2017年06月17日

あと一歩から

あと一歩…そこで満足するのか、その一歩にこだわり伸ばそうとするのか。その一歩は選手それぞれに何か?は違う。その何か?にこだわる力。その何か?に気づける力。見出だしたその何かを身につけるための継続していく力。それが無ければ永遠にあと一歩の選手で終わってしまう。センスという言葉の先のあと一歩…その何か?を探す探求心があるのかないのか?より高い世界に上がれば上がるだけ、センス溢れると称される集団が形成される。その集団に埋没してしまえば芽が出ずに終わってしまう。しかし、そこから頭一つ抜け出すためには、まさに頭をいかに使っていくのかという世界に入っていく。漠然と練習していたり、心身に意識を払えなかったり…さらには自分のセンスに溺れてしまったり…高い世界になればなるほど生き残りのための、あと一歩の戦いになっていく。あと一歩はだからこそ難しくもあり面白くもある。あと一歩が人生を大きく変えていく可能性を秘めているのだから。
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2017年06月16日

自分自身

戦う前に負けるな!戦ってる途中に負けるな!戦った後に負けるな!途中は相手だが突き詰めれば自分自身、前後は完全に自分自身の中の問題。まだ見えない相手に脅えるな!どんな相手だろうが逃げずに立ち向かえ!敗戦という結果に打ちひしがれるな!究極、弱気という最大の敵は自分の中にいる。その敵に打ち克てるのは他でもない自分自身でしかない。弱気がいつも優勢ではそもそもそこに勝ち目なんてない。弱気な自分を常に凌駕していける自分自身を作り育てていかなくてはいけない。それをできるのも、これまた自分自身。苦しくても辛くても目をそらさずに立ち向かっていこう!一つ一つ!越えていこう!それこそが自分に負けないための一番の近道だろう。自分というのは弱いものでもあり強いものでもある。その比重を日々の中で少しずつでも変化させていけばいい。自分自身を甘やかせた先にあるのは弱気に満ちた自分の姿。自分に厳しく立ち向かった先にあるのは自信溢れる自分の姿。
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2017年06月15日

できるかどうかは…

やるかどうかは自分次第。できるようになるかどうかは指導者次第…ではなく、これもあくまで自分次第。そこを指導者次第だと逃げている時点で、なかなかできるようにはならないし、本気でやるんだというモードに入れていない。人が何とかしてくれるのではなく、自分が何とかしてやる!という覚悟が大切。相性が合わない、教え方が上手くない、指導者として尊敬も納得もできない…など様々な理由を挙げて、できるようにならない自分を肯定していく限りは、自分の理想とする指導者には巡り会えない。そんなことを理由にしている限りは、やはり本人の中でやっているとは思っていても本気ではやれてはいない。できないのは人のせいではなく、あくまでも自分のせいだという責任感をどれだけしっかり持てているのかというのが重要になってくる。やるんだ!という本気と責任を持てば、極端に言えば指導者なんかいなくても自力でできるようにしていけるものだということを胸に刻んでおきたいものだ。
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2017年06月14日

遅咲きでも

早咲きの桜が。花にも早咲きも遅咲きもあるように、人にも個々に花開くタイミングみたいなものがあるのかな。大切なのは蕾の時期。しっかりエネルギーを蓄えてタイミングを待つ。諦めることなく、花を全開にできるようにその準備には念を入れたいもの。蕾を腐らせないように。花開く自分を信じて。焦って無理に花を開かせても中途半端な開花なら輝きは失われてしまう。人間も全く同じだと感じる。周りが開化したからと焦ったり諦めたりせずに、じっくりと準備をしておくこと。遅咲きだって構わない。しっかりと力をつけて自分なりの全開の花を咲かせられるなら。周りに振り回されずに自分に対してしっかりとした意志を持ってタイミングを待つこと。誰もが同じではない。個々の花、個々のタイミングがある。チャンスは機が熟した時にふいに巡ってくる。そのチャンスに開花できる準備だけは決して怠らないこと。
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2017年06月13日

長所?短所?

人の長所と自分の短所を比較して劣等感、無力感、絶望感に苛まれるくらいなら、自分にしかない長所を探してそれを徹底的に磨き上げればいい。これしかないという長所でも、それに徹すればその人にしか出せない持ち味になる。不器用でもいい一つでいい、これは自分の持ち味というものを持てればいい。そもそも言うなら長所も短所もない。あるのは個々の様々な部分というだけ。それを世間や自分自身が長所だ、短所だと決めつけているだけ。長所と短所なんて表裏一体。見方を変えれば長所にも短所にもとれる。思い込まされた決めつけの土俵で比較して優劣なんて決める必要はない。自分をもっと大切にしていけばいい。短所ばかり見て自分自身を否定しながら生きていても楽しくもなんともないし、自信だってなくなっていってしまうだろう。自分はこの世の中に唯一無二の存在として生きているのだから。誰の中にもかけがえのない大切なものがたくさんあるように感じる。自分自身に愛情と笑顔を向けてあげよう。
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2017年06月12日

限界を超えて

どこまで上達できるか?どこまで強くなれるか?どこまで限界を打ち破れるか?全ては今日の自分が自分自身に叩きつける挑戦状。一歩一歩自分に負けずに飽くなき挑戦を続けた者だけが進化した明日の自分に出会える。一気に何事もいかない。自分に打ち克つ地道な積み重ねが未来の輝かしい自分を作り上げる。
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2017年06月11日

無限の可能性

失敗には無限の可能性がある。しかし失敗をそのままにしていたら可能性は秘めたままで終わってしまう。可能性を切り拓き現実のさらなる成功に繋げていけるかどうかは、失敗と仲良くすること。友達になってはいけないけど(笑)失敗にそっぽを向くのではなく真正面なら向き合い語り合わないといけない。失敗を恐れてはいけない。だって仲良しだから。失敗と語り合えば失敗はいっぱい可能性を示唆してくれるんだから。失敗と成功とは隣り合わせなんだから。ほんのちょっとした差でしかない。失敗から目をそらせて自分自身を誤魔化していても何も始まらない。失敗は人生の中で何度も経験する。失敗とさよなら!なんてことは一生ないだろう。だからこそ仲良くした方がいいに決まっている。そうすれば失敗の数だけ可能性も広がっていくんだから。毛嫌いしなければ失敗は経験の先生として自分自身に様々なことを教え気づかせてくれるはずだから。失敗することにビクビクするな。
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2017年06月10日

話す=放す

話す=放す。人は自分の心の中に様々な感情を抱えて生きている。その感情を手放そうとした時に、それを言葉にして話す。一人で抱えていては重くて仕方なくなる。時に信頼できる誰かに話すことで、心の中は放たれ少しだけ軽くなるかもしれない。だから、聞き手もしっかり受け止めていきたいものだ。時に辛くて悲しい時もあるだろう。そんな時に話せば半減するかもしれない。嬉しくて楽しい時は二倍になるかもしれない。想いを言葉に乗せて伝えていくというのは本当に大切なことだと感じる。お互いが話し合えば、それは放し合いになる。お互いの心の中を放し合う。そこには、一人ではない新しい物事の考え方、感じ方が生まれてくるかもしれない。だからこそ、相手が真剣に何かを放そうとして話している時には、自分自身も心を開いて真剣に受け止めて自らも放していきたいと強く思う。そんな話をできる時間は結果としては話して良かったと強く感じられる時間になることだろうと思う。
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2017年06月09日

夢に向かう道

夢は実現できた方がいいに決まってるけど、仮に実現しなくてもそこに向かって費やしてきた本気の時間は絶対に意味を持つ。絶対に無駄にはならないと思う。その時間は自分自身を鍛え磨き上げてくれたはずだから。実現できなかったから無駄という考えは、夢を描くことを放棄させ、挑戦する気持ちを奪っていく。夢ってワクワクする。いくつになってもそんな夢を持っていたいって思う。この年でそんな夢なんて言ってるとアホっぽいですけど(笑)でもいくつになっても、誰に何を言われようが自分の夢は描き続けていきたいと感じる。それが僕にとっては生きている実感になる。そこに向けている情熱が生きていることの熱感になる。自分が人生を通して自分自身を強く実感していたいと感じる。生きてるんだ!と。夢は僕を突き動かす原動力になっている。もちろん、実現するために最大限全力を注ぐが、もっと言えば実現するかしないかより、そこに向かう時間の過ごし方が好きなのだろう。
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2017年06月08日

意味ある練習を

できないことを少しでもできるようにするために練習はするものであって、やったことに満足をするためのものではない。漠然とした意識での練習では、漠然とした結果にしかならない。目的意識をしっかり持って取り組んでいきたい。その一歩として正確に自分自身の実力の分析把握が必要になる。何となく自分はこれくらいの実力かな?くらいの曖昧な実力の判断では、練習でもどこにポイントを置いて取り組めばいいのかが見えてはこないだろう。具体的に道筋の見えてこない練習を繰り返しても、それでは練習のための練習で終わってしまうだろう。やはり練習をするからには上達していくための練習をしていきたいものだ。誰にでも限られた時間しか与えられていないのだから。有効な時間にしていかなくてはならないだろう。
posted by Takahata at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする