2018年10月10日

肯定と否定

多くの人は自由を求めるが、全くの自由を手にすると人はどうしていいのか途方に暮れる。規制があるからこそ自由を自覚できるし自由を求めていける。規制は不便を生むが、全くの自由も何でもあり過ぎて不便を生み、だんだんあれだけ嫌っていた規制を求め始める。人間とは何とも面白い生き物だ。これは比較ではなく対比。人間は対比がなければ実感を持てない生き物なのかもしれない。悪の規定があるからこそ善を自覚できる。全てはこの両極端の中での自分に適したバランスの中で生きていくのかもしれない。そう考えると否定しているものがなければ、何かを肯定していくこともできないということになる。実はその時点で人間は無意識のうちに否定していることを肯定してしまっているのかもしれない。つまり両方があるからこそ片側を初めて実感できる。こう考えること自体が実に不思議な感覚がある。やはり世の中は不思議なものだ。その不思議さに気づくと世の中の全てのことに感謝の気持ちが湧いてきたりする。
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2018年10月09日

ベストって?

目の前に表れる結果と、ベストを尽くしていることは必ずしもイコールではない。例えば、ランニングをさせているとする。速く走ることができている人はベストを尽くしていて、遅い人は逆にベストを尽くしていないという評価を受けがちだ。しかし、心拍数を調べてみたら、もしかすると遅い人の方が本人なりのベストを尽くしているということもあると分かるかもしれない。速い人、遅い人と分けてベストを尽くしている、いないと簡単に判断を下すのは危険だ。速い人の中にもベストを尽くしている人もいれば、手抜きをしている人もいる。遅い人の中にもその両方がいるということだ。ベストを尽くしているのに遅い人に、悪い評価を与えてしまうと、本人は嫌になり完全にやる気を失ってしまうかもしれない。その人その人の精一杯のベストがあるということ。
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2018年10月08日

最初の一歩

一歩目。スポーツはもちろん全てにおいて一歩目は大切。一歩を踏み出す時に迷いや不安を感じて躊躇してしまうと勢い良く飛び出せない。リズムも崩れてしまう。波に乗るためにも、この一歩目はとても重要。そのためには、実際に一歩目を踏み出す前の心身の準備と覚悟を整えておかなくてはいけない。一歩目を踏み出すには思い切りも大切。考えなくてはいけないが、考え過ぎてしまうと動けなくなって固まってしまう。そうなると全てが後々に詰まっていき後手後手に回ってしまうことになってしまう。一歩目を踏み出す時には踏み出す前に感覚的に心身ともに既に数歩先を走り出していなくてはいけない。それこそがまさしく心身の準備になる。一歩目を恐れてはいけない。大胆かつ繊細に。そしてリズミカルに。軽快なステップを踏み出そう。その一歩を踏み出せば後は流れに乗って走り出せる。一歩を踏み出すというのは目的のゴールへと近づくためのまさしく一歩。それが遠かろうが近かろうが少なくても一歩分は間違いなく近づいているのだから。
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2018年10月07日

キッカケ

今勝ったから次も必ず勝てるというものでもないし、今負けたから次も必ず負けるというものでもない。勝負の世界とはそういうもの。実力が拮抗している勝負では、ほんの小さなキッカケが勝敗を分ける。キッカケは偶然ではなく必然。勝ちにも負けにも偶然はない。必然的に勝ちのキッカケを掴みにいった方に勝ちは傾き、必然的に負けのキッカケを掴まされた方に負けは傾く。確かに勝負に運不運はあるが、キッカケには必然しかない。必然には必ず明確な意図があるはずだ。あとはキッカケを必然的に手繰り寄せる執念のようなもの。キッカケなんてその瞬間は勝負を決定付けるほどの大きなものではなく小さなもの。だが、その小さなキッカケが後々じわりじわりと大きく広がり勝利の扉を開いていく。運不運は自分自身ではコントロールできないが、キッカケ作りはコントロールしていける。できることをしっかりと確実にしていくことが勝利への一番の近道だろう。自分から流れを作り出していかなくてはいけない。
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2018年10月06日

若い頃は…

若い頃なんて、転びそうになるくらい前のめりに進んでみるのもいい。転ぶ痛さよりも、前に突き進む感覚を大切にできたらいい。転んで痛みを知ってもさらに前のめりで進んでいく。転んだ痛みにも本当は耐えられるし、立ち上がり前に進む力が若さにはある。慎重にいくのは年を重ねてからでも充分かも…若いうちから失敗を恐れてビクビクして生きるのではなく、どんどんあらゆることに挑戦をしてほしいと思う。無茶するなよ、と言われるくらいにガツガツ進んでも面白い。小さくまとまる必要なんかない、それこそ若いうちは七転び八起きでいい。自分自身を大きくしていくためにも。
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2018年10月05日

自らの志で

やらされるからやる…ではなく、自らの意志でやろう!と思わなければ本当には力にはならない。やろう!と思うからにはその目的ややる意義が分かっているということ。志のある理想を描けているということ。目指す理想に向かって自分が自分自身に打ち克てるということ。形ではなく中身こそが大切。言われたことをやっている振りをすることは簡単。言われたことを単にやっていても、ある程度まではできるようにはなる。しかし絶対にある程度以上にはいかない。さらには長くは続けてはいけないだろう。言われたことを表面的にこなしているだけでは必ず飽きがくるからだ。探求心がなければやることへの面白味が湧いてくるはずはない。やっていることの発展性が見えないのに続けていくのは難しい。今の自分がどんな姿勢で取り組んでいるのかをしっかりと省みることはとても大切だ。常に意識しておかなければついついルーティン作業になってしまうからだ。常に意義や目的や志を自問自答していこう。
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2018年10月04日

応援

人が人を応援するというのは、定点観測みたいなもののような気もする。雨の日、嵐の日、曇天の日でも、その上にある太陽を信じて、気持ちを乱さずに見続けていくことのように思う。いかなる状況に置かれようが変わらずに応援していく。状況に振り回されて応援する相手を見失わないようにしていく。相手の存在が置かれている状況によっては十分に見えなかったりする時でも、その相手をとことんまで信じ抜いて、応援し続けていく。自分の都合で応援したりしなかったりするのではなく変わらずに応援を続けていく。真っ直ぐに応援していく。相手の調子がいい時には拍手を送り、相手が不調な時は全力で声援を送り支えていく。本気で応援すればするだけ自分自身が苦しくてたまらなくなることもあるだろう。そんな姿は相手には見せずにひたむきに応援していく。応援するというのは軽く口にできる言葉ではない。覚悟のいることだ。でもその覚悟の決まった応援であれば、必ずその想いは相手には届くはずだ。応援て本当に凄いことだ。
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2018年10月03日

調子と付き合う

調子が良い時に結果を残す、これは誰でもそう。大切なのは、いかに調子を崩さないようにできるか。調子が悪くなった時にいかに早く戻せるか。調子が悪い中でも万全ではないにせよ、いかに工夫して結果に繋げていけるか。結果が出ない時にでもいかに前向きに辛抱していけるか。結果が残らないのは調子が悪いから。調子さえ上がってくれば…というのは違う。調子が良ければ誰だって結果は残せる。いかなる時でも調子が自分を何とかしてくれる訳ではない。自分が調子を何とかしていかなくてはならないのだから。調子が悪いからダメだと言いながら、何の変化も工夫もなくいつもと同じようなことをしていても結果なんて残してはいけないだろう。調子を維持していったり、崩れた時に持ち直す力がなければどんどんスランプに突入していってしまうだろう。そもそも体調と同じで調子なんていつもいつも同じではないのだから。調子なんてほんのちょっとした事で変わっていく。調子と上手に付き合っていける術を大切にしていかなくてはいけない。
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2018年10月02日

無限の力

高いビルの上から歩いている人を見ると人間て何て小さいもんなんだろう…と感じる。でも、同時にその高いビルを作り上げたのは他でもない人間なんだと思うと、人間て何て凄く大きいんだろう…と感じる。物理的には人間は小さいが、小さな頭の中には無限に大きな秘めた可能性がある。想像を創造に。頭を生かすも殺すも自分次第。人間はあれだけ遠い遠い月にだって行くことができた生き物。宇宙から地球を眺めても見ることができないくらいの小さな存在の人間が、宇宙から地球を眺めることを可能にしたんだから。人間はその小さな頭の中から様々な不可能を可能に変えてきた。無から有を創造してきた。それを感じられるのは凄く楽しい。人間の頭の中にはまるでドラエモンのポケットが入っているかのようだ。頭を使う。頭を全力で使う。これは嫌なこと、面倒なことではなく、人間にだけ許された大いなる楽しみであるはずだ。人間とはなかなか大したものだ。小さな存在の無限の力。
posted by Takahata at 23:55| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

好不調の波

どんな選手にも必ず、好不調はある。大切なのは不調の期間をいかに短く乗り切るか。不調なら不調なりにでも自分の力を工夫して出し切ろうとできるか。不調だと悲観せずに、いかに前向きに解決策を見つけていけるか。不調が自分の取り組み次第で、好調に転じると信じ切れるか。諦めずに不調なら不調なりの戦いをしていけばいい。好調なら…と言い訳して今の戦いを諦めて放棄していては戦う姿勢すらなっていない。好調に越したことがないというのは言うまでもないこと。しかし、それだからこそ逆に不調の時にいかに戦うのかというところに真価を問われていくような気がする。
posted by Takahata at 00:23| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする