2017年06月07日

練習の意味

部活の練習時間の長さだが、工夫次第でいくらでも効率的に短縮していけるように感じる。練習時間の長さで競っているのでないなら、ダラダラ無駄に長く練習するより短く集中して心身の疲労を次の日に残さない方がいいように思う。短縮化していく中で、練習の意味や質も考えていける。以前に栄養士さんに聞いた話だが、栄養のあるものを美味しく腹八分の食事がいいらしい。これはそのまま練習にも当てはまるような気がする。満腹にすることを目的にして無駄なものまで無理矢理詰め込んで膨満感にしてしまったら、次の食事は苦痛でしかなくなるし、何せ消化に悪い。やはり大切なのは質の高い練習を生き生きと腹八分というのがいいような気がする。次の練習が苦痛になるのではなく楽しみになるような。そろそろ練習の意味や在り方を考えていかなくてはならない段階に来ていると思う。これはスポーツに限らず何事にも言えると思うが…時間だけ縛ってやらせた感、やった感を感じるのはあまりに非効率的な気がしてならない。
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2017年06月06日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2017年06月05日

いかにやるか

何をやるか以上に、いかにやるかが大切。チームで全員で同じようにやっている練習でも本人の意識や取り組み方で大きな差が生まれてくる。そこにこそ練習の質がある。やっていることの見かけは誰もが同じように見えても、中身は個々の意識で全く違っていたりするものだ。量の積み重ね以上に意識の積み重ねが大切になる。意識は目に見えない。しかし同じように練習している選手達を詳細に観察していると意識はその個々の動きの中に表現されているものだ。質の低い練習は単なる肉体の酷使でしかない。やはりどれだけ自分自身の頭を使って練習に取り組んでいけるかが大きな鍵になっていくことだろう。練習は巧くなっていくためにするものなのだから。
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2017年06月04日

輝きながら

スポーツの場面で輝きを放つ選手がいる。持っている技術もさることながら、誰よりもその競技を愛し、チームを愛する。試合での一瞬一瞬を慈しむように真剣に全力で楽しむ。ここが自分が生きている証であるかのように。技術を超えるものがあることを自分が自分自身に証明するかのように。輝きを増す。勝ったから輝く、上手だから輝くというのではなく、もっと本質的な部分からの沸き上がるような輝き。そんな選手でありチームでありたい。そんな輝きの中で誰かの心に何かを伝えられていけたらいい。
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2017年06月03日

苦しさを乗り越えて

苦しい時こそ、いつも以上に動くようにする。苦しい時にはついつい後先を考えて手を緩めたくなる。もう駄目だと諦めて立ち止まりたくなる。だからこそ、自分が自分自身に鞭を打って動いて動いて動きまくる。グッと歯をくいしばり、まだまだやれる自分自身を信じ抜く。苦しくない時にやれるのは当たり前。真価は苦しい時にこそ試される。動いたことで何かが僅かでも変わるかもしれない。自分自身の気持ちが僅かでも変化するかもしれない。苦しい時こそ、折れそうになる自分を奮い立たせていこう。動くのをやめなければ必ずその先に何らかの光明が見出だしていけるだろう。
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2017年06月02日

冷静に検討

ダメだから試合に使わない!もっと練習して力をつけてこい!と言われても、選手は時に、何がどう悪いのか?何をどのように練習していけばいいのか?を解らない場合が多い。方向性や道筋の解らない檄は、時に選手を余計に迷走させてしまうことになる。冷静で具体的な指示が大切な場合もあるだろう。選手本人が指導者の求める意図を明確に理解していない、もっともっとの練習は場合によっては徒労に終わってしまうこともある。指導者自身も時に何となくダメだ、よく分からないけど練習が足りないんじゃないかという漠然とした感覚で檄を飛ばしてしまうこともあるだろう。指導者も選手も共に一緒に冷静に課題を検討していくことが大切なように感じる。
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2017年06月01日

変わる!

変わる必要性を強く感じたら、そこから変えていけばいい。変えることは崩壊ではなく新たな構築。過去の否定ではなく未来の自分への肯定。変わる不安より変わるワクワク感を大切に。変わらないことに執着するよりも、変わることに柔軟になる。自分は変わるんだ!と決断した瞬間から人は変わっていける。変わることは苦しさもともなうかもしれないが、大きな楽しみでもある。変わることは違和感をともなうかもしれないが、とても気持ちいいことでもある。変わることへの扉を頑なに閉じているよりも、パーンと扉を開け放って新たな自分への道を歩き始めてみたらいい。新鮮な気持ちで、その道の先にいる大きく変わった未来の自分に出会うのを熱望しながら。今までこうだったではなく、これからはこうなんだ!と自分自身に言い聞かせながら進んでいけばそれでいい。
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2017年05月31日

エネルギーに変えて

悔しい思いをするために日々汗を流し、その悔しさがまた汗を流していくための原動力になる。チャレンジを続けていくというのはそういうことかもしれない。人生なんて悔しいことの方が大半。悔しさでやる気を失うのではなく、悔しさをエネルギーに変えていきたいものだ。高いレベルになればなるだけ悔しい思いをする確率は高くなる。どれだけ汗を流しても報われないことも増えていく。そんな時に、だったらやらない方がいい…と考えるのか、だからこそやるんだ!!と考えるのか。悔しさを限界と捉えるのか、悔しさを伸びシロと捉えるのか。悔しさをバネにしていける人は悔しさをどこかで楽しめていたりする。悔しさは決して愉快な楽しみではない。しかし、それに挑んでいくことで自分が自分自身を乗り越えていく厳しく苦しく辛い楽しみであるのかもしれない。踏ん張って、喰らいついてそれで悔しさを悔しさで乗り越えていく楽しさ。
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2017年05月30日

自分力

成功も失敗も、今の自分が身一つで生み出すもの。だから楽しくもあり、苦しくもある。でも、それ以上に自由なもの。全ては自分の身一つで受け止めていけばいい。誰にも干渉を受けない変わりに、誰にも頼ることはできない。だから自由でありながら怖さもある。道がなければ、棘の道を自分の身を傷つけながらも切り拓き、突き進んでいかなくてはいけない。進みたい方向に自由に進めるが、激しい痛みに耐え抜いていかなくてはならない。自分にのしかかる大きな決断と責任を誰かに背負わせることはできない。だからこそ背負うべき重さを背負い切る覚悟が求められる。でも…だからこそそれはこの上もなく自分の中を充実感を充たしてくれるものでもある。
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2017年05月29日

挑戦という言葉

やれないかも…と迷うくらいなら、やれるところまで全力でやってみるといい。やれないかもでは一歩も進めないが、やれるところまでやれれば、遥かにゴールには近づいている。最初からできる人なんていない。その時、その時のやれるところまでを地道に全力で積み重ねて進んでいくのみ。ゴールからは決して歩み寄ってはきてくれない。自分の意志でゴールに一歩一歩近づくために歩を進めていく。やれるか、やれないかなんて誰にも分からない。決めてしまうのは他でもない自分自身。やれなかったらどうしよう…ではなく、やれるところまでは誰でもできる。そのやれる範囲を地道に伸ばしていけばいいだけのこと。力なんてそうやってつけていくもの。足踏みはいらない。一歩前に踏み出していこう。やれるところまでしかできなかったというのは失敗でも挫折でも何でもない。そこで投げ出して終わりにしなければいいだけのこと。そのために挑戦という言葉はある。
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