2020年07月15日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
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2020年07月14日

ストーリー

人生というのはそれぞれの人にそれぞれのストーリーがある。どのストーリーが正解かではなく、自分が自分自身に対して納得できたらそれこそが正解なのだろうと思う。その自分の人生のストーリーの中では誰もが自分が主役であり、そのストーリーの脚本を書き上げていくのも自分。長いようできっと校了する時には短かかったような気もするのだろうと想像する。この世の中には価値観も違えば、目指すものも違う様々なストーリーが交錯している。そんな中で人は、そしてその人が書いていくストーリーは、誰かとその誰かが書くストーリーと接したり離れていったりを繰り返していく。誰もが自分の正解を求めて。ストーリーって素晴らしいと思う。受け身ではなく、自らが能動的に書き上げていくものなのだから。そんな風に考えたら人生がより心豊かなものに思えてくる。
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2020年07月13日

絶対性の崩壊

絶対なんてどこにもない。何が起こるか分からない。大切なのは絶対性が崩れる何かが起こった時にいかに素早く対処していけるかだ。絶対を信じ過ぎてしまうと崩れ始めても気づけなかったり対処が遅れたりする。今までは絶対的であったから、今も未来も絶対なんか有り得ない。絶対と油断は背中合わせ。あるいは絶対と怖さは隣り合わせ。絶対性を作り上げたのが人間ならば、その絶対性を崩し去るのもまた人間。いつの日にはその日が来ることは頭の中では理解できていても、人はついついその絶対性に無意識のうちに依存してしまう。ついつい大丈夫だろう…と考えてしまうもの。絶対を崩された方のショックは想像以上に大きい。反対に絶対を崩した方の勢いは高まる。しかし、崩された方は上手くすれば開き直り攻めの姿勢に転じることができる。崩した方には逆に失う恐さが生まれ守りの心理に陥りやすい。どちらに転ぶかで勝負の流れは一転する。それもまた勝負の楽しみ方の一つと言えるだろう。
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2020年07月12日

正しい過程を

例え自分が失敗したボールを投げても、対戦相手が失敗したら、それは結果としての成功になる。でも、そんなのは一時的な成功だろう。結果オーライの成功。自力ではない他力によってもたらされた成功。根拠のない偶発的な成功。どんなに過程が正しくても結果は失敗に終わることもある。上記のように過程は間違っていても結果は成功することもある。しかし、結果というのは実に様々な要因の影響を受けるため目先では成功したり失敗したりしたとしても、やはり正しい過程をしっかりと踏んでいけば成功する確率は確実に上がるはずだ。目先の結果に振り回されずに、とにかく正しい過程を毎回しっかりと踏んでいく。成功の確率を上げるのはそれしかないように思う。
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2020年07月11日

満足と足る

腹八分の満足。これも時には大切なのではないかと感じる。人間は欲深い生き物でもあり、ついついもっと、もっとと求めてしまう。果てしない理想を追い求めていくことは決して悪いことではなく、むしろ大切なことなのだと思う。しかし、もっと!もっと!九分!十分!と求める中で欲をかきすぎて失敗したという人をたくさん見てきた。足るを知ることができる人と、欲の塊のようになりどこまでいっても足るを知ることができない人と。中には、腹十分を超えてもまだ十二分、十五分と…そのような方の反省の弁として「あそこまでは上手くいってたのに…」「欲を出しすぎて無理しすぎた」「終わってみれば、あそこで満足だったのに…」みたいな感じだ。理想を探求するのと、何かの欲を追いかけるのとではきっと違うのだろうと思う。
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2020年07月10日

心のフィルター

意志(いし)も濁れば意地(いじ)になる。口(くち)も濁れば愚痴(ぐち)になる。徳(とく)も濁れば毒(どく)になる。という言葉がある。なかなか言い得ているように感じる。自分自身の心の奥底にあるものが例え清廉潔白な美しいものであったとしても、それがアウトプットされる途中経過のどこかで、自分自身の心が濁ってしまえば、もともとの想いが違う形になって表れてしまうということになるのだろう。確かに意志と意地は紙一重だし、親切とお節介も紙一重だなと感じる。優しさと馴れ合いだってそうだろう。本当にほんの些細な濁点があるかないかの差なのかもしれない。清濁あわせ持つという言葉もあるが、人間なんていうのは清だけの人もいないし、濁だけの人もいない。どちらも持ちながらも、どちらの色が色濃く出ているかということなのかもしれないなと思う。自分中心になれば濁が混ざり始めていくものなのかもしれない。
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2020年07月09日

ささやかな時間

コロナの影響で、本当にリアルで会って話したりということは自分の中ではかなり減少したように感じる。僕のような人好きでアナログ人間にはこれはなかなか辛いことでもある。そんな中で、今日は地元のラーメン屋さんにお邪魔した。初めて伺ったお店だが、大将がここにお店を開いて40年ということだった。とにかく話好きの大将で、水槽に飼っている淡水海老の話から、中学卒業してからすぐに働き始めてこの道一筋でやってきたことなどなどラーメンを食べ終わってからもしばらくの時間話をした。ささやかな笑い話だったり、一つの道を歩んできた大将の想いだったり。そんな今までなら当たり前だった時間がとても楽しく幸せに感じる時間だった。仕事なんかとは違う、取り立てて重要な話でもなければ、今すぐにしなければならないというものでもないが、そんな当たり前の雑談がとても楽しく心踊る時間だった。人と人はこうして自然に会話をして、人は人に包まれて生きていくのがいいなと感じる。そんな中で感じる人の温かさや優しさに自然に幸せな時間だったと感じられる。それこそが自然なことなんだなぁと改めて実感させられた。
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2020年07月08日

事実

事実は事実として結果だけを見れば、それが事実になる。しかし、その事実が生じるに至るまでの背景にある経緯によって、事実の見え方は変わってくる。表面的に見ると、見えなかった世界が、裏面的に見ると違って見えてきたりする。どちらが事実なのか?と問われれば、ある側面ではどちらも事実と言えるだろう。本当の事実というのは、そのように多面的に肉づけされたものなのではないだろうか。だからこそ、事実はあらゆるものが絡み合ってできているとも言える。時に絡まりすぎて分かりづらくなるからこそ、肉を削ぎ落としていくことも必要なのだろうが…事実の捉え方を自分自身ももっとより深めていきたいなと感じる。
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2020年07月07日

人の温かさ

今日、地元で財布を落としてしまいました。現金以上に運転免許や健康保険、クレジットカード、銀行のキャッシュカードなどなど。。。もう見つからないだろうと諦めて交番に行くと、届けられていました。拾っていただいた方はお礼もいらないし、名前も伏せておいてくださいとのこと。お礼をしたくてもどうしてもできませんでした。派出所勤務の警察官の方もとても素晴らしい方でした。「日頃の行いがいいから、それがこうして返ってくるんですよ」と笑顔で仰ってくださいました。拾っていただいた方、この警察官の方、とても温かい人と人との繋がりを感じられました。コロナで人と人との関係が希薄になりつつある側面もあるでしょう。でも、そんな最中に人の心の優しさ、思いやり、温かさにふれ、自分自身の中にもそんな想いが膨れ上がりました。人の幸せなんて、本当にこんな人と人との心のふれあいから生まれるものだと思います。人は人に傷つけられたり、裏切られたりすることもあります。人から辛い思いや悲しい思いになることもあります。でも、人からたくさんの温かさや優しさや思いやりももらえます。こんな時に人間に生まれて本当に良かったと感じます。名前も知らない誰か、そしてこの警察官の方のこれから先の幸せを心からお祈りします。お財布に入っていたお金より遥か以上のものを届けていただき、受け渡していただけたと深く感謝しています。この想いが届くといいな。
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2020年07月06日

三位一体

一本足で立つよりは、二本足で立つ方が当然安定する。しかし、二本足よりは三本足の方が絶対的な安定感が生まれる。よく自立という言葉が使われるが、自立するためには何が必要なのか。まさにこの三本の足。心技体なのではないかと改めて思う。スポーツに限らず、人間が何をするにも、この三つは欠くことのできない要素になる。そのうちのいくつを自分が持てているかによって、自分が自立する上での安定感が違ってくるのだろうと思う。それが足りない時には、その部分を親や大人の誰かが担ってくれたり助けてくれたりする。しかし、本当の意味で自立していくためには、この三つを自分がしっかりと育てていかなくてはならない。何事をするにしろ、何事を成し遂げていくにしろ、この三つが三位一体となった時にこそ自分自身を最大限に発揮していけるのだから。
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2020年07月05日

組織のベクトル

人が組織に集まると、組織には様々な問題が生じてくる。その問題の多くは各々が描いている未来予想図のズレ、目指している目標のズレ、そこに所属する目的のズレ、などなど。もちろん、細かく見ていけば各々の性格や個性の違いみたいなものもあるのだろう。でも、個性や性格は違って当然だし、そこが大きなポイントにはならないのではないかと思う。やはり、冒頭に書いた通り、組織として向かうべきベクトルが不明確だと、各々がそれぞれの自分勝手に自分のベクトルを歩み始める。そうすると同じ組織にいても、向いている方向やベクトルがバラバラになっていってしまう。やはり、組織というのは集合体としてのベクトルを明確化して、そのベクトルには全員合わせて進んでいくようにしなくてはならない。そのベクトルと向かうべき未来予想図を共有さえできれば、そこからは各々がそれぞれの個性を発揮していけばいいのかなと思ったりする。
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2020年07月04日

広く大きく

小さなカップの中の水に絵の具をたらしたら、あっ!という間に絵の具の色に染まってしまう。しかし海に絵の具をたらしても、海の色は染まらない。絵の具の色が悩みや苦しみなどだとして、心がカップや海だとする。心の広さや大きさがあれば、悩みや苦しみなども自然に心の中に呑み込まれていく。反対に心が狭く小さければ、悩みや苦しみに心全体が支配されてしまう。狭く小さな中で考え事をしていても、悩みや苦しみに支配されてしまうと、透明なシンプルな状態で考えることができなくなる。そうすると悩みの課題に対して客観視して考えられない。心は広く大きなものに育てていきたいものだ。
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2020年07月03日

