2018年12月29日

人生の意味

人生に意味があるのではなく、限られた人生に意味を持たせていくのは他でもない自分自身だろう。生きるというのは時間の集積だとすれば、自分が何を求めていくかによって人生の意味は変わっていくだろう。意味を誰かが教えてくれるものではないし、待っていれば意味づけられていくものでもないように感じる。それでは人生の貴重な限られた時間が流れ去っただけになるだろう。時間を自分自身の求めることのために有効に使い切れてこそ、そこに意味が見出だせていくのではないだろうか。個々で求めるものは違えども、求めることがあるからこそ真剣に時間を生きていけるはずだ。
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2018年12月28日

指導者の役割

指導者は選手に「何やってんだ!」と怒りの感情をぶつけるのではなく「何故そんなことになったと思う?」と冷静に選手と共に分析して考えていかなくてはいけない。自分の苛立ちや怒りをぶつけても問題は解決しない。何故?をお互いに理解してこそ、次に向けての対策も考えていける。これはスポーツ以外にも言えること。単なる感情を相手にぶつけても、お互いが不愉快になり嫌な気持ちになるだけ。してはいけないミスをして一番落ち込んでいるのは本人。そこに追い討ちをかけても、素直に受け止めてはいけないだろう。指導する側と指導される側とは寄り添いながら共に考えていくスタンスがお互いがお互いを育てていく道のような気がする。相手を真っ向から否定するのではなく、犯したミスはミスとして受け止めて次に同じミスをしないように導いていかなくてはならないのが指導者としての役割だろう。指導者は時としてグッと堪える力も大いに必要になる。そしてたゆまぬ冷静な問題分析能力が問われる。
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2018年12月27日

少しずつ

もし、五万円が手元にあったとして、それを一億円にするためにはどうするか?中には五万円で宝くじを買ったり、競馬などの賭け事に走ったり、株のようなものをしたりするかもしれない。五万円と一億円との開きが大きい分だけ、一か八かの一発勝負で一足跳び、どころか十足跳びに何とかしたくなるのかもしれない。別に答えがある訳ではないが…五万円を六万円に…十万円に…百万円に…というように段階的に増やしていく地道さというのが苦手な人は多いようだ。五万円をゼロ円にすることなく、少しでも元手金よりも増やしていく工夫。一発勝負に負けたらゼロ円になる。じれったくても一歩一歩いくのもいいのではないだろうか。
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2018年12月26日

指導の一案

自主性とスパルタだが、究極は自分が自分自身を上手に追い込めていけるのが理想だと思う。それは競技が好きだから少しでも上手くなりたいという思いがあればこそ。子どもの頃からスパルタでいくと、競技を嫌いになったり辛くなっていくし、鞭で打たなくてはやれない選手になりやすい。では、自主的にとなると子どもは自分自身を甘やかしたり妥協してしまいがちだ。それでは競技力は伸びていかない。指導者としては、選手の気持ちを乗せていくことを考えてみる必要がある。スパルタではなく、選手が動きたくなるように気持ちを誘導していくこと。また自分が自分自身を乗り越えて達成していく気持ち良さを少しずつ感じさせていくことが大切。いきなり高望みせず少しずつ負けない自分になっていく楽しみを感じさせてあげる。指導者はどこまでも悩みは尽きない。絶対的な答えもない。もがきながら試行錯誤して指導に対する自分の答えを見つけだしていきたいものだ。
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2018年12月25日

開花まで

開花。この一瞬に一気にエネルギーを爆発させるような咲き方。でもこの一瞬のために、草木は花が散ってからの一年間、この瞬間のために、葉を広げ、根を張り、葉を落とし、寒い冬も準備を地道に進めてきた。エネルギーを溜め込んで。地味な準備があればこそ、花も咲かせられる。花を咲かせたい、咲かせたいでは、想いはあっても咲かせるだけの力がなければ咲かせられないだろう。中途半端にちょこちょこと一年中花をつけていても、これだけ満開の花は咲かせられないだろう。葉を広げても誰も見向きもしない。土の中で根を張っても誰も気づきもしない。誰かに注目はされなくても、自分のやるべき準備を地道に積み重ねていけるからこそ花を広げられる。美しい花には一年間の地道な時間が集約されている。だからこその美しさでもあるように感じる。
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2018年12月24日

地道な自信

自信は生まれてくるものというよりは、作り上げていくものだと思う。量だけでも質だけでも自信は作れない。誰よりも質の高いものを誰よりも量を積み上げた時にこそ。頭を誰よりも使い、身体を誰よりも使う。目先の結果だけで一喜するようなメッキ貼りの自信はすぐに剥がれてしまう。揺るぎない自信を作り上げていきたいものだ。質の高さは誰かが与えてくれるものではない。誰よりも自分自身が飽くなき探求心を持って模索していかなくてはいけない。量の多さもまた誰かが与えてくれるものではない。誰よりも自分自身が自覚して自分に負けない厳しさを持ち続けていかなくてはいけない。そもそも自信なんて簡単に口にできるほど簡単なものではないのだ。地道に積み上げていくしかない大変な道のりだ。簡単に手にしたものは簡単に手から離れていってしまう。その自覚をどれだけ持って日々取り組んでいけるのか…自信は一日にしてならず。仮に一日で生まれた自信は数日後には大きな不安や恐怖を生んでいることだろう。地道に地道に!!
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2018年12月23日

チームワーク

チームワークは群れてつるんで仲良しごっこをすることではない。ドンマイと口にしてお前のミスは許すから俺のミスも許してくれという依存関係でもない。自分に与えられた役割の意味をしっかり考えて、その役割を個々が責任をもって全うする。誰かがやってくれるではなく自分がやる。チームワークは個の自立と責任感の上にこそ成り立つ。チームとは言え、それは一個々の集合体。その個がいかに自立できていて仲間に変に依存したり甘え合ったりせずに自己責任を全うできるかにかかっている。いくら仲良し風に見えても、そこに相手を深く信頼できる気持ちや深い絆がなければ真の仲間にはなりえない。その辺りがボヤけて曖昧になってくると仲良くは一見見えるが、強いチームワークは機能しなくなっていく。役割を明確にして、その役割を担う意味を真剣に考える。そしてその役割を担う自分自身を真剣に考える。そんな個人と役割とが充分に機能してこそのチームワークだと考える。
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2018年12月22日

集団と個

チームスポーツと言えど、個々の技術の集大成。であるなら、全体練習は合わせと捉えて少なくして、個々が個々の技術とじっくりと向き合い、高めていける個人練習の時間を多くするのもいいと思う。全体練習が多いと、その流れの中で個々が自分を見つめる機会も流れていきそうな気もする。どうもチームスポーツはチームだから全体で練習が長く、個人の練習が付録みたいな自主練になっている傾向があるような気がする。全体でみんなで一緒に練習してやれたような気がするみたいな…チームプレーも個の技術の集大成なら、もう少し個に光を当てた練習に比重を置いてもいいようにも思う。
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2018年12月21日

夢のあとさき

2000本のヒットを打つ。その1本、1本にはファンの歓声や称賛があった。しかし、その裏には少なくても6000本以上の凡打がある。これにはファンの落胆や罵声があった。達成した数字よりそれを乗り越えてきた強さを信じたい。打ち克ってきた精神力を讃えたい。そんな1打席、1打席の積み重ね。自分自身と明日を信じる力。人間には自分の力ではどうにもできないことがある。そんな時に風向きが悪くても黙して自分自身の進むべき道を貫いていく。自分を信じて道を貫いていけば必ず風が味方してくれる時はある。風に振り回されるのではなく常に自分の生き方を貫く。それが明日の風を作る。良いことばかりではない。いや、人生は悪いことの方が多いのかもしれない。ヒットの数より凡打の数が多いように。それでも気持ちを切らさずに黙々と日々を積み重ねていくことで、なにがしかを達成していくことができるのだと思う。日々はどんな風が吹くかは分からない。しかしどんな時でも自分の姿勢を貫いていくこと。
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2018年12月20日

休養を大切に

練習を一日休むと、取り戻すのに三日かかるという言葉があるが…高度なバランス能力が求められる自転車でも一度乗れるようになれば一年や二年乗らなくても乗れる。逆にその言葉に恐怖を感じて、休むことを悪に感じて無理を重ねて、身体を痛めたり怪我をする方が怖い。休むことも上達には大切。輪ゴムの消耗時間だって、ずっと伸ばして張り切った状態を続けていれば、伸ばしたり緩めたりを繰り返すよりも切れてしまうのは早くなってしまう。スポーツに限らず日本人には休むことは悪なんだという観念が刷り込まれている人が多い。農耕民族の名残かもしれない。毎日欠かさずに田んぼに顔を見せるから立派な稲が育つみたいな感覚。サボることや手抜きをすることは論外だが、しっかりと休養を入れて、心身が切れることなく長く持続していけるようにすることも大切だと感じる。無理を重ねて大きな怪我を生み出し長期離脱する方が遠回りになるように思ったりするのだが…
posted by Takahata at 00:04| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする