2018年10月20日

もがき、あがく、

もがき苦しむ…それ以上に苦しい時間はないだろう。懸命に浮上しようともがく。何とかしようと懸命にあがく。ギリギリの気持ちの中の戦い。もがき、あがくことを諦めた瞬間に一気に沈んでしまう。でも、あがく中で掴めたものは、その後に突き進む大きな原動力になる。踏ん張って踏ん張り抜く。必死にあがき、もがくがどんどんと裏目に出る。やればやるだけ嫌になる。もう!どうでもいいや!と諦めて投げ出したくなるギリギリの所でグッと堪えながら、さらにあがいていく。藁をも掴む思いで。簡単にはいかない。やればやるだけ難しくなるような気もしていく。それでも、あがきもがくことを止めなかった人だけが掴み取れるものが必ずある。苦しみ抜いた者にしか辿り着き見ることができない世界が必ずある。それは諦めずにやり抜いた者にしか与えられない最高の勲章。耐えて耐えてとことんまで耐え抜いてみることも時にはとても大切なこと。中途半端ではなく、徹底的に本気であがきもがけば、必ず本当の答えが見つかるものだ。
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2018年10月19日

予習と復習

練習は勉強と同じで予習、復習が大切。練習時間だけが練習ではない。プラン、ドゥー、シーを丁寧に繰り返していく中で初めて練習効率は高くなる。課題も反省もない練習は…それは練習に行ったに過ぎない。限られた練習時間を最大に活かしていかなくては、なかなか上達には結びつかない。勉強だって同じだろう。余程の天才でもない限り、机に毎日座っていて成績が上がる人はいない。スポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ、上達をグングンしていく人は人知れず地道に準備を積み重ねている。それは特別なことではなく普通に日常的に。当たり前のことを当たり前にしていくことが何よりも上達への一番の近道だ。予習、復習は頭を使って考えること。考えて物事に取り組まなければそれは単なる行き当たりバッタリになってしまうだろう。丁寧に丁寧に磨きをかけていくことの大切さを痛感する。
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2018年10月18日

数字の解釈

数字では表れないプレーもあるし、数字以上に大きな意味を持つプレーもある。確かに数字は客観的な尺度ではあるが、数字に隠された意味をどこまで理解していけるのか。一つのプレーが試合を決定づけるものもある。数字も大切だが、数字の分析ができなければ、重要な意味が数字の中に埋没してしまう。杓子定規に出てきた数字だけでは本当の意味での貢献度は図り切れない。これはスポーツに限らず何事にも言える。数字に至るまでの過程、数字となって表れた結果がもたらした様々な影響を総合的に判断して数字を解釈していけなければ、数字に大切なたくさんのことを掻き消されていってしまうだろう。数字には表れないし、数字が残らないからこその貢献というものもある。漠然と数字を眺めているだけでは決して見えてこない意味がたくさんある。数字を残すことも大切ではあるが、貢献度はもっと大切。数字ばかりの重視になると、誰もが自分が自分のための数字しか残そうとしなくなってしまう…
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2018年10月17日

自分自身

僕がこの仕事を始めた25年くらい前はメンタルなんて概念も世の中に認識されていなかった。そんな中で、誰かが自分のやりたい世界を作ってくれるのではない。であるなら、自分が自分のやりたい世界を作り出していこうということだった。誰かが変えてくれるのではなく、自分が変えていくんだ!!という気概だったように思う。自分の人生を面白くしていけるのは自分。人に社会に依存していても、自分の人生は何一つ変わらないということだったような気がする。

もう一つは、僕は仕事を当然、真剣に取り組んでいるが、常に遊び心を大切にしている。大人が真剣に遊べば、それが仕事になると。遊び心があるからこそ、発想やアイデアも自由自在に湧き上がってくる。遊び心があるから、仕事にも全力で楽しみながら没頭していける。遊び心は場所を問わないし、世間の常識の枠を自由自在に飛び越えていける。
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2018年10月16日

輝きながら

スポーツの場面で輝きを放つ選手がいる。持っている技術もさることながら、誰よりもその競技を愛し、チームを愛する。試合での一瞬一瞬を慈しむように真剣に全力で楽しむ。ここが自分が生きている証であるかのように。技術を超えるものがあることを自分が自分自身に証明するかのように。輝きを増す。勝ったから輝く、上手だから輝くというのではなく、もっと本質的な部分からの沸き上がるような輝き。そんな選手でありチームでありたい。そんな輝きの中で誰かの心に何かを伝えられていけたらいい。
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2018年10月15日

熱感

何かをやろうとする時に、僕は熱感を大事に考えている。今からやろうとしていることに対して、一度損得などを一切頭の中から取り払って、自分の中でどれだけ情熱を燃やして取り組んでいけるのかを、心の中でじっくりと感じて味わってみる。もちろん、仕事だから情熱だけで動けるものではないのだが。しかし、仕事だからと言って自分の中で情熱を全く感じられないのに受けるというのは、相手に失礼にな気がする。だからこそ、受けたからには本気で情熱を傾けてしまう。意識して傾けようというのではなく、自然に傾けてしまっているという感じだ。熱感は自然に人を突き動かしていくもののような気がする。相手と自分とでその熱感が呼応して、それがさらなる熱感が生まれ、お互いが情熱を傾けて本気で取り組んでいければ、結果として良い仕事になっているものだ。
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2018年10月14日

打たれ強さ

勝ち抜く粘り強さも大事だが、負けて立ち直る強さはもっと大事。勝負は勝ったり負けたりの繰り返し…その中で負けて立ち直れなければ負けが続いてしまう。打たれ強さ。踏まれても踏まれても葉を伸ばして花を咲かせる雑草のような強さ。負けてなお、なにくそ!と更なる高みを目指せる強さ。そもそも、勝負事というのは互角の実力を持った者同士であれば大きな連敗や連勝なんてないものだ。基本は勝ったり負けたりの繰り返し…負けて凹んで次も負けてさらに凹んで…を繰り返していては勝負にはならなくなる。負けてなお、自分自身の中に揺るぎない自信を持って立ち向かっていける強さは本当に大切だなと感じる。負けても負けても次には胸を張って立ち向かっていける強さ。そんな強さを心の根幹に作り上げていく。負けたから終わりでもなければ、勝っても終わりではない。生きている限りは勝負の連続なのだから。
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2018年10月13日

自分力

成功も失敗も、今の自分が身一つで生み出すもの。だから楽しくもあり、苦しくもある。でも、それ以上に自由なもの。全ては自分の身一つで受け止めていけばいい。誰にも干渉を受けない変わりに、誰にも頼ることはできない。だから自由でありながら怖さもある。道がなければ、棘の道を自分の身を傷つけながらも切り拓き、突き進んでいかなくてはいけない。進みたい方向に自由に進めるが、激しい痛みに耐え抜いていかなくてはならない。自分にのしかかる大きな決断と責任を誰かに背負わせることはできない。だからこそ背負うべき重さを背負い切る覚悟が求められる。でも…だからこそそれはこの上もなく自分の中を充実感を充たしてくれるものでもある。
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2018年10月12日

山登り

競技で高みを目指すのは山登りと同じで苦しさも伴うことだろう。山もそうだが、小さな山、中くらいの山…今の自分のレベルに合った山を段階的に登り切っていく。これは個人スポーツでも集団スポーツでも同じ。個は個。まさに単独登頂。登り切った先に見える景色とさらなる挑戦を求めて。いきなりエベレストには登れない。そこに至るどんな山だって誰かと手に手を取って登れない。それはその人にとっての山だから。競技で頂点に立つというのは真の意味では孤独で苦しみを乗り越えていくということ。誰が助けてくれる訳でもなく、自分が自分自身に鞭打ちながら登り切らなくてはならない山。
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2018年10月11日

運を

運がいいとか悪いとかという話がよくある。例えばなしだが、毎日散歩しながら、周りをよく観察しながら歩いている人は道に落ちていた一万円を見つけられる。でも、家の中でいつもグダグダしている人はチャンスすらない。仮に毎日歩いていても、周りも見ずにボケーとしている人はチャンスには近いが、チャンスを手にすることはできないだろう。運がいいと言われる人は、運を手にする行動と意識とを持っているのだろうと感じる。つまり漠然と行動していると、チャンスにも巡り合えないのかもしれない。漠然とした意識ではチャンスにも気づかないのかもしれない。行動と意識とを持てる人がチャンスを手にするのを、ただボケーとして、あの人は運がいいんだなぁ〜なんて羨んでいるようでは、なかなかチャンスに巡り合うこともないような気がする。羨むくらいなら、何らかの行動を開始して、より高い意識で生活していく方がはるかにプラスに作用すると思う。
posted by Takahata at 00:35| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする