2024年05月07日

手離さないで

説明するまでもないのだが、ある重いモノを手に持ち、それを持ち上げようとするとなかなか持ち上がらないし、持ち上げても腕がしんどくなってくる。そして、そのしんどさや苦しさからそのモノを手から離すと一瞬のうちに落下していく。手や腕は楽になるが、手にしていたものは地面の上。自分が自分自身をあるステージにまで運び上げていったり、何かを成し遂げようとするというのは、まさにそれに似たような感覚がある。途中、苦しくてしんどくて、何度も手離せば楽になるのが分かっていても、手を離さない。それは手を離せば一瞬のうちに自分が堕落していくのが分かるから。あれだけ持ち上げるのは大変なのに落ちる時はいとも簡単に一瞬のこと。そんな自分の姿を自分自身が見たくはないだろう。だからこそ、人は懸命に踏ん張り抜くのだろう。
posted by Takahata at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月06日

KK

重苦しい雰囲気をぶっ壊せる君でいよう!緩んだ雰囲気を一言で引き締める君でいよう!辛い時に誰よりも明るく元気を振りまける君でいよう!チームにはそんな誰かが必要だ。空気を読めないのではなく、空気を読みながら空気を壊せる誰か。KYではなくKKな誰か。KKをさらにKTに変えていける誰か。そう新しい空気を作り出していける誰か。誰かに任せていては駄目。自分こそそんな役割を担ってやるんだという心意気が大切になる。それくらいチームの全体の雰囲気を変えていくのはしんどいことなんだから。そんな誰かがいるチームは強い。どんな場面でもチームの雰囲気をガラッと変えていけるのだから。そんな誰かになってみないか?
posted by Takahata at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月05日

限界の先に

どこまで突き進んでも限界はない空。空を見上げて、雲が浮かぶ場所が空だと思っていても、飛行機で雲の上にいけば、その上には更なる空が広がる。その場所に行かなければ見えないし、知ることもできない世界。終わりのない世界。物体としての人間には固体としての枠組みがある。しかし枠組みのない心は本来はどこまでも無限の広がりを持っているはず。もし、心に枠組みがあると思ったとしたら、その枠は他ならない自分自身が作り上げてしまっている枠でしかない。その枠の外にはまだまだ無限の広がりがあるのに。どんな状況にあっても、狭い自分の心の枠の中で答えを探そうとするのではなく、ポンと飛び出して、空の、さらにはその先の宇宙の中で答えを探し出そうとするような姿勢を持ち続けていきたいなとは思っている。広い空のどこかに自分の求めるものがあるかもしれない。
posted by Takahata at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月04日

強さ

本当に強いチームというのは底力というか、一発で試合を決めにいける力がある。僅かな相手のミスを絶対に逃さない。流れが相手に傾きそうな時にワンプレーで流れを引き寄せる。いかなる状況でも悲壮感が漂わない。選手がお互いに依存しているのではなく、各個人が自立した上でのチームワーク。



強いチームには数では表せない強さがある。データ重視のスポーツにおいて、さらにデータという数字を深堀した奥の奥まで見出だしていけるのか。目では見えないものをしっかりと手繰り寄せる力。目で見えることなんてほんの一部。見えないものを見る時の裏付けとしてデータがものをいう。データだけに振り回されてしまうと本質のない数字の羅列に逆に惑わされることになるかもしれない。
posted by Takahata at 01:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月03日

当たり前

当たり前のことをおろそかにせずにしっかりとやり続けていく。こんな当たり前(笑)に思えることが、実は何よりも大変だったりする。当たり前になってくると、ついつい軽んじてしまうようになる。当たり前になってくると面倒になってくる。当たり前になるとやらなくてもやっているような気になってくる。当たり前になってくると丁寧さが欠けて雑になっていく。当たり前のことをしっかりやる力。そして飽くことなくやり続けていくいく力。簡単そうで難しいこのことを地道に行えば、人は絶対に実力をつけていくことができる。そもそもが当たり前なんてないのかもしれない。当たり前と決めているのは自分自身の心なんだから。実力をつけていくのに特効薬なんてない。小さなことの積み重ねでしかないのだから。当たり前に思えていることの中身を常に大切に意識しながらも、それを当たり前のように継続していけたらいいのかもしれない。
posted by Takahata at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月02日

監督

監督からの荒治療で発奮する選手もいるし、逆に荒治療によって潰れてしまう選手もいる。落として伸びる選手もいれば、使い続けることで活躍したり伸びる選手もいる。適材適所はもちろんだが、個々の選手の適材適使や適材適育もとても大切な要素になっていくはずだ。同じようには絶対にいかない。また、同じ監督と一言で言っても選手を上手に育てる役割の監督と、選手を上手に使う役割の監督とがいる。適性はやはり違いがある。前者は長期的なスパンで選手を捉えじっくりと時間をかけて育てていかなくてはいけないし、後者は目先の試合に勝つために選手の旬を見極める短期的な視点が必要になる。どちらも選手を最大限に生かしたいという想いは変わらないが、求められるものが違う。監督とは本当に難しい仕事だと感じる。それはスポーツに限らず、あらゆる場所で指導的な立場に立つ人には求められる力でもある。指導的な立場になればなるだけ自らを探求していかなくてはならない難しさがある。
posted by Takahata at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月01日

巧くなるために

巧くなるんだ!と誰よりも強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなるんだ!と強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
posted by Takahata at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月30日

言葉の合図

「よし!次!」試合の時、ミスした時にあれこれ考える前に、直後に口にしてみる。「まだまだ元気!」練習で疲れた時にどんどん嫌になる前に口にしてみる。そんな言葉を口にする習慣をつけていく。するとそれが合図になって、気持ちが切り替わりやすくなる。そんな自分なりの言葉を持つといい。落ち込んだり、沈み込んだり、イライラする前に先手を打って自分が自分自身に言葉をかけていく。深みにはまる前がいい。人は後ろに時間は生きてはいけない。人は前に時間を生きていく。前に向かうために必要な言葉を探してみよう。取り返せない時間をウジウジ過ごすより、これからの時間を前向きに取り戻していく方が遥かにいい。
posted by Takahata at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月29日

笑いが導く

失敗したり負けたりしても、共に笑い合える人がいると幸せなのだろう。失敗や敗北をすると、人は深刻に塞ぎ込んだり、自分の殻に閉じこもり自分自身を責めたりしてしまいがち。そんな時に、そんなこと大したことじゃないよ!と笑い飛ばしてくれる人がいると、どっぷりと主観的になっている自分自身を客観的に見れたりもする。つられて作り笑いでも、一緒に笑っていると、ふと気づくとだんだんと落ち込みが薄れていき、いつの間にか自分も心から笑い合えてるということもあるだろう。変に気を遣われて、腫れ物に触れるように接せられるよりも、場合によっては明るく笑い飛ばしてもらった方が気持ちが楽になることもあるのではないだろうか。
posted by Takahata at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月28日

与える

自分が誰かに何を与えることができたかを考えていきたい。与えることは失うことではない。自分が与えたことは誰かの心の中に生き続けていく。それは同時に誰かとの喜びや感動の共有という形で誰かから自分に与えられる。あるいは、その誰かからまた知らない誰かへと受け継がれていくかもしれない。与えることは同時に与えられている。損得勘定ばかりにとらわれてしまうと、人から得ることばかりになってしまう。敢えて自分が心を開いて与えていくようにしていきたいと思っている。それは人生を豊かにしてくれるから。それは自分という存在の意義が強く感じられるから。
posted by Takahata at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする