2025年05月14日

一人じゃなければ

人としても心から尊敬できる方から大切な言葉を気づかされた。一人じゃないという言葉。人は時に孤独になる。人は時に孤独に人生の中で頑張り続けなくてはならない。人は一人としか思えない時に、自分自身を本当には大切にできなくなるかもしれない。一人で全てが完結する世界の中に生きていると何を成しても、何を手にしても虚しいように感じる。そうなると、自分の心の叫び、自分の心の涙、そうしたものを心の奥に封じ込めて、それを無いものにしようとしてしまうかもしれない。それは自分を大切にできていることなのだろうか。。。もし、自分が一人じゃなければ、自分のことを本気で解ろうとしてくれる人がいれば、時に心の叫びを口にしてもいいのだろうし、心の涙を瞳から流してもいいのだろうと思う。どんな自分でも受け止めて包み込んでもらえるという心の底からの安心感。一人ではないというだけで誰かと喜びも悲しみも分かち合える。それは生きている実感を強く持てることなのかもしれない。その誰かだけは普遍的に変わらずに自分を見続けてくれるという安心感。そうすると人はもっとありのままの自分を認めていけるし、安心して物事に向かっていけるように感じる。
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2025年05月13日

愛情の大切さ

人の全力の気持ちに対して自分の全力で応える。人の精一杯に対して自分の精一杯で応える。そうすることでそこに情熱という熱感が生まれる。素直に感じて素直に行動する。その根底を支えているのが愛情なのだろうと思う。相手に対して「〜した方がいいかな」という頭の損得計算ではなく、「〜してあげたい」「〜したい」という心から自然に湧き上がってくるのが愛情。そのような関係の中で生まれる何気ない心のふれあいによって、人は心が温かく包まれたり、お互いに同じものを共有でき幸せを感じるのではないかと思う。そのような関係の一瞬、一瞬が積み重ねられていくことで、結果として心の絆は深く繋がっていき、大切な思い出の時間として心に深く刻まれていくのだろう。そのような関係の中で濃い素晴らしい時を過ごすことができる。それは、結果以上に大切な時間のようにも感じる。教育というのは、勉強だけを教える場ならAIでも十分かもしれない。しかし、教育というのは人を育てていく場でもあることを忘れてはいけない。AIでは人は育てられないだろう…人を育てるためには、愛情に包まれる中で人と人とが本気で向き合い、人と人とがお互いに全力を注がなければ成り立たない。
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2025年05月12日

考え続ける

止まるな!常に考え続けろ!これは僕が常に自分自身に課していることでもある。何か困難にぶつかった時に足を、考えを止めてしまうと疲労感や辛さ苦しさを余計に強く感じてしまう。僕は絶対に困難を打ち破ってやろう!と考える。絶対に困難の壁の先にある世界まで足を止めずに走り抜いてやる!と考える。だからこそ、その困難に背を向けず、逃げ出さず真正面から困難を見据える。そのために必要なこと。常に考え続けること。常にとことんまで考え抜くこと。困難という難敵をどうやって料理してやろうかを考える。足を止めずに考え続ける。何とかしてやる!そのために考え続ける。
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2025年05月11日

社会

ありがとうもごめんねもお疲れさまも…何かを感じる感受性があるから言えるんだと思う。素直な心があるから口にできるんだと思う。社会が効率化しすぎて、大切なものを忘れがちになってる気がする…そう、器用に世渡り上手な人がスイスイと効率的に生きてく。でもね…その場ではそう見えても、心が温かい方が最後は幸せに感じて生きていけると思う。ほんとにそう…もう少し温かい社会になるといいのにと感じる。同情とかいらないけど、人と人とが相手の気持ちを受け止めてそっと寄り添って生きていけるような社会。そんな社会を社会の一員として、大人の一人として次世代に残していけるように。
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2025年05月10日

陰の力

本当に凄い実績を残す選手は地味なことを地道に継続できている。競技の練習をするのは当たり前で、それを支える地味なことにしっかりと意識を払いながら、大切に継続できている。他人の目に決して触れることのないこと。それを自分のために欠かさず続ける強さ。これが選手の底力を支える。派手な練習、好きな練習は楽しいだけでもやっていける。しかもやった!感がある。地道なことはそれ自体は何も楽しくはない。しかも特別にやった!感はない。それでも地道に続けていける強さこそ大きな力になっていくものだろう。実績の大きさとは、それ自体が目に見える氷山の一角でしかない。それを支える大部分は陰に隠れているのかもしれない。地味なことはバカにできない。それこそが技術的な土台、人間的な土台になるのだから。それができるかできないかで未来は大きく変わることだろう。
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2025年05月08日

こだわりをどうする?

自分の中であまりに完璧にこだわりすぎて、小さな失敗を許せずに、それを引き摺ってしまい、結果として物事がマイナスの方向に向かうことはある。意味は少し違うが『一殺多生』ということを考えさせられる。小さな失敗は心の中で抹殺して残りの多くのことに意識を向けて前向きに取り組んでいくことで、結果として全体がプラスの方向に向かうこともある。小さなことにこだわりすぎて全体を見失ってしまうと、全体がうまくいかないこともある。これは、決して小さなことを適当に投げやりにしていいということではない。ただ、小さなことに振り回されて残りの多くのことを生かせなければ、結果は望むようなものには近づいてはいかないだろう。
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2025年05月07日

価値とは

子どもの頃に拾った石を何故か大切にしていたことを思い出した。宝石とは違っても、どんな石ころでさえも、丁寧に手をかけて磨いていけば、輝きを増していく。石ころだから無駄だと思って放置しておけば、本当に道端に転がっている石ころで終わってしまう。手をかけるとはそういうことなのだろうと思う。手にしたその石を大切に思い、大切に手をかけていくことで、輝きを増していき、自分にとって大切なものになる。宝石には宝石の価値はあるだろうが、ただの石でもそこに自分の思いやエネルギーや手間をかけることで自分にとっての価値が創造されていく。宝石のように誰かから与えられた価値ではなく、自分自身が作り出した価値。人に見せびらかすための価値ではなく、自分の心を豊かにしていく価値。石ころに限らず、人生の中でそんな自分にとっての価値というものを創造していける人生にしていきたいなと感じる。
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2025年05月06日

生き方

真っ直ぐに真っ直ぐに生きていけたらいいなぁ〜自分に正直に自分の納得できる生き方を貫いていきたいなぁ〜誰かの涙を笑顔に変えていき、誰かの苦しみを励ましていきたいなぁ〜誰かの喜びを自分の幸せにしていきたいなぁ〜本当に人の笑顔にふれていたいから。そのために今の自分に与えられた役割に全力を注いでいきたいなぁ〜自分の役割と自分自身を裏切らない生き方をしていきたいなぁ〜等身大の自分で飾ることなく驕ることなく、ありのままの生き方を積み重ねていきたいなぁ〜そう、自分の人生を本気で熱い想いで生き抜いていけたら幸せだろうなぁ〜
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2025年05月05日

自分に負けるな!!

誰に負けるより一番情けないのは弱い自分に負けること。これを一番知っているのは他でもない自分自身。他人は誤魔化せても自分は誤魔化せない。弱い自分はすぐに限界を作る。そんな弱い自分に打ち勝って、自分の限界を打ち破れる自分でありたいものだ。その積み重ねが自信に繋がる。人間は弱いものであるが、同時に自分の意志の力でいくらでも強くなっていける。どれだけ他人に勝とうが、どれだけ他人を誤魔化していこうが、自分を見ている自分自身が、自分はいつも妥協しているな…と感じていてはいくら積み重ねても弱い自分に敗北した自分を日々積み重ねているに過ぎなくなる。自分に打ち勝つ自分を日々少しずつでも積み重ねていきたいものだ。
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2025年05月04日

ミスの過程

結果ミスなら、過程も全部悪いかと言えば必ずしもそうとは言えない。結果だけ見て全てを否定してはいけない。それをしてしまうと積極性が消えたり、結果良ければ全て良しという選手になっていきがちになる。罪を憎んで人を憎まずではないが、ミスを全面否定するのではなく、一連の流れを分析してミスの起きた場面の原因を冷静に考えることは大切だろう。過程が良かったのであれば、逆に誉めてあげる。ミスをする怖さを解消してあげる。人間がやることには必ずミスは伴う。本人の中でミスしても平気、ミスしたいなんて考えている人間なんて一人もいないのだから。誰もが何とかしたいと思っているのだから。
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2025年05月03日

前向きな後悔

どんな選手もいつの日にか引退という二文字と向き合わなければならない日が必ず来る。その時に何を思い、何を考えるのか。後悔のない競技人生をというが、一言で後悔と言っても色々な後悔があるように思う。誰もが後悔ないように日々全力を尽くしている。それでも終わって振り返れば、まだ〜できた、もっと〜すれば良かった、と考えるのが人間なのだろうと思う。自分はこんなものじゃない、またまだできたはずと。そんな後悔ならいくらでもしたらいいと思う。その後悔があるからこそ、次のステージでもさらに高みを目指していけるのだろう。これで充分と思った段階で自分の進化は終わってしまう。まだまだ、こんなもんじゃないという後悔は大切にしていけたらいいと思う。そんなプラスの後悔をするためにも、自分に与えられた時間を後悔を残さないように精一杯取り組んでいかなくてはならない。妥協を悔やむ後悔をするくらいなら、進化を求める後悔をしてもらいたい。
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2025年05月02日

豊かさ

目を奪われるものは世の中には溢れている。モノも情報もそれこそ、溢れるくらいみちみちている。人は目にとまる何かに飛びつき、すぐに飽きて、また次に目にとまった何かに飛びついていく。これこそ、物質的豊かさなのだろう。何かを手にする満足感。それに対して心を奪われるものとなると、そんなに多くはないだろう。心が豊かになったり、幸せを感じたり、強く感動したり、強く心を揺さぶられたり……目先の欲ではなく、心の奥底から強く求めるもの。目移りして飽くことなく、ずっと大切にしていきたいもの。それこそが精神的な豊かさなのではないかと感じる。もしかすると、ものが溢れる社会だからこそ、物質的豊かさに満ちている社会だからこそ、余計に精神的な豊かさを人生の中で求められるかで、人生の色彩が変わっていくのかもしれない。
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2025年05月01日

基本を

基本の先に個性が出てくる。個性は良いことだが、時にこの個性が時に間違った方向に向く時がある。自分では早く基本から卒業したいという思いから、独自の形を作り上げていく。そしてスランプになったりする。よく言われることだが、基本に常に立ち返ることは大切。一流選手ほど基本を大事にしている。基本というのは案外つまらなく感じがちだ。早く先に進みたいという気持ちも強くなる。それが時に先走らせてしまう。どんどん基本から離れていき、勝手なものを作り上げていき、途中から何が何だか分からなくなる。大事な基本が抜け落ちた個性は実体のない虚像のようになっていってしまう。困ったら基本に立ち返ろう。
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2025年04月30日

過程

失敗と妥協は違う。全力を尽くしての失敗は次に何かしら繋がっていく。しかし妥協してのそこそこの成功は、本当にその場限りで終わってしまう。目先では失敗と成功と結果は分かれるが、そこに至るまでの過程の違いが今後を大きく左右していく。また目先の成功がその先の成功と必ずしも繋がらない場合もある。例えば野球のゴロ捕球にしても極力後ろの方で守り、チャージをかけずに待って捕ればエラーは少ないだろう。しかし、積極的に前方にチャージをかけていけばエラーをする確率も上がる。前者は捕球ミスはないかもしれないが送球が間に合わずアウトにできないかもしれない。後者は捕球ミスは起こるリスクはあっても送球が間に合わないということはない。何を最終的な成功とするのかで、そこに至るまでの過程が違ってくる。それはスポーツに限らず何事においても言えることだろう。
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2025年04月29日

本当の強さは

自分をしっかり持てているということと、他人の話に耳を傾けず拒否することとは違う。本当に自分を確立できていると自分に自信を持てているので、逆に人の話を素直に聞けるようになる。そして他人の話を上手に取り入れて更に自分を確立していける。他人の話で簡単に自分の軸がブレない強さがある。自分に自信がなければ、他人の言葉で余計に自分が壊れたり、余計に迷ったりすることを恐れて他人に対してかたくなになる。自分の小さな世界観の中だけで小さな自分を懸命に守りすがりついて生きていく。それは外見は強そうに見えて、中身は本当に脆い。他人の話にすぐに流され右往左往するのは困ったことだが、しっかりとした自分を持てていれば、流されることなく話の本質を素直に受け止めることができるだろう。
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2025年04月28日

楕円球

ラグビーの楕円球というのは改めて考えてみると面白いと感じる。楕円であるが故にどう転がるのか分からない。勝手に予測して思い込みでプレーするとミスをしてボールを手にすることができない。ボールを手にする最後の一瞬まで諦めずに追いかけていかなくてはならない。まるで人生のようなボールだなと感じる。人生でおかしてしまいそうな注意事項があのボールに集約されている。思い込みと諦め。人生の中で大敵な二つの要素が含まれている。ただ、ラインを割ってしまえば、どれだけ追いかけてもどうにもならない。ラインを割ってしまえば、どれだけ追いかけてもそのボールはマイボールにはできない。
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2025年04月27日

不安を越えて

練習とは不思議なもの…やらなきゃやらないで、やることをやれていない不安におそわれる。やればやるだけ、こんなにやったのに報われなかったらと不安になる。練習が苦しいと耐えられるか?と不安になり、練習が楽だとこんなので大丈夫か?と不安になる。どうせ不安なら後悔のないやるだけのことをした方がいい。不安の種類は違うが、もし不安になるなら、逃げる不安より立ち向かっての不安の方が遥かにプラスになる。その不安をさらに練習を積み重ねていくことで乗り越えていく。
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2025年04月26日

自分自身のために

練習を苦しいと感じた時には、何で?ではなく、何のために?と考えてみよう。監督のせいで…と感じた時には、誰のために?と考えてみよう。やらされていると感じた時には、じゃあ?やらなかったらどうなる?と考えてみよう。それは全て自分自身のため。文句や不平不満を並べても、自分自身のためにはなってはいかない。せっかく練習をしているのであれば、それらを全て自分自身の力に変えていきたいものだ。
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2025年04月25日

熱く

熱く生きたい。心で強く感じて、心を震わせて生きていきたい。情熱を燃やして感動して生きていきたい。本気で全力を尽くして完全燃焼して生きたい。アホと言われようが、暑苦しいと言われようが、人生の時間を心を燃やして生きていきたい。結果はどうあれ。敗れたら、とことんまで打ち砕かれたらいい。勝てばとことん歓喜に浸ればいい。結果の感動は過程に比例する。情熱ある過程であれば、結果がどうあれ感情が強く揺さぶられる。醒めきった過程しかなければ、結果はどうあれ、まあ、こんなもんかという感情の揺さぶりはないだろう。感情が強く揺さぶられることこそ、もしかすると人生を生きている強い実感なのかもしれない。本気で生きている自分自身の証なのかもしれない。強く記憶に刻まれるような時を積み重ねていきたいと思う。
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2025年04月24日

踏ん張り抜く力

踏ん張り抜く力。簡単に倒れたり、流されたり、逃げたり、それができればとても楽なのだろうと思う。どのような状況に置かれても、ひたすら踏ん張り抜く。そしてそこから一歩でも前進していく。苦しいし辛いし、、、それでも、歯を喰い縛って踏ん張る。何故そこまでするのか?恐らくそれは自分が投げ出してしまうと全てが終わってしまうから。誰かがやってくれる訳ではないのなら、自分が最後の砦になって、何が何でも何とかしていくしかない。どこまでできるかは分からないが、できるまで踏ん張り抜くしかないだろう。苦しさや辛いさに打ち負けないメンタリティを持って、自分が自分自身に絶対に負けない生き方をしていきたいと思う。
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