2018年09月12日

小さな原因

スランプや上達を妨げている要因は、意外にほんの小さなこと。小さいからこそなかなか気づけない。ここが厄介な点。小さな原因は身体の動きの最終段階では大きなプレーの差を生み出す。大味な原因分析では見えてこない。緻密な原因分析が求められる。自分自身に対する細やかな観察眼が重要になる。出てきた結果としての大きな誤差だけを見ていては原因はなかなか見出だしてはいけないだろう。過程を細かく分析して一つ一つの小さな動きやその連動性を見ていかなければならない。一見すると同じように見える動きでも、ほんの少し身体の使い方が変わるとまるで違った動きになってしまう。
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2018年09月11日

始めも終わりも楽しく

スポーツは楽しさから始まり楽しさで終われればいいのに…その時々で楽しさの種類は変わってはいくだろうが。引退する時にもう二度とスポーツはしたくないという感情ではなく、スポーツに仲間に周りの人達に感謝しながら、違う形でも生涯続けていきたいと感じられるように。好きなスポーツに出会えた感謝。それを共にやってきた仲間に感謝、それを応援してくれた周りに感謝。そんなスポーツなら素晴らしいと感じる。スポーツを通して自己を否定してしまったり、スポーツをしてきたことを後悔したり恨んだりしたりしてしまうのは寂しいことのように感じてしまう。楽しさの価値観や意味合いが変化していっても、その時々の楽しさに没頭していけるような取り組む姿勢を大切にしていきたいものだ。楽しいから好きだからこそ、そのスポーツに対して没頭できるはずだから。人生の中でそんな時間を過ごせる幸せはないだろう。
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2018年09月10日

生きた教材

挫折したら、そこから再びスタートを切ればいい。そこが終わりではないのだから。挫折の分析をして、二度と同じ過ちを繰り返さないように決意する。足りないものを身につけていく決意をする。挫折を挫折という傷で終わらせないように超回復をさせていく。何の改善も課題もない前進は次なる挫折の種。
そう考えると中途半端な喉もと過ぎれば熱さ忘れるみたいな挫折よりは、大きくて強い痛みを感じる挫折の方が人生を切り拓いていける機会になるような気がする。みんな挫折を恐れて中途半端に逃げたりしてしまう。ダメなら徹底的にダメな方が自省も学びも気づきも多くなる。それに乗り越えた時の強さも…挫折は自分自身を真剣に見つめ直せる最大の生きた教材なのだから。
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2018年09月09日

自分

禺者は称賛で天に上り、批判で地に落ちる。誰かと比較して優れていれば優越感に浸り、劣っていれば劣等感に苛まれる。賢者は称賛で自分自身を自省と自制し、批判で自分自身を奮い立たせ自己肯定感を高める。他人ではなく自分自身の進化に意識を置く。周りに振り回されずに自分を一定に保てる強さは大切。周りに振り回されて等身大の自分自身を見失うことほど虚しいことはない。他人の評価でしか自分自身の価値を図れないことほど悲しいことはない。じっくりと自分を冷静に見つめる目はとても大切に感じる。
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2018年09月08日

凛と

どんなに悔しい敗戦であっても凛とした姿勢を大切にしたい。対戦相手に尊厳のある気持ちとひとときの時間を共に戦えた感謝の念を大切にしたい。苛ついたり落ち込んでいたとしても、きっちりとした礼節を忘れずにいたい。敗戦で人間的に敗者にはなりたくはない。名選手である前に真の人間でありたい。ある競技をひたむきに続けていき、その中で単に競技だけ上達するのではなく人間的にも磨かれていきたいものだ。試合に勝とうが負けようが人間としては常に凛とした自分自身でありたいと思う。人間として大切なものを自分自身の中でしっかりと守り抜いていきたいものだ。勝った負けたでは人間の価値は図れないのだから。
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2018年09月07日

苦しい時こそ

苦しい時に、そのままヘタリ込んでしまうか、自分に鞭打って踏ん張り一歩前に進むか…苦しい時にこそ自分自身の真価が問われる。もう無理かも、から、まだやれるかもへ。そんな自分への厳しさと踏み出した一歩が困難にへこたれない自分を育てていく。小さな決意は大きな自信を育てていく。自分とは自らを分けると書く。苦しい時こそ、未来の自分を分けていく分岐点のように感じる。究極は自分を育てられるのは自分自身。やればやっただけのことは必ずあるはずだ。苦しくても立ち向かえれば未来の笑顔の自分に出会えることだろう。
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2018年09月06日

可能性の扉

天才と呼ばれてる選手の多くは天才なんかではない。誰よりも高い意識を持ち、誰よりも練習もしている。「あいつは天才だから自分とは違うんだよ」と自分に言い訳をしている選手は自分が自分自身の可能性を閉ざしている。結果ではなく取り組む過程をよく観察した方がいい。可能性は誰もが無限大。スポーツだって、勉強だって、仕事だって同じこと。自分で自分自身の可能性に蓋をしてしまっている人は多い。でも、天才的に見える人はやはりかなりのことを積み重ねている。頭も体も誰よりも働かせている。自分はそこそこしかしていないで、優れた人を見て天才と決めつけて、できない自分自身を正当化する。そんなことをしていて自分が力をつけていけるはずはない。自分自身を信じて誰よりも頭も体も汗していかなくてはいけない。そこでこそ、誰もが自分自身の可能性という扉を開くことができるのだ。扉は誰かが開いてくれるものではない。自分自身が自分の意志で開いていくものだ。
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2018年09月05日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2018年09月04日

より高みを目指して

勝とうが負けようが、自分が持てる力を出し切って戦い抜いたのであれば常に胸を張っていればいい。勝って自惚れる必要なし、負けて落ち込む必要なし。勝とうが負けようが自分ができるのは今よりも更なる高みを目指して精進することのみ。戦い方も今の実力を出し切ることのみ。やるべきことをやるのみ。勝った負けたはその時々の自分の実力の指標であって、この先に実力は落ちるかもしれないし、現状維持かもしれないし、高くなって進化しているかもしれない。それを決めれるのは今の自分の取り組み次第。負けて落ち込んで自信を失って…モチベーションが下がって…なんて暇はない。勝って慢心して油断して…なんて暇もない。他との結果がどうこうではなく自分自身の実力を日々進化させていくことしかないのだから。結果に振り回されてブレるのではなく、高みから心の視点をブラさずに見続けていくこと。そこさえあれば自然に今の自分の進む道は見えてくるはずだから。
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2018年09月03日

怖さを乗り越える

強さには二つある。まだ怖さを知らない強さと、怖さを知った上で乗り越えた強さがある。さらには、怖さを感じない人と怖さを感じる人がいる。本当の強さとは怖さを感じながら、その怖さと向き合い、一つ一つ怖さを乗り越えてきた強さかもしれない。怖さから目をそらさずに真正面から向き合える強さ。怖さを感じないというのは、ある意味でとても危険なことでもあるし、怖さを知らないというのは怖さを知った時点で脆くも崩れ去ってしまう。怖さと向き合い怖さの根源から乗り越えていってこその本当の強さだろう。怖さを知り、怖さから目をそらせて見て見ぬ振りをして自分自身を誤魔化しているのは一番問題だ。怖さに常にまとわりつかれ、いつも怖さに追いかけられてしまうだろう。それでは何一つ解決はしないだろう。怖さに負けない真の強さを大切にしていきたいものだ。怖さは他でもない自分自身が作り出しているのだから。
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2018年09月02日

仲間を思う

誰かがしたミスをミスのまま終わらせるのではなく、ミスした相手の悔しく辛い思いを自分のことのように感じて、代わりに自分が取り戻してやると感じられること。勇気を持って行動に移していくこと。それがチームメイトであり仲間だと思う。それがいつも伝えている思いやりのあるプレー。誰かのミスを取り戻そうとすると、そのミス分のリスクも自分自身が背負わなくてはならない。そうするとその行動にはさらなるリスクが付きまとう。自分までそこでミスしてしまえばミスの傷口をさらに広げてしまう。その怖さとの戦い。怖さによって守りの気持ちになり敢えて行動に移さずに無難にしておくというのは楽な道。怖さが勝つのか、仲間への思い遣りが勝つのか…そこで仲間のために動いていけるのが真の仲間であり、そんな個々が集う集団こそが強いチームワークを育んでいける。自分さえ無難にやり過ごせればいいという考え方ではミスは起こらないがチャンスは掴み取れない。
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2018年09月01日

シンプルに

難しいことをいかに簡単にやれるか。面倒くさいことをいかに効率的にやれるか。嫌なことでもいかに楽しくやれるか。しかもそれらをいかに地道に継続していけるか。大切なことは、いかに物事の本質を見抜けるかにあるような気がする。表面的な部分に惑わされて本質を見抜けなければ、物事はどんどん複雑に難しくなっていくだろう。本質を見抜ければ物事はどんどんシンプルに簡単になっていく。そうすればやるべき事も明瞭化されていく。


今日は身体を少し怪我して無理な体勢なので短めで終わりにします。皆さんもくれぐれもお身体を後自愛ください。
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2018年08月31日

自分を信じる

できるか、できないかを決めてるのも自分。やるか、やらないかを決めてるのも自分。もっと自分自身の持つ可能性を信じてもいいように感じる。挑戦する自分自身を応援してもいいように感じる。自分を作り上げているのは他でもない自分自身だから。自分が自分自身を信じないで誰が信じるのか…可能性を他でもない自分自身が潰してしまっていないか?やりもしないで最初から投げ出したりしていないか?誰が可哀想って自分自身が一番可哀想だ。やはり自分の人生は自分が自分自身の力を信じて切り拓いていくしかないものだ。周りがどれだけ助けてくれたり、力を貸してくれたとしても、自分の人生の主体はあくまでも自分自身なのだから。
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2018年08月30日

大人の挑戦

子どもの頃は七転び八起き。失敗を恐れず立ち向かい、失敗してもすぐに挑戦する。悔し涙を流しながらもひたむきに立ち向かっていく。失敗する怖さより、成功する喜びが勝っている。というより、失敗なんて恐れてなかったはず。そんな子どもの頃の思いをいくつになっても大切にしていたい。大人になるというのは怖さを知ることだとよく言われるが…怖さばかりが先立ち身動き一つ取れなくなるような寂しい大人にはなりたくはないと感じる。子どもの頃のように失敗しようが次にまた平然と挑んでいけるような大人でいたいと思う。これは意識しておかなければ日常での様々な失敗から人はどんどん小さくなっていってしまう。身体ばかり大きくなるが、心はどんどん小さくなっていってしまう。それでは大人になることはつまらないことではないだろうか。大人になった今こそ、どんどん挑戦していけるのだから。
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2018年08月29日

持ち味を生かす

自分の持ち味は何か?持ち味を生かすのはどんなプレーなのか?その持ち味を最大限に生かせる状況はどうか?周りの観察を詳細にして、自らがそのような状況をどう作り上げていけるか?その持ち味を恐れずに発揮していくか?勇気と覚悟を自信をもって定められるか?その時に持ち味は最大の武器になる。持ち味は持っているだけでは単なる宝の持ち腐れ。生かし使ってこそその持ち味は輝きを増していく。持ち味は個性であり、自分を最大限に生かす武器だろう。どれだけそれをしっかりと理解できているのかによってそれは全然変わってくる。せっかくの持ち味があるのにそれを発揮しないことほど勿体ないことはないだろう。それは持ち味を錆びさせていってしまう。磨いて磨いて磨き上げて完璧な武器にまで仕上げていきたいものだ。光輝く自分だけの武器に。
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2018年08月28日

未来を拓く

今の自分の実力が足りないことを悲観して諦めるくらいなら、未来に活躍している自分をポジティブに思い描き、今足りない実力をつけていこうと今、全力で汗を流していく方がいい。今はまだ実力が足りないだけ。だからと言って未来も同じではない。未来を作り出せるのは今の自分自身だけ。今の自分で物事を判断しないこと。今の自分を基準にして自分自身の限界を作らないこと。未来は今という時間の集積の上にある。未来を悲観して落胆していても何も始まらない。未来の活躍している自分にワクワクしながら今を地道に実力を上げていけばいいだけのことだ。悲観したり落胆している余裕なんてない。もう今のこの瞬間から未来への時間は繋がっているのだから。足りないものは大概のことは自分が本気で取り組んでいけばいくらでも補っていけるのだから。前に前に時間と同じように進んでいけばいい。必ずや未来は自分の力で切り拓いていけるだろう。諦めるのはもったいない。
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2018年08月27日

過去も未来も

挫折の先に自らが未来を切り拓いていかなければ挫折は挫折で終わる。それが一番つまらない。それは過去の大いなる失敗というだけのこと。挫折は明るい未来があって初めて、あの時の挫折があったからこそ今の自分があると言える。過去を変えて意味を持たせていけるのは、未来。その過去と未来を繋ぐ時間こそが今ということになる。だからこそ今を大切に生きなければ、過去も未来も共に挫折ばかりの人生ということになってしまう。過去も未来も大切な時間にしたいからこそ、今を何より大切にしていきたいものだ。
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2018年08月26日

知恵に

教えることは簡単。でも考えることは難しい。さらにそれを行動に移させるのは難しい。教えたことは知識。考えて初めて知能になる。そしてそれを行動にして知恵になっていく。教えたことは時間と共に忘れるが自ら考えて行動に移したことは使える知恵として使えば使うだけ深まっていく。教えるのではなく、いかに考えさせて行動したくなるようにしていけるか。これは大きなテーマになる。知識は知恵に変えて生かしてこそ真に生きたものになる。
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2018年08月25日

満足な練習…??

練習を深くやればやるだけ自分に足りない部分がどんどん見つかっていく。どこまで行ってもゴールはない。満足いく練習なんてないのかもしれない。足りないからこそ、また次の日も新たな課題を持って取り組んでいける。できるようになったプラスの面には納得できても、満足とは違うような気がする。やればやり込むだけ満足からはどんどん離れていくように感じる。納得の積み重ねはあっても、満足は競技を続ける限り永遠にないのかもしれない。満足を感じた時点で終わりかもしれない。次の日からもうやるべき課題がなくなっているのだから。練習のための練習をして満足、たくさんの量をやったから満足…これでは練習が何のためのものなのか分からなくなる。できないことを一歩でも近づいてできるようになっていくためにこそ練習はあるのだから。その意識を常に忘れてはいけないように思う。何かはできても、人間はまだまだできないことは山のようにあるのだから。果てしない旅は続いていく。
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2018年08月24日

程よく

もうちょっとやりたいな…くらいで練習を終えられるといいかもしれない。腹八分の練習。食事と一緒で満腹になる練習だと、練習内容を消化できる余裕もなければ、また練習したいという練習欲も削がれてしまうかもしれない。飽きもきやすいだろう。例え1日だけ満腹になっても練習成果が上がる訳でもない。毎日の意欲や成果を考えても腹八分が丁度いいかも。成長度合いやその時々の状況によって、満腹感の感じ方も変わるだろうから、その腹八分。指導者は選手の様子をしっかりと観察していかなくてはならない。練習は満腹に詰め込むことが目的ではなく、上達していくことが目的なのだから、生き生きと集中して内容を消化していけなければ意味がないような気がする。
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