2020年07月21日

決して諦めず

勝利には喰らいついて喰らいついて、必死で掴み取りにいかなければ辿りつけない。それでも辿り着けないこともある。敗北には諦めたら一瞬で手から落ちていく。掴み取るのは死ぬほど苦しく難しい。手放すのはいとも楽で簡単。だからこそ勝利の喜びは大きい。ギリギリの所で絶対手を離さない強さは大切。中途半端に諦めムードで計算して、勝手に自分の中で負けそうかも…と判断して、どんどん試合へのモチベーションが低下していって雑になっていってはそれこそ負けるべくして負けたということになる。結果として敗北を喫したとしても…最後の最後まで諦めることなく喰らいついていく戦い方をできたらいいと思う。そんな気持ちは次なる戦いへと繋がっていくのだから。さらには勝負の舞台に立つ自分自身を自分が裏切らないために。最後の一瞬まで喰らいついていきたいものだ。
posted by Takahata at 00:47| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月20日

バランス

多くの人のためにと最先端の科学技術を追い求める余り、そのことに躍起になって、自然を破壊したとする。すると、その破壊が多くの人を苦しめることになる。そうなると本末転倒ということになってしまう。多くの人のためにという気持ちが、多くの人を苦しめる結果になる。何かをする時に一番必要なのはバランスかもしれない。目先だけではなく、何手か先を見ていくこと。その先を見据えた時にどこまで手をつければ、今よりも科学が進化しながらも無理なく自然を守っていけるのか。場合によっては、追求を妥協しても守らなければならない時もあるのかもしれない。それこそ本末転倒にならないようにすることも大切なのかもしれない。どれだけ進化しようが、その進化でバランスが崩れて多くの人を苦しめる結果になるなら、それこそ何のための進化だったのか?ということにもなってしまう。何事もそうだが、全てのモノはバランスの上に成り立っていることを考えると、このバランス感覚を失った進化は大変なことになってしまうような気がする。植木の剪定と同じで1つの枝に集中して切って、今度は離れて客観的に全体を見る。そんな進め方が今後の世界の中で必要とされていくのではないだろうか。
posted by Takahata at 01:08| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月19日

自己開発

自己開発。自分の可能性を信じて自分の実力を切り拓いていく。そのためにはチャレンジが大切なのだが……しかし、「チョロっと新たなことでもかじってみるか!」と中途半端に新たなチャレンジを始めるのは良くないような気がする。。そんな発想でいると好調の時には甘えが出て自分が調子いいからやらない、不調の時には、切羽詰まって自分が大変だからやらない、となり、いつまでたってもやらないことになってしまう。それでも、やろうとなった時には自分が良いからその余力でやるだろうし、あるいは自分が悪いからやむなくリスキーなものに手を出してしまうだろう。自己開発はやってもやらなくてもいいものではないし、中途半端にやるものでもないだろう。やるなら地道に本気で全力で取り組んでいかなくてはならない。自己として将来に向けて更なる発展していくために本気で取り組んでいかなくてはならないのが自己開発なのだと思う。
posted by Takahata at 00:19| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月18日

巧くなるために

巧くなりたいと強く思うこと。少しでも巧くなることに幸せを感じること。巧くなるための方法を考えるのを楽しむこと。巧くなるために地道な汗を流し続けることを遣り甲斐に感じること。何の才能より、自分が巧くなりたいと強く思えることが何よりの才能。巧くなるんだ!と覚悟を決めた時が全てのスタート。巧くならないかなぁ〜、巧くなれたらいいなぁ〜、では巧くはなれない。巧くしていけるのは他でもない自分自身。勝手に巧くなる訳でもない。当たり前だがそんな受け身の姿勢で巧くなるはずはない。自分自身が本気になってこそ初めて巧くなっていけるだろう。
posted by Takahata at 00:32| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月17日

言葉の裏側には

忙しいと口にする裏側の心の中には充実した心がある。暇だと言える心の内にある余裕の心。悲しいと口にする裏側には素直な心がある。もうダメだと言う裏側には潔い心がある。ネガティブに見える言葉の裏側には、また別のポジティブな感情や心があるかもしれない。もちろん、忙しいと言う代わりに充実していると言葉にすればいいし、暇だという代わりに余裕を持ってると言葉にすればいいのだが。あるいは、その逆も然りで、ポジティブな言葉の裏側にネガティブな感情がある場合もあるだろう。人間というのは言葉と心とが裏腹だったりすることも多い。本音と建前とで違ったりもする。だからこそ、人の言葉面に単純に惑わされることなく、その心の内を感じ取る感性のようなものが大切になっていくような気がする。本当の心を知らなければ、あるいは気づけなければ、その相手の真に求めるものに応えていくこともできないのではないだろうか。
posted by Takahata at 00:41| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

朝令暮改

朝令暮改というのは悪い意味で使われる言葉だ。命令や政令などが頻繁に変更されて、一定しないこと。朝出した命令が夕方にはもう改められるという意からきている。確かに平時においては、これでは困ってしまうだろう。しかし…事態が刻々と変化する緊急時には、逆に自分が出した指令にこだわりすぎて変えることをしなければ、変化に対応できずに逆にマイナスに作用してしまうこともあるのではないかと思う。状況の変化によってベストな対応策は変化して当然のこと。一度口にしてしまったから引っ込めるのは…とか一度出した命令はどんなことがあっても最後まで貫かなくては…と思いすぎてしまうと柔軟性や臨機応変さが失われてしまう。意味のない朝令暮改なのか、しっかりとした意味を持つ朝令暮改なのかは指令を出す側も、そして出される側もしっかりと理解をしておかなくてはならないだろう。
posted by Takahata at 00:17| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月15日

逃げ道を

部活をやっていると、何度か辞めてしまいたくなることはあるだろう…そんな時こそ、明日は辞めようと決めやり抜く。次の日も明日は辞めようと。逃げ道を敢えて用意することで、踏ん張り抜けることもある。逃げ道がなくなると心は窮屈になる。いつでも辞められるという心の余裕が結果として逃げずにやり抜ける原動力になることもある。逃げ道は逃げてしまえば逃げ道になってしまうが、逃げなければ逃げ道にはならない。辞めることが許されないとなると精神的にどんどん追い詰められて苦しさや辛さをどんどん強く感じていってしまう。心の余裕はいつも大切になる。これしかない、ではなく、たくさんできることの中からこの道を選択しているという方が瀬戸際感なく打ち込んでいけたりもする。逃げてもいいんだという余裕が一日一日を踏ん張る力を与えてくれて、そのうち辞めたいという感情も自然に消えていったりする。逃げて辞めなければ逃げ道ではないのだから。敢えて自分を追い詰め過ぎないのも長く続けていける秘訣かもしれない。
posted by Takahata at 00:11| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

ストーリー

人生というのはそれぞれの人にそれぞれのストーリーがある。どのストーリーが正解かではなく、自分が自分自身に対して納得できたらそれこそが正解なのだろうと思う。その自分の人生のストーリーの中では誰もが自分が主役であり、そのストーリーの脚本を書き上げていくのも自分。長いようできっと校了する時には短かかったような気もするのだろうと想像する。この世の中には価値観も違えば、目指すものも違う様々なストーリーが交錯している。そんな中で人は、そしてその人が書いていくストーリーは、誰かとその誰かが書くストーリーと接したり離れていったりを繰り返していく。誰もが自分の正解を求めて。ストーリーって素晴らしいと思う。受け身ではなく、自らが能動的に書き上げていくものなのだから。そんな風に考えたら人生がより心豊かなものに思えてくる。
posted by Takahata at 00:55| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月13日

絶対性の崩壊

絶対なんてどこにもない。何が起こるか分からない。大切なのは絶対性が崩れる何かが起こった時にいかに素早く対処していけるかだ。絶対を信じ過ぎてしまうと崩れ始めても気づけなかったり対処が遅れたりする。今までは絶対的であったから、今も未来も絶対なんか有り得ない。絶対と油断は背中合わせ。あるいは絶対と怖さは隣り合わせ。絶対性を作り上げたのが人間ならば、その絶対性を崩し去るのもまた人間。いつの日にはその日が来ることは頭の中では理解できていても、人はついついその絶対性に無意識のうちに依存してしまう。ついつい大丈夫だろう…と考えてしまうもの。絶対を崩された方のショックは想像以上に大きい。反対に絶対を崩した方の勢いは高まる。しかし、崩された方は上手くすれば開き直り攻めの姿勢に転じることができる。崩した方には逆に失う恐さが生まれ守りの心理に陥りやすい。どちらに転ぶかで勝負の流れは一転する。それもまた勝負の楽しみ方の一つと言えるだろう。
posted by Takahata at 00:48| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月12日

正しい過程を

例え自分が失敗したボールを投げても、対戦相手が失敗したら、それは結果としての成功になる。でも、そんなのは一時的な成功だろう。結果オーライの成功。自力ではない他力によってもたらされた成功。根拠のない偶発的な成功。どんなに過程が正しくても結果は失敗に終わることもある。上記のように過程は間違っていても結果は成功することもある。しかし、結果というのは実に様々な要因の影響を受けるため目先では成功したり失敗したりしたとしても、やはり正しい過程をしっかりと踏んでいけば成功する確率は確実に上がるはずだ。目先の結果に振り回されずに、とにかく正しい過程を毎回しっかりと踏んでいく。成功の確率を上げるのはそれしかないように思う。
posted by Takahata at 00:25| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする