2019年11月19日

心の状態を

時々、自分自身の心の状態を風景で置き換えて見つめるような時がある。嬉しい気持ちの時には、青空の中で海を見つめていながら、そこにやわらかな優しい風が吹いていて、穏やかな時間に包まれて自分自身が笑顔でいるような風景。悲しい気持ちの時は、空が曇天で木枯らしが吹く都会の殺伐とした中で、道に迷い、道ゆく人々が無関心に急ぎ足で通りすぎていくような風景だったり。そのイメージはかなり明確で、その風景の中に置かれている自分を凄くリアルに感じたりする。実際にはそんな場所や風景の中にいる訳でもないのだが……そして、自分がイメージの中にいる自分自身に語りかけてあげる(笑)こんなことを書くと何か変わり者のようにも思えてくるが(笑)嬉しい時は共に喜び、悲しい時にはそっと寄り添い励ましていく。風景は別に具体的な場所でもないし、単なる空想なので実に様々なイメージになるのだが。
posted by Takahata at 00:04| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月18日

ボスとリーダー

ボスは部下を追い立てるが、リーダーは人を導いていく。ボスは権威に頼るが、リーダーは志・善意に頼る。ボスは恐怖を吹き込むが、リーダーは熱意を吹き込む。ボスは時間通りに来いと言うが、リーダーは時間前にやってくる。ボスは失敗の責任をおわせるが、リーダーは黙って失敗を処理する。ボスはやれ!と押しつけるが、リーダーはやり方を丁寧に教える。ボスは仕事を苦役に変えるが、リーダーは仕事に楽しさを与えていく。ボスは自慢話をして惹き付けるが、リーダーは人の得意なところを引き出して個を輝かせる。ボスは自分を生かすために人を利用するが、リーダーは人を生かすために自分を犠牲にしていける。ボスは人を萎縮させるが、リーダーは人を伸び伸びと動かせていける。
posted by Takahata at 00:05| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月17日

何事もそうだが、ギリギリまでは決して諦めることなく執念で食い下がることは大切だと思う。しかし、それが終われば、絶対に念を残さない潔さもそれ以上に大切なことなのではないかと思う。念とはとても強い人間の心。ベストを尽くしてやりきった先に出た結果に対しては潔く受け止める。念とは強い力を持つため、過程においてはそれが諦めない気持ちを掻き立ててくれたりもするが、マイナスの結果に対して念を残してしまえばそれは大きなマイナスのエネルギーとして自他共に深く傷つけてしまうことにも繋りかねない。怨念なんてまさしくその例なのではないかと感じる。そんなものを残して生きていたくはない。常に人間は目の前の過程には尽力できるが、最終的な結果まではどうにもできないのだから。やれることはやりきる。結果が出てしまえば、出た結果はどうにも変えられないのだか潔く受け止める。それでいいのではないかと考えて生きている。
posted by Takahata at 00:16| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月16日

自分を育てる

勝っても負けても、自分は胸を張って全力を尽くしたと言い切れるくらいの毎日を過ごしてほしい。勝っても負けても、そこに明確な意味を持てるくらい真剣に向き合ってほしい。勝っても負けても相手を尊敬し大切に思える人間性を養っていきたい。試合に負けても人間的に負けたくはない。勝って驕り威張り散らすような人間でいたくない。試合の結果でしか、自分自身や自分が積み重ねてきたものを図れないような競技人生にはしたくはない。揺るぎない信念を持って試合に挑み、試合の結果を受け止めていきたい。そのためにも日々にどれだけ自分自身を育てあげられるか、自分がどれだけのものを積み上げていけるかが重要になる。
posted by Takahata at 00:26| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月15日

人が人を

人の厳しさが人を鍛えあげ、人の優しさが人を育てあげる。その根底にあるのは人を大切にしたいという深い愛情。人の本気が人の厳しさを育み、人の思いやりが人の優しさを育む。時代が人を育て、文化が人を作るような側面はあるが、それでも人が人を育て作り上げていくという根底は揺るがない。人と人との関わり合いが希薄になりつつある昨今にあっても、やはりこの人と人との基本を失ってはいけないと切に感じる。時代や文化は進化しても、人間としての退化や人間としての資質の喪失はあってはならないと思う。人は人で育て作り磨かれていく。時代や文化が主体ではなく、あくまでも主体は人間でなくてはならない。そうしなければ、やはり人間の心は作られてはいかないと思う。人と人とが本気で向き合い関わっていくことでしか人は成長はしていけないのではないかと改めて考えさせられる昨今である。
posted by Takahata at 00:04| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月14日

プライド

他人の目に怯えて恥をかかないように体裁を整えるのがプライドではない。プライドとは人の目なんか気にならないくらい這いつくばってでもしがみついてでも自分が自分自身であり続けること。諦めずにがむしゃらに喰らいつくこと。プライドを傷つけるのは他人じゃない、逃げ回る弱い自分自身。格好ばかり、表面的な部分を取り繕ってそれらしく他人に装う。そして諦めて逃げている内面の自分自身を誤魔化して生きている。こんな人は必ず他人によって自分のプライドが傷つけられたとぼやく。他人なんかどうだっていい、いついかなる時も自分が自分自身を見つめているはずだ。他人に体裁を整え、自分自身は誤魔化していく。自分の人生を自分が生きるという主体性を持てていなければ真のプライドなんて持てるはずがない。もっと真っ直ぐに自分の人生と自分自身とを見て生きていくのがいい。それができれば自分らしい生き方に根差したプライドを持って生きていけるはずだ。
posted by Takahata at 00:15| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月13日

子ども時代に学ぶ

子どもの頃にスポーツで必要な様々な要素を遊びの中で自然に学んだような気がする。学校帰りに通学路の塀の上を歩いてバランスを身につけたり、メンコで手首のスナップを効かせるのを身につけたり、シーソーやブランコで力の加え方を学んだり…挙げればきりがない。それと同じように人との関わり方や交わり方も色々学んだような気がする。近所の家の窓をボールで割った時の謝り方、駄菓子屋でおまけにもう一個もらうお願いの仕方、先生に怒られた時の凌ぎ方、友達とケンカした後の仲直りの仕方…これも挙げればきりがない。昭和の子ども時代。たくさんのことを実践で学び、それが人生を生きる智恵になっていることは多いと感じる。平成、令和と時代は移ろい、子ども達の環境も変わった。真に生きる力は案外アナログから身につくことも多いのでないだろうか。何せ人間が生きるということそのものがアナログなのだから。知識ではない智恵を子ども達にはたくさん学べる子ども時代を過ごしてほしいと願う。
posted by Takahata at 00:06| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月12日

やる

やりたいと思ったのであれば覚悟を決めて臨みたい。やると決めたなら中途半端ではなく徹底的にやり抜きたい。やるからにはできない言い訳はしたくない。どうせやるならそこそこで満足するのではなく頂点を目指してみたい。やる中で結果だけでなく自分自身を鍛えて高めて磨いていきたい。結果がどうあれ、やった自分に胸を張れるくらいやりたい。そのためにも、やるからには楽な方に流されるのではなく、敢えて厳しさに向き合っていきたい。やる中で自分自身の限界を打ち破っていきたい。自分が自分自身に挑戦状を叩きつけるくらいに徹底的にやり抜いてみたい。やる主体である自分を見失わないように自分の意志でやり抜いていきたい。
posted by Takahata at 00:13| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月11日

幸せな世界

勝った負けたの世界に身を置いていると、分からなくなりがちだが、過ぎて気づくのは好きな競技にひたむきに夢中になれていた幸せ。そんな時間は人生の中に限られた時間しかない。その時に初めて気づくだろう…勝った負けた以上の大切な心の中の宝物に。過ぎたら二度と取り戻せない宝物の時間。その最中にいると勝てば天国、負ければ地獄くらいに感じるが。しかし…好きな競技で勝ったり負けたりを繰り返した時間の全てが天国だったなと気づかされる。それは青春とも呼べる時間かもしれない。
posted by Takahata at 00:40| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

与える

自分が誰かに何を与えることができたかを考えていきたい。与えることは失うことではない。自分が与えたことは誰かの心の中に生き続けていく。それは同時に誰かとの喜びや感動の共有という形で誰かから自分に与えられる。あるいは、その誰かからまた知らない誰かへと受け継がれていくかもしれない。与えることは同時に与えられている。損得勘定ばかりにとらわれてしまうと、人から得ることばかりになってしまう。敢えて自分が心を開いて与えていくようにしていきたいと思っている。それは人生を豊かにしてくれるから。それは自分という存在の意義が強く感じられるから。
posted by Takahata at 00:23| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする