2020年02月25日

自分の中で

自分の中にも、自分が好きな部分の自分と、好きになれない部分の自分とがある。好きな部分だけで生きていかれたら、いや、好きな部分だけで生きられないならせめて好きな部分を大きな割合で生きていかれたら……なんて思ったりするのだが。できたり、得意な部分が自分で好きかと問われても、好きなことも、逆に嫌いなこともある。場合によっては、嫌いだろうが必要に迫られれば、その得意な部分を発揮していかなくてはならないこともある。本当はできる限り発揮していきたくはなかったりするのに。でも、誰もやらなければ、あるいはできなければ、やるしかなかったりする。だからこそ何かをやろうとする時には、自分自身が中途半端な気持ちではしないようにしている。決断して覚悟を決めなければならない。それは嫌な自分と向き合いながら、力を発揮していかなくてはならないから。まあ、それが生きるということでもあるのだろう……でも、本当は自分が自分の好きな部分だけで生きていくことができれば幸せなのかなとも思ったりする。
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2020年02月24日

ムード

チームのムードというのは凄く大切。ただ大きな声を出したり、大騒ぎすればいいというものではない。どれだけ仲間の心を打ち、勇気を与える言葉を口にできるか。その言葉に思いを込めていけるか。感動して同じ思いを仲間達と共有できて自分を仲間を信じられる空気感を作り出せるか。思いを共有できるムード。最高のムードは自分の背中を押してくれるし、仲間達の背中も押してくれる。本当に伝えたいのは言葉の羅列ではなく、心の中にある真の思いなのだから。
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2020年02月23日

不安に立ち向かう

何か新しい事に挑戦しようとする時に、誰でも必ず不安はつきまとうだろう。でもワクワク感もあるだろう。好きな世界の物事へ挑戦する時にはワクワクが不安に打ち克つ。不安は挑戦を始めたその日から少しずつでも力をつけていくことで自然に消えていく。逆に言えば不安があるから実力は伸びていく。自分の心の中にある不安をネガティブに捉えていくのかポジティブに捉えていくのか…不安を自分の限界と捉えるのか、不安の分だけ自分の伸びシロがあるんだと捉えるのかで大きな差が出る。不は無いのではない。今はまだ足りていないだけ。足りないものは身につけていけばいい。実力は必ずついていく。不安を上手に味方にすれば、自分を伸ばすモチベーションに繋がっていく。好きな世界への挑戦であれば足りないものを身につける過程でもストレスはあまり感じないだろう。全力で没頭していけば自然に実力がついていき、そうすればいつの日か気づくと不安が自信に変わっていたりするものだ。
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2020年02月22日

会話

耳ではなく、心で聴く。言葉にとらわれるのではなく、心で感じる。語彙ではなく語調を感じる。頭で理解するのではなく心で理解する。会話なんてたわいのない日常のひとこま。。。そのひとこまの中で上っ面な言葉のキャッチボールをしても、それは単なる言葉遊びに過ぎない。人を感じることのできる会話をしていきたいと思う。心の情緒的な部分を大切にして会話をできると楽しいのにと思ってしまう。もちろん、言葉のロジカルな部分や話の論理性も重要だが、最近では頭で会話をしている人が増えてきているなと感じてしまう。そんな会話は会話の後にどっと疲れが出る。心で会話をするという自然なことが薄れているような。。。心と心が通い合うからこそ、相手の心も自分の心も豊かになるのではないかと思うのだが。会話なんて構えてするものでもないし、勝ち負けでもないし、相手と自分とがある部分を深く共有して一つになるもののような気がする。
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2020年02月21日

実力と実行力

どれだけ実力があっても、それを行動に移せなければ、それは単なる実力という宝の持ち腐れ。行動に移すのが実行力。実力と実行力。似た言葉だが全然違う。いくら自分には実力があると主張したところで、それが何一つ行動に移されなければ、それは単に口先だけでデカイことを言っているだけの人間になってしまう。実力は使われてこその実力。個人の自己満足を満たすものではない。行動に移せないというのは、いくらあっても、ないのと同義。できないものはすぐには難しい、でも、できることはすぐに行動に移してやる。つまり、自分の実力(できること、できないこと)を明確に正確に理解できている人ほど行動に移しやすくなるのではないかと思う。できないことをできると錯覚して勘違いして、自分にはできる実力があると思っていても、実力があるならそれを行動に移せと言われても、実力がなければ行動はできない。正確な実力把握こそが、正確な実行力を生み出していくのだと思う。
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2020年02月20日

繋ぐもの

何かと何かとを繋ぐ時に、糊だとすぐに離れてしまうかもしれないし、瞬間接着剤ならガッチリくっついているかもしれない。人と人とを繋ぐもの様々なモノがあるような気がする。想いが繋げる、愛情が繋げる、友情が繋げる、利害関係が繋げる、お金が繋げる、損得計算が繋げる……人と人とは多くのことで繋がったり離れたりしている。その繋げるモノによって、関係が深まったり、薄っぺらい関係で終わったり。本当に人と人とは難しさも多い。繋がっていても、結果として仮に離れてしまったとしても、自分の中で大切に大事にしている接着剤で繋がっていたいとは思う。繋がっていても、離れたとしても、人に対しても自分自身に対しても、やはり心から幸せを感じることができるモノで繋がりたいとは強く思っている。
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2020年02月19日

頭も心も自由に

小さな頃はあらゆる面で、できないことは多かった。でも、頭や心はどこまでも自由だった。大人になるとできることはたくさん増えたが、頭や心が不自由になってしまった人が多いような気がする。生きていく中で、無意識のうちに様々な制限や限界や常識などに完全に縛られていってしまうのかもしれない。そして、自分ができるようになったことの範疇で生きていこうとするのかもしれない。そんな勿体ない人生にするのではなく、頭も心も自由自在に解き放ち、どんどん挑戦していける人生にしていきたいものだ。
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2020年02月18日

雨粒は…

雨粒は岩をも砕く。そんな戦い方はいいなと感じる。小さな力でも、一粒一粒がじわりじわりと意味を持って当たっていけば強い相手にも立ち向かっていける。爆発力もいいが、一粒一粒が地道に自分の意味と役割を積み重ねていく戦い方。小さなプレーの集結が大きな勝ちを呼び寄せていく。そのためには、一人一人が一プレー、一プレーの意味を深く理解していかなくてはいけない。単発の雨粒では砕くほどの意味は持たないのだから。一試合で自分一人ができるプレーの数には限りがある。その中でどれだけ意味のあるプレーをしていけるのか。直接的に目に見えるナイスプレーだけでなく、影に隠れたナイスプレーを含めて。雨粒は決してダイナマイトではないが、それでも集結すれば岩を砕ける。起死回生の…なんてそうそう起こるものでもない。小さな積み重ねは誰もができること。一人一人ができる最大限の一プレー、一プレーを積み重ねていくしかない。
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2020年02月17日

命令とアドバイス

アドバイスは、された方にやるやらないの選択肢がある。命令はやるしかない。アドバイスには相手に対しての尊敬や相手の権利も視野に入っている。しかし命令は否定から入っている。命令では表面的には従順に動いてるフリはするが…やはり人は自分の意志で心から動かなければ本当には身につかない。恐怖をチラつかせて命令して人を強制的に動かせることはできてもそれは真に動いていることとは違うだろう。やはりアドバイスをして本人の選択と意志に任せていかなくてはならない。自分に必要だからやっていこう!と思えば人は自然に動くのだから。人を育てていくというのはそういうことのような気がする。
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2020年02月16日

若い頃は…

若い頃なんて、転びそうになるくらい前のめりに進んでみるのもいい。転ぶ痛さよりも、前に突き進む感覚を大切にできたらいい。転んで痛みを知ってもさらに前のめりで進んでいく。転んだ痛みにも本当は耐えられるし、立ち上がり前に進む力が若さにはある。慎重にいくのは年を重ねてからでも充分かも…若いうちから失敗を恐れてビクビクして生きるのではなく、どんどんあらゆることに挑戦をしてほしいと思う。無茶するなよ、と言われるくらいにガツガツ進んでも面白い。小さくまとまる必要なんかない、それこそ若いうちは七転び八起きでいい。自分自身を大きくしていくためにも。
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2020年02月15日

ストレートに

ストレートな生き方。僕はそんな生き方が好きだ。それはストレートしかないというのではなく、様々な変化球も巧みに操れる自分もいて、生き方の投球術も巧みな自分もいながら、それでも尚、敢えてストレートを選択して全身全霊で向き合う生き方をしていきたい。変化球でかわすのも悪いとは思わないし、投球術で頭脳戦に持ち込むのも悪いとは思わない。それは良い悪いではなく、好きかどうかなのかもしれない。自分が心地良いかどうか。真正面から向き合ってそこに真っ直ぐに全力を注げるのがとても心地良い。結果としてホームランを打たれるような望まない結果になっても、そこで自分らしく真剣勝負をできたのならそれでいい。恐れずにまた次にストレートに生きていく。
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2020年02月14日

ベースボールマップス

IMG_20200214_003309.jpgreceived_2667182596705108.jpegDSC_0978.JPGDSC_0994.JPG元巨人の川相昌弘さん野球ボールを前回に引き続きお招きして、第59回目(毎月1回開催)になるベースボールマップス主催の『野球上達セミナー』を都立富士森高校を会場に開催しました。今回のテーマは「守備の極意!!」名手川相さんに多くの守備のコツを教わりましたきらきらきらきら

強いとか弱いとか関係なく、巧いとかあまり巧くないとか関係なく、少しでも野球が巧くなりたいという子達に学ぶチャンスを与えてあげたいと開催していますにこにこ

野球というのは、野球というスポーツに過ぎない。その野球にどんな価値を創造して付帯させていくのか、野球を通して何を学び何を人生に活かしていくのか、それはまさに十人十色。野球に絶対的なものがあるとするなら、好きな人にとっての楽しさのはず。

その楽しさがどんどん失われていき、逆に大人が押しつける画一的な価値観や教訓のようなものばかりを背負い込んでいくのはどうなのかな?と思う部分もある。

人は楽しいから没頭する中で好きになり、好きになるからこそ、もっと上達したいと思うのだろう。上達したいと思うから、もっと知りたくなりもっと探求していきたくなる。知れば知るだけ、たくさん試したくなる。

そんな過程の中でそれぞれの選手が自分で自分の気づきや思考、感受性などを通して様々なことを身につけていくことこそ大切なのではないか?と感じたりもする。そして自分なりの価値や意味を作り上げていけばいいのではないかと。


大人が押しつけるものでもなければ、選手の側も単なる受け身で作り上げられるものでもない。選手が自ら積極的に自分が作り上げていくもののように感じる。
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仲間を理解する

チームで意見が分かれる、意見がバラバラになる、こんな時は、ついつい何故?自分の主張は理解してもらえないのか?と個々が思いがち。大切なのは個々それぞれの何故?があるということ。誰もがそれぞれの何故?でチームにとって良かれと思っていること。意見は違えど想いは同じということ。相手が理解してくれないではなく、まずは自分から相手を理解してみようとすることが大切になる。誰もがチームがより強くなるための考えなのだから。
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2020年02月13日

人生の宝物

人には生きていく上で宝物があるだろう…かけがえのない宝物。それは生きていく糧になり、生きていく情熱になる。人生はそれを探し見つけ出す旅かもしれない。真剣に真摯に向き合わなければ見つけ出せない。お金では手に入らない宝物。生き方でしか探せない宝物。そんな心の宝物があれば幸せなこと。人生にどれだけ向き合えるか、人生にどれだけ情熱を注いでいけるのか…適当にダラダラ生きていては絶対に見つからない宝物。自分の心の芯になるような、心をいつも輝かせてくれるような宝物。真剣に自分自身と向き合い、真剣に物事と向き合い、真剣に物事と対峙していく中で初めて見えてくるものがある。そんな宝物を磨き上げて人生を送れたらとても幸せなことだろう。どんな物事も表面をなぞっていただけでは上っ面なものにしかならないだろう。深くまで探求を続けていく。そこで初めて見えてくるものが必ずある。自分にはこれがある!と言い切れるもの。それこそが人生の宝物だろう。
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2020年02月12日

風のように

風のように。時に春の優しさのある暖かな風のように。時に夏のホッと清涼感のある風のように。時に秋の寂しさを含んだせつなさが漂う風のように。冬の厳しさも持ちながら美しい雪を吹き付ける風のように。人は風に包まれて生きている。特別に風を意識している訳ではないが、風に吹かれて生きている。向かい風に押し戻されたり、追い風で背中を押されたり。嵐のような風に自然に畏敬の念を覚え、穏やかな風に自然の豊かさに思いを馳せて。風は流れていく。何処から来て何処かへと。余韻だけを残して一瞬のうちに去っていく。風は駆け抜けた後に人の心に何かを残していく。
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2020年02月11日

苦悩

自分の仕事には絶対はない。だからこそ、悩む抜く。その苦悩こそが、自分の仕事をする者としての何かを掴むことができるのではないかと思っている。仕事の場では絶対的な自信を持って臨んでいる。でも、それは一歩間違えると独りよがりの絶対的なものになりかねない。それを誰よりも強く自覚している。だからこそ、仕事から離れた時間は徹底的に自分自身に、自分の仕事に誰よりも激しく疑問を投げ掛けるようにしている。苦しい苦悩の時間。自分の中で行われる二人の自分の激しい議論。。。自分にとっては、簡単に絶対的なものを信じ切った方が楽だが、楽をした先に仕事、人間としての進化はないと思っている。そうでなければ、自分のことを信頼して仕事を任せていただいている皆様の本当のお役には立てないと感じている。人からの信頼に応えるためには、誰よりも自分がもがいて、もがいて答えを出していかなくてはならないと思う。
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2020年02月10日

強さ…

強さというのは、裏を返せば脆さでもある。本当の強さは柔軟に変化できることのように感じる。真冬に寒さに強いからとTシャツでいれば風邪を引いてしまう。暑ければ脱ぎ、寒ければ着ればいい。強さも度を超えると意固地みたいになる。こう決めたんだから意地でもそのやり方で、と考えが凝り固まるのか?あるいは、状況を見ながら臨機応変に対応して変化していけるのか?ただ、何もかもが変化してはブレブレになってしまう。本質的な軸の部分は決して折れない強さは必要だろうと思う。ただ、表面的な部分は柔軟に変化していけることは重要なのではないかと思う。目的はブレない確固としたものを持ちながらも、手段は時代や状況に合わせて変化していける。それこそが本当の強さではないかと思う。
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2020年02月09日

日々の進化

仕事。毎日、毎日、同じようなことの繰り返しの日々の中で、いかに日常に馴れ合いにならずに、我慢して手を抜かずに取り組んでいくのか。飽きることなく、同じことの中にも深みを探求していくのか。毎日の中で、結果的にできたことに満足をするのではなく、過程を見つめてどれだけまだまだ自分自身を進化させていけるのか。毎日は毎日過ぎていく。その一日が毎日、積み重ねられていく。自分は何を積み重ねていくのか。自分はどこまで進化していけるのか。自分をどこまで磨いていけるのか。メンタルトレーナーとしての職人としての自分と、一人の人間としての自分と、どちらも毎日の中で自分が育てていけるといいなと感じている。
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2020年02月08日

見る目

普段、道を歩いていて道端に咲く花に目を留める人は少ないかもしれない。しかし、どんな人も恐らく砂漠の中に咲く一輪の花があれば、目を釘付けにされ、たくさんの勇気や希望を感じるのではないだろうか。人は目で様々なモノを見ているが、それは同時に心で見ている。心の有り様がどうかによってモノの見え方は全然違ってくる。もっと言えば、心によって人は自分が求めるようにモノを見ているとも言えるだろう。絶望にある時には、希望を求めて。辛い時には幸せを求めて。悲しい時には喜びを求めて。何かを見る時にそれを懸命に探して投影しようとするのだろう。人は同じモノを見ていても、その個々の心によって本当に見え方は人それぞれなのだと改めて感じる。
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2020年02月07日

潔さ

空振り三振をして、バッターボックスで、いくらもう一球打ちたいと要求しても無理なものは無理。いくら諦めきれなくても諦めるしかない。どれだけ打てなかったことを悔いても仕方がないし、どうにもできない。せめて、三回は自分らしく全力を出し切ってバットをフルスイングできたことを自分が自分自身に認めるしかないだろう。同じ三振でも迷いや不安や、あらゆるネガティブな要因で躊躇して三球見逃しの三振をするよりはいいのだろう。想いを込めて自分らしいスイングができたのなら。潔く諦めるのも、場合によっては前向きなことなのかもしれない。きっとそうなのだろう。目の前の相手の投手と真剣勝負をして敗れたなら、それはそれで潔く受け入れる。中途半端に当てにいって中途半端なスイングになってアウトになるより、自分らしいフルスイングができたのならそれでいいのだろう。ふと、昔考えたことを思い出した。
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