2019年12月09日

苦しみの先に

苦しい練習が好きだ!という選手はあまりいないだろう…苦しいだけなら逃げたいだろう。しかし、苦しくてもその練習の内容の意味を正確に理解できていれば。苦しくてもその先に上達して活躍できている自分の姿がしっかり見えれば。苦しさの感じ方は変わってくる。意義や未来のない苦しみは苦しみでしかない。要は見返りのない苦しみは苦しい損をしているような錯覚を覚えてしまうのだろう。昔は苦しさの先に何かがある!という抽象的なものでも良かったのかもしれないが…今は時代も変わり、苦しみを超えるには明確なビジョンが必要なのかもしれない。
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2019年12月08日

解決と解答

解決と解答。同じ問題という言葉でもでも、人生の問題は解決するといい、勉強の問題は解答するという。勉強の解答で答と使うのは、勉強には絶対に唯一の答えがあるからなのだろう。それに対して人生の問題には唯一の答えは存在しない。言ってみれば答えは個々によって違ってくる。だから、人生の問題に対して、例えば人それぞれどんな答えであっても、その人にとって正解と思えるなら、それが本人の正解となる。人生の問題は決めることに意味があるのだろう。問題に直面して懸命に解いて、自分なりの正解の答えを決めていく。正解などない問題には、自分が自分の正解を決めていくしかない。勉強の問題は答えを導きだし、人生の問題は決断を導きだす。
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2019年12月07日

戦いに向けて

どんな戦い方をするかは、とことん考えて悩んだらいい。しかし、こうと決めたら迷わずに戦っていく。ろくに考えもせず、悩みもせず簡単に出したことを土壇場であれこれと迷いながらするのは良くない。迷いが中途半端なプレーに繋がってしまう。自分がしっかり悩んで出した答えを信じ抜いてみることも大切。戦いの前にはとことん考えて悩み抜く。戦いが始まったら迷わずに自分の出した答えをとことん信じ抜く。戦いの中での中途半端な迷いほど質の悪いものはない。最後は自分さえも信じられなくさせてしまう。いかなる結果になろうが、そんな戦い方ほど残念なことはない。戦うのは自分自身なのだから。
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2019年12月06日

上手くいった時こそ

上手くいった時ほど、自分はさらなる高みを目指して変わらなければ!と感じる。上手くいった時ほどホッとしやすく、そこで安心してしまいがちになる。そこで満足してしまうと、そこで止まってしまう。そしてそれはいつしかルーティーンになっていってしまう。一歩でも自分自身を高みに運んでみたい。誰かの評価を得るためではなく、自分が自分自身を評価して進化できていると実感するために。自分が自分自身に対して認識している期待値をさらに超えていける自分自身でありたいと思う。そうすれば、結果として自然に誰か他の人達の期待値にも応えていけているだろうから。常に自分は自分自身との競争であり戦いだと感じて日々を生きている。だからこそ、上手くいった時こそまだまだ自分を変えて進化させていきたいと強く思っている。
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2019年12月05日

人生の長距離走を

人生という長距離走をどのように走り切るかを考えることがある。ひたむきに前だけを見て懸命に走るのか、ゆっくりと周りの景色を眺めながら走るのか、はたまた疲れてもなお自分自身に鞭を打って走り続けるのか、疲れたら休息を取りながらマイペースを崩さず走るのか。最初からゴールを意識してペース配分を考えて走るのか、全速力で走り続けられるところまで走るのか。人生の長距離走はその走る距離は人によってそれぞれ。走り方も人それぞれ。どれが正しいとかはないのだろう……それぞれが自分の考えを持って自分の走りをしていくしかない。人生のゴールは恐らく突然に訪れるのだろう。その時に後悔するような生き方だけはしたくないなと強く思う。だからこそ考える。自分の走りはどうなのか?と。ここまでは、前だけを見据えて全速力で休むこともせず、走り続けてきたような気がする。ここまでの走りに後悔はない。でも、ここから先は?このまま今までと変わらず走るのがいいのか?を考える。考えの答えは出ていないが(笑)少し位は自分に優しい走り、周りの景色を楽しむような走りをしてもいいのかもしれないな……とも感じる自分もいたりする。
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2019年12月04日

道を外れて

僕は大学卒業の時に企業に就職を内定させていた。就職をするという世間の常識とか世間の考える当たり前の流れのようなものに自然に従おうとしていた。でも、自分には好きなことがあった。それが今の道なのだが……この道を進むことを決断した当時は誰一人、この道に進むことに賛同してくれる人も応援してくれる人もいなかった。世間から外れてしまった孤独感や、これからどうなるんだろう?という不安感で一杯だった。普通に就職していれば、こんなに世間から疑問視されることもなく普通でいれたのに……と思ったこともあった。人生にもし?なんてないが、もし就職していたら?そこそこ頑張って出世もしたかもしれない。でも、そんなことよりも自分の好きな道を一人孤独に歩む道を選んだ。人生の成功って何だろう?と考えた当時に僕の出した結論は常識や世間の皆さんが考える一般的な成功というものではない、自分が一度きりの人生を自分らしく好きなことを徹底的に極めていける時間にしたいという自分の求める成功だった。成功か失敗かなんて他人が決めるものではなく、自分が自分自身に対して人生の時間を自分が納得のいく素晴らしい時間を過ごせたなと感じられて生きることこそが、あくまでも自分にとっての成功かもな……と。それでここまで地道に人生の時間を積み重ねてきた。世間に認められようが認められなかろうが、僕はそんなに価値は感じない。ただ、人生の時間を好きなことに打ち込んでこられたのは自分にとってはとても幸せな価値あるものだったと今は感じられている。
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2019年12月03日

人の心って

人の心って、面倒な面もあるけど、幸せな面もたくさんある。人と人とが心が通い合えば喜びが大きくなる。人と人とが心がふれ合えば温かい気持ちになる。人と人とが思いやりを持てれば、そこに優しさが広がる。人と人とが愛情を持てれば、そこに愛しさが深まっていく。人と人とが大切に思えれば、そこに勇気が強くなっていく。心の思いのキャッチボール。人は突き詰めれば一人孤独な存在なのだろう。でも、一人でどんな心を持とうとも、そこで完結してしまえば寂しいものなのだろうと思う。人と一緒に心のキャッチボールができてこそ、心の繋がりや絆が強くなっていくものなのかもしれない。思いを伝えて、思いを受け取る。それを繰り返していく。これからも、人を大切にしていける自分でいたいなと感じる。
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2019年12月02日

負けに打ち克て

誰も全力でプレーしている。誰も負けたいなんて思っていない。それでも負けが続くことはある。負けても戦い続けていかなくてはいけない。負けに慣れるのではなく、負けに強くなりたい。負けを恐れるのではなく、逃げずに立ち向かっていきたい。結果は負けでも全力を尽くしているなら胸を張っていたい。手抜きをして、惰性でやっているなら結果はどうあれ恥ずべきこと。それは他人がどうこうではなく、自分が自分自身を裏切っていること。そうでないなら小さくビクビクしている必要なんてない。確かに負けが続けば辛い。心身が余計に疲労していく。それに打ち克つ強さを持ててこそ、負けない強さを身につけていける。負けるから弱いのではない。負けることに怯える自分自身が弱いのだ。自分が自分自身に問うて、恥ずべき姿勢でやっていない限りは、また勝利を喜べる日は必ず来る。それを信じて今日も全力で挑んでいけばそれでいいではないか。絶対に自分自身に負けるな。負けることを恐れるな。
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2019年12月01日

心の故郷

昔、実家の広島にいた頃、悩みがあると近所の宇品港に海を眺めに行っていたのを思い出す。夕日に赤く色づく海や海に浮かぶ瀬戸の島々を見つめていると自分の悩みなんて凄く小さなもののような気がしたものだ。大学受験に失敗し浪人が決まった後に、静かに海を見ながら自問自答した時の情景は今でもはっきり覚えている。港を出発するフェリーがどんどん小さくなっていくのを見ながら、何か自分も誰も自分のことを知らない、知らない土地にフェリーで運んでいってもらいたい…と思う反面、自分はこの場所で現実に向き合いながら現実に立ち向かっていかなくてはならないんだ、と強い決意を固めたのを覚えている。海はいつもと変わらない。海を見つめる自分や自分の心は変わる。久々に広島の海に立った時に、この場所は小さな頃から僕を見守ってくれた心の故郷だなと感じた。誰にもこんな故郷はあるのだろう…
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2019年11月30日

アナログ

今の若い子達はレコードとかを知らない。ないのだから知らないのは当然だが。好きなレコードを買ってきて、心踊らせてレコードプレイヤーに置いて針を置く瞬間の心のときめき。デジタルではないアナログ。ラジオのチューナーを手で微妙に調整して合わせながら、そこから雑音混じりに声や音楽が流れてきた時のワクワク感。アナログにはデジタルにはない、何というか心の温かみや豊かさがあったような気がする。何かをするにも簡単にはいかない。そのためにあれこれと手間ひまかけて準備して走り回り。そしてやっと手にできる喜び。準備も含めてのワクワク感。スマホひとつあれば今は全ての手間暇は省ける。レコードに比べたら音声もいいのかもしれない。それでも何故かデジタルではないアナログに心惹かれてしまう。
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2019年11月29日

命の

新芽から若葉、新緑の季節を経て紅葉を終え落葉する。一葉の一生。新芽に夢を膨らませ、若葉に希望を、新緑に命の逞しさを、紅葉に枯れゆく美しさを、落葉に命のせつなさを。懸命に大地からの栄養を受け止め、時に太陽の光に温かな気持ちになり、時に雨に打たれ悲しい気持ちになり、時に嵐に晒され辛い気持ちになり、時に鳥のさえずりを幸せに聞き、時に虫に食べられ傷つきながら……それでも懸命に一葉として存在する。それぞれの季節に共に生きる様々な他の一葉との別れを経験して、なお一葉の命を全うしていく。枝とのほんの僅かな接点でその命を保つ。実は命とはそれくらいギリギリのあやふやなものなのかもしれない。でも、その奇跡的な命の繋がりがある限りは一葉はその命を懸命に保つ。一葉の一生。そこに命の儚さと同時に命の力強さも感じる。
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2019年11月28日

楽しむ心

何故?子どもの頃はお金はなくても誰もが楽しく遊んでいたのに、大人になるとお金がなければ遊べなくなる人が多くなるのだろう。子どもの頃は楽しいと感じることは全て遊びだった。大人になると遊びはある程度定義されていき、その定義された遊びが楽しかろうが楽しくなかろうが、それをしたことで満足しようとする。子どもの頃は目の前の時間を楽しむことが目的だった。しかし大人になると遊ぶという行為そのものが目的になっていくのだろうか。楽しいことは子どもであれ大人であれ、実は身近なところにいくらでもあるのに、、、子どもはそれを楽しみ、大人はそれを楽しいと感じられなくなる。いくつになっても、楽しむ心や楽しみを作り出していく創造性を大切に忘れずに持てていると幸せなことなのだろうと感じる。
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2019年11月27日

プレッシャーを越えて

時に絶対に期待に応えて結果を出さなければならないという大きなプレッシャーがかかるような場面がある。まあ、合格点かな、ではなく絶対的に合格点を出さなくてはならないような。それは絶対的な責任感のようなものかもしれない。それに対して逃げたり、妥協したり、押し潰されたりしない、逆にしっかりと受け止めて立ち向かっていける自分自身はこれまでの人生の中で育て上げてこられているとは思っている。自分の中では、最大限に気持ちを高め、集中力を高め、神経を繊細に研ぎ澄まし、空気を読み、空気を壊し、空気を作り上げて、頭の中をフル回転させて臨機応変に対応していく。無事に終わると本当にホッとする。それは自分に与えられた責任感を遂行できた安心感かもしれない。これからも多くのより大きなプレッシャーを乗り越えていかなくてはならないのだろう。乗り越えて乗り越えて、その先にいる自分自身に出会うために。
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2019年11月26日

見えないものを

電気というのは配線を通っている間は目では見えないし、存在も実感できない。しかし電球に灯りが灯れば電気の存在は目に見えて実感していける。電気というのは下手な扱いをしてしまうと感電や火災という危険に繋がる。しかし上手に扱えば明るさや暖かさを与えてくれる。目では見えないものをいかにして実感して、それをいかに正しく扱っていくのか。見えないから分からない、分からないから扱い方も分からないでは、せっかくのモノも十二分に活かしきれないだろう。メンタルという世界もそれに相当するのではないかと思う。メンタルという目では見えないものをいかに見える化して、いかに正しく扱っていけるかで、大きく違ってくるように思う。
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2019年11月25日

役割

たぶん、トイレットペーパーと聞くと世の中にある紙の中で一番汚ない紙と答える人は多いのではないだろうか。でも、日常生活の中で一番なくてはならない紙でもあるだろう。昔、親から教えられた言葉を思い出した。親は役割と感謝を教えたかったのだろう。人には高級和紙のような役割からトイレットペーパーのような役割まで幅広くある。誰もが高級和紙に憧れたりしがちだが…でも、嫌われ役だったり、地味で汚れ役という役割にも深い意味があり、それは実はとても欠かせない役割だったりすることも多い。逆にそんな当たり前になりつつある役割、あるいは役割を果たしてくださっている人に対して深く感謝していくことも大切なことだと思う。どんな役割にもそれぞれに深いものであり、実は役割に優劣なんてない。その役割に誇りをもって全力で全うすれば必要としている人の役に立っていける。そんなことを教えてくれた親に感謝したい。
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2019年11月24日

大切な何か…

例え、思い描いた結果に至らなかったとしても、本気で思い描いた情熱、本気で流した汗、地道に積み重ねてきた年月は誰よりも自分自身がこれから先を生きていく力になるはず。苦しみもあったろう…流した涙もあるだろう…それらを乗り越えて自分を信じて舞台に立った力は図り知れない。もちろん、結果は大切だし、誰もが結果を残していきたいと考えていることだろう。しかし、結果では見えない数多くのことが本人の中に深く刻まれているはずだ。数字では表せない本人にしか分からない大切なことが。それは挑み続けた者にしか分からない大切な生きる力というかけがえのない財産だと思う。敢えて言おう。繰り返すが結果は大切、でもそれ以上に大切なものが絶対にある。人が人生を生きていく上で絶対に大切なものが。
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2019年11月23日

持ち味を生かす

自分の持ち味は何か?持ち味を生かすのはどんなプレーなのか?その持ち味を最大限に生かせる状況はどうか?周りの観察を詳細にして、自らがそのような状況をどう作り上げていけるか?その持ち味を恐れずに発揮していくか?勇気と覚悟を自信をもって定められるか?その時に持ち味は最大の武器になる。持ち味は持っているだけでは単なる宝の持ち腐れ。生かし使ってこそその持ち味は輝きを増していく。持ち味は個性であり、自分を最大限に生かす武器だろう。どれだけそれをしっかりと理解できているのかによってそれは全然変わってくる。せっかくの持ち味があるのにそれを発揮しないことほど勿体ないことはないだろう。それは持ち味を錆びさせていってしまう。磨いて磨いて磨き上げて完璧な武器にまで仕上げていきたいものだ。光輝く自分だけの武器に。
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2019年11月22日

素直に

白紙には何でも書ける。過去も書けるし、未来も書ける。文字も書けるし、絵も描ける。写真だってプリントできる。好きな色だってつけていける。白紙は無ではなく実は無限の可能性を秘めているものなんだろう。しかも規定されずに自由自在に自分を表現していくための。恐らく心が素直な時は自分に対しても人に対しても白紙の状態で接することができるのだろう。何にも妨げられることなく、心のノートにありのままを刻み込んでいけるのだから。そのためには常に心の中をクリアーにしておかなくてはいけないだろう。
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2019年11月21日

選ぶということ

選ぶという字は、己と己という二人の己が共に道を進むと書く。一人の人間の中には相反する二人の己がいる。やる、やらない。進む、下がる。などなど極論すれば二つの選択肢に葛藤する。選ぶというのは簡単なことではない。それは人間が正確に未来を予測することができないから。未来という未知なことに対する不安のようなものが己の中で生まれ、どちらを選択しようがそこに不安が付きまとうから。人間である以上は、二人の己の間を心は揺れ動く。二人の己は切っても切り離せない。人生の中で絶対的な正解なんてないのかもしれない。二人の己の中で覚悟を決めて選択したのであれば、時に心は二つの己を行き来こそすれ、その選択を己の正解にしていくために全力を尽くすしかないのだろう。
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2019年11月20日

大切な思いを

チームの中で、誰かが代表して見本を見せるような場面で、その選手が巧くできなかったり、ミスしたりした時にみんなで茶化して笑ったり、口々に否定的な言葉を口にしたりするような場面に出くわすと、とても厳しく注意をする。自分の中でそれが一番許せないことだから。その選手だってみんなの前に出たい訳ではないだろう。それでも勇気を振り絞ってそこに立っている。本人だって巧くやりたいはずだし、ミスして恥ずかしく悔しい思いを誰よりもしているだろう。そんなチームの仲間に対して、そんな言動をすることに対しては一人の大人として教えなければならないと感じる。その選手の気持ちを思いやり、励まして応援してやるのが仲間だろう。もし、自分がその選手と同じ立場ならどう思うのか?自分が同じ立場なら仲間からどうされたいのか?想像してほしい。自分じゃなきゃいいのか?と。仲間の心が傷ついてもいいのか?と。茶化すことと盛り上げることとは違うし、意識して傷つけるつもりがなかったとしても人の心を傷つけて許される言葉なんてないのだから。言葉は仲間を助けたり元気や勇気を持てるように使いたいね、とこれから先も教えていきたいと思っている。
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