こだわらない勇気

どれだけ猛勉強しても、東京大学の入試で100点を取るのは無理だろう。一般的に入試の合格ラインは六割と言われている。でも小学校の足し算、引き算くらいならその時にしっかり勉強していれば100点は取れるはずだ。勉強はレベルが上がれば上がるだけ、どれだけ勉強しようが、合格ラインは下がる。これはスポーツでも同じだろう。小さな頃は試合の時にしっかり練習していればそれなりに満点近くできたプレーも、競技レベルが上がれば上がるだけ試合で満点は取りづらくなる。もちろん、目指すは満点で練習に取り組むが、高いレベルの試合では六割くらいできたら合格点なのかもしれない。完璧を目指しながらも、いざという時には完璧にこだわらない勇気。テストと同様にとれる問題は極力ミスをしないで確実に取りにいけるような確実性。できない問題は飛ばしたり後回しにしていける適切な判断。
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2020年07月02日

やってみよう!精神

自分の今までの生活の中に新たなハードルを取り入れるのに多くの人は抵抗を示す。たいしたハードルではなくても、今まではそれで良かったから、今までそんなことはしたことがないから、など理由をつけて飛び越えようとさえしなかったりする。面倒くさい、何か問題が起こると嫌だ、自分のリズムを崩したくない、など様々な感情や思考もまとわりつき、いよいよ人はハードルを回避しようとしがちだ。最初のハードルを思い切って飛び越えれば、後は普通に次々と難なく飛び続けていくのに。その最初の一飛びができるかどうかで、見える世界も、到達できる世界も変わっていくのに。まずは!一回やってみよう!精神は大切だと改めて感じる。
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2020年07月01日

思いやりのプレー

思いやりのあるプレーをできるか、どうか。どれだけ個人技に優れた選手でも、チームスポーツの場合、自分のワンプレーでは終わらない。野球であれば、送球したボールは相手が捕球しなくてはいけないし、サッカーであればパスしたボールを受ける相手がいる。自分が送球して自分の手からボールが離れたら終わりではない。自分がどんなに苦しい状況になろうが、受け取り手が受けやすいような送球やパスができるかどうか。常に自分がどうかではなく、相手はどうかに思いを寄せられる選手。自分がどれだけ巧みな送球をしたと思っても、相手がそれを捕りづらかったり、難しいと感じれば、それは単なるひとりよがりのプレー。常に相手が何を望んでいるのかを感じ取れる選手でありたいものだ。
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2020年06月30日

自分自身の戦い

運命…そんな言葉があるなら、それを呪いたくなるような時もあるだろう。でも、そんな状況下にあっても投げやりになる者もあれば、それを受け止めながらも前向きに今目の前にあることに全力を注いでいける者もある。前向きに!なんて言葉にすれば簡単な言葉。でも、そこに行動を伴わせていくとなると決して簡単なことではないはずだ。人間なんて強いようで弱いもの。心は常に揺れ動く。そこからは自分自身との戦いになる。弱い自分自身との戦い。それは他の誰にも見えない自分の心の中での戦い。勝ったのか、負けたのかは、スポーツの試合のようには誰にも分からない。分かるのは自分だけ。そんな戦いに一つ一つ勝って積み重ねていくことでしか得ることができないものもあるだろう。
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2020年06月29日

石段

よく目にする山寺などにある何百段もある石段。下から見上げると登り切る気持ちが萎えたりする。しかし、上は見ずに目の前の一段一段を見て一歩一歩登っていけば、ふと気づくと中腹くらいにはなっている。そこで頂上ではなく周りの景色を眺めてみる。すると見える世界が違っていることに気づく。そこから、また一歩一歩…何かを目指すとはそういうことなのではないかとも思う。余りにも遥か先ばかり見てばかりいると果てしない気持ちになる。石段のように、自分の目指すゴールへの道筋さえしっかりと定めれば、あとは目の前のことに一歩一歩全力で打ち込めばいいのではないかと思う。そうすれば、萎えることなく、ふと気づけば目指すべき地点に辿り着けていたりするものだ。
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2020年06月28日

白紙の先に

出来上がった物を見たり、読んだりして、あれこれ言う人はたくさんいるものだ。では、そう口にする人に白紙を渡してみたらどうなるのだろうか…果たしてそのうちの何人が白紙をしっかりと埋めていけるものなのだろうか…その白紙を埋めるための空想力、発想力、創造力、企画力。白紙を持て余してしまうのに、誰かが白紙から完成させた物にあれこれ口にするのはどうなんだろうか?と思う。何事においてもそうなのだろうが、批判ばかりを口にする人間ではいたくないと思っている。自分はやりもしないで、やった人や結果を云々したくはない。今までの自分自身の人生は白紙に懸命に絵を描いてきた人生だったなと感じる。白紙は苦しくもあるが、そこには何物にも変えがたい楽しみもあったような気がする。
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2020年06月27日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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2020年06月26日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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