2018年07月12日

マニアかつ哲学者

僕は選手にはマニアになってほしい。オタクでもいい(笑)自分がやっている競技をとことんまで追求し、探求する姿勢。メンタル的には選手には哲学者になってほしい。とことんまで一つのことを深く深く考え続け、自分の中に揺るぎない信念を作り上げていってほしい。練習をする、これは競技者にとってはやって当たり前の範囲。練習をやって満足する。これでは、それ以上にはなかなかなれないだろう。競技を考える、これは人間誰もが考えない人間なんていない。何かしら考えている。それで自分は十分に考えているつもりになって満足する。これでは揺るぎない自分を作り上げていくことはできない。マニアであり、哲学者。そんな自分が競技をやっていけば、いくらでも進化していけるだろう。
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2018年07月11日

選手は職人

どこの料理職人が自分の包丁を弟子に研がせるか…自分の持ち場を弟子に片付けさせるか…選手も同じ。自分の道具は自分が念入りに整え、自分のグランドは自分が率先して丹念に整備する。何かあっても自己責任。選手はプレーをする職人。最高のプレーをする環境は自分が整えて準備する意識が大切。ボールがイレギュラーなバウンドをしたとする。それは、自分の場を整える意識が足りなかった証。ボールがポロリとグラブからこぼれたとする。それは、自分の道具を整え切れなかった証。それくらいの意識で自分の身の回りを整えてこその職人。もちろん、全てがそれが原因という訳ではないが、何らかのことが起きた時にそれくらいの意識を持っていたいものだ。職人は決して言い訳はしない。
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2018年07月10日

意識を捨てる

よく、人は人に対して「あの人は凄い!」なんて口にするが、僕個人は世の中に凄い人も凄くない人もいないと思っている。人は個々で何かをしている。その何かにマスメディアが光を当てれば、それが凄く映るだけのこと。サッカーのJリーグだって、プロ化する前の昔は光が当たらず、観客なんてほとんどいなかった…自分は特別なんだ!という意識は人の目を気にさせたり、要らない重荷をどんどん背負うことになっていく。サッカーでいうなら今も昔もサッカーはサッカーだし、サッカーをするということそのものも今も昔も変わらない。サッカーが好きなら光が当たろうが当たるまいが、好きなサッカーを全力でやればいい。ただそれだけのこと。特別な意識なんて必要ない。
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2018年07月09日

一瞬の夏

夏に輝く。たくさん流した汗、涙…そんな全てが一瞬に集約される夏。勝っても負けても…人生を時に振り返る時、そこには輝く夏があるだろう。一途に真っ直ぐに向き合った日々。夢を語り合った日々。自分と戦ってきた日々。そんな日々の積み重ねを夏の一瞬の時間の中で全てを出し切って輝いてほしい。人生の中できっと後にも先にも、ここまで情熱のほとばしる夏はないだろう。ここまで勝負に打ち込める夏もないだろう。勝っても負けても…君達が打ち込んできた日々、輝いた夏には決して嘘はない。心の中に深く刻まれた一瞬の夏は永遠の夏に変わる。胸を張って戦い抜いてほしい。
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2018年07月08日

球道

球汚れなく道険し。球道。恐らく真っ直ぐに好きという純粋な想いを持ち続け、好きなことをどこまでも探求し続けることこそが球道なのではないかと思う。野球に限らず、どんなことでも探求心を持ち続ける限りは、簡単には答えは出ないだろう。まさに険しい道のり。でも…だからこそ面白い。険しい道を傷つきながらも一歩一歩、好きな想いに駆り立てられるように進んでいく。自分の答えを見出だしていく。ひたむきに真っ直ぐに。それは好きなことだからこそ進んでいける道なのかもしれない。簡単に諦めない。簡単に分かった気にならない。簡単に答えを求めない。
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2018年07月07日

受け止め方ひとつ

練習で叱られたら、監督からそれだけ期待されてるんだと受け止めよう。試合のメンバーから外されたら、監督はこの悔しさをバネに這い上がってくるのを待ってるんだと受け止めよう。厳しい練習を課されたら、これだけのことを自分はできると認められてるんだと受け止めよう。受け取り方で変わる。叱られて自分はダメなんだ、監督から嫌われてるんだ…試合のメンバーから外されて監督はどこ見てるんだよとイライラし…厳しい練習を課されて、これは単なるシゴキだろ…なんて受け止めていたら、練習はストレスだらけの場所になってしまうだろう。自分にプラスになる受け止め方をした方がいいのではないかと思う。
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2018年07月06日

言葉を力に

「同じことを何度も聞くな。俺が一度言ったことは百回言われたことだと思いなさい。そうすれば一日を百日分に生かせるだろう」情報が手軽に入る、溢れる時代においては、言葉も一期一会という意識で胸に刻んでいかなくてはいけない気がする。毎日溢れんばかりの情報に囲まれ、右から左へと流れていく。それでは意識も低下していってしまうだろう。自分が大切だと思うことは意識に深く刻まれるだろうし、深く意識して過ごした一日はかなり有意義な一日にしていけるはずだろう。言葉の一期一会。言葉を耳ではなく、心で頭で聞くことがとても大事なのではないかと思う。感じて聞く、考えて聞くことができなければ、情報なんてあっ!という間にどこかに吹き飛んでしまうことだろう。情報は触れるだけでいいものもあれば、力に変えていかなくてはならないものもある。言葉に力を、言葉を力にだ。
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2018年07月05日

笑顔

笑顔は人の心を明るくしてくれる。微笑みは人の心を温かくしてくれる。爆笑は人の心を元気にしてくれる。笑いって心の特効薬だなって思う。人と人との心がたくさんの笑いで繋がるといいのに。でも、作り笑いなんかいらない。素直な心からの笑いでお互いの心が癒されていくのがいい。いつも世界中が笑顔に溢れたらいいのに、と願う。笑顔でお互いが幸せを分かち合えればいいのに、と。人生なんて長いようで短い。そんな人生をたくさんの笑顔で送れたらいいのにと思う。笑顔は笑顔を作り、笑顔は笑顔を呼び寄せる。笑顔が人の悲しみを癒し、辛さを乗り越えさせ、苦しみを和らげてくれたらな、と。ほんのささやかな笑顔、満面の笑顔、、、笑顔と共に元気で明るくエネルギーに溢れた社会になればいいと。人は笑顔だけでは生きてはいけない。だからこそ余計に大切にしていきたいものである。たくさん笑顔でいられるように。たくさんの笑顔を作っていけるように。笑顔を笑顔を繋げるように。
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2018年07月04日

考え方

スポーツ界では優しい選手は大成しないとか、性格が悪くないと大成しないとか耳にする。選手である前に一人の人間。優しさや思いやりを持てる人間でありたい。そんな自分の性格を否定なんかしなくていい。ただ、スポーツをする時に選手としての考え方をすればいいだけのこと。持って生まれた優しさとか、築き上げてきた良い人間性は大切にしていった方がいい。ただ勝負に挑む時には勝負に挑む考え方を持てばいいということ。性格は変えようとしてもなかなか変えられないが、考え方はこのように考えていくんだ!と決めた瞬間から変えていける。考え方は勉強などの問題の解き方に似ている。このように考えていけばいいんだ!という考え方の道筋を勉強の問題を解くように覚えていけばいいのだから。
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2018年07月03日

過程

その瞬間、瞬間で出た結果は過ぎれば過去になる。でも、結果に至るまでに自分自身が取り組んできた過程は必ず未来に繋がっていく。結果は様々な要素によって左右されることもあるが、取り組む過程はあくまでも自分自身の意志一つ。結果に振り回されない地に足をつけた過程を歩んでいけば、着実に実力をつけていき必ず未来には大輪の花を咲かせていけるだろう。それに過程は人生の生き方や生き様を形成していく。しっかりとした人生の歩みをしていくためにも、目の前の過程に対していかに取り組んでいけるのかを意識していきたいものだ。人生において華やかな結果よりも地道な過程こそが豊かな人生を作り上げていけるのを強く実感させられる。
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2018年07月02日

最後の負け

最後の負け。3年間、4年間たくさんの勝ちや負けを繰り返してきたことだろう…負けても明日を信じて苦しい練習を乗り越えてきたはず。でもこの夏に最後の負けを経験することになる。次のない負け。きっと最後の負けを経験した時、競技に対して費やした3年間、4年間という年月に対して喜びと悲しみの二つの思いに激しく揺れ動くだろう。無理して懸命にそこに意味を求めようとするかもしれない。無理することはない。喜びも悲しみも受け入れていけばいい。時を経たら自然にそのことの意味は見えてくる。競技も人生も終わりじゃない。自然に意味が見えてくれば、次のステージでまた新たに続けていけばいい。最後の負けは終わりじゃない。費やした3年間、4年間は絶対に何らかの大きな意味を持って答えてくれることだろう。それでいいんじゃないかと思う。注いだ情熱も、流した汗や涙も、仲間と分かち合った笑顔も全部本物なんだから。今は喜びも悲しみも心の中で静かに受け止めていけばいいじゃないか。
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2018年07月01日

負けを乗り越える

負けることより悔しいのは同じ負け方を繰り返すこと。反省をしているのではなく、うなだれて落ち込んでいることを周りにアピールしていること。自分で負けに向き合うのではなく、周りから慰めてもらうのを待っていること。そんな人の負けても次があるという言葉には真実味を感じない。それが悔しい。スポーツに限らず勝負事には必ず勝敗がつきまとう。負けは必ずあるし、しばしばあるだろう。ただ、負けた時に何を感じたり考えたりするのか…が次への勝負に生かされていかなければ負けは何の意味も持たないだろう。同じような負け方を繰り返していてもそこには何の進歩もない。ただ負けを積み重ねているだけのこと。一度経験した負けは次には乗り越えていきたいものだ。越えるためには考え抜いて、そのための準備を徹底的にやり抜いていかなくてはいけない。次は負けない、同じような負け方はしないという覚悟をどれだけ持てるかだろう。曖昧な気持ちでは全てが中途半端になり同じ過ちを繰り返すことになってしまう。負けることを乗り越える力を大切にしていきたいものだ。
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2018年06月30日

プロとは

好きなことをとことんまで極めていこうとする姿勢にこそプロを感じる。知らないことを知り、とことんまで学び続けている姿に意欲を感じる。できないことを認め、とことんまでできるようになろうとする姿に本気を感じる。プロの道はその旅を終えるまで、探求と行動の日々のように感じる。プロと呼ばれる世界の中にもアマチュアみたいな人も多くいる。反対にアマチュアと呼ばれる世界の中にもプロのような人も多くいる。僕の考えるプロとはプロという形ではなく、プロとしての意識をどれだけ持てているのか。どれだけ、そのことに没頭して惜しみない汗を流していけるのか。ここにあるような気がする。そんなプロと接しているとプロとしての自分自身もさらに奮い立たされる。
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2018年06月29日

濃い時間を

必死にがむしゃらにやるのはいいじゃない。恥ずかしいことでもなんでもない。好きなことをやってるんなら、熱い気持ちでやればいいじゃない。バカにされるようなことではない。好きなことを本気で好きだって素直に言葉にできるのって本当にいいな!と思う。誰かのためではなく、自分の思いに素直に従って自分のためにやるんだから。人目なんか気にしなくたっていいんじゃない。そんな真っ直ぐなひたむきな思いと無我夢中な行動力。僕は凄くいいな!と思う。人生の中でそんな濃い時間を過ごせるって最高じゃない。後にも先にも残らないような曖昧な薄い時間を過ごすより。本気で生きてる時間を大切にしていこうよ!!
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2018年06月28日

平和

わずか70年前。僕が生まれたたったの23年前。この国は戦争の渦中だった。僕が生まれた広島は原爆で焼け野原だった。海原で、ジャングルで、人知れず亡くなられた無数の人…数多くの若者は将来の夢を語ることも許されず短い命を終えていった。スポーツに夢中になっていた若者も、たった一枚の召集令状で戦地に駆り出された。ボールを手榴弾に変え…スパイクを軍靴に変え…スポーツをする、そんな当たり前のことさえ許されなかった時代がほんの僅か前にあった。どれだけ悔しかったろう。どれだけ悲しかったろう。平和な世の中だからこそ、スポーツだってできる。多くの犠牲の上に築かれたこの平和な社会をみんなで守り抜いていかなくてはいけない。当たり前に思わず感謝の念を忘れずに。
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2018年06月27日

進化

一・五流になるためには、人一倍ひたすら練習に励めばいい。一流になるためには身体以上に頭を働かせていかなくてはいけない。超一流になるためには技術以上に人間を磨いていかなくてはいけない。二流三流でいいなら、今のままで充分。より上の壁を越えていくためには、今のままという発想を捨てて新たなことを取り入れていかなくてはいけない。今のままでいいという発想がある限りはどこまで行ってもその枠組みから一段上に上がっていくことはできないだろう。せいぜいが現状維持。そこを打ち破るためには新たな取り組みがどうしても必要になる。そこに気づけるかどうかは大きい。気づいて取り組んでいけるかどうかはさらに大きい。決して簡単には行かない。しかし、せっかく何かに取り組むならそこそこの現状維持で終わってしまっては面白くない。できるなら超一流の領域にまで足を踏み入れてみたいと思う。そこに自分自身の進化を感じるために。自分自身をより高みへと高めていくために。
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2018年06月26日

やる気

いつもやる気満々なんてことはない。「やる気あるのか!!」と叱られると、まるでやる気がないように感じる。やる気がなければ練習には来ていない…やる気が余計に削がれるかもしれない…「今日はどうした?」と尋ねてみてはどうだろう。個々がやる気が低下している原因を自問自答することが大切。やる気があるのか、ないのか?の問いに人はあります!と答えるに決まっている。そんなイエスノーの二分法ではなく、何故?今日はいつもよりやる気が低下してるんだろう?と考えて理由を探り、その理由を解決していくための手段まで考えた方が遥かに意味があることになる。そのようにしていってこそ初めて自分が自分自身のやる気を高めていける。理由を曖昧にボヤかしてやる気はあります!と口先だけで答えさせたところで大した意味は持たないだろう。怒鳴ったりして、やる気は高まるものではない。根本からやる気を考えていきたいものだ。
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2018年06月25日

言葉の合図

「よし!次!」試合の時、ミスした時にあれこれ考える前に、直後に口にしてみる。「まだまだ元気!」練習で疲れた時にどんどん嫌になる前に口にしてみる。そんな言葉を口にする習慣をつけていく。するとそれが合図になって、気持ちが切り替わりやすくなる。そんな自分なりの言葉を持つといい。落ち込んだり、沈み込んだり、イライラする前に先手を打って自分が自分自身に言葉をかけていく。深みにはまる前がいい。人は後ろに時間は生きてはいけない。人は前に時間を生きていく。前に向かうために必要な言葉を探してみよう。取り返せない時間をウジウジ過ごすより、これからの時間を前向きに取り戻していく方が遥かにいい。
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2018年06月24日

感謝

もし…スポーツというものが存在していなければ、自分の人生はずいぶん色褪せていたものになっていただろう…と感じる。悔しさや辛さや悲しみ、喜びや感動や歓喜。様々な感情が突き動かされる。スポーツと関わりながら人生を送ってこれた幸せを感じる。選手として、そして選手を支える側の仕事として。役割は変われどスポーツは自分の人生に様々な彩りを与えてくれて、心を豊かにしてくれる。生きている実感を強く与えてくれる。上手くいかないこともあれば、上手くできることもある。負けることもあれば勝つこともある。それがスポーツ。もし…スポーツがなかったら…そう考えるとスポーツに本気になってプレーしてきたことも、本気で仕事できている今も感謝の想いでいっぱいになる。
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2018年06月23日

飛び出して!

選手はどうしても井の中の蛙になりがち。狭い世界で自分自身を評価してしまう。世界は広いし、上には上がいるものだ。自分自身を狭い基準、低い基準に当てはめた時から、選手としての自己満足が始まり、実力もそこ止まりになってしまう。狭い井戸の中で活躍すれば安心かもしれないが、進化はない。進化していくためには、敢えて自分が今、通用しない世界に飛び込んでいくのもいいと思う。それには勇気と真の意味での自分自身に対する自己信頼感が必要になる。一番でいられる世界から飛び出してうくのだから。進化していくというのは、決して楽なことではない。しかし、自分自身の進化した姿は無限の喜びがあることだろう。
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