2006年02月09日

スポーツ小説13

上級生の目を恐れて同じ1年生も山田少年と口をきかない。部室のロッカーの練習着には落書きがされる。スパイクの紐が二足固く結ばれ、履くことができず、練習に遅刻すれば殴られグラウンドを永遠に走らされる・・・多種多様な、これでもか!!といういじめの日々。
中でも山田少年を傷つけたのは、練習着への落書きだった。母を傷つけたり心配させたりしたくなかった。自分一人の事なら、まだ耐えられる。しかし落書きされた練習着を洗っている母の心をイメージの中で考えると・・・母には単純に推薦を喜んだままでいて欲しい。少年は練習が終わってみんなが帰った後、月明かりに照らされる中、水道の水で懸命に手洗いしていた。

僕は月明かりの中、懸命に親にバレないように洗濯している少年の姿を思い描いた。せつなさが込み上げてくる。そして目の前の男の顔を眺める。今は淡々と話してくれているが・・・肉体の痛みやツラサは時間と共に癒される。では心の痛みやキズはどうなのだろう。果たして癒されるのだろうか・・・もしかして時間の経過によって癒されるのではなく、もっと心の奥深い部分の潜在意識へと押し込まれてしまうのではないか?そして潜在意識に蓋をして見ないように生活していく。しかし、潜在意識の中では、その心の痛みやキズは確実に生き続ける。

子ども達の一人、木下は神妙な面持ちで男の話に耳を傾けている。彼はチーム1の明るいキャラクターでチームのムードメーカーでもあった。「もしかして、こいつにも昔何らかの経験があるのかな・・・」僕は考えた。僕は知っていた。木下の明るい雰囲気の裏に陰りがあるのを・・・

ある日の練習後、チームメイトから離れた木下が一人イライラしながら校舎の壁に石を投げ続けていた。
人間には防衛本能が備わっている。彼の異常な明るさは、もしかすると何か大きなエネルギーから自分の身を守るための本能によるものだったのかもしれない・・・心の中の歪みが、彼を追い立てるように危険信号を鳴らし続けている。しかし明るく振る舞うことで癒される自分もいる。

男もまたそうなのかもしれない・・・いじめを淡々と話す事で過去の自分を少しづつ解放させているのではないか。僕はそんな、取り留めない事を束の間考え続けていた。きっと男は誰彼かまわずに、このような話をしている訳ではない。やはり男もこの子ども達に対して何か共鳴し呼応したモノがあったのだろう。それが何なのかは分からない。ただ子ども達が野球エリートであったなら、あるいは自分なりの答えを自分の中に確立している大人の男であったなら、男はこのような話はしなかったのではないか、僕には何となくそう思えた。

人生に答えなどないかもしれない。同じように野球にも答えがないかもしれない。ただ自分なりの答えを探そうとすることは悪くはない・・・男は今この話を続けながら、子ども達と僕も含めてみんなで個々それぞれの答えを探そうとしているのかもしれない。何よりこの男自身が必死になって自分なりの答えを導き出そうとしているのではないか。僕達はこの静まった店内で不思議な時間を過ごしている。

店の外で通行人の声が聞こえた。
「この店、元カープのピッチャーがやりよんで」
「ほんまか!じゃあ有名店じゃん。閉まっとるね」
僕の中にふいに小さな憤慨の感情が沸き上がる。僕はフゥーと一息ついて、そっと男の顔を見た。
posted by Takahata at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スポーツ小説12

もしかして、男は宮田に語った時に飲み込んだ言葉の代わりに、それに続く水泳の話をしたのではないか・・・何となく僕にはそのように感じられた。運命に左右された野球人生・・・僕は声無き声で一人呟いてみる。

男は「そろそろ店を閉めて休憩の時間かな」と言って立ち上がる。
店の外に出て、暖簾を片付け始める。その光景を目で追いながら、子ども達は慌てて残りのスープを飲み干し始めた。僕も男の行動を計りかねて「そろそろ帰ろうか」と声を掛ける。

きっと男は話をここで打ち切りたかったのかもしれない・・・中学生の子ども達を前にして、話したくなかった野球の話をつい気紛れに話してしまったのではないか。だとしたら、やはり男もきっと後味の悪い後悔をしているかもしれない。子ども達を促していると、男は「話はこれからじゃろ。これで静かに話せるで」と予期しなかった言葉を掛けてきた。

「本当に不思議なんじゃけど、高校は野球推薦で入ったんよ」
男は煙草に火をつけ、そっと口に運び、美味しそうに口から煙を吐き出し目を細めて話の続きを語り始める。野球推薦・・・どういう事なんだ。僕は意味が分からない。
それを感じ取ったかのように男は「今でもワシにとっても謎なんよ・・・」とポツリと呟いた。

山田少年はその推薦を当時は「やっぱりサウスポーっていうのが貴重なんじゃ。まあ、不思議じゃけど学費免除じゃけえ、あと取りあえず3年だけ野球やろうか・・・」とあまり深くは考えなかったのだ。学費免除に少年の母はとても喜んでいたから。その嬉しそうな母の笑顔が山田少年にはただ、ただ誇らしかったのだ。田舎町という事と三人兄弟という事から考慮しても、母の喜びが野球に対してのモノではなく、金銭的なモノである事は、少年の心でも十分に理解できた。それでも少年の心の中は誇らしかった・・・その誇りもそう長くは続かなかった。

グラウンドに立つ山田少年は推薦生という事で上級生からまず目をつけられる。しかも推薦生というだけで1年生にして投手として起用されてしまうのだ。僕にはその当時の山田少年の気持ちが分かるような気がする。
野球の強豪校。その中にあって実力の伴わない推薦生。競争意欲の高い集団は、同時に嫉妬の強い集団でもある。スポーツの美学、敗者の美学など全く通用しない現実社会だ。誰もが試合に出るためだけに日々の猛練習に耐えている。レギュラーに選ばれたのが同級生でも恨めしい思いがするのに、その相手が後輩でしかも1年坊主だとしたらどうだろう・・・しかも推薦という理由だけで誰も認められない実力のない選手だったら・・・チーム全員の嫉妬心が渦巻いて山田少年の一点にベクトルを向けて襲いかかったのだ。

「また孤独かぁ・・・という感じじゃったよ」と男は語る。
中学時代はその下手さ故にチームメイトから認めてもらえず、今度は推薦という誇らしい立場が邪魔してチームメイトから認められず・・・今度は認められないどころか、毎日のいじめに耐える日々が始まったのだ。
posted by Takahata at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

スポーツ小説11

中学2年になっても、山田少年の野球は全く芽が出なかった・・・
辞めるに辞めれず、続けている野球。みんなに負けないぞ!!という気持ちで毎日の練習に取り組んでいる野球。

僕は静かに聞きながら、その当時の山田少年の気持ちを考えていた。試合で投げる訳でもなく、したくもないピッチングを毎日ブルペンで投げ続ける日々。誰からも期待されず、自分ですら自分を評価できず、期待も抱けない日々。

男はそれでも今は笑いながらこう付け加える。「それでもさすがに中3になった時には、初めて試合で投げさせてもらったんよ・・・負け試合の二番手投手としてね。まぁ、敗戦処理ってやつじゃね。」目尻に刻まれた深い笑顔の皺を見ていて、僕は気付いた。
男はこの子ども達に野球の厳しさと同時に野球の優しさを伝えようとしている。厳しさと優しさは相反しているようでいて、実は共有しているものかもしれない・・・男の顔には、この二つが混在して刻み込まれている。

子ども達の一人、元キャプテンの宮田が口を開く。
「山田さんは、そのような中学時代にプロ野球選手になる夢を持っとったんですか?」
それを受けて男は答える。「小学生の子どもじゃないんじゃけぇ、どこをどう叩いてもプロのプの字も思わんかったよ・・・君はプロ野球選手を夢みとるん?」
「なれるんなら、カープの選手になりたい思うけど、どう考えても無理じゃ思います」宮田は目を伏せて、言葉が小さい。
「何で無理じゃ言うて決め付けるんや。人の将来なんて誰にも分からんじゃろ。ワシだって・・・」
男は最後の言葉を飲み込んでしまった。ワシだって・・・何だというのだろう。しかし尋ねさせない厳しさと拒絶を男は漂わせていた。

男は話題を変えるように「でもな、努力は裏切らんよ。下手は下手なりに、中1の時に比べりゃ、球のスピードは速くなったんで」コントロールは相変わらずどうしようもなかったが、スピードは速くなった。

「実はね・・・」と男は語り始める。山田少年は野球部員でありながら、実は得意だったのは水泳だった。特にバタフライが好きだった。しかし、水泳部の練習はとても厳しく辛そうに見えた。実は親に野球部への入部を反対された時に、一時水泳部でもいいかな・・・と思ったのだ。しかしその水泳部の練習を見て、やはり野球部にと決めたのだ。

人生に《もし・・・》は無いが、山田少年が、もし水泳部に入っていれば、今この場所にこの男はいないのだ。もし、水泳部の練習が楽そうだったら・・・僕は運命を考える。人生なんて、《もし》という名の運命の積み重ねなのかもしれない。

しかし山田少年は水泳は好きだったので自分で一人続けていったのだ。というよりも、野球では芽が出ない彼を支えたのが水泳だったのかもしれない・・・野球は下手でも、自分は水泳は上手というのが、中学生の少年にとって唯一の心のプライドだったのだろう。

「今になって思う事じゃけど、バタフライは背筋使うじゃろ。背筋が強くなったんよね。速いボール投げるには背筋が必要なんよ。そういう意味じゃあ、水泳がワシの野球に凄く役立ったんじゃ思うで」男はしみじみとした面持ちで一気に中学時代までの野球を語り終える。

人生に無駄なんて何もない。経験を意識的にしろ、無意識的にしろ生かせるかどうかなんだ・・・あるいは運命という偶然が山田少年のように生かしてくれることもある・・・確かな将来なんて何も無いのかもしれない。同時に将来を限定してしまう必要も無い。僕は静かに心の中で自問自答を繰り返す。
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2006年01月28日

スポーツ小説10

お店は休憩時間に入った。あの男は忙しそうに動き回っていた体を休め、僕達の近くの椅子にゆっくりと腰を下ろした。おもむろに男は煙草を一本取出し火を点けた。煙草の甘い匂いに、調理場から漂う豚コツの甘い香りが絡み合って僕の鼻を刺激する。

「監督からピッチャーやれって言われてね・・・」ゆっくりとした口調で男は話し始める。
念願叶って山田少年は野球部のグラウンドに立った。左投げの彼は監督からピッチャーをやれと命じられたのだ。これは彼に野球の才能があるという監督の判断ではない。左投げだとできるポジションが限られてくる。どうせだったら、サウスポーでも控えに置いておくか、くらいの軽い動機からだった・・・
決して期待されて投手を任されたのではないことは、山田少年が一番強く感じていたのだ。

「ボールは遅いし、コントロールはめちゃくちゃだし・・・何の取り得もなかったんじゃけえ、早ようライト辺りに変えてくれんかのうって毎日思うとったよ」と男は苦笑いを浮かべる。
ある日、先輩の一人にバッティング投手を頼まれた。最初左打席に立ったその先輩に対して、山田少年は思い切り一球を放る・・・ボコッ・・・そのボールは先輩の脇腹へ。
「お前!!何しよるんや!!」罵声が飛ぶ。次に先輩は右打席へ。次の二球目・・・これまた先輩の脇腹へ。
「全然、お前使えんわ!!野球部やめえや!!」と捨てゼリフを吐いて先輩は立ち去った・・・
仲間や先輩達から「野球下手なんじゃけえ、早くやめえや!!」という言葉の暴力は日常の事であった。心の傷は肉体の傷よりも深く鋭くえぐられる。野球好きだった山田少年はいつからか、野球を憎み始めてきた。練習に行こうとすると吐き気を覚えてくる。先輩や仲間と校内で会うと、自分の身体が固くなり逃げ腰になっている自分に気付く。

「もし野球をやってなければ、ワシはこんなに惨めな思いをせんでよかったのに・・・」山田少年の心は後悔ばかりだったが、誰にもこの気持ちはぶつけられなかった。誰のせいでもない、野球部に入ると決断したのは自分自身なのだから。
男は煙草の灰を小気味よくポンポンと灰皿に落とす。蛍光灯の光の下で薄紫色にくゆる煙に目を向けながら男は語る。
「もし、あの時に責任を転嫁できる人がおったら、野球をやめてたと思うで・・・ワシの人生も違っとったじゃろうね」
親の猛反対を押し切って固く辞めないと約束しての野球部入部であった。野球への憎しみは、逃げられない状況の中でいつしか「絶対にみんなに負けないぞ!!絶対に巧くなってやる!!」という不撓不屈の精神にすり替えられていく。

僕は静かに考える。山田少年の中で、野球に対しての気持ちが変わった瞬間。ただ楽しければ良かった野球が、巧くなりたい野球へと変化した。あの男は、初めて野球が巧くなりたいという言葉を口にした。
僕の心の中をまるで読み切ったかのように
「その時の悔しさが逆に野球を続けさせたんじゃろうね」と男はキッパリと言い切る。僕がこの子ども達と出会った時が、この子ども達のまさに何かが変わろうとしていたタイミングだったのかもしれない・・・
posted by Takahata at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

スポーツ小説9

僕はこの子ども達と過ごした数か月に思いを馳せた。
「バカみたいに野球ばかり考えた数か月だったよな・・・何でオレもこの子達もこんなにまで野球やったんだろう・・・」僕は口には出さず心の中で一人考えていた。

ふとある一葉の光景が脳裏に甦る。
近所の空き地の草っ原・・・夕日に染まる夕焼け空・・・親が呼びにきても、構わず無視して「あと少し」とかわしながら野球遊びに興じている野球小僧達。
僕も、この子達も、そしてこの山田良男もまたそんな小僧だった・・・ランドセルを玄関に投げ出して約束の場所へ。
草っ原は広島市民球場。僕が小僧の頃のカープは強かった。小僧達の誰もが山本浩二であり、衣笠祥雄であり、北別府学であった・・・真似をしたり、演じるのではなく、誰もが完全になり切っていた。純粋にスターと自分を同化できていたあの頃・・・
ボールはブヨブヨの軟庭球、バットは太い木の枝、ベースは拾ってきたダンボール紙・・・ブロック塀を超えたらホームラン。考えれば不思議な野球だが、あの頃の小僧達にはそれこそが野球の全てであり、唯一無二の至福の時間だった。
半ズボンで平気でスライディング。擦り剥いて血まみれになった足に乾燥した砂をふりかけて治療完了!!痛くても仲間の前では涙は見せない・・・だって自分はカープのスター選手なんだから・・・
何があんなにも楽しかったんだろう、何があんなにも夢中にさせたのだろう。単なるボールゲーム。されどボールゲーム・・・負ける事が本気で悔しかった。
山田良男もだからこそ、野球に取りつかれたのだろう。何故楽しかったのかなんて分からなくてもいい。理由なんていらないんだ。上手くても、下手クソでも楽しいものは楽しい、夢中になれるのならそれでいい。
大人になるに従って人は常に何らかの理由を必要とし始める。意義を求めたがる。そして歩みを踏み出せなくなってくる・・・野球部に入部を希望したあの頃の山田良男少年には、そんなモノは何も必要なかったのだろう。下手クソでも、試合に出れなくても、ただ野球をしたかった。好きな事をただ思う存分やりたい。それ以上でもそれ以下でもなかった・・・

「それじゃあ、佐々木もプロ野球選手になれるかもしれんで」誰かの声がする。
佐々木君は正直言って野球が下手クソだ。ただ懸命にボールを追い掛けていた・・・落としても落としても懸命にボールを拾って投げる。その懸命さが変テコなぎこちない動きになり、仲間の笑いを誘っていた。でも本人はそんな事、どこ吹く風で最後まで懸命だった。試合には出れなかったが、それでも変わらず懸命にボールを追い掛け回っていた。
そんな佐々木君に「お前は何で野球をやってるの?」と聞いたところで何の意味も無いだろう・・・彼とて分からないだろう。僕は一度もそんな事は聞いた事はなかったが、きっと聞いたら「野球が好きじゃけぇ・・・」という一言が返ってくるような気がする。

僕は自分の心の中の世界から覚醒して、目の前にいる男の話に再び耳を傾ける。下手クソな山田良男少年の野球部生活がスタートする。親からも猛反対され、仲間達からは下手クソとバカにされ・・・何の明るい未来も見えない世界に、ただ好きだという理由だけで飛び込んだ一人の少年の姿が僕には何となく、荒れ狂う大海原に小さな帆を持つ一掃のヨットがヨチヨチと漕ぎだしていくイメージと重なった・・・
posted by Takahata at 15:50| Comment(1) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スポーツ小説8

僕の心の中は、いまだ完全にはヒーローであった過去の男と目の前に前掛けをしてラーメンを作っている現在の男とがストレートに結び付いていない・・・
まるで、それは憧れていた品物がいとも簡単に手に入った時の拍子抜けしたような感じと、ヒーローはヒーローのままでいてほしかったような寂廖感とが混ざり合って心の中に存在していた。遥か遠くフェンス越しからしか見れなかった男の顔が今僕の目の前にある。そして男は僕達のラーメンを作ってくれている・・・

ふと気付くと子ども達は、あの男に最後の市総体の準決勝の試合の話を口々にしている。あの男は黙って話を聞きながら再び遠くに視線を向けた。
「野球ねぇ・・・」
顔は山田良男、そうかつてのストッパーの頃の顔になった。確かに年令を重ねてはいるが、目は死んではいなかった・・・

山田は三人兄弟の長男だ。彼が育ったのは鳥取県の中でも山間部に位置する片田舎の町だ。遊びと言えば野球しかなかった。まさしく草野球、校庭や雑草の生い茂る草っ原で野球と出会う。
「実はね・・・ワシは野球がめちゃくちゃ下手じゃったんよ」彼は照れ臭そうに話す。
仲間からも下手クソ呼ばわりされ、なかなか仲間にも入れてもらえなかった・・・

僕達はプロ野球選手の幼少期を勝手に想像していた。リトルリーグの強豪チームのエースで4番。
山田から語られた言葉に僕達は絶句し、口をポカンと開けた状態になる。そんな僕達の様子を楽しそうに眺めながら、彼は「ホントなんで。並の下手さじゃなかったんじゃけえ。」と呟くのだ。

そんな小学生時代を経て山田は地元の中学校に進学する。
「下手じゃったけど、何かしらんけど野球が好きじゃったんよ。じゃけえ、野球部に入ろう思うたんよ」と彼は語る。
そんな当時の山田に父親は「お前なんか下手なんじゃけえ、野球部なんか入ってもつまらん。どうせ続きゃあせんのじゃけえ、やめろ、やめろ」と口にした。

しかし山田は何故か野球への執着を捨てきれなかった。野球部への入部の思いは日毎にふくらんでいく。その思いは、ついには感極まり、母親に絶対に頑張るからグローブを買ってくれるように泣きながら土下座して頼み続けたのだ。
町でも下手クソで有名だった野球少年は、何故こうまで野球にしがみついたのだろうか・・・
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2006年01月18日

スポーツ小説7

あまりの唐突でストレートな話の切り出し方に、正直僕は背中に冷や汗をかいた・・・
彼は吉田君。野球部分裂の一番の原因を作った子だ。
「野球は趣味程度にやって、気持ち良く汗かくくらいでいいんよ」最初に話した時の彼の言葉が甦った・・・

市総体準決勝で破れた9回に代打に送り出した。彼は決して上手い打者ではなかったが、バットにボールを当ててボテボテのゴロを打ち、一塁にヘッドスライディング・・・無常にも審判の右手は上がりゲームセット。一塁にうずくまったままの彼。
怪我をしたのか心配して近寄った僕は思わず足を止めた。彼の背中が小刻みに震えていたのだ・・・両腕でベースを力強く握り締めながら・・・起き上がった彼の顔は泥と涙でぐしゃぐしゃだった。

仲間達が駆け寄り肩を貸す。
「何で負けたんじゃろ、ワシらの野球もう終わりなんじゃね・・・もうこのメンバーで野球やれんのんじゃね・・・」その時に彼はポツリと誰にという訳もなく呟いたのだ。
僕の口癖だった・・・ミーティングの度に「何かの縁で今このグランドに集まっている仲間に感謝しよう。このメンバーで野球をやれる数か月の一瞬一瞬に心を込めよう」彼はいつの間にか、誇り高き野球部の部員に変身していた。

彼が「僕ら中学の野球部の部員なんですけど・・・」と胸を張って、元プロ野球の投手であるあの男に話の口火を切れた事を僕は嬉しく感じた。冷や汗は一瞬だった・・・そうだ・・・こいつらは胸を張って、あの男と野球を語り合う資格をこの数か月で身につけたのだ。

人と人とは言葉以上の何か、そう第六感のようなモノでお互いに感じ合う瞬間がある。あの男が静かに口を開いた。「何年生なんや」
元キャプテンの宮田君が「ここに来とるのは、みんな中3です」と答えた。
「そうかぁ・・・じゃ負けて引退したんじゃのう。ワシも野球を引退したんよ」あの男は優しい眼差しをあの子達に向けて、ふと目線を外し遠くを見つめるような視線になった・・・まさに、この瞬間にあの男のストーリーが始まることになったのだ。
posted by Takahata at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月15日

スポーツ小説6

野球は僕達に何を教えてくれたのだろう・・・
野球はあのラーメン屋の男に何を教えたのであろうか・・・野球道。
「球けがれなく、道けわし・・・」僕は静かに口に出してみる。
きっと本当の答えなどないのだろう。

野球に限らず、真の楽しみとは各々が自分の人生を通して作り上げていかなくてはならない哲学のような気もする。だからこそ、野球人生という一つの人生を終えたあの男なりの野球哲学に触れてみたいのだ。
まだまだ野球人生を歩き始めたばかりのあの子達もそれぞれがやがては終焉の時を迎える・・・
その最後の一瞬まで考え抜いていかなくてはならない大きな宿題なのかもしれない。

僕とあの子達はお昼の混雑する時間を避けて、昨日と同じラーメン屋の空間の中に身を置いた。
何がどうなるのかは僕にもさっぱり分からない。もしかして、あの男が昨日、お客さんに対して口にした「昔の事」という一言で全ては片付いてしまうのかもしれない。

自転車でそのラーメン屋に向かうまでの間、僕は色々考えていた。もちろん、子ども達は僕の心の中には気付かず、元カープの選手と話ができるのを単純に喜んでいる様子。
今日の待ち合わせ場所に着いた時に、僕は「昨日のラーメン屋のご主人は、実は元カープのなんたよ」と伝えたのだ。
「何で、お店の中に何も飾っとらんのじゃろう?全然分からんよね。」子ども達の一人が口にした。
確かに。普通、プロ野球でもプロボクシングでも、引退後にお店をしようとした時に、自分の現役時代を象徴するような品々を飾ってるものだ。あの男であれば、グラブなりユニホーム、キャップ、獲得したトロフィーや記念品・・・何でもあるだろう。

あの山田良男のラーメン屋とすぐに分かるお店。少なくともあの男にはそのようなお店にする資格はあった。何せカープのストッパーを努めた男なのだから。しかし、あえてあの男はそれをしなかった。それは、プロ野球選手のお店ではなく、美味しいラーメンのお店にしたいというあの男のプライドなのか・・・それとも、しなかったのではなく、それが出来なかったのだろうか・・・

そのうち、自転車の群れはラーメン屋の前に着き、昨日と同じように今僕達はその空間の中にいる。
僕は今まさに、どのように話を切り出そうかと思案しているのだ。期待と不安の入り交じった複雑な思いで。誰にでも話したくない話題はある。僕は何にも現役時代を象徴するモノが飾られていない殺風景な店内をもう一度見渡す。

もう昔の事・・・あの男の言葉を僕も自分の心の中で静かに呟いてみる・・・
無理強いだけはしないようにしよう。お店のドアを開ける時に自分に課した約束事を気持ちの中で再度確認する。突然、子どもの一人が唐突に切り出した。
「僕らは中学の野球部です。元カープのピッチャーだったんですよね?」
posted by Takahata at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

スポーツ小説5

今は初秋。かすかに暑さは残るものの、ずいぶん涼しさは増してきた。
そう、あの時に比べれば・・・

場所は広島のM中学校。試合後にあの子達はあふれ出る涙を拭おうともせず嗚咽をもらしていた。コーチである僕もまた流れる涙を止められなかった。
市総体の準決勝だ。僕が初めてあの子達と出会ったのが、僕が教育実習で母校に戻った時。今思い出しても、このチームはここまで勝ち残れるような力はなかった・・・というよりも完全に崩壊していたのだ。

勝ちたい、強くなりたいと思う派と、楽しく気持ち良く野球をやりたい派との対立。
チームとしての機能が完全に欠けていた。
「野球の楽しさの本当の意味をオレとみんなで探そうや」
本当の意味・・・僕にも答えは分からなかった。ただ今の現状の先には、決して楽しさはないだろう。ミーティングに次ぐミーティングを重ねた。

何事も本気で取り組まなければ真の楽しさは見つからないのではないだろうか・・・
「オレの実習期間の二週間でええけぇ、オレを信じてボロボロになるまでみんなで練習してみようや」
僕も例えどんなに忙しくても必ずグランドで手に血豆ができるまでノックをした。それがあの子達と交わした約束だから。

僕もあの子達と一緒に必死になって答えを見つけようとしたのだろう。あの子達はよく付いてきてくれた。チーム内の確執も少しづつ氷解してきた。みんな口々に「これだけ練習やったんじゃけえ、勝ちたいよね」と。二週間の青春だった。練習後は僕も、あの子達も熱く語り合った。

そして別れの時に市総体で再会する事を約束した。僕が東京に戻ってからも、あの子達から毎日電話がかかってきた。チームのベクトルは市総体優勝に完全にむかっているのが離れていても、電話口の声からひしひしと伝わってくる。

雨降って地固まるではないが、あの確執さえもこの今の状況においてはプラスに作用しているように僕には感じられた。
「オレがお前らを優勝させちゃるけえ」

迎えた準決勝。気が付けば、あの子達は破れ去っていた。涙に濡れた泥だらけの顔で僕に抱きついてくる、あいつらの顔を見ていると僕も腹の底から涙があふれ出てくるように感じられた。これが、みんなで本気になって探し求めた野球の本当の楽しさなんだろうか・・・
大きなモノを得たような気もするし、大きなモノをうしなったような気もする・・・
だけどあの数か月は確かにどの中学生よりも本気でボロボロになるまで野球をやったと胸を張れるだけのモノは強く残ったであろう。

しかし、それが答えなのかどうかは、やはり僕には分からなかった・・・
きっとあの子達もそうかもしれない・・・
あの市総体で敗北した日から僕は毎日のように自問自答を繰り返してきた。分からない答えを懸命に探そうとして。

だからこそ、僕はあのラーメン屋のあの男、かつては広島カープのストッパーとして活躍した山田佳男とあの子達と野球について語り合わせたいと考えたのだ。もしかすると、その中に僕達の答え、そう僕だけでなく、あの子達の答えを見つけだす僅かなヒントがあるかもしれないから・・・
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2006年01月13日

スポーツ小説4

「もう昔の事・・・」僕は何度か口の中で呟いてみる。確かに過ぎてしまえば、全ては昔になる・・・しかし、異色の輝きを放ち、あの限られた人間しか立つことが許されない九回のマウンドに立っていた事は、あの男の中で本当に昔の事として割り切れているのだろうか・・・

確かに大のカープファンの僕が、昔確実にあの男に声援を送っていた僕が、彼を前にしても気が付かなかったくらいに、あの男は今はラーメン職人としてのオーラしか感じさせない。恐らく父親から山田投手だよ、と聞かされなければ、きっと僕はこのままあの男の事を忘れ去ったかもしれない・・・

僕の脳裏にある光景が甦る。ついこの間の事なのに、ずいぶん昔の事のようにも感じる。もしかすると鮮烈な記憶は自分の内的時間を撹錯させてしまうものなのかもしれない。時に人は現在を生きながらも過去を生きていたり、未来を生きたりしているものだ。僕のこの鮮烈な記憶は今後どのような変化を見せていくのだろう・・・

僕はつい一時間くらい前に別れたばかりの子ども達の一人の宮田君に電話をする。
「明日もみんなで今日のラーメン屋さんに食べに行くけぇ、伝えといてや」
「明日もラーメン???」
それはそうだ・・・二日続けてラーメンもないだろう。でもこの電話をする前に僕の中にはある計画が衝動的に浮かんでいたのだ。僕が東京に戻る前に、この子ども達にあの男の話を聞かせてやりたい。

野球が過去になった男と野球が現在の子ども達。過去と現在を融合させた空間の中では、きっとあの男は心の中に落としていたブレーカーを上げてくれるのではないか。それは僕の中では確固たるものになっていた。何より僕が一番話したいのであるが・・・

「まあ、ええけぇ、明日はまたラーメンじゃけぇ!分かったのう」宮田は元キャプテンらしく、仲間に伝えておきますと答えて電話を切った。引退してもなお、宮田はやはりキャプテンなのだ。あの頃と同じように・・・
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スポーツ小説3

勝ちゲーム。ファンの期待が最高潮に高まる9回のマウンド。勝って当たり前の雰囲気のマウンドに上がるためにリリーフカーに乗っていたあの男は、ブルペンから舞台に上がるまでの束の間の時間を何を考えていたんだろう・・・

絶対という一球は野球には存在しない。
絶対の自信を込めて投じた一球も時には野手の間を無常にも抜けて外野まで転がっていく。快音を残して打球はフェンスを軽やかに越えていくかもしれない・・・
たった一球が九割近く勝ちに近づいているチームを奈落の底へと突き落とす。先発投手の勝ち星をいとも簡単に奪い去ってしまう・・・
球場を包み込む失望と落胆のため息の大合唱。やはりストッパーを努められる男は、誰もがなれるわけではないのだ。

テレビの中継の声が思考の渦に入っていた僕をはっと覚醒させる。父親の大きなため息に混じって、実況中継の悲鳴にも似た甲高い声が響いてくる。広島カープのストッパーのM投手が、逆転ホームランを浴びたらしい・・・

僕はフゥーと深いため息をつき、無意識のうちにそのM投手とあの男の姿を重ね合わせている。今は流れ落ちる汗も拭わず、無心にラーメン作りに賭けている男。しかし、僕の高校時代には、今のまさにこの場面にあの男は立っていたのだ。歓喜に震えた時もあるだろう・・・絶望に膝から崩れ落ちた事もあるだろう・・・人知れず、どれだけの量の涙を流した事だろう。

あの男は確かにそれを深く体の奥底に刻み込んでいるのだ。男はその生きた歴史を己の精神の中で熟成させているはずだ。例えどれほどの月日が流れたとしても、あの男の心の中には投手という生き物としての魂が燻っているのではないか・・・僕はどうしてもこの男と話したくなった。例え古傷をえぐることになろうとも・・・

「もう昔の事ですよ」とポツリと呟き、またラーメンを作り始めたあの男の一言が何度も耳の奥に鳴り響いているように感じながら・・・
posted by Takahata at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月12日

スポーツ小説第2

ふと市内の中心地に目をやると、夜空に光の輪が膨張している。
原爆ドームのほぼ向かいに広島市民球場は位置している。ドーム球場主流の今、貴重な屋根なし球場。外野の芝は所々ハゲていて、鳩がのどかに闊歩する、そんな球場だ。

しかし、今その場所は首位の中日と2ゲーム差で首位を追う広島との熱戦が繰り広げられている。
光の輪の中のファンの歓声や選手達が放つ熱気が離れていても伝わってくるように感じられる。
今、僕は東京にいるが郷里に戻れば、やはり広島カープが気になるし、少年時代と同じようにあの光の輪の中に身を置きたくなってしまう・・・
「そうだ、オレは今日広島に帰ってきたんだった」
まだ僕の体には新幹線に長時間揺られてきた疲労がかすかにくすぶっている。


家に戻ると、野球好きの父親がナイター中継を見ていた。試合は九回になり依然として3対2で広島がリードしていた。
「さっき、美味しいラーメン食ってきたで」僕が声を掛けると、父親はチラリとこちらを向き
「どこのラーメン屋さんや?」場所を説明すると、
「あぁ、ヨシさんのお店にいったんか。ヨシさんは美味しいよのぉ。お前は気付かんかったんか?」と父親は答える。
「ああ、確かにお客さんがヨシさんって呼んどったわ。そのヨシさんを知っとるん?」
「山田良男で、もとカープにおった・・・」

山田良男・・・そうだったんだ。確かにあの男は山田だよ。長く心の中で燻っていた謎が一瞬のうちに解けたのだ。僕の脳裏の中で今はっきりと男の顔をとらえることができた。それは風船の中に詰め込まれた空気が、小さな針穴を開けられる事で、一気に爆発するように・・・

白に赤いカープの文字のユニホームの背番号は26。相手打者を鋭く睨み付けるサウスポーが大歓声の中、ゆっくりしたモーションで振りかぶっている姿が僕の意識下から突然現れ、僕のイメージスクリーンを覆い尽くしたのだ。

カクテル光線に彩られたマウンドに流れ落ちる汗・・・
孤独なマウンドに立つその男はボールに自分の全エネルギーを注ぎ込み、左腕を思い切り振り下ろす・・・白球は男の野球人生を含有し指先から放たれる。

イメージの世界の中で僕の目の前にいる男は、ラーメン屋のヨシさんではなく、カープのリリーフ投手の山田良男。僕の、いやカープファン全てのヒーローだった。
男の鞭のようにしなる左腕から投げられた白球には僕達カープファンの夢も乗せられていたはずだ。
そのファンの夢もその小さな体、小さな背中に一人で背負い、孤独なマウンドに佇む・・・
posted by Takahata at 03:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

プチ・スポーツ小説第1

今日から新しい試みとして(^-^)「プチ・スポーツ小説」なるものを連載にて書いてみようと思います(^-^)
小説を書くような才はないと自覚しつつも、皆さんに楽しく読んでもらえれば・・・と思います(^-^)


食欲を誘うニンニクの臭気と豚骨スープの油っぽいが甘さを含んだ空気に満たされた空間の中で、僕と子ども達9人は夢中になってラーメンをすすっている・・・

店の戸をガラガラと開けた瞬間、店内は人の熱気と笑い顔で満たされていた。
店の棚の上に置かれているテレビからは、広島カープと中日ドラゴンズの一戦が流れている。
3対2と広島がリードしていて、カープの先発のK投手がドラゴンズのT選手と勝負している場面。

お客さん達はしばし、箸を休めて画面に食い入っている。
一球ごとにフーッという大きな息を吐き出してブツブツ何やら呟いている。
しかし、僕は何故か分からないがカウンターの中で脇目もふらず、ただラーメンを作っている一人の男から目が離せない・・・

「何故なんだろう・・・」彼は額から流れる汗を拭う時間さえも惜しむかのように大きな鍋の中で麺と格闘している。
その左手はとても大きく骨張っている。「サウスポーかぁ・・・」僕は野球をやってきたからついつい左利きをそのように呼んでしまう。「しかし、器用な手捌きだよな」茫然と見つめてしまう。
何でこんなにもこの男の事が気になるのだろう・・・
確かに美味しいラーメンではあるが、それとは関係のないところで僕はこの男に引き付けられている。「気持ち悪い、もう考えるのはヤメ、ヤメ」そう思った矢先に、画面の中の野球に熱中していたお客の一人が大声でカウンターの中のその男に声を掛けたのだ。

「よっ!!ヨシさん、投げたいじゃろ」男は少し照れ臭そうに、それでいて優しく目尻に皺を作って「もう昔のことじゃけぇ」とポツリと応対し、また厳しい顔つきに戻りラーメンを器用に器に盛り付けている。

「このオッサンは草野球をこのお客さん達とやってたんだな・・・」僕はボンヤリとそんな事を考えながら、職人としての誇りに満ちた横顔をチラチラ見てしまっているのだ・・・
さほど体は大きくない、体の線も・・・ただサウスポーの左手だけは力強そうに感じる。

昔、草野球で投手でもやっていて、この店が溜り場にでもなってたんだろう。
お店が忙しくなったか、年齢のせいか、何かの理由で今は野球はやめている。だけど昔の馴染みで仲間が集ってんだろう・・・勝手な推論を立て僕はラーメンのスープを口に運ぶ。
子ども達はさすがに中学生。とっくにスープも全部飲み干して画面の野球中継を食い入るように見つめている・・・

「そろそろ店を出て、こいつらも帰さなきゃ」そう思いつつ最後のスープを一口。
しかし、美味しいラーメンを作り出す。きっと厳しい修業を積んできたのだろう。
相変わらず、忙しそうにサウスポーの左手を動かしている男の姿を横目に見ながら、熱気の残るお店の外に出ていった・・・何だか燻る思いを抱えたまま。
何かが僕の胸につっかえている。
「何だろう、この思いは・・・」
posted by Takahata at 11:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ■スポーツ小説■ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする