2017年12月07日

諦めない

諦めるのが癖になることはとても怖い。諦めるのは楽しくはないが楽ではある。楽なことは癖になりやすい。仕方ない…という言い訳を口癖にしておけば事は済んでしまう。でも、どんどん自分が自分自身に限界を作りどんどん小さな自分になっていく。でもそんな自分は楽しくはないだろう。諦めを乗り越える。それは決して楽ではない。楽ではないが乗り越えた先にさらなる力をつけ、磨きのかかった自分を育てあげられた楽しさはこの上のない楽しさだろう。諦める心は自分を退化させ、諦めない心は自分を進化させていってくれる。いつも自分に対してワクワク楽しみでいられるような時間を過ごしていきたい。
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2017年12月06日

後退を恐れず

後退することを恐れない。選手は常に前進だけしていけるものではない。昨日はできるようになったのに、今日は…できない…ということはある。まさに三歩進んで二歩下がるような状態を繰り返しながら少しずつ前進していく。大切なのは、一歩も進まず三歩下がるような後退だけはしないようにすること。何でもそうだが、右肩上がりの成長なんてないだろう。後退を恐れずにしっかりと前進していこうとすれば、行きつ戻りつしながらも必ず成長していけるはずだ。
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2017年12月05日

可能性の一歩を

できる、できない、なんて関係ない。やりたいなら、できるできないなんて関係なく、やればいい。やってやってやり続ければ、ある程度までは絶対にできるようになるはず。できることしかやろうとしなければ、どこまでいっても可能性は広がっていかないだろう。やる前から、できるか?できないか?なんて考えながら足踏みしているとしたら、もしかするとそれは自分が好きなこと、やりたいことではないのかもしれない。やりたいと心が強く突き動かされたら、まずはやる!一歩を踏み出してみること。できようが、できなかろうが関係ない。その一歩こそが、自分の未知なる可能性への一歩に繋がるのだから。
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2017年12月04日

何が残る?

練習が終わって自分の中に何が残っているか?を自問自答してみる。スッキリ感がいいように感じるが、それでは練習のための練習になっている。モヤモヤ感や疑問が残る練習はいい。それは自分の中に何らかの課題が見つかるチャンス。練習後にモヤモヤや疑問を考え抜く。聞く、調べる、これも大事な練習。肉体を酷使して、肉体の満足感、やった感を得ることが練習の目的ではない。練習は上達するため、さらに上を目指すためにするもの。スッキリ終わるということは、何の壁にもぶつかっていないということ。本来なら練習なんて壁にぶつかり、壁で悩み、壁を乗り越える方法を考えて、それを乗り越えて一歩上にいくためのものだが。
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2017年12月03日

スポーツ選手は科学者たれ

知らないことは決して恥ずかしいことではない。知ることで自分の視野が広がり、自分の思考力や発想力が広がることもある。5しか知らない人は5の範囲内でしか考えられない。しかし、500知ってる人は500の範囲で考えることができる。スポーツの技術習得も、スポーツの技術を学び、身体の使い方を学ぶということが必要になるだろう。今までに競技を続けてきたから、自分は知ってると感じている選手も多いが、それは知っているつもりになっていたり、知ったかぶりをしていたりするだけのこと。知らないことを知る。ここが学びの第一歩だろう。多くを学び、多くの中で自分の技術を更に進化させていく。ノーベル科学賞を受賞する者で、小学校の理科の知識しかない者はいないだろう。大学の理系、大学院まで知識を広げ、その広い知識の範囲があるからこそ、誰もが見えない世界の中で自分独自の発見や発明ができる。スポーツだって身体で表現する科学者のようなものだろうと思う。
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2017年12月02日

いかに?

ダラダラと長時間座っていても、勉強ができるようにならないのと同様、練習の場にいるだけでは上達はしない。嫌々参考書を開いていも学力向上しないのと同様、嫌々練習しても上達はしない。勉強のやり方や解き方を知らず勉強してもできるようにならないのと同様、練習も正しい上達の道を積み重ねないといけない。勉強ができないのを勝手に自分の頭のできのせいにして逃げていたら、いつまでも学力が向上しないのと同様に、スポーツが上達しないのをセンスや運動神経なんかのせいにしていたら、なかなか上達していかない。勉強ができるようになるのも、スポーツが上達するのも、どちらも本来はとても楽しいことなんだと思う。できるようにならなければ、反対にどちらも楽しくなくなっていく。だからこそ、何をやるか?以上に、いかにやるか?が大切になってくるのだと思う。いかにやるか?を改善していけば、人は誰でもまだまだ自分の可能性を切り拓いていけるように思う。
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2017年12月01日

自身を認める

周りに認められる人であるより、自分で自分自身を認められる人でありたいと思う。それは自己満足という意味ではなく、その逆で他人は誤魔化せても、自分自身は誤魔化せない。そして自分が自分自身に打ち克ち積み重ねたものを自分が厳しい目で見て、認めていけるといい。他人をある程度納得させる見せ方や振りはできるだろう。それで他人から認められたからって、それは何だろう…?それよりも自分が自分自身を本当に納得させて認めていける生き方の方がはるかに難しい。そのためには、何より自分が自分自身を常に見続けていなくてはいけない。
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2017年11月30日

自分

勝っても負けても、自分は胸を張って全力を尽くしたと言い切れるくらいの毎日を過ごしてほしい。勝っても負けても、そこに明確な意味を持てるくらい真剣に向き合ってほしい。勝っても負けても相手を尊敬し大切に思える人間性を養っていきたい。試合に負けても人間的に負けたくはない。勝って驕り威張り散らすような人間でいたくない。試合の結果でしか、自分自身を、自分が積み重ねてきたものを図れないような競技人生にはしたくはない。揺るぎない信念を持って試合に挑み、試合の結果を受け止めていきたい。そのためにも日々にどれだけ自分自身を育てあげられるか、自分がどれだけのものを積み上げていけるかが重要になる。
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2017年11月29日

知識を知恵に

知ることで上手くなり、上手くなることで、さらに知りたいと望む。知識は知識のままでは使い途はない。知識を身体に取り込んで自分の血肉にして初めて知恵に変わる。知識は取り入れるだけでは知識のまま。でもどんどん使えば知恵になっていく。知恵になってこそ初めて上手くなっていける。そこでさらに知識を入れ、どんどん知識を実践に移していくことでさらに上手くなっていく。今の時代はネットをいじるだけで、いとも簡単に知識は増えていく。大切なのは人よりも一つでも多くの知識を増やすことではなく、一つでも多く生きた知恵に変えて自分の本当の力をつけていくことだと思う。
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2017年11月28日

練習の在り方

練習には適度な緊張感は大切。しかし、その場が陰湿で暗かったり、恐怖だったりしてはいけないように思う。それでは気持ちが練習からどんどん遠のいてしまう。好きなスポーツをワクワク楽しめる雰囲気作りが大切。あくまでダラダラではなく引き締まった楽しさで。早く練習に行きたくなるような。やはり好きな気持ちを大切に持ち続けていける環境作りが大切になるような気がする。好きだから楽しいし、楽しいから真剣になれる。さらには好きで楽しいことだから、もっともっと上手くなっていきたいと思うだろう。変な練習環境によってそんな気持ちが薄れていくのは勿体ない。スポーツを取り巻く社会環境も変わった今、練習を含めたスポーツの在り方を再考してみる時代に来ているのかもしれない。
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