2020年07月05日

組織のベクトル

人が組織に集まると、組織には様々な問題が生じてくる。その問題の多くは各々が描いている未来予想図のズレ、目指している目標のズレ、そこに所属する目的のズレ、などなど。もちろん、細かく見ていけば各々の性格や個性の違いみたいなものもあるのだろう。でも、個性や性格は違って当然だし、そこが大きなポイントにはならないのではないかと思う。やはり、冒頭に書いた通り、組織として向かうべきベクトルが不明確だと、各々がそれぞれの自分勝手に自分のベクトルを歩み始める。そうすると同じ組織にいても、向いている方向やベクトルがバラバラになっていってしまう。やはり、組織というのは集合体としてのベクトルを明確化して、そのベクトルには全員合わせて進んでいくようにしなくてはならない。そのベクトルと向かうべき未来予想図を共有さえできれば、そこからは各々がそれぞれの個性を発揮していけばいいのかなと思ったりする。
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2020年07月04日

広く大きく

小さなカップの中の水に絵の具をたらしたら、あっ!という間に絵の具の色に染まってしまう。しかし海に絵の具をたらしても、海の色は染まらない。絵の具の色が悩みや苦しみなどだとして、心がカップや海だとする。心の広さや大きさがあれば、悩みや苦しみなども自然に心の中に呑み込まれていく。反対に心が狭く小さければ、悩みや苦しみに心全体が支配されてしまう。狭く小さな中で考え事をしていても、悩みや苦しみに支配されてしまうと、透明なシンプルな状態で考えることができなくなる。そうすると悩みの課題に対して客観視して考えられない。心は広く大きなものに育てていきたいものだ。
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2020年07月03日

こだわらない勇気

どれだけ猛勉強しても、東京大学の入試で100点を取るのは無理だろう。一般的に入試の合格ラインは六割と言われている。でも小学校の足し算、引き算くらいならその時にしっかり勉強していれば100点は取れるはずだ。勉強はレベルが上がれば上がるだけ、どれだけ勉強しようが、合格ラインは下がる。これはスポーツでも同じだろう。小さな頃は試合の時にしっかり練習していればそれなりに満点近くできたプレーも、競技レベルが上がれば上がるだけ試合で満点は取りづらくなる。もちろん、目指すは満点で練習に取り組むが、高いレベルの試合では六割くらいできたら合格点なのかもしれない。完璧を目指しながらも、いざという時には完璧にこだわらない勇気。テストと同様にとれる問題は極力ミスをしないで確実に取りにいけるような確実性。できない問題は飛ばしたり後回しにしていける適切な判断。
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2020年07月02日

やってみよう!精神

自分の今までの生活の中に新たなハードルを取り入れるのに多くの人は抵抗を示す。たいしたハードルではなくても、今まではそれで良かったから、今までそんなことはしたことがないから、など理由をつけて飛び越えようとさえしなかったりする。面倒くさい、何か問題が起こると嫌だ、自分のリズムを崩したくない、など様々な感情や思考もまとわりつき、いよいよ人はハードルを回避しようとしがちだ。最初のハードルを思い切って飛び越えれば、後は普通に次々と難なく飛び続けていくのに。その最初の一飛びができるかどうかで、見える世界も、到達できる世界も変わっていくのに。まずは!一回やってみよう!精神は大切だと改めて感じる。
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2020年07月01日

思いやりのプレー

思いやりのあるプレーをできるか、どうか。どれだけ個人技に優れた選手でも、チームスポーツの場合、自分のワンプレーでは終わらない。野球であれば、送球したボールは相手が捕球しなくてはいけないし、サッカーであればパスしたボールを受ける相手がいる。自分が送球して自分の手からボールが離れたら終わりではない。自分がどんなに苦しい状況になろうが、受け取り手が受けやすいような送球やパスができるかどうか。常に自分がどうかではなく、相手はどうかに思いを寄せられる選手。自分がどれだけ巧みな送球をしたと思っても、相手がそれを捕りづらかったり、難しいと感じれば、それは単なるひとりよがりのプレー。常に相手が何を望んでいるのかを感じ取れる選手でありたいものだ。
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2020年06月30日

自分自身の戦い

運命…そんな言葉があるなら、それを呪いたくなるような時もあるだろう。でも、そんな状況下にあっても投げやりになる者もあれば、それを受け止めながらも前向きに今目の前にあることに全力を注いでいける者もある。前向きに!なんて言葉にすれば簡単な言葉。でも、そこに行動を伴わせていくとなると決して簡単なことではないはずだ。人間なんて強いようで弱いもの。心は常に揺れ動く。そこからは自分自身との戦いになる。弱い自分自身との戦い。それは他の誰にも見えない自分の心の中での戦い。勝ったのか、負けたのかは、スポーツの試合のようには誰にも分からない。分かるのは自分だけ。そんな戦いに一つ一つ勝って積み重ねていくことでしか得ることができないものもあるだろう。
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2020年06月29日

石段

よく目にする山寺などにある何百段もある石段。下から見上げると登り切る気持ちが萎えたりする。しかし、上は見ずに目の前の一段一段を見て一歩一歩登っていけば、ふと気づくと中腹くらいにはなっている。そこで頂上ではなく周りの景色を眺めてみる。すると見える世界が違っていることに気づく。そこから、また一歩一歩…何かを目指すとはそういうことなのではないかとも思う。余りにも遥か先ばかり見てばかりいると果てしない気持ちになる。石段のように、自分の目指すゴールへの道筋さえしっかりと定めれば、あとは目の前のことに一歩一歩全力で打ち込めばいいのではないかと思う。そうすれば、萎えることなく、ふと気づけば目指すべき地点に辿り着けていたりするものだ。
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2020年06月28日

白紙の先に

出来上がった物を見たり、読んだりして、あれこれ言う人はたくさんいるものだ。では、そう口にする人に白紙を渡してみたらどうなるのだろうか…果たしてそのうちの何人が白紙をしっかりと埋めていけるものなのだろうか…その白紙を埋めるための空想力、発想力、創造力、企画力。白紙を持て余してしまうのに、誰かが白紙から完成させた物にあれこれ口にするのはどうなんだろうか?と思う。何事においてもそうなのだろうが、批判ばかりを口にする人間ではいたくないと思っている。自分はやりもしないで、やった人や結果を云々したくはない。今までの自分自身の人生は白紙に懸命に絵を描いてきた人生だったなと感じる。白紙は苦しくもあるが、そこには何物にも変えがたい楽しみもあったような気がする。
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2020年06月27日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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2020年06月26日

自らの手で

諦めずに、自分の信じる道を貫いて、自分でチャンスを掴み取る。結果をなかなか出せずに苦しんだ時期もあっただろう。時に自分の信じる道を疑ってしまいそうになったり、正解を求めて迷い悩んだこともあっただろう。でもどんな時でも諦めなかった。自分のやっていることが大好きでたまらないんだろう。大好きだから、大好きな世界で自分を全力で表現したかったのだろう。それが報われて本当に良かった。不器用でも、のろまな亀でもいい、地道に地道に進む中で自分の手でチャンスを掴めたことに自分が誇りを持ってこれからも変わらずに進んでいけばいい。
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