2024年02月19日

物事にはセオリーがあり、セオリーを知ったうえで勘を働かせることが重要なのであって、ただ勘に頼ったのでは結果が出ないことが多いように思う。セオリーを正確に追っていくと、大きな流れのようなものは外さない。その大枠の流れをさらに細かく様々な角度から分析していくと、こうなっていくだろうというのがより明確に見えてくる。この先は感性を鋭く磨いていき、感性を研ぎ澄まして物事を見ていけば、ほぼこうなる!という結果が見えてくる。ただ思いつきの勘では当たるか当たらないかというものでしかない。そんな勘は単なるギャンブルになってしまう。とことんまで綿密に詳細に多角的かつ理論的に物事を分析してこそ初めて根拠のある勘になるのではないだろうか。
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2024年02月18日

真実を

事実ではなく、真実を見つめてほしいと願う。事実は最後の夢の舞台を失ったということ。しかし、真実は自分自身の心の中にあるはずだ。真実とは自分にとって絶対的で、普遍的なもの。自分がどんな想いで日々を積み重ねてきたのか。それは事実がどうであれ、今も、そしてこれからどれだけの月日が流れようとも決して変わることのない真実。嘘偽りなく心の中に深く刻まれたもの。事実は時として時間と共に風化していくかもしれない。しかし、真実はこれから先の人生を生きていく上での心の拠り所になり指針となっていくだろう。目では事実は見えても、真実は決して見えない。でも自分の心に問えば、必ず心は真実を答えてくれる。
これから先の人生においても自分が望む結果としての事実を確実に手にできることばかりではないだろう。でも、いかにそこまでの過程に打ち込むかという自分の真実は自分次第でいかなる時でも手にしていける。人生は、自分の生き方は、真実の積み重ねでしかないのかもしれない。

打ち込んできた情熱の強さも、流してきた汗も、そして仲間達に対する想いも、誰かと比較するものでもなければ、誰かに評価されるものでもない。自分の中にこそあるもの。自分にしか分からないこと。だからこそ、これからも変わらずに真実を貫いていく人生にしていってほしいと心から願う。
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2024年02月17日

前に

ひたむきさ。仲間への熱い想い。自分自身との孤独な戦い。苦しさや辛さの壁を乗り越える。倒れるギリギリまでの極限の中で、一本の襷を繋いでいく姿。彼らはこの晴れの日のために、仲間と共に日々積み上げてきた距離は地球何周分にもなるだろう。共に過ごした深い絆をみんな襷で繋いでほしい。仲間のもとへ、ひたすら一歩一歩を前へ前へと運んでいく。思うように動かなくなった足に鞭を入れながら、止めることなく進めていく。自分のためだけではなく、何より仲間とのために。吐いて倒れそうになっても、彼らは決して倒れない。投げ出してしまえば、いっそのこと楽になるのに彼らは最後の最後まで投げ出さずに喰らいついていく。こんな時代に、こんなにも素晴らしい走りを目にできることで、新年から心が震える。感動させてもらえる。もちろん、競走だから順位は何よりも大切!でも…それ以上に大切なものを歯を食いしばって走るランナーから感じるんだよな。順位を越えて仲間からの襷を絶対に仲間へと繋ぎ切りたいという想い。本気で苦楽を共にした仲間への想い。選手に選ばれなかった仲間への想い。その想いが次の前への一歩になる。
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2024年02月16日

自分を生きる

自分を貫いて生きるというのは時として大変なこともあるだろう。自分に正直に生きようとすると誰かとぶつかってしまうこともあるだろう。楽な生き方ではないだろうと思う。自分を誤魔化して適度に周りに合わせて生きる方が楽かもしれない。でも、そうすると自分が社会や人の流れの中で迷子になってしまうかもしれない。自分が自分自身という唯一無二の存在を見失ってしまうかもしれない。本当は目の前にいるはずの自分を自覚できないのは寂しいし、途方に暮れてしまうかもしれない。だからこそ自分自身を生きたらいいんだと思う。何も大変なこと、ぶつかることを選ぶのではない。誰かを傷つけようとするのでもない。自分が自分自身を生きていく中でそうした経験も積み重ねていくことにもなるかもしれない。心は穏やかでいるはずもない。いっそのこと自分を消してしまいたくなることもあるだろう。その心の中の葛藤の中で自分が何を大切にしていきていきたいのか、それを道標にして生きていくしかないのだろう。
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2024年02月15日

マネジメント

一日の無理が下手をすると何ヵ月もの怪我になったり、競技者としての終わりになることがある。一日練習を休むと取り戻すのに三日かかると言われるが、仮にそうだとしても、三日ならいい。無理して怪我をするくらいなら、身体を労り一日休養する方が長い目で見た時にプラスになる。妥協やサボリの休養は禁物だが。身体がよりベストであっての競技者。そう考えると練習を休むのも勇気。無理をして長い時間を台無しにすることほど非効率的なことはない。上手に自分自身のコンディショニングをマネジメントしていける力も競技者には必要になる。
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2024年02月14日

自己と志

一つ目は、例えどんな場面に出くわそうが、決して揺るがない確立された『自己』を持つこと。二つ目はどんな状況に置かれたとしても石にかじりついてもやり抜こうとする『志』を持ち続けること。そうすれば浮わつくこともなく地に足をつけた生き方をしていけるだろう。何かを成し遂げていくためには、この二つのことがとても大切になるような気がする。自己がしっかりと確立されていなければ、途中でブレブレになってしまい、自分が何をやっているのかが分からなくなったり、簡単に自分自身が崩れてしまい長く続けていけなかったりしてしまう。志に関しても言うまでもないことだろう。やるのは簡単。やり続けるのは困難。やっていることを成し遂げていくことは難関。生半可なことでは決して辿り着くことはできない。
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2024年02月13日

個性

個性というものは、規則があってこそ生かされる。規則のない好き勝手やるというのは、単なる我が儘放題ということになる。規則には他者から決められた規律と自分が自分自身を律する自律とがある。どちらも、約束事をしっかり守らなくてはいけない。だから自分を殺して個性も出せなくなる、というのは違うと思う。与えられた範囲の中で個性を出そうとするからこそ、初めてアイデアや発想や工夫が生まれてくる。何でもありの好き勝手には自分は自分という考えしかない。それでは本当の意味では個性は磨かれていかない。自他から課せられた約束事をしっかりと自分を律して守り切る力すらない者に、個性を磨いていく力はないだろう。規則を生かして自分を生かしていく中にこそ、本当の意味での個性の輝きがあるように感じる。
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2024年02月12日

プレッシャーを越えて

時に絶対に期待に応えて結果を出さなければならないという大きなプレッシャーがかかるような場面がある。まあ、合格点かな、ではなく絶対的に合格点を出さなくてはならないような。それは絶対的な責任感のようなものかもしれない。それに対して逃げたり、妥協したり、押し潰されたりしない、逆にしっかりと受け止めて立ち向かっていける自分自身はこれまでの人生の中で育て上げてこられているとは思っている。自分の中では、最大限に気持ちを高め、集中力を高め、神経を繊細に研ぎ澄まし、空気を読み、空気を壊し、空気を作り上げて、頭の中をフル回転させて臨機応変に対応していく。無事に終わると本当にホッとする。それは自分に与えられた責任感を遂行できた安心感かもしれない。これからも多くのより大きなプレッシャーを乗り越えていかなくてはならないのだろう。乗り越えて乗り越えて、その先にいる自分自身に出会うために。
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2024年02月11日

今を生きる

明日を想像したら辛くなる…一年先を想像したら重く苦しみがのし掛かる…ということがあるだろう。そんな時は今日一日、さらには今という一瞬だけに全力を注いでみよう。先々を考え過ぎずに一日一日を積み重ねていく。その積み重ねが自信になり気づけば一年、二年と踏ん張り抜けているものだ。先々を想像して逆算をして今やるべきことをしっかりとやる、ということも大切だが、それだけだと余りに日々が辛くなり過ぎることがある。こんな日々がまだまだ何年も続くのか…と過度のストレスにさらされることもある。そうなると先々に想定される苦しさや辛さも全部まとめて今、この時に背負いこまなくてはいけなくなる。すると余りの重さに続けるのが嫌になり止めたくなってしまったりする。そんな時こそ目先の今、今日という一日を全力で生きていくのがいい。今、想像している先々より、実際はその時が来れば感じ方は変わっているかもしれないのだから。自分が敢えて自分自身を押し潰していく必要なないように思う。
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2024年02月10日

捉え方

ここまでしか勝ち上がれなかった…と考えれば心に刻まれるのは挫折感。逆にここまで勝ち上がれる力をつけてきたんだ!と考えれば自信が膨らむ。できなかったことより、できたことを考えよう。ここまでやれた自分達だから、もっとやれば、もっと力をつけてもっと勝ち上がれるはずだと。何をやっていたとしても、できないことを探し始めればキリがない。そのできないことがあるからこそ、どこまでも探求を深めて、どこまでも続けていける原動力にもなる。できないことを無力として捉えるのか、これから先の自分自身の伸びシロと捉えるのか。やはり物事を捉える時にはポジティブに捉えた方が、未来に向けてのエネルギーが湧いてくるものだ。
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2024年02月09日

満足と足る

腹八分の満足。これも時には大切なのではないかと感じる。人間は欲深い生き物でもあり、ついついもっと、もっとと求めてしまう。果てしない理想を追い求めていくことは決して悪いことではなく、むしろ大切なことなのだと思う。しかし、もっと!もっと!九分!十分!と求める中で欲をかきすぎて失敗したという人をたくさん見てきた。足るを知ることができる人と、欲の塊のようになりどこまでいっても足るを知ることができない人と。中には、腹十分を超えてもまだ十二分、十五分と…そのような方の反省の弁として「あそこまでは上手くいってたのに…」「欲を出しすぎて無理しすぎた」「終わってみれば、あそこで満足だったのに…」みたいな感じだ。理想を探求するのと、何かの欲を追いかけるのとではきっと違うのだろうと思う。
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2024年02月08日

未来の安定??

明日が決まっている人生、十年後、さらにその先も決まっている人生を人は安定と呼ぶのだろう。僕は感覚が逆なんだろう…そんな先々まで予約のある人生に退屈になってしまう。明日は何が起こるんだろう?十年後はどうなっているんだろう?ということを不安ではなく楽しみに感じる。何か何が起こるか?どんな人生なんだろう?という未知を楽しんでいる自分自身を心の中でいつも感じている。そもそも、将来の安定なんていうのも未来予想図でしかない。今いる会社が倒産するかもしれないし、どんな災害があるかもしれないし…だからこそ、今という時間に全力を尽くしたい。全力を積み上げていけば、自然に自分自身の生きる力や仕事の力は向上していく。そんな自分の持てる実力こそが未来を、いかなる未来であろうが生きていく安定なのではないかと考えている。日々、自分の中で力試しをしながら今を未来に繋げていければいいと考えている。
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2024年02月07日

心豊かに

まだできないプレーに絶望ではなく希望を持てる心を。少しだけできるようになったプレーに情けなさではなく喜びを感じられる心を。失敗したプレーに落ち込むのではなく、次こそ成功させてやるという前向きな心を。心が豊かにならないと、やればやるだけ辛くなる。誰にも無限の可能性があるのだから。自分が自分自身を見限ってはいけない。今日より明日、ほんの少しでもプレーが上達していれば幸せなことなのだから。そんな自分自身に喜びや希望、感動を感じられる心を失ってほしくはない。心豊かな競技生活を送ってほしいと思う。小さな自分が少しずつでも大きくなる過程を喜びに変えていってほしいと思う。
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2024年02月06日

やりたい想い

何かを本気でやりたい人は可能性を信じて手段を探し出そうとする。逆にやりたくない人は不可能の言い訳を探そうとする。迷いという暗闇の中の小さな光に走り寄ろうとするのか、小さな光を見て見ぬ振りをして生きていくのか…やりたいこととやれることとは必ずしも同じではない。やりたいという想いが強ければ例えできなくても、何とかできるように喰らいついていける。しかし、いくらできてもやりたいという想いがなければ、できない言い訳を探していってしまう。不可能を可能にしていけるのは、どうしても何が何でもやりたいという強い想いではないだろうか。
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2024年02月01日

武道の中に

日本的な武道の持つしなやかで柔らかな動き。流れるような連動する動き。相手の力を受け止めてより大きな力に変換して返す動き。相手との間合いをじりじりと詰めたり離したりする空間的な動き。球技をする選手にも参考になる動きが多いように感じる。武道、球技問わず、巧い選手はしなやかで柔らかく美しい動きをする。美しさ。それは無駄のないシンプルでありながら効率的な動きのようでもある。そこに向かうために全身が研ぎ澄まされたように流れが途切れることなく連動する。身体が紡ぎ出す美しい動きを目の当たりにすると、まるでそこに自然を感じる。淀みなく流れる川であったり、風にそよぐ木々であったり、静かに迫り激しく岩にぶつかる波であったり…人間が自然と同化しているような悠然とした世界に引き込まれていく。
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2024年01月31日

思いやりを大切に

チームワークってみんなが仲良しごっこをすることではなく、個々が自分の実力を発揮していくことだと思う。個々の発揮した力が集結して結果としてチーム全体の力になっている。お互いが仲良し、仲良しで依存し合っていても真のチームワークは生まれない。独立した自己責任の上にチームワークはある。真に自己責任を果たすということは、単に自分のことだけをやっていればそれでいいという姿勢ではない。共に戦う仲間に対する思いやりが大切になっていく。思いやりのあるプレーをできる選手でありたい。自分が楽をして仲間に負担をかけるのではなく、仲間が少しでも楽にプレーできるように苦しくても自分ができるプレーのギリギリまで踏ん張っていく。プレーして、はい!自分の役割は終わり!ではなくそのプレーの先まで想定して仲間を想う気持ち。ベタベタした依存的な仲良しである必要はないが、仲間への思いやりはとても必要なものだと感じる。それを個々が持てるかどうかでチームワークは変わっていく。これはスポーツに関わらず組織には言えることだろう。
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2024年01月30日

はまる

はまる。これは一発勝負ではよくあることだ。自分にとっては良い意味でピタッとはまる。反対に相手にとっては悪い意味でのはまる。何故か、その試合ははまったと口にする。もちろん、技術的な面も大きいが、メンタル的な側面も大きいように思う。自分にとっての『おっ!』相手にとっての『ん??』が重なっていくと、だんだんはまっていく。小さなこんなはずじゃないという気持ちの積み重なりが、自分には『今日はいけるかも』になり、相手には『今日は歯車が合わないな』になっていく。自分のメンタルと相手のメンタルは表裏一体で自分が乗れていれば、相手は乗れていない。試合の中で小さな『あれ?』をどれだけ作り出していけるのかが勝負の分かれ目のように思う。『あれ?』『あれ?』『あれ?』がボディブローのようにききはじめると、両者ともに完全にはまっていく。
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2024年01月29日

坂道を乗り切る

坂道は上りも下りも別の意味でしんどいものだ。上りは前に体重をかけていないと転げ落ちる。下りは後ろに体重をかけていないと転げ落ちる。上りは足を蹴り上げなければならないし、下りは足にブレーキをかけなければならない。同じ人生の坂道でも、どのような心持ちで進んでいくかは変わっていく。上りは頂上という希望を目指す坂。下りは崖下という絶望を避けていく坂。人生には様々な坂道がある。希望がモチベーションになる場合もあれば、絶望がいい意味でモチベーションになる場合もある。そのためにも、今の自分が上りなのか、下りなのかを見極める必要がある。漠然と坂道は辛いなぁ〜では進み方を誤る危険性がある。
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2024年01月28日

練習を

やらされる練習ではなく自らがやる練習をしよう。やって満足の練習ではなく意味のある練習をしよう。量を競う練習ではなく質を探求する練習をしよう。周りの目を気にする練習ではなく、しっかりと自分の心身に意識を集中させた練習をしよう。全ては練習は消化するためにあるのではなく上達するためにあるのだから。練習はノルマではない。上達したいから、自分自身を成長させていきたいからやるもの。練習を楽しく意味あるものにするためには、自主性や考える力が求められる。自分が求めるものを追い続ける探求心。練習は毎日のことだから余計に大切に過ごしていかなくてはならない。
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2024年01月27日

若い子達へのメッセージ

本当に心の強い人というのは決して人をいじめたりしないんだよ、威張りもしないよ、と。心が弱い人はその弱さを誤魔化すために強いフリしてるんだよ。だから、みんなは心が強い大人に育っていって、辛い思い、悲しい思いをしている人が周りにいたら、思い遣りをもってそっと手を差し出していける大人になるんだよ、と。小さい教室は、子ども達にとっては一日の大半を過ごす場所。ある意味、子どもにとっては世界の全てくらいのもの。またそこでの人間関係は、その子にとっては出会う人の全てと言ってもいい。そこで、いじめなどにあうと決して小さなことではないはず。人は人に対して自分のできる精一杯をすればいいんだよ、と。心の強い子はそんな子がいれば守ってあげればいい。そこまで強くなくても、その子にほんの一言声を掛けてあげたり、メールなどで、表立っては何もできないけど見守ってるって送ってあげるでもいい。そんな、みんなの心から生まれた小さな勇気は、その子にとっては学校に行くための大きな勇気になるんだよ、と。心の強さを大きな優しさに変えて、人を守れる強さに、人を笑顔にしていける強さにしていけるといいなと思う。そんな大人になっていって欲しいと願う。
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