃらに喰らいつくこと。プライドを傷つけるのは他人じゃない、逃げ回る弱い自分自身。格好ばかり、表面的な部分を取り繕ってそれらしく他人に装う。そして諦めて逃げている内面の自分自身を誤魔化して生きている。こんな人は必ず他人によって自分のプライドが傷つけられたとぼやく。他人なんかどうだっていい、いついかなる時も自分が自分自身を見つめているはずだ。他人に体裁を整え、自分自身は誤魔化していく。自分の人生を自分が生きるという主体性を持てていなければ真のプライドなんて持てるはずがない。もっと真っ直ぐに自分の人生と自分自身とを見て生きていくのがいい。それができれば自分らしい生き方に根差したプライドを持って生きていけるはずだ。
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2017年09月24日

予習と復習

練習は勉強と同じで予習、復習が大切。練習時間だけが練習ではない。プラン、ドゥー、シーを丁寧に繰り返していく中で初めて練習効率は高くなる。課題も反省もない練習は…それは練習に行ったに過ぎない。限られた練習時間を最大に活かしていかなくては、なかなか上達には結びつかない。勉強だって同じだろう。余程の天才でもない限り、机に毎日座っていて成績が上がる人はいない。スポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ、上達をグングンしていく人は人知れず地道に準備を積み重ねている。それは特別なことではなく普通に日常的に。当たり前のことを当たり前にしていくことが何よりも上達への一番の近道だ。予習、復習は頭を使って考えること。考えて物事に取り組まなければそれは単なる行き当たりバッタリになってしまうだろう。丁寧に丁寧に磨きをかけていくことの大切さを痛感する。
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2017年09月23日

チームワーク

仲間が苦しい状況にある時に、チームメイト個々がその仲間のために、ほんの少しでも自分がカバーしようという意識が働けば助けていけるかもしれない。誰か一人ではなく、チーム全員で苦しみを自分のこととして感じられればチームワークは強くなっていく。個の損得を超えて、仲間を感じる力が大切。自分は自分のことだけをやっていればいいというのでは、+αの仲間の苦しみを買って出ようという意識は生まれてはこないだろう。自分はやるべきことはやっているんだから文句はないだろう、という考え方になってしまう。仲間の苦しみを自分の苦しみに置き換えて感じることができるかどうか、これがあるかないかでチームワークには大きな差が生まれてくる。一人一人の小さな+αが集結していけば仲間の苦境を助けていけるのではないかと思う。仲間を常に感じる力。普段からこの感性を磨いていくことはチームワークを構築する近道と言えるだろう。
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2017年09月22日

意味を見出だす

例えレギュラーになれる見込みが薄くても、与えられた役割をつまらなく感じても、自分がしたくないプレーをしなくてはならない時でも、妥協したり、なげやりになったり、嫌がったりせずに、意味をしっかりと見出だして自分の中にしっかり折り合いをつけて、目の前の自分のやるべきことには何とか全力を注ぎベストを尽くす。そんな献身力のあるチームは強い。思い通りいかない時でも、そこでやるべき役割に、その役割にベストを尽くす自分自身にしっかりと意味を見出だせていくこと。それがみんなでやるということだ。折り合いをつけるために様々な葛藤や苦しみもあるかもしれない。それを乗り越えて個々が意味を見出だした時、チームは個々を共鳴させていくことだろう。
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2017年09月21日

仲間とは

部活の仲間個々に対して様々な思いはあるだろう…しかし、学生時代の限られた数年だけしか共にプレーできない仲間であることも事実。必ず終わりが来る。その時に言い知れぬ寂しさにおそわれる。好き嫌い、合う合わないを超越した戦友的な信頼感。苦楽を共にし涙や笑顔を共有してきた絆。仲間への感謝。好き嫌い、合う合わない、これはたくさんの人間が集まる集合体においては当たり前にある。ない方がおかしい。一人一人が違う人間なのだから。そんなことよりも自分がチームのためにできることは何かを考える。そしてそのことに全力を尽くす。そこには好き嫌いなんて要素は関係してこない。そのことが結果として自分を生かし、仲間にも生かされていく。そんな中でこそ信頼や絆や感謝は生まれていく。振り回されなくていいことには気を回さず自分のやるべきことをしっかりやり抜くことに意識を置いていけば、仲良しこよしとは違う仲間ができていくことだろう。
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2017年09月20日

夢見る頃を過ぎても

夢見てた頃をふと思い起こすことがある。いつのことだったのだろう。何でもかんでも頭の中で自由に夢を見ていた頃。世界の海を冒険したり、カープの選手になって大歓声の中でホームランを打ったり、歌手になって何万人の中で歌ったり(笑)自分の中で、何でも夢見て、仮想体験の中で色々な感情を味わったりしていた。どれも現実にはなりはしなかったが、僕はそれでも夢を自由に楽しく描けて本当に良かったと思っている。たぶん、夢を見れるのは人間だけが持ててる能力だから。今の自分は…現実の世界をしっかり生きながらも、しばしば色々な夢を見るようにしている。夢見る頃を過ぎても。でも楽しいから。ワクワクできるから。見る夢は、幼い頃とは違いもう少し現実的に近いものかもしれないけど。それでも夢には制限を設けずに自由に思い描く。そんな夢をちょっとずつ現実化していくことも楽しんでいる。これが幼い頃とは違う。夢を形にする術を考えていけるように少しは大人になったのだろう。
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2017年09月19日

勝負の面白さ

同じ勝利でも、自分の力で打ち勝ったのと、相手が負けてくれて勝ったのとでは大きく違ってくる。相手のミスがたくさん積み重なって勝っても、勝ちは勝ちだが、心の中での真の勝利感は小さくなる。お互いの力を全力で出し切って、素晴らしいプレーの連続での接戦は苦しくもあるが、それで打ち勝った喜びは例えようのないくらい大きなものだろう。自分の中で記録に残る勝負と、記憶に残る勝負とがある。勝敗を越えて両者の好プレーでの接戦、激戦は勝っても負けても強く記憶に刻まれていくことだろう。戦いの過程は厳しく苦しくキリキリ胃が痛むような試合展開かもしれないが、同時にそんな戦いの中に身を置けている楽しさや喜びもある。勝負とはなんとも不可思議な面白さがあるものだ。
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2017年09月18日

一歩先の自分に

負ける悔しさがあるから苦しい辛い練習にも耐えていける。勝つ喜びがあるからどんなに悲しく惨めな思いをしようが前に進んでいける。それを繰り返す中で、負ける、勝つを超越していける瞬間がある。それは自分自身に打ち克てた時。誰に負ける勝つではなく、自分自身との戦いだと気づける瞬間が来た時。そこで自分に勝った瞬間、選手は解放される。それはスポーツに限らず、誰にでもあるはずだ。最初は出てきた結果に一喜一憂する。また結果が次へのモチベーションに繋がっていったりする。しかし、次第に人は誰かに勝つこと以上に他ならぬ自分自身に打ち克つ大切さに気づいていく。負けず嫌いは他人にではなく自分に向けられる。そうなった時に人は初めて自分自身の中での進化を始めていくように感じる。自分自身とのギリギリでの競り合いに打ち克っていけることは最大の喜びであることに気づけた時に人は本当の意味で目先の勝敗を超越していけるように思う。一歩先の自分に出会える喜び。
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2017年09月17日

肯定と否定

多くの人は自由を求めるが、全くの自由を手にすると人はどうしていいのか途方に暮れる。規制があるからこそ自由を自覚できるし自由を求めていける。規制は不便を生むが、全くの自由も何でもあり過ぎて不便を生み、だんだんあれだけ嫌っていた規制を求め始める。人間とは何とも面白い生き物だ。これは比較ではなく対比。人間は対比がなければ実感を持てない生き物なのかもしれない。悪の規定があるからこそ善を自覚できる。全てはこの両極端の中での自分に適したバランスの中で生きていくのかもしれない。そう考えると否定しているものがなければ、何かを肯定していくこともできないということになる。実はその時点で人間は無意識のうちに否定していることを肯定してしまっているのかもしれない。つまり両方があるからこそ片側を初めて実感できる。こう考えること自体が実に不思議な感覚がある。やはり世の中は不思議なものだ。その不思議さに気づくと世の中の全てのことに感謝の気持ちが湧いてきたりする。
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2017年09月16日

リーダーとは

キャプテンシーとは、自分の思い通りに人を動かしたり、気分次第で自分のワガママを貫くことでもない。周りをしっかりと観察して自分は脇役に回ってでも、仲間達の気持ちを汲んであげたり、気持ちを盛り上げていったり。自分を出しているようで、同時に自分を殺していける力がないと務まらない。欲求や感情の強さは大きなエネルギーで馬力になりスピードを生み出したり、周りをどんどん巻き込んで強力なリーダーシップを発揮していける。。だから中心に立ってグイグイ物事を運んでいける。しかし、それは時に暴走を招いてしまう危険も高い。欲求や感情の強さは両刃の剣。欲求や感情を抑制できる強力なブレーキ。上手なメンタルのハンドリング技術がなければ、自分自身をコントロールできなくなってしまう。そうなると単なる自分勝手なワガママな人になってしまう。キャプテンが暴走してしまいがちになるのは、そのような部分が未熟であるからとも言える。この辺りの絶妙なバランス感覚を持てているかどうかで大きく違ってくる。
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2017年09月15日

山登り

競技で高みを目指すのは山登りと同じで苦しさも伴うことだろう。山もそうだが、小さな山、中くらいの山…今の自分のレベルに合った山を段階的に登り切っていく。これは個人スポーツでも集団スポーツでも同じ。個は個。まさに単独登頂。登り切った先に見える景色とさらなる挑戦を求めて。いきなりエベレストには登れない。そこに至るどんな山だって誰かと手に手を取って登れない。それはその人にとっての山だから。競技で頂点に立つというのは真の意味では孤独で苦しみを乗り越えていくということ。誰が助けてくれる訳でもなく、自分が自分自身に鞭打ちながら登り切らなくてはならない山。
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2017年09月14日

喰らいつく

諦めた瞬間から全ては終わる。辛くても苦しくても諦めずに前向きな気持ちを大切にする。どうでもいいって思った瞬間から全ての手抜きが始まる。投げ出しそうになっても踏ん張り何とかしてやるぞ!という気持ちを大切にする。最後の最後の一瞬まで。気持ちで負けてはいけない。どんな結果になろうが自分自身に胸を張れるように。諦めればいっそ楽になるだろう、どうでもいいって思えば楽できるだろう、という時は必ずある。そんな時にその甘い誘惑を断ち切り、敢えて自分に打ち克っていくのはキツいことだろう。でも最後までその姿勢を真っ向から貫いていくことができたなら、それは自分が今までの自分を乗り越えた瞬間でもあるのだ。結果は負けたとしても自分自身には常に勝ち続けていきたいと思う。それを続けていれば、結果として勝つことも多くなっていくはずだ。諦めない投げ出さない、最後まで喰らいつく。簡単にはいかないが、だからこそ人間が磨かれていくと思う。
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2017年09月13日

真っ直ぐな気持ちで

真っ直ぐな想いを持つ選手達と触れると、凄く幸せな気持ちになれる。競技が好きなんだって想い、もっと上達したいんだという情熱が強く伝わってくる。そんな好きな競技に打ち込めている環境に感謝して、一日ちょっとでも上達していける自分に喜びや楽しみを感じながら真っ直ぐに取り組んでもらいたい。人生の中でも本当にかけがえのない時間、自分が自分であれる時間、そんな時間を確実に生きている今この瞬間を大切にしていってもらいたい。誰のためでもない他ならぬ自分自身のために。
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2017年09月12日

仲間を理解する

チームで意見が分かれる、意見がバラバラになる、こんな時は、ついつい何故?自分の主張は理解してもらえないのか?と個々が思いがち。大切なのは個々それぞれの何故?があるということ。誰もがそれぞれの何故?でチームにとって良かれと思っていること。意見は違えど想いは同じということ。相手が理解してくれないではなく、まずは自分から相手を理解してみようとすることが大切になる。誰もがチームがより強くなるための考えなのだから。
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2017年09月11日

数字の解釈

数字では表れないプレーもあるし、数字以上に大きな意味を持つプレーもある。確かに数字は客観的な尺度ではあるが、数字に隠された意味をどこまで理解していけるのか。一つのプレーが試合を決定づけるものもある。数字も大切だが、数字の分析ができなければ、重要な意味が数字の中に埋没してしまう。杓子定規に出てきた数字だけでは本当の意味での貢献度は図り切れない。これはスポーツに限らず何事にも言える。数字に至るまでの過程、数字となって表れた結果がもたらした様々な影響を総合的に判断して数字を解釈していけなければ、数字に大切なたくさんのことを掻き消されていってしまうだろう。数字には表れないし、数字が残らないからこその貢献というものもある。漠然と数字を眺めているだけでは決して見えてこない意味がたくさんある。数字を残すことも大切ではあるが、貢献度はもっと大切。数字ばかりの重視になると、誰もが自分が自分のための数字しか残そうとしなくなってしまう…
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2017年09月10日

決して諦めず

勝利には喰らいついて喰らいついて、必死で掴み取りにいかなければ辿りつけない。それでも辿り着けないこともある。敗北には諦めたら一瞬で手から落ちていく。掴み取るのは死ぬほど苦しく難しい。手放すのはいとも楽で簡単。だからこそ勝利の喜びは大きい。ギリギリの所で絶対手を離さない強さは大切。中途半端に諦めムードで計算して、勝手に自分の中で負けそうかも…と判断して、どんどん試合へのモチベーションが低下していって雑になっていってはそれこそ負けるべくして負けたということになる。結果として敗北を喫したとしても…最後の最後まで諦めることなく喰らいついていく戦い方をできたらいいと思う。そんな気持ちは次なる戦いへと繋がっていくのだから。さらには勝負の舞台に立つ自分自身を自分が裏切らないために。最後の一瞬まで喰らいついていきたいものだ。
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2017年09月09日

人生の意味

人生に意味があるのではなく、限られた人生に意味を持たせていくのは他でもない自分自身だろう。生きるというのは時間の集積だとすれば、自分が何を求めていくかによって人生の意味は変わっていくだろう。意味を誰かが教えてくれるものではないし、待っていれば意味づけられていくものでもないように感じる。それでは人生の貴重な限られた時間が流れ去っただけになるだろう。時間を自分自身の求めることのために有効に使い切れてこそ、そこに意味が見出だせていくのではないだろうか。個々で求めるものは違えども、求めることがあるからこそ真剣に時間を生きていけるはずだ。
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2017年09月08日

理想と現実

人間は理想を描く。現実を生きる。そして理想と現実の間で苦しむ。ここで、なお理想を追いかけられるか、現実に打ちのめされてしまうのか…ここが大きな分岐点。確かに現実に対して自分の目線を合わせた方が生きやすいかもしれない。それが生きるということだよ、と言われるかもしれない。でも、どんな時でも、どんな現実に直面しても、苦しくても辛くても理想に目線を合わせて一歩ずつでも一センチでも近づこうと進んでいく人が結果として理想にグッと近づいていけるのだと思う。喰らいついて喰らいついて喰らいつく。意地でも理想に辿り着いてやると絶対に理想から目を逸らせずに、迷わずにそこに歩を進めていくことを覚悟というのかもしれない。
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2017年09月07日

真っ直ぐに

人生は時には、戦わなければならない時もあるだろう。それは時にひどく大きなものかもしれない。つかみどころのない社会というものかもしれない。何のために戦うのか…それは自分が自分自身であるためかもしれない。社会に上手に呑み込まれた方が楽に生きられることもあるだろう。適当に自分を誤魔化しながら生きた方が生きやすいこともあるだろう。社会や時代に逆流して進んでいくことは苦しくて辛くて孤独を感じることもあるだろう。でも自分が自分自身であるために敢えてその逆流に突っ込んでいかなくてはならない時もあるかもしれない。自分の生きる道を真っ直ぐに真っ直ぐに突き進んでいく。周りからは無器用と笑われるかもしれない。周りから批判や非難を受けるかもしれない。それでも自分自身を貫いていく生き方。自分が自分自身を裏切らない生き方。そんな生き方もあるように感じる。
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