2018年10月02日

無限の力

高いビルの上から歩いている人を見ると人間て何て小さいもんなんだろう…と感じる。でも、同時にその高いビルを作り上げたのは他でもない人間なんだと思うと、人間て何て凄く大きいんだろう…と感じる。物理的には人間は小さいが、小さな頭の中には無限に大きな秘めた可能性がある。想像を創造に。頭を生かすも殺すも自分次第。人間はあれだけ遠い遠い月にだって行くことができた生き物。宇宙から地球を眺めても見ることができないくらいの小さな存在の人間が、宇宙から地球を眺めることを可能にしたんだから。人間はその小さな頭の中から様々な不可能を可能に変えてきた。無から有を創造してきた。それを感じられるのは凄く楽しい。人間の頭の中にはまるでドラエモンのポケットが入っているかのようだ。頭を使う。頭を全力で使う。これは嫌なこと、面倒なことではなく、人間にだけ許された大いなる楽しみであるはずだ。人間とはなかなか大したものだ。小さな存在の無限の力。
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好不調の波

どんな選手にも必ず、好不調はある。大切なのは不調の期間をいかに短く乗り切るか。不調なら不調なりにでも自分の力を工夫して出し切ろうとできるか。不調だと悲観せずに、いかに前向きに解決策を見つけていけるか。不調が自分の取り組み次第で、好調に転じると信じ切れるか。諦めずに不調なら不調なりの戦いをしていけばいい。好調なら…と言い訳して今の戦いを諦めて放棄していては戦う姿勢すらなっていない。好調に越したことがないというのは言うまでもないこと。しかし、それだからこそ逆に不調の時にいかに戦うのかというところに真価を問われていくような気がする。
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2018年10月01日

生きた教材

挫折したら、そこから再びスタートを切ればいい。そこが終わりではないのだから。挫折の分析をして、二度と同じ過ちを繰り返さないように決意する。足りないものを身につけていく決意をする。挫折を挫折という傷で終わらせないように超回復をさせていく。何の改善も課題もない前進は次なる挫折の種。
そう考えると中途半端な喉もと過ぎれば熱さ忘れるみたいな挫折よりは、大きくて強い痛みを感じる挫折の方が人生を切り拓いていける機会になるような気がする。みんな挫折を恐れて中途半端に逃げたりしてしまう。ダメなら徹底的にダメな方が自省も学びも気づきも多くなる。それに乗り越えた時の強さも…挫折は自分自身を真剣に見つめ直せる最大の生きた教材なのだから。
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2018年09月30日

希望という太陽

心の中が太陽の見えない雨のような状態でも、決して太陽がなくなった訳ではないことを忘れないでいたい。雨雲に隠れているだけで、太陽は変わらずに存在する。希望の光は自分があると信じて見続けていけば、今は消えたように見えても必ず姿を現してくれる。厚い心の雲の向こうには希望は必ずある。今は見えないから永遠に見えない訳ではない。雨空が永遠に続かないように…しかし見るのを諦めて投げ出して見なくなれば見えない状態は続いていくことだろう。見続けるというのはエネルギーの必要なこと。希望が変わらずにあることを疑いなく信じ抜いていなければ持てるものではない。見続けていれば見失うことは決してないと信じ抜く自分を大切にしていきたいものだ。
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2018年09月29日

大筋を見失わない

小さなことにクヨクヨしている暇があったら、大きな流れを見てみよう。枝葉を見て幹を見ずではいけない。枝葉は折れたり散ったりしても幹がしっかりしていれば、また新しい枝葉が作られる。幹のように堂々と構えていればいい。そうすれば小さなことはいくらでも挽回していける。小さなことに意識を奪われてしまうと大筋を見失いがちになる。大切なのは常に大の中で小を見て、小にとらわれすぎないようにしていくことだ。
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2018年09月28日

歪み

無理を強行すれば、必ずそこに歪みが生まれる。一部の小さな歪みが生まれてしまうと、全体が歪んでいってしまう。一部だけを見て大したことはないと思っていると、ふと気づくと全体が歪んで手も足も出なくなってしまう。踏ん張ることと無理をすることとは違う。やりたい気持ちと、実際にやれるかどうかも別問題。やれないことを無理してやらせてしまえば、そこから崩れてしまうのは自然の摂理。だからこそ、踏ん張ることができるのか、無理をするのかの境界線の判別が重要になってくる。組織で言えば、一人の歪みはチームという組織全体を歪ませてしまう。だからこそ、絶対に無理はさせてはいけないと強く思う。
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2018年09月27日

戦い方

走る競技と一言で言っても、マラソンと短距離走では戦い方も戦略も違ってくる。瞬発力だけでゴールまで走りきれる短距離走と、常に自分の体力と相談しながらペース配分を考えないとゴールまで走りきれないマラソンでは明らかに違う。短距離走に近いトーナメント戦とマラソンに近いリーグ戦とでは、同じスポーツであっても考え方はまるで違うスポーツをやるくらいの違いがあるということを理解していなければいけない。例えるなら、マラソンというリーグ戦で、後先をまるで考えずに1番になりたいという欲求そのままにスタートから瞬発力だけで走れば、スタートダッシュで1番でもゴールでは最下位になる。最初の無理が後になればなるだけ響いてくるだろう。抑えるところは抑えて、絶対にペースを上げなくてはならないポイントでペースを上げられるようにチームの体力を温存しておかなくてはならない場面も出てくるということ。これは一つの試合で考えても、試合時間の長いスポーツと短いスポーツとでもゲームメイクの戦略は違ってくるということになる。
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2018年09月26日

予測

目先にとらわれて全体を見失うと、全体が崩れてしまう。気持ちだけで先走っては落とし穴にはまる。あらゆる角度からの分析と計算がなくては、視野が狭まって多くの見落としが生じてしまう。情熱は大切だが、同時に徹底した冷静さがなくては勝負はできない。思いつきではなく、根拠のある予測をどれだけできるのかが大きな肝になってくる。勝負人である限りは、とことん勝負脳でなければならないだろう。勝負にこだわらなければならない。簡単な分析や計算すらできないで立てた能天気な予測はもはや予測ではなく、単なる願望。それでは厳しい勝負の世界では勝ち残ってはいけないだろう。
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2018年09月25日

頭も心も自由に

小さな頃はあらゆる面で、できないことは多かった。でも、頭や心はどこまでも自由だった。大人になるとできることはたくさん増えたが、頭や心が不自由になってしまった人が多いような気がする。生きていく中で、無意識のうちに様々な制限や限界や常識などに完全に縛られていってしまうのかもしれない。そして、自分ができるようになったことの範疇で生きていこうとするのかもしれない。そんな勿体ない人生にするのではなく、頭も心も自由自在に解き放ち、どんどん挑戦していける人生にしていきたいものだ。
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2018年09月24日

不安と向き合う

不安を漠然と不安に感じていても不安はより大きくなる。得体の知れないままではいけない。不安の原因を自分の中で探し出し向き合わなければいけない。不安から目をそらして誤魔化そうとしても不安は追いかけてくる。原因を解決する手段を見つけ出してその準備をしっかりとすること。不安は今の自分に必要なことを警告してくれている。幽霊は正体が分からないからこそ、怖かったり不安に感じるのだろうが、仮に幽霊の正体が解き明かされてしまえば何だそんなもんかって感じになるかもしれない。漠然さや曖昧さが大切なこともあるが、不安に対しては根幹から解き明かしていかなくてはならないように感じる。不安の原因に蓋をしてるから余計に不安に感じてしまっていることもあるはずだ。
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2018年09月23日

目に見えないミス

表示されるエラーはミスによるもので、どんな一流選手でも必ずミスはある。これは人間である以上仕方がない。問題は表示されないエラー。ヒットの表示になる。これは選手の実力の問題になる。ヒット性をどれだけ潰してアウトにできるのか…ここはミスではない分だけ一朝一夕にいかない難しさがある。ミスに見えないミス(実力)ほど怖いものはない。下手をすると本人もそのことに気づけずに流してしまう可能性もある。気づけなければそこで満足してしまい、自分の実力の範疇でミスがないことで自分は優れているんだと勘違いを起こしてしまいがちになる。ある意味目に見えるミスは分かりやすくていい。満足することなく自分自身をどこまでも高めていきたいものだ。
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2018年09月22日

雨粒は…

雨粒は岩をも砕く。そんな戦い方はいいなと感じる。小さな力でも、一粒一粒がじわりじわりと意味を持って当たっていけば強い相手にも立ち向かっていける。爆発力もいいが、一粒一粒が地道に自分の意味と役割を積み重ねていく戦い方。小さなプレーの集結が大きな勝ちを呼び寄せていく。そのためには、一人一人が一プレー、一プレーの意味を深く理解していかなくてはいけない。単発の雨粒では砕くほどの意味は持たないのだから。一試合で自分一人ができるプレーの数には限りがある。その中でどれだけ意味のあるプレーをしていけるのか。直接的に目に見えるナイスプレーだけでなく、影に隠れたナイスプレーを含めて。雨粒は決してダイナマイトではないが、それでも集結すれば岩を砕ける。起死回生の…なんてそうそう起こるものでもない。小さな積み重ねは誰もができること。一人一人ができる最大限の一プレー、一プレーを積み重ねていくしかない。
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2018年09月21日

想いの強さ

想いの強さは、どんな絶望の淵にあっても、そこに希望の光を与えてくれる。想いの強さは、どんなに困難な状況にあっても、踏ん張り抜く底力を与えてくれる。想いの強さは、孤独な戦いの中でも、想いを共有できる大切な仲間を与えてくれる。想いは時に打ち砕かれそうになる。それを建て直してくれるのも、また想い。想いは想いで乗り越えていく。決して諦めることなく、投げ出すことなく、地道に進んでいく。それを支えるものこそ想いの強さと言えるだろう。何が何でも何とかしてやろうという想いの強さ。想いとは中途半端なものとは違う。心が根底から求めているもの。それ以外は考えられないというくらいの覚悟を伴った想い。決して揺らぐことのない一途な想い。それがあれば大抵の物事は成し遂げていけるはずだ。想いはとてつもなく大きな力だと実感させられる。
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2018年09月20日

夢の先に

夢を描くのは素敵なこと。しかし夢に向かって今の自分にできることを地道に積み重ねていかなくては夢は夢のままで終わる。夢にワクワクできるなら、今やるべきことは地道でつまらなく感じることでも夢に近づく階段だと思えば嫌々ではなく前向きに取り組んでいけるだろう。地道さは素晴らしいこと。地道さの欠けた夢なんて、それこそ単なる夢物語、夢想でしかない。夢を下から支えるものは地味で地道なものばかり。それを一つ一つ積み上げて夢を現実化していくことはとても幸せなことではないだろうか。夢は人の可能性を広げてくれ、夢に近づく地道な階段は人を鍛え上げてくれる。夢がなければ人は進化しないし、夢だけ見ていても人は進化していかない。
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2018年09月19日

行動の習慣化

練習をするという事が日々のルーティンのように定着することはいいこと。しかし、練習内容や練習に取り組む意識がルーティン化してはいけない。ここを明確に区別しておかなくては、練習が単なる惰性的習慣の連続になってしまう。新鮮な刺激と高い意識で取り組んでいきたいものだ。行動が習慣化していくと、やるのが当たり前になり、無意識の行動が多くなっていく。そうなると意識のレベルや内容が低下しがちになる。これはスポーツだけの話ではない。仕事であれ日常生活であれ、全てに共通して言えることだ。条件反射のように反応しているだけでは、質はどんどん低下していき、ただ反応してやっているだけのことになってしまう。それを防ぐためにも常に好奇心や探求心を持てているようにしなくてはいけない。それがあれば日々の日常の中にも次々に新しい発見や新しい発想が出てくるはずだ。どこまでもそんな気持ちは大切にしながら、やることが当たり前になるくらいまでやることを習慣化できればいいと思う。
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2018年09月18日

人生の調味料

勝つ喜びがあるから、負けてもなお立ち上がれる。負ける悔しさがあるから、勝ってもなお精進を積んでいける。どうなるか分からない。だから勝負をし続けることができる。実力以外の様々な要素が絡むからこそ勝負は面白味を増していく。これは何もスポーツだけの話ではない。人生はそんなことの連続だ。人生なんて勝ったり負けたり勝ったり負けたり…時には連敗もあるだろう。それでも前を向いて挑んでいきたいものだ。悔しさも喜びも人生の彩り、調味料のようなもの。約束された約束通りの人生なら、もはや生きている意味すら分からなくなる。明日すら分からないからワクワクしたり不安になったりもする。それもまた人生の調味料。味わいのある人生とは喜怒哀楽があればこそだと思う。全てをありのまま受け止めて、誤魔化さずに自分の中で消化して前に進み続けていけばいい。負けて腐らず、勝って浮かれず、それを前向きに繋げていけばいいだけのこと。死んでしまえば今生での悔しさも喜びを味わうことはもうできないのだから。
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2018年09月17日

苦しい時こそ

苦しい時に、そのままヘタリ込んでしまうか、自分に鞭打って踏ん張り一歩前に進むか…苦しい時にこそ自分自身の真価が問われる。もう無理かも、から、まだやれるかもへ。そんな自分への厳しさと踏み出した一歩が困難にへこたれない自分を育てていく。小さな決意は大きな自信を育てていく。自分とは自らを分けると書く。苦しい時こそ、未来の自分を分けていく分岐点のように感じる。究極は自分を育てられるのは自分自身。やればやっただけのことは必ずあるはずだ。苦しくても立ち向かえれば未来の笑顔の自分に出会えることだろう。
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2018年09月16日

思考の過程

二者択一をする上で、例え結果的に同じ選択をしたとしても、ただ何となくこれでいいんじゃないと選択したのと、とことん考え抜いて選択したのとでは違うもののような気がする。結論は同じでも、結論に至るまでの思考の過程がどうなのか。結果良ければ全て良しではなく、結果がどうであれ過程がどうであったかが今後に繋がっていくのと同じで、二者択一の選択による結論においても同じだと感じる。単純にこれでいいや!!では、例え結果が良くても単なる結果オーライというだけのこと。思考の過程でどれだけの想定をできたのか、どれだけ多くの角度から見れたのか、どれだけ深く考えられたのか、単なる感情任せではなく論理的に考えられたのか。一部だけではなく、いかに全体像を見て考えられたのか、目先だけでなく、いかに長期的なビジョンを持って考えられたのか。そうした実に様々な思考の過程を踏んでいかなくてはいけない二者択一も必ずあるように思う。大人だ、学生だという問題ではない。大人であれ、そうした思考の過程を苦手な人もいれば、学生でも得意としてできる人もいる。これこそ、まさに日頃からの習慣なのだと感じる。
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2018年09月14日

素直さとは

木の幹は一本の筋が通っているけど、その幹は根が吸い上げた栄養分によって形成されている。人間も一本筋を通すことは生きていく上で大切なことだが、様々な栄養を素直に耳を傾ける素直さも大切に思う。そうしなければ、やはり自分自身の人間としての筋や豊かさを大きくはしていけないのではないだろうか。素直さと何でも、はい!はい!言うイエスマンとは違う。素直だから他人の影響を受けすぎて自分を見失うというのも違う。素直さとは他人の言葉を素直に受け止めてしっかりと自分の中で咀嚼して栄養にしていけることのような気がする。
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2018年09月13日

悔しさと付き合う

負けて悔しいのは誰でもそう。負けてその悔しい想いを持続していけるだろうか?負けて本当に正確に敗因を分析できているだろうか?負けて次に向かうための課題や道筋が明確に見えているだろうか?負けた悔しさをプラスのエネルギーに変えて前に進む原動力にできてるだろうか?悔しいだけなら誰でも悔しい。悔しいなんて当たり前。悔しさをどう生かしていけるのかを口先だけではなく、心底から刻み込んで行動に移してこそそれは生かされていく。その時だけ流す悔し涙なんて、案外少し時間が過ぎればすっかり薄れてしまう。まさしく喉元過ぎれば熱さ忘れるという諺通りだろう。悔しさをバネにするためには、やはり悔しさと上手に付き合っていかなくてはならないだろう。
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