2020年03月15日

責めるより前に

誰かのミスを責めるのではなく、何故そのミスが起きたのか?ミスが起きる前に気づいてやれなかったのか?何故そのミスを自分達がフォローしてやれなかったのか?そのミスを取り返してやって勝利に繋げられなかったのか?と考えてみよう。ミスしてもいいなんてプレーする選手はいないんだから…誰もが懸命にプレーしている。ミスしないためにみんなと同じように日々の練習の中で汗を流してきている。責められるよりも前に誰よりも本人が一番辛くて苦しい思いを抱えている。人を責める前に自分にできたことがまだまだたくさんあったかもしれない。それを考えることの方がチームではないだろうか。
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2020年03月14日

試練の先に

誰もが試練…苦しい状況にあって人は試されているのかもしれない。諦めるか、ギリギリでも喰らいついていくのか。時には自分だけではどうしようもできない試練もある。しかし、それでも諦めずに自分にできることを真摯に全力で打ち込めばチャンスは巡ってくると信じたい。試練を肥やしにできると信じたい。僕は神頼みの人間ではないが、でも諦めることなく懸命に試練を乗り越えようとする者を神は見離さずに見てチャンスがあることを信じたい。神ではなくても、そんなひたむきな姿を誰かが必ず見ていると信じたい。試練を乗り越えた先に一回りも二回りも大きくなった姿を見てみたいと強く願う。試練を乗り越えていける力があると強く信じたい。
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2020年03月13日

この時に

人生は何度でもやり直しができるなんて言葉があるが……やり直せないこともある。それは学生時代。過ぎてしまえば、再び学生にはなれない。コロナの影響で卒業式が中止になったり、スポーツはじめ様々なイベントが中止になっている。

負けて泣くのはいい。負けて打ち砕かれるのもいい。それは必ず後々の人生の糧になるだろう。戦わずして、いや戦うことを許されず、打ち砕かれ涙する子達は納得できなくても受け入れるしかない。


卒業式はこれまでの学生時代に思いを馳せて、先生や仲間達に感謝を感じる場であり、これから次のステージに向かう決意を新たにする場でもある。

大人の決めた世界の中で生きていくしかない学生達。大人にとっては、毎年あることでも、学生には唯一無二の瞬間……

中止はやむないことかもしれなくても、大人達が温かい心で子ども達を包み込んであげられる社会でなければならないと感じる。こんな時だからこそ、大人の側も自分だけが大切、自分のことで精一杯、というのではなく、例え見ず知らずの学生に対しても、「卒業おめでとう!」「大会は残念だったけど、本当によく頑張ってきたね!」と声をかけてあげられる温かさを持てればいいのにと感じる。


やり直しがきかないなら、単に中止で終わりにするのではなく、学生達が未来に向けて希望や勇気を持てるようなエールを大人達が、地域が、送ってあげられるといいのにと感じる。

レミオロメン『3月9日』
https://www.youtube.com/watch?v=kQsr9-L-O2g
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2020年03月12日

スタートライン

できないことをできるようにするための第一歩はできない自分を認め自覚すること。これは簡単そうで難しい。できない自分を見たくはないし、認めたくはない。しかし目をそらせて自分に言い訳して誤魔化していても、本当に先には進んでいけない。大切なのはできる振りをすることではなく、できるようになる一歩を踏み出すこと。できない自分が格好悪い、できない自分が惨めで情けないと思っている限りはなかなか認めてはいけないだろう。できないならできるようにすればいいんだ、シンプルだがそのように思っていればできない自分を認めていけることだろう。それを認めた時点でそこができるゴールへのスタートラインになる。スタートを引けなければゴールも生まれない。できないことが恥ずかしいことじゃない、できない自分を誤魔化していることの方が遥かに恥ずかしいこと。
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2020年03月11日

信頼

仲間を信頼してプレーするというのは、信じて頼む部分も必要ということ。依存して寄りかかるのではなく、自分がやるべきプレーをした先には仲間に頼み託す。頼むことができなければ、何もかも自分がやろうとして失敗してしまう。苦楽を共にした仲間を信頼しよう。仲間を信頼できなければ独りよがりのプレーになっていく。スポーツに限らず人を信頼できるというのは大切なことだ。
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2020年03月10日

シンプルに

難しいことをいかに簡単にやれるか。面倒くさいことをいかに効率的にやれるか。嫌なことでもいかに楽しくやれるか。しかもそれらをいかに地道に継続していけるか。大切なことは、いかに物事の本質を見抜けるかにあるような気がする。表面的な部分に惑わされて本質を見抜けなければ、物事はどんどん複雑に難しくなっていくだろう。本質を見抜ければ物事はどんどんシンプルに簡単になっていく。そうすればやるべき事も明瞭化されていく。


今日は身体を少し怪我して無理な体勢なので短めで終わりにします。皆さんもくれぐれもお身体を後自愛ください。
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2020年03月09日

やる!

やると決めたからには、やるしかない。前途が不透明なら、できることからやるしかない。ごちゃごちゃ混線してるなら、一つ一つ解きほぐしてやるしかない。一気に大きなことをしようとするのではなく、地道に一歩一歩を積み重ねてやるしかない。やらなくてもいい理由もあるが、やらなければならない理由もある。どちらも理由があるなら、自分は最後までやる方を選択する。逃げる楽な選択はしたくはない。苦しくても辛くても立ち向かう選択をしたい。その先にたくさんの人の笑顔や喜びがあるなら。誰よりも考え抜き、誰よりも汗を流して、ひたすらに前を先を見据えて進んでやり抜いていくしかない。それこそが、大人としての責任なのではないかと思う。それを背負えるだけの自分であると信じている。
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2020年03月08日

未来の安定??

明日が決まっている人生、十年後、さらにその先も決まっている人生を人は安定と呼ぶのだろう。僕は感覚が逆なんだろう…そんな先々まで予約のある人生に退屈になってしまう。明日は何が起こるんだろう?十年後はどうなっているんだろう?ということを不安ではなく楽しみに感じる。何か何が起こるか?どんな人生なんだろう?という未知を楽しんでいる自分自身を心の中でいつも感じている。そもそも、将来の安定なんていうのも未来予想図でしかない。今いる会社が倒産するかもしれないし、どんな災害があるかもしれないし…だからこそ、今という時間に全力を尽くしたい。全力を積み上げていけば、自然に自分自身の生きる力や仕事の力は向上していく。そんな自分の持てる実力こそが未来を、いかなる未来であろうが生きていく安定なのではないかと考えている。日々、自分の中で力試しをしながら今を未来に繋げていければいいと考えている。
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2020年03月07日

ふとした風景に

ふとした景色に心が癒されることがある。特別な観光地のような景色ではなくても、日常の日々の中でふと目にする景色が心の中に深く忍び込んでくることがある。自分自身の心の有り様が、その風景にリンクするのか、その風景によって心の記憶が喚起されるのか。。。どちらもあるのだろう。自分の場合は心が本当に純粋だった子どもの頃の記憶の風景が甦ったりする。家族の愛情に包まれ、守られる安心感。友達と無邪気に夕焼空の下で遊んでいた素直な楽しさ。でも、時に不安になったり、悲しかったり、辛かったり、苦しかったり。様々な揺れる昔の心模様も含めて、全てが混在とした記憶の風景が、今の自分の目にしている景色と折り重なり、心を深く包み込んでくれる。穏やかなような、せつないような、それでいて温かな心に導いてくれる。
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2020年03月06日

わからないことに

人はやはり、目では見えないものに恐れを抱くのだろうか……ウイルスが目で見えればここまでパニック現象を起こしてはいないと思う。未知なるものに対する恐れも抱きがちだ。知らない怖さ、正体が分からない怖さ。ここから先の未来の不透明さに対する不安。この二つが重なり、さらなるパニックを起こす。そこに、人の心というこれまた目では見えないものが加わっているような気がする。一言で言えば、わからないこと。このわからないことが複数重なっていくと人は恐怖度合いが高まっていくということなのだろう。日常の日々の中にはわからないことだらけのはずなのだが。普段はわかってるようなつもりで生きているのだろう。そんな中で何か一つが集中的にクローズアップされることで、急に人の意識がわからないことに向いてしまうのかもしれないなと思う。
posted by Takahata at 00:54| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする