2017年09月29日

仲間とは

苦しい時に仲間のちょっとした一言が、辛い時に仲間のちょっとした笑顔が、悲しい時に仲間のちょっとした手の温もりが、前に進む力になったりする。一人では負けそうな時にいつもは当たり前の仲間の存在が大きな力になったりする。そんなちょっとを大切にできる仲間でいたいものだ。大袈裟な仰々しいものはいらない。仲間の存在がささやかな勇気に変わるくらいで丁度いい。変に仲間ぶる必要もない。仲良しこよしでいつもベタベタしている必要もない。いつもと変わらないささやかな日常の中でいつもと変わらない存在としていて、ささやかな一言、笑顔、励ましがあればそれでいい。ささやかな中に凄く大きな仲間への情が込められていればいい。そんな仲間はいつもは何の特別感もないが、それでいて心の中の大切な存在になっていたりするものだ。そんな仲間を大切にしていける人生でありたい。
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2017年09月28日

自分に対する信頼感

『名こそ惜しけれ』武士が口にしていた言葉。自分という名の存在に賭けて、恥や卑怯と感じる行動や薄汚い嘘はつけないという意味。そんな自分自身との約束事で自分を律して、その言葉に自分の心を従わせる。誰の目でも世間体でもなく自分が自分自身を信頼するために。自分いかなる時でも自分自身を裏切らない信頼感。誰のためでもない自分自身を律することで、それが社会的な規範になるならそれでいい。誰も見ていなくても自分は自分自身をいつも見ている。誰かを上手に誤魔化せても、自分自身は誤魔化せない。
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2017年09月27日

言葉を伝える

好きな食べ物でも、満腹の時には食べたくはないし、誰かから無理矢理食べろよと強要されても嫌々食べることになる。場合によっては嘔吐するかもしれないし、好きな食べ物でも大嫌いになるかもしれない。言葉も同じ。どんな素敵な言葉でも、聞く相手の背景や置かれている状況、相手の気持ちや気分、聞く立場などによって受け止め方は大きく変わっていくだろう。聞きたくないと思っているなら、どうしたら聞きたくなるかを考えて伝えてみるなどの工夫が大切になる。自分を知り、相手を知り、初めて伝えたいことが相手に素直に伝わる。食べ物も言葉も消化されてこそ心身の血肉になる。伝えるというのは言葉を投げることではなく、言葉を消化させることのように感じている。
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2017年09月26日

本当の強さは

自分をしっかり持てているということと、他人の話に耳を傾けず拒否することとは違う。本当に自分を確立できていると自分に自信を持てているので、逆に人の話を素直に聞けるようになる。そして他人の話を上手に取り入れて更に自分を確立していける。他人の話で簡単に自分の軸がブレない強さがある。自分に自信がなければ、他人の言葉で余計に自分が壊れたり、余計に迷ったりすることを恐れて他人に対してかたくなになる。自分の小さな世界観の中だけで小さな自分を懸命に守りすがりついて生きていく。それは外見は強そうに見えて、中身は本当に脆い。他人の話にすぐに流され右往左往するのは困ったことだが、しっかりとした自分を持てていれば、流されることなく話の本質を素直に受け止めることができるだろう。
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2017年09月25日

プライド

他人の目に怯えて恥をかかないように体裁を整えるのがプライドではない。プライドとは人の目なんか気にならないくらい這いつくばってでもしがみついてでも自分が自分自身であり続けること。諦めずにがむしゃらに喰らいつくこと。プライドを傷つけるのは他人じゃない、逃げ回る弱い自分自身。格好ばかり、表面的な部分を取り繕ってそれらしく他人に装う。そして諦めて逃げている内面の自分自身を誤魔化して生きている。こんな人は必ず他人によって自分のプライドが傷つけられたとぼやく。他人なんかどうだっていい、いついかなる時も自分が自分自身を見つめているはずだ。他人に体裁を整え、自分自身は誤魔化していく。自分の人生を自分が生きるという主体性を持てていなければ真のプライドなんて持てるはずがない。もっと真っ直ぐに自分の人生と自分自身とを見て生きていくのがいい。それができれば自分らしい生き方に根差したプライドを持って生きていけるはずだ。
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2017年09月24日

予習と復習

練習は勉強と同じで予習、復習が大切。練習時間だけが練習ではない。プラン、ドゥー、シーを丁寧に繰り返していく中で初めて練習効率は高くなる。課題も反省もない練習は…それは練習に行ったに過ぎない。限られた練習時間を最大に活かしていかなくては、なかなか上達には結びつかない。勉強だって同じだろう。余程の天才でもない限り、机に毎日座っていて成績が上がる人はいない。スポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ、上達をグングンしていく人は人知れず地道に準備を積み重ねている。それは特別なことではなく普通に日常的に。当たり前のことを当たり前にしていくことが何よりも上達への一番の近道だ。予習、復習は頭を使って考えること。考えて物事に取り組まなければそれは単なる行き当たりバッタリになってしまうだろう。丁寧に丁寧に磨きをかけていくことの大切さを痛感する。
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2017年09月23日

チームワーク

仲間が苦しい状況にある時に、チームメイト個々がその仲間のために、ほんの少しでも自分がカバーしようという意識が働けば助けていけるかもしれない。誰か一人ではなく、チーム全員で苦しみを自分のこととして感じられればチームワークは強くなっていく。個の損得を超えて、仲間を感じる力が大切。自分は自分のことだけをやっていればいいというのでは、+αの仲間の苦しみを買って出ようという意識は生まれてはこないだろう。自分はやるべきことはやっているんだから文句はないだろう、という考え方になってしまう。仲間の苦しみを自分の苦しみに置き換えて感じることができるかどうか、これがあるかないかでチームワークには大きな差が生まれてくる。一人一人の小さな+αが集結していけば仲間の苦境を助けていけるのではないかと思う。仲間を常に感じる力。普段からこの感性を磨いていくことはチームワークを構築する近道と言えるだろう。
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2017年09月22日

意味を見出だす

例えレギュラーになれる見込みが薄くても、与えられた役割をつまらなく感じても、自分がしたくないプレーをしなくてはならない時でも、妥協したり、なげやりになったり、嫌がったりせずに、意味をしっかりと見出だして自分の中にしっかり折り合いをつけて、目の前の自分のやるべきことには何とか全力を注ぎベストを尽くす。そんな献身力のあるチームは強い。思い通りいかない時でも、そこでやるべき役割に、その役割にベストを尽くす自分自身にしっかりと意味を見出だせていくこと。それがみんなでやるということだ。折り合いをつけるために様々な葛藤や苦しみもあるかもしれない。それを乗り越えて個々が意味を見出だした時、チームは個々を共鳴させていくことだろう。
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2017年09月21日

仲間とは

部活の仲間個々に対して様々な思いはあるだろう…しかし、学生時代の限られた数年だけしか共にプレーできない仲間であることも事実。必ず終わりが来る。その時に言い知れぬ寂しさにおそわれる。好き嫌い、合う合わないを超越した戦友的な信頼感。苦楽を共にし涙や笑顔を共有してきた絆。仲間への感謝。好き嫌い、合う合わない、これはたくさんの人間が集まる集合体においては当たり前にある。ない方がおかしい。一人一人が違う人間なのだから。そんなことよりも自分がチームのためにできることは何かを考える。そしてそのことに全力を尽くす。そこには好き嫌いなんて要素は関係してこない。そのことが結果として自分を生かし、仲間にも生かされていく。そんな中でこそ信頼や絆や感謝は生まれていく。振り回されなくていいことには気を回さず自分のやるべきことをしっかりやり抜くことに意識を置いていけば、仲良しこよしとは違う仲間ができていくことだろう。
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2017年09月20日

夢見る頃を過ぎても

夢見てた頃をふと思い起こすことがある。いつのことだったのだろう。何でもかんでも頭の中で自由に夢を見ていた頃。世界の海を冒険したり、カープの選手になって大歓声の中でホームランを打ったり、歌手になって何万人の中で歌ったり(笑)自分の中で、何でも夢見て、仮想体験の中で色々な感情を味わったりしていた。どれも現実にはなりはしなかったが、僕はそれでも夢を自由に楽しく描けて本当に良かったと思っている。たぶん、夢を見れるのは人間だけが持ててる能力だから。今の自分は…現実の世界をしっかり生きながらも、しばしば色々な夢を見るようにしている。夢見る頃を過ぎても。でも楽しいから。ワクワクできるから。見る夢は、幼い頃とは違いもう少し現実的に近いものかもしれないけど。それでも夢には制限を設けずに自由に思い描く。そんな夢をちょっとずつ現実化していくことも楽しんでいる。これが幼い頃とは違う。夢を形にする術を考えていけるように少しは大人になったのだろう。
posted by Takahata at 00:09| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする