2019年11月29日

命の

新芽から若葉、新緑の季節を経て紅葉を終え落葉する。一葉の一生。新芽に夢を膨らませ、若葉に希望を、新緑に命の逞しさを、紅葉に枯れゆく美しさを、落葉に命のせつなさを。懸命に大地からの栄養を受け止め、時に太陽の光に温かな気持ちになり、時に雨に打たれ悲しい気持ちになり、時に嵐に晒され辛い気持ちになり、時に鳥のさえずりを幸せに聞き、時に虫に食べられ傷つきながら……それでも懸命に一葉として存在する。それぞれの季節に共に生きる様々な他の一葉との別れを経験して、なお一葉の命を全うしていく。枝とのほんの僅かな接点でその命を保つ。実は命とはそれくらいギリギリのあやふやなものなのかもしれない。でも、その奇跡的な命の繋がりがある限りは一葉はその命を懸命に保つ。一葉の一生。そこに命の儚さと同時に命の力強さも感じる。
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2019年11月28日

楽しむ心

何故?子どもの頃はお金はなくても誰もが楽しく遊んでいたのに、大人になるとお金がなければ遊べなくなる人が多くなるのだろう。子どもの頃は楽しいと感じることは全て遊びだった。大人になると遊びはある程度定義されていき、その定義された遊びが楽しかろうが楽しくなかろうが、それをしたことで満足しようとする。子どもの頃は目の前の時間を楽しむことが目的だった。しかし大人になると遊ぶという行為そのものが目的になっていくのだろうか。楽しいことは子どもであれ大人であれ、実は身近なところにいくらでもあるのに、、、子どもはそれを楽しみ、大人はそれを楽しいと感じられなくなる。いくつになっても、楽しむ心や楽しみを作り出していく創造性を大切に忘れずに持てていると幸せなことなのだろうと感じる。
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2019年11月27日

プレッシャーを越えて

時に絶対に期待に応えて結果を出さなければならないという大きなプレッシャーがかかるような場面がある。まあ、合格点かな、ではなく絶対的に合格点を出さなくてはならないような。それは絶対的な責任感のようなものかもしれない。それに対して逃げたり、妥協したり、押し潰されたりしない、逆にしっかりと受け止めて立ち向かっていける自分自身はこれまでの人生の中で育て上げてこられているとは思っている。自分の中では、最大限に気持ちを高め、集中力を高め、神経を繊細に研ぎ澄まし、空気を読み、空気を壊し、空気を作り上げて、頭の中をフル回転させて臨機応変に対応していく。無事に終わると本当にホッとする。それは自分に与えられた責任感を遂行できた安心感かもしれない。これからも多くのより大きなプレッシャーを乗り越えていかなくてはならないのだろう。乗り越えて乗り越えて、その先にいる自分自身に出会うために。
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2019年11月26日

見えないものを

電気というのは配線を通っている間は目では見えないし、存在も実感できない。しかし電球に灯りが灯れば電気の存在は目に見えて実感していける。電気というのは下手な扱いをしてしまうと感電や火災という危険に繋がる。しかし上手に扱えば明るさや暖かさを与えてくれる。目では見えないものをいかにして実感して、それをいかに正しく扱っていくのか。見えないから分からない、分からないから扱い方も分からないでは、せっかくのモノも十二分に活かしきれないだろう。メンタルという世界もそれに相当するのではないかと思う。メンタルという目では見えないものをいかに見える化して、いかに正しく扱っていけるかで、大きく違ってくるように思う。
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2019年11月25日

役割

たぶん、トイレットペーパーと聞くと世の中にある紙の中で一番汚ない紙と答える人は多いのではないだろうか。でも、日常生活の中で一番なくてはならない紙でもあるだろう。昔、親から教えられた言葉を思い出した。親は役割と感謝を教えたかったのだろう。人には高級和紙のような役割からトイレットペーパーのような役割まで幅広くある。誰もが高級和紙に憧れたりしがちだが…でも、嫌われ役だったり、地味で汚れ役という役割にも深い意味があり、それは実はとても欠かせない役割だったりすることも多い。逆にそんな当たり前になりつつある役割、あるいは役割を果たしてくださっている人に対して深く感謝していくことも大切なことだと思う。どんな役割にもそれぞれに深いものであり、実は役割に優劣なんてない。その役割に誇りをもって全力で全うすれば必要としている人の役に立っていける。そんなことを教えてくれた親に感謝したい。
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2019年11月24日

大切な何か…

例え、思い描いた結果に至らなかったとしても、本気で思い描いた情熱、本気で流した汗、地道に積み重ねてきた年月は誰よりも自分自身がこれから先を生きていく力になるはず。苦しみもあったろう…流した涙もあるだろう…それらを乗り越えて自分を信じて舞台に立った力は図り知れない。もちろん、結果は大切だし、誰もが結果を残していきたいと考えていることだろう。しかし、結果では見えない数多くのことが本人の中に深く刻まれているはずだ。数字では表せない本人にしか分からない大切なことが。それは挑み続けた者にしか分からない大切な生きる力というかけがえのない財産だと思う。敢えて言おう。繰り返すが結果は大切、でもそれ以上に大切なものが絶対にある。人が人生を生きていく上で絶対に大切なものが。
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2019年11月23日

持ち味を生かす

自分の持ち味は何か?持ち味を生かすのはどんなプレーなのか?その持ち味を最大限に生かせる状況はどうか?周りの観察を詳細にして、自らがそのような状況をどう作り上げていけるか?その持ち味を恐れずに発揮していくか?勇気と覚悟を自信をもって定められるか?その時に持ち味は最大の武器になる。持ち味は持っているだけでは単なる宝の持ち腐れ。生かし使ってこそその持ち味は輝きを増していく。持ち味は個性であり、自分を最大限に生かす武器だろう。どれだけそれをしっかりと理解できているのかによってそれは全然変わってくる。せっかくの持ち味があるのにそれを発揮しないことほど勿体ないことはないだろう。それは持ち味を錆びさせていってしまう。磨いて磨いて磨き上げて完璧な武器にまで仕上げていきたいものだ。光輝く自分だけの武器に。
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2019年11月22日

素直に

白紙には何でも書ける。過去も書けるし、未来も書ける。文字も書けるし、絵も描ける。写真だってプリントできる。好きな色だってつけていける。白紙は無ではなく実は無限の可能性を秘めているものなんだろう。しかも規定されずに自由自在に自分を表現していくための。恐らく心が素直な時は自分に対しても人に対しても白紙の状態で接することができるのだろう。何にも妨げられることなく、心のノートにありのままを刻み込んでいけるのだから。そのためには常に心の中をクリアーにしておかなくてはいけないだろう。
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2019年11月21日

選ぶということ

選ぶという字は、己と己という二人の己が共に道を進むと書く。一人の人間の中には相反する二人の己がいる。やる、やらない。進む、下がる。などなど極論すれば二つの選択肢に葛藤する。選ぶというのは簡単なことではない。それは人間が正確に未来を予測することができないから。未来という未知なことに対する不安のようなものが己の中で生まれ、どちらを選択しようがそこに不安が付きまとうから。人間である以上は、二人の己の間を心は揺れ動く。二人の己は切っても切り離せない。人生の中で絶対的な正解なんてないのかもしれない。二人の己の中で覚悟を決めて選択したのであれば、時に心は二つの己を行き来こそすれ、その選択を己の正解にしていくために全力を尽くすしかないのだろう。
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2019年11月20日

大切な思いを

チームの中で、誰かが代表して見本を見せるような場面で、その選手が巧くできなかったり、ミスしたりした時にみんなで茶化して笑ったり、口々に否定的な言葉を口にしたりするような場面に出くわすと、とても厳しく注意をする。自分の中でそれが一番許せないことだから。その選手だってみんなの前に出たい訳ではないだろう。それでも勇気を振り絞ってそこに立っている。本人だって巧くやりたいはずだし、ミスして恥ずかしく悔しい思いを誰よりもしているだろう。そんなチームの仲間に対して、そんな言動をすることに対しては一人の大人として教えなければならないと感じる。その選手の気持ちを思いやり、励まして応援してやるのが仲間だろう。もし、自分がその選手と同じ立場ならどう思うのか?自分が同じ立場なら仲間からどうされたいのか?想像してほしい。自分じゃなきゃいいのか?と。仲間の心が傷ついてもいいのか?と。茶化すことと盛り上げることとは違うし、意識して傷つけるつもりがなかったとしても人の心を傷つけて許される言葉なんてないのだから。言葉は仲間を助けたり元気や勇気を持てるように使いたいね、とこれから先も教えていきたいと思っている。
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