2024年04月27日

楽に?

みんな簡単に早く巧くなりたいと思ったりする。逆にそんなに楽に手っ取り早く巧くなれたとしたら、あっ!こんなものね!とつまらなく飽きてしまうだろう。やればやるだけ難しく、どこまで巧くなってもさらに奧深いからこそ、今までもこれからも続けていけるんじゃないかな。それが苦しさであり楽しさ。これは、スポーツに限らず何事にも言える。イージーに何でもできるようになりたい。簡単な答えを教わりたい。小手先のテクニックやスキルでできたようなつもりになっている。そんな上っ面なことで何事も本当の意味で極めていけるのだろうか。それで巧くなったつもりで、その先を進んでいけるのだろうか。そんなことでは人間的にも技術的にも浅いままで終わってしまう。苦しむのが嫌だから楽に何かを習得したい。そんな過程の中に本当の楽しさなんか存在し得ないと思う。楽と楽しさは字は同じだが意味はまるで違うものだと思う。
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2024年04月26日

準備の質

『長袖善舞』前もってしっかりと準備してことに臨めば成功しやすいということ。または、元手や資質があれば成功しやすいということ。袖が長い服のほうが、袖の短い服よりも舞う時に美しく見えるということから。準備の大切さはよく言われることだが、この準備は人によって度合いも、精度も、期間もまるで違う。誰もが、準備をしてきたか?と問われれば、はい!と答えるだろう。しかし、準備の質によって結果は違ってくるだろうと思う。付け焼き刃的な準備ではすぐにボロが出てしまうだろう。長袖というところに本来の意味とは違うが、自分なりの意味を見出だしてみた。半袖の準備では暑ければいいが……仮に寒かった時には大変な思いをすることになる。しかし、長袖であれば暑ければ袖を捲ればいいし、寒ければそのまま長袖でいい。長袖ならいかなる状況にも対応可能な準備と言える。本来の準備というのは、あることだけにしか対応できないというものではなく、どんなことにも応用して対応できる準備なのだろうと考えさせられた。
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2024年04月25日

リーダー論

キャプテンシーとは、自分の思い通りに人を動かしたり、気分次第で自分のワガママを貫くことでもない。周りをしっかりと観察して自分は脇役に回ってでも、仲間達の気持ちを汲んであげたり、気持ちを盛り上げていったり。自分を出しているようで、同時に自分を殺していける力がないと務まらない。欲求や感情の強さは大きなエネルギーで馬力になりスピードを生み出したり、周りをどんどん巻き込んで強力なリーダーシップを発揮していける。。だから中心に立ってグイグイ物事を運んでいける。しかし、それは時に暴走を招いてしまう危険も高い。欲求や感情の強さは両刃の剣。欲求や感情を抑制できる強力なブレーキ。上手なメンタルのハンドリング技術がなければ、自分自身をコントロールできなくなってしまう。そうなると単なる自分勝手なワガママな人になってしまう。キャプテンが暴走してしまいがちになるのは、そのような部分が未熟であるからとも言える。この辺りの絶妙なバランス感覚を持てているかどうかで大きく違ってくる。
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2024年04月24日

太陽と月のような

太陽のような温かさと月のような温かさがあるように感じる。太陽はその明るさと熱感によって人を温かくしていく。月はその穏やかな静けさで人を包み込むように温かくしていける。太陽が動的なら月は静的とも言えるのかもしれない。心が冷たい時には人は太陽のような温かさで心を温めたくなるかもしれない…心が悲しい時には月のような温かさで。自分もそんな二つの温かさで人とふれ合える人間でいられたらいいなぁ、と思う。いついかなる時も変わらず永久に上空で温かく見守り続けていく。人と人との関係においても、自分はそんな人間でいられたらいいなぁ、と思う。心の空模様が雲りや嵐のような時には、人は太陽も月も感じられなかったとしても、その上空には変わらずに存在して温かく見守っていけるような人間でいられたらいいなぁ、と思う。まだまだ自分は人間として磨いていかなくてはならないが。そんな人間でいられたらいいなぁ、と常々考えている。
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2024年04月23日

禍転じて

ミスが結果的にチャンスに変わる瞬間がある。自分のミスに相手が乗ってしまい相手が今度はミスをしてしまうような場合。ここで大切なのは自分がミスした瞬間に諦めないこと。ゲームが動いている間は何が起きるか分からない。諦めないで何とかしよう!という気持ちのある選手が禍転じて福となるようなプレーを生み出せる。あー…やっちゃった…と瞬間的に諦めて時間がミスしたまま止まってしまうのか、まて、まて、これをチャンスに切り替えてやろう!とゲームが動く中で考えられるのかでは、大きく違ってくる。とにかくゲームが切れるまでは自分の中で勝手に時間を止めて終わらせてはいけない。
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2024年04月22日

心を育てる

種を蒔いても、土壌がひどければ発芽しない。土壌がどんなに良くても、栄養が足りなかったり、雨が降り、太陽の陽が届かなければ発芽もなければ成長もない。相手の心に何かしらの種を蒔く。相手の心の土壌を耕す。相手の心にプラスの言葉で栄養を与えて、時には厳しい言葉の雨を降らせる。でも、その根底には相手の心に豊かな愛情の太陽の温かさで包み込む。そうして人の心は育っていくのではないかなと思う。まさにメンタルトレーナーとは、農業のようなものなのかもしれないと。心を豊かにして心に蒔いた種を大切に育てていき、実らせていく。時に自分自身が相手の種になり、時に相手の心を耕す人になり、時に栄養や雨や太陽となり。地道な積み重ねでしか人の心は育ってはいかないだろうと思う。農家の方々が愛情を込めて作物を育てていかれるように、自分も相手の心に向き合っていかなくてはならないのだと思う。
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2024年04月20日

情緒の繊細さ

日本語には微妙な変化を繊細に表現する言葉が多い。雨ひとつでさえ、五月雨、夕立、神立、白驟雨、伊勢清めの雨、秋霖、村時雨、片時雨、月時雨、山茶花時雨、解霜雨、氷雨、凍雨、寒九の雨…まだまだ無数にある。言葉というのは心の変化や情緒を表している。心をアバウトに表現するのではなく、繊細に表現できるというのは、自分自身が心と向き合う時にはとても大切なことのような気がする。ただ悔しいです、嬉しいです、と言葉にするのか、もっと繊細に心の内を表現していけるのか。日本人のメンタルに関わる仕事をする以上は言葉を今まで以上に大切にしていかなくてはならないと感じている。今、心に降っている雨は夕立のような感じですなのか、梅雨のような感じですなのか?同じ心の悲しみも印象がまるで変わってくる。日本人は情緒豊かな民族だと思うので、心を情緒的に表現できることは、心に取り組む者として忘れてはいけないことなのだろうと痛感させられる。
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2024年04月19日

諦めない

諦めるのが癖になることはとても怖い。諦めるのは楽しくはないが楽ではある。楽なことは癖になりやすい。仕方ない…という言い訳を口癖にしておけば事は済んでしまう。でも、どんどん自分が自分自身に限界を作りどんどん小さな自分になっていく。でもそんな自分は楽しくはないだろう。諦めを乗り越える。それは決して楽ではない。楽ではないが乗り越えた先にさらなる力をつけ、磨きのかかった自分を育てあげられた楽しさはこの上のない楽しさだろう。諦める心は自分を退化させ、諦めない心は自分を進化させていってくれる。いつも自分に対してワクワク楽しみでいられるような時間を過ごしていきたい。
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2024年04月18日

真の実力を

富士の裾野を見て改めて感じる。誰もが高い頂上を目指すが、見せかけだけの高さはすぐに崩れてしまう。富士山はあれだけの広い裾野という土台があるからこそ、あれだけの高さを維持していける。そういう意味では高さが実力ではなく、裾野という土台こそがその人の実力なのだと思う。どれだけ安定感のある実力を兼ね備えているのか。広い裾野のような実力は一朝一夕では作られていかない。長い年月をかけて地道に実力を蓄積していくしかない。高い頂上を持つためには、それこそ、いかに高く見せるかというテクニックに走るのではなく、地道に実力をつけていくことこそが時間はかかっても安定した高さを持つことができるのだろうと考える。
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2024年04月17日

磁石

目的とは磁石のようなもの。目的が明確になればなるだけ、磁力は増して、まるで膨大な砂場の中にある僅かな砂鉄だけを選別して自然に吸い寄せるように、目的に適した情報や手段をどんどん引き寄せていってくれる。目的はある見方をすれば、必要なものと不必要なものとを的確に区分するためのものでもある。目的が曖昧だと漠然とした何でもかんでもが集まって、さらに何がしたいのかが分からなくなっていく。漠然が漠然を集めさらに漠然となる感じ。自分の目的という磁石はいつも明確にブラッシュアップしておきたいものだ。それはとても大切なことのように感じる。
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2024年04月16日

目に見えないミス

表示されるエラーはミスによるもので、どんな一流選手でも必ずミスはある。これは人間である以上仕方がない。問題は表示されないエラー。ヒットの表示になる。これは選手の実力の問題になる。ヒット性をどれだけ潰してアウトにできるのか…ここはミスではない分だけ一朝一夕にいかない難しさがある。ミスに見えないミス(実力)ほど怖いものはない。下手をすると本人もそのことに気づけずに流してしまう可能性もある。気づけなければそこで満足してしまい、自分の実力の範疇でミスがないことで自分は優れているんだと勘違いを起こしてしまいがちになる。ある意味目に見えるミスは分かりやすくていい。満足することなく自分自身をどこまでも高めていきたいものだ。
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2024年04月12日

勝つ

勝つというのは、本当に難しい…そりゃ、そうだ。どちらも本気で練習を積み重ね、本気で勝とうとして戦うんだから。どれだけ練習しても勝つためにはこれで充分という終わりはない。どれだけ実力があっても出し切れなければ勝てない。勝つための絶対的な正解という方法がある訳でもない。絶対に運不運にも左右される。一つ勝つというのは、それくらいかけがえのないもの。99巧くできても、たった1のミスで勝ちが離れてしまうこともある。作戦が的中することもあれば、全く裏目に出ることもある。力の差があっても、一発勝負は蓋を開けてみなければ分からない。勝つことは簡単ではないからこそ逆に楽しいのだろう。どこまでいっても、終りまで分からないスリル感がたまらないのだろう。
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メリハリを

弓の玄というのは、張りっぱなしでもダメだし、弛めっぱなしでもダメになる。まさしく『一張一弛』が大切になる。張ったり、弛めたりすることでしなやかな玄を維持していける。誰かを指導する指導者の立場でも大切なことだが、一人の人間のメンタル面でも大切な気がする。気を張りすぎた状態で長くいると心は完全に消耗しきってしまう。反対に気を弛めすぎた状態で長くいると心は腐っていってしまう。自粛期間にあって、自宅にいて気を弛めすぎた毎日をダラダラ送っていると心もダラダラとだらしなくなっていく。こんな時だからこそ、日々の生活の中に気を張るようなことを意識して取り入れていくことはとても大切な気がする。いかなる状況下にあっても、やはり生活の中にはメリハリをつけて生きていかなくてはいけないと実感する。
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2024年04月11日

組織

こんにゃくのような組織。形はしっかりと整っていながらも、柔軟性があって臨機応変に形を変えたりできても、また元の形に戻れる。強い組織というのは、もしかすると固くて強固な組織ではないのかもしれない。これは、強い時は強いが変化には対応できないし、壊れる時は簡単に壊れてしまう。柔らかければいいというものでもない。臨機応変に変わるのはいいが、組織としてのベースの形が崩れてしまっては意味がない。こんにゃくのように変化に自在に対応しながらも、しっかりと元の原型を保てているという組織。即座に変化に対応しながらも、即座に元に戻れるという柔軟性こそ大切になるような気がしている。変われる強さ、戻れる強さ。変形しながらも原型を維持していける強さ。
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2024年04月10日

数年間

たった数年しか本気でできないのなら、その数年はがむしゃらに取り組んでいきたいものだ。数年なんて過ぎたらあっ!という間の時間。しかも手を抜いた過ぎた時間は大きな後悔を残す。できる時にやらないで、いつやるのか…過ぎたらやりたくてもできないのだから。日々全力で取り組んでいきたい。数年…一日一日は長いだろうし、数年先を考えると苦しかったり辛かったり、あまりに長い気がして漠然としてしまったりするかもしれない。そんな中では、あまり先々を見たり考えたりせずに、その日一日をいかに充実したものにできるかを考えた方がいい。そんな一日一日を積み重ねて数年を過ごしていけば、密度の濃い充実した数年を過ごしていけることになるだろう。
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2024年04月09日

自分を持つことは

自分を持つことはとても大切なこと。でも、それも強くなりすぎてしまうと自分の世界に入り込んでしまい他人の言葉が耳に入らなくなったり、心に届かなくなったりしてしまいがち。そうすると、自分以上にはなれない可能性が出てくる。他人の言葉を全て受け入れるということではない。しかし、他人の言葉を跳ね返していては自分の世界に広がりが生まれてこない。本当に真の自分を持てている人というのは、他人の言葉に対しても耳を傾けられるし、心で聞くこともできる。それは、そのくらいでは簡単に崩れない自分をしっかり持てているから。だからこそ、他人の言葉に対しても敵視ではなく、可能性の一つとして受け止めることができるのだろう。真の自分を持とう!!それは自分という核を持ちながらも無限の広がりを持てるということを意味している。
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2024年04月08日

自己と志

一つ目は、例えどんな場面に出くわそうが、決して揺るがない確立された『自己』を持つこと。二つ目はどんな状況に置かれたとしても石にかじりついてもやり抜こうとする『志』を持ち続けること。そうすれば浮わつくこともなく地に足をつけた生き方をしていけるだろう。何かを成し遂げていくためには、この二つのことがとても大切になるような気がする。自己がしっかりと確立されていなければ、途中でブレブレになってしまい、自分が何をやっているのかが分からなくなったり、簡単に自分自身が崩れてしまい長く続けていけなかったりしてしまう。志に関しても言うまでもないことだろう。やるのは簡単。やり続けるのは困難。やっていることを成し遂げていくことは難関。生半可なことでは決して辿り着くことはできない。
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2024年04月07日

自分を試す

誰かが整備してくれた整った道と、誰一人として足を踏み入れたことのない未開の道があったら、自分は後者を選んでしまう。前者は行き先もなんとなくは分かるし、多くの人がそこを歩いているので安心して進むことができる。後者は怖さや不安もある。自分一人だけを頼りに悪戦苦闘しなくてはならない。では、何故に自分は後者を選んでしまうのか?心の中に強く自分の人生を生きたいという想いがあるからかもしれない。一度きりの人生をやはり自分の人生にしていきたいという気持ちは昔から強かった。人の歩んだ道筋が自分も同じように歩く道筋とは素直に思えなかった。自分のしたいことが世の中に存在しなければ、自分が作り上げて存在させていけばいいと考えたし、道がなければ自らが開拓していけばいいと考えてきた。その道が楽とはほど遠い険しい道であったとしても、その道の先に大きな落とし穴や崖があったとしても、自分の力で進んでみたかった。自分という一人の人間をその道の中で試してみたかったし、追い込んでもみたかった。自分が人生の中で何者でどれだけのことができるのか?それはやはり未開の道を選ばせてしまう。
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2024年04月06日

豊かさ

目を奪われるものは世の中には溢れている。モノも情報もそれこそ、溢れるくらいみちみちている。人は目にとまる何かに飛びつき、すぐに飽きて、また次に目にとまった何かに飛びついていく。これこそ、物質的豊かさなのだろう。何かを手にする満足感。それに対して心を奪われるものとなると、そんなに多くはないだろう。心が豊かになったり、幸せを感じたり、強く感動したり、強く心を揺さぶられたり……目先の欲ではなく、心の奥底から強く求めるもの。目移りして飽くことなく、ずっと大切にしていきたいもの。それこそが精神的な豊かさなのではないかと感じる。もしかすると、ものが溢れる社会だからこそ、物質的豊かさに満ちている社会だからこそ、余計に精神的な豊かさを人生の中で求められるかで、人生の色彩が変わっていくのかもしれない。
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2024年04月05日

会話

耳ではなく、心で聴く。言葉にとらわれるのではなく、心で感じる。語彙ではなく語調を感じる。頭で理解するのではなく心で理解する。会話なんてたわいのない日常のひとこま。。。そのひとこまの中で上っ面な言葉のキャッチボールをしても、それは単なる言葉遊びに過ぎない。人を感じることのできる会話をしていきたいと思う。心の情緒的な部分を大切にして会話をできると楽しいのにと思ってしまう。もちろん、言葉のロジカルな部分や話の論理性も重要だが、最近では頭で会話をしている人が増えてきているなと感じてしまう。そんな会話は会話の後にどっと疲れが出る。心で会話をするという自然なことが薄れているような。。。心と心が通い合うからこそ、相手の心も自分の心も豊かになるのではないかと思うのだが。会話なんて構えてするものでもないし、勝ち負けでもないし、相手と自分とがある部分を深く共有して一つになるもののような気がする。
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