2018年11月06日

希望の光

どんなに絶望的な状況にあっても希望の光を失ってはいけない。希望の光は外にあるのではなく、自分自身の内にある。もう全てダメだ…と考えた瞬間に光は消えてしまう。何とかしていける!と考えて諦めない限りは僅かな光であっても輝いて見える。光を眺めているのではなく、光に一歩ずつでも意志して歩み寄っていこうとする姿勢を大切にすること。希望の光を外に求めている限りは他力本願。本当に自分を何とかしていけるのは自分一人でしかない。その自分が自分の心を真っ暗闇にしてしまったら先に何の希望も見えなくなってしまう。僅かな光でもいい、絶対に自らが吹き消すような真似はやめよう。僅かな光が灯っているから安心して何の行動も起こさないでいると希望の光はしばらくしたら消えてしまう。見えているうちにどんどん近づいていくことが大切になる。絶望の状態を打ち破っていけるのは自分の心と行動力に他ならない。諦めないというのは自分が思う以上に大事なこと。
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2018年11月05日

言葉を伝える

好きな食べ物でも、満腹の時には食べたくはないし、誰かから無理矢理食べろよと強要されても嫌々食べることになる。場合によっては嘔吐するかもしれないし、好きな食べ物でも大嫌いになるかもしれない。言葉も同じ。どんな素敵な言葉でも、聞く相手の背景や置かれている状況、相手の気持ちや気分、聞く立場などによって受け止め方は大きく変わっていくだろう。聞きたくないと思っているなら、どうしたら聞きたくなるかを考えて伝えてみるなどの工夫が大切になる。自分を知り、相手を知り、初めて伝えたいことが相手に素直に伝わる。食べ物も言葉も消化されてこそ心身の血肉になる。伝えるというのは言葉を投げることではなく、言葉を消化させることのように感じている。
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2018年11月04日

物事にはセオリーがあり、セオリーを知ったうえで勘を働かせることが重要なのであって、ただ勘に頼ったのでは結果が出ないことが多いように思う。セオリーを正確に追っていくと、大きな流れのようなものは外さない。その大枠の流れをさらに細かく様々な角度から分析していくと、こうなっていくだろうというのがより明確に見えてくる。この先は感性を鋭く磨いていき、感性を研ぎ澄まして物事を見ていけば、ほぼこうなる!という結果が見えてくる。ただ思いつきの勘では当たるか当たらないかというものでしかない。そんな勘は単なるギャンブルになってしまう。とことんまで綿密に詳細に多角的かつ理論的に物事を分析してこそ初めて根拠のある勘になるのではないだろうか。
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2018年11月03日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
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2018年11月02日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
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2018年11月01日

挑み続けていく

失敗することが格好悪いのではなく、失敗を恐れて何もせずに逃げている方が遥かに格好悪い。失敗せずにスマートに生きているように見せてその実はいつもビクビク弱気に生きている。それなら、がむしゃらに結果を恐れずに挑んでいく方が遥かに自分の人生を生きていると言えるのではないだろうか。例え失敗しようが…成功も失敗も自らが行動を起こさなければ、出てこない結果だ。だからこそ全力で全身全霊を傾けて挑戦していけばいい。失敗しようが自分がそれを本気で掴み取りたいと思ったなら、掴み取る行動をしていけることが自分の人生を生きることであり、人生を生きる意味だと思う。失敗を恐れてビクビクしていては何一つ自分が求めることへ挑戦をしていけなくなってしまう。たった一度きりの人生。ビクビクして何もできずに終わる時間にはしたくはない。可能な限りは挑戦を繰り広げていける人生にしていきたいものだ。誰がバカにしようが、自分の人生は自分が生き切るしかないのだから。
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2018年10月31日

人生を通して

苦しさや辛さを乗り越えた時、人は一段階強くなっていく。問題を解決した時、人は一つ知恵を身につけていく。悩み抜いた時、人は自分の生き方の軸を発見する。悲しみを乗り越えた時、人は思いやりや優しさを身につけていく。人生で起こる様々な苦悩は自分自身を育てていく糧になる。だからこそ逃げ出さずに向き合っていきたい。全力で向き合ってもがいていきたい。必ずやそれが後々の大きな力になるはずだから。人間としての生きる力は人生を通して磨き上げていく。そんな人生にしていきたいと常々考えている。人生は全てが思い通りにはいかないし、でも…だからこそ人を育ててくれるのだとも思う。
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2018年10月30日

自分の意志で

言われたからやるのではなく、言われなくても自分の意志でやっていけるようでありたい。怒られるからやるのではなく、自分が上達するためにやっていきたい。そのためには、今の自分には何が足りなくて、足りないものを補うための道筋を冷静に理解できていなくてはいけない。誰のためでもなく自分自身のために。別に誰かのために自分が上達する訳ではない。上達するのは自分のため。だからこそ誰かに言われて嫌々やるのではなく、自分の意志で生き生きと上達のためにやっていきたいものだ。しっかりと自分が自分自身を見つめてやるべきことをしっかりと自分が見つけ出していきたいものだ。それくらいの責任感を胸に刻んで取り組んでいけると上達に近づいていくことだろう。
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2018年10月29日

素直さとは

木の幹は一本の筋が通っているけど、その幹は根が吸い上げた栄養分によって形成されている。人間も一本筋を通すことは生きていく上で大切なことだが、様々な栄養を素直に耳を傾ける素直さも大切に思う。そうしなければ、やはり自分自身の人間としての筋や豊かさを大きくはしていけないのではないだろうか。素直さと何でも、はい!はい!言うイエスマンとは違う。素直だから他人の影響を受けすぎて自分を見失うというのも違う。素直さとは他人の言葉を素直に受け止めてしっかりと自分の中で咀嚼して栄養にしていけることのような気がする。
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2018年10月28日

大人の挑戦

子どもの頃は七転び八起き。失敗を恐れず立ち向かい、失敗してもすぐに挑戦する。悔し涙を流しながらもひたむきに立ち向かっていく。失敗する怖さより、成功する喜びが勝っている。というより、失敗なんて恐れてなかったはず。そんな子どもの頃の思いをいくつになっても大切にしていたい。大人になるというのは怖さを知ることだとよく言われるが…怖さばかりが先立ち身動き一つ取れなくなるような寂しい大人にはなりたくはないと感じる。子どもの頃のように失敗しようが次にまた平然と挑んでいけるような大人でいたいと思う。これは意識しておかなければ日常での様々な失敗から人はどんどん小さくなっていってしまう。身体ばかり大きくなるが、心はどんどん小さくなっていってしまう。それでは大人になることはつまらないことではないだろうか。大人になった今こそ、どんどん挑戦していけるのだから。
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2018年10月27日

マネジメント

一日の無理が下手をすると何ヵ月もの怪我になったり、競技者としての終わりになることがある。一日練習を休むと取り戻すのに三日かかると言われるが、仮にそうだとしても、三日ならいい。無理して怪我をするくらいなら、身体を労り一日休養する方が長い目で見た時にプラスになる。妥協やサボリの休養は禁物だが。身体がよりベストであっての競技者。そう考えると練習を休むのも勇気。無理をして長い時間を台無しにすることほど非効率的なことはない。上手に自分自身のコンディショニングをマネジメントしていける力も競技者には必要になる。
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2018年10月26日

成果

成果とは質×量。つまり質がマイナスであれば、量をやればやるだけマイナスは大きくなる。これでは、流した汗に平気で裏切られてしまう。反対に質がプラスで質が高ければ高いほど、×量のプラスは大きくなる。質は頭を使い、量は身体を使う。そのどちらも活用できなければ成果は上がらない。流した汗を成果へと繋げていくためには、それこそどれだけ頭を使って質を高めていくのかに関わってくる。日本的には人よりもたくさん量をやれば上達するという思考が強く、いまだに身をすり減らして量をやろうとするが…質を問わず量ばかりに意識が向くとやればやるだけマイナスが倍速していく危険が高まっていく。本当にどれだけ丁寧に質を高めていけるのかはとても重要な要素になってくる。せっかく流した汗を無駄にしないためにも、身体にかけた負担を成果に結びつけていくためにも頭をフルに活用していかなくてはならないだろう。どうせやるなら成果に繋げていきたいものだ。
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2018年10月25日

上手な付き合い

できないプレーがあるのは、悲観的なことではない。できるようにしていけることを楽しめばいいし、できないことは自分の伸びシロでもあると期待感を持てばいい。競技を続けていけばどこまで行っても、次々にできないことだらけなんだから。自分の中で成長を楽しんで競技に取り組んでほしい。できない、できないと悲観的になっていたら、どんどん嫌になるし、やる気もなくなっていってしまうだろう。下手をすると自分は向いていないんじゃないかと自分が自分自身を疑い始めてしまう。スポーツに限らず人間なんて生きてる限りはできないことの連続。できないことは次々に出てきて、できないということとは永遠の付き合いなんだから、楽しく付き合っていった方が遥かに前向きだと思う。
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2018年10月24日

願望を確信に

〜したいっていう願望を、〜できるという確信に導くために必要なのは、バカみたいに自分が自分自身を信じる力と、バカみたいに自分がやろうとしていることを信じる力。まさに夢を叶えるバカヂカラ。それがあれば願望という青写真に繋がる具体的な道筋をつけていける思考力が活発に働き始める。自分が自分を疑い、自分がやろうとしていることを疑えば、青写真はどんどんと霞んだものになり、しばらくすると消え去ってしまうことだろう。実現不可能なものになってしまう。せっかくの願望なら確信を持って実現させていきたいものだ。願望が湧くということは、自分の心が求めていることなのだから。挑戦してあげないと自分の心が可哀想だと思う。
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2018年10月23日

