2019年06月03日

極める

極める。何かをとことんまで極めていくのが好きだ。何でもできるのも素晴らしい。でも、これは!というものを徹底的に極めるのも素晴らしいと感じる。極める過程において、ここで終わりというものはない。探求すれば探求するだけ、次々にさらなる深みが見えてくる。自分の中で懸命にもがく。懸命にあらがう。懸命に答えを見出だそうとする。答えが見出だせた途端に次の深みが見えてくる。この繰り返し。時々、もうこの辺りでいいんじゃない?という心の声が聞こえてくる。その甘い誘惑にまだ!まだ!とさらなる深みを探求していく。自分が取り組んでいることくらい、他の誰もが知ることのない本質的な答えに辿り着いてみたい。深海のような世界を一人潜り続けていくような。恐らく終わりのない探求なのだろう。人生を通して何かを極めていく。こんなテーマに出会えた自分は苦悩しながらも幸せを感じている。
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2019年06月02日

アイデアを出す

逃げ道を断ってこそアイデアは見つかる。切羽詰まれば苦しくてたまらなくなる。そのギリギリのラインでもがき抜く。先に何も見えない。先が暗闇のように見える中で懸命に一筋の光を探し出していく。切羽詰まったら知識では通用しなくなる。懸命に知恵を使うようになる。最初は一筋のほんの小さなアイデアかもしれない。でも、それをどんどん広げて大きく育てていく。アイデアを育てそれをどんどん実践へと移していく。それがダメなら、また次のアイデア、次のアイデア…それを逃げずに繰り返していく。そのうちに打破できるものに出会えることだろう。
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2019年06月01日

断定

願望から断定に変わった瞬間から全ての物事は、その断定に向かって見えない流れができていく。ただし、いかなる時も絶対にブレない芯の強さが大切。覚悟を定めていかなる状況でもその断定を引き寄せていく。手繰り寄せていく。諦めない、挫けない、投げ出さない、弱気にならない…真っ直ぐに貫く。貫き通した者だけが手にできる断定。人間は弱いものだから、ついつい様々なマイナス要因に引っ張られて、マイナスの心理状態に陥りやすくなってしまったりする。そんな時は懸命に踏み止まって、何度も断定を心の中で繰り返し言葉にしてみる。願望は願って終わり。叶えばラッキー。しかし断定は違う。未来の決定事項。必ずや実現させていかなくてはいけない。決まった未来に突き進む道。覚悟を決めて意地でも喰らいついてでも貫いて手繰り寄せていかなくてはいけない。それこそが断定。ガッツリと捕まえていく。どれだけの覚悟を持って断定できるかで、流れの大きさは変わっていくものだ。
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2019年05月31日

過去の再生

時間というのは不思議なものだ。あれだけ苦しかったり辛かったりした過去も思い出に変わり、いつの日にか笑って話せる時が来る。失敗や挫折も生かされて今を生きる知恵に変わる。時間は過去を熟成してくれる。どのような熟成をするかは自分の生き方次第なのかもしれない。日々を後ろ向きにネガティブに生きていくのか、前向きにポジティブに生きていくのか。過去を否定して生きていくのか、過去を受け止めた上で過去を教材にして生きていくのか。過去の涙を未来の笑顔に繋げるために今を全力で生きていきたいものだ。未来を作ることは過去の再生でもあるのかもしれない。
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2019年05月30日

あと一歩から

あと一歩…そこで満足するのか、その一歩にこだわり伸ばそうとするのか。その一歩は選手それぞれに何か?は違う。その何か?にこだわる力。その何か?に気づける力。見出だしたその何かを身につけるための継続していく力。それが無ければ永遠にあと一歩の選手で終わってしまう。センスという言葉の先のあと一歩…その何か?を探す探求心があるのかないのか?より高い世界に上がれば上がるだけ、センス溢れると称される集団が形成される。その集団に埋没してしまえば芽が出ずに終わってしまう。しかし、そこから頭一つ抜け出すためには、まさに頭をいかに使っていくのかという世界に入っていく。漠然と練習していたり、心身に意識を払えなかったり…さらには自分のセンスに溺れてしまったり…高い世界になればなるほど生き残りのための、あと一歩の戦いになっていく。あと一歩はだからこそ難しくもあり面白くもある。あと一歩が人生を大きく変えていく可能性を秘めているのだから。
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2019年05月28日

影響力

練習が嫌いと思ってもいい、練習に行きたくないと思ってもいい。ただし、それはグランドの外にいる時だけにしよう。一歩グランドに足を踏み入れる瞬間までには気持ちを整理しよう。自分自身はもちろんだが、一生懸命にやろうとしている仲間達にそんな気持ちを伝染させてはいけない。思いやりのあるチームはそれができている。風邪を引いているのにマスクもせずに電車や狭い空間の中でゴホンゴホンと無遠慮に咳をしたり、くしゃみをしたり。やはりマスクをしたりして周りに思いやりを持ちたい。風邪を伝染させてはいけないなという意識。文句や愚痴を撒き散らして周りも不快にしたり、やる気を下げてしまってはいけないと思う。自分自身を律して逆に周りにプラスの影響力を与えていけるくらいでありたい。誰もいつも、やる気があったり、好きでワクワクばかりではない。だからこそ、余計に自分の気持ちを整理して物事に臨むというのは大切になってくるように感じる。
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2019年05月27日

大人の挑戦

子どもの頃は七転び八起き。失敗を恐れず立ち向かい、失敗してもすぐに挑戦する。悔し涙を流しながらもひたむきに立ち向かっていく。失敗する怖さより、成功する喜びが勝っている。というより、失敗なんて恐れてなかったはず。そんな子どもの頃の思いをいくつになっても大切にしていたい。大人になるというのは怖さを知ることだとよく言われるが…怖さばかりが先立ち身動き一つ取れなくなるような寂しい大人にはなりたくはないと感じる。子どもの頃のように失敗しようが次にまた平然と挑んでいけるような大人でいたいと思う。これは意識しておかなければ日常での様々な失敗から人はどんどん小さくなっていってしまう。身体ばかり大きくなるが、心はどんどん小さくなっていってしまう。それでは大人になることはつまらないことではないだろうか。大人になった今こそ、どんどん挑戦していけるのだから。
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2019年05月26日

逆転

どんなに点差を引き離されても最後まで、じわりじわりと追い上げていけばいい。最後に一点でも追い越していればいいのだから。点差で気持ちを萎えさせるのではなく、目の前の一つ一つのプレーを雑にせずに丁寧に積み上げていく。点差でヤケな無茶なプレーではなく、丁寧な攻めの気持ちのプレーを。そう、ウサギとカメの話。どんなに離されても一歩一歩歩みを進めていけばその距離は縮まっていくかもしれない。投げ出した時に全ては終わってしまう。自ら試合に臨みながら自らの手で勝手に試合を終わらせてしまうようなことはしたくはない。試合自体が終わっていなければ、試合の途中にはどこにもゴールなんてない。絶対に気持ちを切らさずに諦めずに喰らいついていく。それをできた選手は逆転もありうる。下手な計算をしている余裕があるなら目の前の一つ一つのプレーを丁寧に積み重ねていこう。
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2019年05月25日

言葉と拳

言葉は人を癒す、勇気づけるために使えたらいい。拳は人を支え、そっと手を添えていくために使えたらいい。言葉も拳も使い方を間違えると人を心身共に深く傷つけてしまう。言葉も拳も心の在り方の表れ。心を愛情や温かさで満たしていければ、それは言葉と拳を通してたくさんの人へと広がっていく。せちがない、自分勝手な自分さえ良ければみたいな殺伐とした社会にあって、心の中にほんの少しでも愛情や温かさを。そしてそれを人へと繋げていけたらと思ったりもする。一人の人の心がたくさんの人の心へと。それがどんどんさらに人から人へと広がっていく。心ある人が適切に言葉や拳を生かしていってほしいと願う。言葉や拳で人を傷つけても、その先には殺伐としたものしか残らないんだから。人が人を大切にしていける社会にしていかなくてはいけないだろう。
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2019年05月24日

視点を変える

苦しみや辛さは人の心を萎縮させる。本来人間の想像力は長期的でいくらでも無限のはずなのに、心が萎縮すると身の回りの近視眼的なことしか考えられなくなってしまいがちだ。目の前のことが長期的な視点の中でどのような位置付けにあるのか、どのような意味があるのかを冷静に見れなくなってしまうのだ。そうなると目の前の物事で目一杯になり、逃げ出したくなってしまったりする。この苦しみや辛さの先に繋がる何も見えなければ、目の前にあることは単なる苦しみや辛さでしかなくなってしまうからだ。苦しい時こそ、意識して長期的な視点の中で今という時間を捉えていきたいものだ。
posted by Takahata at 01:20| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする