2020年03月16日

山登り

競技で高みを目指すのは山登りと同じで苦しさも伴うことだろう。山もそうだが、小さな山、中くらいの山…今の自分のレベルに合った山を段階的に登り切っていく。これは個人スポーツでも集団スポーツでも同じ。個は個。まさに単独登頂。登り切った先に見える景色とさらなる挑戦を求めて。いきなりエベレストには登れない。そこに至るどんな山だって誰かと手に手を取って登れない。それはその人にとっての山だから。競技で頂点に立つというのは真の意味では孤独で苦しみを乗り越えていくということ。誰が助けてくれる訳でもなく、自分が自分自身に鞭打ちながら登り切らなくてはならない山。
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2020年03月15日

責めるより前に

誰かのミスを責めるのではなく、何故そのミスが起きたのか?ミスが起きる前に気づいてやれなかったのか?何故そのミスを自分達がフォローしてやれなかったのか?そのミスを取り返してやって勝利に繋げられなかったのか?と考えてみよう。ミスしてもいいなんてプレーする選手はいないんだから…誰もが懸命にプレーしている。ミスしないためにみんなと同じように日々の練習の中で汗を流してきている。責められるよりも前に誰よりも本人が一番辛くて苦しい思いを抱えている。人を責める前に自分にできたことがまだまだたくさんあったかもしれない。それを考えることの方がチームではないだろうか。
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2020年03月14日

試練の先に

誰もが試練…苦しい状況にあって人は試されているのかもしれない。諦めるか、ギリギリでも喰らいついていくのか。時には自分だけではどうしようもできない試練もある。しかし、それでも諦めずに自分にできることを真摯に全力で打ち込めばチャンスは巡ってくると信じたい。試練を肥やしにできると信じたい。僕は神頼みの人間ではないが、でも諦めることなく懸命に試練を乗り越えようとする者を神は見離さずに見てチャンスがあることを信じたい。神ではなくても、そんなひたむきな姿を誰かが必ず見ていると信じたい。試練を乗り越えた先に一回りも二回りも大きくなった姿を見てみたいと強く願う。試練を乗り越えていける力があると強く信じたい。
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2020年03月13日

この時に

人生は何度でもやり直しができるなんて言葉があるが……やり直せないこともある。それは学生時代。過ぎてしまえば、再び学生にはなれない。コロナの影響で卒業式が中止になったり、スポーツはじめ様々なイベントが中止になっている。

負けて泣くのはいい。負けて打ち砕かれるのもいい。それは必ず後々の人生の糧になるだろう。戦わずして、いや戦うことを許されず、打ち砕かれ涙する子達は納得できなくても受け入れるしかない。


卒業式はこれまでの学生時代に思いを馳せて、先生や仲間達に感謝を感じる場であり、これから次のステージに向かう決意を新たにする場でもある。

大人の決めた世界の中で生きていくしかない学生達。大人にとっては、毎年あることでも、学生には唯一無二の瞬間……

中止はやむないことかもしれなくても、大人達が温かい心で子ども達を包み込んであげられる社会でなければならないと感じる。こんな時だからこそ、大人の側も自分だけが大切、自分のことで精一杯、というのではなく、例え見ず知らずの学生に対しても、「卒業おめでとう!」「大会は残念だったけど、本当によく頑張ってきたね!」と声をかけてあげられる温かさを持てればいいのにと感じる。


やり直しがきかないなら、単に中止で終わりにするのではなく、学生達が未来に向けて希望や勇気を持てるようなエールを大人達が、地域が、送ってあげられるといいのにと感じる。

レミオロメン『3月9日』
https://www.youtube.com/watch?v=kQsr9-L-O2g
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2020年03月12日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2020年03月11日

信頼

仲間を信頼してプレーするというのは、信じて頼む部分も必要ということ。依存して寄りかかるのではなく、自分がやるべきプレーをした先には仲間に頼み託す。頼むことができなければ、何もかも自分がやろうとして失敗してしまう。苦楽を共にした仲間を信頼しよう。仲間を信頼できなければ独りよがりのプレーになっていく。スポーツに限らず人を信頼できるというのは大切なことだ。
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2020年03月10日

シンプルに

難しいことをいかに簡単にやれるか。面倒くさいことをいかに効率的にやれるか。嫌なことでもいかに楽しくやれるか。しかもそれらをいかに地道に継続していけるか。大切なことは、いかに物事の本質を見抜けるかにあるような気がする。表面的な部分に惑わされて本質を見抜けなければ、物事はどんどん複雑に難しくなっていくだろう。本質を見抜ければ物事はどんどんシンプルに簡単になっていく。そうすればやるべき事も明瞭化されていく。


今日は身体を少し怪我して無理な体勢なので短めで終わりにします。皆さんもくれぐれもお身体を後自愛ください。
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2020年03月09日

やる!

やると決めたからには、やるしかない。前途が不透明なら、できることからやるしかない。ごちゃごちゃ混線してるなら、一つ一つ解きほぐしてやるしかない。一気に大きなことをしようとするのではなく、地道に一歩一歩を積み重ねてやるしかない。やらなくてもいい理由もあるが、やらなければならない理由もある。どちらも理由があるなら、自分は最後までやる方を選択する。逃げる楽な選択はしたくはない。苦しくても辛くても立ち向かう選択をしたい。その先にたくさんの人の笑顔や喜びがあるなら。誰よりも考え抜き、誰よりも汗を流して、ひたすらに前を先を見据えて進んでやり抜いていくしかない。それこそが、大人としての責任なのではないかと思う。それを背負えるだけの自分であると信じている。
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2020年03月08日

未来の安定??

明日が決まっている人生、十年後、さらにその先も決まっている人生を人は安定と呼ぶのだろう。僕は感覚が逆なんだろう…そんな先々まで予約のある人生に退屈になってしまう。明日は何が起こるんだろう?十年後はどうなっているんだろう?ということを不安ではなく楽しみに感じる。何か何が起こるか?どんな人生なんだろう?という未知を楽しんでいる自分自身を心の中でいつも感じている。そもそも、将来の安定なんていうのも未来予想図でしかない。今いる会社が倒産するかもしれないし、どんな災害があるかもしれないし…だからこそ、今という時間に全力を尽くしたい。全力を積み上げていけば、自然に自分自身の生きる力や仕事の力は向上していく。そんな自分の持てる実力こそが未来を、いかなる未来であろうが生きていく安定なのではないかと考えている。日々、自分の中で力試しをしながら今を未来に繋げていければいいと考えている。
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2020年03月07日

ふとした風景に

ふとした景色に心が癒されることがある。特別な観光地のような景色ではなくても、日常の日々の中でふと目にする景色が心の中に深く忍び込んでくることがある。自分自身の心の有り様が、その風景にリンクするのか、その風景によって心の記憶が喚起されるのか。。。どちらもあるのだろう。自分の場合は心が本当に純粋だった子どもの頃の記憶の風景が甦ったりする。家族の愛情に包まれ、守られる安心感。友達と無邪気に夕焼空の下で遊んでいた素直な楽しさ。でも、時に不安になったり、悲しかったり、辛かったり、苦しかったり。様々な揺れる昔の心模様も含めて、全てが混在とした記憶の風景が、今の自分の目にしている景色と折り重なり、心を深く包み込んでくれる。穏やかなような、せつないような、それでいて温かな心に導いてくれる。
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2020年03月06日

わからないことに

人はやはり、目では見えないものに恐れを抱くのだろうか……ウイルスが目で見えればここまでパニック現象を起こしてはいないと思う。未知なるものに対する恐れも抱きがちだ。知らない怖さ、正体が分からない怖さ。ここから先の未来の不透明さに対する不安。この二つが重なり、さらなるパニックを起こす。そこに、人の心というこれまた目では見えないものが加わっているような気がする。一言で言えば、わからないこと。このわからないことが複数重なっていくと人は恐怖度合いが高まっていくということなのだろう。日常の日々の中にはわからないことだらけのはずなのだが。普段はわかってるようなつもりで生きているのだろう。そんな中で何か一つが集中的にクローズアップされることで、急に人の意識がわからないことに向いてしまうのかもしれないなと思う。
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2020年03月05日

向き合う

本当に人生を生きていると様々なことと出会うものです。全く予期もしなかったこと、ある程度は覚悟していたこと。そのどちらも人生は避けては通れない。しっかりと受け止めて、それを乗り切っていくしかない。悲しみに耐え、苦しみに耐え、辛さに耐え、それでも人生が続いていく限りはそれに向き合っていくしかない。様々なことが、様々な形で心にのしかかり、それが様々なことを自分自身に気づかせてくれたり、学ばせてくれたりする。目をそらしたくなるようなことがあっても、絶対に目をそらさずに向き合っていこうと思う。それだけの力はこれまでの人生の中で身につけてきたはずだから。最後まで目を見開き、とことんまで向き合ってみようと思う。
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2020年03月04日

誰のためでもなく

スポーツは誰のためにやるのか?誰かのためではなく他でもない自分自身のため。自分自身のために死力を尽くす姿が誰かを勇気づけたり、自分の活躍が仲間やチームの力になる。誰かに責任を転嫁するものでもないし、誰かに依存するべきものでもない。好きだからやっている。巧くなりたいからやっている。それを通して成長していく自分を味わいたいからやっている。そんなものではないかと思う。そんな純粋な想いで真摯に向き合い本気の汗を流す姿が他人の心を深く打つということなのではないかと思う。
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2020年03月03日

良いことも悪いことも

勝ったり負けたり…抜きつ抜かれつしたり…凄いプレーができたり何でもないミスをしたり…急に成長したり突然の不調になったり…そんなことが人間という生き物がやるスポーツ。スポーツも人生も良かったり悪かったり。そういうものだろう。その都度、全力で真剣に取り組んでいくだけのこと。目先の良いことに浮かれるでもなく、目先の悪いことに落ち込むでもなく、ただ地道に自分のできる全力を尽くしていく。人間ができることはそれが精一杯。ただ、昨日より今日、今日より明日、自分が進化した自分自身に出会いたい。だからどんな結果になろうが前を向いて進んでいく。ただそれだけのこと。泣いたり笑ったりを繰り返すのが人生であり、スポーツ。良いことばかりでもなければ悪いことばかりでもない。そんなものだろう。地に足を着けて常にブレない揺るぎない自分自身でありたいと思う。
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2020年03月02日

踏ん張り抜く力

踏ん張り抜く力。簡単に倒れたり、流されたり、逃げたり、それができればとても楽なのだろうと思う。どのような状況に置かれても、ひたすら踏ん張り抜く。そしてそこから一歩でも前進していく。苦しいし辛いし、、、それでも、歯を喰い縛って踏ん張る。何故そこまでするのか?恐らくそれは自分が投げ出してしまうと全てが終わってしまうから。誰かがやってくれる訳ではないのなら、自分が最後の砦になって、何が何でも何とかしていくしかない。どこまでできるかは分からないが、できるまで踏ん張り抜くしかないだろう。苦しさや辛いさに打ち負けないメンタリティを持って、自分が自分自身に絶対に負けない生き方をしていきたいと思う。
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2020年03月01日

漠然とした時間は…

ただ漠然と何かをやっていても、漠然とした時間が過ぎて終わってしまう。本人はこんなにやってきたのに…と進化しきれない自分自身に苛立ちを感じるかもしれない。スポーツであれば漠然と練習するのか、そもそも練習とは何か?を考え、何を目的にどのような手段でどれくらいの適量をやるのか?を徹底的に考えて準備をしっかりして練習に臨むのかでは明らかに成果は変わっていく。漠然と何かをやるって本当に勿体ない。どうせやるなら、どうせ時間を費やすのなら、少しでも進化していくための時間にしていきたいものだ。それが自分自身の自信にも繋がっていくはずだ。
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2020年02月29日

旅立ち

何かを終える、退くというのはとても寂しいことだし、時に辛いことのような気もする。しかし、それは同時に次に何かを始めるための新たな旅立ち。可能性を探す旅立ち。自分自身の力を試していく旅立ち。前にやってき続けた何かを通して身につけてきた力を次なる何かに発揮していく旅立ち。その何かしかないというのも素晴らしいことだが、自分はこれから先も何をやっても力強く生きていけるというのも素晴らしいこと。人には無限の可能性はある。それは年齢にも関係しない。自分が新たに始めると決意した瞬間から新たなスタートを切る。スタートしたら過去に振り回されることなく、新たなことに全力投球していけばいい。新たなスタートに輝きと幸あれ。
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2020年02月28日

夢のガイド

夢を描けないのは寂しい。でも夢だけ描いているのは悲しい。夢はあるのに踏み出せない自分の背中をそっと押してあげよう。夢の途中で転んで挫折しそうな自分の手をしっかり掴んで立たせてあげよう。夢を見失いそうな自分の前に立って先導してあげよう。自分の中にいる、もう一人の勇者の自分と共に夢に向かって。勇者は常に弱気な自分に寄り添う夢へのガイド。時に叱責し、時に励まし、時に優しく厳しく…一歩一歩夢への道のりを共に歩いてくれる。勇者の自分の言葉を誰よりも自分自身が信じていこう。勇者の自分の言葉にしっかり心の耳を傾けていこう。夢を描き、夢を実現させることほど喜びと楽しさに充ちた人生はないのだから。
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2020年02月27日

冷静に検討

ダメだから試合に使わない!もっと練習して力をつけてこい!と言われても、選手は時に、何がどう悪いのか?何をどのように練習していけばいいのか?を解らない場合が多い。方向性や道筋の解らない檄は、時に選手を余計に迷走させてしまうことになる。冷静で具体的な指示が大切な場合もあるだろう。選手本人が指導者の求める意図を明確に理解していない、もっともっとの練習は場合によっては徒労に終わってしまうこともある。指導者自身も時に何となくダメだ、よく分からないけど練習が足りないんじゃないかという漠然とした感覚で檄を飛ばしてしまうこともあるだろう。指導者も選手も共に一緒に冷静に課題を検討していくことが大切なように感じる。
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2020年02月26日

?のために

人がほんの少しでも余裕があるモノをほんの少しでいいから、自分以外の人のために使うことができたら、幸せな社会になるのではないか、と思ったりする。お金があればお金を。時間があれば時間を。体力があれば体力を……全部を自分が抱え込んだところで、一人の自己満足にしかならない。オードリーヘプバーンの『人間には二つの手がある。一つの手は自分のために。もう一つの手は自分以外の他人のために』のような言葉を昔、母親から教わり、自分の心の中に常に置いて生きるようにしている。自分の何かのモノが誰かの力になったり、幸せになったりするなら、それは自分だけの幸せより、もっと大きな幸せに繋がっていくと思う。でも。。。時に両手とも他人のためになっていたりすることがあるのも自覚したりする。少しは自分のために、というのも必要なのだろう。自分に対してはけっこう無欲に近いのもあるのかもしれないが。。。だから、ついつい自分のためにが薄れていたりする。
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