小さな原因

スランプや上達を妨げている要因は、意外にほんの小さなこと。小さいからこそなかなか気づけない。ここが厄介な点。小さな原因は身体の動きの最終段階では大きなプレーの差を生み出す。大味な原因分析では見えてこない。緻密な原因分析が求められる。自分自身に対する細やかな観察眼が重要になる。出てきた結果としての大きな誤差だけを見ていては原因はなかなか見出だしてはいけないだろう。過程を細かく分析して一つ一つの小さな動きやその連動性を見ていかなければならない。一見すると同じように見える動きでも、ほんの少し身体の使い方が変わるとまるで違った動きになってしまう。
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2018年10月22日

引っ張り上げる

人間誰もがいつも調子がいいということはない。また誰もがいつも調子が悪いということもない。調子の悪さというマイナスのエネルギーは仲間をその渦に引き込んでいきやすい。だからこそ、調子の良い人は必要以上にプラスのエネルギーで仲間を引き上げていく姿勢を示さなくてはいけない。ましてやそもそも影響力のある人間の不調の時のマイナスエネルギーはかなり大きなものがある。そのマイナスの連鎖に引き込まれてしまわないように調子の良い人は必死にプラス方向に引っ張っていかなくてはいけない。その先に調子が良い人も不調になる時がある。その時には今不調で苦しんでいる人が立ち直って、今度は逆に好調のプラスエネルギーでグイグイ引っ張る。組織内でこのように交互に助け合っていかなくては、みんながマイナスに陥り不調の伝染が起こってしまう。プラスに引っ張るのは大変だが、それは好調の誰かが先陣を切ってグイグイいくしかない。元気と明るさで。
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2018年10月21日

耐える力

耐える力。ギリギリの状況や苦しくて投げ出したいような状態の時でも、耐えてグッと踏ん張り切る力。誰でも余裕がある時にはいろいろなことはしていける。しかし、肉体的にも精神的にも追い込まれた時にでも、諦めず投げ出さず立ち向かっていける力。そのギリギリの状況やそれに伴う苦しみや辛さが一時的なものではなく、長く続こうが耐え続けていける力。何事も一筋縄ではいかない。耐えて耐えて耐えながら、それでも今よりも一歩でもいいから前進していけていればいいんだと感じる。
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2018年10月20日

もがき、あがく、

もがき苦しむ…それ以上に苦しい時間はないだろう。懸命に浮上しようともがく。何とかしようと懸命にあがく。ギリギリの気持ちの中の戦い。もがき、あがくことを諦めた瞬間に一気に沈んでしまう。でも、あがく中で掴めたものは、その後に突き進む大きな原動力になる。踏ん張って踏ん張り抜く。必死にあがき、もがくがどんどんと裏目に出る。やればやるだけ嫌になる。もう!どうでもいいや!と諦めて投げ出したくなるギリギリの所でグッと堪えながら、さらにあがいていく。藁をも掴む思いで。簡単にはいかない。やればやるだけ難しくなるような気もしていく。それでも、あがきもがくことを止めなかった人だけが掴み取れるものが必ずある。苦しみ抜いた者にしか辿り着き見ることができない世界が必ずある。それは諦めずにやり抜いた者にしか与えられない最高の勲章。耐えて耐えてとことんまで耐え抜いてみることも時にはとても大切なこと。中途半端ではなく、徹底的に本気であがきもがけば、必ず本当の答えが見つかるものだ。
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2018年10月19日

予習と復習

練習は勉強と同じで予習、復習が大切。練習時間だけが練習ではない。プラン、ドゥー、シーを丁寧に繰り返していく中で初めて練習効率は高くなる。課題も反省もない練習は…それは練習に行ったに過ぎない。限られた練習時間を最大に活かしていかなくては、なかなか上達には結びつかない。勉強だって同じだろう。余程の天才でもない限り、机に毎日座っていて成績が上がる人はいない。スポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ、上達をグングンしていく人は人知れず地道に準備を積み重ねている。それは特別なことではなく普通に日常的に。当たり前のことを当たり前にしていくことが何よりも上達への一番の近道だ。予習、復習は頭を使って考えること。考えて物事に取り組まなければそれは単なる行き当たりバッタリになってしまうだろう。丁寧に丁寧に磨きをかけていくことの大切さを痛感する。
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2018年10月18日

数字の解釈

数字では表れないプレーもあるし、数字以上に大きな意味を持つプレーもある。確かに数字は客観的な尺度ではあるが、数字に隠された意味をどこまで理解していけるのか。一つのプレーが試合を決定づけるものもある。数字も大切だが、数字の分析ができなければ、重要な意味が数字の中に埋没してしまう。杓子定規に出てきた数字だけでは本当の意味での貢献度は図り切れない。これはスポーツに限らず何事にも言える。数字に至るまでの過程、数字となって表れた結果がもたらした様々な影響を総合的に判断して数字を解釈していけなければ、数字に大切なたくさんのことを掻き消されていってしまうだろう。数字には表れないし、数字が残らないからこその貢献というものもある。漠然と数字を眺めているだけでは決して見えてこない意味がたくさんある。数字を残すことも大切ではあるが、貢献度はもっと大切。数字ばかりの重視になると、誰もが自分が自分のための数字しか残そうとしなくなってしまう…
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